n 次行列の対角化と三角化 K = R または K = C とする.行列の成分,ベクトルの成分,固有値はすべて K の元 とする.K = R のときと K = C のときで状況が異なる場合には,正確を期すために “K において” ということがある. K の元を成分とする n 次行列 A について,K の元を成分とする n 次正則行列 P を適 当に選んで P −1 AP を良い形の行列にすることを考える. P −1 AP = B とおくと,P −1 (tEn − A)P = tEn − B だから,特性多項式について FA (t) = FB (t) が成り立つ.よって,A の固有値と P −1 AP の固有値は一致する.λ ∈ K を A の固有値,x ∈ K n を固有値 λ に属する A の固有ベクトルとする.Ax = λx.y = P −1 x とおくと,By = P −1 AP P −1 x = P −1 Ax = λP −1 x = λy となるので,y は固有値 λ に属 する B の固有ベクトルである. K の元を成分とする n 次行列 A について,P −1 AP が対角行列となるような K の元を 成分とする n 次正則行列 P が存在するとき,A は K において対角化可能 (diagonalizable) であるという.A が対角化可能かどうかは,K = R のときと K = C のときで異なる場合 があるので,区別する必要がある. 第 j 列が v j ∈ K n である n 次行列 P = (v 1 v 2 · · · v n ) を考える.A と P の積 AP の第 j 列は Av j だから,AP = (Av 1 Av 2 · · · Av n ) である.一方,対角行列 λ1 0 · · · 0 0 λ2 · · · 0 S = .. (1) .. . . .. . . . . 0 0 ··· λn について,P と S の積 P S の第 j 列は λj v j であり,P S = (λ1 v 1 λ2 v 2 · · · λn v n ) となる. 特に,AP = P S が成り立つための必要十分条件は,すべての j (1 ≤ j ≤ n) について Av j = λj v j となることである. {v 1 , v 2 , . . . , v n } が K n の基底であることと,P = (v 1 v 2 · · · v n ) が正則行列であるこ とは同値である.AP = P S であれば,この両辺に左から P −1 をかけると P −1 AP = S が 得られる. 以上の議論により,次の定理が得られた. 定理 K の元を成分とする n 次行列 A について,次の (i) と (ii) は同値である. (i) A の固有ベクトルで構成される K n の基底が存在する. (ii) P −1 AP が対角行列となるような K の元を成分とする n 次正則行列 P が存在する. P −1 AP が対角行列となるとき,その対角成分として行列 A の固有値がすべて現れる. また,P の列ベクトルはすべて行列 A の固有ベクトルである. ( ) ( ) 1 3 3 1 例 A= について,P = とすると 1 −1 1 −1 ( ) ( ) 1 1 1 2 0 −1 −1 , P AP = P = 0 −2 4 1 −3 1 2 1 1 1 0 1 例 A = 1 2 1 について,P = −1 1 1 とすると, 1 1 2 0 −1 1 2 −1 −1 1 0 0 1 P −1 AP = 0 1 0 P −1 = 1 1 −2 , 3 1 1 1 0 0 4 ( 例 A= ) ( ) 0 1 1 1 とする.K = C のときは P = とすると −1 0 i −i ( ) ( ) 1 1 −i i 0 −1 −1 , P AP = P = 0 −i 2 1 i となる.しかし,実数の範囲に限ると A は対角化可能ではない. ( ) −1 1 例 A= は,K = C のときでも固有ベクトルで構成される K 2 の基底が存 0 −1 在しないので,対角化可能ではない. P −1 AP = S であれば,S 2 = P −1 AP P −1 AP = P −1 A2 P である.任意の自然数 k につ いて,k 個の積は S k = P −1 Ak P である.S が (1) の形の対角行列ならば,S k は (i, i) 成分 が λi k の対角行列である.よって,P と S がわかっていれば,Ak = P S k P −1 により A の k 個の積 Ak は容易に計算できる. K の元を成分とする n 次行列 A の特性多項式 FA (t) について,FA (t) が K において 1 次式の積に因数分解されるとは,異なる K の元 λ1 , λ2 , . . . , λr が存在して FA (t) = (t − λ1 )m1 (t − λ2 )m2 · · · (t − λr )mr (2) が成り立つことをいう.ここで,m1 + m2 + · · · + mr = n である. 定理 K の元を成分とする n 次行列 A について,次の (i) と (ii) は同値である. (i) A の特性多項式 FA (t) は K において 1 次式の積に因数分解される. (ii) P −1 AP が上三角行列となるような K の元を成分とする n 次正則行列 P が存在 する. 証明 FA (t) = FP −1 AP (t) であり,上三角行列の特性多項式は 1 次式の積だから,(ii) が成り立てば (i) は成り立つ. (i) が成り立つと仮定して,n に関する帰納法で (ii) が成り立つことを示す.n = 1 の ときは,A は上三角行列だから (ii) は成り立つ.n − 1 のとき (ii) が成り立つと仮定する. (i) が成り立つので,行列 A の固有値 λ1 ∈ K が存在する.v 1 ∈ K n を固有値 λ1 に属する 固有ベクトルとする.Av 1 = λ1 v 1 .v 1 に v 2 , . . . , v n ∈ K n を付け加えて {v 1 , v 2 , . . . , v n } が K n の基底になるようにする. 