高速多重極BEMの領域分割法への適用 ―掘割道路の解析例―

高速多重極 BEM の領域分割法への適用 ―掘割道路の解析例―∗
○安田洋介,坂本慎一(東大・生研),佐久間哲哉(東大・新領域)
1
interface boundary ΓI,II interface boundary ΓII,I
はじめに
boundary ΓII,II
BEM における領域分割法は,3 次元大規模問題に
おいても掘割道路からの音響放射などの解析に有用で
vI,I
あるが,従来の BEM では計算負荷の観点から実用化
pI,I
が難しい.BEM の効率化手法である高速多重極 BEM
boundary ΓI,I
(FMBEM) [1] の適用が考えられるが,FMBEM で
は係数行列を陽に算出しないことから,単純な応用
は難しい.既報 [2] では,部分領域間反復を用いた手
体行列を構成する方法に対して,FMBEM を適用す
るための手法について検討する.最後に同手法によ
る 3 次元掘割道路の解析例を示す.
2
2.2
属する境界を ΓI,I と表す.境界上の音圧ベクトル p,
粒子速度ベクトル v の表現も同様である.部分領域
ΩI ,ΩII のそれぞれについて境界積分方程式を適用し,
以下の連立方程式を得る.
HI2
pI,I
pI,II
]
[
HII1
HII2
pII,II
pII,I
]
=[
FI1
FI2
]
vI,I
vI,II
=[
FII1
FII2
]
=
0
HII1
FI1
0
行列ベクトル積の演算を,行列自体を算出すること
なく効率的に行う方法である.従って,部分領域ごと
vII,II
vII,I
0
FII1
HI2
HII2
−FI2
FII2
vI,I
vII,II
pII,II
pI,II
vI,II
+
dI
dII
に得るために,部分領域ごとに算出した行列ベクト
ル積を重ねあわせることを考える.Eq. (3) を次式の
ように変形すると,全体行列ベクトル積内の個々の行
列ベクトル積は全て部分領域ごとに FMBEM の手法
を適用することで効率的に計算できる.
⎡
HI1
⎣
HII1
+ dI
(1)
+ dII
(2)
但し,dI:部分領域 ΩI 内の直接音ベクトル.連続条
件 pI,II = pII,I 及び vI,II = −vII,I から,全ての未知
ベクトルを左辺に含んだ次式が得られる.
p
I,I
HI1
0
FMBEM は単一領域の音場に対する連立方程式に
反復解法を適用する際,そこで最も計算負荷の高い
きない.そこで,これら全体行列ベクトル積を効率的
ち,部分領域 ΩII と共有する境界を ΓI,II ,ΩI のみに
HI1
FMBEM の適用
行列ベクトル積の算出にあたっては直接的適用がで
音場を Fig. 1 に示す.部分領域 ΩI を囲む境界のう
[
vII,II
の効率的算出が可能であるが,Eq. (3) のような全体
BEM における領域分割法
pI,II pII,I
の連立方程式 Eqs. (1, 2) に対しては行列ベクトル積
適用方法
2.1
vI,II vII,I field ΩII pII,II
Fig. 1 Decomposition of a sound field.
法について検討したが,反復の収束性に課題を残し
た.本報では,従来の BEM でしばしば採用される全
field ΩI
HI2
HII2
⎡
=⎣
pI,I
−
pI,II pII,II
−
pII,I
FI1
FI2
FII1 FII2
FI1
FII1
FI2
FII2
vI,I
+ dI
0
vII,II
+ dII
0
0
⎤
vI,II
0
vII,I
⎦
⎤
⎦
(4)
こ れ に よ り,領 域 ΩI の 節 点 数 を NI と し て ,
全 体 行 列 ベ ク ト ル 積 の 計 算 量 は O(NI log NI ) +
O(NII log NII ) ∼ O(Na log Na ) にまで低減できる.
Eq. (3) に対する反復解法の収束が十分速い場合,大
自由度問題での高速化が期待できる.必要記憶容量に
関しては,全体行列及び各部分領域のための係数行列
(3)
上式を直接解法で解く場合,左辺の全体行列を Na ×Na
の正方行列とすると O(Na3 ) の演算量となる.反復解
法で解く場合でも,全体行列とベクトルの積(以下、
全体行列ベクトル積)が必要となり,O(Na2 )
を陽に算出しないことから,計算量同様 O(Na log Na )
にまで低減される.
3
数値実験による検討
3.1
検討方法
の演算
立方体と点音源からなる解析モデルを Fig. 2 に示
量が必要である.必要記憶容量に関しても行列保持
す.内部領域を z 方向で 3:1 に分割し,それぞれ部分
の必要から O(Na2 ) となる.
