2014/11/9 第7章 倫理実行の手法 工学倫理 第7回 モラル問題(=倫理問題)を解決する手法で ある。技術者倫理は、アメリカで発展する間に、 情緒的なモラル論や観念的な倫理と違い、モラ ル問題を解く理性的な方法を備えるようになっ た。 7.1 QCサークル活動は業務か 7.2 争点を明らかにする 7.3 モラルに従う判断の方法 7.4 決疑論の方法 7.5 日本の公務員倫理法 7.6 まとめ 教科書:技術者の倫理入門 第四版 杉本泰治 高城重厚 著 杉本泰治,高城重厚 第7章 倫理実行の手法 工学倫理 第7回 1 工学倫理 第7回 2 7.1 QCサークル活動は業務か-2 7.1 QCサークル活動は業務か-1 • トヨタ残業問題 労災保険(労働者災害補償保険) 業務上の事由(理由)、通勤 労働者の負傷や疾病 ⇒ 保険が給付される ・裁判所の判断 2002年 トヨタ自動車堤工場 内野健一さん(当時30歳)⇒急死 豊田労働基準監督署 労災を認めず 妻の博子さん、処分取り消しを求めて提訴 2007年 名古屋地裁 死亡は業務に起因、不支給処分を取り消す。 業務外=創意くふう提案、QCサークル活動 3 工学倫理 第7回 ⇒事業活動に直接役立つ性質=業務と判断 2000年1月 班長に当たるエキスパート(EX)に昇格 倒れる直前1ヶ月の時間外労働時間は106時間45分 107時間÷25日≒4時間/日 実際は土日や有給休暇もつぶして資料作成など、サー ビス残業をしていたとされる。 量的・質的に過重な業務に従事⇒疲労を蓄積 災害直前に強い精神的ストレス⇒心停止発症の原因 2002年2月9日午前4時20分 残業中に不整脈で倒れて死亡 トヨタ 創意くふう提案、月2時間を超えるQCサーク ル活動 ⇒自発的活動とみなして、残業代も支給せず。 裁判所 QC活動を業務と認定した理由 ①会社紹介のパンフに積極的に評価して取り上げている。 ②上司が審査し、その内容が業務に反映される。 4 工学倫理 第7回 2007年12月 国が控訴を断念、一審判決が確定。 7.1 QCサークル活動は業務か-3 7.1 QCサークル活動は業務か-4 トヨタの決断 2008年5月21日 「カイゼン」活動など ⇒残業代を全額払うことを決定。 月2時間までとする残業代の上限を撤廃する。 自主的な活動⇒業務と認定 労働組合も了承 自主的な活動⇒業務と認定、労働組合も了承。 6月1日から実施する 自動車・電機などの製造業を中心に 国内で3万以上のQCサークルが活動 業務か?自主活動か? 線引きが不明確 トヨタ 明確な業務と位置づけ 残業代を全額払う ⇒総額人件費の増加は避けられない(幹部) QCに対する全員参加の意識が薄れ、一部の従業 員の負担が増す。 活動を簡素化し、月2時間以内にする方針 QCサークルは、国内だけで5千前後はある。 方針を徹底させ、労働時間短縮が可能か?不透明 工学倫理 第7回 工学倫理 第7回 5 工学倫理 第7回 6 1 2014/11/9 7.1 QCサークル活動は業務か-5 7.1 QCサークル活動は業務か-6 ・他の企業も倣う トヨタ QC活動 ⇒ 自宅に持ち帰って内容を詰める例もあり、不透明 と指摘されてきた業務範囲の線引きには課題も残る。 QC以外にも、判断の難しい自主活動が多い。 創意くふう提案、役職交流会 労使の 体感 会社への忠誠心を育成する 労使の一体感、会社への忠誠心を育成する。 業務とすることを決断。 会社と社員との関係⇒ドライになる傾向 産業界 トヨタに倣いQCを業務とする動きが広がるこ とも予想される。 世界的な景気変調で企業の競争が激化するなか、 業務の線引きを明確にする一方で、労使の一体感 を高める工夫が求められる。 7 工学倫理 第7回 7.1 QCサークル活動は業務か-7 労働時間以外は、自分ために使う権利 会社への忠実義務 ⇔ 家族に対するサービス 工学倫理 第7回 8 • 三つの争点 解決又は争われている問題=争点 次の三つが ある。 