JJ1 鋼核融合炉超伝導コイルケース用部材の製造

技 術 報 告
JJ1 鋼核融合炉超伝導コイルケース用部材の製造
JJ1 鋼核融合炉超伝導コイルケース用部材の製造
Manufacturing of JJ1 Steel for the Superconducting Coil Case of Fusion Reactor
小山 庸一 *
佐々木 友治 *
相澤 大器 **
Yoichi Koyama
Tomoharu Sasaki
Taiki Aizawa
要 旨
JJ1 鋼は、原子炉第 4 世代炉に位置づけられる核融合炉の超伝導マグネット用構造材として、JAERI( 旧日本原子力研究
所(現 JAEA/ 日本原子力研究開発機構))との共同研究にて開発されたものである。液体ヘリウム温度(4K)における優
れた機械的特性および金属組織的性質、また優れた溶接性を有する非磁性鋼であることが本鋼種の特徴である。現在、フ
ランス南部のカダラッシュにおいて建設が進められている国際熱核融合実験炉(ITER, International Thermonuclear
Experimental Reactor)の TF(Toroidal Field)コイルケース / インボード側の一部に JJ1 鋼が採用され、日本製鋼所
にてその実機製造が行われている。
Synopsis
JJ1 Steel was developed by the joint research between JAERI(at present, JAEA/Japan Atomic Energy Association)and
JSW as the material for the superconducting magnet coil structure of the 4th generation nuclear reactor - Fusion Reactor.
This material is a non-magnetic steel that demonstrates good mechanical and metallurgical properties at the liquid He
temperature(4K)and good weldability. JJ1 steel forging is applied for a part of the TF(Toroidal Field)coil structure
of ITER(International Thermonuclear Experimental Reactor)being constructed in Cadarache, southern France, and its
production has been progressed in JSW.
1. JJ1 鋼開発経緯 1)
表1 共同研究開発から JJ1 鋼試作までの開発経緯
1980 年前半に旧日本原子力研究所 JAERI との共同研
究として、臨界プラズマ試験装置 JT-60 の次期装置として
計 画された FER(Fusion Experimental Reactor) 超 伝
導マグネット用構造材の開発がすすめられた。開発目標
は極低温(液体ヘリウム温度、4K)における 0.2%Y.S. ≧
1200MPa、K IC ≧ 200MPa √m 等であり、この目標値を
満足する材料として 12Cr-12Ni-10Mn-5Mo-0.2N を基本成
分とする JJ1 鋼が開発された。表 1 に主な開発経緯を示す
が、実験室溶解材に始まり複数の試作および調査が行わ
れ、製作性の検証も含めた実機製造に向けての準備が進
められた。
*:室蘭製作所
Muroran Plant
**:室蘭研究所
Muroran Research Laboratory
(71)
JJ1 鋼核融合炉超伝導コイルケース用部材の製造
ITER 工学設計 活動(EDA)最 終設計 報 告書(FDR)
根拠となっている。A2 アウタープレート以外の部位につい
において、図 1 に示すようにコイルケース構造材のうち最
ては、使用時の条件に応じ、N 添加量を変えることで強度
も使用環境が厳しい箇所に対する要求特性として 0.2%Y.