∗
Application of the fast multipole BEM to sound field analysis using a domain decomposition approach:
calculation examples for semi-underground roads. by YASUDA Yosuke, SAKAMOTO Shinichi (I. I. S.,
The Univ. of Tokyo) and SAKUMA Tetsuya (Grad. Sch. of Frontier Sciences, The Univ. of Tokyo)
z
z
1
ΓII,II
field ΩII
0.75
O
x
interface boundary
S1
ΓI,I
field ΩI
0
1
x
y
1
field ΩII
1
field ΩI
5
point source (0.5, 0.5, 0.5)
receiving line (x = 1, y = z)
rigid
Fig. 2 An analysis model for numerical experiment.
Table 1 Number of matrix-vector multiplications for
GPBiCG (NO, ε = 10−2)
GPBiCG (DO)
GPBiCG (DO, ILU)
GMRes(∞) (NO)
GMRes(∞) (DO)
GMRes(∞) (DO, ILU)
5
O
7.5
point source S1
20
5
unit: [m]
Fig. 3 An analysis model: a semi-underground road
20 m wide and 100 m long.
the augmented system (Na = 2, 048, 500 Hz). ILU denotes ILUT(10−5 , 50) preconditioning. Stopping criterion for convergence is ε = 10−3 , unless noted otherwise.
α for Γ I,I
α for Γ II,II
y
(a)
1
1
0.5
0.5
0
1
0
0
9594
110
10
811
136
10
138050
276
16
1085
172
17
78960
462
26
1183
267
33
195532
978
58
1224
320
61
63 Hz
z
250 Hz
z
30 dB
30 dB
O
x
(b)
O
y x
z
y
z
領域 ΩI ,ΩII とする.実境界の条件として,垂直入
射吸音率 α に相当する音響インピーダンスを実数で
O
与え,α を変化させて反復解法の収束への影響を調
x
べる.各部分領域の境界要素節点数は NI = 1, 280,
NII = 768,全体の未知数は Na = 2, 048 である.
未知数の順序付け Eq. (3) 又は Eq. (4) における未
知数の順序付けは収束に大きく影響する可能性があ
る.ここでは特に考慮しない場合 (Eq. (3) の順序付
け,以下 NO) の他に,全体行列の対角項がある程度
優位になるように工夫した場合(Eq. (5),以下 DO)
O
y x
y
Fig. 4 Directivities from the center point O of the
opening: (a) single frequency and (b) 1/1 octave band.
4
掘割道路の解析例
4.1
計算方法
水平な無限大剛面の下部に掘割道路を持つ解析モデ
を検討した.後者においては,BEM では要素積分に
ルを Fig. 3 に示す.長さを 100 m とし,端部は α = 1
おける積分核の特異性により対角項の絶対値が大き
の吸音面,その他の面は剛とする.中央の断面上に点
くなることを考慮し,全体行列の対角項に必ず部分
音源 S1 を設ける.未知数の順序付けには DO,反復
領域行列の対角項が入るように工夫している.
p
I,I
解法には ILU 系前処理付 GPBiCG を用いた.
HI1
0
=
3.2
HI2
HII2
FI1
0
0
FII1
0
HII1
−FI2
FII2
vI,I
vII,II
pI,II
pII,II
vI,II
+
dI
dII
4.2
計算結果
開口部中心点 O からの放射指向性を Fig. 4 に示
(5)
結果と考察
収束までの反復回数(行列ベクトル積の回数)を境
界条件・解法ごとに Table 1 に示す.NO の場合,反
復解法や境界条件によらず未知数 Na と同オーダーか
それ以上の回数である.対照的に DO の場合,前処理
なしの場合でも全て Na より小さい回数で収束してお
り,未知数順序付けの効果が表れている.さらに ILU
系前処理を適用した場合は収束性が著しく改善して
おり,解法間の違いがほとんど見られない.このこと
から,未知数の順序付けの工夫と適切な前処理の併
用により十分良好な収束性が得られると考えられる.
す.計算効率は,解析周波数 250 Hz において Na =
161, 888 ,行列ベクトル積の回数 364,必要記憶容量
6.5 GB であった(従来の BEM では約 420 GB).
謝辞
本研究は平成 18 年度日本学術振興会科学研究
費補助金(特別研究員奨励費,No. 16-10186 )によ
り行われた.
参考文献
[1] T. Sakuma and Y. Yasuda, Acustica-acta acustica, 88, 513-525, 2002.
[2] 安田他,音講論(春),827-828 ,2005.