東アジアFTA網構築は終盤へ

みずほインサイト
政 策
2015 年 1 月 15 日
東アジアFTA網構築は終盤へ
政策調査部上席主任研究員
菅原淳一
日中・日韓のミッシング・リンク解消が課題
03-3591-1327
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○ 2015年1月15日に日豪EPAが発効した。東アジア域内のEPAとしては、日本にとってはASEAN諸
国、インドに次ぐものとなる。しかし、域内他国に比べ、日本の取り組みは後れている。
○ 2014年11月には、中韓、韓NZ、中豪の二国間FTA交渉が妥結した。東アジアにおける二国間F
TAへの取り組みはすでに終盤を迎えている。
○ その中で、経済規模、貿易額の大きい日中、日韓間でFTAが未締結であることが、大きなミッシ
ング・リンクとなっている。日中韓FTAやRCEP交渉の年内妥結によるその解消が求められる。
1.日豪EPA発効-東アジア域内の二国間FTAへの取り組みは終盤に
2015年1月15日に日豪EPA(経済連携協定)が発効した。日本にとっては14件目のEPAであり、
東アジア1域内では、ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国、インドに次ぐものである。農産物輸出大国
であり、また、域内の先進国である豪州と、7年越しの交渉を経て、これまでにない高水準の自由化約
束とルールを有するEPAを締結できたことは、日本にとって大きな意義がある2。
しかし、東アジア域内のFTA(自由貿易協定)の取り組みでは、日本の現状は域内他国に比べて
後れを取っていると言わざるを得ない。日豪EPA発効はこの後れを取り戻す一歩だが、韓国や豪州
はさらに先を行っている(図表 1)。
図表 1
⽇本
⽇本
中国
韓国
豪州
NZ
インド
妥結済
ー/○*1
●/○*1
◎/○*2
ー/○*2
◎
2
■
◎
△
3
◎
■
◎
4
◎/○*2
○
4
○
3
*1
*1
中国
ー/○
韓国
●/○*1
■/○*1
豪州
◎/○*2
■
NZ
インド
ー/○
◎
*2
周辺主要 6 カ国間のFTA締結状況
■/○
◎
◎
■
△
◎
*2
◎/○
○
○
2
(注)2015 年 1 月 15 日現在。◎:発効済、■:交渉妥結、○:交渉中、△:共同研究終了、●:交渉中断中。
左側は二国間FTA、右側は多国間FTA(ただし、すべての国が参加している RCEP は除く)、橙は二国間FTA発効・署名済、
赤は 2014 年 11 月に交渉妥結に至った二国間FTA。
*1:日中韓 3 カ国で交渉中
*2:TPP交渉
(資料)ジェトロ資料・各種報道等よりみずほ総合研究所作成
1
東アジア域内では、2000年代にASEANと周辺主要6カ国(日本、中国、韓国、豪州、ニュージーラン
ド、インド)の間でのFTA締結が進められ、同年代末にはASEANをハブとするFTA網が形成された。
2010年以降は、周辺主要6カ国間のFTA締結、さらに、東アジア全域を包含する広域FTAの構築が
課題となっている。この広域FTA構築の動きが、現在交渉中のTPP(環太平洋経済連携協定)や
RCEP(東アジア地域包括的経済連携)である。この点では、日本はTPP、RCEP両交渉に参加してお
り、両者が実現すれば日本は東アジアで域内他国と同等かそれ以上の競争条件を確保することができ
る。これらの「メガFTA」の交渉妥結は、日本の通商政策における2015年の最重要課題である3。
他方、メガFTA交渉と並行して進められている周辺主要6カ国間のFTAへの取り組みも重要であ
る。メガFTA交渉に先行して行われているこれらの取り組みの結果は、メガFTAにおける自由化
水準やルールのあり方に影響を及ぼす。特に、日中韓FTAや、東アジア域内16カ国すべてが参加す
るRCEPへの影響は大きなものとなるだろう。
この周辺主要6カ国間のFTAの取り組みで、日本は後れを取っている。東アジアでは、APEC(アジ
ア太平洋経済協力)首脳会議やASEAN関連会合が開催される毎年秋はFTAの季節であるが、2014年11
月には中国と韓国4、韓国とニュージーランド(NZ)5、中国と豪州6の間で二国間FTA交渉が妥結
