microRNA と GFP の融合遺伝子による Microprocessor の

研究報告
microRNA と GFP の融合遺伝子による
Microprocessor の機能解析
Functional analysis of Microprocessor through fusion genes
of microRNA and GFP
岩本隆司
Takashi IWAMOTO
要
Microprocessor
に よ る
旨
pri-microRNA
(pri-miRNA) か ら
pre-microRNA
(pre-miRNA) への切り出しは microRNA (miRNA)の生成の過程の大切なステップ
であり、最近この過程が色々な分子により制御されているらしいことがわかってきて
いる。今回我々は miRNA と GFP との融合遺伝子を NIH3T3 細胞に導入することに
より、Microprocessor の働きをリアルタイムに鋭敏にモニター出来る細胞系を樹立
することに成功した。この細胞系により pri-miRNA から pre-miRNA への切り出し
を簡便に定量的に測定することが出来る。
キーワード:microRNA, siRNA, DGCR8, Drosha, Dicer,
はじめに
microRNA (miRNA)は22塩基程度の
小さなRNAで、最初線虫で発見された
Microprocessor, GFP
れ、そこで別の RNaseIII である Dicer
の作用により22塩基の成熟した
miRNA になる 4-6)。
が、今世紀になり哺乳類でも1000近
今までこれらのプロセシングの過程は
い種類が存在して発生・分化のみならず
放射線同位元素を用いた in vitro のシス
癌や糖尿病・肥満などの疾患や病態に関
テムで解析されてきた。この解析系は感
与している事実が明らかになってきてい
度は良い一方、手間と時間を要するのが
る 1- 4)。
大きな欠点である 5,6)。これらのプロセシ
miRNA は細胞核において pri-miRNA と
ングは miRNA 生成に必須のイベントで
呼ばれる長い転写産物として作られ、そ
あるため、細胞レベルでこれらの過程を
れが核内で Drosha と呼ばれる RNaseIII
観察出来る系が樹立できれば、これらの
により 70 塩基程度の中間産物である
研究に与える恩恵は多大であると考えら
pre-miRNA として切り出される。この反
れた。そこで我々は蛍光発光体分子であ
応には RNA 結合タンパクである DGCR8
る Green Fluorescent Protein (GFP)の遺
が必須であり、Drosha と DGCR8 は
伝子と pri-miRNA との融合遺伝子を作
Microprocessor(MP)と呼ばれる複合体
ることにより、MP の活性をリアルタイ
を形成する。pre-miRNA は細胞質に運ば
ムに可視化できる細胞株を樹立したので
報告する 7)。
中部大学生命健康科学部生命医科学科-Department of Biomedical Sciences, College of Life and Sciences, Chubu University
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生命健康科学研究所紀要
第 5 号 2009
岩本隆司
研究方法と実験結果
ヒ ト の miRNA で あ る miR-143 と
miR-145 は我々が調べた範囲では培養細
胞での発現が非常に低かったため、これ
ら を プ ロ ー ブ に 選 ん だ 。 miR-143 と
miR-145 と GFP 遺伝子の融合遺伝子を
複数作成してレトロウイルスベクターの
pMXspuro8)に挿入した。一つ(143/IRES)
は pri-miR-143 の下流に転写産物の途中
からでも翻訳を誘導できるインターナル
リボゾーマルエントリーサイト(IRES)
をつないでその下流に GFP 遺伝子を挿
入した。これにより pri-miR-143 と GFP
染させた。さらに2日後に抗生物質であ
遺伝子が一つの転写産物として転写され、 るピューロマイシンを添加して、遺伝子
GFP 遺伝子は IRES シグナルにより強力
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が導入されたクローンを選択した。
に翻訳されることを期待した。もし、
もし、これらの細胞において MP 活性
pri-miR-143 が MP により充分にプロセ
を 抑 え る こ と が 出 来 れ ば 、
