2014 年度数学 IA 演習第 1 回 理 I 15, 16, 20, 21, 22, 34 組 4 月 21 日 清野和彦 数理科学研究科棟 5 階 524 号室 (03-5465-7040) [email protected] http://lecture.ecc.u-tokyo.ac.jp/~nkiyono/index.html ∞ ∞ 問題 1. 数列 {an }∞ n=1 と 数列 {bn }n=1 から新しい数列 {cn }n=1 を { c2m−1 = am c2m = bm ∞ によって定義する。{an }∞ n=1 と {bn }n=1 がどちらも同じ値 c に収束しているとき {cn }∞ n=1 もこの c に収束することを証明せよ。 問題 2. 数列 {an }∞ n=1 について次の命題は正しいか? 正しければ証明し、誤りな ら反例を挙げよ。 任意の n に対して |an | < 1 が成り立っているならば lim a1 a2 · · · an = 0 n→∞ が成り立つ。 ∞ ∞ 問題 3. 3 つの数列 {an }∞ n=1 , {bn }n=1 , {cn }n=1 が任意の n について an ≤ bn ≤ cn ∞ ∞ を満たし、さらに {an }∞ n=1 と {cn }n=1 がどちらも b に収束しているとき、{bn }n=1 も同じ b に収束していることを証明せよ。 (いわゆる「はさみうちの原理」が成り 立つことを示せということです。) ∞ 問題 4. 数列 {an }∞ n=1 から新しい数列 {bn }n=1 を bn = a1 + a2 + · · · + an n ∞ によって定義する。{an }∞ n=1 が a に収束しているなら {bn }n=1 も同じ a に収束し ていることを示せ。 問題 5. 次の集合に上限、下限、最大値、最小値が存在するかどうか判定し、存在 するものについてはその値を求めよ。 } { n n は自然数 (1) A = n+1 (2) (3) B = {x ∈ R | 0 < x2 ≤ 2, 0 < x, x は有理数 } { } 1 C = m + m, n は自然数 n 裏に続きます。 問題 6. A を R の部分集合で上にも下にも有界なものとし、B を A の元の絶対 値の集合、すなわち B = {|a| | a ∈ A} とする。不等式 sup B − inf B ≤ sup A − inf A が成り立つことを示せ。 問題 7. 0 < a1 < 1 とし、数列 {an }∞ n=1 を an+1 = an (3 − an ) 2 によって定義する。{an }∞ n=1 は収束することを示し、極限値を求めよ。 ∞ 問題 8. 0 < a1 < b1 とし、数列 {an }∞ n=1 と数列 {bn }n=1 を an = √ an−1 bn−1 , bn = an−1 + bn−1 2 ∞ によって定義する。このとき、{an }∞ n=1 と {bn }n=1 は収束し、しかもその極限値 は等しいことを証明せよ。 ∞ 問題 9. 数列 {an }∞ n=1 が正実数 a に収束しているとする。数列 {bn }n=1 を bn = an sin 2nπ 3 によって定義するとき、{bn }∞ n=1 の上極限を求めよ。 問題 10. 次の数列 {an }∞ n=1 の上極限、下極限が存在するならばこれを求めよ。 (1) an = n{(−1) n} (2) an = π 1 sin n n (3) an = cos nπ 4 問題 11. 数列 {an }∞ n=1 について次の命題は正しいか? 正しければ証明し、誤りな らば反例を挙げよ。 ) ( )( (1) an が収束し lim sup bn が存在すれば lim sup(an bn ) = lim an lim sup bn n→∞ (2) an > 0 かつ lim sup an = 0 ならば n→∞ n→∞ {an }∞ n=1 n→∞ は収束する。 ∞ 問題 12. 有界な数列 {an }∞ n=1 に対し、数列 {sn }n=1 を ( ) sn = sup ak = sup{ak | k ≥ n} = sup{an , an+1 , an+2 , . . .} k≥n と定義する。このとき {sn }∞ n=1 は収束し、 lim sn = lim sup an n→∞ が成り立つことを証明せよ。 n→∞ n→∞ 2014 年度数学 IA 演習第 1 回解答 理 I 15, 16, 20, 21, 22, 34 組 4 月 21 日 清野和彦 数理科学研究科棟 5 階 524 号室 (03-5465-7040) [email protected] http://lecture.ecc.u-tokyo.ac.jp/~nkiyono/index.html 数列の極限の定義、すなわち数列が収束するということの定義は数を実数まで広げず有理数だけ で考える場合も全く同じです。例えば、今回の問題 1 には実数独自の性質は使いません。(問題 2, 3, 4 も実数独自の性質を使わない「数列の極限の問題」です。)同様に、最大値、最小値、上限、 下限という概念も、定義だけなら有理数だけを数だと思った場合と実数全体を相手にする場合で全 く同じです。だから、問題 6 は有理数の範囲で考えても実数まで広げて考えても証明は全く同じに なります。一方、問題 5 のように最大値、最小値、上限、下限の存在を問題にすると状況は変わっ てきます。後で解答を書きますが、問題 5 も (1) と (3) は有理数で考えても実数で考えても答は同 じになってしまいます。その理由は、上限や下限が有理数になっているからです。一方、(2) は有 理数で考えた場合と無理数まで考えた場合で答が異なります。どう異なるかというと、有理数で考 えた場合上限は存在しないのに実数まで広げて考えると上限が存在するのです。実は、この性質だ けが有理数と実数の違いなのです。つまり、有理数だけを考えた場合、上に有界なのに上限が存在 しない部分集合が存在するのですが、実数ではそのような部分集合が存在しない、すなわち、 実数においては、上に有界な部分集合には必ず上限が存在する のです。有理数だけを考えた場合と実数まで考えた場合の違いはこの性質だけです。この性質だけ なのですが、これがあるおかげで微積分を考えることができるようになるのです。 こういうわけですので、実数について学ぶには「必ず上限が存在する」という性質を使った問題 8 のような問題を解くのがよいことになります。ところが、今回の問題には有理数で考えようが実 数で考えようが同じ問題、つまり「必ず上限が存在する」という性質とは関係のないものが多くあ ります。なんだか肩すかしを食わされたような気がするかも知れません。このような問題を多く出 題したのは 数列の極限や上下限は実数独自の性質とは無関係に定義される ということをしっかり認識すべきだと考えるからです。ですから、今回は 極限や上下限とはどういう気持ちで定義され、それをどのように言葉にしているのか ということと 実数独自の性質とは何を意味する性質なのか ということをしっかり分けて学んで欲しいと思います。 そこで、このプリント前半の第 1 節と第 2 節では「数列の収束や上限の定義は実数の性質とは無 関係である」ということをはっきりさせるために、普通なら「実数」と書くところをわざと「数」 とだけ書くことにしました。その心は、「数」と書いたところをすべて「実数」に置き換えれば実 数における数列の収束や上限の話になるし、すべて「有理数」に置き換えれば有理数だけを数だと 2 第 1 回解答 した場合の数列の収束や上限の話になるということです。少々幼稚な感じを与えてしまうかも知れ ませんがご了承下さい。 また、最後の第 4 節で論じる上(下)極限も定義だけなら普通の極限と同様に実数の性質を使わ ずにできるのですが、上(下)極限は定義を理解するのが難しい上、実数の性質と絡めないと嬉し いことが何もないので、講義と同様に実数の性質の後で説明します。 (問題 12 は次回の講義の内容 ですが、話の切れ目の都合で今回出題しました。) なお、問題の解答は、その問題に出てくる概念を説明した後に書きました。解説を飛ばして解答 だけ見たい方は目次から探してください。 目次 1 数列の収束 1.1 1.2 1.3 極限の定義 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 極限の定義の「気持ち」 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 収束する数列の性質 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3 4 5 1.4 1.5 問題 1 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 8 9 1.6 1.7 1.8 2 3 部分列 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 問題 2 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 問題 3 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 問題 4 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 最大値・最小値と上限・下限 10 10 11 12 13 2.1 定義 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2.2 2.3 上限の性質 問題 5 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 13 14 2.4 問題 6 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 16 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 実数 3.1 3.2 3.3 19 