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Title
Inner Game of English Teaching : 日本語を土台にした英語子
音の発音指導
Author(s)
寺島, 隆吉
Citation
[岐阜大学教養部研究報告] vol.[29] p.[45]-[67]
Issue Date
1993
Rights
Version
岐阜大学教養部英語研究室 (Faculty of General Education,
Gifu University)
URL
http://repository.lib.gifu-u.ac.jp/handle/123456789/47656
※この資料の著作権は、各資料の著者・学協会・出版社等に帰属します。
岐阜大学教養部研究報告第29号 (1993)
45
l nner Gs
im e of E nglish Teaching
日本語 を土台に し た英語子音の発音指導寺
島
隆
吉
英語研究室
(1993年10月 4 日受理)
l nner Game of E 工
lglish T eaching
T eaching Pronunciation of E nglish Consonants through Japanese
T akayoshi T E RA SH I M A
目
次
1. は じ め に
2. 子音の種類 と 日英比較
3ノ 子音 [Sふθ;Z,3, 6] の発音指導
3. 1.
[Sふθ] の発音
3. 2. 子音 [Z,3, 6] の発音
4. [t,d] ; [tS,t∫
;dZ,d3] の発音指導
4. 1. [t,tS,tS
] の発音
4. 2. [d,d3, dZ] の発音
4。2 . 1.
「だ行」 の三つの音系列
4. 2. 2. [d3] と [3] の違いの意識化
4. 2. 3. , [dz] 音 と [z] 音の獲得
5. 破擦音 [Φ, f,Q,h] [f,v] の発音指導
5. 1. [Φ, f,Q,h] と 「は行」
5. 2. [f,v] [p,b] と 「ば行」 「ぱ行」
6. 鼻音 〔m,n,!〕, N] の発音指導
6. 1. [m,n,D, N] と 「ま行」 「な行」
6. 2. [D, g] と 「が行」
7. 流音 [1,r] と 「 ら行」 の発音指導
8. 半母音 [y,w] と 「や行」 「わ行」
9. お わ り に
十
寺
46
島
1 。 は
隆
じ
め
吉
に犬
英語の音声指導に あた っ て大切 なのは M acro→ Microの方向で あ り,
し たがっ て リ ズ
ムの指導が最優先 さ れ, 単音の指導は最後にな る こ と は, こ れ まで に何度 も指摘 し て きた。
すな わち寺 島1985で は 「文 におけ る リ ズム」 を, 寺 島1986で は 「句におけ る音の化学変化」
を, 寺島1987で は 「単語のCV C構造 と発音指導」, 寺 島1988で は 「 リ ズム よみの指導 と教
材」 を, また寺 島1989では 「単語発音 と分節法」 を, さ ら に寺 島1990で は 「母音の発音 と
合 わせ文字上 を論 じ た。
と こ ろ で, チ ャ ッ プ リ ン の有名 な映画 THE GREAT DICTATOR の最後で主人公の床
屋が行 う 有名 な ス ピュ チは高校の英語教科書や副読本で取 り上げ られて い るだけで な く ,
中津燎子の主催す る成人向け英語塾 「未来塾」 の音声訓練の教材 と し て も使 われて い る。
私 自身 も高校教 師 を し て いた時か ら読 み物教材 と し て, また音声教材 と し て こ のス ピー チ
を繰 り返 し使 っ て き た。 1
民間研究団体 で あ る新英語教育研究会 は特 に こ の教材 を積極的に取 り上 げて実践 し て い
るが 「こ のス ピーチ を読み取 らせ た う えで暗唱させ る」 と い う 実践ス タ イソレが主流で ある。
しか し 「暗唱」 ではな く 「 リズムよみ」 → 「表現 よみ」 と い う使 い方のほ う が, こ の教材
を真に生かす こ と にな る し, 生徒 ・ 学生 も生 き生 き し て く る。 と い う のはグループ に よ る
「 リ ズム よみ」 が授業 を活性化 させ, 同時に発音 を英語 ら し く す る土台を築 く こ とにな っ
て い るか ら で あ る。 「暗唱」指導だけで は, 生徒が声 を出す よ う にな っ た と し て も, 内容語
も機能語 も同 じ強さ の 日本人的発音 と な り, 従来の Micro→ Macro と い う 音声指導 と な
ん ら変わ らない もの と な る。 (寺島1989b)
さ て こ う し て 「 リ ズムよみ」 を土台に 「表現 よみ」 に迫 っ た と し て も, まだ単音の発音
に問題が残 る。 と い う のは, 学生は 「表現 よみ」 に意欲的に挑戦 し, 「ま るで会話の授業に
出た と同 じ感 じが し た」 とその緊張感 ・充実感 を レポー ト に記 し て い るが, sea を [S
i:] と
発音す る と い う よ う な 「子音発音におけ る初歩的誤 り」 が大学生にす ら見 られ るか ら で あ
る。 しか し こ のよ う な初歩的誤 り も 日本語の 「50音の構造」 が ど う な っ て い るか を説明 し,
英語の発音 と比較 させ る こ と に よ り, 子音の発音 を 自分 で矯正 で き る よ う にな る。
そ こ で, こ の小論 で は子音に し ぼっ て,
日本語の子音発音 を 自覚 さ せ る こ とが√ いかに
英語 の子音発音の指導 を容易 にす るか を論 じ る。 なお英語発音につ いて は Jones1977及び
K enyon and K nott 1953 を 参 照 し た 。
2 . 子音の種類 と 日英比較
日本語の子音 を 自覚化 させ, それ を英語の子音の発音指導に利用す る前に, 子音にはど
のよ う な種類があ り√ 日本語 と英語にはどのよ う な違いがあ るのか, その概観 を まず見て
お く 必要があ る。 今井 (1980:47) は 「 日英語の子音対照表」 と し て次のよ う な図をあげて
い る。 ただ し括弧 内は無声音に対応す る有声音で あ る。 また括弧 内の空欄 はそれに対応す
る有声音がな い こ と を示す。
破裂音
日
p (b) レ (d) k (g)
‥
lnner Game of E nglish T eaching 一
破擦音
S O SO
(V) θ (6) S (Z) S (3)
〔!〕]
(び ) ] h O
hO
N
!〕
W
W
y y
半母音
[Φ∩ ]
n n r r
音
日
47
tr (dr)
f
流
ts (dz) t∫(d3)
t∫(d3)
l
音
日
英
m m
鼻
p (b) t (d) k (g)
英 日 英 日 英 日 英
摩擦音
英
日本 語 を 土 台 に し た 英 語 子 音 の 発 音 指 導 -
これ を見 て, まず第 1 に気がつ く のは摩擦音 [s,S
, θ;z,3, 6] におけ る 日英の違いで あ る。
日本語に [ θ;6] の音がないこ とは納得 で きる と して も, [s,S
] に対応す る有声音 [z,3] が無
いのは一体 どう し てか。 日本語にはち ゃん と 「さ ・ し ・す ・せ ・そ」 に対応す る有声音 「ざ・
じ ・ず ・ぜ ・ ぞ」 があ るではないか, と い う疑問がわ く 。 そこ で最初に まず, こ の 「さ行」
「ざ行」 の発音が 日本語で は ど う な っ て い るか を調べ なければな ら ない こ と にな る。
しか し調べてみ る と実は 「ざ行」 の発音が 「だ行」 の発音 と分かち難 く 結びつ いて いる
こ とが分かる。 それは同時に丿では 『た行』 の発音が日本語ではどう なっているのだろ う
か」 と いう疑問を呼び起 こす。また上の表では [ts;dz] が 日本語だけにあっ て英語には無い
こ とになっ ているこ と も不思議である。 したがって第 2 に調べねばな らないのは, [t;d] [ts,
t∫
;dz,d3] の発音 と 日本語の 「た行J Fだ行」 の関係である。
上の表を見て第 3 に浮かぶ疑問は, 日本語には [Φ, Q,h] があるのに対 して, 英語では [f
(v) , h] と い う摩擦音にな っ てお り, しか も表で は [Φ, Q] に角括弧がつ け られて い るのは
何 を意味す るのか,
と い う 点で あ る。 当然, こ の違いは 「は行」 「ば行」 の発音構造 と深 く
関わっ て い るので はな いか と想像 さ れ る。 し たがっ て 「た行」 「だ行」 の次に問題にな るの
は, 「は (ば) 行」 で あ る。
以上 で 「破裂音」 「破擦音」 「摩擦音」 の 日英比較 で問題にな り そ う な点 をすべて あげた。
そこ で上の図表で第 4 に気にな るのは, 英語には 3種類の鼻音 [m,n,D] しか記さ れて いな
いのに, 日本語の鼻音では 〔m,n,!〕, N] の 4種類があ り, しか も 〔!〕] が括弧に入れられてい
る点で ある。 そこ で第 4 の課題は [N] の特殊性 と 〔!〕] の関係である。
しか し 日本語におけ る 〔!〕] の位置を調べ るためには, ど う して も 「か (が) 行」 と破裂
音 [k(g) ] に も う一度, 戻 ら ざるを得ない。 という のは, [D] は 「鼻音」 とい う点で [m,n,
N] と共通す る と こ ろがあるだけでな く , 「軟 口蓋音」 とい う点で, [k,g] と も共通す る と こ
ろがあ るか らであ る。 つ ま り第 5 の課題は 「が行」 と鼻音の関係 と い う こ とにな る。 2
さ て鼻音の次は 「流音」 [1,r] である。 この流音は他の音声学テキス トでは 「側音」 と呼
ばれて いる ものだが, 上の 「子音対照表」 では 日本語に [r] の流音 しか無いこ とにな って
いる。 しか しあ とで明らかになるよ う に, 日本語の「ら行」は英語の 田 と も共通する とこ
ろが少 な く ない。 し たがっ て こ の 「 ら行」 を どのよ う に英語音 [I,r] に結び付けた ら良いの
寺
48
島
任r
隆
口
か。 こ れが第 6 の課題 と い う こ と にな る。
最後は半母音の [y,w] と 日本語の 「や行」 「わ行」 の関係である。 日本語の 「や行」 には
「や ・ゆ ・ よ」 の 3 音 しか無い し, 「わ行」 には 「わ」 しか残 さ れて いない。 しか し現在は
