14-b-18 - Osaka University

平成26 年度日本建築学会
近畿支部研究発表会
厨房の局所排気フードの捕集率と制御面風速 正会員 ○山中俊夫*1
4.環境工学―13.空気流動応用―h.業務厨房・工場・クリンルーム等の換気・空調 厨房, 局所排気フード, 捕集率, 制御面風速 がない限り、汚染物は溢流する可能性が高い。この
はじめに 現在、厨房の局所排気装置の設計は、フード下端 溢流現象を防ぐためには、フードの大きさを上昇気
面の面風速が排気風量を決めるよりどころとなるこ 流の大きさ(断面積)に合わせることが重要である
とが多い。国内の様々な設計指針 1)においても、理論 が、現実的には困難であり、フード下端で上昇気流
排ガス量と電気容量に対する倍率で決まる換気量等 外の気流をコントロールするための風速、つまり制
とともに、フードの面風速が規定されており、実際 御面風速(controlling face velocity)が必要となる。
の設計排気量は面風速で決まることが多い。本稿で 同文献 2)では次式が示されている。
は、フードの捕集性能を規定するフードの面風速の
(
意味について検討を行うために、フードの捕集メカ Q = q ph + Vc Ah − Aph
)
(1)
ニズムについて考察した上で、より合理的な捕集性
能予測のあり方について検討し、現象をある程度単 ここで、Q は必要排気量[m3/s]、qph はフード下端で
純化した考察から、制御面風速としていくつかの限 の熱上昇気流の流入量[m3/s]、 Vc は必要制御面風速
界制御面風速を定義するなど、フード設計とフード [m/s]、Ah はフード下端面積[m2]、Aph はフード下端
の捕集率を根拠とした排気量設計に資するための考 での熱上昇気流の面積[m2]である。
え方を提案する。
この制御面風速は、現在の厨房の換気量指針に近
いものと考えられるが、Hemeon2)は室内の外乱気流
1.排気フードの捕集メカニズム が過度でなければ、たいていの場合、100〜150 ft/min
図12)は、熱上昇気流を捕集する箱形のキャノピー (0.51〜0.76 m/s)あれば十分であろうと述べている。
フードで、フード下端面に
ただし、これらの制御面風速で定まる流量に、フー
おける上昇気流量と排気量
ド下端面での熱上昇気流量が加算されて始めて排気
が同じ値(Q = qz)を取る
量が算出できる。現在日本の厨房の排気量算定では、
場合の気流性状を表現した
この上昇気流のための風量が考慮されていないと言
ものである。フード下端に
える。厨房では様々な調理器具が用いられることか
おいては qz であった上昇気
ら、本来は器具によって上昇気流量が異なり、それ
流量は、フード内部でもフ
に応じてフードの排気量を変える必要がある。その
ード内の空気を巻き込むこ
意味では、現在の ASHRAE の基準では器具によって
とで、フード上端では例え
排気量を変えていることから、日本の基準より合理
ば 2qz になる。排気量が qz
的なものと言える。
であるので差し引き qz の汚
染物を含む空気は排気され
ず、フード内で下への下降
気流となる。このとき、フ
ード下端で漏れ出ない工夫
2.外乱気流の影響 図1 フード下端面で
のプルーム流量と排気
量が等しい場合 2)
1 章では、いったんフードのなかに入った汚染物と
熱を含む上昇気流量が、フード下端から外部に流出
しないためには、いくらかの制御面風速 Vc が必要で
Capture Efficiency and Controlling Face Velocity of Local Exhaust Hood in Kitchen YAMANAKA Toshio
あるという考え方について示した。実際にどの程度
ASHRAE の厨房換気の考え方に、C&C(Capture
の風速が制御面風速として必要なのかは、機器から and Containment)という原則がある。これは、フ
発生する上昇気流量や保有する浮力(温度)などに ードの完全捕集の原理を表現したもので、Capture
よって決まると考えられる。本章では、厨房内の給 (捕捉)した上で、Containment(保持)して逃が
排気に伴う室内気流や空調吹き出し気流などの擾乱 さないということを意味する。ASHRAE では、厨房
気流が外乱となってフードでの熱上昇気流の捕集性 の換気設計の考え方の基本が完全捕集であり、その
状にどの様な影響を及ぼすものであるかについて考 ためには、汚染物を含む熱上昇気流を完全に捕捉し、
察を行う。
完全に保持する必要がある。本稿では、捕捉の英語
図2は、同じく
として、Catching を充てたが、これは、Capture
Hemeon2)
の著書
