水素ロータリエンジン - 水素エネルギー協会 HESS

水素エネルギーシステム Vol.31, No.1 (2006)
特 集
水素ロータリエンジン
寺本 隆文・森本 賢治
マツダ株式会社 技術研究所
広島県安芸郡府中町新地3-1
Hydrogen Rotary Engine
Takafumi Teramoto, Kenji Morimoto
Mazda Motor Corporation Technical Research Center
3-1, Shinchi, Fuchu-cho, Aki-gun, Hiroshima- ken
Mazda has begun leasing RX-8 HYDROGEN RE in Japanese market from February 2006. The
RX-8 HYDROGEN RE runs clean and exhausts the water vapor produced by hydrogen combustion.
And because the car can also run on gasoline by switching the dual fuel system from hydrogen to
gasoline, it can be driven places where hydrogen filling stations are not yet available.
This paper focuses the development of the hydrogen rotary engine, which has been tackled as a clean
energy technology from the early 1990s.
Key words: hydrogen, rotary engine, clean energy, dual fuel system
1. 緒
言
本稿では、水素 RE の開発について紹介する[1,2,3,4,5]。
表1.
マツダは 1990 年代初めから、クリーンな水素エネ
マツダの水素自動車開発の歩み
ルギーに注目し、表1に示す通り水素ロータリエンジン
(以下、RE)と燃料電池、両方の水素エネルギー技術の
研究に継続的に取り組んできた。
燃料電池は究極のクリーン性能を備えているが、現時
点ではコスト、耐久性、利便性といった解決しなければ
ならない課題を抱えている。
一方、水素 RE は従来の内燃機関の技術や部品を流用
できるため、コストが安く、耐久性の課題解決も容易で
ある。
さらに、ガソリンでも運転可能なデュアルフューエル
システム化することによって、市場に水素ステーション
の数が尐ない状況下においても、利便性を損なうことな
く運用することが可能である。
加えて、モータ駆動の燃料電池車に対し、慣れ親しん
2.水素 RE の特徴
2.1 水素エンジンの課題
表 2 に示す水素の特性から、水素を内燃機関で燃焼さ
だ内燃機関の走行感覚で走ることができる水素 RE は、
地球に優しく、しかも運転する楽しみ(Zoom-Zoom 感
せる場合、以下の 2 つの主要な課題がある。
覚)はそのままに、というマツダブランドがめざす方向
(1) 水素は着火エネルギーが小さく、可燃範囲が広いた
め過早着火、バックファイアなどの異常燃焼を発生
と一致した。
し易い
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(2) 水素は混合気中に占める体積割合が大きいため、通
の2つの主要な課題に対して、RE は以下の特徴を有す
常の吸気管に燃料を供給する予混合方式では吸入空
ると考えられる。
気量が低下し、出力が低下する
(1) 過早着火の要因の一つとして高温となる排気弁が考
えられる。RE は排気弁を持たないため、比較的容
表2. 水素の特性
[3]
易に異常燃焼の対策が可能である
(2) 出力低下対策として、吸気弁閉止後に水素を噴射す
る筒内直接噴射が有効と考えられる。作動室が移動
する RE は、噴射弁を設置するスペースを取りやす
く、直接噴射エンジンを容易に実現できる
2.3 水素 RE と水素 CE の比較
水素エンジン研究のスタート時点において、ガソリン
用の RE と CE の吸気管に水素燃料が供給できるように
改造し、水素 RE と水素 CE の異常燃焼の発生状況を比
較評価した[1]。
2.2 RE の特徴と水素燃焼との適合性
図2に示す通り、RE は高熱価の点火プラグを採用す
図 1 に示す通り RE は、レシプロエンジン(以下、CE)
のシリンダブロックに相当する繭型のローターハウジン
るだけで、理論空燃比のλ(空気過剰率)=1 でも異常燃
焼発生を抑えることができた。
グの中で、ピストンに相当するローターが回転すること
により、作動室が移動しながら吸気、圧縮、膨張、排気
の各サイクルを行う。
吸排気のタイミングは、ローターの回転に伴う吸気ポ
ートと排気ポートの開閉により定まる。
従って各サイクルが行われる位置が異なること、排気
弁を持たないこと等がレシプロエンジンと構造的に異な
る。
これらの特徴から、水素を内燃機関で燃焼させる場合
図2. 点火プラグ熱価と過早着火限界
図1. REの構造
図3. 水素 RE と水素 CE の異常燃焼限界の比較
-3-
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一方、図3に示す通り、CE は異常燃焼の発生により、
特 集
ガソリンエンジンと同等まで高めることができた。
λ=1.9付近が運転限界となるため出力が低く押えられ
この結果、図6に示す通り、全開出力性能において、
予混合がガソリンエンジンに対して 68%であるのに対
た。
本結果から、RE が水素エンジンとして適しているこ
して、本直噴エンジンは 90%まで改善することができた。
とが実証されたため、以降の水素エンジンの開発は RE
で実施した。
3.
