論文要旨・審査の要旨

学位論文の内容の要旨
論文提出者氏名
論文審査担当者
細川
主
査
稲瀬
直彦
副
査
山岡
昇司、古川
奨
哲史
Pathophysiological roles of nuclear factor kappaB (NF-kB) in pulmonary
論
文
題
目
arterial hypertension: effects of synthetic selective NF-kB inhibitor
IMD-0354
(論文内容の要旨)
<要旨>
肺動脈平滑筋細胞 (PASMC) の増殖は、肺動脈性肺高血圧症 (PAH) の組織学的特徴のひとつであ
る。我々は、線維芽細胞成長因子 2 (FGF2) からプラミノーゲン活性化抑制因子 1 (PAI-1) およ
び単球走化性タンパク質 1 (MCP-1) に至るシグナル伝達経路が NF-kB を介し、これが PAH の進展
に重要な役割を果たすと仮定した。合成選択的 NF-kB 阻害薬 IMD-0354 を用いて、in vivo と in
vitro 実験で検証した。
雄性 Sprague-Dawley (SD) ラットにモノクロタリン (MCT) を皮下注射し、14 日後より
IMD-0354 を連日腹腔内投与した。治療群 (MCT+IMD 群) は、無治療群 (MCT 群) に比べ有意に 32
日生存率が改善した (65% vs. 0%)。形態学的・血行動態的に右室圧負荷は改善し、組織学的に肺
小動脈中膜肥厚が改善した。FGF2、PAI-1、組織プラスミノゲンアクチベーター (t-PA) の mRNA
発現量が、MCT + IMD 群で有意に低下した。またラット PASMC を用いた実験では、IMD-0354 は、
FGF2 で誘導される NF-kB p-65 の核内移行を抑制した。さらに、FGF2 刺激による細胞外シグナル調
節キナーゼ (Erk) 1/2 のリン酸化 (p-Erk 1/2)、MCP-1、および PAI-1 の蛋白発現時間を、IMD-0354
は短縮した。
こ の こ と か ら 、 MCT 誘 発 ラ ッ ト 肺 高 血 圧 モ デ ル に お い て 、 FGF2 に よ り 誘 導 さ れ る
positive-feedback シグナル伝達経路 (Erk 1/2-NF-kB-MCP-1-Erk 1/2) が、その進展に関与
し、IMD-0354 はこの経路を阻害すると推察される。IMD-0354 は、PAH の新たな治療薬となる可能
性がある。
<緒言>
PAH は肺小動脈の難治性の疾患であり、肺動脈圧が進行性に上昇し、右心不全および早期の死
を招く。PAH に対する現在の治療は、血管拡張作用を主にした薬剤で、自覚症状は改善するが、
治癒には程遠い。PAH の病理学的変化は、PASMC の過剰増殖による中膜の肥厚に始まり、続いて内
膜の増殖・線維性変化、さらに外膜の肥厚、血管周囲の炎症細胞の浸潤および内腔の血栓形成で
あるとされる。PAH の病態は、いまだに未解明の部分も多いが、炎症反応、特にその鍵となる転
写因子 NF-kB が肺動脈のリモデリングに重要な役割を果たしていることは既知である。しかし
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NF-kB を選択的に阻害した報告はなく、その解析が待望されていた。
細胞内レベルでは、次のような基礎研究が報告されている。Izziki らは、内皮細胞由来の FGF2
が肺高血圧の進展に重要であることを報告している。さらに Raj らは、体血管平滑筋細胞におい
て、FGF2 が MCP-1 を、渡辺らは PAI-1 をそれぞれ制御すると報告している。
以上のことから、我々は、FGF2、Erk 1/2、NF-kB、MCP-1、PAI-1 から成るシグナル伝達経路が、
PASMC の増殖に関与すると仮説を立て、合成選択的 NF-kB 阻害薬である IMD-0354 を用いて検証し
た。
<方法>
6 週齢の雄性 SD ラットに MCT 60mg/kg を皮下注射し、その 14 日後より IMD-0354 10mg/kg を連
日腹腔内投与した。MCT+IMD 群、MCT 群、陰性対照群 (NC 群) に分け、その生存率や、MCT 投与