実数の連続性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 数列と実数の連続性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 実数列の収束を示す例 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3.3.1 3.3.2 4 3 問題 7 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 問題 8 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 上極限・下極限 4.1 有界な数列の状況 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4.2 4.3 上極限・下極限の定義 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 実例:問題 9、10、11 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4.3.1 問題 9 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4.3.2 4.3.3 4.4 問題 10 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 問題 11 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 有界数列における上極限・下極限の存在 : 問題 12 . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4.4.1 問題 12 の解答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 19 20 21 21 22 23 23 24 27 27 29 30 31 31 3 第 1 回解答 数列の収束 1 1.1 極限の定義 定義の復習から始めましょう。 定義 1. 数列 {an }∞ n=1 が数 a に収束するとは、どんなに小さな正の数 ε が与えられてもそれ に応じて十分大きな自然数 N を取れば N より大きいすべての自然数 n に対して |an − a| < ε を成り立たせられることである。 「どんなに小さな」などの「感情のこもった」表現を省いてクールに論理式 1 で書けば、 ∀ε ∃N ∀n [n > N =⇒ |an − a| < ε] となります。ただし、ε が正であることや N と n が自然数であることは分かり切っているので、 論理式がゴチャゴチャにならないようにするために省きました。気を付けてください。 数列が収束することを上のように定義した上で、 ∞ 定義 2. 数列 {an }∞ n=1 が数 a に収束しているとき、a を数列 {an }n=1 の極限と言い、 lim an = a n→∞ や an → a (n → ∞) と書く。 と定義します。 「∞」という記号は数を表しているのではなく、 「限りなく大きくする/なる」とい うことを手短に示す記号にすぎないということに注意してください。 なお、数列 {an }∞ n=1 が正の無限大に発散することを どんなに大きな数 R が与えられてもそれに応じて十分大きな自然数 N を取れば N よ り大きいすべての自然数 n に対して an > R を成り立たせられることである。 論理記号では ∀R ∃N ∀n [n > N =⇒ an > R] と定義し、 lim an = ∞ n→∞ や an → ∞ (n → ∞) と書きます。負の無限大に発散することの定義も同様です。論理記号では ∀R ∃N ∀n [n > N =⇒ an < R] であり、 lim an = −∞ n→∞ や an → −∞ (n → ∞) と書きます。 1 論理式については別にお配りした補足解説のプリントを参照してください。 4 第 1 回解答 1.2 極限の定義の「気持ち」 このようないかにも回りくどい定義をするのは、「限りなく続いてゆく数たちのたどり着く到達 点」というどうにも数学になりそうもないものを何とか数学で扱えるようにするための、つまり、 有限の範囲内で表現するための苦肉の策です。もっと平たく言いましょう。例えば、0.999 · · · と 表現される「数」は、この表記だけ見ていると 0.9 + 0.09 + 0.009 + · · · という「無限回の足し算 を足しきった結果」と思いがちですが、「無限回の足し算を足しきる」ということを数学でそのま ま扱うことはできそうもないので、 0. の後ろに 9 を(有限個だが)沢山付けることで 1 − 0.999 · · · 9 を好きなだけ小さく できる という他愛もない意味にしてしまうということです。常識的には「0.999 · · · = 1」という式はどこ か神秘的で割り切れない(あるいはやりきれない)雰囲気を漂わせていますが、数学では左辺の 0.999 · · · という記号には 数列 0.9, 0.99, 0.999, · · · の(上で定義した意味での)極限 という(数学に慣れ親しんでいない人に 0.999 · · · という表記が与える印象に比べたら)無味乾燥 な意味しか与えていないということです。 このような説明ではまだ極限の定義がしっくり自分のものにならない人がほとんどでしょう。そ のような場合には視覚に訴えるのが良い方法だと思います。 数列を視覚化しようとする場合、関数のグラフを書くのと同じように、数列も xy 平面に点をプ ロットするのが良さそうです。そのとき使われる一般的な方法は、(1, a1 ), (2, a2 ), (3, a3 ), · · · とプ ロットして行く方法でしょう(図 1)。 しかし、これだと n → ∞ の様子がそれこそ「無限遠」の an の値 a2 a3 a4 a1 1 5 10 15 20 n 図 1: 数列の普通のグラフ。 彼方に霞んでしまって収束している感じが掴みにくくなってしまいます。 そこで、例えば (−1, a1 ), (− 12 , a2 ), (− 13 , a3 ), . . . とプロットしてみましょう(図 2)。すると、プ ロットした点たちが y 軸のどこか 1 点に集まっているとき数列は収束していてその点の y 座標が 極限です。収束の定義にでてくる N は、例えば紙か何かでこのグラフの x = − N1 から左側を隠し てしまうと、残った点の上下方向の散らばりが極限の値から上下に ±ε しかないということです。 5 第 1 回解答 1 極限値 0 1 10 20 図 2: n → ∞ が視野にはいるようにしたグラフ。 1.3 5 収束する数列の性質 数には四則演算があるので、数列にも四則演算を与えることができます。第 n 項目同士を足し たり引いたりすればよいだけです。(わり算については、わる方の数列に 0 がでてきてはいけませ んが。)すると、二つの収束数列の間の四則演算によってできる新たな数列は収束するのか、また 収束するとしたらその極限は何か、が真っ先に気になります。もちろん、これの結果は皆さん高校 のころからよくご存じですね。ただし、上のように数列の収束を定義してしまった以上、高校で 習ったことがこの定義に照らしても正しいということを一度は確認しておく必要があります。キチ ンと書くと、 ∞ 補題 1. 二つの数列 {an }∞ n=1 および {bn }n=1 がそれぞれ a および b に収束しているなら、 lim (an + bn ) = a + b, n→∞ lim (an − bn ) = a − b, n→∞ lim (an bn ) = ab, n→∞ lim n→∞ an a = bn b が成り立つ。ただし、最後の式では b およびすべての bn は 0 でないとする。 となります。 ここでは足し算についてだけ考えてみましょう。 極限の定義を知ったからといって、定義を眺めていれば収束が証明できるというものではありま せん。まず、考えたい状況に「極限の定義の気持ち」を当てはめてみて、どのようなことが起こっ ているのかのイメージを持とうとしてみます。それができてから、そのイメージを極限の定義の文 章のように表現しようとしてみるわけです 2 。 そこで、まず二つの収束数列のグラフを書いてみましょう(図 3)。 次にその二つのグラフを足 します。関数のグラフを足すように足せばよいわけです(図 4)。 2 「収束の状況をイメージすること」と「そのイメージを定義に合わせて表現すること」の間には結構ギャップがありま す。このプリントではイメージの方を重視し、それを定義通りの文章にする部分については別に配布した「ε-N 論法を使っ た証明について」にまわしました。 6 第 1 回解答 {an }∞ n=1 のグラフ ε a a1 ε 1 2 3 4 Na {bn }∞ n=1 のグラフ ε b1 b 1 2 3 4 Nb ε ∞ 図 3: {an }∞ n=1 と {bn }n=1 の収束の様子。 2ε a+b a1 + b1 1 2ε 2 3 4 図 4: {an + bn }∞ n=1 の収束の様子。 これで、任意の ε に対し an と a の差も bn と b の差も ε より小さくなっているなら、an + bn と a + b の差は 2ε より小さくなっていることがよくわかりました。なお、収束の定義の見た目に ピッタリ合わせるためには an + bn と a + b の差を ε より小さくしなければならないので、an と a、および bn と b の差は 2ε より小さくしておかなければなりません。しかし、このようなことは 見た目だけのことであって、結論の式が an + bn と a + b の差が 2ε より小さいという不等式に なっていても、ε は任意なのですから何の問題もありません。 それではキチンと書き下してみましょう。 証明. 証明したいことを定義に戻って書くと、 どんなに小さな正実数 ε に対しても十分大きな自然数 N をうまくとれば n > N を満 たす任意の n が |(an + bn ) − (a + b)| < ε を満たすようにできる ことです。