プレスリリース全文

プレスリリース
2016 年 8 月1日
報道関係者各位
慶應義塾大学医学部
生体内多機能物質ラクトフェリンによる新たな炎症制御メカニズムを解明
-ステロイドや免疫抑制薬に代わる副作用の少ない炎症性疾患治療薬の開発へ-
このたび慶應義塾大学医学部総合診療科の平橋淳一専任講師らの研究グループは、東京大学大
学院薬学系研究科の浦野泰照教授およびハーバード大学などとの共同研究※により、生体内物質ラ
クトフェリンによる炎症制御メカニズムの解明に成功しました。
「炎症」とは生体が内外から有害な刺激を受けた際に起こす反応であり、感染症、自己免疫疾
患、血栓症、動脈硬化などさまざまな疾患に深く関与しています。
「免疫」には先天的に備わる「自
然免疫」と後天的に得られる「獲得免疫」があり、炎症と免疫とは密に連携して生体を守ってい
ます。本研究グループは「炎症」と「自然免疫」との関係に着目し、生体内の多機能性蛋白(注
1)であるラクトフェリンが過剰な自然免疫反応を抑制し炎症を制御する可能性を示しました。
これまで炎症性疾患の治療には主としてステロイドや免疫抑制薬などの薬剤が用いられてきま
したが、その副作用による有害事象は大きな解決すべき課題となっています。今回の研究成果に
より安全性の高い炎症性疾患治療薬の開発へ向けて、新世代の治療薬開発への糸口を見出したと
いえます。
本研究成果は 2016 年 7 月 14 日「EBioMedicine」online に掲載されました。
※本研究は慶應義塾大学、東京大学、共立女子大学、ハーバード大学、NRL ファーマ(株)との
共同研究により行いました。
1.研究の背景
生体防御機構において、好中球は炎症の急性期に中心的な役割を果たす白血球細胞で全体の約
2 分の1から 3 分の 2 を占めます。2004 年、好中球細胞外トラップ Neutrophil Extracellular Traps (以
下、NETs)というこれまでの概念を塗り替える新しい現象が報告されました。NETs は好中球が
特定の刺激に反応して細胞外へ放出する核成分から成る網目状構造物であり、その強い殺菌作用
は感染防御機構として重要です。一方で NETs が過剰に産生されたり、うまく分解されないなど
の制御不全がおこると様々な炎症性疾患、自己免疫疾患、血栓性疾患につながることが相次いで
報告されました。これまでに報告された NETs が深く病態に関与するとされる疾患は、敗血症を
初めとする感染性疾患、全身性エリテマートデス(SLE)、抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血
管炎, 関節リウマチなどの自己免疫疾患、深部静脈血栓、動脈硬化症、輸血関連肺障害(TRALI)、
鎌状赤血球症など多岐に渡ります。また糖尿病患者の傷が治りにくい原因にも NETs が関与して
いることが分かっています。炎症性疾患の治療には主としてステロイドや免疫抑制薬などの薬剤
が用いられてきましたが、その副作用による有害事象は大きな解決すべき課題となっており、代
替できる治療法の開発が待ち望まれています。このような背景から、NETs の放出を適切に制御
することは、様々な炎症性疾患や病態に対する新たな治療戦略として注目されています。
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2.研究の概要と成果
本研究グループは、自己免疫性血管炎マウスモデル(注 2)の生存を延長する生体内物質を探
索する実験を行う過程で、生体内に存在する多機能性蛋白であるラクトフェリンがマウスの生存
を延長することを見出しました。ラクトフェリンは、母乳・涙・汗・唾液などの生体の外分泌液
中および好中球細胞質に含まれるタンパク質です。さらに研究グループは、ラクトフェリンがど
のように自己免疫疾患を制御するのか、そのメカニズムを探索するため、自己免疫疾患の主役で
ある白血球の機能の一つである NETs 産生への効果に注目しました。NETs とは白血球の一つであ
る好中球が特定の刺激を受けて放出する DNA やヒストンなどの核成分です。東京大学大学院薬学
系研究科の浦野泰照教授の研究室で開発された活性酸素に対する特異的蛍光プローブによる生細
胞リアルタイムイメージングシステム(注 3)を用いて好中球を生きたまま観察したところ、ラ
クトフェリンは核成分からなる NETs を放出する直前に凝集することがわかりました。また、ハ
ーバード大学との共同研究により、生体の血管内でもラクトフェリンが NETs 放出を抑制するこ
とを突き止めました。さらにその作用メカニズムとして、ラクトフェリンの持つ豊富なプラス電
荷が必須であることを証明しました。以上の研究成果により、ラクトフェリンが NETs に関連す
る様々な炎症性疾患に対する新たな治療薬となる可能性を世界に先駆けて論文発表しました。
3.研究の意義
感染症や自己免疫疾患には「炎症」が深く関わっていますが、これを適切に制御できないこと
により疾患の慢性化や臓器障害による致死的な転帰につながると考えられています。また、自己