調整がなされた 3 種類の 316 系ステンレス鋼が使用される。
S. ≧ 1000MPa、K IC ≧ 200MPa √m が 示され、 また 溶
なお、弊社では A2 アウタープレートを 2012 年に 9 体分、
接部に対してはその 90% の特 性が 求められた。要求値
2013 年に 10 体分を受注し、その一部をすでに製造している。
が当初の開発目標から引き下げられたことから、ITER の
コイルケース構造材の候補としての位置づけに影 響はな
かった。その一方で国際熱核融合実験炉(International
Thermonuclear Experimental Reactor、以下 ITER)の
建設における材料製造者認定という具体的なスキームの下
で、改めて TF コイルケース材実機製造のための試作試験
が行われた。その試作試験結果は良好なものであり、最
終的に弊社は ITER における JJ1 部材供給者として ITER
機構に認定されている。
図 2 ITER コイル構造体概略図
図 3 TF コイルケース材料レイアウト
図 1 超伝導マグネット用構造材の 4K 機械的性質の
ITER 要求および JSW 試作体実績 1)
3. 製 造
TF コイルケース部材 /A2 アウタープレート(JJ1 鋼)の
2. ITER TF コイルケース
製 造 工程を図 4 に示す。JJ1 鋼は N 添加されたオーステ
ナイト系ステンレス鋼であり、その製造工程は一般的なオ
図 2 に ITER コイル構造体を示す 2)。実機では 18 体が
ーステナイト系ステンレス鍛鋼品に準じて計画されたもので
使用され、更に 1 体が予備として製作される。構造体は、
あるが、本鋼種では後述するように電極製造および ESR
プラズマを真空容器内に閉じ込めるために周方向に強磁場
(Electro Slag Remelting) の 2 回の溶解が 適 用される。
を発生させる TF(Toroidal Field)コイル、発生したプラズ
各工程のポイントを以下に示す。
マに電流を流す CS(Central Solenoid)コイル、プラズマ
形状の安定のために用いられる PF(Poroidal Field)コイ
3.1 製鋼
ルの 3 種類のコイルよりなる。これらコイルには Nb3Sn の
JJ1 鋼においては 316 系ステンレス鋼と比較して、Cr 量
超伝導導体が組み込まれ、運転時に超伝導導体は極低温
は少ないものの Mn および Mo 量が多く、偏析部に種々
に冷却され、超伝導状態を発現させる。
の金属間化合物相(Laves 相、Chi 相等)の析出が予想
JJ1 鋼が採用されるのは図 3 に示す TF コイルケース中
される 3)。これらの残存は機械的性質、特に靱性に対して
の最も使用条件が厳しい部位である A2 アウタープレート
悪影響を及ぼすことが懸念される。そのため、本鋼種に
と呼ばれる部位で、そもそも極低温かつ強磁場であること
は電極鋼塊溶製後に、更に二次溶解として ESR を適用
から、これらの条件下で所定の強度・靱性を有しつつ非磁
し、金属間化合物相の析出防止および鋼塊の清浄度確保
性であることが求められる。これが前述の開発目標の設定
を図っている。
(72)
日本製鋼所技報 No.65(2014.10)
JJ1 鋼核融合炉超伝導コイルケース用部材の製造
本部 材の溶解、造塊手順を図 5 に示す。最初に VOD
(真空炭素脱酸法)および下注ぎ鋳込みにより電極となる
鋼塊を溶製する。なお JJ1 鋼における成分の特徴として、
特に極低温での強度確保のための N 添加が図られているこ
とが挙げられる。BWR 再循環系配管においても高 N 添加
の 316 系ステンレス部材が使用されているが、JJ1 鋼におい
てはさらに多い 2000ppm 以上の N 添加が必要となる。電
極鋼塊溶製時の N 量確保がこの工程での重要な管理ポイ
ントとなる。続いて溶製された鋼塊は鍛錬にて所定形状と
し、これを電極として二次溶解である ESR 溶解を行う。
写 真 1 に ESR 溶 解 後の 鋼 塊 外 観( φ 1250)、 表 2 に
JJ1 鋼成分 規定値および ESR 鋼塊頂部側分析値を示す
が、規定値を満足する値が得られている。
写真 1 ESR 鋼塊外観
図 4 製造工程
図5 溶解・造塊工程
表 2 鋼塊溶製時の成分規定値および実績
(73)
