本文PDF - J

印度學佛 教學研究第40雀第1號
卒成3年12月
未 比定 の般若経 写本研究
渡
辺
章
I
悟
今 回 の 学 会 発 表 では 「未 比 定 の 般 若 経 写 本 」 と題 して 『十 万 頬 般 若 』(SS)と
『浄戒 波 羅 蜜 』(solaparanta-sutra)
とい う二 つ の 写 本 の 証 定 の報 告 を 行 った が,
本 稿 では 紙 幅 の都 合 上, 前 者 の写 本SSに
つ い て の み取 り上 げ る。
【千 葉 ・野 々 村 氏 所 蔵 の 梵 爽 に つ い て】
1980年 に東 京 美 術 か ら 『梵 字 貴 重 資(料集 成 』(『集成』 と略)と 題 し,わ が 国 に伝
わ る梵 爽 の写 真 版 と解 説 との二 巻 か らな る書 が 刊 行 され た。 こ の 中 に は数 点 のイ
ン ド伝 来 のサ ンス ク リッ ト写 本 も含 まれ,斯 道 の研 究 者 の注 目す る所 とな った。
しか し, そ の 中 の千 葉 ・野 々村 恒 彦 氏 所 蔵 の梵 來12葉 は 「内容 未 詳 」 とされ, そ
の解題 を含 め 不 適 切 と見 られ る点 が多 々 あ る。 例 え ぽそ の 図録 の 中 に呈 示 され た
貝 葉 の写 真 (14∼19頁, た だ しP.15, 17は 拡大写真) であ る。 そ の呈 示 の仕 方 を 表 に
して整 理 す る と次 の よ うに な る。 各 頁 に は6枚 の写 真 が掲 示 され る が,こ こ で は
それ を上 の folio か ら順 に(1)∼(1)とす る (aは 表, bは 裏 を意味す る)。
頁 (1) (2) (3) (4) (5) (6)
14
95b
96b
97b
98b
99b
100b
16
95a
96a
97a
98a
99a
100a
18
76b
87b
88b
89b
90b
94b
19
76a
87a
88a
89a
90a
94a
こ の よ うに, 本 来 最 初 の14頁 の 冒頭 に掲 げ られ るべ きfolio(76a)
が最 後 の19
頁 の 冒頭 にあ る よ うに, こ の呈 示 の仕 方 は全 く無 秩 序 で, しか も上 に示 した よ う
に裏 と表 が 逆 に 記 され, 配 列 され て い る(左方 に付 され る番号 が有 るのはほ とんどの
写本 では裏であ る。この写本 も例外 ではない)。 そ こ で 以下 に,『 集 成 』 中 の 当該 写 本
の解 説 を 批 判 しつ つ, 筆 者 の調 査 結 果 を 概 略 してお く1)。
こ こ に掲 載 され た 梵 語 写 本12葉 に付 せ られ た 番号2)(folio No.76∼100) は漢訳で
言 う と,『大 般 若 経 』<初 分>「
無 所 得 分 」 第18の7-9か
ら 「観 行 品 」 第19の
中頃 迄 に相 当す る3)。このことから, これらの写本は本来は全体で約500 fo1io ほ
-417-
未 比 定 の般 若 経 写 本 研 究
ど で あ り, 12葉 は<初
分>全
I (渡
辺)
体 か ら み る と 約42分 の1程
(101)
度の
〔分 量 〕 と い う こ と
に な る で あ ろ う。 〔
素 材 〕 は Palmleaf
で,『 集 成 』 に よれ ば,〔 大 き さ 〕 は 長 さ
58.0-58.3
(平均5.1cm)
(平均58.2cm)×
幅4.9-5.2
の 解 題 で は 七 行 と す る が,
で あ る 。 〔行 数 〕 は 『集 成 』
六 行 あ るい は七 行 が 正 し い。 こ の写 本 の
〔
書 体 〕 の特
徴 は 文 字 を 繋 ぐ上 の 横 線 に あ る 。 各 文 字 の 上 に 優 美 な 曲 線 が 描 か れ 大 変 趣 き が あ
る 。 『集 成 』 の 解 題 で は, (悉 曇 文 字 で は あ る が?)「
の 異 体 字 も 混 じ っ て い る 」 とす る 。 し か し,
東 地 方 で9世
紀 頃 に 成 立 し た Sarada
どは シ
これ は カ シ ミー ル や パ ー ン ジ ャ ブ 北
script を 基 本 とす る, ネ パ ー ル 系 の varient
で あ ろ う。 特 に"a,i,e,ra,6a,ha"な
"e"な
純 粋 な シ ッダ ンマ トリカ以 外
ど は ネ ワ ー ル 文 字 と は 異 な る が,"i"と
ッ ダ ン マ ー ト リカ 体 と 同 型 と み ら れ る 。 〔
書 写 年 代 〕 は 『集 成 』の
解 題 で は 九 ∼ 十 世 紀 とす る が, 十 一 世 紀 後 半 頃 の 書 写 と見 な し得 る 。
こ れ ら12葉 は 前 頁 の 図 の よ う に, 76葉,
分 割 さ れ る が,
87∼90葉,
本 稿 で は あ る べ き 順 序 通 り に,
94∼100葉
とい う よ う に三
各 folio の 最 初 と 最 後 の 部 分 を 転
写 し, そ れ ら に 対 応 す る 東 大 写 本 『十 万 頸 般 若 』(T.MS.SS,松
382B)と,
漢 訳r大
般 若 波 羅 蜜 多 経 』<初
行 品」 第19ま で。 大 正 蔵, 第5巻)の
*[76a-b;
T. MS.,
分>(「
濤 カ タ ログNo.