免疫疾患の治療にはステロイドや免疫抑制剤などが主として用いられる結果、副作用による有害
事象(感染症、発癌、心血管病、血栓など)の出現が解決すべき課題となっています。本研究グ
ループは、これらの従来の炎症性疾患治療薬とは全く違う視点から、次世代の安全な抗炎症薬開
発への糸口を見つけました。ラクトフェリンは初乳 1kg に約 6-8g と豊富に含まれ、病原体に対
して無防備な乳児を守る免疫の要と考えられているタンパクです。すでにサプリメントとしても
市場に流通していますが、疾患治療薬として製剤化するには、生体に投与された薬剤が安定して
薬理活性をもつようにすることが課題の一つとされています。本研究チームはすでに、製剤化へ
向けて生体内で安定して作用するペプチドの作成に着手しています。
4.論文
タイトル: Lactoferrin Suppresses Neutrophil Extracellular Traps Release in Inflammation
(ラクトフェリンは炎症において好中球細胞外トラップの放出を抑制する。)
著者名 :平橋淳一、大久保光修、神谷真子、浦野泰照、西裕志、Jan Herter, Tanya Mayadas, 広浜
大五郎、鈴木和男、川上浩、田中基嗣、黒澤美穂、加賀谷伸治、菱川慶一、南学正臣、
藤田敏郎、林松彦
掲載誌 :EBioMedicine
EBioMedicine is a journal supported by CellPress and THE LANCET that accelerates useful research
by bridging the entire continuum between basic biomedical and clinical research.
5.特記事項
A. 本研究は、MEXT/JSPS 科研費 24591461、厚生労働省科学研究費補助金 難治性疾患克服研
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究事業 「難治性血管炎に関する調査研究」の研究助成により行いました。
B. 本研究内容はすでに、
「白血球の細胞外トラップ形成の阻害剤」として国際特許出願を行って
います。
6.用語解説
(注1)多機能性蛋白:単一の蛋白質が多彩な生理活性機能の調節に関わる場合、その蛋白を多
機能性蛋白と呼ぶ。ラクトフェリンは、抗菌活性、抗ウイルス活性、免疫賦活作用、代謝改善作
用など多彩な機能が報告されている多機能性蛋白である。多機能性蛋白による治療は、単一の分
子や蛋白を標的とする分子標的治療薬とは概念を異とする。
(注2)自己免疫性血管炎マウスモデル:自己免疫性血管炎は、免疫系が間違って自分の組織を
異物と認識し、これらを攻撃することによっておこる自己免疫疾患のひとつである。白血球をは
じめとする免疫系の細胞により傷つけられた血管は、破れたり(出血)詰まったり(血栓)して
血流が途絶え、その血管によって血液が供給されていた臓器は永久的な損傷を受けたり、壊死し
たりする。このヒトの自己免疫性血管炎の病態を再現する遺伝子改変マウスが過去に開発され、
血管炎の基礎研究に用いられている。
(注3)生細胞リアルタイムイメージングシステム:細胞の成分を蛍光プローブで標識して生き
たまま観察することができるシステムで、細胞機能とともに目的の分子や蛋白の発現を経時的に
画像化できるため、最近の細胞生物学において重要な研究ツールとなっている。
※ご取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。
※本リリースは文部科学記者会、科学記者会、厚生労働記者会、厚生日比谷クラブ、各社科
学部等に送信しております。
【本発表資料のお問い合わせ先】
【本リリースの発信元】
慶應義塾大学医学部 総合診療科(専門講師)
慶應義塾大学
平橋 淳一(ひらはし じゅんいち)
信濃町キャンパス総務課:谷口・吉岡
TEL:03-3353-1211
〒160-8582 東京都新宿区信濃町 35
E-mail: [email protected]
TEL 03-5363-3611 FAX 03-5363-3612
http://www.keio-generalmed.com/about#kekkan
E-mail::[email protected]
http://www.med.keio.ac.jp/
東京大学 大学院薬学系研究科
薬品代謝化学教室 教授
東京大学 大学院医学系研究科
生体物理医学専攻 医用生体工学講座
生体情報学分野 教授 (兼務)
浦野 泰照 (うらの やすてる)
TEL : 03-5841-4850(薬)/ 03-5841-3601(医)
Fax : 03-5841-4855(薬)/ 03-5841-3563(医)
E-mail: [email protected]
URL : http://www.f.u-tokyo.ac.jp/~taisha/
URL : http://cbmi.m.u-tokyo.ac.jp
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