ヘストンモデル下における オプション価格の数値計算について

[ (
)]
EP f X3 (T, x) =
ヘストンモデル下における
∫
R
f (ξ) PX3 (T,x) (dξ)
(2)
ここで、EP は測度 P による期待値を意味し、PX3 (T,x) は確率変数 X3 (T, x)
オプション価格の数値計算について
の確率法則である。この値は実際には大数の法則を用いて計算される。
Numerical Computation of Option Prices
under Heston Model
が問題となるが、そのひとつとして次に説明する二宮・ビクター近似が
この際、必要となるのは X(T, x) の値である。したがってその生成方法
ある。
制度設計理論(経済学)プログラム
11 00465 浅野 了 Ryo Asano
二宮・ビクター近似 [3] はベクトル場 V についての ODE を解くこと
指導教員 武藤 滋夫 Adviser Shigeo Muto
によりサンプルパスを生成し、値 (2) を近似する。その具体的な方法
(NV),N N
}k=0
は次のようになる。まず、次の差分方程式から点列 {Xk
を生成
する:
1 はじめに
1.1
二宮・ビクター近似
2.2
X0(NV),N = x
研究の目的・背景
(
)
(
)
(NV),N
Xk+1
= Λk φ Xk(NV),N + (1 − Λk ) ψ Xk(NV),N
株式などの金融市場の数理的分析において代表的なモデルのひと
つがヘストンモデル [1] であり、それは確率微分方程式(Stochastic
Differential Equation, 以下 SDE)の組によって与えられる。このモデル
ただし
)
(√ T
)
(√ T
)
( T
)
( T
def
V0 exp
Zk,1 V1 exp
Zk,2 V2 exp
V0 y
φ(y) = exp
2N
N
N
2N
( T
)
(√ T
)
(√ T
)
( T
)
def
ψ(y) = exp
V0 exp
Zk,2 V2 exp
Zk,1 V1 exp
V0 y
2N
N
N
2N
は従来のモデルでは捉えきれなかった、資産過程に関するボラティリ
ティの重要な経験的性質(例えばボラティリティ・スマイルや、ボラ
ティリティ・スキュー)を説明することができる。しかしその反面、ヘ
ストンモデルのボラティリティを表す CIR 過程 (これは次節でいえば
X2 に対応する) の拡散係数が 2 乗根であるため、それがオプション価格
を計算する際に様々な支障をきたす。現在、ヘストンモデル下における
オプション価格計算の手法の研究・開発が求められている。本論文はそ
の価格計算の手法のひとつである二宮・二宮近似 [2] と二宮・ビクター
ここで、{Λk }k=0,...,N−1 は確率 1/2 で 1、それ以外で 0 を取るベルヌーイ確
率変数族であり、{Zk,1 , Zk,2 }k=0,...,N−1 は標準正規確率変数族である。さ
らにこれらはすべて独立であるとする。また、ベクトル場 V : R3 → R3
に対して、ODE
近似 [3] に関するものである。
さて、本研究ではヘストンモデルの SDE にギルザノフ変換とそれに
(3)
dv
= V(v),
dt
v(0) = y ∈ R3
(4)
適用するのに都合の良い形をしている。具体的に述べれば、二宮・二宮
( )
の解の時刻 t に対応する値 v(t) を exp tV y と表している。この時、二
宮・ビクターの論文 [3] によれば、この近似方法によって2次のオー
近似は、対象とする SDE に関する常微分方程式 (Ordinary Differential
ダーで近似値を求めることができる。ただし、これをヘストンモデルに
Equation, ODE) の解を用いるが、擬似変換による SDE についてはその
解析解が求まる。一方、変換前の SDE についてはこの近似方法は適し
直接適用するにはパラメーターに関するフェラー条件 : 2αθ − β2 > 0 が
成立している必要がある。
ておらず、ODE の解をルンゲ=クッタ法で近似しなければならない。
2.3
類する擬似変換を施す。擬似変換で得られる SDE は二宮・二宮近似を
ギルザノフ変換
本論文はギルザノフ変換と擬似変換によって求まった SDE に二宮・
ギルザノフ変換は、対象となる SDE のドリフト項を測度変換によっ
ビクター近似を適用してアジアン・コール・オプション価格の期待値
て変換することである。以下にその具体的な方法を述べる。今、基礎
