熊本大学学術リポジトリ Kumamoto University Repository System

熊本大学学術リポジトリ
Kumamoto University Repository System
Title
ヒト好中球の分化に伴う核とクロマチン構造変化の分子
制御
Author(s)
河田, 仁
Citation
Issue date
2014-03-25
Type
Thesis or Dissertation
URL
http://hdl.handle.net/2298/31452
Right
別紙様式8
研 究 主 論 文 抄 録
論文題目
ヒト好中球の分化に伴う核とクロマチン構造変化の分子制御
熊本大学大学院自然科学研究科 複合新領域科学専攻複合新領域科学講座
( 主任指導 斉藤 寿仁
論文提出者
教授 )
河田 仁
主論文要旨
高等動物の細胞分化・増殖を保証する上で細胞核の構造と機能の制御が極めて重要な
役割を果たすと考えられている。ヒトの血液には骨髄幹細胞から分化した多くの細胞種が
存在するが、なかでも好中球への分化系譜においては、その過程で 1 つの球形から核が 3
~4 つに区画化される現象が観察される。この過程は“分葉化”と呼ばれ、分葉化した核内で
クロマチンは高度に凝縮している。近年、好中球が細菌やウイルスの感染刺激を受けると、
分葉核の凝縮クロマチンが一斉に伸長し、細胞外に放出される現象“Neutrophil Extracellular
Traps (NETs)”が報告された。NETs は DNA とヒストン、プロテアーゼを主成分とした繊維
状の複合体で、殺菌作用を有する。好中球の分化に伴う、分葉核から NETs 形成の過程は低
倍率の顕微鏡下でも観察できるものの、その過程で生じる核とクロマチンの構造リモデリ
ングの機序に関する分子レベルでの解析は十分されていない。好中球の分化と成熟に伴う
核の分葉化と NETs の形成は、単なる遺伝子発現様式の変換にとどまらない、よりダイナミ
ックな生理的なプロセスであると考えられる。特に NETs における DNA やヒストンの役割
は、本来の遺伝情報を維持、継承するものとは一線を画すもので、遺伝的な記号の意味を
失っている点で極めてユニークな複合体である。
本論文では、以上の知見を踏まえて好中球とヒト白血病細胞株 HL-60 細胞を用いて、核
の分葉化、NETs の形成に関する分子および細胞レベルでの研究を行った。
第 1 章では、好中球の分化と生理作用の概要、NETs と免疫応答、低温ストレスに対する
細胞応答についての現在までの研究の状況を記述した。
第 2 章では「低温ストレスによる好中球細胞外クロマチン構造の形成」と題して、ヒト
末梢血から分離・精製した好中球を用いて、低温ストレスを利用した NETs 誘導について
解析を行った結果が示されている。低温ストレスにより NETs に類似した細胞を誘導する
ことが可能だという結果が得られたものの、細胞外クロマチンファイバーによる細菌の捕
捉率、ヒストン H3 のシトルリン化、NAD(P)H オキシダーゼ由来による Reactive Oxigen
Species(ROS)の産生など異なる点も幾つか明らかになった。
第 3 章では「ヒト白血病細胞株 HL-60 の低温ストレスよる細胞外クロマチン構造の形成
機序の解析」と題して、NETs 研究において、未だ培養細胞を用いた実験系が確立されてい
ないことを踏まえ、
ヒト白血病細胞株である HL-60 細胞を用いた低温ストレスによる NETs
細胞の誘導系確立を試みた。その結果、HL-60 細胞に低温ストレスを加えることで通常の
NETs 細胞に細胞形態も機能も類似したものを誘導できることを明らかにした。
第 4 章では「HL-60 細胞の分化誘導による分葉核の形成と好中球分葉核との比較」と題
して、HL-60 細胞の All-Trans Retinoic Acid (ATRA)誘導系用いた分葉核と NETs
の連続的な分化誘導の解析を行った結果、ATRA で処理した HL-60 細胞を用いた低温ス
トレスによる NETs 誘導の実験系は決して効率の良いものではなかったが、今後、いくつ
かの点を改善すれば、好中球に見られた分葉核から NETs 形成の過程を培養細胞系でも効
率よく再現できる可能性はあると考えられた。
最後に、第 5 章では以下の 2 点に焦点を当てて、総合的に考察を加えた。
1 点目は好中球に低温ストレスとその後の再加温を加えることで NETs 細胞に非常に類
似した細胞形態および機能を誘導でき、この誘導メカニズムは通常の NETs 誘導のメカニ
ズムとは異なり、ミトコンドリア由来の ROS を起因としたものであることも新しい知見え
を得られたことから、現在まで考えられてきた経路とは異なる経路が存在することを示唆
し、今後の展望として低温ストレスに伴う凍傷などの疾患および NETs の新規メカニズム
解明の可能性について考察を行っている。
2 点目は現在の分子生物学や細胞生物学の分野では DNA/RNA とタンパク質の相互作
用やヒストン修飾をはじめとするエピジェネティクス解析が主流であるが、近い将来、
核とクロマチン 3 次元構造が大規模に変換する‘核構造の大規模リモデリング’に関す
る研究が主流になると予測されることから、本研究の好中球と HL-60 細胞を用いた分葉
核と NETs の誘導系の確立とそれらの形成機序の分子制御の研究について、未知の細胞シ
グナル伝達系の解析と新規シグナル制御因子探索の可能性について考察を行っている。