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経済学のためのゲーム理論入門
第 2 章 完備情報の動学ゲーム
2.15
まず,1 期だけでゲームが終わる時のクールノーゲームにおける対称な Nash 均衡を求める.各
企業の利潤 πi は,

πi =  a − c −
n
∑

qj  qi
(1)
j=1
で決まるので,企業 j の最適な生産量を qj∗ として,一階条件をとると,

qi∗ =
1
a−c−
2
∑

qj∗ 
(2)
j̸=i
と計算できる.(2) 式について,i = 1, ..., n について辺々足し合わせると,
n
∑
i=1
qi∗
1
=
2
(
n(a − c) − (n − 1)
n
∑
)
qi∗
i=1
これを整理すると,
n
∑
qi∗ =
i=1
n
(a − c)
n+1
(3)
となるので,対称的な Nash 均衡においては,企業 i は各々,
qi∗ =
1
(a − c) ≡ qD
n+1
(4)
という生産量をとっていることが導ける.また,この時の各企業の利得は,(1) 式に qD を代入す
ることにより,
πi =
1
(a − c)2 ≡ πD
(n + 1)2
(5)
と求めることができる.
次に,この市場における独占利潤を,各企業が n 等分して山分けすることを考える.市場全体の
利潤は,
π = (a − c − Q)Q
で定式化でき,一階条件をとると,Q =
1
2 (a
− c) と求めることができる.そして,この時,各企
業 i は,
qi =
1
(a − c) ≡ qC
2n
1
(6)
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第 2 章 完備情報の動学ゲーム
という生産量をとっていて,その時の利潤は,
1
(a − c)2 ≡ πC
4n
πi =
(7)
である.ここで,n ≥ 2 においては,必ず πC > πD が成立していることに注意する.そして,1 期
限りのクールノーゲームにおいて,他の企業が全て qC に従っている状態で,企業 i が自己の利得
を最大化しようとする場合,企業の利得は,
(
πi =
)
n−1
a−c−
(a − c) − qi qi
2n
(8)
で定式化でき,一階条件をとって整理すると,
n+1
(a − c) ≡ qG
4n
(9)
(n + 1)2
(a − c)2 ≡ πG
16n2
(10)
qi =
となり,この時の利潤は,
πi =
となり,常に πC より大きいことに注意する.つまり,1 期限りのクールノーゲームにおいては,
他の全ての企業が qC をとっている状態で,自分だけ qG という生産量を選択することによって,
各企業は得をすることができるのである.
さて,ここまで 1 期限りのクールノーゲームの確認をしたところで,次に無限回繰り返しゲーム
における切り替え戦略(トリガー戦略,trigger strategy)について考えたい.この解答では,以下
のトリガー戦略について考える.
まず,第 1 期には全員 qC だけ生産する.ゲームの第 t 期(t ≥ 1)においては,もしそれまでの第
t − 1 期までの期において,どの企業も一度も qC 以外の生産量をとっていなかった場合(つまり,
t − 1 期までの各期における結果が全て (q1 , ..., qn ) = (qC , ..., qC ) であった場合),またその場合に
限って,qC をとる.もしそうでない場合は,以降の期において全て qD を生産する.
このトリガー戦略がサブゲーム完全均衡になるための条件を考える.まず,トリガー戦略に全員
が従う場合,このゲームのサブゲームは,以下の 2 種類に分けられることに留意する.つまり,
それまでの期において,一度以上 (q1 , ..., qn ) = (qC , ..., qC ) 以外の生産の組が観察されているサ
ブゲーム(つまり,全員が以降 qD をとり続けるようなサブゲーム),いま一つは,それまでに
(q1 , ..., qn ) = (qC , ..., qC ) 以外の生産量の組が観察されていないサブゲームである.トリガー戦略
がサブゲーム完全であるかどうかを確かめるには,どのサブゲームにおいてもトリガー戦略をとる
ことが Nash 均衡になっていること(つまり,単独でそれ以外の戦略に変更する誘因を持つプレイ
ヤーが存在しないこと)を示さなくはならないが,この場合はサブゲームが 2 種類に大別できるの
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第 2 章 完備情報の動学ゲーム
で,各サブゲームにおいて,各プレイヤーが単独でトリガー戦略から逸脱する誘因を持たないかど
うかを調べればよい*1 .
まず,それまでの期において一度以上 (q1 , ..., qn ) = (qC , ..., qC ) 以外の生産の組が観察されて
いるサブゲームについてだが,他のプレイヤーが全員 qD をとることを所与とした場合,qD は対
称的な Nash 均衡における各企業の生産量なのだから,自らも qD をとることが最適反応になっ
ていなけらばならず,従ってトリガー戦略から単独で逸脱する誘因はない.よって,それまでに
(q1 , ..., qn ) = (qC , ..., qC ) 以外の生産量の組が観察されていないサブゲームにおいて,誰もトリ
ガー戦略から単独で逸脱する誘因を持たないための条件を調べればよい.そのようなサブゲームに