無 所 得 分 」 第18の7-9,
から 「
観
folio, 頁 数 な ど を 記 し て お く4)。
SS, No. 382B,
49a11-49b7-50a3:
大 正Vol.
5, 387b20-388a1]5)
[76a] astadasavenika buddhadharma anasrava na ca kasyacid=vigamena/
tat=kasya
hetos=tatha hy=ayusmams=char advatiputra (6...yad=anasravam so bhavah(T. MS.:
svabhavah)
ksayas=ca/6)s)
srotrasamsparsapratyaya
vedana nisklesa na ca kasyacid=vigamena/
[76b] ghranasamsparsapratyaya
samskrtasunyata
vedana nisklesa na ca kasyacid=vigamena/
nisklesa na ca kasyacid=vigamena/
asamskrtasunyata
nisklesa na
ca kasyacid=vigamena/
*[87a-90b;
T.MS.,
SS,
No.
382B,
57a2∼59b7:
[87a] na tasya sthityanyathatvam ,prajnayate/
ca [pra]krtisunya
prakrtisunya
[87b] tasya notpado
anyathatvam
5, 393b6-395a27]7)
adhyatmasunyata
tasya notpado na vyayah8)(sic)
na tasya sthityanyathatvam
svabhavasunyata
大 正Vol.
prakrtisunya
yasya notpado
ya
na vyayah8)(sic)
prajnayate/
ya ca prakrtisunya
na vyayah8) (sic) yasya notpado
na vyayo na tasya9) sthity-
prajnayate/
sunyatanimittapranihitavimoksamukhani
tesam notpado
prakrtisunyani
na vyayah8) (sic) ye-416-
yani
ca
pr akrtisunyani
(102)
未 比定の般若経 写本 研究
[88a] sam notpado
辺)
na vyayo na tesam sthityanyathatvam
yad=anabhisamskrtam
pra jnayate/
na taj=jihva-
[88b] vijnanaml0) yad=anabhisamskrtam
yanabhisamskrtall)
I (渡
na tat=manovijnanam/ ...
na sanupalambhasunyatal2)/
[89a] yanabhisamskrta11) (13...na sabhavasunyata...13)/ ...
(14...[na]nyatranabhinirvrtya
rupam samanupasyati tatha
[89b] hy=anabhinirvrtis=ca
ram
rupam
cobhav=etau
dharmav=advayam=advaidhika-
14)// ...
tatha
hy=anabhinirvrtis=caksurvijnanam
dhikaram//
cobhav=etau
dharmav15)=advayam=advaia
nanyatranabhi-
[90a] (16nirvrtyah
srotravijnanam16)
nanyatranabhinirvrtteh17>
samanupasyati
[90b] tyaya18)vedanam samanupasyati
sparsapratyay[a]18)vedanam
cobhav=etau
nanyatranabhinirvrtteh20)
*Eg4a-100b;
IT. MS,
[94a] (22'paramitam
tatha hy=...
manahsamsparsapra-
jaramaranam
SS,
No.
tatha hy=anabhinirvrtis1')=ca
manahsamdharmav=advayam=advaidhikaram//
samanupasyati
382: B,
61b7∼66b7:
nopaiti nopadatte
tatha hy=anabhi大 正Vol.