つまり、正実数 ε が勝手に与えられたとして、上に書いた性質を持つ N が存在するこ とを示せばよいわけです。 それでは、正実数 ε が任意に与えられたとしましょう。今、 lim an = a と lim bn = b が仮定 n→∞ なので、極限の定義から、この ε に対して自然数 Na と Nb で n→∞ 7 第 1 回解答 n > Na を満たす任意の n は |an − a| < ε 2 を満たす n > Nb を満たす任意の n は |bn − b| < ε 2 を満たす および、 というものがあります。そこで、Na と Nb の大きい方を N とすれば、 n > N を満たす任意の n は |an − a| < ε 2 と |bn − b| < ε 2 の両方を満たす ことになります。結論の 2 式を足すと、三角不等式から |(an − a) + (bn − b)| ≤ |an − a| + |bn − b| < ε ε + =ε 2 2 となるので、これで n > N を満たす任意の n は |(an + bn ) − (a + b)| < ε を満たす という示したかったことが示せました。 □ 最初なのでやたらと丁寧に書いておきました。 極限が大小関係について次の性質を満たすことも皆さんよくご存知でしょう。 ∞ 補題 2. 二つの数列 {an }∞ n=1 および {bn }n=1 がそれぞれ a および b に収束しているとき、あ る自然数 N より大きなすべての自然数 n に対して an ≤ bn が成り立つならば a ≤ b が成り 立つ。 これも「数列のグラフ」を考えることでまずイメージをつかみ、それからそのイメージを言葉に しようとしてみて下さい。最終的な証明のみ記しておきます。 証明. 背理法で示します。 a > b だったとし ε = a−b 2 とおきます。すると、収束の定義から、十分大きな自然数 n を取ると |a − an | < ε, |b − bn | < ε が成り立ちます。よって、 bn < b + ε = a − ε < an となりますが、これは補題 2 の仮定に矛盾します。 □ この補題には、an か bn が n によらない定数の場合でよく出会います。つまり、例えば {an }∞ n=1 が a に収束しているとする。任意の n に対して an ≤ b が成り立つならば a ≤ b が成り立つ。 といったものです。 これらの結果や証明も大切ですが、これらの性質が定義 1 のような「列の収束」の定義が意味を なすどんなものに対してもそのまま成り立つということも重要なことです。なぜなら、an たちが 有理数であるとか実数であるとかいうことは全く使わずに、抽象的な議論だけで証明されているか らです。複素数、ベクトル、行列といったものの列に対しても数列と同様に収束を定義することが でき、複素数については四則演算、行列については和と積、ベクトルについては和と実数倍あるい は複素数倍に対してこの補題と同じことが成り立つことを証明し直す必要はないというわけです。 (補題 2 の方は、例えば複素数の絶対値に対するものとしてやベクトルの「大きさ」に対するもの としそのまま成立します。) 8 第 1 回解答 1.4 問題 1 の解答 いきなり証明を完成させようとせずに、まずイメージをつかみましょう。二つの数列のグラフを 互い違いにかみ合わせて一つの数列のグラフにするわけです(図 5)。 {an }∞ n=1 のグラフ ε c ε 1 2 3 4 {bn }∞ n=1 のグラフ ε c ε 1 2 34 {cn }∞ n=1 のグラフ ε c ε 1 2 3 4 56 ∞ 図 5: {an }∞ n=1 と {bn }n=1 を互い違いにかみ合わせる。 イメージはつかめましたか? それでは証明です。 解答. 証明したいことは、 任意の正実数 ε に対して自然数 N で、N より大きい任意の n に対して |cn − c| < ε が成り立つ こと、すなわち、ε からこのような N を作ることです。 ∞ ε を一つとって固定します。{an }∞ n=1 も {bn }n=1 も c に収束しているので、自然数 Na で、 Na より大きい任意の自然数 n に対して |an − c| < ε が成り立つ ものと、自然数 Nb で、 Nb より大きい任意の自然数 n に対して |bn − c| < ε が成り立つ ものが存在します。そこで、Na と Nb のうち大きい方を N ′ とし N = 2N ′ とすれば、N より大 きい任意の n に対して n が奇数なら |cn − c| = |a n+1 − c| < ε、 2 n が偶数なら |cn − c| = |b n2 − c| < ε ˙ となるので、どっちにしろ |cn − c| < ε となります。 これで lim cn = c が示せました。 □ n→∞ 9 第 1 回解答 1.5 部分列 問題 1 は逆も成立します。つまり、 lim cn = c なら lim an = lim bn = c も成り立ちます。 n→∞ n→∞ n→∞ もっと一般に、収束数列の部分列は同じ極限に収束します。当たり前っぽいのですが、重要なので 証明しておきましょう。まず、部分列を正確に定義します。 定義 3. {km }∞ m=1 を狭義単調増加、つまり、 k1 < k2 < k3 < · · · < km < km+1 < · · · ∞ を満たす自然数列とする。数列 {an }∞ n=1 が与えられたとき、新しい数列 {bm }m=1 を bm = akm ∞ で定義することができる。このような数列 {bm }∞ m=1 を {an }n=1 の部分列という。 {an }∞ n=1 から順番を変えずに一部(と言っても無限個)を取り出してできる数列のことです。上の ∞ ∞ ように記号をかえて {bm }∞ m=1 などと書くのは面倒なので、普通は {an }n=1 の部分列を {akm }m=1 という風に添え字を二重にして書いてしまいます。目がチカチカしますか? ∞ 補題 3. {an }∞ n=1 が a に収束しているなら、{an }n=1 の部分列はすべて a に収束する。 数列 {an }∞ n=1 から 一部分を取り出して 部分列を作ると思うより、{an }∞ n=1 を 一部分捨てて 部分列を作ると思った方がイメージしやすいかも知れません。例によってグラフを考えてみてくだ さい(図 6)。 それでは証明です。 証明. {an }∞ n=1 が a に収束しているということは、 ∀ε ∃N ∀n [n > N =⇒ |an − a| < ε] ということです。また、{km }∞ m=1 は狭義単調増加な自然数列なので、必ず発散します。つまり、 ∀N ∃M ∀m [m > M =⇒ km > N ] が成り立ちます。両方あわせると、 ∀ε ∃M ∀m [m > M =⇒ |akm − a| < ε] となり示せました。 □ わざとあっさり書いてみました。「証明の心」に自力で触れてみて下さい。 10 第 1 回解答 捨 捨 捨 極限値 捨 0 1 5 10 20 図 6: 一部の項を捨てて残ったところが部分列。 1.6 問題 2 の解答 誤りです。 例えば、 an = n(n + 2) (n + 1)2 とすると、任意の n について |an | < 1 が成り立ちますが、 a1 a2 · · · an = 1·32·4 n(n + 2) n+2 ··· = 2·23·3 (n + 1)2 2n + 2 となり、 lim a1 a2 · · · an = n→∞ 1 ̸= 0 2 となります。 □ 1.7 問題 3 の解答 (数列の収束を定義してしまった以上「はさみうちの原理」も証明しなければなりません。とい うわけで、問題として出題しておきました。) 正実数 ε を一つ固定します。{an }∞ n=1 は b に収束しているのですから、 n > Na =⇒ |an − b| < ε を満たす正整数 Na が存在します。(右辺の ε は一つ選んで固定した ε です。)同様に、{cn }∞ n=1 も b に収束していることから n > Nb =⇒ |cn − b| < ε を満たす正整数 Nb も存在します。よって、Na と Nb の大きい方を N とすれば、 n > N =⇒ |an − b| < ε かつ |cn − b| < ε が成り立ちます。 11 第 1 回解答 ここで、ふたつの不等式から絶対値をはずしてみましょう。すると、 |an − b| < ε かつ |cn − b| < ε ⇔ b − ε < an < b + ε かつ b − ε < cn < b + ε となります。今、任意の n に対して an ≤ bn ≤ cn が成り立つと仮定しているので、n > N ならば b − ε < an ≤ bn ≤ cn < b + ε が成り立ちます。この不等式から an と cn の部分を省き、絶対値記号を使って書き直すと、 n > N =⇒ |bn − b| < ε となります。これは {bn }∞ n=1 が b に収束することを意味します。 □ 1.8 問題 4 の解答 この問題の場合グラフは想像しにくいかも知れませんが、要するに、 はじめの方の an は a とずいぶん違うかも知れないけど、遠くの方の an はほとんど a と同じなのだから、充分沢山の an を平均してしまえば、やっぱりほとんど a と同じ ということがポイントです。 解答. 数列 {an }∞ n=1 は a に収束するのですから、どんな正実数 ε に対してもそれに応じて自然数 M をとれば ε 2 を満たすようにできます。また、収束する数列は有界なので、実数 R を任意の n に対して |an −a| < R n > M =⇒ |an − a| < を満たすように取れます。よって、n > M のとき a1 + a2 + · · · + an |a1 − a| + · · · + |aM − a| |aM +1 − a| + · · · + |an − a| − a ≤ + n n n M R (n − M )ε ≤ + n 2n となります。