28 日後での心エコー検査による形態学的分析、心臓カテーテル検査を用いた血行動態的分析およ
び免疫組織化学染色による組織学的分析を行なった。また肺組織でのアポトーシスの有無を検証
するため、TUNEL アッセイを施行した。さらに、リアルタイム PCR を用いて mRNA の転写レベルを
測定した。一方で、ラット PASMC を培養し、細胞増殖アッセイ (FGF2 で刺激、IMD-0354 の前投与)
を施行した。さらに、ウエスタンブロッティングを用いて、NF-kB p-65 のリン酸化 (p-p65)、p-Erk
1/2、MCP-1 および PAI-1 の蛋白発現を検証した。
<結果>
MCT 投与 32 日後の生存率は有意に改善した(65% (MCT + IMD 群) vs. 0% (MCT 群))。心エコー、
心臓カテーテル検査で右室圧の改善を認めた (89.5mmHg (MCT 群) vs 28.7mmHg (MCT + IMD 群))。
免疫組織化学染色では、MCT + IMD 群で肺小動脈の中膜肥厚が改善した。MCT 群で PCNA 陽性 PASMC
が多く見られ、PCNA mRNA 発現量も同様の結果を得た。一方で、MCT + IMD 群で TUNEL 陽性 PASMC
が有意に多く、mRNA の Bax / BCl2 比も MCT + IMD 群で高かった。その他、MCT 群の FGF2、t-PA、
PAI-1 mRNA 発現量が、有意に高かった。次に、細胞増殖アッセイ (MTT、BrdU) では、IMD-0354
は、FGF2 刺激で増殖した PASMC を濃度依存性に抑制した。また IMD-0354 は、FGF2 刺激により増加
した PASMC の p-p65 の蛋白発現量を抑制した。さらに、p-Erk 1/2 は、FGF2 刺激 5 分後にその蛋
白発現が開始、徐々に減弱し 120 分まで続いた。MCP-1 は、同様の刺激後 60 分で発現開始、360
分で最大、徐々に減弱し 600 分まで続いた。一方、IMD-0354 を 60 分間前投与すると、p-Erk 1/2、
MCP-1 の蛋白発現時間は、それぞれ 60 分、360 分にまで短縮した。IMD-354 の代わりに、分裂促
進因子活性化タンパク質キナーゼキナーゼ 1 (MEK1) 阻害剤 PD98059 を用い、同様の検討をした。
p-Erk 1/2 がほぼ完全に抑制され、MCP-1 の蛋白発現時間も 360 分まで短縮した。さらに、FGF2
刺激による PAI-1 の蛋白発現時間も検討したが、60 分で発現開始、360 分で最大、徐々に減弱し
600 分まで続いた。IMD-0354 はこの発現時間を 360 分まで短縮した。免疫組織化学染色では、MCT
群の PASMC の p-Erk 1/2、MCP-1、PAI-1 がいずれも強い染色を呈した。
<考察>
本実験において、PAH は、FGF2、Erk 1/2、NF-kB を介したシグナル伝達経路が関与し、これは
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MCP-1、PAI-1 を活性化するということを示した。また、肺高血圧モデルに対し、選択的 NF-kB 阻
害剤 IMD-0354 を用いた報告は、初めてである。
IMD-0354 は、MCT 誘発ラット肺高血圧モデルの生存率を改善したが、これは肺動脈圧の上昇に
よる右室圧負荷の抑制、肺小動脈リモデリングの抑制によるものと考える。治療を開始する MCT
投与後 14 日の時点での肺組織を検討したところ、肺小動脈の中膜肥厚は明らかではなかった。こ
のことから、この時期の肺動脈圧の上昇の原因は、肺小動脈のリモデリングではなく、主に過収
縮によるものと考えられる。IMD-0354 は、すでに形成された肺小動脈のリモデリングを改善する
というよりも、その進行を最小限に抑制すると思われる。PASMC の増殖を抑制し、アポトーシス
を誘導するという我々の結果は、既報告と矛盾しない。
肺動脈圧の改善にも関わらず、死亡率 35% (MCT 投与 32 日後) の原因について、以下のように考
