日心第70回大会(2006)
若者における一人称への意味づけに関する検討(1)
―社会的アイデンティティ確立のための社会的カテゴリーの選択をめぐって―
○大和田智文・下斗米淳
(専修大学大学院文学研究科)
Ke y words: 一 人 称 詞 , 社 会 的 ア イ デ ン テ ィ テ ィ , 若 者
近年,わが国における若者の行動や対人関係のあり方に関す
る多様化や変化が報告されている(e.g.,海野,2002).そうで
あればいったい,現代の若者における行動や対人関係に特徴的
なものとは何であり,それらは若者にとってどのような意味を
もつものであると考えられるのだろうか.また,このような諸
行動はどのような社会的次元の下に発現し得るものであると
考えられようか.
このような疑問を明らかにする目的で,大和田(2005),大
和田・下斗米(2005),大和田・下斗米・山上(2005)は,若
者に特徴的とされる諸行動を若者自身がどのように捉えてい
るかについて明確化を行い,若者の社会的アイデンティティの
確立とこうした諸行動に対する若者自身の意味づけとの関連
性を見出すことを目的として一連の研究を行っている.これら
の研究より,若者における敬意表現を欠いた言葉の使用が若者
の自己存在そのものと関連していることが見いだされていた.
また,それに加えて,言語的敬意表現が自己を指し示す言語で
もある人称詞と密接かつ不可分な存在であるとの指摘(三輪,
2000)もなされていた.ここで,これらの議論相互に関連性を
見出そうとすると,自己を指し示す人称詞である一人称詞をど
のように用いるかという問題が,若者が自己の存在を定義し確
認していく上にいかに重要となり得るものであるか,というひ
とつの命題が示唆されることとなる.これに従えば,若者自身
が一人称詞をいかなる社会的次元においていかに用い,そこに
どのような意味づけを行っているかを明らかにすることが,現
代の若者における特徴的な諸行動やその背景にある若者特有
の心性を,若者の自己存在そのものとの関係性の中において探
る上に重要な意味をもつことになると考えることができる.
そこで本研究では,若者は,自己存在を定義していく上に必
要不可欠な社会的カテゴリーや集団(以下“集団”と記載)に
あって自分自身をどのような一人称詞を用いて説明するもの
であるのか,加えて,そこで用いられる一人称詞にはどのよう
な意味がこめられているのか,という点について検討を行う.
一連の検討を通して,若者の一人称詞への意味づけが社会的ア
イデンティティの確立のために一定の機能をもち得るもので
あるのか否かを明らかにし,冒頭にも触れたような若者の諸行
動全般における発現機制を考察する上での基礎資料を得るこ
ととする.
方
法
調査対象 東京都内の専門学校生計 91 名を対象に質問紙調査
を実施した.授業時間を利用し,質問紙を一斉に配布した.
質問紙構成 (1-1)日頃おもに用いる一人称について,使用頻
度順に 3 つまで記載を求めた.
(1-2)質問 1-1 で挙がった最頻
の一人称における大切さや愛着の程度,自己意識の現われなど
(ここでは,これらを一人称詞への意味づけと考える)につき,
独自に作成した質問項目を用いて質問をした.(2-1)学生生活
を送る中で必要不可欠と想定されるような集団を 9 個提示し,
最頻の一人称をこのうちのどの集団において主に用いている
かを尋ねた.
(2-2)質問 2-1 で回答のあった集団に対する同一
性の程度について尋ねた.その際,Karasawa(1991)によって
作成された集団同一視(以下“GI”と記載)尺度を用いた.そ
れに加えて,質問 2-1 で回答のあった集団に対する重要度につ
いて尋ねる項目をひとつ追加で設け,この追加項目を GI 得点
を得る上でのスクリーニング項目として用いた.
(3)質問 2-1
で用いた 9 個の集団を再提示し,それらにおける先輩,同輩,
同輩以下のそれぞれに対してどのような一人称を用いている
かを尋ねた.
(4)年齢,性別,居住地,出身地について尋ねた.
調査時期 2006 年 1 月下旬であった.
有効回答 調査対象者 91 名全員より回答を得たが,このうち
回答に欠損のあった 2 名を分析より除外したため,有効回答数
は 89 名
(男性 36 名,
女性 53 名)となった.
有効回答率は 97.8%
であった.有効回答者の平均年齢は 21.34 歳(SD =3.67)であ
った.ただし,2 名については年齢が不詳であった.
結果と考察
一人称詞への意味づけと集団同一視との関連性 以下におい
ては,GI 尺度によって得られた得点と,質問 1-2 で得られた一
人称詞への意味づけ得点との関連性についての検討結果を述
べることとする.
なお,各指標に関する結果は Table1 に示した.
一人称詞への意味づけ得点を指標とし,GI と性を要因とする
2 要因分散分析を行った.2×2 の各セルを,高 GI 男性 14 名,
高 GI 女性 25 名,低 GI 男性 18 名,低 GI 女性 20 名として,一
人称詞への意味づけ得点(第 1,第 2,第 4,第 5 項目の合計値)
を指標に 2 要因分散分析を行ったところ,GI の主効果のみ有意
.また,一人称詞への
傾向となった(F (3,73)=2.93,p <.10)
意味づけ得点の各項目を独立の指標とし同様に2 要因分散分析
を行ったところ,第 2 項目(愛着の程度に関する項目)におい
て GI の主効果が有意傾向を示した(F (3,73)=3.39,p <.10).
この結果は,一人称詞への意味づけにおいても特に愛着を感
じることが,ある集団におけるアイデンティティの確立のため
に一定の機能を果たしている可能性を示唆していよう.
Table 1. 集団同一視の程度および男女別における一人称への意味づけの相違(SD)
各指標\GI・性別
高 GI
低 GI
男性(n =14)
女性(n =25)
16.14(5.83)
15.00(4.40)
第 1 項目
4.00(1.69)
4.08(1.29)
第 2 項目
3.93(1.75)
4.16(1.51)
第 4 項目
4.50(1.64)
第 5 項目
3.71(1.83)
4 項目合計
男性(n =18)
女性(n =20)
12.78(4.52)
14.50(4.40)
3.39(1.34)
3.90(1.30)
2.94(1.58)
3.75(1.55)
3.48(1.39)
3.39(1.42)
3.50(1.47)
3.28(1.28)
3.06(1.27)
3.35(1.35)
+
+
+ p <.10
使用される一人称詞別による意味づけの相違 次に,個々の男
性および女性において最も頻繁に用いられる一人称詞によっ
て,一人称詞への意味づけが異なるか否か検討を試みた.
一人称詞への意味づけ得点(4 項目の合計値)を指標に一元
配置の分散分析を行ったところ,一人称詞別(男性:
“強いオ
レ”
,“弱いオレ”
,
“ジブン”など 4 種類;女性:
“ワタシ”
,“ア
タシ”
,
“ウチ”など 4 種類)による違いは示されなかった.そ
こで,さらに一人称詞への意味づけ得点の各項目を独立の指標
とし一元配置の分散分析を行ったところ,第 2 項目において有
意な差が認められた(F (7,69)=2.81,p <.05)
.多重比較の結
果,“強いオレ”および“弱いオレ”よりも“自分の名前等”
において一人称詞への愛着をより強く示していることが確認
された(ps <.05)
.詳細については当日報告する予定である.
なお,今後においては,個々における社会的アイデンティテ
ィの諸相と一人称詞の機能的意味について検討を行っていく.
(OWADA Tomofumi,SHIMOTOMAI Atsushi)