諸 言 タンパク尿などの腎障害あるいは糸球体濾過率(GFR)低下 が3か月以上持続する病態と定義される慢性腎疾患(CKD)は、 日本や米国では成人の13%にのぼる“Common disease”で あり、しかも、心血管疾患(CVD)発症に対して糖尿病に匹敵 するほどの大きなリスク要因であり、今や、CKD対策は国民保 健上の最重要課題の1つとなっている。 CKDの発症には、肥満や糖尿病や高血圧とともに喫煙が独 立して関連することが知られるが、CKDを発症する喫煙者は、 その高々15~20%程度であることも事実である。本研究では、 喫煙者の中でも特にCKDを発症しやすい人々の特徴を、心血 管疾患リスクファクター(CVD-RF)の保有状況の面から明らか にしようとした。 対象と方法 北陸の地方都市に立地する電子部品製造工場での定期健 康診断を受診し、血清クレアチニン(Cr)が測定された30歳、 35歳、40~64歳の中年男性労働者923人を対象とした。 身長、体重、腹囲、血圧測定のほか、血液検査として一夜絶 食後の空腹時での血清肝酵素、尿酸、血清脂質、血糖とイン スリン、それによるHOMA指標、hs-CRPなど、新旧のCVDRFの値を測定した。また、健診時に採取した尿について、試 験紙法によるタンパク定性判定とともに、クレアチニン補正後 のアルブミン(Alb)排泄量(ACR)を測定した。 eGFRは日本腎臓学会(JSN)の推算式により求め、それを G1(正常または高値:≧90)からG5(末期腎不全:<15)に区 分した。また、ACRをA1(正常:30mg/gCr未満)、A2(微量Alb 尿:30~299mg/gCr)、A3(顕性Alb尿:300mg/gCr以上)の3 区分とした。JSNのリスク判定基準(2012)にしたがって、対象 者をCKDなし、軽度CKD、中等度CKD、重度CKDと判定した。 ただし、対象者の中では、eGFRがG4、G5の著しい低下を示 した者は見られなかった。 一方、喫煙習慣を非喫煙者、過去喫煙者、1日1箱以内の軽 喫煙者、1箱を超える重喫煙者と4区分した。これらの喫煙習 慣の間、およびCKD重症度の間で、上記のCVD-RFの値に 差があるかどうかを検討した。 2.CKDとCVD-RF CKDについて、なし、軽度、中等度以上の3群間で、同様に 年齢、BMI、飲酒、身体活動を補正後のCVD-RFの平均値を 比較した(表2)。①腹囲は中等度以上のCKD保有者で小さく、 ②平均血圧はCKD保有者で高い傾向が見られた。③血清 LDLcは中等度以上の CKD保有者で低い。④血清GGTと FPGはCKD保有者で有意に高く、FPGは特に中等度以上の CKDで高かった。⑤血清インスリンは中等度以上のCKDで低 く、そのため、HOMA-βはCKD保有者で低い。⑥HOMA-IRは CKD保有者で高い傾向であった。⑦血清hs-CRPは中等度以 上のCKD保有者での上昇が著しかった。⑧血清尿酸はCKD 保有者で高いが、統計的は有意でなかった。 3.CVDリスクファクターに対する喫煙とCKDの交互作用 対象者を喫煙習慣で3区分(非喫煙、軽度喫煙、重喫煙)し、 CKDの非保有、保有の2群に分けて、CVDリスクファクターの 平均値を比較するともに、交互作用の有無を検討した。 ①平均血圧は喫煙とは有意の関連を示さなかったが、CKD 保有者は非保有者よりも高い値を示し、しかも、非喫煙者では CKD保有者と非保有者の差が明らかでないが、喫煙者では CKD保有者の血圧が著明に高い。その結果、喫煙とCKDの 交互作用は有意であった(図1)。 ②血清GGTは喫煙者、CKD保有者が、非喫煙者、CKD非保 有者に比べて有意の高値で、しかも、喫煙量の増加にともなう その上昇がCKD保有者で特に顕著で、交互作用が有意で あった(図2)。 ③インスリン抵抗性指標であるHOMA-IRは、喫煙量の増加と ともにCKD保有者、非保有者ともに低下した。しかし、喫煙の 有無にかかわらず、CKD保有者で高く、交互作用は有意でな かった(図3)。 ④慢性炎症を表すhs-CRPは、喫煙量の増加とともに上昇す るが、喫煙の有無にかかわらず、CKD保有者の値が有意に 高く、交互作用は有意でなかった(図4)。 結果と考察 1.喫煙とCVD-RF 喫煙習慣別に、年齢、BMIをはじめとする代表的なCVD-RF の平均値を求めたところ、過去喫煙者のBMI、腹囲、血圧が喫 煙4区分の中で最高値であった。一方、過去喫煙者のeGFR や尿ACRなどは非喫煙者と同様に、喫煙者よりも低値であっ た。これらのことから、過去喫煙者を非喫煙者と同様に扱って 解析することは適切でないと考え、以降の分析は、過去喫煙 者を除いて行った(表1)。 年齢、BMI、飲酒、身体活動補正後のCVD-RFの平均値と標 準誤差を示す。①腹囲、血清TG、GGT活性とhs-CRPが喫煙 者で有意に高く、血清HDLcは低かった。②血清LDLcと尿酸 は特に重喫煙者で低かった。③腎機能検査では、喫煙者の eGFRは非喫煙者よりも高値を示し、一方、尿ACRは有意に 高い値を示した。 図1.喫煙量別、CKD有無別の平均血圧 図2.喫煙量別、CKD有無別の血清GGT 表1.禁煙者を除いた CVD-RF の平均値(M)と標準誤差(SE)[年齢、BMI、飲酒、身体活動補正] A.非喫煙 (N=336) M 有意差 a B.軽喫煙 (N=332) C.