水素 RE の実施例
水素RE車は1995年と2004 年に大臣認定を受けて公
道走行試験を実施した。これらに搭載した水素 RE と、
2006 年 2 月からリース販売を開始したRX-8ハイド
ロジェンREに搭載した水素 RE の特徴を紹介する。
3.1
機械弁方式直噴水素 RE
1995年にマツダカペラカーゴ水素自動車に搭載し
図5. 直噴と予混の体積効率比較
た水素 RE の特徴と性能について説明する[2]。
この水素 RE の第 1 の特徴は、ガソリンエンジン並み
の高出力を狙いとした水素直噴方式の採用である。
図4に示す通り、水素の噴射タイミングを制御する機
械式ポペット弁を経由して、サイドハウジングに開口し
た水素ポートから、数気圧の圧縮水素ガスが圧縮工程中
の燃焼室内に直接噴射される。
図6. 直噴と予混の出力比較
3.2
デュアルフューエル方式電子制御直噴水素 RE
2004 年のRX-8 水素自動車に搭載した水素RE の特徴
と性能について説明する[3]。
本エンジンの第 1 の特徴は、水素とガソリンのいずれ
の燃料でも運転可能なデュアルフューエル方式の採用で
ある。
現在、日本における水素ステーションの数は十数か所
図4. 機械弁方式直噴水素 RE
にとどまっており、当面は急激な増加はないと予想され
る。このため、水素エネルギー車は常に水素燃料切れの
一般的なガソリンエンジンと同様に燃料を吸気管に供
不安を抱えて走行しなければならず、結果として移動範
給する予混合方式では、水素が吸気管内で占める体積に
囲は水素ステーションから一定の範囲内に限られてしま
より、空気の充填効率が理論空燃比でガソリンエンジン
う。
に較べて約 29%減尐する。
しかし、燃料としてガソリンも使用可能となれば、万
本エンジンでは直噴システムの採用により、図5に示
一水素燃料が切れてもガソリンで走行でき、燃料切れの
す通り,予混合方式よりも 20~30%充填効率が増加し、
懸念がなくなる。その結果、水素ステーションの未整備
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本システムでは、出力、燃費、NOx 等の各種性能を改
地域への移動も可能となり、水素インフラの過渡期にお
いて特に高い利便性を発揮する。
図7にデュアルフューエルシステムを示す。量産ガソ
善するため、筒内直接噴射にポート噴射を追加し、更に
EGR(排気ガス還流)と三元触媒を装備した。
リンエンジンのガソリン供給系はそのままに、水素直噴
システムシステムのための燃料供給系を追加した。
更に、エンジン運転領域に応じた燃焼制御と、スムー
スな燃料切替えを実現するため、エンジン制御技術を新
開発した。
本水素 RE の NOx 低減、自動燃料切替え制御、及び
デュアル CPU 型の電子制御ユニットの開発について説
明する。
図7. デュアルフューエルシステム
第2の特徴として、水素の噴射用に電子制御噴射弁を
採用した。
ガス燃料である水素では、例えば 80kW の出力を得る
ためには、約 2000NL/min の大流量を噴射する必要があ
図9.
