日心第70回大会(2006)
ワーキングメモリ容量が統語的曖昧性の処理に及ぼす影響
Visual World Paradigm による検討
○神長伸幸1・馬塚れい子1・2
1
( 理化学研究所言語発達研究チーム・2Department of Psychology, Duke University)
Key words: ワーキングメモリ容量,統語的曖昧性,個人差
目 的
言語理解における個人差に関してワーキングメモリ容量
(WM 容量)が提案され,様々な課題により言語理解と WM
容量の関連性が検討されてきた
(Daneman & Merikle,1996)
.
文の読み時間を計測した先行研究では,統語的曖昧性の処理
に WM 容量の高低が影響することが示されている(神長・木
村・馬塚,2002;時本,2002).しかし,視覚的な文脈と言語
理解の相互作用に WM 容量の個人差が影響するかどうかを
検討した研究はまだない.本研究では,Visual World Paradigm
(Tanenhaus et al, 1995)を用いて,視覚文脈がある状況で統語
的曖昧性を持つ文を聞いたときのオンラインの理解に WM
容量が及ぼす影響を検討する.
方 法
被験者 早稲田大学の大学生 21 名
(平均年齢 20.7 歳,
SD=.8)
.
日本語版リーディングスパンテストの成績に基づき,高 WM
群(3 点以上 9 名)と低 WM 群(2.5 点以下,12 名)に被験
者を群分けした.
材料 刺激音声として,統語的曖昧性を含む名詞句(例:黄
色い/花の/手袋の/右の/赤い/ハンカチ)を用いた.刺激は第 1
文節の形容詞(黄色い)が第 2 文節の名詞(花)を修飾する
左枝分かれ構造(LB,12 試行)または第 3 文節の名詞(手
袋)を修飾する右枝分かれ構造(RB,12 試行)になるよう
な統語的曖昧性を持っていた.ただし,視覚的に与えられた
セット内でこの名詞句を理解する場合,実際に統語的曖昧性
が生じるかどうかは視覚文脈に依存した.本研究では最後の
第 6 文節で曖昧性が解消されるように視覚刺激を配置した.
音声刺激は文節ごとに録音した音声と,文節間の 350msec の
空白をコンピュータで合成して作成した.各音声刺激と視覚
刺激によって得られる正しい解釈の組み合わせは被験者間で
カウンターバランスした.また,フィラーとして,第 2 文節
で統語的曖昧性が解消されるように視覚刺激を組み合わせた
試行(LB,RB 各 8 試行)と異なる統語構造の音声刺激の試
行(16 試行)を行った.刺激提示に関して,同一の条件の試
行が連続しないように配慮した.
手続き 被験者は,パソコン画面に提示された絵を見ながら,
音声を聞き,音声が指すオブジェクトに対応するボタンを押
すように教示された.課題遂行中の被験者の眼球運動を眼球
運動測定装置(SR-Research 社製 EyeLinkII)により測定した.
図 1:視覚刺激の例(RB 解釈が正しい場合)
結 果
各被験者の停留の位置と時間より,各文節の音声の開始か
ら 100msec ごとの停留位置がどこにあるのかを計算した.次
に,第 5 文節(0~800msec)
,第 6 文節前半(0~300msec)
・後
半(300~600msec),音声の終了後(0~600msec)の各時間枠に
おいてオブジェクトごとの停留確率を求め
(表 1),条件(LB,
RB)xオブジェクト(中央,ターゲット,ターゲット競合,
参照,参照競合,その他,図 1 参照)xWM 容量の 3 要因分
散分析を行った.スペースの都合により WM 容量に関連した
結果のみを記す.第 5 文節および第 6 文節前半では,オブジ
ェクトと WM 容量の交互作用が有意傾向であり(第 5 文節
F(5,95)=2.20, p<.07,第 6 文節前半 F(5,95)=2.58,p<.05)
,高
WM 群は低 WM 群よりも中央に停留する傾向が見られた(第
5 文節 p<.09,第 6 文節前半 p=.10).ターゲットやターゲット
競合オブジェクトの停留確率に WM 容量の影響は見られな
かった.
WM容量 条件
中央
第5文節0~800msec
高
RB
20.7
低
RB
8.6
高
LB
18.8
低
LB
6.8
第6文節0~300msec
高
RB
22.4
低
RB
12.4
高
LB
22.4
低
LB
6.6
第6文節300~600msec
高
低
高
低
RB
RB
LB
LB
音声終了0~300msec
高
RB
低
RB
高
LB
低
LB
ターゲット
参照 ターゲット競合 参照競合
その他
40.6
46.2
22.9
33.3
3.3
3.5
4.9
5.2
24.6
30.8
40.4
42.0
3.5
6.6
2.8
7.5
7.3
4.3
10.2
5.3
36.8
45.8
21.6
37.2
1.4
3.7
3.1
5.7
31.6
31.5
39.2
39.5
2.0
3.2
3.4
6.6
5.7
3.4
10.3
4.4
18.9
8.9
18.3
7.7
57.4
56.1
31.5
45.9
1.5
4.2
3.5
3.4
15.2
21.1
29.9
28.0
1.6
2.0
2.2
5.9
5.3
7.7
14.7
9.1
14.1
7.5
14.7
5.5
65.8
68.0
50.0
63.1
1.7
6.6
5.7
1.9
8.7
8.4
9.9
13.6
2.2
1.1
1.7
6.3
7.5
8.5
18.0
9.7
表 1:第 5・6 文節における各オブジェクトの停留確率(%)
考 察
第 5 文節および第 6 文節前半を聞いているときの眼球運動
パターンにおいて,高 WM 群は RB および LB 解釈と一致す
るオブジェクト,
または中央の空白に停留する傾向があった.
この結果は統語的曖昧性が持続する場合,WM 容量の高い人
は,統語的曖昧性の解釈に関連したオブジェクトに停留して
外部記憶に依存する方略と 2 つの解釈に対応したオブジェク
トの位置を心的表象として保持する方略の2つを使用してい
た可能性がある.一方,WM 容量の低い人は明らかに外部記
憶に依存した方略が用いられていた.このような違いは,統
語的曖昧性によって課される WM への負荷の違いを反映し
ているかもしれない.
また,曖昧性が解消される第 6 文節後半および音声終了後
の眼球運動パターンでは,ターゲット競合オブジェクトの停
留確率の推移に WM 容量の影響がなかった.この結果から,
視覚文脈がある場合,曖昧性解消における誤った解釈の抑制
には WM 容量の個人差の影響が小さいことが示唆された.
今後,各オブジェクトの停留時間についても,さらに検討
する必要があるが,本研究の結果は視覚文脈がある状況でも
WM 容量の個人差が文理解過程に影響することを示唆した.
(JINCHO Nobuyuki, MAZUKA Reiko)