に至った。周辺主要6カ国すべての組み合わせで二国間FTAが結ばれると15件のFTAが締結される
ことになるが、2014年10月末時点で締結済みであったのは6件であった。今回、これに中韓、韓NZ、
中豪の3件のFTA交渉が妥結に至ったことで、全15件中9件のFTAが締結される見通しとなった。
東アジア域内の二国間FTAへの取り組みは終盤を迎えている。
周辺主要6カ国間でFTAを締結する場合、各国はそれぞれ5件のFTAを締結することになる。韓
国や豪州は、すでに4件のFTAを締結しているが、日本は日豪EPAが2件目である。これは、6カ国
の中でインドと並び最下位である(図表 1参照)。
図表 2
日本と韓国のFTAカバー率(2013 年)
【日本】
【韓国】
発効済+合意済:
発効済+合意済:
22.6%
61.4%
(資料)日韓両国政府資料、財務省「貿易統計」(日本)、UN Comtrade(韓国)よりみずほ総合研究所作成
2
韓国は、2000年代から「同時多発的」にFTA締結を積極的に推進してきたが、中国、ニュージー
ランドとのFTA交渉が妥結したことで、FTA締結相手国は52カ国となった。また、韓国は、FT
Aを締結した相手国を「経済領土」と呼び、そのGDP合計が世界全体のGDPに占める割合を重視
しているが、すでにFTAを締結している米国、EU(欧州連合)に加え、中国との交渉を終えたこ
とで、韓国の「経済領土」は世界の73.5%に達する見込みとなった。日本が指標としている「FTAカ
バー率」(貿易総額に占めるFTA締結相手国との貿易額の割合)でみても、日本の22.6%に対し、韓
国は61.4%となっている7(図表 2)。東アジア域内において、韓国がFTAを締結していない国は日
本のみである(図表 1参照)。
豪州は、2013年9月に発足したアボット政権下で韓国、日本とのFTAを締結し、今回中国との交渉
も妥結させた。残るはインドとのFTAのみであるが、これについてもアボット首相は、2015年末ま
での交渉妥結を目指す旨を明らかにしている8。
2.東アジアFTA網におけるミッシング・リンク-日中・日韓間FTA
ASEANをハブとするFTA網に加え、周辺主要6カ国間での二国間FTA締結が進み、東アジアFT
A網構築が終盤を迎えている現在、最大の課題となっているが日中・日韓間のFTAである。周辺主
要6カ国における二国間貿易において、貿易額が第2位である中韓、第3位である中豪のFTA交渉が昨
秋妥結したことで、貿易額が最大である日中、第4位である日韓の間でFTAが締結されていないこと
が、東アジア域内のサプライチェーンにおける大きなミッシング・リンクとなっている(図表 3)。
これは、東アジア全域にわたるサプライチェーンを構築している日本企業を、韓国企業等との競争
上不利な立場に置くことを意味する。日本の非農産品輸出において、中国に無税で輸出している品目
は対中輸出総額の32.5%、対韓輸出における同割合は26.4%と、低い水準に留まっている(図表 4)。
図表 3
周辺主要 6 カ国間貿易(2013 年)
(注)輸出額ベース。矢印の太さが貿易額の大き
さを示す。赤はFTA未締結国間の貿易。
(資料)UN Comtrade よりみずほ総合研究所作成
図表 4
日本の非農産品輸出の無税率(2012 年)
(資料)WTO・ITC・UNCTAD, World Tariff Profiles 2014 よりみずほ
総合研究所作成
3
特に、日本の主要輸出品目である化学品や機械類等での中韓両国の無税率が低く、一部高関税が残っ
ている(図表 5)。中韓FTAが妥結に至った一方、日中・日韓間でFTAが未締結であることは、日
本国内の生産拠点を東アジア域内のサプライチェーンの一部に組み込んで事業活動を行う日本企業を、
域内他国企業との競争上一層不利な立場に置きかねない。
現在、日中間には二国間FTA交渉に向けた動きはなく、日韓間のEPA交渉は2003年12月に開始
されたが、2004年11月の第6回交渉会合を最後に中断し、再開の見通しは立っていない。したがって、
日中・日韓のミッシング・リンクの解消は、日中韓FTA、RCEPの実現にかかっている。
3. 日中韓FTA・RCEP 両交渉は難航か?