消失 し て し まっ た 「や ・ イ ・ ゆ ・ イ エ ・ よ」 「わ ・ う ぃ ・ ウ ・ う え ・ を」 を きちん と発音で
き る よ う にな る と, 英語の世界に どの よ う な広が りが生 まれるか。 これを調べ るのがこの
小論の最後 の課題 と な る。
3 . 子音 [sふθ;z,3, 6] の発音指導
/
3. 1. [sふ θ
] の発音
既に述べ た よ う に, チ ャ ッ プ リ ンの演説 を 「 リ ズムよみ」 → 「表現 よみ」 させて い る ど
一番 よ く 目 (耳?) につ く のが, democracy [ デモ ク ラ シ ], possible [ ポシブル ], passing
レ ・々
ジン ク ], think [ ジン ク ] とする よ う な誤 りである。こ のよ う な誤 りがなぜ出て く るか
とい う と,
日本語の 「さ行」 の構造は下図のよ う に [sa-S
i-su¬se-so] となっ ていて, も と
も と [S
i] はあっ て も [si] や [θi] を持 たないか らである。3
一
SU
一
9
一
一
一
S
a
ツ沁
3
NR
81
一
幻 E
1
L
sa
U
つ ま り我々 日本人は無意識に [ さ しすせそ ] と言っ ているが, 音声構造からす る と実は上
の [S] 行 と [S
] 行 を組み合わせて使っ ているわけである。
司
L 口
E
さ
す
ー スイ
シャ ー
し
-
ン ユ
せ
ー
ン エ
ー そ
ン
-
ヨ
しか し 「さ行」 がこ のよ う に 「シャ」 行 ( いわゆる拗音) との組み合わせか ら成 っ て いる
こ と ([si] と [S
i] の発音の違い) を 自覚 させ, 単語にア クセン ト をつけ るこ とに注意 し さ
えすれば, democracy・possible・passing の発音は次の よ う に, はるかに英語音に近 く な
る。 なぜな ら possible [ ポス イ ブル ] も, 単語ア クセ ン トのある p6s- (s10 1e) を思い き り
強 く [ ポス イ ブル ] と発音 し さ えすれば, 他の母音は自動的に弱化 し, 自然な発音 (py sa
j )I] が簡単に得 られ るか ら であ る。
democracy[ デモ クラ シ ] → [ デモ ク ラ ス ィ ] [dimskrasi]
-
-
possible
[ ポじ
之:ブル ]
→ [ ポスィ ブル] [p51
sab1]
passing
レ 叱 ング ]
→ [ パ ス ィ ン グ ] [ pli ls圈
と こ ろで, こ のよ う に [si] と [S
i] の違いを意識化 させ る と, 「過剰訂正」 が起 こ る こ と
も あ る。 た と えば 「表現 よみ」 の時, democracy・possible・passing の発音が良か っ た学
生が, 逆に machine を しば しば [ マ ス イー ン ] と発音 し て教師を驚かせ る こ とがあ るか
ら で あ る。4
二
lnner Gam e of E nglish T eaching
日本語 を土台に し た英語子音の発音指導-
49
しか し いずれに して も, 日本語の50音のなかに [s] [S
] が存在す るので, それを意識化す
るのに成功 さ えすれば, こ れ らの発音指導はそれほ ど難 し い こ と で はな い。ただ し think の
場合は, [ ジン ク ] よ り も [ スイ ン グ] のほう が, 〔θi!〕k] に近い と して も, [θ] は日本語に
無いので, [s] と [θ] の違いを, 発声器官を図示 し なが ら説明す る必要があろ う。
とはいえ, [θ,6] に して も, 藤井 (1986:163) が 「英語の θ, 6 は, 調音法それ自体は単
純な もので, 舌先 を歯裏に押 し 当て て, サ行 ・ ザ行 を言えば得 られ るので あ る」 と述べて
いる よ う に, その指導は思っ たほど難 し い ものではない。
3。2/ 子音 [Z,3, 6] の発音
[Sふθ] に対応す る有声子音 [Z,3, 6] の中で も [6] は, 上でみた よ う に 「調音法それ 自体
は単純な もので」, その指導 も思っ たほ ど難 し い ものではない。また無声子音 [S] [S
] に対応
す る有声子音 [Z] [3] の指導は, 「さ行」 を有声化 して得 られる 「ざ行」 の発音を意識化さ
せ る こ と に よ り容易に な る。
とはいえ 日本語の 「 ざ行」 は 「さ行」 と違い, 「ざ行」 の音が [ ざい り ょ う ] のよ う に 「語
頭に現れるか」, または [ き よ う ざい ] のよ う に 「語中に現れるか」 に よっ て音声が違 って
く るため, 次の よ う なやや複雑 な組み合 わせ と な り, 「ざ行」の指導は見かけほ どは易 し く
な い こ と も事実 で あ る。
語中の場合 : [Z]
[3]
語頭の場合 : [dZ]
[d3]
za - zi - zu - ze - zo (例 : き ょ う ざい, すずめ)
3a - 31- 3u - 3e - 30(例 : コー ヒー じ ゃわん, し じみ, もみ じ)
dza - dzi - dzu - dze - dzo (例 : ざ い り ょ う ,
d3a - d31 - d3u - d3e - d30 (例 : じ ゃ す い ,
ずの う)
じ まん)
こ れを50音の 「ざ行」 お よび 「ジヤ ( ヂ ヤ) 行」 (拗音) を使 っ て も う一度, 書 きなお して
みる と次のよ う にな る。
語中の場合 : [Z]
[3]
ざ ー ズイ ー ず ー ぜ ー ぞ
ジヤ ー じ ー ジュ ー ジェ ー ジ ョ
語頭の場合 : [dZ]
ヅア ーヅイ ー ヅ ー ヅエ ー ヅオ
[d3]
ヂヤ ー ヂ ー ヂュ ー ヂェ ー ヂ ョ
つ ま り, 我々が 「さ しすせそ」 [saXi-su7se-so] の有声音 と して 「ざ じずぜぞ」 [za¬31-zu
-ze-zo] と発音 しているつ も りで も, ほとんどの場合, 「ヽ
グアーヂーヽ
片 ヅエーヅオ」 [dza-d31
-dzu-dze-dzo] に しかなっ ていないのである。 しか も この [dza-d31-dzu-dze-dzo] は [sa
j i-suフ e-so] の有声音ではな く , [tsa刊 卜tsu-tse-tso] の有声音なのである。 これが, 我々
日本人に と っ て [z] [3] の発音 を難 し く して い る最大の理由で あ る。 こ の間の事情 を今 田
1981 ・ 川 上 1977は 次 の よ う に 説 明 し て い る 。
サ行は無声摩擦音だが, ザ行 は現代東京語で は語頭で有声破擦音, 語中では有声摩擦音にな る。 「材料」
と 「教材」 の 「材」 の発音を比べる と, 前者では [dzai], 後者ではふつ う [zai] となる。 日本人で も この区
50
寺
島
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吉
別 を意識 し ていない人は多いが, 現代東京語では語頭で有声摩擦音 [za,3i,zw,ze,zo] を使 う こ とはまず無
い。 逆に語 中では撥音 「ン」 の後以外で破擦音 [dza,d3i,dzw,dze,dzo] を使 う のはかな りの努力を要 し, 一
般的ではな い。 (1981:42)
[dz] は無声破擦音 [ts] にたいす る有声破擦音である。 [a,w,e,o] と結びついて 「ざ, ず, ぜ, ぞ」 をつ く
る。 歴史的配慮か ら 「づ」 と い う 仮名が使 われ る こ とがあ るが, 「ず」 と の音の区別 はな い。 と き ど き,
「ず, づ」 が [dzw] であるこ と, つ ま り [tsw] の濁音であるこ と を理由に, その音声の仮名表記は 「ヽ
グ」
が正 し く , 「ズ」 は誤 りだ と主張 さ れる こ とがあ る。 も し こ の主張の筋 を通すのな らば, 実は 「 ざ, ぜ, ぞ」
も 「ヅ ア, ヅ エ, ヅオ」 で なければな ら な く な る。, (1977:53)
ではこ のよ う に [z], [3] の発音が難 し い とすれば, どのよ う に指導すれば [z], [3] の習
得が容易にな るのであろ う か。 そめためには語頭 と語中の 「ず」 ( 「 じ」) を発音 し てみて,
舌の動 きが ど う な っ て い るのか を観察す るのが最 も手 っ と り早 い。 た と えば天沼 et al。
(1978:68) は, 「舌先に注意 し て発音 し てみる と,
図 の と きぱ ツ
と歯茎の境 のあた り につ いてか ら離れ るの を感 じ,
に もつかないこ とが分かるであろ う。 その場合,
と同 じ よ う に, 歯
地図 の ズ の と きは, 舌先は どこ
図 の子音は破擦音の [dz],
地図7 の
子音は摩擦音の [z] を発音 して い る こ と にな る。」 と述べて い る。
また先の藤# 1986も「実際, 舌先 を歯茎 まで引っ込め る [s・z] よ り も, 歯裏でつ く る [θ・
6] のほう が調音は容易なのである。」 「[3] は [S
] の有声形で あ る と いえば簡単に聞こ える
が, こ の音は実はわれわれ 日本人に と っ てはこ とほどさ よ う に易 し く はない。 も ち ろん 日
本語にこ の音がないか らで ある。」 (1986:162, 167) と述べ, 具体的な指導法 を次のよ う に
展開 し て い る。5
英語の [Z] は [S] の有声形であっ て, 舌先は歯茎な どには全然触れない。 ( 中略) したがっ て [Z] の習得
には [ ズ ] (すなわち 「ヽ
グ」) ではな く [ ス ] を手がか り とすべ きであろ う。 「ス, スー」 と言いながら, 舌
先が歯茎に触れないのを確認 し, そのま まの形で有声にす る練習をす るのが よい。 (1986:166)
日本語の 「シュ」 [∫
U] は舌先が歯茎に触れないが, 「ジュ」 [d3U] は触れてお り, d の位置か ら始 ま る。
( 中略) し たがっ て, [3] を得 るためには [S
] の位置か ら入るのがよい。 [S
] で舌が触れない感触 を確認 しな
が ら, その ま まの口形で有声 とす る。 (1986:167)
し か し , 天沼 et al. 1978が上 で 述べ て い る よ う に,
日本 語 に は ち ゃ ん と 語 中の音 と し て
[z] [3] があるのだか ら, 「ざ行」の音声構造 を意識化す るこ とに よっ て, [z] [3] の発音指導
