詳細 - 日本心理学会

日心第70回大会(2006)
心理面接における話者理解に関する実証的検討(1)
-カウンセリング対話の時間構造の分析手法の提案-
○長岡千賀 1, 2
桑原知子 2 渡部 幹 3 吉川左紀子 2
1
2
( 日本学術振興会
京都大学大学院教育学研究科 3 京都大学大学院人間・環境学研究科)
key words:カウンセリングの質,対話の時間構造
心理面接(以下カウンセリング)のセラピスト(以下 Th)
とクライエント(以下 Cl)の対話において,Cl 自身が発話に十
分に時間を使えること(i.e. Th が話し過ぎないこと)がカウ
ンセリングの質の高さと関係することが,経験豊富な熟練カ
ウンセラーによって記述されてきた(例えば東山, 2000).し
かし実際のカウンセリング中の Th と Cl の発話がどのような
時間構造(temporal structure)をもっているのかを定量的
に示した研究はほとんどない.そこで本研究では,Th と Cl
の発話長および発話間のポーズ等の分析を行い,カウンセリ
ング対話の時間構造を定量的に示す手法を提案する.例とし
て模擬スクールカウンセリングの対話を取り上げて分析し,
カウンセリングの評価などとの対応を検討した.
方法
素材 教師教育教材『学校教育とカウンセリング』(宮本・山
田監修)から事例 1(現役の女性教師と女子中学生)と事例 2
(現役の女性スクールカウンセラーと男子中学生)を監修者
の使用許可を得たうえで用いた.いずれも模擬カウンセリン
グを撮影したもので,専門家のコメント(DVD に収録)に
よれば,事例 1(約 15 分)は「先生(以下 Th)の熱意は生徒
(以下 Cl)に伝わっている」が「Cl は内観を十分に表現で
きていない」のに対し,事例 2(約 27 分)は「全体に温かい雰
囲気」で「Cl がこれからどうしたらよいかある程度イメージ
できるところまで進んだ良いカウンセリングの例」である.
相談内容は,事例 1 ではクラスメイトからの無視,事例 2 で
は受験校選択に関する両親との対立であった.
分析指標 以下の 7 つを指標を用いた(図1)
: Th の発話長,
Cl の発話長,Th の発話内潜時(同一話者の発話で挟まれた
0.4 秒以上続く無音区間の長さ.以下ポーズ),Cl の発話内潜
時,Th の反応潜時(話者交替の際に,相手が話し終わって
から自らが話し始めるまでの無音区間の長さ)
,Cl の反応潜
時, 話者交替時のオーバーラップ長(相手が話し終わらない
うちに話者が話しはじめた場合にできる 2 話者の音声が重な
る区間の長さ)
.
Th の発話長
Th のポーズ
Th の音声波形
Th の
反応潜時
Cl の音声波形
話が続く場合は,相槌の開始時刻を測定した.発話の開始・
終了時刻から上記の各指標を算出した.
結果および考察
図 2 に,各事例全体における7分析指標の内訳を示す.Cl
が使用した時間長,すなわち,Cl の発話長とポーズ,および
オーバーラップ長の合計時間の割合(以下,占有時間)は,
2 事例間で異なる.Th の占有時間は事例間で大きな差がない
が,専門家によって「Cl は内観を十分に表現できていない」
とされる事例1における Cl の占有時間は(35%),「良いカウ
ンセリング」と評価されている事例 2 (50%)よりも短い.さ
らに Cl の占有時間を 5 分刻みで求め時系列的変化を調べた
ところ,事例 2 では全体を通して 48-62%の範囲でなだらか
に変動するのに対して,事例 1 においては,最初 5 分間では
45%,中盤では 33%,最後は 29%とより急激に単調に減少
している.これらの結果は,
「Cl は内観を十分に表現できて
いない」とする専門家のコメントに呼応する.また,Cl の
Th に対する信頼感の程度は,各事例の音声を第 3 者に聞か
せた場合,事例 1 の方が(10 段階評定中,M = 5.3,SD = 1.9)
事例 2(M = 7.9,SD = 1.6)よりも有意に低いと評定される
ことにも(Nagaoka, Yoshikawa, Komori, 2006),上記の
結果が関連していると考えられる.
以上から,Th,Cl それぞれの占有時間は,カウンセリン
グの質,或いは Cl の心的過程やカウンセラーとの関係性を
反映する指標となると言え,本分析手法の有効性が示された.
100%
90%
Clの反応潜時
80%
Clのポーズ
70%
60%
Clの発話長
50%
オーバーラップ長
40%
Thの発話長
30%
Thのポーズ
20%
Thの反応潜時
10%
Cl の反応潜時
オーバーラップ長
Cl の発話長
図 1 分析指標
分析方法 波形編集ソフト(DigiOnSound5: DigiOn)を用い
て,音声波形を視覚的に見ながら,かつ音声を聞きながら,
発話の開始・終了時刻を 10 ミリ秒精度で測定した.相手に
対して「ふーん」などの相槌のみが返された場合(後に発話
が続かない)は測定対象外としたが,相槌の後に何らかの発
0%
事例1
事例2
図 2 各事例の時間構造 100%は,事例 1: 約 15 分,事例
2: 約 27 分.上部は Cl の占有時間,下部は Th の占有時間で
ある.
参考文献 Nagaoka, Yoshikawa, Komori 2006 Embodied Synchrony of
Nonverbal Behaviour in Counselling. Proc. of the 28th Annual Conference
of the Cognitive Science Society (CogSci 2006).
付記:本研究は,21 世紀 COE『心の働きの総合的研究教育拠点』
(京
都大学心理学連合)による補助を受けて実施された.
(NAGAOKA Chika, KUWABARA Tomoko, WATABE Motoki,
YOSHIKAWA Sakiko)