nadhitisthati
5, 396c24fr..]21)
nabhinivisate
na prajnapayati
silaparamiteyam=iti'22)//
tasmim samaye svalaksanasunyatam
[94b] prajnapayati
nopaiti nopadatte
nabhinivisate
svalaksanasunyateyam=iti/
tasmim
samaye sunyatanimittapranihitavimoksamukhani
tisthati
nabhinivisate
[95a] na prajnapayati
jihvavijnanan=na
nadhitisthati
nopaiti
nopadatte
sunyatanimittapranihitavimoksamukhaniti/
samanupasyati/
kayavijnanan=na
samanu-
[95b] pasyati/ manovijnanan=na samanupasyati/
abhavasunyatan=na samanupasyati/ (T. MS, adds.: svabhavasunyatayam
yati/)
abhavasvabhavasunyatan=na
samanupasyati/
[96a] sthanani na samanupasyati/
tat=kasya hetos=tatha
[96b] tasmad=yo vijnanasyanutpado
[97a] hetos=tatha
samanupasa
smrtyupa-
samyakprahanani
hibhagavan=nanutpada
yo bhagavan=rupasyanutpado23)
dhakaram tat=kasya
na samanupasyati/
eko na dvau na bahula na prthak
na tad=vijnanam/
na rasah iti rasas canutpadas=cadvayam=etad=advai-
hi bhagavan=nanutpada
smad=yo rasayanutpado
nadhi-
na rasah// ...
-415-
eko na dvau na bahula' na prthak
ta-
未 比 定 の般 若 経 写 本 研 究
I (渡
辺)
(103)
tatha hi bhagavan=nanutpada eko na dvau na
[97b] bahula na prthak tasmad=yah srotrasamsparsasyanutpado na sa srotrasamGsparsah//
yo bhagavam kayasamsparsapratyayavedanaya anutpado na sa kayasamsparsapratyayavedana iti hi kayasamspa[98a] rsapratyayavedana canutpadas=cadvayam=etad=advaidhikaram/
tatha hi bhagavan nanutpada eko na dvau na bahula na
[98] prtha(k ta)smad=yah samskaranam utpada(sic) na to samskarah yo bhagavam vijnanasyanupado na tad=vijnanam iti
yo bhagan=danaparamitayam=anutpado na sa dana[99a] Cparamita iti hi danaparamita canutpadas=cadvayam=etad=advaidhikaram/)
yo bhagavam sunyatasunyatayam anutpada(sic) na sa sunyatasunyateti hi sunyata*unyata canutpadas cadvayam etad advaidhikaram//
[99b] tat kasya hetos=tatha hi bhagavan=nanutpada eko na dvau na bahula na
prthak
yo bhagavam sarvadharmasunyatayam anutpado na sa sarvadharmasunya[100a] to (24 iti hi sarvadharmasunyata 24) anutpadas=cadvayam=etad=advaidhikaram
iti hi rddhipadas canutpadas=cadvayam=etad=advaidhikaram/ (tat
tatha hi bhagavan nanutpada eko na dvau na bahavo na prthak)
kasya hetoh/
[100b] tasmad=ya(h)25)rddhipadanam anutpada(sic) na to rddhipadah
tatha hi bhagavan nanutpada eko na dvau na bahula na prthak tasmad=yo vimoksanam=anutpado na to vimoksah
1)
この写 本 の研 究 はす で に江 島 恵教 (現東 京 大学) 教 授 が 『集 成』 出版 直 後 に開 始 さ
れ, 1981年 に は そ の か な りの部 分 の ロー マ字 転 写 も完 了 し てい た。 筆 者 は1986年 頃 江
島教 授 か らそ の研 究 ノー トの コ ピー を与 え られ, こ の写 本 の証 定 を 委 託 され た。 そ こ
で残 され た部 分 の 戸一 マ字 転 写 を続 けつ つ, こ の写 本 全 体 の証 定 作 業 を 完 遂 す る こ と
が で きた。 しか し, そ の量 的 な問 題 も あ っ て久 し く公 刊 す る時 期 を 逸 して い た。 今 回
こ の よ うな簡 略 な形 で は あ る が, よ うや く江 島教 授 へ の 責 務 を 果 た す こ とが で き, 安
堵 す る とと も にそ の過 誤 あ ら ん こ とを 危 惧 して い る。
2)
貝 葉 の数 字 は1937年 に R.Sankrityayana
Cat. No.
(of rhe bihar and orissa researsh,aociery,
この 写 本 の 書 写 年 代 は1082A.C.で
3)
が 報 告 した サ キ ャ寺 蔵 の 『八 千 頒般 若 』
215 (古 い ネパ ー ル写 本 に用 い られ る数 字) と類 似 す る。Cf. the journal
以 上 の 箇 所 は, SSの
vol.23,
part1.
コ ロ フ オ ソに よれ ば
あ る。
刊 本 に は見 ら れ な い。 現 在SSの
-414-
梵 本 はP.Ghosa
の校 訂
(104)未
比定 の般若経 写本研究
本(vibl. indica new series,No.
