サーカス象に水を

サーカス象に水を サラ・グルーエン著
!4月のブッククラブの課題図書に、多くの友達が勧めてく
れる「サーカス象に水を」を選びました。期待は裏切られ
ず、350ページを2日以内に読んでしまいました。
!主人公は老人ホームに住む90代のジェイコブ。気難しい
老人である。ある日通りの向こうにサーカス小屋が掛けら
れ始めた時、彼は波乱に富んだ若い頃のことを思い出す。
青年時代、不慮の事故で両親を失い、家を出て、放浪の挙
句サーカスに獣医として加わった。心躍らすサーカスの魅
惑的な雰囲気の裏側に、暗い陰湿な世界が隠されている、
特に1930年代の旅回りのサーカスには。ジェイコブの
加わったサーカス団は酷薄な団長に率いられ、用が無く
なった団員は容赦なく追い出された。団員同志も対立し、
曲芸師の団員は裏方の団員を 視し、またその逆もしかり
であった。
!ジェイコブは、猛獣使いのオーガストとその美しい若妻で
ホースライディングを演じるマーリーナと親しくなる。夫
婦の見かけと実態は裏腹だった。ステージでは満面の笑み
と派手で大仰なしぐさをするオーガストは、実は癇癪持ち
で精神を病んでおり、仲間内でしょっちゅういさかいを起
こした。マーリーナは、夫の起こす問題の後始末に苦労し
ている。ジェイコブは次第にそんなマーリーナに魅かれて
いく。これが悲劇の始まりだと誰しも想像がつくだろう。
この混乱の最中、サーカスは一頭の象を買った。ロー
ジー。ロージーにも秘密があったのだ!
!「サーカス象に水を」は事実考証が良くなされている;
サーカス団員たちの性格はエキセントリックで愉快だ。
ジェイコブ、マーリーナ、オーガストの三角関係は、様々
な感情のもつれとストレスを孕んでいる;そして、かわい
い愛すべきロージー。登場人物、ストーリー、冒険の素晴
らしいコンビネーションが結末に向かって奇想天外に展開
してゆく。読者のあなたを捉えて離さない、あなた自身も
そのサーカスに加わっているような興奮を感じるでしょ
う! (K.T)
訳:神村伸子(Nobuko Kamimura)
!題名の『サーカス象に水を』は物語の奥にある象徴的な意
味を理解する である。物語はタイトルの意味を明確に説
明していないが、それが何かの比喩であると言える。
ある日、ジェイコブはマッギンティが自慢しているのを
耳にする。マッギンティはかつて象の飲む水を運んでいた
というのである。それを聞いたジェイコブは激怒する。
ジェイコブは象が1日にどれくらいの量の水を飲むのかと
いうこと、またその量が一人の人間が運べる量ではないと
いうことを知っている。そこである看護士がジェイコブを
なだめる。「年を重ねると、ときどき自分が考えているこ
とや願っていることがまるで現実であるかのように思われ
ることがあります。そう思っていると次第に自分の考えが
現実であると信じるようになります。信じるようになると
今度は自分でも気がつかないうちに自分の人生の一片とし
て記憶に練りこまれているものなのです。」マッギンティ
は自分が覚えておきたいことを選んだ
だけに過ぎないのである。
マッギンティが気づかないうちに記憶の選択をしていた
ように、ジェイコブも無意識のうちにマッギンティと同じ
ことをしていたのかもしれない。我々は物語の序盤にある
重要な事件を目撃する。動物が逃げ出した騒動の最中に
ジェイコブは恋人のマーリーナを探す。ジェイコブはマー
リーナが象のロージーと一緒にいるところを見つけると、
視線をマーリーナの夫オーガストに移す。ジェイコブは
「彼女は何かに手を伸ばした…彼女は杭を高く持ち上げて
振り下ろした。」と回想しその後オーガストが殺されたと
記憶している。
この時点では「彼女」が誰であるのか明確にわからな
い。「彼女」がマーリーナである可能性もあるが確かでは
ない。物語の後半でジェイコブが同じ事件についてもう一
度述懐するときは、オーガストの頭を叩いたのは象のロー
ジーであると明確に語っている。このようにジェイコブと
マッギンティの両者は不確かな記憶を述べており、『サー
カス象に水を』は不明確であり、変幻自在を極める記憶の
象徴であると考えられるのではないか。
我々の記憶も非常に脆く、簡単に書き換えられる。我々
も皆、ジェイコブと同じように信頼できない語り手になり
うるのである。我々は過去の記憶から幸せな気持ちもそう
でない気持ちも感じることがある。残念ながら(もしくは
好都合なことに)我々は記憶を細かく確認することができ
ない。もし過去をどのように見るかにすべてがかかってい
るならば、
不正確ながらも我々を幸せにしてくれる記憶を手に入れて
はどうだろう。(Y.R.)
!90歳を超えるジェイコブは老人施設で暮らしている。そ
こでは昔のサーカスでの豊富な体験が逆に周囲と摩擦を起
こす結果となっていた。
彼は若い頃、両親を事故で亡くし、その後、意外な出会い
からサーカスで働くこととなり、そこでさまざまな忘れが
たい経験をした。大学で獣医の勉強をしていた彼はいろい
ろな動物のケアを任された。そして象使いのオーガストと
その妻マーリーナに出会い、彼女に恋をする。夫は精神疾
患を患っており、彼の過去の女性達はひどい目に遭わされ
ていた。ついにマーリーナも、夫のつまらぬ嫉妬からジェ
イコブとの関係を疑われ激しく暴力を振るわれた。そして
ジェイコブが彼女を助けようと必死の努力をするストー
リーが展開される。
ジェイコブは家族の施設訪問日、町に来ていたサーカスを
ぜひ見物に行きたくて仕方がない。ところが息子達はやっ
て来ない。ついに、彼は歩行器を降り、一人ふらつきなが
らサーカスへと歩いて行った。幸いにも、理解あるマネー
ジャーに入場を許可され、ショーを見学することできた。
ショーが済み、彼はマネージャーに昔のサーカスの話をす
るよう頼まれた。彼の話は大変喜ばれた。施設で自分を理
解してくれていた看護師が辞めることを知らされており、
そこへ戻る気持ちもない。迷った挙句、彼は「ぜひ自分を
サーカスの切符売場で働かせてもらいたい。」とマネー
ジャーに強く願った。
!マネージャーは警察がジェイコブを探しに来た際にも「こ
のテントこそ彼にとってはホームなんです。」と言いい、
彼の仕事をしたいという希望を真剣に聞いた。ジェイコブ
は人に介護されながら施設で暮らすより、ぜひ人間として
生きがいを持ってくらしたいと考えた。
この気持ちこそ施設で暮らす世の老人たちの真実の声かも
知れないと自分は思う。(M.M.)
I-News 98 June/July 2014 Early Summer Issue 18