事実関係 の争点 モラル 問題 適用上 の争点 概念上 の争点 9 7.2 争点を明らかにする-2 (1)事実関係の争点 • 事実の分析 モラル問題に取り組む場合 大切なのは、事実を分析、事実をつかむこと。 事例研究:しばしば新聞記事を使用 一般市民が関心をもちそうな情報を伝えようとする 般市民が関心をもちそうな情報を伝えようとする 。 記事を読んで、書かれていることを分析。 科学技術的な事実、法的な事実、倫理的な事実を見 分ける 自分のモラル問題も同じ とりまく状況を観察し、分析して、事実を見分ける。 11 工学倫理 第7回 工学倫理 第7回 二つの立場 ↓↑ 生活の智恵で解決 7.2 争点を明らかにする-1 ②線引き問題 業務なのか、自主的な活動なのか、線引きが 不明確。 残業代など、業務の線引きを明確にする必要 がある。 残業代の上限を撤廃し、全額を支払うように しても、線引き問題は残る。 “会社の門を出たら業務のことはすっかり忘 れる”というわけにはいかない。 どこまで業務=残業とするか、線引きが難し い。 合理的な線引きを助ける雰囲気や風土を育て る方向づけが必要。 工学倫理 第7回 • 残業の倫理問題 労災保険の問題⇒法律上の問題 残業代の問題⇒法律と倫理の問題 ①利益相反 従業員 労働時間は、会社のために働く義務 工学倫理 第7回 10 7.2 争点を明らかにする-3 • 関連事実 事実がすべて争点に関係があるわけではない。 第4章第5話(前出57頁、ジェラルドの話) 注目した課題に関連のないこと 父の年齢、母の名前、ワール農場の作物 注目した課題に関連のあること=関連事実 有機農法、殺虫剤に反対、地域で有名 事実関係の争点 事実が明らかになると⇒解決する場合がある ○ある製品の特性値が規制値を超えているか? ×ある農薬が実際に害を及ぼしているか? 短期的な調査では断定できない 工学倫理 第7回 →事実関係の争点として残る。 12 2 2014/11/9 7.2 争点を明らかにする-5 7.2 争点を明らかにする-4 トヨタ事例分析(1)-事実関係の争点 労災の問題、残業代の問題、トヨタ側と遺族 側に不一致はない。 工学倫理 第7回 13 7.2 争点を明らかにする-6 7.2 争点を明らかにする-7 (3)適用上の争点 用語の定義一致しても ⇒個々の状況への適用が一致しないことがある。 例えば「盗み」 概念は一致しても、盗みといえない場合がある。 窃盗罪で罰するか?懲役を何年にするか? 概念が一致しても、適用に不一致が生じる ⇒もう一度、概念を検討し直したり、 別の概念を選んで適用する場合もある。 工学倫理 第7回 15 • 行為理論と規則理論 倫理の規範は人が作る:十戒、五倫など 人間関係は複雑⇒細々とした規範は無理 人が作るので、全ての規範が正しいとは限らない。 人がモラルにしたがうときの判断方法は、次の二つ 行為理論 行為ごとに、自分のモラルの意識で判断する方法 規則理論 行為の類型ごとに規則を作り、それを順守する方法 ある場合には前者が、ある場合は後者が適する。 両者が相まって人はモラルと倫理に則した判断をする。 工学倫理 第7回 トヨタ事例分析(3)-適用上の争点 規範に不一致はなかったが、適用に不一致。 監督署:業務外=労災保険不支給 遺 族:業務内=支給すべき←裁判所が支持 トヨタ:QC活動の残業代2時間のみ⇒上限撤廃 工学倫理 第7回 16 7.3 モラルに従う判断の方法-2 7.3 モラルに従う判断の方法-1 工学倫理 第7回 (2)概念上の争点 モラル上の不一致?⇒よく検討すると ⇒用語の定義についての不一致 用いる規範についての不一致⇒概念上の争点 概念を定義し直したり、 規範を選び直すこと ⇒ 一致につながる 例えば、「公衆」の定義(マイケル・デービスの説) 第1 公衆=あらゆる人を含む。 