はいっ そ う容易にな る。 また, た と え [z] [3] 音を正確に発音で きな く て も, この 「ざ行」
の意識化に よっ て, 少な く と も businessを [ ビジネス ] ではな く , [ ビズ ィ ネス ] と発音
す る く らいはで き る よ う にな る。七 か も こ の よ う に発音で き, かつ単語ア クセ ン トが正 し
ければ, [biznis] とい う発音に 自然に近づ いているのである。
なぜな ら, 日本語の語中の 「ジ」 は [31] と な るか ら, [ ビ ジネス ] は [b131nes] と な る
が, businessを [ ビズィ ネス ] と発音で きさ えすれば, 語中の 「ズィ 」 は [zi] だか ら, 発
音記号で書 く と, [bi-zi-nes] とな る。 こ こ で正 し く , 単語ア クセ ン トの [bi] を強 く 発音す
れば, [zi] の母音 [i] が脱落 し, 他方 [nes] の母音 [e] は弱化 し [nis] と な る。 こ う した
結果 と し て, [biznis] に近い発音が 自然に得 られるわけである。
とこ ろで, この日本人に とって もっ と も難しい [3] が, 今 日の英晴で現れるのは, たい
日本語 を土台に し た英語子音の発音指導-
lnner Game of English T eaching
51
ていは語 中の綴字 (-s-: pre-sume, ca-su-al, u¬su-al, televi-sion) か, フ ラ ンスか ら移
入 し た少数の語の語末 (-ge: gara-ge[gaこr(1:3), rou-ge[ru:3]) に限 られて い る とい う (藤
# 1986:168) 。 これは日本語 と場合 と全 く 同 じである。 だ とすれば我々 日本人 も [3] の発音
にそれほ ど神経質 にな る必要はな い と い う こ と にな る。
しか し さ らに余裕のあ る生徒は英単語の語中や語末にあ らわれる [d3] と い う 音 を もっ
と研究す る こ とが大切にな る。 とい う のは, こ の [3] 音が英米人に と っ て もあま り得意な
音 で はな く , [3] を [d3] で代用ず る 人が け っ こ う 多い と い う 事 実 が あ る (藤# 1986:
16卜 L68) に して も, 逆に 日本人は re-gion, sug-gest, judge, edgeのよ う に語中や語末に
ある [d3] を 日本語流に [3] と発音 しがちだか らである。
そ こ で次に 「だ行」 と その拗音 「ヂ ャ行」 につ いて も う 少 し調べ てみ る こ と にす る。 し
か し そのためには 「だ行」 の無声音で ある 「た行」 について ど う七 て も触れないわけには
いか な い。
4. [t,d] ; [ts,tS;dz,d3] の発音指導
4工 [t,ts,tS
] の発音
前節で は, 「さ行」 と その有声音で あ る 「ざ行」 の音声構造 を検討 し て い る う ち に, 「だ
行」 の拗音で あ る 「ヂャ行」 の問題にぶつか っ て し まっ た。 しか し 「ヂャ行」 の構造 を明
らかに し, その発音指導 をす るために は, 「だ行」 の無声音で ある 「た行」 に立ち戻 っ て,
その構造が ど う な っ て い るか を学習者 に意識化 さ せ ねばな ら な い。 逆 に こ う す る こ と に
よっ て, [ts,tS
] と その有声音である [dz,d3] の指導が容易にな るか らである。
先に 「さ行」 が [sa-si-su-se-so] と [S
aXiXuXe-S
o] とい う 2つの音声系列の組み合わせ
か ら で きて い る こ と をみたが, 「た行」はさ ら に複雑 にな り, 次のよ う に,
3 つの音声系列
の組 み合 わせ か ら で き て い る。
一
-
畑
t
tSU
一
一
-
○
t
t
tS
i
tSi
一
-
e k
t
ti
-
t
tS
a
tsa
u 畑
t
7 7
ぼ a a
ta
tse
tSO
「た行」 が上のよ う にな っ てい る こ と をほ とん どの 日本人は自覚 し て いないが, これを50
音の 「た行」 と その拗音で書 き直 して みる と, 次のよ う にな る。
ii
a1
7 7
az
i
た ーティ ー トゥ ーて ー と
チャ ー ち ー チュ ー チェ ー チ ョ
ツ ア ー ツ ィ
ー つ ー ツ ェ ー ツ オ
さ て 「た行」 がこのよ う になっ てい る こ とが分か り, この 3つの音系列 [ たーテ ィ ート ゥ
ーてーと ] [ チャーちーチューチェ~ チ ョ ] [ ツ アーツ ィ ーつーツ ェーツォ] が 自由に発音 し分け られ
る よ 引 こなれば, cilts の ts お よび 油urch, catch, quesだon におけ る
ch, tch,・ti の
寺
52
島
隆
吉
発音は容易である。 なぜな ら 日本語のなかに既に [ts], [tS
] 音が存在す るので, それを意識
化 して使 えばよいだけだか らである。 む し ろ難 しいのは [t] か も しれない。 とい う のは,
厳密に言 う と, 「 日本語の [t] はフ ラ ンス語な どの [t] と同じで, 英語の [t] と違 う。 英語
のは歯茎に舌先 を当て るが, 日本語の [t] は舌先 を どち らか と言えば歯に当て る」 (川上
1977:33) ため, どう して も 日本語の破裂音 [t] が弱 く な るからである。
しか し こ のよ う な細かい区別 を別にすれば, [ たーテ ィ ート ゥーてーと ] の系列 を ちゃん と
意識化 して発音で きるよ う になれば, twoは 卜y一] ではな く , [ ト ゥー] [tu:] といえ るよ
う にな る し, team も [ チーム ] ではな く , 「 テ ィ ーム」 [ti:m] と発音で きる よ う になる。
ま た tour,tournament も [ ツ アー] , [ トーナ メ ン ト ] で は な く , [ ト ゥアー] [tuar], [
ト ゥ アナ メ ン ト ] [tuarn(lment) とな り, 後者はさ らに単語ア クセ ン トの [ ト ゥ] を強 く発
音 し さ えすれば, 他の母音は自然に弱化 し, [t面rnamant] と い う正 しい発音に近づ いてい
る の で あ る。
4。2.
[d,d3, dZ] の発音
4. 2. 1.
「だ行」 の三つの音系列
以上 で 「た行」 の意識化が どの程度, 英語発音に有効か をみて きたが, そ こ で次に検討
し なければな ら な いのは 「だ行」 で あ る。 「だ行」 は 「た行」 の有声音だか ら, 「た行」 と
同 じ よ う に, 二当然,
3 つの音声系列の組み合 わせか ら で きて い る。 それ を まず発音記号で
図式化す る と次のよ う にな る
7 7
d E
d L
d
E
da
-
di
dU
-
de
-
do
d3a - d31
d3U
d3e - d30
dza
dZU
dze - dzo
- dzi
しか し こ の ま まで は 「た行」 の特殊性があ ま り明確にな ら な いので, 先 と 同 じ よ う に, 50
音の 「た行」 と その拗音で書 き直 し てみ る と次のよ う にな る。 こ れだけで も 「だ行」 の複
雑 さ はか な り よ く 分か るが, その特殊性 はまだ 明かで はな い。
[d]
だ
[d3]
ヂヤ ー ぢ
[dZ]
ヅア ー ヅイ ーづ
ー デイ ー ドゥ ー で
ー ど
ー ヂュ ー ヂェ ー ヂ ョ
ー ヅエ ー ヅオ
なぜな ら先に 「ざ行」 の と こ ろ で調べたよ う に, 現在の 日本人は 「 ヂヤーぢーヂュー ヂェ
ーヂ ョ 」 と [ ジヤーじージュージェージ ョ ] (すなわち [d3] と [3]) , [ ヅアーヅ イづ
] と [ ざーズイーずーぜーぞ]
ヅエーヅオ
(すなわち [dZ] と [ZD を区別で きな く なっている。 そこ で,
「ヽ
グァ ーぢ ーづ ーヅ エーヅオ」 を 「ざー じ ーずーぜ ーぞ」 と表記す る こ と にな っ て い るか
らであ る。 こ のこ と を踏 まえて上の図を書 き直す と, 次のよ う にな る。 こ う してみる と,
いかに 「だ行」 が特殊 な構造にな っ て い るかが分か るで あろ う 。 つ ま り 「だ行」 に 「ざ行」
が埋 め込 ま れて い る わけ で あ る。
lnner Game of E nglish T eaching
[d]
だ
[d3]
ヂヤ ー
[dZ]
ざ
日本語 を土台に し た英 語子音の発音指導-
ー デイ ー ドゥ ー で
じ
53
ー ど
ー ヂュ ー ヂェ ー ヂ ョ
ーヅイ ー ず
ー ぜ
ー ぞ
しか し, こ れ も「 ざ行」の と こ ろ で既に調べ た こ と で あ るが, 「ツ ァ ーぢ ーづ ーヅ エ ーヅ オ」
を 「ざー しーずーぜ ーぞ」 と表記す るこ とになっ てい る といっ て も, これは [d3] [dZ] 音が
語頭に来る場合であっ て, 「ヅ ア行」が語中に来る場合は, [d3] [dZ] は無意識に [3] [Z] に
変わっ て い るのが 日本人の発音習慣で ある (塩原1987:197) 。 し たがっ て 「だ行」 と その拗
音が語中に来 る場合 は, 上の図表ではな く , 下のよ う にな る。
1 1 1
d E
3E
Z
E
だ
ーデイ ー ドゥ ー で
ジャ ー
じ
ー ど
ー ジュ ー ジエ ・
ざ ー ズイ ー ず
ー ぜ
ジ ョ
ー ぞ
さ て以上のよ う な こ とが分か る と英語発音に どの よ う な進歩が期待 で き るか。 まず第 1
に, 「だーデ ィ ード ゥーでーど」の音系列が きちん と発音で き る よ う になれば, 本来,
日本語に
はない 「ディ 」 「 ド ゥ」 の音を含む director, radio, do な ど も, 「ディ ・ レ ク ター」 [di
イ 6ktar] , 「レイ ・ ディ ・ オウ」 [r6卜di-ou] , 「 ドウ」 [du:] と, 容易に英語 ら しい発音
に近づ け る こ とがで き る。 こ の音系列 を知 ら な い と, 「だーテ ィ ー」 の代用 と し て 「だーじ刊
の系列 を使わざる を得ず, [r61-di-ou] が 「レ ・ ジ ・オ」 あるいは 「ラ ジオ」 と発音 ・表記
さ れるこ とにな る。 単語 twoが 「 ト ゥ ↓ [tu:] の代わ りに 「ツー」 と発音 ・表記さ れるの
と 同 じ で あ る。
4. 2. 2.