2 ≤ j ≤ n について,Av j は v 1 , v 2 , . . . , v n の線型結合で ∑n 表せる.Av j = i=1 bij v i (bij ∈ K).第 j 列が v j である n 次行列を Q = (v 1 v 2 . . . v n ) とおく. λ1 b12 · · · b1n 0 b22 · · · b2n B = .. .. .. . . . 0 bn2 · · · 2 bnn とすると,AQ = QB で Q は正則行列だから,Q−1 AQ = B となる. B から第 1 行と第 1 列を取り除いて得られる n − 1 次行列を B ′ とおく. b22 · · · b2n .. B ′ = ... . bn2 · · · bnn B の特性多項式と B ′ の特性多項式について,FB (t) = (t − λ1 )FB ′ (t) が成り立つので, 仮定により B ′ の特性多項式は K において 1 次式の積に因数分解される.よって帰納法の 仮定により,K の元を成分とする n − 1 次正則行列 R′ で R′−1 B ′ R′ が上三角行列となるも のが存在する. 1 0 ··· 0 0 R = .. ′ . R 0 とすると,R−1 BR は上三角行列なので,P = QR とおくと (ii) が成り立つ. 上記の定理を用いると,次のようにして Cayley–Hamilton の定理が証明できる.A を n 次行列とする.K = C とし,A の特性多項式 FA (t) を 1 次式の積に因数分解したものを FA (t) = (t − α1 )(t − α2 ) · · · (t − αn ) とする.αi ∈ C である.(2) の形の因数分解とは異な り,α1 , . . . , αn には同じものがあってもよい.t に A を代入すると, FA (A) = (A − α1 En )(A − α2 En ) · · · (A − αn En ) (3) となる. 前定理により,B = P −1 AP が上三角行列になるような n 次正則行列 P が存在する. B の対角成分は A の固有値だから, α1 ∗ · · · ∗ 0 α2 · · · ∗ B = .. .. . . .. . . . . 0 0 ··· αn としてよい.FA (t) = FB (t) であり,t に B を代入したものは P −1 FA (A)P に一致する. P −1 FA (A)P = FA (B) = (B − α1 En )(B − α2 En ) · · · (B − αn En ) (4) 行列 B の形に注意すると,k = 1, . . . , n について,(4) の右辺の左から k 個の行列の積 (B − α1 En )(B − α2 En ) · · · (B − αk En ) の第 1 列から第 k 列までのすべての成分は 0 であることが,k に関する帰納法で容易に確 かめられる.特に k = n のときは零行列 O になるので,(4) の右辺は O である.よって, FA (A) = O がわかる. A の成分がすべて実数のときも,K = C として上記の議論をすれば,同じ結論 FA (A) = O が得られる.以上により,Cayley–Hamilton の定理が証明された. 3 問題 1. 次の行列が C において対角化可能かどうか判定せよ.対角化可能のときは,P −1 AP が 対角行列となるような正則行列 P を求めよ.ただし,(6) の α は任意の定数である. ( ) ( ) 1 0 2 0 −1 −1 0 (1) (2) (3) 0 1 1 −1 0 2 −1 0 0 2 1 0 0 (4) 1 1 0 2 1 2 6 −3 −2 (5) 4 −1 −2 3 −2 0 2. 次の行列 A の n 乗 An を計算せよ. ( ) 2 1 1 1 3 (1) (2) 1 2 1 1 −1 1 1 2 4 α 0 (6) 0 0 1 α 0 0 0 1 α 0 0 0 1 α 解答とヒント 1. (1) FA (t) = (t − 1)(t + 1) で固有値の重複度はすべて ( 1 だから, A は対角化可能であ ) ( ) 1 1 る.固有値 1 および −1 に属する固有ベクトルとして, および があるので, −1 1 ( ) ( ) 1 1 1 0 P = とすると P −1 AP = となる. −1 1 0 −1 ( ) 0 2 (2) FA (t) = (t + 1) で,固有値 −1 に属する固有ベクトルは の 0 以外のスカラー倍 1 に限るので,対角化可能ではない. 1 0 2 (3) FA (t) = (t − 1) (t − 2) で,固有値 1 に属する固有ベクトルは 0 と 1 の線型独立 0 0 2 1 0 2 なものがある.固有値 2 に属する固有ベクトルとして 1 があるので,P = 0 1 1 1 0 0 1 1 0 0 とすると P −1 AP = 0 1 0 となる. 0 0 2 0 2 (4) FA (t) = (t − 1) (t − 2) で,固有値 1 に属する固有ベクトルは 1 の 0 以外のスカ −1 ラー倍に限るので,対角化可能ではない. (5) FA (t) = (t − 1)(t − 2)2 で,固有値 2 に対する固有空間は 1 次元なので,対角化可能で はない. (6) FA (t) = (t − α)4 で,固有値 α に対する固有空間は 1 次元なので,対角化可能ではない. ( ) ( ) 3 1 1 0 −1 とすると P AP = 2 だから, (1) 本文中にあるように,P = 1 −1 0 −1 ( ) n 3 − (−1)n 3 n −1 n −1 n−2 3 + (−1) A = P (P AP ) P = 2 1 − (−1)n 1 + (−1)n 3 1 0 1 1 0 0 (2) 本文中にあるように,P = −1 1 1 とすると P −1 AP = 0 1 0 だから, 0 −1 1 0 0 4 n 4 + 2 4 n − 1 4n − 1 1 An = P (P −1 AP )n P −1 = 4n − 1 4n + 2 4n − 1 3 4n − 1 4n − 1 4n + 2 2. 5
© Copyright 2024 ExpyDoc