Efficiency というと、従来から用いられている総合的
から、高い位置の
な捕集効率を意味することになることから、混乱を
キャノピーフード
避ける意図による。次式の通り、フードの捕集率は
の直下で発生した
捕捉効率と保持効率の積として求められる。
熱上昇気流が外乱
η = ηa × ηc
と言える横風によ
(2)
って流され、フー
η :(汚染物、熱)捕集率(Capture Efficiency)
ドの捕集ができて
いない状態を示し
ている。この様な
図2 外乱気流による上昇プル
ームの溢流現象 2)
この捕集率の考え方において、熱上昇気流に含ま
外乱による捕集性能の低下は、そもそも熱上昇気流 れる CO2 や NOx、臭気、油煙などの汚染物質が想定
がフード内に入っていないことが原因であり、1章 されるが、水蒸気や熱の捕集率も同様に定義される。
で示した、いったんフード内に入ってから、下降し
て溢れる気流とは、メカニズムが異なっていること 4.フード下端面での限界制御面風速 がわかる。この二つの現象がフードの捕集性能を決 本章では、キャノピーフードを例として、フード
定しており、フードの捕集性能の評価には、これら 下端面における熱上昇気流の溢流を制御するための
の現象を別々に評価することが重要であると言える。い く つ か の 限 界 状 態 か ら 決 ま る 限 界 制 御 面 風 速
(critical controlling face velocity)を定義すること
3.捕捉効率と保持効率に基づく捕集率の定義 これまで見てきた通り、フードの熱上昇気流の捕
とする。
図3(1)は、図1と同様の状況を表しており、最も
集率を予測するためには、フードがどれほどの熱上 理想的な状況で、完全な保持(保持効率 100%)が可
昇流を捕捉できるか、また、捕捉した空気を保持で 能な限界風量 Qc1 [m3/s]は、フード下端面高さでの上
きるか、という二つの効率を予測することが有効と 昇気流量 qph に等しい。このとき、フード下端におい
考えられる。故に、以下の2種類の効率を定義する。 て上昇気流以外の部分の風速は 0m/s となる。この限
界制御面風速を第1限界制御面風速と呼ぶ。
・捕捉効率 ηa (Catching Efficiency)
「単位時間に発生した熱・汚染物量のうち、フード ・第1限界制御面風速 Vc1
内部に入るものの比率」
Vc1 = 0
(3)
・保持効率 ηc (Containment Efficiency)
「単位時間にフード内部に入る熱・汚染物量のうち こ の と き 、 図 3 に 示 す 通 り 、 完 全 保 持 ( perfect
フードによって排出されるものの比率」
containment)が達成されるためには、フード下端面
vovh = v 2ovt − 2
Qc1= qph
Q
overflow
qovt
qeh
recirculation
qeh
qph
vh
qpd
spill
(5)
さらに、溢流気流のアルキメデス数 Arovt を用いると、
qeh vh
Ap
Ah
Hh
(ρo − ρ p )
gH h
ρp
vovh = vovt 1− 2
face velocity : 0 m/s
gβΔTH h
= vovt 1− 2Arovt
v 2ovt
(6)
が得られる。ここで、
ΔT :フード内上端で溢流して下降する気流の温度と
フード内空気温度の差 [℃]
(1) 第 1 制御面風速(=0) (2) 熱上昇気流の降下現象 図3 フード内の熱上昇気流と溢流現象
Arovt :溢流気流のアルキメデス数[-]
から上端面の間での巻き込み風量 qeh が溢流せずフ ・第2限界制御面風速 Vc2
ード内で循環することが必要である。フードの形状 (6)式より、フード内下端で、下降流がフード外に
を工夫することによって、可能な限りこの制御面風 漏れないためには、フード下端の制御面風速として、
次式が成り立てばよい。(7)式右辺の風速を第2限界
速に近づけることがフード設計の目標となる。
次に、図3(2)に示す様な、一般的な状況を考える。 制御面風速と呼ぶこととする。
図3(2)は、フード内上端で捕集されなかった熱上昇
気流量がフード内で下降流となり、フード下端まで vh > vovt 1− 2Arovt
(7)
下降し、その後フード端で溢れていく状況を示した
ものである。ここで、フード下端(熱上昇気流の通 Vc2 = vovt 1− 2Arovt
(8)
過面積を除く)での面風速は 0 ではなく、vh [m/s]で
実際の状況下では、外乱があるために、この第2
ある。
いま、フード内上端で溢流したプルームがフード 限界制御面風速は必ずしも十分ではないかもしれな