で い う と<初 会>「
I (渡 辺)
1382; Part 2, Fascicle 1, 1914) が 第13章,
無所 得 品 」 第18-3ま
漢訳
で刊 行 され な が ら, そ の 後 は 断絶 した ま ま
で あ る。 今 回 の写 本 は, 丁 度P.ghoda
の校 訂 本 の 少 し後 に あ た る。従 っ て, 現 在 の
と ころ この写 本 との対 同 を調 べ るに は, 別 のSkt.
写 本 を 調 査 しな け れ ば な らな い。
そ こで 筆者 は 東京 大 学所 蔵 写 本 を 調 査 した の で あ る。
4)
全 体 の ロー マ字 転写 は 木村 高 尉 氏 が 準 備 中 と聞 くの で, 詳 細 は そ の論 稿 に譲 る。
5)
この箇 所 は 「諸 法 が 〔無 常 … 無 為〕 で あ り, どの よ うな もの も散 失す る こ と が な
い」 と説 く一 連 の フ レー ズ に含 まれ る。 ちな み に, この フ レーズ を 他 の 拡 大般 若 に対
応 させ る と次 の よ うに な る。 『大般 若 波羅 蜜 多経 』<初 会>「 無所 得 分 」 第18の7-9
(大 正5, 380c11∼390b1):<第
二 会>(大
正7,
269b3-11): pancavimsatisaharika prajnaparanita,
Oriental
Series, No.
28, Luzac
& co.,
121c27-122a9):『 大 品 』(大 正8,
ed. by N.Dutt,
Calcutta
1934, P. 252, 11. 15-23。 漢 訳 の 「初 分 」
で は 「大正 蔵 」 の約10頁 弱 に 亘 って い るが, 同 じ玄 奨 訳 の 「二 会 」 で はわ ず か11行,
『大 品 』 で は正 味8行,
6)
PVのSkt.
こ の写 本 で は 「
無 漏 (anasrava)
vahksayas
で は9行 と な る。
で あ る もの, それ は また 尽 き る もの で あ る (sobha-
Ca)」 とな って い る し, 東 大写 本 で は 「無 漏 で あ る も の, それ は また 自性 が
尽 きる もの で あ る (so svabhavah
ksayasca」
とい い,「 初 分 」 の 「
若法無漏無 尽 性
故 」 と類 似 す る。 一 方, この 箇 所 に対 応 す るPVは,「
り尽 き る もの で あ る。」(yad
anityam
無 常 で あ る もの は非 存 在 で あ
so'bhavah ksaya
ca, op.252,
19)で あ り,「般 若 経 」 で しば しぼ 説 か れ る非 存 在 (abhava)
1.
に就 い て の慣 用 的 な表
現 を 持 ち, 大 変 興 味 深 い。 この 問 題 に つ い て は拙 稿 「『
般 若経 』 に お け る非 存 在 abhava
の 意 義 」(『般 若 波羅 蜜 多 思 想 の 総 合 的 研究 ・真 野 龍 海博 士 頒 寿 記 念論 文 集 』 山喜
房, 1992年 刊 行 予 定) を参 照 して 戴 きた い。
7)
以 下 はT.
MS.
MS.
MS.
MS.
MS.
MS.
MS.
MS.
MS.
MS.SS,
No.
383-5, 64a6∼67a1.
8)
9)
10)
11)
12)
13)
14)
15)
17)
T.
T.
T.
T.
T.
T.
T.
T.
T.
19)
T. MS. SS.: anabhinivrttas.
21)
以下 はT.
22)
T. MS.
SS. で は, 後 続 の文 章 (61b8)
23)
T. MS.
SS.:
rasasya-for
25)
T. MS.
SS.:
ya
に も対 応 す る6
SS.: vyayo
SS.: tasya
SS. adds: yad=anabhisamskrtam
na tat kayavijnanam/
SS.: ya 'nabhisarnskrta
SS.: sa anupalambhasunyata
SS.: abhavasunyata
SS. omits.
SS. omits: dharma.
16) T. MS. SS: nivrtteh srotaSS.:-nivrttah.
18) T. MS. SS.:-pratyayaMS.
<キ ー ワー ド>『
SS., No.
20)
T. MS. SS.: abhinivrtter
383-5, 66b5ff. に も対 応 す る。
rupasya-24)
と入れ 替 わ っ て い る。
T. MS.
十万 頒般 若 』, 野 々村 氏蔵 の般 若 経 写 本
-413-
SS. omits.
(東洋 大学 非 常 勤 講 師)