そこで N を MR ε ≤ N 2 を満たすようにとれば a1 + a2 + · · · + an ε ε n > N =⇒ − a < + = ε n 2 2 となって示せました。 □ なお、問題 4 の逆は成立しません。例えば an = (−1)n が反例です。 束しますが、{an }∞ n=1 は振動してしまって収束しません。 { a1 +···+an }∞ n n=1 は 0 に収 12 第 1 回解答 2 最大値・最小値と上限・下限 「実数独自の性質」を述べるための概念を復習しましょう。この性質が活躍するのは「実数独自 の性質」を導入してからですが、その前に概念そのものに慣れるために、具体的にそれらの値を求 める問題(問題 5)とそれらの満たす性質を証明する問題(問題 6)を出題しておきました。 概念の正確な定義の前に、どのような気持ちでそれらの概念を考えるのかを簡単に説明しておき ます。 まず、次の問題を考えてみてください。 三つの数 a, b, c(ただし a < b < c とする)が与えられたとき、この三つの数すべて以 上の大きさの数全体の集合を求めよ。 もちろん、答は「c 以上の数全体」、集合の記号で書けば {x ∈ R | x ≥ c} で、区間を表す記号で 書けば [c, ∞) ですね。答がこうなる理由は、c が {a, b, c} の中の最大値だからです。 ということは、次の問題も全く同様に解けます。 数の(無限集合かも知れない)集合 A が与えられたとき、A のすべての要素以上の大 きさの数全体の集合を求めよ。ただし、A の最大値を m とする。 この場合、答は「m 以上の数全体」、すなわち [m, ∞) = {x ∈ R | x ≥ m} となります。 なんかくだらない感じで申し訳ないので、そろそろ目指すところを説明しましょう。上の二つの 問題は、 集合 A が与えられたとき、実数全体 R を「A のすべての要素以上の大きさの数」と 「A の少なくとも一つの要素より小さい数」の二つの部分に分ける という操作を考えているのです。このとき、R は大きい方と小さい方の二つの部分に分かれます。 横たわった数直線のイメージで言うと右側と左側です。そして、上の二つの例では、右側と左側の 境目に A の最大値という数がいるわけです。 何を当たり前なことを言っているんだ、と思うかも知れません。でも、当たり前でよいのです。 なぜなら、この「右左に分ける」という操作は、 横たわった直線に別の直線を縦に交わらせる という操作を、直線という幾何学的な道具を使わずに数の言葉だけで述べたものなのです。 「それならわざわざ『A のすべての要素以上の大きさの数の集合』なんて回りくどいこと言わず に、『A の最大値以上の数』って言えばいいじゃん」と思うかも知れませんね。しかし、A には最 大値はあるとは限りません。例えば、 A = (0, 1) = {x ∈ R | 0 < x < 1} だったらどうしますか? なんて、くだらないですね。もちろん答は「1 以上の数全体の集合」、つ まり、 [1, ∞) = {x ∈ R | x ≥ 1} です。 13 第 1 回解答 「あーいらいらする。どっちにしろ『交点』に当たる数があるんだから『その数以上の集合』で いいじゃん!!」そうなんです。 「交点」に当たる数があるんですよ、実数なら。つまり、実数は直線 にふさわしい性質を持っているのです。古代ギリシャ人が考えていた(らしい)「有理数直線」で は、平行でない二直線は必ず一点で交わるという重要で当たり前な性質を満たさなくなってしまう のです。このことを幾何学的な言葉を使わずに言うために、上界や上限という言葉を用意するわけ です。 「A のすべての要素以上の大きさの数」が上界で、 「交点」に当たる数、すなわち上界の最小 値が上限です。だから、有理数では満たさない実数に特有の性質である「二直線は一点で交わる」 に当たる性質が「上限の存在」として言い表されるというわけです。 2.1 定義 それでは定義を復習しましょう。 定義 4. 集合 A が上に有界であるとは、数 M で A の任意の元 a に対して a ≤ M を満たす ものが存在することをいう。 不等号をひっくり返した条件を満たすとき A は下に有界と言います。 定義 5. 上のような M のことを集合 A の上界と言う。 不等号をひっくり返した条件を満たす M を A の下界(かかい)と言います。 定義 6. 集合 A の要素 m で、A の任意の要素 a に対して a ≤ m を満たすものが存在すると き、m を A の最大値と呼び max A と書く。 最小値も同様に定義され、記号で min A と書きます。開区間 (0, 1) の例でもわかるように、上 や下に有界だからと言って最大値や最小値はあるとは限りません。 定義 7. 上に有界な集合 A の上界の最小値のことを上限と言い、sup A と書く。 下限も同様に定義され inf A と書かれます。 言葉が用意できたので、「実数に特有の性質」の定義だけ思い出しておきましょう。詳しくは次 節で説明します。 実数においては、空集合でない部分集合 A は上に有界なら必ず上限を持つ。 この性質のことを「実数の連続性」と言います。(関数の連続性とは全く関係ない概念です。お気 をつけ下さい。) 2.2 上限の性質 上限の定義である「上界の最小値」を、上界の定義と最小値の定義に従って見直しておきましょう。 14 第 1 回解答 まず A の上限 sup A は A の上界なのですから、A のすべての要素以上の大きさを持ちます。つ まり、 A の任意の要素 a に対し、a ≤ sup A が成り立つ。 です。一方、sup A は A の上界の最小値ですから、A のすべての上界以下の大きさを持ちます。 つまり、 A の任意の上界 M に対し M ≥ sup A が成り立つ。 となります。しかし、与えられた集合は A なのに、A の要素でない M というものを使って述べ てあるのはいかにも使いにくそうです。だから、この性質をなんとか M を使わず A の要素に対 する性質に言い換えたいところです。 そういうときには「対偶」を考えるのがよいでしょう。つまり、 sup A より小さい数は A の上界ではない。 です。さらに「上界ではない」の部分を上界の定義の否定で置き換えれば、この性質は sup A より小さい数 b に対し b より大きい A の要素が存在する。 となります。ここで、 「sup A より小さい数 b」という言葉の裏には、 「どんなに sup A に近くても sup A より小さいならば」という気分があるわけですから、b と書かずに sup A − ε と書くことに すれば、 どんなに小さい正数 ε に対しても sup A − ε < a を満たす A の要素 a が存在する。 となります。 以上の二つをまとめると、sup A の定義は次のように言い換えられることがわかりました。 上限の定義の言い換え : A の任意の要素 a に対し a ≤ sup A が成り立ち、かつ、どんなに小 さな正数 ε に対しても sup A − ε < a を満たす A の要素 a が存在する。 (論理記号で書くと、 [ ] [ ] ∀a ∈ A [a ≤ sup A] ∧ ∀ε > 0 ∃a ∈ A [sup A − ε < a] となります。)実際に上限を求める場合、と言うか、ある数が与えられた集合の上限であることを 証明するときはこの言い換えを使うのがよい場合が多いと思います。 なお、定義からすぐわかると思いますが、 上に有界な集合 A について、sup A が A 要素であることと max A が存在することは 同値であり、そのとき sup A = max A である。 が成り立ちます。(証明してみてください。) 2.3 問題 5 の解答 (1) まず直観的に答を探してみましょう。 15 第 1 回解答 この A は集合の形で書いてありますが、an = n n+1 という数列は 1 2 3 4 5 , , , , ,... 2 3 4 5 6 という単調増加数列です。そして極限は 1 です。だから初項が最小値(=下限)で値は 12 、最大値 は存在せず上限は極限値である 1 です。 これで答がわかったので、あとは本当にそうであることを証明しましょう。ただし、最小値(= 下限)についてはさすがに省略します。 上限が 1 であることを示しましょう。 n 1 =1− <1 n+1 n+1 (1) なので 1 は上界です。一方、任意の正実数 ε に対し ε> 1 N +1 が成り立つほど大きい自然数 N が存在しますので、 1−ε<1− 1 ∈A N +1 となり 1 − ε より大きい A の要素が存在します。以上より 1 が上限であることがわかりました。 不等式 (1) からわかるように 1 は A の要素ではないので A は最大値を持ちません。 □ (2) B の定義はゴチャゴチャしていますが、要するに、 √ B = (0, 2 ] ∩ Q です。ただし Q は有理数全体の集合で、X ∩ Y は X と Y の共通部分です。だから、「min B は √ √ 2」はすぐわかります。あとは 2 ∈ B かどうか √ が問題として残ります。しかし、よくご存知のように 2 は無理数です。よって sup B は B に含 存在せず inf B = 0」であることと「sup B = まれず、従って max B は存在しません。 □ なお、この問題は数として有理数しか認めないなら上限が存在しない例になっています。 (3) まず直観的に当たりを付けてみましょう。 上に有界でないことはすぐにわかりますので、最大値も上限もありません。一方、小さい要素の 1 n の値が小さくなりま 1 すので、m は 1 に固定して n をどんどん大きくした極限が下限です。もちろん lim = 0 です n→∞ n ので、inf C = 1 です。また、1 は C の要素ではないので min C は存在しません。 方は、m が小さければ小さいほど、また n が大きければ大きいほど m + 以上をちゃんとした証明にしましょう。 まず、C が上に有界でないことを示します。大きな実数 R が任意に与えられても、R 以上の自 然数 M が存在しますので、 1 ∈C n が成り立ちます。