[d3] と [3] の違いの意識化
第 2 に, 語頭 [d3] の「ヂャーぢーヂューヂェーヂ ョ 」, 語中 [3] の「ジャーじージュージェ~ ジ ョ 」
の音系列 を発音仕分けるこ とがで きれば, 次のよ う な英語にお け る語中 ・ 語末の [d3] も
[3] と区別で き るよ う にな る。 とい う のは既に述べた よ う に, 英米人が語中・語末の [3] 発
音が苦手で, それを [d3] で代用 しがち なのに対 し て,
日本人は語中 ・語末の [d3] はいつ
のまにか [3] にな っ てい るか らで あ る。
[d3]
ヂャ
語頭
Jack
Jim
Ju-ly
jet
joy
[dyek]
[d31m]
[d3u-lai]
[d3et]
(d3こ
)i]
con¬junct
bridge
e- ducate
sug gest
enTj oy
[kgn¬d3ADkt]
[brid3]
[e-d3uk61t]
[sE d36st] [in-d351]
語 中 ・ 語尾
ぢ
-
[ 3]
ジャ
語中
m ea- sure,
ー
じ
-
-
trea- sure
ヂュ
ー
ジュ
u¬sual,
ヂェ
ジェ
ca-sual;
ー
ヂョ
ジ ョ
vI-slon,
confu-slon
寺
54
語尾
島
隆
吉
beige[be151, rouge[ru:3];garage[gard:31, potage(pこ
)td:31, massage[masd:3]
こ う してみる と, 今 日の英語で [3] が現れるのは, たいてい語中の綴 り字 寸 か, フ ラ
ン ス語か ら移 入 し た少数 の語 で,
し か も語末の -ge- に限 ら れて い る こ と がわか る。 しか
し語中 ・語末の [3] は, 既に述べたよ う に, 日本人に と っ ては難 しい発音ではない。 む し
ろ難 し いのは, 語中・語末に現れる [d3] であ る。 ただ し, 難 し い と いっ て も, 語頭に現れ
る [d3] の発音の時, 舌先が どの位置にあるかを意識化で きれば, 語中・語末に現れる [d3]
も その応用 に過 ぎな いわけ で, 発音 自体 が難 し いわけ で はな い。 難 し いのは 日本人 自身が
無意識の う ちに発音 し わけて い る [d3] [3] の違いの意識化なのである。
4. 2. 3.
[dz] 音 と [z] 音の獲得
最後に 「だ ・ じ ・ ず ・ で ・ ど」 を構成す る 3番 目の音系列 「ヅ アーヅ イベ ド ヅ エーヅ オ」
(語頭の [dz] ) , 「ざーヅイーず¬ぜーぞ」 (語中の [zD の違いを意識化す るこ とによって,
英語発音に どんな進歩が期待 で き るか を調べ る。 そ こ で, 各音系列 と それに該 当す る英単
語 を上 と 同 じ よ う に表に ま と めて み よ う とす る。 し か し こ う し て みて初 めて, 英語 には
[dz] で始 ま る単語が無いこ とに気がつ く 。 つ ま り beds,roadsのよ う に複数語尾 と し ては
存在す るが, 「語頭 で は, ご く 限 られた外来語 を除けば, 全 く 起 こ らず, 語 中で も まれで」
(今# 1980:53-54) , しか も これは cats, boatsのよ う に [ts] について も同 じである。 6
要す るに 「英語国民に と っ てはこ れ らの [ts,dz] は単一の音 と して よ りは [t十s, d十z]
と い う それぞれ 2個の子音の連続 と し て と ら え られ」 て い るのであ る (今# 1980:53) 。 これ
が2. 1. で示 し た表で, [ts,dz] が英語の欄に書かれて いなかっ た理由で あっ た。 と こ ろが 日
本語では次のよ う に, 語頭 [dz]
語頭 [dZ]
ツ゛ア
ー
ざい り ょ う
( または [tsD で始まる単語はい く らで もある。
ヅイ
ー
ずいぶん
づ
ー
ずめん
ヅエ
ヅオ
ぜんぶ
ぞう
こ の よ う に英語 で は複数語尾の形 と し て し か存在 し な い [dZ] が,
日本語 で は語頭の
[dZ] と して広 く分布 し, しか も表記上は 「ヽ
ダア行」 ではな く , 「ざ行」 で表記せ ざる を得な
く な っ てい る。 その上, 日本語では語中 ・語尾に しか存在 し ない [Z] が, 英語では語頭の
みな らず語 中 ・語尾のいずれに も広 く 分布 しているこ とが, 私たち 日本人の [Z] とい う発
音 を混乱 さ せ, 難 し く し て い るので あ る。
ズィ
ず
き ょ う ざい
し んずい
すずめ
かぜ
こ ぞう
英 ・ 語頭
Zambia
zeal
Z OO
Zen
zone
英 ・語中
n11- sery
cra- zy
bUZZ
pos- ses
o- zo n e
語中 [Z]
ざ
ー
ぜ
ー
ぞ
この [Z] 音の難 し さ について藤井 (1986:166) は に れはわれわれ 日本人に と っ て難儀な
音 で あ る。 特別 に練 習 し た こ と のあ る 人で な い限 り, こ の発音が初 めか ら ち ゃ ん と で き る
lnner G ame of E nglish T eaching 一
日本 語 を 土 台 に し た 英 語 子 音 の 発 音 指 導 -
55
日本人はい ないはずである」 「英語の [z] は [s] の有声音であっ て, 舌先は歯茎な どには全
然触れない。 こ の舌先が触れない と い う 点がわれわれには大変むずか し いので ある」 と説
明 し て い る。
しか し既 にみた とお り,
日本語に も語中 ・語尾の音 と し て [z] を持つわけだか ら, 舌先
の動 きが [dz] と [z] で どのよ う に違っ て く るのかを, まず 日本語で観察 し 自覚化すれば,
次のよ う な英語音の違い を会得す る こ と も, 不可能 なわけで はない。 不可能で あ る ど こ ろ
か, [z] 音は does, has, is, wasや三単現の -s, 複数の -s, 所有格の ーsな ど初級英語
か ら た く さ ん出て く るか ら, 「可能」 と すべ く 努力せ ざ る を得 な いので あ る。
cars [k(1:z)
rose [rouz]
sees [si:z]
cards [k(1:dz)
roads [roudz]
seeds [si:dz]
5. 破擦音 [Φ, f,9,h] [f,V] の発音指導
5』 ‥
[φ, f,9,h] と 「は行」
日本語の 「た (だ) 行」 は, [ta-ti-tu-te-to] [tSa-tS
i俑 u-tS
e-tS
oH tsa-tsi-tsu-tse-tso] な
ど, みっ つ の音系列の中の適 当な音の組み合 わせ で構成 さ れて い る こ と を, こ れ まで調べ
て きた。 日本人 自身が意識 し て いないけれ ど, 実はこ れ と 同 じ こ とが 「は行」 について も
いえ る。 そ れ を図式化す る と, 次のよ う にな る。
( ヒ) -
( フ)
-
ヒ ヤ
ひ
ヒュ
ー
フ ア
フ ィ
[h]
は
[Q]
圃
ー
ー
ふ
ー
ヘ
ー
ほ
ー
ヒ エ
ー
ヒ ョ
フ ェ
ー
フ オ
上の図で [h] 系列の 「ヒ」 「フ」 に括弧がつけ られているのは, この音に相当す る文字が
日本語にな いため, [hi] 音 を ( ヒ) , [hu] 音 を ( フ) と表記せ ざ る を得なかっ たので あ る。
これまでは 「た行」 に して も, 「だ行」 に して も, [taペドtu-te-to] [da-di-du¬de-do] を 「た
ーテ ィ ート ゥ ーてーと」 「だーデ ィ ード ゥーでーど」 と表記 し, 何 とかそれ ら し き音 を表現 し て きた
が, [ha-hi-hu-he¬hoD こついては良い表記法が思いつかないのである。 7
それはと もか く , 英語には次のよ う に [ha-hi-hu=he-ho] を含む単語が少な く ないので
あるから, [hi] を 日本語流に [(; i) です まし た り, [hu] を [Φu] で代用 しないよ う, で きる
だけ気 をつ けねばな らない。 同 じ よ う に また, 日本語の [Φ] と英語の [f] は違 う わけだか
ら, その区別 もお ろ そかにす る わけに はいかな い。
[h]
[可
( ヒ)
( フ)
hat[h2et]
he[hi:]
WhO[hU:]
head[hEd]
hot(hこ
)t]
have[h2ev]
hit[hit]
hOOd[hUd]
help[hElp]
hop(hこ
)p]
high[hai]
heat[hi:t]
hOOk[hUk]
health[hEIθ
]
hope[houp]
フ ァ
フ イ
ふ
フ ェ
フ ォ
は
-
ー
ー
-
ー
ヘ
ー
ほ
-
-
寺
56
[f]
島
隆
吉
fat[fa・t]
fit[fit]
fOOt[fUt]
fence[fEns]
fog(f;)g]
farm[fa:m]
f111[fil]
fUll[fUl]
feII[fEI]
fall(fこ
):1]
five [faiv]
j hilosophy [f115safi]
face [feis]
phone [foun]
ではど うす れば [hi,gi] [hU,ΦU,fU] を区別で き る よ う にな るのか。 塩原 (1987:205-6)
は, 調音位 置が意識化 しやすいよ う具体的な発声練習法 を指示 し なが ら, その区別につい
て分 か りや す く 説明 し て い る。 そ こ で やや長 いが, 次に引用す る。
まず手のひ ら を唇 に ぐっ と近づ け, 縦に開 け た 口か ら暖かいい きだ け を, 力 を抜 いて 「ハー」 と 当て ます
(「ガラ スをみが く ために, 息を吹 きかける と きのまねをす る」 と考 えた方が分か りやすい一寺島) 。 次に,
喉の於 く か ら強い息を 「ハ ツ」 と出し ます。 続いて, に れを有声化 し) 声 を 「八」 と出して下 さ い。。‥
「八」 の唇 を O 字型にすぽめ る と 「ホ」, それを横に引 く と 「へ」 と な り ます。‥。 「ア ・エ ・ オ」 「八 ・
へ ・ ホ」 と並べて声 を出す と分か り ますが, 「八 ・ へ ・ ホ」 では喉の奥か ら の強 く 速 い気音の摩擦 を感 じ,
また唇 にはやや緊張が加 わ り ます。…
に れが声門摩擦音 または喉音 と呼ばれ る [h] です。… 手のひ ら に
「ハ ツ ・ ヘ ツ ・ ホツ」 と強い息を当て る練習 は予想以上に効果をあげ る ものです。
(次に) 「ハヘ ホ ・ フ」 と声 を出す と, 「フ 」 だけが唇 を使 っ てい る こ とがわか り ます。 「フ」 の音は, ろ
う そ く の火 を消す よ う に, あるいは熱い う どん を さ ます 「フ ー ・フ ー」 のよ う に, 上下の唇 をやや突 き出し
狭めた唇の間から出す音なのです。 これが両唇摩擦音の子音 [F] (国際音標文字では [Φ] 一寺島) で, 上
歯 と下唇でつ く る英語の [f] とは違 う ものです。
次に 「ハヘ ホ ・ ヒ」 と言 う と, 「 ヒ」 だけ が舌に力が入 り ます。 前舌 をかな り緊張 させ, 上あごに ぐっ と
近づ け ます。 「 ヒ」 の子音は, そのわずかな隙間を強い呼気がこす る よ う に抜けで る もので, 硬 口蓋摩擦音
の [C] と な り ます。
以上の説明を調音点で ま とめ る と, 次の よ う にな る。
[h]:
喉の奥 (声門) 。 息の吐 き出し方 も, ガ ラ ス を磨 く と きに息を吹 き付け る要領で, 気
道 を大 き く 広げて, 肺の奥底か ら 空気 をパー ツ と 出す。
[Q]:
硬 口蓋。 母音寸イ」 を声 を出さ ずに息だけでつ く る無声音で あ り, 「 ヒ」 と 「イ」 と
は無声 と有声の関係 に あ るだ けの違 いで あ る。
[Φ]:
両唇。 口笛 を吹 く の と同 じ形で, 熱い う どんを さ ます よ う に, あ るいはろ う そ く の火
を吹 き消すつ も り で, 両唇 をすぼめ て 息 を吹 く 。
[f]:
上歯 と下唇でつ く る摩擦音。
この説明で [h,Q,ゆ] の各々の違いは非常に良 く わかるが, [Φ, f] の違いについてはまだ十
分に明確になっ た とは言い難い。 その点, 次の藤井 (1986:164) の説明は具体的でかつ要 を
得 て い る。8
日本語の [Φ] は両唇 をすぼめて息を吹き出す。 ち ょ う どロー ソ クの火を吹 き消すのと同じ 口形である。
一方, 英語の 田 は下唇を左右に引いて上歯に当て, それを吹き離す。 これでばロー ソ クの火は消えない。
(つ ま り) 団 は唇 を中央に向けて丸 く 寄せ るが, [f] は横に引 く 。 園 は唇 を前方へ突き出すが, [f] は
後方に 引 き寄せ る。
このよ う に, 歯に触れる触れないの違いのほかに, 唇の運動の方向が [Φ] と [f] ではまるき り違 うので
あ る。
(なお英語の 田 は) 下唇 をかむ必要はない。 要は歯先が唇に触れていればよ く , 触れる場所は唇の外側
lnner Game of E nglish T eaching
日本語 を土台に し た英語子音の発音指導-
57
で も内側で もか まわない。 唇 を左右に引 き さ えすれば, よほどの 「す け 口」 で ないか ぎ り, 唇は上歯に触れ
るはずで あ る。
以上で 日本語の 「は行」 お よびそれ と英語の摩擦音 [h] [f] の関係が明らかになっ た と思
われるので, 次節では 「ば行」 と英語音 [V,b] を調べ る。 また [b] の無声音が [f] ではな
く, [p] で あるか ら, 必然的に 「ぱ行」 に も言及す るこ とになろ う。
5。2.