日中韓FTA、RCEPの両交渉は、2015年中の妥結を目指しているが、交渉の進展ははかばかしくな
い。報道等からは、中韓FTA交渉の妥結が、両交渉を一層難しいものとしたようにみえる。
日本のFTA戦略においては、まず日韓両国で自由化約束やルールの水準が高いEPAを締結し、
これを土台に日中韓FTAを実現、さらに、日中韓FTAの早期妥結により、RCEP交渉を加速させる
というのが当初の目論見であった9。しかし、日韓EPA交渉が中断し、再開の見込みが立たない一方、
中韓FTA交渉が妥結したことで、日本の目論見は崩れ去った。むしろ、中韓両国は、中韓FTAを
土台として日中韓FTA及びRCEP交渉を進めようとしている10。これは、両協定で高水準の自由化約束
とルールの実現を目指している日本にとっては望ましいことではない。
中韓FTAは、日中韓FTAやRCEP交渉で日本が主張している水準からすれば、十分な自由化が実
現するFTAとは言い難い。例えば、中韓FTAにおける協定発効後10年以内の物品貿易の自由化率
は、韓国側が関税品目数基準で79%、貿易金額基準で77%、中国側がそれぞれ71%、66%に留まって
いる11。中韓FTA交渉の妥結と同じ、2014年11月に行われた日中韓FTA第6回交渉会合12では、中韓
図表 5
中韓両国の非農産品関税率例(2013 年)
【中国】
【韓国】
(注)両国とも、化学品の最高関税率は従量税の従価税換算。
(資料)WTO・ITC・UNCTAD, World Tariff Profiles 2014 よりみずほ総合研究所作成
4
両国が中韓FTAと同水準の自由化率を目標として提案したのに対し、日本は水準が低すぎるとして
拒否したとされる13。また、翌月に行われたRCEP第6回交渉会合では、インドが自由化率40%という極め
て低い水準からの交渉を求めたのに対し、日本や豪州、ニュージーランドが自由化水準の引き上げを
求めた一方、中韓両国はインドの主張を支持したとされる14。こうした交渉状況を鑑みれば、日中韓F
TAやRCEPにおける自由化約束を日本が望む水準へと引き上げることは、中韓FTA妥結によって一
層難しくなったように思われる。
日中韓FTA及び RCEP を日本にとって望ましいものとするために、日本ができることは少なくとも
2 つある。ひとつは、日本の国内市場の大胆な開放である。中韓両国をはじめとする交渉参加各国に
高水準の自由化約束やルールを求める際に、日本が自国市場の保護を前面に掲げていては、相手国は
日本の主張に耳を貸さないだろう。真に守るべきものを守りながら、日本が交渉を主導するためには、
国内改革と軌を一にした大胆な市場開放が必要である。
もうひとつはTPP交渉の早期妥結である。高水準の自由化約束とルールを有するTPPが妥結に
至れば、TPP域内の事業環境が近い将来大きく改善されることが確実となる。TPPにも参加する
RCEP 交渉参加国は、RCEP 域内でもTPP域内と同水準の自由化約束・ルールが適用されることを望む
だろう。また、TPPに現在参加していない RCEP 交渉参加国も、RCEP 域内の事業環境がTPP域内
に劣後することを望まないだろう。TPP交渉の早期妥結は、日中韓FTAや RCEP の自由化約束やル
ールの水準を引き上げる梃子となると期待される。
農政改革等の国内改革を進展させることで大胆な市場開放を実現し、TPP交渉を早期に妥結させ
る。これを梃子として、日中韓FTAと RCEP 交渉の年内妥結を図る。これが、日中・日韓間のFTA
という東アジアFTA網のミッシング・リンクの解消を実現するシナリオの中で、日本にとって最も
望ましいものではないだろうか。
東アジアFTA網の構築が終盤を迎えた今、手を拱いていれば、日本の立地競争力はさらに低下し、
日本企業を域内他国企業との競争上一層不利な立場に置くことになる。日中・日韓間FTAという東
アジアFTA網のミッシング・リンクの解消は、日本にとって喫緊の課題である。
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本稿では、