つまり C は上界を持ちません。すなわち C は上に有界ではありませ。よって、 R≤M <M+ max C も sup C も存在しません。 16 第 1 回解答 次に inf C = 1 を証明しましょう。14 ページの「上限の定義の言い換え」で不等号の向きと ± をすべて逆にすると「下限の定義の言い換え」になりますので、それを利用しましょう。まず、任 意の自然数 m, n に対して 1 (2) n が成り立つので、1 は C の下界です。次に、小さな正実数 ε を任意に取ります。すると、ε に応 1<m+ じて ε > 1 N を満たす自然数 N が取れます。よって、 1+ε>1+ 1 ∈C N ですので、1 より少しでも大きな実数は C の下界ではありません。これで inf C = 1 が示せました。 また、不等式 (2) から 1 ̸∈ C ですので、min C は存在しません。 □ 2.4 問題 6 の解答 一般的に解く方法もありますが、この問題は「A の要素がすべて 0 以上」「A の要素がすべて 0 以下」「A の要素に正のものも負のものもある」の三つの場合に分けて考えると簡単ですので、ま ずその方法を紹介し、そのあと一般的に解く「スマート」な方法を紹介します。 A の要素がすべて 0 以上のとき A の任意の要素 a に対して |a| = a が成り立つので、A = B です。集合として同じなのだか ら、上限や下限も一致します。つまり、sup B = sup A かつ inf B = inf A です。よって、特に sup B − inf B = sup A − inf A が成り立ちます。 A の要素がすべて 0 以下のとき A の任意の要素 a に対して |a| = −a が成り立つということです。このとき、 sup B = − inf A, inf B = − sup A が成り立つことを示しましょう。どちらでも同じですので、sup B = − inf A だけ示します。14 ペー ジの「上限の定義の言い換え」から、このことは B のすべての要素 b に対して b ≤ − inf A が成り立ち、しかも、任意の正実数 ε に対 して b > − inf A − ε の成り立つ B の要素 b が少なくとも一つ存在する ということと同値ですので、これを示しましょう。 B の要素はすべて A の要素 a によって −a と書けます。よって、条件の前半は、 A のすべての要素 a に対して −a ≤ − inf A が成り立つ となります。この不等式は a ≥ inf A と同じですが、inf A は A の下限なのでこの不等式はすべて の a に対して成立します。また、条件の後半は −a > − inf A − ε の成り立つ a が存在する 17 第 1 回解答 となりますが、この不等式は a < inf A + ε と同じであり、inf A が A の下限であることから、こ の不等式の成り立つ A の要素 a は必ず存在します。これで、sup B = − inf A がわかりました。 inf B = − sup A も同様に示せます。 これを使うと、 sup B − inf B = (− inf A) − (− sup A) = sup A − inf A となって、この場合にも示したい不等式の成り立つことがわかりました。 A の要素に正のものも負のものもある場合 最初に、この場合 sup B = max{sup A, − inf A} (3) の成り立つことを示しましょう。 まず、− inf A ≤ sup A のとき sup B = sup A であることを示しましょう。 B の要素は A の要素 a そのものか、または −a です。上限と下限の定義より、 inf A ≤ a ≤ sup A が成り立ちます。左側の不等式に −1 を掛け、仮定している − inf A ≤ sup A を使うと、 a ≤ sup A かつ − a ≤ − inf A ≤ sup A が成り立ちます。よって、a に対応する B の要素 |a| が a だとしても −a だとしても、sup A は それら以上の値です。つまり、sup A は B の上界となります。 次に、ε を任意の正実数としたとき sup A − ε より大きい B の要素があることを示しましょう。 sup A は A の上限なので、sup A − ε より大きい A の要素 a が存在します。今 A は正の要素を 持つと仮定しているので sup A > 0 ですから、a として正の実数を選べます。すると |a| = a なの で、a は B の要素であってしかも sup A − ε より大きい数です。これで示せました。 sup A < − inf A の場合を考えるために、 A′ = {−a | a ∈ A} で定義される集合 A′ を考えましょう。B は A′ の要素の絶対値の集合でもあります。また、 「A の 要素がすべて 0 以下の場合」でおこなった証明をそのまま適用して sup A′ = − inf A, inf A′ = − sup A が示せます。ということは、sup A < − inf A とは sup A′ > − inf A′ を意味し、しかも B は A′ の要素の絶対値の集合なので、A と A′ の役割を取り替えれば、前段落までに示した結果が使えま す。つまり、 sup B = sup A′ = − inf A となります。 これで式 (3) の成り立つことが示せました。 さて、B は A の要素の絶対値の集合ですから負の要素がなく、0 は B の下界です。よって inf B ≥ 0 です。ということは、 sup B − inf B ≤ sup B 18 第 1 回解答 が成り立ちます。上で示したように、sup B は sup A と − inf A の大きい方に一致しますが、sup A も − inf A も正なので、 sup B = max{sup A, − inf A} < sup A + (− inf A) = sup A − inf A が成り立ちます。この二つの不等式を合わせると、 sup B − inf B < sup A − inf A となります。これで示せました。 □ 次に A の要素の正負を使わない別解を紹介します。 別解 a と a′ を A の二つの任意の要素とします。すると、 inf A ≤ a′ ≤ sup A inf A ≤ a ≤ sup A, が成り立ちます。右の不等式だけ −1 倍すると、 inf A ≤ a ≤ sup A, − sup A ≤ −a′ ≤ − inf A となります。この二つを辺々足すと、 inf A − sup A ≤ a − a′ ≤ sup A − inf A が得られます。左側の不等式だけ −1 倍すると、 a′ − a ≤ sup A − inf A, a − a′ ≤ sup A − inf A となります。つまり、 |a − a′ | ≤ sup A − inf A (4) が A の任意の二つの要素 a, a′ に対して成り立つことがわかりました。 一方、三角不等式を使うと、 |a| = |(a − a′ ) + a′ | ≤ |a − a′ | + |a′ | となるので、|a′ | を移項して |a| − |a′ | ≤ |a − a′ | (5) が得られます。 二つの不等式 (4) と (5) を合わせて、A の任意の二つの要素 a, a′ に対して |a| − |a′ | ≤ sup A − inf A の成り立つことがわかりました。 ここで、a′ を一つ選んで固定し、a だけを動かすことを考えます。|a| とは B の要素のことなの で、B の任意の要素 b に対して b ≤ sup A − inf A + |a′ | 19 第 1 回解答 が成り立つ、つまり、sup A − inf A + |a′ | は B の上界であることがわかりました。よって、 sup B ≤ sup A − inf A + |a′ | が成り立ちます。 今度は a′ を動かしましょう。|a′ | も B の要素すべてを動くので、この不等式は B の任意の要 素 b に対して sup B − sup A + inf A ≤ b が成り立つということ、つまり sup B −sup A+inf A が B の下界であることを意味します。よって、 sup B − sup A + inf A ≤ inf B が成り立ちます。 移項して整理すると、 sup B − inf B ≤ sup A − inf A となります。これが示したい不等式でした。 □ 実数 3 3.1 実数の連続性 数列の収束の定義の問題点(使いにくいところ)は、定義自体に極限の値が入ってしまっている ことです。具体的に数列が与えられてもその数列の極限の見当を付けられるとは限りませんし、ま してや一般論を展開することなどとてもできません。しかし、数列のグラフ(5 ページの図 2)を 思い出してみると、縦軸のどこかに点が集まっているような数列はその縦軸上の点に対応する数 に収束しているはずです。つまり、「直線のどの点にも数が対応している」という直観が正しけれ ば、「収束しそうな数列は本当に収束する」ことになるでしょう。 ということは、図形としての直線の満たす性質を「数直線」が満たしていれば嬉しいということ になります。 「数」として有理数だけに限ったのでは力不足で、ちょうど「数直線=直線」となって くれる「数」として実数を舞台に選ぶのだということは第 2.1 節の直前で説明しました。そして、 実数のなす数直線が図形的な直線にふさわしいということを、図形的な言葉を使わずに表すのが、 次の実数の連続性だということまでは紹介しました。 実数の連続性 実数の空集合でない部分集合は、上に有界ならば必ず上限を持つ。 もちろん、これは 実数の空集合でない部分集合は、下に有界ならば必ず下限を持つ。 と同値です。すべての要素の符号を逆にした集合を考えればよいだけです。なお、実数の連続性は 関数の連続性とは全く関係ない概念です。混同しないように気を付けてください。 さて、実数の連続性が「平行でない二直線は一点で交わる」という図形的な状況に馴染みやすい ことは第 2.1 節の直前に説明しましたが、数列に適用するには、 「上限」という概念を(直接には) 使わない形に言い換えておいた方が便利です。