[f,v] [p,b] と 「ば行」 「ぱ行」
日本語の 「は行」 は [ha-hi-hu-he¬ho] で もな く , [fa-fi-fu-fe-fo] で もな く , 実は [ha
づ;i-(Du-he¬ho) で あるこ とは, 既に見て きた通 りである。 ではこ の 日本語の「は行」をその
まま有声化 し た ら どう なるのであろ う か。 国際音声記号(今# 1980:18-19) によれば [h] [Q]
[Φ] の有声音は [n] [j] [β] であるから, 「は行」 を有声化す る と, 次のよ う にな るはずであ
る。
有声音
[ ha[ na-
ふ
(; 1-
ΦU-
●
●
JI-
ほ 岡 叫
無声音
ひ
へ ﹄ ﹄
は
βU-
と こ ろが標準的な 日本語で は 「は ・ ひ ・ ふ ・ へ ・ は」 に対応す る こ のよ う な有声音は存
在せず, あ るのはいわゆ る濁音の 「ば ・ び ・ ぷ ・ べ ・ ぼ」 または半濁音の 「ぱ ・ ぴ ・ ぶ ・
ぺ・ぽ」 のみである。 これが2. 1. の図表で 日本語の 無声音 [Φ, Q,h] に対応す る有声音が書
き込 まれて いず, 空欄に さ れて い る理 由で あっ た。 つ ま り 「国語学で伝統的に扱 う 清音 ・
濁音 と音声学的な無声音 ・ 有声音の関係はこ こ では一致 し ない」 (今 田1990:55) わけで あ
る 。9
では 日本語の 「ば行」 と それに対応す る無声音は ど う な っ て い るのか。 それ を図示す る
と次の図表のよ う にな る。 こ れ を見 る と, 「は行」 の有声音が 「ば行」 なのではな く , 実は
いわゆる半濁音の 「ぱ行」 の有声音が濁音の 「ば行」 であっ たこ とが分かる。 こ こ に私た
ち 日本人の 「有声音」 「無声音」 の認識が混乱す るひ とつの理由があ る。 しか も 日本語 には
英語音 [f] はもち ろん, それに対応す る有声音 [V] も無いので, [V] を [b] で代用す るこ
と に な る。
び
ぶ
べ
有声音
[ ba-
bi-
bU-
be-
無声音
[ pa-
p1-
pU-
pe-
ぴ
ぶ
ぺ
ぱ
ぽ 副 呵 ぽ
ば
ではどうすれば [V] と [b] の混同を防 ぐこ とがで き るか。 それは先に調べた [Φ] と [f]
の違いを 自覚化 し,
[f] を有声化す る こ とによっ て [V] を得 るのが一番やさ し い。 しか し
[f] についてはすでに調べたので, これについての詳細な説明は不要であろ う。
し たがっ て, も し必要だ とすれば, それは 「 日本語の [Φ] と英語の [f] の類似点 ・相違
点」 を も う一度, 私た ち 日本人が 自覚 しやすいかたちで分か りやす く 図式化 してみる こ と
58
寺
島
隆
吉
であろ う。た と えば 日本語の「ふ」の横の音系列: [Φa-(piべ・u峙 eべ・o) を, ひらかなで「ふ あ・
ふい ・ ふ ・ ふ え ・ ふお」 と し, 英語の [faづi-fu-fe-fo] をカ タ カナで 「フ ア ・ フ ィ ・ フ ・
フ エ ・ フ オ」 とす る と, その類似点 ・ 相違点は次のよ う に図式化で き る。
両唇音
ふあ ・ふぃ ・ふ ・ふえ ・ふぉ
[ Φa唇歯音
ゆi-
Φu-
Φe-
Φo]
フア ・フイ ・フ ・フエ ・フオ
[ fa-
fi-
fu-
fe-
[ 両唇 で ロー ソ ク の火 を吹 き消すつ も り で ]
・
[ 唇 を思 い き り左右 に 引 く と唇 は上歯 に触れ る ]
fo] ダ
上のよ う に図式化すれば, 「ひ らかな音 ≒かたかな音」 で 「音」 の類似点が示 さ れ, 調音
点の相違で 圃 と [f] の違いが浮 き彫 りにな る。 こ う して初学者で もかな り容易に [f] が
発音で き る よ う にな る。 [v] はこの Tf] を有声化すればよいだけである。
さ て以上 で破裂音 ・ 破擦音 ・ 摩擦音 を一通 り調べ終 え た こ と に な る。 そ こ で次の課題 と
な るのが鼻音 [m,n,D, N] の相互関係である。ただ し [D] を扱 う 限 り, 「破裂音」の [k,g] に
も う一度 た ち帰 ら ざ る を得 な く な るで あろ う。
6. 鼻音 [m,n,U, N] の発音指導
6工
丿
〔m, n,!〕, N] と 「 ま行」 「な行卜
日本語の 「ま行」 「な行」 は [ma-m卜mu-me[ mo] [n11-ni-nu-ne―no] とな るか ら, 日本
人に と っ て英語音 [m] [n] の習得はさ ほど難 しい ものではない。 しか し難 しいのは [n] と
[N] の区別 である。 とい う のは, 私たち 日本人はきちん と 自覚 していないが, いわゆる撥
音 「ん」 は大 き く 次の 4種類に分類 さ れ るか ら で あ る。 lo
[m]:
両唇音 [b,p,m] の前の 「ん」
はんばい (販売) [hambai], かんぱい (乾杯) [kampai], し んまい (新米) [S
immai]
[n]:
歯茎音 [t,d,r] の前の 「ん」
はんたい (反対) [hantai], かんだい (寛大) [kandai], かんれい (慣例) [kanrei]
〔!〕]:
エ] 蓋音 [k,9,S
] の前の 「ん」
でんき (電気) [deDkil, しんごう [信号八 S
珀go:], いんし ょ う (印象八 面o:1,
[N]:
語末の丁ん」
かん (缶) [kaN], おん (恩) [oN]
撥音の 「ん」 は細か く 分類すれば, さ ら に 「母音, 半母音の前J Tさ ・ ざ行の前」 「は行
の前」 に よ っ て も 違 い が 出 て く る わ け で あ る が (今 田1990:69-70, 大 西 ・ 都 築1978:
65-66) , 基本的には上記 4種類であ る こ と は, 日本語教育 ・ 日本語音声学 ・ 英語音声学の
ほと ん ど,
どのテ キス ト も一致 し て い る (川上1977:81-82, 塩原1987:245, 今# 1980:58 な
ど) 。 それ どこ ろか藤井 (1986:159) は, 語末の 「ん」 も [D] に含め, [N] 独 自の存在 を認
めていない。つ ま り彼は「ンで表さ れている音声には大 き く 分けて [m] [n] 〔!〕] の 3種類が
あ る。」 「ン は次に来 る子音の位 置 も し く はそれに も っ と も近 い位 置の鼻音で発音 さ れ る
lnner Game of E nglish T eaching
日本語 を土台に し た英語子音の発音指導一
59
(「同化」) 。 そ して末尾の位置では通常 〔!〕] である。」 とす るわけである。
だ とすればこのこ とは, 「[D] と [N] の違いは, 〔!〕] と [n] の違いに比べれば, 無視 して
もよい く ら いに小 さ い」 と い う こ と を意味 し, 「英語学習に と っ て大切なのは, む し ろ 〔!〕]
と [n] の違いをはっ き り 日本語学習者に 自覚 させ る こ とだ」 とい う こ とにな る。 なぜな ら
英語の [n] も 日本語の [N] と同 じ よ う に, 次に来 る子音の影響 を受けて, 閉鎖の位置を変
え, 自然に [m] または 〔!〕] なっ て いる こ とが多いか らである。
[m]:
両唇音 [p,b,m] の前の [n]
E χ: ten[tem] people, ten[tem] boys, ten[tem] men
[m]:
唇歯音 [f,v] の前の [n卜
E x: in- fant(imま )nt],
[!]]:
口蓋音 [k,g] の前の [n]
E x: ten〔te!〕] cakes, ten[teD] girls
in- voice[im- v;]is]
つ ま り [N] = [U] とすれば, 日本語 [N] も英語 [n] も [m,n,IJ
]] とい う 3種類の発音を
持つ こ とにな り, しかも あ とに子音が く る と きは, [N] も [n] も「逆行同化」の法則に従っ
て, [m] [nD こな るべ き と きは自然 とそのよ う な音に変化 しているのである。 したがっ て私
たちが注意すべ きなのは, 英文の末尾の [n] か, [n] のあ と に母音で始 まる語がきている と
き, とい う こ とにな る。 とい う のは 日本語の末尾の 「ん」 は [U] で終わるので, 「英語 を長
い間や っ てい る人で も, can, son, in な どを [ka2U, s胡 油]] と発音 している人が多い (藤
# 1986:159) ] とい う結果にな るか らで あ る。
と こ ろ で [n] のあ とに母音で始 まる語が きてい る と き, [n] の発音が正 し く 行われてい
るか ど う かの判定基準 と して, 今井 (1980:58) は次のよ う な興味深い提案 を し てい る。
た と え ば, mean it, gone up, soon as な どが, 仮 名 書 き で 示 し た場 合 , 「 ミ ー
ンニ ト, ゴンナプ, ズー ンナ ズ」の よ う に な らず, 「 ミー ン イ ド, ゴ ンアプ, スー