下端まで下降したときの下降速度を求める。簡単の い。より保持効率を高めるためには、捕捉した熱上
ために、溢流したプルームの密度が下降時に変化し 昇気流がフード内の上端で溢流せずに排気されるこ
ないと仮定すると、ベルヌーイの式より、次式が得 とが求められる。
そこで、いま図3(2)でフード内上端で溢流して下
られる。
降する気流量 qovt を熱上昇気流のフード内巻き込み
1
1
2
2
ρ p vovt
− ρ o gH h + ρ p gH h = ρ p vovh
2
2
(4)
風量 qeh を用いて表せば、次式となる。
(
)
vovt:フード内上端で溢流する熱上昇気流の速度[m/s] q = q − v A − A
(9)
ovt
eh
h
h
ph
vovh:フード内上端で溢流した熱上昇気流がフード下
qeh:フードに流入してから、フード内上端まで上昇
端まで下降したときの下向き速度[m/s]
ρ p :フード内上端で溢流した気流の密度[kg/m3]
する間に熱上昇気流に巻き込まれる流量[m3/s]
ρ o :フード内外の空気の密度 [kg/m3]
(9)式の左辺 qovt が 0 の場合、フード内上端で熱上
Hh :フードの高さ[m]
昇気流は漏れることなく全量排気され、文字通り保
持効率が 100%となる筈である。故に、このときのフ
(4)式を変形すると、vovh についての次式が得られる。 ード下端面の風速を第3限界制御面風速と呼ぶこと
とする。
・第3限界制御面風速 Vc3
Q
(9)式で、(左辺)=0 とすれば、次式が得られる。
このとき、フード内で熱上昇気流は完全に排気され
る筈である。
qph = q cph + q povh
Vc 3 =
qeh
Ah − Aph
qcph
qpovh
(10)
(10)式で定義される制御面風速は、熱上昇気流の巻
vd
vd
き込み風量に比例することから、この風速を小さく
すためには、箱形より、テーパー状に上部の断面が
小さいフードの方が望ましく、この意味では、現状
の業務用厨房で多く用いられる箱形のキャノピーフ
ードは、望ましくないことがわかる。
図4 横風による上昇プルームの変形と捕捉効率の低下
以上、3 種類の限界制御面風速を定義したが、これ 気流はこの様な横風だけではなく、パッケージエア
らの風速には、以下の関係が成り立つものと考えら コンやパンカルーバからの吹き出し気流、調理人の
れる。
動きなど様々であるため、捕捉効率を正しく予測す
るためには、実験や数値流体解析(CFD)などの手
Vc1 = 0 < Vc2 < Vc 3
(11)
法に寄らざるを得ないのが現状である。しかし、実
設計を考えると簡易な手法の開発が必要であり、今
このことから、それぞれの面風速における保持効 後の研究の進展に期待したい。
率(Containment Efficiency)を大きくするための
フード設計が重要である。一方、調理機器やフード おわりに 形状の組み合わせごとに、制御面風速と保持効率の 本報告では、フードの捕集性能の新たな考え方を
関係や、外乱風速が保持効率に及ぼす影響に関する 提案するとともに、3種類の限界制御面風速を導出
検討が今後不可欠と考える。
し、フード下端面の風速の持つ特性を明確にした。
今後は、実際の場に適用し、合理的なフード設計と
5.捕捉効率に及ぼす外乱気流の影響 4章では、保持効率を考える上で重要となる考え
排気量設計法の確立につなげていく所存である。
なお本報告は、既報 3)に一部修正を加え、まとめた
方 を 述 べ た 。 本 章 で は 、 捕 捉 効 率 ( Catching ものである。
Efficiency)について、述べておきたい。捕捉効率は
3章での定義の通りであるが、図2で示した通り、 【参考・引用文献】 この捕捉効率に最も影響を与えるのが様々な外乱気 1) 例えば、国土交通省大臣官房官庁営繕部設備・環境課監修:
流である。図4は、キャノピーフードにおいて、図
「建築設備設計基準」
2と同様に、横風によって上昇気流が鉛直に上昇せ 2) E.C.L.HEMEON: "PLANT AND PROCESS VENTILATION",
ず、捕捉効率が著しく低下する様子を示している。
THE INDUSTRIAL PRESS, 1955
上昇気流が横風によってどの程度移動するかを理論 3) 山中俊夫:「厨房の局所排気フードの捕集メカニズムと捕
計算によって求めることができれば、捕捉効率を概
集性能評価に関する理論的考察」,第43回空気調和・衛生
算することは可能であると考えられる。一方、外乱
工学会近畿支部学術研究発表会論文集,A-77,2014年3月
*1 大阪大学大学院工学研究科 教授・博士(工学) Prof., Osaka University, Dr. Eng.