RX-8ハイドロジェンRE
る。この大流量をカバーするため、図 8 に示す通り、1
気筒当たり2個の噴射弁をローターハウジングに設置し
た。
この電子制御噴射弁の採用により水素の噴射時期、噴
射期間等の制御性の改善と直噴システムのコンパクト化
が達成された。
図10. 水素 RE システム
3.3.1 NOx 低減
水素を内燃機関で燃焼させた場合、基本的な燃焼生成
図8. 電子制御噴射弁
物は水だけであるが、副次的に空気中の酸素と窒素が反
応して NOx が生成される。
3.3
本エンジンでは NOx 低減のため、希薄燃焼、EGR、
RX-8ハイドロジェンRE搭載水素 RE
2006 年 2 月から国内市場に供給を開始したRX-8
ハイドロジェンREを図9に、新開発したエンジンシス
三元触媒を採用した。三元触媒はベース車のガソリン用
をそのまま使用している。
テムを図 10 に示す[4,5]。
低負荷域は希薄燃焼により NOxを低減した。表2に
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示したように、水素の燃焼範囲が水素の体積割合で4~
(SU-LEV)を達成した。
75%と広いことを利用して希薄燃焼により燃焼温度を下
3.3.2 自動燃料切替え制御
げ、NOx の発生を低減する方法である。
図11に水素 RE の NOx の排出特性を示す。λ=1.8
以上のリーン領域で排出されるNOxは10ppm以下と極
水素走行中に水素燃料がなくなると、自動的にガソリ
ン走行に切り替わるデュアルフーエルシステムシステム
を開発した。
めて微量となる。
この方法は触媒作用を利用しないため、エンジン始動
時の排出ガス温度が低い場合にも本質的な効果が変わら
また、水素燃料が残っている場合でも、図13に示す
運転席右側の燃料切替えスイッチで任意に水素からガソ
リンへ切り替え可能とした。
ない利点がある。
燃料切替えの課題として、水素燃焼とガソリン燃焼で
ただし、λ=1.8 以上の希薄燃焼で得られるエンジン出
は、要求点火タイミング、要求空燃比に大きな差がある
力が限られるため、車両の運転条件から要求されるエン
ため、切替え時に燃焼音やトルクの差が生じ運転者に違
ジン負荷が高い場合はこの方法は使用できない。
和感を与える懸念がある。
従って、高負荷域はガソリンエンジンで一般的に使用
この課題を解決するため、燃焼のサイクル毎に燃料噴
されている方法を採用し、理論空燃比で運転し三元触媒
射、点火タイミング、補機類などの駆動を個別に切替え
により NOx を低減した。
る制御システムを開発した。本システムにより、1ロー
更に、EGR を導入することにより、なお一層 NOx 低
タずつ噴射弁を異なる燃料に切替えながら、スロットル
減を図った。水素は可燃範囲が広いため、多量の EGR
と燃料噴射量をトルク制御することで、切替え時のトル
を導入しても、燃焼安定性を維持しながら NOxを低減
クショックを解消した。
することが可能である。
この結果、走行中に自動的に燃料の切替えが行われて
も、運転者に違和感を与えることなく走行が可能となっ
た。
図11. NOx 排出特性
図13. 燃料切替えスイッチ
3.3.3
デュアル CPU 型の電子制御ユニットの開発
ガソリン運転の性能および機能をそのままに維持した
上で水素運転を可能とし、更に自動燃料切替えも可能と
す る た め 、 図 1 4 に 示 す よ う に 、 CPU(Central
Processing Unit)を追加したデュアル CPU 型の電子制
御ユニットを新規に開発した。
図15に新しく開発した電子制御コントローラのソフ
図12. 水素燃焼制御
トウェア処理概要を示す。
ガソリンと水素で共通の部品(点火プラグ、スロット
図12に本エンジンの燃焼制御の概要を示す。これに
ルなど)を制御するために、別々の CPU からの制御信
より国内の平成17年基準排出ガス 75%低減レベル
号を適切なタイミングで切替えるソフトウェアを新たに
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水素エネルギーシステム Vol.31, No.1 (2006)
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開発した。
参考文献
さらに、ガソリン CPU と水素 CPU は上記の処理を
1.
同時並行で実行する必要があるため、切替えのタイミン
寺本 他:水素ロータリエンジンの開発, マツダ技報,
NO.11, p.60-67 (1993)
グやセンサー情報の通信・同期処理を開発した。
2.
森本
他:水素自動車の開発 , マツダ技
報,NO.14,p.132-138(1996)
3.
森本 他:RX-8 ハイドロジェン RE の紹介,マツダ技報,
NO.22, p.132-138(2004)
4.
柏木 他:RX-8 ハイドロジェン RE の紹介,マツダ技
報,NO.24, p.135-138 (2006)
5.
齊藤 他:RX-8 ハイドロジェン RE デュアルフューエル
制御システムの開発,マツダ技報,NO.24, p.139-143(2006)
図14. 水素電子制御ユニット
図15. Dual CPU processing
4. おわりに
研究開始から 10 数年を経た本年 2006 年から、水素
RE を搭載した RX-8 ハイドロジェン RE を、お客様の
下に届けることが可能となった。
RX-8 ハイドロジェン RE が水素エネルギー利用を促
進し、クリーンな水素社会の実現に向けて活躍してくれ
ることを願っている。
一方、水素社会の実現のためには、水素の運搬、貯蔵、
管理等多くの分野で解決しなくてはならない課題がある。
RX-8 ハイドロジェン RE も、水素での航続距離、走行
性能など、ガソリンエンジン車に比較するとまだまだ劣
る面が残っている。
水素社会の実現を目指し、各分野で課題解決に取り組
む多くの水素エネルギー技術研究者とともに、今後もよ
り良い製品の開発に努力していきたい。
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