ンア ズ」 のよ う に聞こ え る と し た ら, それは [n] ではな七に [N] (すなわち 〔!〕]
一寺島) が使われて い る証拠で あ る。
では [n] のあ とに母音が来ず, あるいは「逆行同化」 を起 こすべ き子音 も来ない と き, can,
son, in な どが [kaこD, s胡 , iD] と な らな いためには, ど う すればよいのだ ろ う か。
それにはまず 日本語で 「はんたい (反対)
んご う (イ
言号)
[hantai] , かんだい (寛大)
[kandai] , し
[S
iDgo:]√かん (缶) [ka!]]」 な どを発音 してみて, 「反対, 寛大」 の 「ん」
の時は舌先が歯茎 に押 しつけ られ るのに対 し て, 「信号, 缶」 の 「ん」 は舌先が全 く 歯茎に
触れず, 舌の奥の部分が軟 口蓋に押 し つけ られ るのを確認す る こ と で あ る。 こ れを何度 も
確認 してい る う ちに, can, son, in の [n] に対 して も, 舌先 を歯茎に押 しつけ るこ と を常
に意識化で き る よ う にな る。
j
も う ひ とり の便法は, 語頭の [n] : no, nice, nurseに対 して は 「n の前にン を添えて,
ン ノ ウ, ンナ イス , ンナー ス と発音す る と, ち ょ う どよい」 発音が得 られる し, 一方, 末
尾の [n] : one, on, sun に対 し て は, 「one ( ワヌ) , on ( オヌ) , sun (サヌ) のご と く ,
ン よ り も ヌ を当て るのがよい。」 (藤# 1986:159) こ う すれば意識せず と も舌先が歯茎に押 し
つ け ら れ る か ら で あ る。
し か し こ れはあ く まで も便法 で あ っ て, や は り大切 なのは 自分 の発音 し て い る 日本語 を
意識化 し, 次の図のよ う な調音点 をめ ぐる [p,b;m] [t,d;n] [k,g;!]] 相互の位置関係 を きち
60
寺
島
隆
吉
ん と認識す るこ とである。 こ う してみる と, 〔!〕] を正 し く 認識す るためには, 〔!〕] と [n] の
関係だけで な く , 〔!〕] と [g] の関係 も調べねばな ら ないこ とが分か る。 そ こ で次節では
〔!〕, g] と 「が行」 の関係 を点検す る。
調
音
k
軟 口蓋
歯裏
両唇
t
p
無声
b
m
6。2.
・!]
置
n
鼻音
位
d
g
口音
の
有声
[!], g] と 「が行」
これ まで は鼻音 [m,n,D] のひ とつ と して [D] を調べて きたが, 日本人 と し て難 し いの
は, [n] と 〔!〕] の区別 よ り もむ し ろ [D] と [g] の区別だ と言っ て よいか も知れない。 とい
う のは 日本人に と っ て発音困難 と いっ て も, 英文末尾の [n] が と もす る と 日本流に 〔!〕]
な っ て し ま う こ と を除けば, あ と はほぼ正 し く 発音で きて い る と言 っ て よいか ら で あ る。
と こ ろが 〔!〕] [g] の区別はそれはどや さ し く ない。 と い う のは 日本語で は [Daて]≒〕u-!〕e
づ]o] も [ga-gi-gu-ge-go] も同 じ 「が行」 (「が ・ ぎ ・ ぐ ・げ ・ ご」) で表記 している。 それ
T
ご 「がっ こ う (学校) 」 と 「おんが く (音楽) 」 では, 同 じ 「が」 で も無意識に [g] と 〔!〕] を
使 い分 けて い るに も関わ らず, その違 い を 自覚 し て いな い 日本人が少 な く な いか ら で あ る。
このこ と は逆に, 一度その違いを 日本語で 自覚化で きさ えすれば, [g] [D] の区別はそれ
ほど難 し く ない, と い う こ とで もあ る。 口腔図で舌の位置や息の流れを説明 し てか ら発音
させ る よ り も, 無意識に使 い分 けて い る発音 を 自覚化 させ た方がはるかに指導 ・ 学習は容
易 に な る。 た と えば次のペ ア を発音 さ せ て みて その響 きの違 い ・ 舌の位 置や 息の流れ を納
得 い く まで研究 さ せ てみ る。
圈 回
が
ぎ
ぐ
げ
がけ
ぎむ
ぐず
げた
ごてん
ば ん ぐみ
にん げん
か ん ごふ
けんが く
が
えん ぎ
ぎ
ぐ
げ
○
二
こ う して みる と, 閉鎖破裂音 [g] の舌 を強 く 上へ押 しつけた まま息を鼻に抜 く と, 軟口
蓋鼻音 と称する 〔!〕] になるこ とが分かるはずである。 また同時に, 「交通行政」 における
「ぎょ うせ い」 のよ う に 「複合語の下接語は濁音 [g] で始まる」 な どの例外はある (塩原
1987:192-193) が, 語頭のばあいは [g] で, それ以外は [D] とい う こ と も分かる。 だ とす
れば 「は行」 に対 し て濁音 「ば行」 と鼻濁音 「ぱ行」 とい う 表記があっ た よ う に, 「か行」
に対 し て も, 濁音 「が行」 だけで な く 鼻濁音 を書 き表すなん らかの表記法が欲 し く な る。
一部で は鼻濁音の 「が行」 を 「が ー ぎ ー ぐ ー げ ー ご 」 と表 記す る方法が用い られて い る
が, まだ まだ一般化 している とは言い難い。このよ う な表記法が一般化すれば 日本人の [g]
と 〔!〕] の聞 き分け ・ 発音の仕分けはもっ と容易にな るであろ う。
lnner Gam e of E nglish T eaching
日本語 を土台に した英 語子音の発音指導-
61
それは と もか く , 既に述べた よ う に 日本語におけ る 「清音 ・ 濁音 ・ 鼻濁音」 と音声学に
おけ る 「無声 ・ 有声 ・ 鼻音」 と は必ず し も一致 し な い。 た また ま 「か行」 の場合 はこ れが
一致 したが, 「は行」の場合は下図のよ う に明らかに食い違いが起 きる。 日本語は [h,Q,ゆ] に
対応す る有声音 を持たないが, 国際音声記号で はそれに対応す る有声音 と し て [n,j,β] が
ち ゃ ん と記 さ れて い る。 英語の指導 ・ 学習の際, こ れ を き ち ん と念頭 におかねばな ら な い。
か行
が行
力゜行
清音
濁音
鼻濁音
k
g
無声
有声
!〕
鼻
音
は行
ば行
ぱ行
清音
濁音
鼻濁音
h,9,Φ
b
p
有声
無
声
さ て こ う して [g] と [!]] の違いが分かれば, 英語学習におい て も, 日本語で聴いた響 き
の違い どお り発音すればよいか ら, sing [siD], singer [siDa], singing 〔si!〕iD] の 〔!〕] と
finger, single, angle の [g] の発音区別 も, 思 っ たほど難 し く はないこ とが分か る。
[!]]:
young〔jA!〕], youngster[jA!]sta]; strong(strこ
)!〕], strongish[str5!]iS
]
[g]:
younger〔jA!〕ga], youngest〔jA!〕gist]; stronger[str5Dga], strongest[str5!]gist]
〔!〕, g]: dangor[kl翻 a, kli ga], hangar〔h翻 a, h亀〕p ], Sanger[s翻 a, s翻 ga]
以上のこ とで分かるのは, 〔!〕] [g] の発音が難 しいのではな く , むし ろ難 しいのは, -ng- と
いう綴 り字 を持つ単語が, ある時は [D] と な り, 他の時は [Dg] あるいは 〔!〕, !〕g] の両方 を
持つ (現代英語では語中の-nF はさ らに加えて, danger [d61nd3a], length〔1印 θ,1ε
!〕kθ] な
ど 卜nd3] 卜Dk] とい う発音を持つ こ と もある) ので, 「いずれの発音であるかは結局, 辞書
を調べて確認す る しか無い (藤# 1986:161) 」 と い う 点にある。 そこ で こ の混乱 を切 り抜け
るひ とつの指導 ・ 学習方法 と して次のよ う な提案がさ れてい る が, 大いに参考になろ う。
[ 語末の-nF は常に 卜D] と発音さ れ, また その屈折 語 ・複合語 ・ 派生語で-ng
が, その位置を語中に変えて も, [U] を発音中に と どめ る」 と い う 一般法則をたて
てお き, こ の法則に反す る面だけ を憶 えればよい。 (藤# 1986:161)
7. 流音 [1,r] と 「ら行」 の発音指導
最初に示 し た 「 日英語の子音対照表」 では, 英語の流音を [I,r] と し, 日本語の 「 ら行」
を [r] であ らわしてあるが, 正確に言えば, 日本語の 「ら行」 は [I,r] の どち らで もな い。
「ラ ジオ」 「ラ イ タ ー」 「 りん ご」 「れんげ」 「るす」 な どを何度 も発音 し, 自分 の舌の動 き
を観察 してみる と,
日本語の 「 ら行」 は, 舌先が軽 く 歯茎 ( あ るいは歯 と歯茎の境あた り)
に触れて いて, それが急に離れ る時に生ず る音 で あ る こ と を知 る。 そ こ で 国際音声記号 で