「東アジア」とは ASEAN10 カ国に周辺主要 6 カ国(日本、中国、韓国、豪州、ニュージーランド、インド)を加えた
16 カ国を指す。
日豪EPAの内容については、外務省「日本・オーストラリア経済連携協定の概要」
、その意義については、菅原淳一「日豪E
PA大筋合意の 3 つの意義」(『みずほインサイト』2014 年 4 月 8 日、みずほ総合研究所)参照。
この点については、みずほ総合研究所『経済がわかる 論点 50 2015』
(東洋経済新報社、2014 年 11 月)、菅原淳一「2015 年は
メガFTA交渉の山場に」(『みずほリサーチ』2015 年 1 月号、みずほ総合研究所)参照。
2012 年 5 月に交渉が開始された中韓FTAは、2014 年 11 月 10 日に両国首脳により交渉妥結が宣言された。同FTAにより、
中国側は関税品目数で 91%、貿易金額ベースで 85%、韓国側はそれぞれ 92%、91%の品目につき、協定発効後 20 年間で関税を撤
廃する(韓国外交部)。詳しくは、伊藤信悟・宮嶋貴之「中韓FTAは日本、台湾の脅威か」
(『みずほインサイト』2014 年 12
月 16 日、みずほ総合研究所)参照。
韓NZ・FTAは、2009 年 6 月に交渉開始、2014 年 11 月 15 日に妥結した。同FTAにより、ニュージーランド側は協定発効
後 7 年間で全品目の関税を撤廃する。韓国側は、同 15 年間で 96.4%(貿易金額ベース)の品目について関税を撤廃、コメや豚
肉は除外品目となっている(韓国外交部)。
2005 年 4 月から 9 年以上交渉が続いていた中豪FTAは、2014 年 11 月 17 日に妥結した。同FTAにより、中国側は協定発効
後 9 年間で牛肉関税を撤廃するなど、完全実施時に 95%(関税品目数ベース)の品目につき関税を撤廃する。豪州側も最終的に
全品目の関税を撤廃する(豪外務貿易省及び中国商務部)。
5
7
日韓両国とも、発効済に加え、交渉妥結(大筋合意)済の相手国を含む。
日本経済新聞、2014 年 11 月 18 日。
9 2002 年 10 月に外務省が策定した「日本のFTA戦略」には、
「今後、日中韓を中心とした東アジアの経済関係を如何に進展さ
せるかにつき共通のビジョンを韓国と十分議論すべきである。とりわけ、日韓EPA/FTAの締結が実現した後の中長期的課
題として、日中韓三国間の経済連携の可能性や東アジアにおける経済連携に向けた方策等につき議論を進めるべきである。
」と
記されている。
10 ジェトロ『通商弘報』によれば、中国の国家発展改革委員会対外経済研究所国際合作室・張建平主任は「中韓FTA交渉の実
質妥結は突破口だ。これをてこに、日中韓FTAの交渉をプッシュできればよい。また、ASEAN10 ヵ国と中国、日本、韓国、オ
ーストラリア、ニュージーランド、インドの計 16 ヵ国による東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の交渉にも重要な役割を果
たす」(中国広播網 11 月 10 日)と発言している。ジェトロ『通商弘報』2014 年 11 月 17 日。
11
注 4 参照。
12
第 6 回交渉会合の局長/局次長会合であり、首席代表会合は 2015 年 1 月 16-17 日に開催の予定。
13
日本経済新聞電子版、2014 年 11 月 29 日。
14
The Economic Times, 2014 年 12 月 8 日。同記事は、インドの主張に対する「中韓両国からの想定外の支持(unexpected support)」
があったと評し、
「中韓両国の支持によってインドが孤立を免れたことが大きな成果」であるとのインド政府担当者の発言を紹
介している。RCEP 交渉については、菅原淳一「動き出す『東アジア地域包括的経済連携(RCEP)』」(『みずほインサイト』2012
年 11 月 9 日、みずほ総合研究所)
、同「RCEP 交渉 15 年末合意に黄信号?」
(『みずほインサイト』2014 年 9 月 1 日、みずほ総
合研究所)参照。
8
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