の近似精度を考察することを目的としている。それによってルンゲ=
の確率空間を Ω, P, D (P) とする。ここで、Ω は標本集合、D (P) は測
クッタ法に起因しない誤差について分析することができる。
度 P の定義域である。フィルトレーションはここでは省略する。確率
)
過程 X4 = {X4 (t)}t∈[0,T ] と L = {L(t)}t∈[0,T ] を、ある R2 から R2 への関数
2 モデルと手法
2.1
(
g = t (g1 , g2 ) を用いて以下のように定める:
ヘストンモデル
ヘストンモデルは次の SDE によって与えられる:
∫
X(t, x) = x +
0
t
V0P (X(s,
x)) ds +
∫ t∑
2
0 k=1
VkP (X(s,
def
X4 (t) = −
x)) ◦
dBkP (s)
ここで、P は基礎の確率空間における測度、 B =
P
下での2次元標準ブラウン運動であり、µ, α, θ, β ∈
(B1P , B2P ) は測度 P の
R+ , ρ2 + σ2 = 1, x =
t
(x1 , x2 , 0) ∈ R3+ , t ∈ [0, T ] である。記号 ◦ はストラトノビッチ形式の積
分であることを示す。VkP (k = 0, 1, 2) は R3 から R3 への関数である。
さて、今 T > 0 をオプションの満期、K > 0 をオプションの権利行
t
使価格とし、 f : R → R をアジアン・コール・オプションのペイオフ関
∫ t
∫ t∑
2
(
)
g(X(s, x))2 ds −
gk X(s, x) dBkP (s)
0 k=1
0
(
)
L(t) = exp X4 (t)
(5)
def
(1)
( (
)
y2 ρβ )
β2
V0P (t (y1 , y2 , y3 )) = t y1 µ −
−
, α(θ − y2 ) − , y1
2
4
4
)
( √
√
V1P (t (y1 , y2 , y3 )) = t y1 y2 , βρ y2 , 0
(
)
√
V2P (t (y1 , y2 , y3 )) = t 0, βσ y2 , 0
1
2
ここで、|g|2 = g21 + g22 である。また、上記の積分記号が伊藤形式を意味
することに注意する。さて、上で用いた関数 g が、ギルザノフ変換を成
立させる次の十分条件 (ノビコフ条件) を満たすとする:
[
(1 ∫ T (
)]
g X(t, x))2 dt < ∞
EP exp
2 0
: ノビコフ条件
(6)
今、dQ = L(T ) dP によって測度 Q を定める。すると P,Q は同値の測
Q
Q
度となり、次のように定義した確率過程 BQ = t (B1 , B2 ) が確率空間
(
)
Ω, Q, D (Q) の下でブラウン運動となる:
∫
t
BQ (t) =
(
)
g X(s, x) ds + BP (t)
(7)
0
数、即ち f (ξ) = max ( ξ / T − K, 0 ) と定義すると、我々の目的はこのモ
そこで、(1), (5) の SDE にこのブラウン運動によるドリフト変換を施す
デルの下で次の値を求めることである:
ことができる。また、この測度変換によって次の式が成り立つ:
[ (
]
[ (
)]
)
EP f X3 (T, x) = EQ f X3 (T, x) L−1 (T )
かった。
(8)
また、τϵ の変換による近似値と擬似変換の近似値の差は誤差のオー
ダーに比べてほとんど変わらないことがわかった。
さて、我々は関数 g を特に以下のように定義する:
4.2
1√
G
y− √
2
y
(I
) 1 ]
√
def 1 [
g2 (y) =
H y+
+ ρG √
σ
β
y
def
g1 (y) = −
今後の課題
今回のシミュレーションによって擬似変換の正当性がある程度確保
(9)
できたので、今度は二宮・二宮近似についてシミュレーションをする必
要がある。
また、擬似変換に関する二宮・ビクター近似による数値の精度が理論
ここで、G = β ρ/4 − µ, I = α θ − β2 /4, H = ρ/2 + α/β である。ただし
的にどのように正当化されるかを調べる必要がある。そのために、今回
このように定義された関数 g はノビコフ条件 (6) を満たさない(以降こ
出た数値解の精度が、擬似変換による SDE に二宮・ビクター近似が組
のような g による変換を擬似変換と呼ぶことにする)。
み合わさることで生じたものなのか、それとも擬似変換の SDE 固有の