はこ れ を小文字 r の左肩 を削 り取っ た形で表記 し て い るが, 上 記の 「対照表」 では, 印刷
の便宜上, 普通の r を使 っ たに過 ぎな い。
と こ ろで英語の [r] よ り も [I] の方が, [t,d] [n] と同じよ う に舌先を歯茎に触れて音 を
出す と い う 点で,
日本語の 「 ら行」 に近いはずであ る。 に もかかわらず, なぜ 「ら行上 を
[r] で表記す るのか。 それには英語子音 [1] [r] の各々に 「強い (明るい) 1」 「弱い (暗い)
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寺 こ
島
隆
吉
I 」 「強い 「」 「弱い 「」かおる こ と を知 らねばな らない。 それ を藤井 (1986:141) に し たがっ
て簡単に略記す る と次のよ う にな る。
強い 1 : 母音の前の I
閉鎖の持続過程におけ る く ぐ も りの 丁ウ」 と, 開放過程 の 「口」 のふたつの部分
か ら な る。 し たがっ て [b:] を仮名で表せば, 「ウロー」 が近い。 ラ行頭音にはこ
の 「ウ」 部分がな い。
Ex: light (cf.tile) , 11fe (cf.file) , let (cf.tell) , 11ck (cf.k111) な ど
弱い I (a) : 音節末尾の 1
末尾の 1には閉鎖の開放部がな いので, 音 と し て は持続過程の 「ウ」 しか発生 し
な い。 し たがって aII を仮名書 き で表す と, 「オール」 よ り も 「オー ウ」 の方が
適切 で あ る。
犬
E x: school, ball,
table,
humble は 「救 う , 棒 ,
堤 防,
繁 忙」 と 聞 こ え る。
弱い 1 (b) : 子音の前の I
舌先が歯茎か ら 「はなれな い 1」 は末尾のほか, 子 音の前の 1に もみ られ る。 大
辞典 Webster ( 3版) も milk [miuk], silk [siuk], film [fium] を標準発音の交代
形 と し て記録 し て い る。
E x: milk,
silk,
film も 「 ミフ レク ,
シル ク,
フ ィ ルム」 よ り も 「 ミ ウ ク,
シ ウ ク,
フ ィ ウム」 の方が英語 に近 い。
強い r : 強音節初頭 に く る r
こ れは舌先が どこ に も触れない r であるが, 円唇に よ る狭窄の持続 (唇 を丸めた
ウの形) と舌先の鋭 い振 り運動があ るので, ウ と ラ行頭音 を混合 し た よ う な強い
摩擦的噪音 と な る。
E x: rich,
red,
run,
rain の 唇 の 動 き は 「売 り 地 ,
売 れ,
売 ら ん,
売 れ ん」 に近
しゝ。
弱い r (a) : 強音節初頭以外の位置に来 る r
子音 と しての性質 を失 っ て弱母音にな るか ( イ ギ リス英語) ,
r 色母音 と して母音
の中に吸収 さ れて し ま う (ア メ リカ英語) こ とが多い。
Ex: ( イ ギ リス英語) ear [ia], dare [d9 1, poor [pua] のよ う に二重母音の第 2
,
要
素
に
な
る
か
,
c
a
r
[ k
( 1 : )
,
b
i
r
d
[ b
a
: d
]
,
d
o
o
r
( d
こ) : ]
の
よ
う
に
長
母
音
の
後
半
部
分
に
な
る。
(ア メ リカ英語) ear[ir,iar], dare[dEr, dEar], poor[pur, puar]
弱い r (b) : 母音間に挟 まれた r
弱い r の う ちで も, イ ギ リス英語では母音間に挟 まれた r は舌先が歯茎に触れる
し
こ
と
が
あ
る
。
そ
の
触
れ
方
は
日
本
語
の
ラ
行
頭
音
と
ほ
ぼ
同
じ
で
あ
る
。
音
声
学
で
は
こ
の
音 を小文字 r の左肩 を削 り取 っ た形 同 で表す。
E x: very [v卜 r- i],
carry [kか r- i], hurry [hA- r- i],
m arried [mか r- id]
以上の説明で, 日本語のラ行頭音が舌先 を歯茎につけ るに もかかわらず, なぜ [I] よ り も
日本語 を土台に し た英語子音の発音指導-
lnner Game of E nglish T eaching
63
[r] が選ばれたか, その理由が分かっ たはずである。つ ま り 日本語のラ行は 田 と [r] の両
方の性格 を合 わせ持つ特別の音なので あ る。 日本音声学会が国際音声記号 と は別 に, こ の
ラ行音にたい し て 「 l の中程右側に r の右方への出っ 張 り を と りつけた形 [IT
] を特に定め
たの も, たぶん上のよ う な理由に よ るのであろ う。
だ とすれば私 たち 日本人が英語子音 [1] [r] を発音す る際, 留意 し なければな ら ないのは
舌の動 き,
と り わけ 「強い I 」 が 「舌先が歯茎 に押 しつけ られて いて, それが容易に離れ
よ う と はし ない」 点である。 なぜな ら既にみた よ う に,
日本語のラ行頭音は舌先が歯茎に
触れはす るが, 英語の I のよ う な閉鎖の持続過程がな く , 全 く 軽 く 短 く 触れるだけなので。
「弱い 「 」 と同 じ にな っ て し ま う か ら で あ る。
8. 半母音 [y,w] と 「や行」 「わ行」
以上で 「子音対照表」 におけ る 「破裂音 ・ 破擦音 ・ 摩擦音 ・ 鼻音 ・ 流音」 のすべて を取
り上 げ, 残 る と こ ろ 「半母音」 だけ と な う た。 と こ ろ で現代 日本語の 「や行」 には 「や ・
ゆ ・ よ」 の三つ, 「わ行」 には 「わ」 ひ とつ しか無い。 しか し, こ の 「や行」 「わ行」 がす
べて発音で き る よ う になれば, 英語の指導 ・ 学習に益す る と こ ろが大 きい。 た と えば 「や
行」で 日本語にはない yi [ji] , ye [je] が発音で きれば, 日本人が もっ と も苦手 とす る year
と ear, yeast と east の区別 もず っ と容易 に な る。 ま たそれだけで な く , 発音で き る語彙 も
大幅 に増 え る0 12
n
u
しt﹂一
一
一
o
bil- lion
y
yap
〇
yeast
y
year
Y alta
・
皿
yam
ゆ
ja
イ ︰
μ
や
イ工
よ
je
jo ]
yes
Y ork
yet
yawn
yell
b(十yond
さ て このよ う に [ya-y卜yu-ye-yo] が発音で きる よ う になれば, 日本人に と っ て最悪の
難所 を越え・るこ とがで きる と して も, 問題は 「い」 [i] と 「イ」 「」] の区別 を ど うすれば簡
単に指導 ・ 学習で き るか と い う 点で あ る。 なぜ な ら 日本語に 「や ・ ゆ ・ よ」 があ る と いっ
て も, 日本語の [j] は英語の [j] と比べて極めて力が弱 く , 次の例のよ う に [j] はいつで も
[i] に取っ て代わられて し ま うか らであ る。 「や行」 から 「イ」 「」i] , 「イ エ」 「」e] が消え
て し まっ たのもたぶん同じ過程 ( [ji] → [i] ↓[je] → 伺 ) によ るのであろ う。
良1,1- よ x
, 1→ しn,1
行 くー ゆ く→い く
蝉 いー かゆ い→ か い い
言 うー ゆ う→い う
ではど うすれば 日本語の [j] の強さ を高め る こ とがで きるか。 それには既に「は行」のと
こ ろ で学んだ よ う に, 「ひ」 [9] の有声音が 「」] とい う知識を活用す る こ とである。 なぜな
ら藤井 (1986:151) は次のよ う なユーモ ラ スな提案 を しているが, いつ も こ んな名案が思い
浮か ぶ わけ で は な いか ら で あ る。
寺
64
D o you love me?
島
隆
吉
に 「嫌 っ す ! 」 と 答 え て ,
ち ょ う ど Y es と 同 じ に な る 。
you も単な る 「友 (ゆ う ) 」 ではな く , 「畏友 ( いゆ う ) ! 」 が よい。
つ ま り上の よ う な名案 を思い浮かばな く て も, 「ひ」の構 えで舌の力 をゆるめて有声化す る
と, [j] が得 られるわけである。 あるいは 「い」 の構 えか ら, 摩擦 を生 じない程度に舌全体
を硬 口蓋に近づけ, 声道 を狭める と [j] の音にな る。 こ う して 田 は子音「ひ」から も母音
「い」 か ら も得 られる母音のよ う な子音のよ う な もので, だか ら こ そ半母音 と も半子音 と
も 言 われ る わけ で あ る。
つ ぎに 「わ行」 につ いて考 え る。 現在の 日本語で は 「わ」 しか 「わ行」 に存在 し な いが,
[wa-wi-wu-w町wo] が発音で きる と, 「や行」 と同じ よ う に, 英語の世界が次のよ う にふ
く らむ。 「わ行」 と それによっ て発音が容易にな る英単語例 を次に示すが, [wu] によ っ て表
記 さ れ るべ き文字が無いので, カ タ カ ナの 「ウ」 で それ を代用す る。
ゝ
.