次にそれを説明し、それを使って問題 7 と問題 8 の 解答を書きます。 20 第 1 回解答 3.2 数列と実数の連続性 集合が上に有界であることを数列にそのまま適用して、上に有界な数列という概念を作ることが できます。 定義 8. 数列 {an }∞ n=1 が上に有界であるとは、集合 {an | n = 1, 2, 3, . . .} が集合として上に 有界であること、つまり、n によらない実数 M で、任意の n に対して an < M が成り立つ ものが存在することを言う。 もちろん、下に有界も同様に定義します。また、上にも下にも有界なとき「その数列は有界であ る」と言います。集合の場合と全く同じですね。 さて、数列 {an }∞ n=1 が上に有界なら、実数の連続性から集合 {an | n ∈ N} は上限 s を持ちま す。しかし、s が {an | n ∈ N} の最大値の場合、例えば a1 = s となっているような場合、a2 か ら先は a1 を超えない範囲でどうなっているか全く分かりませんので、数列 {an }∞ n=1 が収束する かどうかとか収束したとしてもその極限値がどういう値かということと s を結びつけることはほ とんど不可能です。やはり、数列 {an }∞ n=1 の収束や極限値と s が直接結びつきそうな数列として すぐ思いつくのは、n が増えるにつれて an も s に向かってだんだんと大きくなっていくような状 況でしょう。そのような状況をスッキリと述べるために、言葉を一つ用意します 3 。 定義 9. 任意の n に対して an ≤ an+1 が成り立つとき、{an }∞ n=1 は単調増加であると言い、 任意の n に対して an ≥ an+1 が成り立つとき単調減少であると言う。 以上のように言葉を準備した上で、実数の連続性は数列の言葉で次のように言い換えることがで きます。(講義の定理 1.3 です。) 実数の連続性(数列バージョン) 上に有界な単調増加数列は収束する。 このような数列の極限はもちろん supn an (= sup{an | n ∈ N}) です。また、下に有界な単調減少 数列は inf n an (= inf{an | n ∈ N}) に収束します。 証明. 「実数の連続性」から「実数の連続性(数列バージョン)」を導きましょう 4 。 supn an を s と書くことにします。証明したいことは、どのような正実数 ε に対しても N より 大きいすべての n について |an − s| < ε となるような自然数 N が存在するということです。 正実数 ε が一つ与えられたとします。すると、s は {an | n ∈ N} の上限ですので、 s − ε < aN を満たす N が少なくとも一つ存在します。ところが今 {an }∞ n=1 は単調増加なので、N 以上のす べての n について s − ε < aN ≤ an が成り立ちます。移項すると、 s − an < ε 3 既に (1.5) ページと (2.3) ページで使ってしまいましたが・ ・ ・ 4 逆向き、つまり「実数の連続性(数列バージョン) 」から「実数の連続性」を導くこともできます。 「実数の連続性」と 「実数の連続性(数列バージョン)」は同値なのです。しかし、逆を使うことはまずありませんので、証明は省略します。 21 第 1 回解答 となります。今、s は {an | n ∈ N} の上限なので、任意の an に対して an ≤ s が成り立ちます。 よって s − an ≥ 0 ですから s − an = |s − an | = |an − s| です。以上より、N より大きいすべての n について |an − s| < ε が成り立つことがわかりました。 □ 普段何気なく使っている無限小数、例えば 3.1415926535897932384626433832795028841971693 · · · というものが本当に実数を表しているということは、今証明した「実数の連続性(数列バージョ ン)」によって保証されます。なぜなら、上に例として書いた無限小数は、 3 3.1 3.14 3.141 3.1415 3.14159 ... という数列の極限値を意味するのであり、この数列が単調増加で上に有界(例えば、すべての項が 4 以下)なので必ず収束するからです。このように、「実数の連続性」というなんだか取っつきに くい概念も、実は普段そうとは知らずに使っているとても身近な考え方なのです。 3.3 実数列の収束を示す例 問題 7 も問題 8 も「実数の連続性(数列バージョン)」を使って収束することを示し、それとは 別に、数列を定義する漸化式を利用して極限値を計算するという考え方の例になっています。 重要なことは、 極限値がわからないのに収束することが示せてしまう ということです。そもそも、数列の収束の定義には極限値があらわに使われています。にもかかわ らず極限値なしで収束することが示せてしまうのは、実数の連続性のおかげなのです。だから、例 えば有理数だけを数だと思ってしまった場合、これからするような議論は出来ないわけです。 3.3.1 問題 7 の解答 解答. まず、{an }∞ n=1 は上に有界であることを示しましょう。漸化式は an+1 = − 1 2 ( an − 3 2 )2 + 9 8 と変形できます。よって、 0 < an < 1 なら an+1 も同じ不等式 0 < an+1 < 1 を満たします。a1 はこの条件を満たすことが仮定でしたので、すべての an がこの不等式を満たすことになります。 よって、特に数列 {an }∞ n=1 は有界です。 次に {an }∞ n=1 が単調増加であることを示しましょう。 an+1 − an = an (1 − an ) an (3 − an ) − an = 2 2 なので、0 ≤ an ≤ 1 ならば an+1 − an ≥ 0 となり、an+1 ≥ an が成り立ちます。すべての an が 0 < an < 1 を満たすことを上で示してありますので、{an }∞ (図 7。) n=1 は単調増加です。 22 第 1 回解答 y O x 1 a1 a2 a3 a4 a5 図 7: 問題 7 の数列の様子。 以上 {an }∞ n=1 は上に有界な単調増加数列なので、実数の連続性により収束します。 lim an = a とおくと lim an+1 = a であり、また収束する数列の和や積はそれぞれの極限値の n→∞ 和や積に収束するので、 n→∞ ( a = lim an+1 = lim n→∞ n→∞ an (3 − an ) 2 ) = 3 1 a − a2 2 2 すなわち a2 − a = 0 が得られます。これを満たす a の値は 0 と 1 です。すべての an が 0 < an < 1 を満たすことと {an }∞ n=1 が単調増加であることから 0 < a ≤ 1 でなければなりません。よって a = 1 です。 □ この問題は実数の連続性(数列バージョン)の応用例です。繰り返しますが、「収束すること」 と「極限値」は別に議論しなければなりません。{an }∞ n=1 の収束を示す前に漸化式の両辺の極限 を取って、 {an }∞ n=1 は収束するとすれば極限値は 0 か 1 である。 とするのは正しいですが、たとえ極限値は 1 だと正しく予想できたとしても、実数の連続性を使わ ずに直接 |an − 1| がいくらでも小さくなりうることを {an }∞ n=1 の定義式から示すのは結構面倒な のではないかと思います。(興味のある人は是非考えてみてください。) また、漸化式の両辺の極限を取って「a = 0 または 1」が得られるからといって、初項がどのよ うな値でも {an }∞ n=1 は必ず 0 か 1 に収束する、と考えるのは間違いです。実際、例えば a1 = −1 としてみると、 a2 = −2 a3 = −5 a4 = −20 a5 = −230 ... というように負の無限大に発散してしまいます。「収束することを証明する」というステップは省 くことが出来ないわけです。 次の問題 8 も問題 7 と同じ考え方で解きます。 3.3.2 問題 8 の解答 解答. 相加相乗平均の関係から、0 < an < bn ならば √ an + bn < bn 0 < an < an bn < 2 23 第 1 回解答 が成り立ちます。an+1 = √ an + bn an bn , bn+1 = ですので、 2 0 < an < an+1 < bn+1 < bn が成り立つことになります。初項について 0 < a1 < b1 と仮定していましたので、帰納的にこの不 ∞ 等式はすべての n で成り立ちます。よって、数列 {an }∞ n=1 は単調増加、数列 {bn }n=1 は単調減 少です。さらに、任意の n について an < b1 と a1 < bn が成り立つので、{an }∞ n=1 は上に有界、 {bn }∞ n=1 は下に有界でもあります。以上により、実数の連続性からどちらも収束することが分かり ました。 収束先をそれぞれ a, b とすると、 an + bn a+b = n→∞ 2 2 b = lim bn = lim bn+1 = lim n→∞ n→∞ となりなますので、a = b です。 □ 上極限・下極限 4 「実数の連続性(数列バージョン)」は数列に有界性と単調性を要求していました。単調性とい うのはいかにも厳しい条件のような気がしますが、有界性の方はそうでもない感じがするのでは ないでしょうか。実際、有界だが単調増加でも単調減少でもない数列にはしょっちゅう出会いま す。しかし、数列は有界だからといって収束するわけではないことは皆さんよくご存じの通りで す。an = (−1)n などという簡単な例がすぐに作れてしまいます。 とは言え、本来の「実数の連続性」の方は集合に有界性しか要求していません。(数列ではない ので単調性なんて考えられませんから当然ですが。)ということは、数列についても有界性だけか ら何か実数列独特の性質を導き出すことが出来るのではないでしょうか? それが、上極限と下極限 の存在です。 