える。1点は、IMD-0354 が肺小動脈のリモデリングの進行を完全には抑制できないこと、もう1
点は、このモデルにおいて、肺小動脈のリモデリングを来す他のシグナル伝達経路が寄与する可
能性が考えられる。
PASMC の増殖に FGF2 が関与することは、PAH の実験モデル、ヒトで報告がみられる。また体血管
平滑筋細胞において、その増殖に FGF2、NF-kB、および Erk 1/2 が関与することが報告されてい
る。我々は、PASMC においても同様の分子が関与すること、そしてそれらを一連のシグナル伝達
経路として検証したことが重要であると考えている。
PAI-1 が PASMC の増殖を促進するのか、抑制するのかということは、議論が分かれるが、我々の
結果は前者に一致した。この他、PAI-1 は、線溶系を抑制し、正常な止血機能を維持するという
役割を持つ。我々の結果では、IMD-0354 は、mRNA レベルで PAI-1 と t-PA 発現量を抑制した。こ
のことから、PAI-1 は、PAH の肺動脈の血栓形成にも関与する可能性が示唆されるが、この点につ
いては、さらなる検討が必要である。
さらに、我々の実験結果では、PASMC において、FGF2、NF-kB だけでなく、Erk 1/2 も MCP-1 を制
御した。また IMD-0354 は、NF-kB の上流にある Erk 1/2 のリン酸化の持続時間も短縮した。Lo
らは、体血管平滑筋細胞において、MCP-1 が Erk 1/2 を制御し、これが動脈硬化の病態に寄与す
ると報告している。このことから、PASMC においても、positive-feedback のシグナル伝達経路
(Erk 1/2-NF-kB-MCP-1-Erk 1/2) が存在し、IMD-0354 はこの経路を阻害し、PASMC の増殖を抑
制、アポトーシスを誘導したと推察する。
MCT 誘発肺高血圧モデルは、ヒト PAH を完全には再現できておらず、ヒトへの有効性については
慎重な検討を要するが、それでも有望な薬剤であると考える。
<結論>
IMD-0354 は、PAH の新たな治療薬として、有効である可能性がある。
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論文審査の要旨および担当者
報 告 番 号 甲 第
論文審査担当者
細川
4 6 0 3 号
主
査
稲瀬
直彦
副
査
山岡
昇司、古川
奨
哲史
(論文審査の要旨)
肺動脈平滑筋細胞の増殖は、肺動脈性肺高血圧症(PAH)における肺動脈リモデリングの重要な
特徴のひとつである。転写因子 NF-kB が肺動脈リモデリングに関わることは報告されているが、
NF-kB 選択的阻害効果については十分に解析されていない。申請者らは線維芽細胞成長因子 2
(FGF2) からプラミノーゲン活性化抑制因子 1 (PAI-1) および単球走化性タンパク質 1 (MCP-1) に
至るシグナル伝達経路について、NF-kB 選択的阻害薬 IMD-0354 を用いて in vivo および in vitro
で検証した。
モノクロタリンの皮下注射による PAH ラットモデルを作製し、14 日後より IMD-0354 を連日投
与する治療群と無治療群を比較したが、治療群は有意に生存率の改善を示した。血行動態的に右
室圧負荷は改善を示し、組織学的に肺小動脈中膜肥厚が改善し、FGF2、PAI-1、組織プラスミノゲ
ンアクチベーター (t-PA) の mRNA 発現量は治療群で有意に低下した。ラット肺動脈平滑筋細胞を
用いた実験では、IMD-0354 は FGF2 で誘導される NF-kB p-65 の核内移行を抑制し、FGF2 刺激によ
る細胞外シグナル調節キナーゼ (Erk) 1/2 のリン酸化 (p-Erk 1/2)、MCP-1、および PAI-1 の蛋
白発現時間を短縮した。以上より、PAH ラットモデルにおいて NF-kB 選択的阻害薬は FGF2 により
誘導される positive-feedback シグナル伝達経路を阻害することが示され、PAH の新たな治療薬
への応用が期待された。
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