ウ
つ え
を
wa
wu
we
wo ]
wine
wood
w ent
w ori夕
t
わ
つ い
white
wind
w olf
wait
w alk
what
whisper
xv o nl a n
when
xv a r nl
日本語の 「や行」 で, []] の響 きが非常に弱 く , yi,yeが消失 し, 現在は 「や ・ ゆ ・ よ」
しか残っ て いないこ とは, 既に述べたが, 「わ行」の [w] はその響 きがさ らに弱 く, 残 って
い るのは 「わ」 だけで ある。 しか も, たっ たひ とつ残っ て い る この貴重な 「わ」 で さ え も
私
幸せ
→
[wataS
i
S
iawase]
あた し
し あ あせ
[ataS
i
S
iaase]
のよ う にな りがちで, wはあっ て もな く て もいいよ う な状態す ら見 られる [ この文例 は藤
井 (1986:147) によ る ] 。 だ とすれば [j] の時 と同 じ よ う に, どう すれば [w] の響 き を強
め, 「ウ」 [wu] と 「 う」 [u] の違いを指導・学習させ るこ とがで きるか, とい う 問題が出て
く る。 その点で次の今井 (1980:629) の指導例は大いに参考にな ろ う。
日本語の 「ワ1 の子音には, 唇の要素がご く 弱いのに対 し, 英語の [w] に は極め
て強い 口の丸めがあ る。 筆者は教室で 「口を極端にすぼめ る よ う に」 指導す るが,
それ と 同時に, 「口をすぼめて い る最 中にはまだ声 を出さ な い」 こ と も あわせ て注
意 している。 そ う し ない と, 唇の丸めの特に強い母音 [u] が生 じて し まっ て, [w]
の半母音性が失 われ るか ら で あ る。 声 は, 次 に来 る母 音のため に唇が開 き 始め る
の と同時に出す よ う指導す るわけで あ る。
9. お
わ
り
に
以上で 「 日英語の子音対照表」 で取 り上げ られて い るすべて の子音 を調べ終わっ た こ と
に な る。 その中で英語の子音だけ をひ とつ ひ とつ取 り上げ, 口腔図その他 で調音点 を示 し
つつ発音指導す る よ り も, 「 自分 た ち の話 し て い る 日本 語 を 自覚化 させ, それ を手がか りに
lnner Game of E nglish T eaching 一
日本 語 を 土 台 に し た 英 語 子 音 の 発 音 指 導 -
65
英語音声に迫 る」 方が, はるかに容易 で あ る こ と を示 し て きた。
われわれ教 師は と もすれば新 し い知識 を詰め込むこ と を教育 だ と考 えが ち で あ るが, 本
来の意味での EDUCATE と は 「学習者が 自分の中に持 っ て い る力 を引 き出 し てや る」 こ
と で あ る。 だ とすれば英語子音の発音指導 も, 学習者が も と も と持 っ て い る 日本語の力,
意識化 さ れて いな い 日本語の発話能力 を引 き出 し, それ を 自覚化 し てやれば良いので はな
いか。 こ れが こ の小論 の出発点 ・ 仮 説 で あ っ た。 13
この仮説の も と で 「子音対照表」 で取 り上げ られて い るすべ ての子音 を調べてみた訳で
あ るが, 以上の研究で明 らかな よ う に, 「 日本語音声の 自覚化 さ れた知識 を土台に発音訓練
をす る一そのよ う な こ と をで きない英語子音」 はひ とつ も存在 し なかっ た。 つ ま り 日本語
に存在す る音 を少 し修正 し た り, 加工 し た りす るだけ で必要 な英語音 を習得 で き るので あ
る。 こ れは上の仮説の妥当性 を示す ものである。 しか し上の仮説の正 し さ をいっ そ う裏付
け るためには, こ のよ う な理論上の研究だけで な く , こ の理論 を教室で実践的に検証す る
必要が あ る。 それは今後の課題 で あ る。
NOteS:
1 . こ のス ピー チ は高校国語の読み取 り教材 と し て も使 われて い る。 梅 田 et al. 1987がその典型で あ る。
また 映画 『独裁者』 の批評 を通 し て, 「逆 さ の時代」 と し てのナチ ス ・ ドイ ツ ( お よび現代) を鋭 く 分
析 し た ものに丸山 (1966: 462-492) の古典 的労作があ る。
2 . しか し 「破擦音」 であ とひ とつだけ残さ れているのは, 破擦音 [tr(dr) ] が英語でなぜ取 り上げ られて
いるか とい う 問題である。 なぜな ら英語の独立 し た子音 と して [tr(dr) ] は普通 どの音声学のテ キス トに
も取 り上げ られて いないか らである。 この点に関 して今井 (1980:53) は次のよ う に説明している。
英
語
で
は
t
r
y
,
t
r
a
i
n
,
d
r
a
i
n
に
み
ら
れ
る
よ
う
な
語
頭
の
位
置
か
,
a
t
t
r
a
d
,
a
d
d
r
e
s
s
の
よ
う
な
語
中
の
位置にあ ら われ, 語尾にはあ らわれない。 音韻的には [pr,br,kr,gr] のよ う な音連続 と同種の もの
とす る解釈 も可能であろ う。 が, こ こ で [tr,dr] を独立 し た単位 と して取 り上げるのは, こ れ らに
おいて [t,d] と r の間の相互の影響が, 他の破裂音プ ラ ス r の場合 よ り大 き く, 従ってこのよう
に扱 う こ とが学習上, 有効で あ る こ と を主な理由 とす る。
3 . 日本語の母音は正確 に言 う と, [(Ei-u-eべ)] ではな く , (a-i-w-eべ)] で あ るか ら (今 田 1981, 川上
1977) , [ す ] は [sw] とな るわけだが, こ こ ではそこ まで厳密な区別は必要ない と思われるので, [su] と
略記 し て お く 。
4 . chapter を [ キャ プ ター] と発音 した り, character を Eテャ ラ ク ター] と発音する学生 も時々いるが,
これぱ ch とい う文字が時に応 じて [S
], [k], [tS
] と多様に発音さ れるこ とによ る。 ある時に習得 した
ch の発音 を他 に も応用 し よ う と し た点 で, こ れ も一種の 「過剰汎化」 と いえ る。
5 . 藤井 (1986:166, 167) は [z] [3] が 日本語では 「語末に現れるこ とはないので, 英語発音の手がか り と
しては役立たない」 と しているが, 彼 自身が 日本語における [3] の例 と して 「し じみ」 「もみし」 の 「 じ」
を あげて い るか ら, こ れは明 らかに誤 り で あ る。他に も こ のこ と を指摘す る文献は少な く な い。 た と えば
塩原 (1987:197) も 「語中 ・ 語尾では弱めの摩擦音 [z] [3] と な り ます」 とはっ き り述べて いる。
6 . 今井 (1980:53) によれば, 複数形語尾以外の単一形態素 と して [ts,dz] が現れるのは, 全 く 無いわけで
は な い。 quarts, adze は そ の数 少 な い例 外 だ そ う で あ る 。
7 . 無理に表記す る とすれば「はベ イーホ ウベ ーは」のよ う にな るか も知れない。 と い う のは「たーテ ィ ート ゥ
ーてーと」 も 「だーディ ード ゥーでーど」 も, 「テ ィ ・ ト ゥ」 「ディ ・ ド ゥ」 は50音の最期のふたつ 「てヽと」 「で・
ど」 を借 りて表記 しているからである。 し か しそれに して も 「ヘ イ ・ ホ ウ」 で [hi,hu] を表記す るのは,
ど う し て も無理があ る よ う に思え る。
8 . 今井 (1980:54-55) は英語音 [f,vD こ関 し て, 「上の歯 と下唇 と言 う, よ く 見える箇所の狭めに よ る音で
寺
66
島
隆
吉
あ るに も 関わ らず, こ れ までの と こ ろ指導の効果が上か っ て いな い音で あ る。 原因のひ とつ は, よ く 行 わ
れる 上 の歯で下唇 をかむ と 言 う 指示 にあ るか も知れな い」 と し,
下唇の内側 を上の歯に く っ つけ る
と い う 指示の方が, よ り よ い効果 を生む。」 と述べて い る。 次に引用す る藤# 1986と合 わせ読む と, 極め
て興味深 い指摘 で あ る。
9 . 同 じ2. 1. の図表で 日本語の [s] に対応す る有声音が空欄になっ ているのは, 「さ行」に対応す る「ざ行」
が英語 と違っ て, [za-31-zu-zにzo] ではな く , [dza-d31-dzu-dze-dzo] となるこ とによ る。つ ま り 日本語
では [s] に対応す る有声音 [z] は存在せず, [ts] の有声音である [dz] で代用 しているわけである。
10. 厳密に いえば, 日本語の 「な行」 子音の調音点が 「歯」 であ るのに対 し, 英語り [n] は 「歯茎」 である
(今# 1980:57) 。 また 「な行」 も [na-ni-nu-ne¬no] ではな く, 「na」 11-nu-ne-no] とす るのが正 しい (今
田1990:50) 。 つ ま り 「な行」 は正確には, 次のよ う なふたつの音系列か ら成 るわけであ る。
[n]
UI]
なー (二)-
ぬー
ねーの
ニャ丿こーニューニューニヨ ・
しか し こ こ では, こ のよ う な微少な差異は取 り上げないこ と とす る。初学者には, このよ う な差異よ り も [n,
D, g] の違い を認識させ る こ との方が大切だか らである。
11. 確かに 「パ ン ・本 ・紺 な ど, 語末に使 われ る
ン
は, 世界の言語音の中で も極めて例が少 な く , 筆者
はエ ス キ モー語 ぐ ら いに し か実例 を知 ら な い。 I PA で は こ れ を こ れ を ス モー ル ・ キャ ピ タ ル と い っ て,
小文字 と 同 じ寸法で字形だけが大文字 と い う 特殊 な [N] で表記す る (城生1989:140) 」 こ と は事実であ
る。 しか し, 川上 (1977:43) に よ る と, 「 [U] の場合は奥舌 を持 ち上げて, 空気への通路 をふ さ ぐのだ
が, [N] の場合は, … 軟口蓋の位置一番奥の部分が下げられてお り, 自然 と奥舌 と接触 している」 という
だけの違 いである。 その上, こ の [N] は「外国人だけでな く , 関西人も苦手 とす る音 (塩原1987:246-247) 」
だ とすれば, 英語学習に とっ て 圈 と [NI の違いはやは り当面, 無視 して よい と思われる。
12. 語頭の y- は確かに [j] と考 えて良いが, boy, today, happy, hairy な ど音節末尾の位置での綴 り字
yは, 強音節であれ弱音節であれ, 必ず弱母音 [i[り] であっ て, 決 して [j] ではない。
13 . Gallwey 1974 ・ Gallw ey 1976は 「外 か ら 知 識 や 技 術 を 詰 め 込 む の で は な く ,
人間が本来持 っ て い る 力
を引 き出す」 と い う 考 え方 を テニ スに応用 し, 成功 し た経験 を理論化 し, 一冊の本 に ま と め た も ので あ
る。 その意味で,
こ の小論 は Gallwey 1974 ・Gallwey1976を英語教育 に応用 し よ う と し た試み と も言え
る。 しか し Gallweyが ヒ ン ト を得 たのは合気道や禅の考 え方だ っ た と い う か ら, 歴史は皮肉な ものであ
る。 なぜ な ら私 の試みは彼が 日本か ら輸入 し た理論 と実践 を今度は 日本に逆輸入 し よ う と す る も の と も
言 え るか ら で あ る。
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