シングされれば、GFP 転写産物は 5‘末
pri-miR-143/145 のプロセシングが減少
端の cap サイトを失うことになり安定性
することにより、それぞれの GFP 遺伝子
を失いタンパクへの翻訳は抑制されてい
が安定するはずである。つまり MP 活性
るはずである(図1A)。さらに我々は
と GFP の発現が負に相関するはずであ
GFP 遺伝子の下流に pri-miR-143 および
ると考えた。
pri-miR-145 遺伝子を直列につないだベ
そこで MP の活性を抑えるために、そ
クターも構築した(145/143)。このベク
の構成ユニットである DGCR84-6)に対す
ターから転写される産物にも GFP と
る siRNA(RNA 干渉により標的遺伝子の
pri-miR-143 と pri-miR-145 が同時に乗
mRNA を破壊する21塩基程度の短い
っていることになる。この遺伝子の導入
RNA)を合成して(siDGCR8)、リポフ
細胞(トランスフェクタント)では MP
ェクション法で得られたトランスフェク
が効率よく機能すれば GFP 転写産物は
タントに導入した。また、コントロール
polyA を失い、その結果、この場合もタ
と し て 標 的 配 列 を 持 た な い siRNA
ンパクへの翻訳は阻害されることになる
(siNeg)を導入して2日後にフローサイト
(図1B)
。
メトリー(FACS)にて GFP の発現量を
そこでこれらベクターをパッケージン
定量的に解析した。その結果、siDGCR8
グ細胞である Plate-E 細胞にリポフェク
の導入により、GFP の発現が強く低下す
ション法で導入して、2日後に上清を回
るものから、ほとんど低下しないものま
収して、マウス線維芽細胞 NIH3T3 に感
で、クローンによりその応答性はまちま
microRNA と GFP の融合遺伝子による Microprocessor の機能解析
ちであった。
ようにデザインした(c143/GFP、図1C)
。
143/IRES で最も高率に反応するクロ
この融合遺伝子も同様に、レトロウイル
ーンの場合、siDGCR8 に対して1.89
スベクターに挿入して、NIH3T3 細胞に
倍(図2A)
、145/143 で2.23倍であ
感染させ、ピューロマイシン耐性クロー
っ た ( 図 2 B )。 こ れ ら の こ と よ り
ンを選択した。
siDGCR8 による MP 活性の低下により共
得られたクローンに siDGCR8 を導入
に約2倍程度に GFP タンパクの発現が
して、FACS で解析した結果、今までよ
増強したと考えられた。しかし、これは
りも高率に反応するクローンを複数個得
予想していたよりも低い効率であった。
ることに成功し、最も高率のクローンで
この低効率の原因の一つに cap サイトや
は約4倍にGFP発現量が増強した(図
polyA のない不完全な転写産物が翻訳さ
2C)。このベクターの pre-miR-143 配列
れるバックグランドに拠っていることが
部に変異を入れて、MP によるプロセシ
考えられた。
ングが起こらない変異遺伝子をいれた細
我々は使用している約300塩基の
胞では、予想通り siDGCR8 によるGFP
pri-miR-143 の遺伝子配列は偶然にもあ
の増強は起こらなかった(図2D)。これ
る読み枠では、終止コドンがなく、一つ
らの事実より、得られたクローンで観ら
のオープンリーデイングフレームを作る
れるGFPシグナルの増強は、MP プロ
ことに気がついた。そこでこの
セシング抑制により特異的に起こってい
pri-miR-143 配列をGFP遺伝子の開始
ると推測された。
コドンの下流にインフレーム(アミノ酸
さらに siDGCR8 による抑制が MP 活
コドンのフレームが合うように)に挿入
性抑制特異的な効果を観ていることを確
して、pri-miR-143 から作られるアミノ酸
かめるために、DGCR8 の別の配列に対す
とGFPタンパクの融合タンパクを作る
る siRNA(siDGCR8*), MP のもう一つの
重 要 な 分 子 で あ る Drosha に 対 す る
siRNA (siDrosha) を 作 成 し た 。 ま た 、
pre-miRNA の生成とは関係がなく、次の
ステップである pre-miRNA から miRNA
へのプロセシングに関与する Dicer に対
する siRNA (siDicerI, siDicerII)もネガテ
イブコントロールとして合成した。
これらの siRNA を c143/GFP 高反応性細