4.1 有界な数列の状況 収束しない有界数列の一般的な状況をグラフでイメージすると、図 8 のようになるでしょう。 収束していないのですから、縦軸の一点に向かって集まってくる感じにはなりませんが、有界なの で上の方や下の方に逃げて行くわけにもいかず、やはり集まってきている場所というのが出来てし まいそうです。その場所というのが図 8 のように幅を持つのか、それともぽつぽつとしか存在しな いのかはわかりませんが、いずれにせよ、この図の a ¯ のように ここまでは集まってきているけど、これより上の場所には集まってきていない という数と、a のように ここまでは集まってきているけれど、これより下の場所には集まってきていない という数があるでしょう。合格発表のときに、開門するとわーっと受験生がキャンパスになだれ込 みますが、合格発表の掲示板のところにしか人は集まらないわけです。そのとき、文 I の一番小さ い番号の載っている掲示板が a ¯、理 III の一番大きい番号の載っている掲示板が a という感じで す。あるいは、駅のホームに人が大勢待っているのに、入ってきた電車が短くてホームの端の方に 24 第 1 回解答 a ¯ a 図 8: 有界だが収束しない実数列のグラフ。 いた人もあわてて電車に駆け寄ってくる、そのとき一番前の車輌の一番前の扉が a ¯、一番後の車輌 の一番後の扉が a といった感じのイメージです。 さて、実数の連続性は「集まってきているように見えるところにはちゃんと数がある」というこ とを保証してくれるような性質なので、この図の a ¯ や a に当たる実数がちゃんとあるはずです。 それらを上極限・下極限として定義したいのです。 4.2 上極限・下極限の定義 数列の収束の定義は |an − a| < ε、すなわち a − ε < an < a + ε というように上下から挟んでい ますが、先ほどの図 8 でもわかるように、例えば a ¯ については an < a ¯ + ε は大きな n に対して 成り立つだろうけれども、a ¯ − ε < an は全然成り立たないでしょう。なぜなら a ¯ よりずっと小さ い値を持つ an がいくらでもあるからです。そこで、数列の定義から安直に片方の不等式を外して ∀ε ∃N ∀n [n > N ⇒ an < a ¯ + ε] (6) をが成り立つ a ¯ を上極限の定義としたらどうでしょうか? と思ったら、これは全然ダメです。なぜなら、a ¯ の値に対する大きい方からの制限が何もないの で、ある値がこの条件を満たしたらそれ以上の値はすべてこれを満たしてしまうからです。例え ば、a ¯ = 10 で条件 (6) が満たされるなら、a ¯ = 11 でも 12 でも 100 でも全部条件 (6) が満たされて しまうからです。 前にもこれに似た状況があったのを憶えていますか? そう、上界と上限の関係にそっくりです。 だから、条件 (6) を満たすものの最小値を上極限の定義とすればよさそうです。とは言え、折角 ε-N 論法なるもので数列の収束について議論してきているのですから、ここでも最小値という言 葉を使わずに上のような ε-N 論法式の言い方で定義したいものです。 「条件 (6) を満たすものの最小値」とは、 その数自身は条件 (6) を満たすが、それよりちょっとでも小さい数は条件 (6) を満たさ ない 25 第 1 回解答 と言い換えることができます。これなら ε-N 論法に当てはまりそうです。以上を踏まえて上極限 を次のように定義します 5 。 定義 10. 実数 a ¯ が数列 {an }∞ n=1 の上極限であるとは、次の 2 条件の成り立つことである。 どのような正実数 ε が与えられてもそれに応じて N を上手く選べば、N より大 きいすべての n について an < a ¯ + ε が成り立つ。 および、 どのような正実数 ε とどんなに大きな自然数 N に対しても、N より大きい自然 数 n で an > a ¯ − ε を満たすものが存在する。 数列 {an }∞ n=1 の上極限のことを記号で lim sup an n→∞ と書きます。また、上極限の定義の二つの条件を論理式で書くと、 ∀ε ∃N ∀n [n > N ⇒ an < a + ε] および ∀ε ∀N ∃n [n > N ∧ an > a − ε] となります。 見慣れない「∀ε ∀N ∃n」が出てきてびっくりしたかも知れません。二番目の条件は、要するに a ¯ より小さいが a ¯ にいくらでも近い an が限りなく存在する と言っているわけです。なぜなら、例えば an1 > a ¯ − ε だったとしたら、N としてこの n1 を取る ことにより、n1 より大きい n2 で an2 > a ¯ − ε を満たすものが存在することになるので、これを 繰り返せば ank > a ¯ − ε を満たす無限数列 an1 , an2 , an3 , . . . ができてしまうわけですから。だか ら、「有限個」とか「無限個」とかの言葉を使ってしまえば、一番目の条件は 任意の正実数 ε に対し an ≥ a ¯ + ε を満たす an は(あったとしても)有限個しかない 6 。 二番目の条件は 任意の正実数 ε に対し an > a ¯ − ε を満たす an は無限個ある。 と言い表すこともできます。 なお、以上の条件で不等号の向きをすべて逆にし ε の前の符号をすべて取り替えたものが下極 限の定義です。つまり、 任意の正実数 ε に対し an ≤ a − ε を満たす an は(あったとしても)有限個しかない。 および、 5 下の定義の二番目の条件が上の「最小値」の言い換えになっていることの説明は(面倒なので)省きました。是非自分 で考えてみてください。 6 不等号が > ではなく ≥ となっているのは a < a ¯ + ε の否定だからです。しかし、ε は任意なのですから ≥ を > n で取り替えても同値です。あまり神経質になる必要はありません。 26 第 1 回解答 任意の正実数 ε に対し an < a + ε を満たす an は無限個ある。 を満たす実数 a のことを数列 {an }∞ n=1 の下極限と言い、記号で lim inf an n→∞ と書きます。 注意. 上極限(下極限)は名前に「極限」と入っているものの、何らかの数列の極限として定義さ れたのではないことに気をつけてください。上極限(下極限)を数列の極限として解釈するために ∞ は、数列 {an }∞ n=1 そのものではなく、問題 12 のように上限(下限)を使って {an }n=1 から新し い数列を作る必要があります。なぜ、問題 12 の方を上極限の定義にしないのかというと、本来の 定義は例えば数として有理数しか認めないとしても意味を持つのに、問題 12 は上限が必ず存在し なければ意味を持たず実数でないと使えない述べ方になってしまっているからです。 なお、実数においては {an }∞ n=1 の部分列で上極限や下極限に収束するものが存在します。これ は重要な事実であり、ボルツァーノ・ワイエルシュトラスの定理という名前までついています。こ れについては次回扱います。★ ∞ ここまでは、数列 {an }∞ n=1 が有界であることしか仮定していませんでしたが、{an }n=1 が収束 するとしたら、極限・上極限・下極限の間にはどのような関係があるのでしょうか。それはもちろ ん次です。 定理 1. 数列 {an }∞ n=1 が収束するならば、 lim an = lim sup an = lim inf an n→∞ n→∞ n→∞ が成り立つ。 なお、定理 1 の逆の「上極限と下極限が一致しているなら数列はその値に収束する」ということ も成り立ちます 7 。しかし、話の都合上、逆は第??節で扱います。 証明. 上極限でも下極限でも同じですので、{an }∞ n=1 が a に収束すると仮定して上極限も a であ ることを示しましょう。 lim an = a ということを論理式で書くと、 n→∞ ∀ε ∃N ∀n [n > N ⇒ |an − a| < ε] が成り立つということです。 |an − a| < ε ⇐⇒ a − ε < an < a + ε ですので、特に ∀ε ∃N ∀n [n > N ⇒ an < a + ε] が成り立ちます。これで、a が上極限の定義の一番目の条件を満たすことが分かりました。 一方、a は ∀ε ∃N ∀n [n > N ⇒ an > a − ε] 7 講義の命題 1.5 です。もう示されたかもしれませんし、次回かもしれません。 27 第 1 回解答 も満たします。そこで、自然数 M が任意に与えられてしまったとき、n として N と M の両方 より大きい自然数を取れば、 [n > M ] ∧ [an > a − ε] が成り立ちます。これは上極限の定義の二番目の条件です。 (こう書くとなんだか大変なことのよう ですが、二番目の条件は「an > a − ε を満たす n が無限個存在する」というもので、一方 {an }∞ n=1 が a に収束するなら「有限個を除いて an > a − ε を満たす」わけですから、二番目の条件が満た されることは説明の必要もないほど当たり前なことです。) これで a が {an }∞ n=1 の上極限であることが示せました。 □ 4.3 実例:問題 9、10、11 まずは、実数の連続性とは直接関係のない、上極限・下極限の定義だけを使う実例に取り組んで みましょう。 4.3.1 問題 9 の解答 問題では上極限しか要求していませんが、ほとんど同じですので下極限のことも一緒に考えてみ ます。まず状況を把握して上極限の値と下極限の値を予想しましょう。 n = 1, 2, 3, 4, 5, 6, . . . のとき、sin 2n 3 π は √ 3 2 というように √ 3 2 , − √ 3 − 2 0 √ 3 2 √ − 3 2 0 ... √ 0 の三つをこの順に繰り返します。よって、数列 {bn }∞ n=1 は √ 3 an n を 3 で割ったあまりが 1 2 √ 3 bn = − an n を 3 で割ったあまりが 2 2 0 n が 3 で割り切れる 3 2 , となります(図 9)。 