JJ1 鋼核融合炉超伝導コイルケース用部材の製造
3.2 鍛錬
ESR により溶製された鋼塊を用いて、14,000ton 水圧プ
レスを使用して鍛錬が行われる。鍛錬作業状況を写真 3 に
示す。一般的にオーステナイト系ステンレス鋼は後続の熱処
理工程における相変態を利用した結晶粒の細粒化を図るこ
とができないため、基本的には鍛錬工程で結晶粒度の調
整を行う必要がある。オーステナイト系ステンレス鋼におけ
る鍛錬工程と結晶粒度の定性的な関係を図 6 に示すが 4)、
結晶粒度制御には鍛錬温度における結晶粒成長および動
的再結晶挙動を踏まえ、適切な加熱温度、加工歪、工程
数の工程設計を要する。その際、結晶粒度成長を抑えるた
め、鍛錬加熱温度は低いことが望ましいが、一般にオース
テナイト系ステンレス鋼は低合金鋼などと比較して鍛錬温度
写真 3 鍛錬工程状況
域における変形抵抗が高く、特に JJ1 鋼においては N 添加
による強化が行われていることから、鍛造プレスの容量も
加味しつつ最適な鍛錬工程の計画がなされ、それに基づ
き鍛錬作業が行われた。
3.3 熱処理
鍛錬に続いて、溶体化熱処理が施される。図 7 に熱処
理条件と熱処理作業外観をそれぞれ示す。熱処理保持温
度は 1040 ~ 1056℃であり、本工程での留意点は粒界析出
物の固溶および結晶粒粗大化を防止する観点から適切な温
度管理が必要なことである。また、冷却過程においても、
粒界析出物の生成を抑制する目的で冷却に使用する水槽内
で強制撹拌を行い、冷却速度の向上を図っている。
3.4 機械加工工程
A2 アウタープレートの製造工程においては 2 回の機械
加工がおこなわれる。固溶 化熱処理 終了後、超音波 探
傷試験のために矩形断面形状に加工され、検査に続き最
終形状に加工が行われる。本部材の加工においては、横
中刳り盤もしくはターンミラーが用いられる。本部材は断
面積に対して非常に長尺であることから(250t × 860w ×
7,600l)、機械加工工程においては特に変形に留意する必
図 6 オーステナイト系ステンレス鋼における
鍛錬工程と結晶粒度の関係
要がある。そのため、加工手順および加工中の冷却につい
て事前に慎重に計画され、作業が行われた。写真 4 に最
終加工後の外観を示す。
図 7 固溶化熱処理条件
写真 4 納入形状加工後外観
(74)
日本製鋼所技報 No.65(2014.10)
JJ1 鋼核融合炉超伝導コイルケース用部材の製造
表 3 製品分析値規定値および実績
表 4 機械的性質および金属組織学的性質試験の規定値および実績
4. 品質特性
固溶化熱処理終了後に鋼塊の頂部側より試材を採取し、
5. むすび
JJ1 鋼鍛造品の開発経緯から今回の実機製造の概略を紹
機械的性質および金属組織学的性質が評価される。特徴的
介した。本鋼種は極低温(4K)用という非常に独特な用途
であるのは、使用環境が極低温下での強磁場であることか
のために開発されたものであり、成分系などに起因した製作
ら、4K 破壊靭性試験試験の代替として 77K でのシャルピ
上の特異性も認められたが、これまでの BWR 再循環系配
ー衝撃試験、および磁気特性に関する試験(透磁率測定)
管などを始めとする低 C・高 N オーステナイト系ステンレスの
が求められていることにある。試材の採取箇所を図 8 に示
実績からの知見を元に、数度の試作製造を通じて製造条件
す。試験片は鋼塊頂部側試材部の W/2 × T/4 および T/2
を確立し、現時点での受注済み分の一部であるが、今回の
(W:固溶化熱処理形状幅方向寸法、T:同板厚寸法)より
実機製造を成功裏に完了することができた。
採取される。
参 考 文 献
1)石尾:平成 15 年度 低温工学会 超電導磁石専門部会
第4回超電導応用研究会 予稿(2003)
2)小泉 , 他:日本原子力学会誌 Vol.47, No.10(2005)
3)石坂 , 他:鉄と鋼 第 76 年(1990)第 5 号
図 8 試材採取箇所
4)大西 , 他:日本製鋼所技報 No.40, 昭和 56 年(1981)
表 3 に製品分析、および表 4 に機械的性質、金属組織学
的性質の規定値および実績を示す。機械的性質については
室温強度および 77K でのシャルピー衝撃試験結果ともに規
格値を満足し、また透磁率も極めて低い値を示しており、十
分な特性を有することが確認された。
(75)