オフィスワーカーに着目した業務核都市制度の 評価と現状に関する研究

オフィスワーカーに着目した業務核都市制度の
評価と現状に関する研究
菊池 雄介
渡邉 大輝
1. 研究の背景
我が国の大都市圏行政の課題として,中心部における過度の集中の緩和と郊外部における都市機能の受け皿
づくりが挙げられる.東京圏(1)における一極依存構造を是正するための施策として,1950 年代後半から工場や
大学,中枢機能の郊外部への立地誘導が行われてきた.そして第 4 次首都圏基本計画(1986 年)において業務
核都市が指定された.各業務核都市では業務核都市基本構想が掲げられ,東京圏の新たな拠点として業務核都
市の整備が進んだ.第 5 次首都圏基本計画(1999 年)では,業務核都市を中心に各地域の連携を強め広域なネ
ットワークを築くことを目標とした「分散型ネットワーク構造」が掲げられ,業務機能等の集積地区として,
より一層の育成・整備の促進に努めようとした.
制度開始以降から約 25 年が経過し,
その間バブル崩壊による経済の低迷や人口減少社会の到来などにより業
務核都市を取り巻く環境は大きく変化した.近年では人口の都心回帰傾向が強まっており,諸機能の集積の核
として整備された業務核都市はその役割の転換が迫られている.よってこれまでの業務核都市制度による成果
を評価し,現代の社会情勢を踏まえた上で現状を把握する意義が認められる.
2. 研究の目的
本研究では,業務核都市制度による業務分散の本質的な効果を確認するために,オフィス機能の動向を測る
指標としてオフィスワーカー(2)数に着目し,東京圏を一体とした業務分散が成されたのか評価する.あわせて,
オフィス集積の観点から業務核都市制度の意義と成果を検討することを目的とする.結果より今後の業務核都
市に関連する課題を展望する.
3. 研究対象地域・研究方法
研究対象は, (1)業務核都市としての整備が開始され十分に時間
が経過していること,(2)東京圏に存在すること,(3)業務機能の集積
地として十分な規模を有する業務核都市であることを条件として,
横浜,千葉,さいたま,川崎,八王子・立川の 5 つの業務核都市と
する.
研究方法は,
第 1 に対象となる業務核都市における業務分散の成果
を把握する.第 2 に業務核都市と主要 5 区の比較を行い,業務核都
市制度を評価する.第 3 に多様な対応が認められる横浜市の業務施
設集積地区に着目し現状を把握する.最後にこれらの結果をもって
図 1.対象とする業務核都市
業務核都市に関連する課題を考察する.
4. 結果と考察
オフィスワーカーに対する業務核都市制度の効果
図 2 のグラフは全従業者数とオフィスワーカー(以下 OW)数を基
準年(業務核都市合計では 1975 年,横浜市中区は 1980 年)に対する
百分率で表しているが,業務核都市合計と横浜市中区のどちらにお
いても,業務核都市制度が開始された時期を境に OW の値が全従業
者の値を上回っていることが確認できる.また,本研究で扱う 5 つ
の業務核都市と横浜市内の業務施設集積地区を含む 10 区の全てに
おいて,OW の伸び率が全従業者の伸び率を途中から上回るか,も
図 2.従業者・OW 数の基準年比
しくは常に上回っていることが分かった.このことから,
業務核都市制度は従業者の中でも,特に OW の増加に対し
てより大きな効果があることを確認できた.
東京圏単位にみる業務核都市制度の効果
整備が本格的に行われた 90 年代当初,
オフィスワーカー
数は業務核都市全体において 1995 年をピークに増加し続
けた.また東京圏の OW を 100%として主要 5 区(千代田,
中央,港,新宿,渋谷の 5 区)と業務核都市の OW の割合(図
3)については,主要 5 区における割合が減少する一方で,
業務核都市においては増加する傾向にあり,さらには都心
部での OW 数は減少に転じたことから,東京圏単位におい
て OW は都心部から業務核都市へ分散したと言える.一方
で近年においては,主要 5 区における OW の割合が再び増
加傾向にあり,OW についても都心回帰の傾向がある.
図 3.OW の割合
2000 年以降,主要 5 区においてはオフィスビルの新規供
給面積が増加傾向にあると同時に,都心部の賃料が大幅に
低下し業務核都市との賃料差が縮小した.(図 4)このことか
ら都心部における OW の受容環境は 90 年代に増して整っ
ており,都心部の需要を創出している.また企業が都心部
から業務核都市へ移転立地する際に,賃料面におけるメリ
ットは 90 年代当初と比較すると薄れている.
これらのこと
から,近年都心部におけるオフィス環境の動向は,業務核
都市の OW の都心回帰傾向を助長していると言える.
横浜業務核都市における現状把握
横浜市では独自の企業誘致を行っており,1990 年代後半
から一度落ち込んだ事業所数の回復に成功している.横浜
図 4.賃料と新規供給面積の推移
(3)
市内の業務施設集積地区 を含む 10 区のうち,7 区におい
て OW の上昇傾向が見られた.市内 8 つの業務施設集積地
区においては周辺地区に比べ従業者の集積が見られ(図 5),
そのうち 5 地区で従業者数の増加傾向が見られた.またそ
れぞれの業務施設集積地区は,横浜都心及び周辺地区を除
いて,その周辺地区から従業者を集めており,それぞれの
業務施設集積地区は周辺地区における拠点性をもっている
ことが確認できた.業務施設集積地区の一つである横浜都
心及び周辺地区において,
さらにみなとみらい 21 地区に注
目すると,中核的施設を含む業務施設の増加に比例して従
業者数が増加し続けていることがわかった.
図 5.町丁目別従業者密度
5. 結論
(1)全従業者よりも OW に対してより大きな効果が確認できた.
(2) 90 年代後半までに,業務核都市制度はオフィス集積に対して成果を上げた.また横浜業務核都市内におい
ても特に業務施設集積地区においての成長がみられる.
(3) 90 年代後半の就業構造の転換により,今後は都心部から業務核都市へのオフィス機能分散は期待できない.
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東京圏(1) : 東京都,神奈川県,千葉県,埼玉県の 1 都 4 県とする.
オフィスワーカー(2) : 日本標準職業分類による大分類のうち,管理的職業従事者,専門的・技術的職業従事者,事務従事者の 3 職種の合計値とする.
業務施設集積地区(3) : 業務核都市の区域のうち,業務施設を特に集積させることが適当と認められる地区.