lim b3k+1 = k→∞ √ 3 a 2 lim b3k+2 = − k→∞ √ 3 a 2 lim b3k = 0 k→∞ となっているわけですから、 lim an = a が正のとき、 n→∞ lim sup bn = n→∞ √ 3 a 2 lim inf bn = − n→∞ √ 3 a 2 であるとわかります。 以上で、上極限(と下極限)の値が予想できたので、これを定義に従って証明すればよいという ことになります。 28 第 1 回解答 a1 a3 b1 a4 a b4 √ 3 a 2 a2 b3 b2 √ 3 a − 2 図 9: 問題 9 の数列のグラフ。 解答. √ 3 lim sup bn = a 2 n→∞ であることを証明しましょう。 はじめに、上極限の定義の一番目の条件、 どのような正実数 ε に対しても、N より大きいすべての n について √ 3 bn < a+ε 2 の成り立つような N が存在する ということを示しましょう。正実数 ε が任意に与えられたとします。{an }∞ n=1 は a に収束してい るので、この ε に対して n > N =⇒ |an − a| < ε の成り立つ N が存在します。絶対値記号をはずすと、これは n > N =⇒ a − ε < an < a + ε と書き直せます。0 < √ 3 2 ε √ 3 2 < 1 なので、これを不等式に掛けても不等号の向きは変わらない上、 < ε ですから、n > N のとき √ √ √ √ √ √ √ 3 3 3 3 3 3 3 a−ε< a− ε< an < a+ ε< a+ε 2 2 2 2 2 2 2 が成り立ちます。 n が 3 で割って 1 あまるとき、bn = √ 3 2 an でしたので、この不等式の左側の部分から、 n > N で、しかも n を 3 で割ったあまりが 1 のとき √ 3 bn > a−ε 2 が成り立つ 29 第 1 回解答 ということがわかります。3 で割って 1 あまる自然数は 3 つおきに存在しているので、N がどの ような自然数であろうと、3 で割って 1 あまる N より大きい自然数は無限に存在します。これで、 上極限の定義の二つの条件のうちの二番目のものが成り立つことがわかりました。 一方、− √ 3 2 √ <0< 3 2 ですので、an > 0 なら √ √ 3 3 − an < 0 < an 2 2 が成り立ちます。よって、上の不等式の右側から、n > N でしかも an > 0 ならば √ √ √ 3 3 3 − an < 0 < an < a+ε 2 2 2 (7) の成り立つことがわかります。今 a > 0 なので、ε′ を a より小さな正実数とすると、 n > N ′ =⇒ 0 < a − ε < an < a + ε の成り立つ N ′ が存在し、特に an は正です。よって、先ほどの N とこの N ′ のうち大きい方を改 めて N とすれば、n > N を満たすすべての n について不等式 (7) が成り立つことになります。bn は− √ 3 2 an , √ 0, 3 2 an のどれかなのですから、この不等式は、n > N を満たすすべての n について √ 3 bn < a+ε 2 の成り立つことを意味します。これで、上極限の定義のもう一つの条件も成り立つことがわかりま した。 上極限の定義のふたつの条件を示せたので、 lim sup bn = n→∞ √ 3 a 2 であることが証明できました。 □ 4.3.2 問題 10 の解答 問題 10 は問題 9 よりむしろ簡単です。雑に書いておきますので、問題 9 の解答を参考にして細 部を補ってみてください。 (ただし、(2) は定理 1 を直接適用するだけなので、これ以上詳しく説明 する必要はありません。) 解答. (1) この数列は 1 2 1 3 4 1 5 6 ... 1 2m − 1 2m ... という数列です。よって、上に有界でないので上極限は存在しません。一方、すべての n に対し て an > 0 が成り立っており、また、どのような正実数 ε に対しても n > れば an = 1 n < 0 + ε が成り立つので、下極限は 0 です。 □ (2) この数列は 0 に収束します。実際 −1 ≤ sin nπ ≤ 1 なので、 − 1 1 π 1 ≤ an = sin ≤ n n n n 1 ε を満たす奇数 n をと 30 第 1 回解答 が成り立っていますから、はさみうちの原理により lim an = 0 です。よって、定理 1 により、 n→∞ lim sup an = lim inf an = 0 n→∞ n→∞ です。 □ (3) これは問題 9 を簡単にしたような問題です。an は 1 √ 2 0 1 −√ 2 −1 1 −√ 2 0 1 √ 2 1 ... を繰り返すので、 lim sup an = 1 n→∞ lim inf an = −1 n→∞ です。 □ 4.3.3 問題 11 の解答 具体的な数列を扱わない抽象的な問題にも取り組んでおきましょう。 解答. (1) 誤りです。例えば、 an = −1 bn = (−1)n とすると an bn = (−1)n+1 なので、 lim sup(an bn ) = 1 n→∞ ですが、 lim an = −1 lim sup bn = 1 n→∞ なので、 ( n→∞ ) )( lim an lim sup bn = −1 n→∞ n→∞ となり一致しません。 □ (2) 正しいです。 証明しましょう。上極限が 0 なのですから、上極限の定義の一番目の条件 ∀ε ∃N ∀n [n > N ⇒ an < ε] が成り立っています。一方、an > 0 なのですから任意の正実数 ε に対して常に an > −ε が成り 立っています。この二つを合わせると、 ∀ε ∃N ∀n [n > N ⇒ |an | < ε] が得られます。これは {an }∞ n=1 が 0 に収束することの定義です。 □ 31 第 1 回解答 4.4 有界数列における上極限・下極限の存在 : 問題 12 問題 12 は 任意の有界実数列が上極限を持つ ということを保証してくれている点で重要です。 (当然、下極限も同様に存在します。)下の解答を 見てもらえればわかるように、この事実は「実数の連続性」を根拠とした実数ならではの性質です。 図 8 を左の方から徐々に消して行く(紙などで隠して行く)とわかるように、上極限というのは、 {an , an+1 , an+2 , . . .} の中の「最大値」の収束先 という感じのものです。ただし、最大値は存在するとは限らないのでそれを上限で置き換えた、そ れが問題 12 の lim sn の意味です。この感じが本当に正しいということを証明して下さいという 問題です。 n→∞ なお、これは次回の講義の定理 1.4 と同じ内容です。しかし、重要な上、証明がなかなか理解し にくいと思うので予習の意味も込めて演習問題として出題しておきました。 4.4.1 問題 12 の解答 解答. まず {sn }∞ n=1 が収束することを示しましょう。 sn = sup{ak | k ≥ n} sn+1 = sup{ak | k ≥ n + 1} であり、 {ak | k ≥ n + 1} ⊂ {ak | k ≥ n} と部分集合になっていますので、 sn ≥ sn+1 が成り立ちます。よって、数列 {sn }∞ n=1 は単調減少です。 一方、数列 {an }∞ n=1 は有界なのですから、特に下界を持ちます。つまり、実数 R で、任意の n について an > R の成り立つものが存在します。任意の n についてこれが成り立つのですから、R は集合 {ak | k ≥ n} の下界でもあります。よって、任意の n について sn > R が成り立つ、つま り数列 {sn }∞ n=1 は下に有界です。 これで {sn }∞ n=1 は下に有界な単調減少数列であることがわかったので、実数の連続性により {sn }∞ n=1 は収束します。 lim sn = s とおきましょう。 n→∞ ∞ 次に、この s が {an }∞ n=1 の上極限であることを示しましょう。s は数列 {sn }n=1 の極限なの で、任意の正実数 ε に対しても自然数 N で n > N =⇒ s − ε < sn < s + ε の成り立つものが存在します。sn は {ak | k ≥ n} の上限でしたので、左側の不等式から、 ak ≤ sn < s + ε (k ≥ n) の成り立つことがわかります。n は N より大きい任意の自然数でしたので、結局、N より大きい すべての自然数 n について an < s + ε 32 第 1 回解答 が成り立つことになります。これは s が {an }∞ n=1 の上極限であることの二つの条件のうちの一つ です。 一方、N より大きい n1 を一つ取ると、s − ε < sn1 であることと sn1 が {ak | k ≥ n1 } の上限 であることから、 s − ε < a m1 (m1 ≥ n1 ) の成り立つ自然数 m1 が存在します。この m1 より大きい自然数 n2 を一つ取ると、n2 > N なの で s − ε < sn2 が成り立ちます。よって、全く同様に s − ε < a m2 (m2 ≥ n2 ) となる m2 が存在します。これを繰り返して、s − ε < ami の成り立つ自然数の無限列 m1 < m 2 < m 3 < · · · が出来上がります。このことは、特に s − ε < an の成り立つ an が限りなく存在することを示し ています。これは s が {an }∞ n=1 の上極限であることのもう一つの条件です。 以上で、s が {an }∞ n=1 の上極限であることが示せました。 □ 問題には書きませんでしたが、下極限でも同様の事実が成り立ちます。つまり、 rn = inf ak = inf{ak | k ≥ n} k≥n とすると、rn は(上に有界な単調増加数列になるので)収束して、 lim rn = lim inf an n→∞ n→∞ が成り立ちます。証明は、上の解答で不等号の向きや ε の前の符号を直すだけでできます。
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