第2 公衆=技術者の活動によって脅かされる人。 第3 よく知らされていないのに影響を受ける人。 トヨタ事例分析(2)-概念上の争点 業務災害=労災、時間外労働=残業代、 これらの規範については一致 工学倫理 第7回 14 17 • 対話による解決 モラル上の不一致 解決を必要とするのは、通常、同じコミュニティ 例)同じ企業の経営者と技術者の間の不一致の問題 外部へ持ち出す場合は、警笛ならし⇒第12章で学習 例えば “企業は悪”という目で見る評論家 例えば、“企業は悪”という目で見る評論家 ∴攻撃的な姿勢で批判する。 対話とは相いれない争論⇒モラル問題には適さない 人間関係のタイプ 同胞関係と敵対関係(53頁参照)がある。 同胞関係=対話が無駄に終わらない関係 18 工学倫理 第7回 倫理では一致しなくても、対話する努力が大切。 3 2014/11/9 7.4 決疑論の方法-1 7.4 決疑論の方法-2 • モラル問題の二つのタイプ 技術者の出会うモラル問題 線引き問題と相反問題の二つのタイプがある。 解決に決疑論の方法を用いる手法 =ハリスらの優れた業績 決疑論 の方法 線引き問題 相反問題 図7.2 多数の選択肢 モラル問題の二つのタイプ 工学倫理 第7回 19 7.4 決疑論の方法-3 •二分観とスペクトル観 二分観(不連続) 悪 善 上図のように,正しいことと不正なことが明瞭なら 容易に不正を回避できる。 スペクトル観 悪 善 実際には 上図のように スペクトルの両極の間に 実際には、上図のように、スペクトルの両極の間に 悪から善へと連続する灰色域がある。 自分がしようとしていることが、正しい域にあるの か不正な域にあるのか、はっきり決められなくてため らう、あるいは、いくつかの選択肢がある場合 ⇒正しい域に入るのはどこまでか判断に迷う。 工学倫理 第7回 21 • 線引き問題(Line-drawing problem) モラル問題は、一本のスペクトル上にある。 明らかに正しい行為 明らかに不正行為 (=善 (=悪い) 問題の解決に確信がもてないのは、 自分がしようとする行為に確信がもてないから。 明らかに正しいほうか?明らかに不正なほうか? • 相反問題 二つ(またはそれ以上)の相反するモラル上の責 務の間、または、相反する行動の仕方の間で選択を 迫られる問題。利害関係の相反について説明(61頁) 多数の選択肢がある場合、線引き問題として解決 可能。 工学倫理 第7回 20 7.4 決疑論の方法-4 • 決疑論の利用 線引き問題の解決方法⇒決疑論 与えられた事例を参考事例と比較して決める モラル的に許容される事例=肯定的事例C+ モラル的に許容されない事例=否定的事例Cその間に中間的な疑問事例=C1~C4を並べる 良い事と悪い事の間に線を引いて判断する 否定的 肯定的 模範事例 模範事例 C1 C2 C3 C4 C+ C図7.4 線引き問題を解決する決疑論の方法 工学倫理 第7回 22 表7.1 疑問事例のスペクトル(1/2) 表7.1 疑問事例のスペクトル(2/2) C1.店舗に押し入り、3,000ドルの商品をもち去 る。 C2.だれかの車を“借り”て返さない。 C3.だれかが鍵をかけ忘れた自転車を持ち去る。 C4.勤務時間内に君が会社のためにコンピュータ 勤務時 が ピ プログラムを開発し、その後、著しく改善した バージョンについて自分の名前で特許をとる。 C5.会社Aで君が開発した経営テクニックを、会 社Bに移ってから使用する。 C6.会社Aで君が開発したアイデアを、会社Bで まったく異なる化学プロセスに使う。 23 工学倫理 第7回 C7.友人から本を借り、誤って長く所持し、返し 忘れる(友人が町を引っ越してからその本に気 がつき、返さないことにする)。 C8.