熱重量分析による遷移金属化合物の燃焼抑制効果が発現する相の解明

熱重量分析による遷移金属化合物の燃焼抑制効果が発現する相の解明
小柴佑介
横浜国立大学大学院工学研究院
1. 緒言
日本における住宅火災による年間死者数は近年 2,000 人,負傷者は 7,000 人強で推移している.また,大規模地震時
における火災拡大を防ぐためにも,効果的な消火剤の開発が求められている.現在,広く使用されている粉末消火剤は
非金属系無機塩であるが,Fe(CO)5 の高い消火能力が報告されてから,遷移金属塩の高い有効性が見出されている 1,2).
著者らはメタロセン類 (MCp2,図 1) に着目し,その高い消火能力を見出してきた 3,4).遷移金属塩の消火能力は気相ま
たは/および固相で発現すると考えられるが,効果が発現する相が未解明なところがあった.そこで本報では,典型的な
固体可燃物であるセルロースから成るろ紙に MCp2 を吸着させ,そのろ紙の火炎伝ぱ速度を測定することで,MCp2 に
燃焼抑制効果があるか否かを評価する.ろ紙火炎実験では,気相および固相の両相における燃焼抑制効果が同時に観測
されてしまうため,続いて MCp2/セルロース試料におけるセルロースの酸化分解反応の見かけの活性化エネルギー (E)
を熱重量分析 (TG) の Kissinger 法により算出する.Kissinger 法からは固相における燃焼抑制効果の影響のみを確認で
きるため,これら二つの方法により発現相の解明を行う.
2. 実験方法
M= V
Ni
Co
Fe
Mn
Cr
M
MCp2 が吸着したろ紙の作製および火炎伝ぱ速度の測定方法は前報 3) と同じ方法を採
用した.なお,火炎伝ぱ速度は,下方に 70 mm だけ火炎が伝ぱする時間を計測し,火
炎伝ぱ速度を算出した.なお,MCp2 が吸着したろ紙の火炎伝ぱ速度をろ紙のみの火炎
伝ぱ速度をで除することで無次元火炎伝ぱ速度 U を算出した.
図 1 メタロセンの構造.
バナドセン/セルロース
TG については,ろ紙原料であるセルロース粉末と MCp2 粉末から
ニッケロセン/セルロース
成る試料を用いた.雰囲気は空気,流量は 50 mL/min,測定温度範囲
コバルトセン/セルロース
は 298–873K,昇温速度 () は 5, 10, 15, 20 K/min に設定した.パン
フェロセン/セルロース
にはアルミニウム開放セルを用いた.セルロースの酸化分解に係る E
マンガノセン/セルロース
は Kissinger 法 (ln (/T2max) = −E/RTmax + const) を用いて算出した.こ
クロモセン/セルロース
こで Tmax は最大重量減少時の温度,R は気体定数である.
セルロース単体
0
3.結果
ろ紙火炎実験の結果,各 MCp2 の最小無次元火炎伝ぱ速度は
UM=V = 0.83,UM=Ni = 0.34,UM=Co = 0.25,UM=Fe = 0.00,UM=Mn= 0.00,
: バナドセン
: ニッケロセン
: コバルトセン
: フェロセン
: マンガノセン
: クロモセン
50
100
150
200
活性化エネルギー (kJ/mol)
図 2 セルロースの酸化分解に係る活性化エネルギー.
UM=Cr= 0.00 となった.これらから,本報で用いられた全ての MCp2 は燃焼抑制効果を持つことが分かった.
Kissinger 法による E の算出結果を図 2 に示す.セルロースのみの場合,E = 151 kJ/mol であった.また,NiCp2,
CoCp2,FeCp2,MnCp2,または CrCp2 を含むセルロース試料でも E ≈ 151 kJ/mol であったことから,これら MCp2 は
固相ではなく,気相のみで燃焼抑制効果を発現することが分かった.一方,VCp2/セルロース試料では,セルロースのみ
の場合と比べて有意に E が大きかったことから (E = 205 kJ/mol),VCp2 は,気相だけでなく固相においても燃焼抑制
効果を発現することが分かった.
4. まとめ
VCp2,NiCp2,CoCp2,FeCp2,MnCp2,CrCp2 の燃焼抑制効果が発現される相を決定するために,MCp2 が吸着した
ろ紙の燃焼実験および MCp2/セルロース試料に対する熱重量分析を行った.その結果,本報で用いられた全ての MCp2
は,セルロースに対して燃焼抑制効果があることが分かった.また,熱重量分析の Kissinger 法によるセルロースの酸
化分解に係る活性化エネルギーの算出した.その結果,VCp2/セルロース試料以外では,セルロースのみの場合と同じく
E ≈ 151 kJ/mol であった.一方,VCp2/セルロース試料では E = 205 kJ/mol であったことから,VCp2 は他の MCp2 と異
なり,固相でも燃焼抑制効果を発現することを見出した.
謝辞
本研究は,JSPS 科研費 (25750135) の助成を受けたものです.
参考文献
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Rumminger M.D., Reinelt D., Babushok V., Linteris G.T., Combust. Flame 116 (1999) 207−219.
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Ohtani H., Ueno Y., Koshiba Y., Proc. Asia Pac. Symp. Safety 7 (2011) 81−84.
3)
Koshiba Y., Takahashi Y., Ohtani H., Fire Safety J. 51 (2012) 10−17.
4)
Koshiba Y., Iida K., Takeda T., Ohtani H., Proc. Asia Pac. Symp. Safety (2013) C3-06.