重喫煙 (N=38) SE M SE M SE AvsB / AvsC / BvsC 腹囲(cm) 82.7 0.19 83.3 0.19 83.7 0.57 * / ns / ns 平均血圧(mmHg) 90.7 0.56 89.7 0.56 88.4 1.68 ns / ns / ns 血清 LDLc(mg/dL) 125.7 1.73 127.1 1.73 118.0 5.19 ns / ns /# 血清 HDLc(mg/dL) 61.9 0.73 58.4 0.73 57.9 2.18 ** / # / ns 血清 TG(mg/dL)b 95.9 1.03 108.7 1.03 110.0 1.08 ** / ns / ns 血清 GGT(U/L)b 32.6 1.03 36.4 1.03 40.2 1.10 * / * / ns 血清 UA(mg/dL) 5.93 0.06 5.86 0.06 5.46 0.19 ns / * /* FPG(mg/dL) 96.7 0.84 96.1 0.84 99.5 2.52 ns / ns / ns 血清インスリン(U/mL)b 6.27 1.03 6.10 1.03 5.82 1.08 ns / ns / ns HOMA-β(%)b 71.3 1.03 71.1 1.03 64.9 1.08 ns / ns / ns HOMA-IRb 1.48 1.03 1.43 1.03 1.40 1.09 ns / ns / ns 血清 hsCRP(x10-2U/mL)b 2.31 1.06 3.03 1.06 3.16 1.20 ** / ns / ns eGFR(mL/min/1.73m2) 78.74 0.62 83.94 0.62 89.06 1.87 *** / *** / ** 5.85 1.04 7.38 1.04 7.31 1.14 *** / ns 尿 ACR(mg/gCr)b / ns 表2.CKD 区分別の CVD-RF の平均値(M)と標準誤差(SE)[年齢、BMI、飲酒、身体活動補正] B.軽度 CKD (n=53) 有意差 a C.中等度以上(n=4) 図4.喫煙量別、CKD有無別のhs-CRP 考察と結論 a:GLM 解析 ns: p≧0.10, #:p<0.10, *:p<0.05, **:p<0.01, ***:p<0.001. b:幾何平均と幾何標準誤差 A.CKD なし (n=649) 図3.喫煙量別、CKD有無別のHOMA-IR M SE M SE M SE AvsB /AvsC/ BvsC 腹囲(cm) 83.0 0.14 83.8 0.49 80.4 1.76 ns / ns / # 平均血圧(mmHg) 89.9 0.40 92.6 1.42 98.9 5.18 # /# / ns 血清 LDLc(mg/dL) 127.0 1.23 115.4 4.37 94.4 15.9 * /* / ns 血清 HDLc(mg/dL) 59.8 0.52 63.0 1.86 54.5 6.79 ns / ns / ns 血清 TG(mg/dL)b 101.7 1.02 113.0 1.08 113.5 1.29 ns / ns / ns 血清 GGT(U/L)b 34.2 1.02 41.4 1.08 43.3 1.34 * / ns / ns 血清 UA(mg/dL) 5.85 0.05 6.07 0.16 6.78 0.59 ns / ns / ns FPG(mg/dL) 95.8 0.59 103.9 2.10 123.5 7.65 *** / *** / * 血清インスリン(U/mL)b 6.12 1.02 6.67 1.07 5.48 1.26 # / ns / ns HOMA-β(%)b 71.1 1.02 68.4 1.07 41.7 1.27 ns /* HOMA-IRb 1.44 1.02 1.66 1.08 1.59 1.29 # / ns / ns 血清 hsCRP(x10-2U/mL)b 2.60 1.04 3.36 1.17 10.8 1.77 ns /* /* /* a:GLM 解析 ns: p≧0.10,#:p<0.10, *:p<0.05, **:p<0.01, ***:p<0.001 b:幾何平均と幾何標準誤差 中年男性労働者において、喫煙量別、CKD保有の有無別に CVD-RFを比較した。従来の報告と同様、喫煙者は腹囲が大 きく、血清TGが高く、血清HDLcが低い。また、血清GGTとhsCRPが有意に高かった。意外にも、血清LDLcは、特に重喫煙 者で低い傾向であった。一方、CKD保有者は血清GGT、FPG が有意に高く、平均血圧とHOMA-IRが高い傾向を示し、血清 LDLcは有意に低かった。中等度以上のCKD保有者では腹囲 が小さかった。また、HOMA-βが有意に低く、血清hs-CRPは 有意に高かった。 平均血圧と血清GGTが、CKDを保有する喫煙者でCKD非 保有の喫煙者と比べて著明に高い値を示し、喫煙とCKDの交 互作用が有意であった。これらの結果から、血圧と血清GGT の上昇は、CKDを保有する喫煙者のCVD-RFから見た特徴と 考えられた。 一方、HOMA-IRや血清hs-CRPは、喫煙の有無にかかわら ずCKD保有者で高い値を示すので、上記のCKDを保有する 喫煙者での血圧や血清GGTの上昇を、インスリン抵抗性や慢 性炎症の進展で説明することは困難と思われた。 以上、機序は不詳だが、血圧や血清GGTの上昇が、喫煙者 のCKDの発症、進展に重要な意味をもつことが示唆された。 COI 今回の演題発表に関連し、開示すべきCO I 関係にある企業 などはありません。
© Copyright 2024 ExpyDoc