君がだれかが落とすのを見ていた25セント硬 貨を道路 拾う(努力すれば たぶん落とした 貨を道路で拾う(努力すれば、たぶん落とした 人を見つけ、返すことができた、と仮定しよう )。 C9.だれか(君は知らない)が落とした25セント 硬貨を道路で拾う。 C10.君が許可を得て借りた1枚(または1束)の 紙を返し忘れる。 工学倫理 第7回 24 工学倫理 第7回 4 2014/11/9 7.4 決疑論の方法-5 討論1 • 読者の経験や見聞にもとづいて、肯定的模範 事例と否定的模範事例を含む疑問事例のスペク トルを作ろう。 工学倫理 第7回 25 • スペクトル観の効用 白黒、強弱、大小、軽重、遠近など二分観に 親しんで育っている。 「黒」と「白」の間には灰色の階調があるは ずなのに、白黒はっきりさせようとする。 白 白黒はっきりしない問題に出会うと、どうし き な 出会う どう たらよいかわからなくなる。 白と黒の間には灰色があることを認識すべき 。 スペクトル観と決疑論の方法は、あらゆる事 象に濃淡の階調があるという見方を教えるもので 、その応用は、モラル問題に限られない。 26 工学倫理 第7回 7.5 日本の公務員倫理法-1 討論2 • 幸福・不幸という対話は、この二つを対比す る意味がある。しかし、人を幸福な人と不幸な 人に二分するのは、中間を否定しがちで、適切 でない。読者の周辺で、二分観の例を探し、適 否を考えてみよう。 考 工学倫理 第7回 27 7.5 日本の公務員倫理法-2 • 野田聖子(衆議院議員、自民党)の意見 公務員倫理法の背景 人としての成熟を官僚に求めるのは無理 国民がその行動を管理・監督する狙い 審査会HPの倫理規程事例集 般常識で判断できることが並んでいる。 一般常識で判断できることが並んでいる 自信がないので、いちいち確認している。 官僚の能力と意思をいたずらに縮めている。 法の運用を、お互いに信じ合う方向に切り替える べきである。 公務員の倫理規定が本来、自律の規範である ことを確認している。 29 工学倫理 第7回 工学倫理 第7回 決疑論というと、縁遠いように思えるかもし れないが⇒国家公務員倫理法に用いられる • 公務員の倫理規程 2000年4月 国家公務員倫理法、施行 〃 国家公務員倫理規程、施行 対象:一般の国家公務員、非常勤は除く。 倫理規程に禁止行為 人事院規則に懲戒処分の基準 倫理は自律の規範、公務員の場合なぜ法なのか? 法律の重点は、違法行為に対する懲戒処分 懲戒処分=権利・自由を奪うので法が必要 法=引っかからなければ良い、消極的な運営× 工学倫理 第7回 倫理=自主的な順守が期待される◎ 28 7.5 日本の公務員倫理法-3 • 決疑論の応用 違反に対する懲戒処分 人事院規則 懲戒処分の基準が、細かく規定されている。 実際の違反は様々で、当てはまらない場合がある。 そこで、人事院規則に次の規定がある。 第8条 職員が行った行為が違反行為に該当する場 職員が行 た行為が違反行為に該当する場 合であって、別表(表7.2)掲載の違反行為と対照 してどれに類似するかを調べ、それに順ずる懲戒処 分を決定する。 実際の行為⇒規則の違反行為と対照し懲戒処分する ⇒決疑論の方法に他ならない 工学倫理 第7回 30 5 2014/11/9 7.6 まとめ • モラル問題(倫理問題)は場面によってさまざまだ が、解決方法には、共通の、簡単な法則性がある。 • 事実関係の争点、概念上の争点、適用上の争点 へと進む方法を解説した へと進む方法を解説した。 • 線引き問題を解くスペクトル観と決疑論の方法は 、モラル問題に限らず、二分観にとらわれない見方 を学ぶ意義がある。 工学倫理 第7回 工学倫理 第7回 31 6
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