おいてトリガー戦略に従い続けた場合,各企業の利得は,
∞
∑
δ t πC =
t=0
1
(a − c)2
4n(1 − δ)
(11)
となっている,他方,(q1 , ..., qn ) = (qC , ..., qC ) 以外の生産量の組が観察されていないサブゲーム
において,このトリガー戦略から逸脱して自己の利得を最大化しようとする場合,その時の利得は,
πG +
∞
∑
{
t
δ πD =
t=1
(n + 1)2
δ
+
2
16n
(1 − δ)(n + 1)2
}
(a − c)2
(12)
となっているので*2 ,(q1 , ..., qn ) = (qC , ..., qC ) 以外の生産量の組が観察されていないサブゲーム
において,それまでの期において誰も単独でトリガー戦略から逸脱する誘因を持たないための条件
は,(11) 式と (12) 式から,
1
(a − c)2 ≥
4n(1 − δ)
{
(n + 1)2
δ
+
2
16n
(1 − δ)(n + 1)2
}
(a − c)2 (13)
これを整理して,
δ≥
(n + 1)2
≡ δ(n)
+ 6n + 1
n2
(14)
を得る.これが,トリガー戦略がサブゲーム完全となるための条件である(そして,サブゲーム完
全な均衡は,定義より必ず Nash 均衡になっている).つまり,与えられた各 n に対して,各企業
がサブゲーム完全なトリガー戦略を用いて独占生産量を支持できるための最小の δ は,δ(n) で与
えられる.また,δ(n) は n についての単調増加関数である*3 .これはつまり,n が大きくなれば
*1
Nash 均衡かどうかを確かめるだけなら,均衡経路上からの単独での逸脱の誘因を誰も持たないことだけ確かめれば
それでよいので,実は(均衡経路外の)(q1 , ..., qn ) = (qC , ..., qC ) 以外の生産の組が観察されているサブゲームの
ことを確かめる必要はない.(「 Nash 均衡である」ということのみならず)その戦略がサブゲーム完全であるかど
うかをきちんと確かめる場合は,本解答のように,均衡経路外の誘因についても確かめる必要がある.
逸脱した次の期以降は,他の全員が各期 qD をとるので,自分も各期 qD をとるのが最適である.その理由について
は,(q1 , ..., qn ) = (qC , ..., qC ) 以外の生産量の組が観察されたサブゲームにおける利得最大化行動の説明の箇所で
確認した通りである.
*3 δ(2) = 9 = 0.529...,δ(3) = 4 = 0.571...,δ(4) = 25 = 0.609... といった具合である.n について δ(n) を微
17
7
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分することで確かめてもよい.
*2
3
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なるほど,独占生産量を支持するトリガー戦略がサブゲーム完全均衡となるための条件が厳しくな
り,高い割引率が要求される,ということである.
この理由としては,例えば以下のようなものが考えられる.n が大きくなるということは,独
占生産量を山分けする各期の利得は 0 に近づいていく,ということである(n → ∞ とした時,
πC → 0 になっている.そして,π → 0 となっているこの場合は,完全競争において各企業の利潤
が 0 になるという状態に近いようにも思える).つまり,n が大きくなればなるほど,トリガー戦
略に従い qC をとり続けることによる利得が小さくなるため,そこから逸脱する誘因が大きくなる
と考えられる.
最後に,割引率が十分小さい場合の,トリガー戦略によって支持できる対称的なサブゲーム完全
な Nash 均衡についてだが,所与の n に対して,割引率が δ(n) よりも小さくなっている場合,
「均
衡経路外では全員が qD をとる」という戦略を考える限り,対称的な均衡経路上での利潤が一番大
きくなるのは各期において独占利潤を山分けする場合なので,これが均衡で支持できないのなら
ば,他のどのような生産量の組み合わせも支持することはできない.なぜなら,「罰の重さ」(均衡
経路から外れて (q1 , ..., qn ) = (qC , ..., qC ) 以外の生産量の組が観察されたサブゲームに移行するこ
とによる損失)が,独占利潤を山分けする場合よりも軽くなる((q1 , ..., qn ) = (qD , ..., qD ) が実現
した時の利得が同じなのに,均衡経路上における利得は,独占生産量以外の生産量を選択する場合
よりも,独占利潤を山分けする状態の方が必ず大きくなるから)ので,δ(n) よりも高い割引率のも
とでなければ,経路上で独占生産量以外の生産量を支持するようなものは Nash 均衡になりえない
からである.
なので,もし独占生産量以外の生産量を均衡で支持するようなトリガー戦略があるならば(これ
を「トリガー戦略」と呼ぶことができるかについては問題が残るが),それは qC = qD となってい
るようなトリガー戦略である.つまり,「均衡経路外で全ての企業が qD をとる」というトリガー
戦略を考えるならば,
「全ての期において,全ての企業が qD をとる」という戦略の組のみが,トリ
ガー戦略で支持できる唯一のサブゲーム完全な Nash 均衡になる.
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