そこで、任意の ϵ > 0 に対し、以下のように τϵ : Ω → [0, T ] を定義
し、ノビコフ条件を満たすように g の代わりとして次の g∗ を用いる:
def
τε (ω) = inf { t ∈ R++ | X2 (t, x, ω) > ε−1 または X2 (t, x, ω) < ε } ∧ T (10)
)
def (
g∗ (t) = g X2 ( t ∧ τε )
(11)
このような g∗ はノビコフ条件を満たし、ギルザノフ変換が正当化され
る (証明は本論文参照)。
この節では前節で紹介した2つの変換をヘストンモデルと式 (5) に施
すことで得られる SDE ともとの SDE にそれぞれ二宮・ビクター近似
を適用し、得られる計算結果を比較する。なお、計算の精度を高めるた
めにロンバーグ補外法と準モンテカルロ法を用いた。ここではそれら
の説明は省くこととする。
結果
各パラメータを T = 1.0, K = 1.05, µ = 0.05, α = 2.0, β = 0.1, θ =
0.09, ρ = 0.1, x1 = 1.0 のように定めた上で、CIR 過程の初期値 x2 =
0.08, 0.10 の場合で得られる計算結果を見る。以下に x2 = 0.08 の場合
の結果を示す。なお、大数の法則で用いるサンプルサイズを M 、時間
区間の分割数を N と表した。
SDE
擬似変換
ϵ = 1.63 × 10−2
変換前(真値)
数値解
5.752 × 10−2
5.753 × 10−2
5.851 × 10−2
−4
−4
9.875 × 10
(絶対) 誤差
9.828 × 10
0
x2 = 0.08 < 0.09 = θ における計算結果のまとめ。なお、真値
は M = 108 、N = 144 の場合を計算し、他は M = 107 、N = 48 の場
合の値を記載。また、ϵ = 1.63 × 10−2 の時に X2 が ε にヒットする確
率は約 0.152[%] である。
表1
□ □ :擬似変換
♢ ♢ :ϵ = 1.63 × 10−2
誤差
誤差 [×10−3 ]
( M = 10 )
6
3.0
♢
□
2.0
□
♢
1.0
0
0
12
□
♢
□
♢
□
♢
24
36
48
分割数 N
0.01
10−3
0
(N = 48)
♢
□
♢
□
♢
□
♢
□
♢
□
□
♢
0 102 103 104 105 106 107
サンプルサイズ M
図 1 左図はサンプルサイズ M = 106 を固定の下、各々の SDE につ
いての分割数 N に対する数値解の推移を表している。, 一方、右図は
N = 48 の下でのサンプルサイズ M に対する推移を表す。
4 結論と今後の課題
4.1
今回のシミュレーションでは停止時間を用いたが、これ以外にもノビ
コフ条件を正当化させる方法が考えられる。今後の研究ではそのよう
な手段の中で今回用いた変換方法よりも良い精度を持つものを考え、そ
れについてまとめることも必要である。
参考文献
[1] Heston, S. L. (1993) A Closed-Form Solution for Options with
3 シミュレーション
3.1
性質に起因するのかを解明しなければいけない。
結論
前節の実験結果から、ノビコフ条件が成立しない場合(すなわち擬
似変換)でも N, M を増加させればその近似精度が改善されることがわ
Stochastic Volatility with Applications to Bond and Currency Options,
The Review of Financial Studies, Volume 6, number 2, pp.327-343
[2] Ninomiya, M. and Ninoimya, S. (2009) A new higher-order weak
approximation scheme for stochastic differential equations and the
Runge-Kutta method, Finance Stoch., 13, pp.415-443
[3] Ninomiya, S. and Victoir, N. (2008) Weak Approximation of Stochastic Differential Equations and Application to Derivative Pricing, Applied Mathematical Finance, 15:2, pp.107-121