胞に導入して、FACS で解析した結果、
siDGCR8*、siDrosha ともに siDGCR8
と同様にGFP発現量が増強した。一方、
MP 活性を押さえない siDicer では二つと
もGFPシグナルの増強は全く認められ
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岩本隆司
なかった(data not shown)。これらの事
が認められるが、c143/GFP 高反応性クロ
実より、この系で観ているGFPシグナ
ーンでその増強は最も顕著であった。
ルの増強はMP活性と特異的に関連して
いると考えられた。
次にこれらの細胞で確かに導入
pre-miRNA のプロセシングが起こって
いるかどうかをノザンブロット法により
確認した。図3は各クローンの miR-143
の発現量を表している。
結語
最近 miRNA のプロセシングが重要な分
これから解るように、siDGCR8 に高率
子により制御されている事実が報告され
に反応するクローンは、miR-143 を強く
た。癌をはじめ多くの生命現象に関わる
発現している(レーン2、4)。反対に低
増殖因子である TGFβのシグナル伝達分
反応性クローンでは miR-143 の発現は相
子 で あ る Smad が MP と 結 合 し て
対的に低くなっている(レーン1、3)。
pre-miR-21 のプロセシングを増強するこ
これは低反応性の細胞ではもともとプロ
とが示された 9)。また、Viswanathan らは
セシングの効率が何らかの理由により低
ES 細胞の維持に重要な Lin-28 が pri-let7
くなっているので、siDGCR8 による MP
と結合して、pre-miRNA へのプロセシン
活性抑制の効果が表れず、GFPシグナ
グを抑制することを報告した
ルの増強が見られないと考えられる。同
我々も今回樹立したベクターや細胞株を
様な現象は miR-145 の発現に関しても認
使って国内外の研究室との共同研究によ
められた(data not shown)。
り miRNA プロセシングに関与する大変
最後にこれらの細胞を蛍光顕微鏡で観察
興味深い知見を得ている(論文作成中)。
した像を示す。それぞれの高反応性クロ
今後 miRNA のプロセシングの異常とヒ
ー ン に siDGCR8 と コ ン ト ロ ー ル の
トの疾患についての研究が世界中で活発
siRNA (siNeg)をそれぞれ導入した。図4
に行われると考える。
が示すように、すべてのクローンで
siDGCR8 によりGFPシグナルの増強
18
10) 。実際
microRNA と GFP の融合遺伝子による Microprocessor の機能解析
参考文献
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岩本隆司
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中部大学生命健康科学部生命医科学科教
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授。
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1984年名古屋大学医学部卒業。19
Gregory R.I., Yan K.P., Amuthan G.,
Takashi IWAMOTO
90年名古屋大学大学院医学研究科博士
Chendrimada T., Doratotaj B., Cooch
課程修了。名古屋大学医学部助手、米国
N., and Shiekhattar R., (2004) The
DNAX分子細胞生物学研究所ポストド
Microprocessor complex mediates the
クトラルフェロー、名古屋大学医学部助
genesis of microRNAs.
教授を経て2006年より現職。現在、
Nature,
実験動物教育研究センターにて miRNA
432: 235-240.
7)
著者
Tsutsui M, Hasegawa H, Adachi K,
に関する遺伝子改変マウスを作成して解
Miyata M, Huang P, Ishiguro N,
析中である。専門:実験動物学、分子生
Hamaguchi M,
物学、眼科学。
and Iwamoto T.
(2008) Establishment of cells to
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