05 2015 Vol.45 No.5 Digest ダイジェスト 特集 超ハビタブル惑星 私たちが暮らす地球は生命にとって理想的な 「ハビタブル」 な惑星であるように思える。地球が周回しているのは穏やか な中年の恒星で,これまで数十億年にわたって安定した光を 放ってきたので,生命が発生し,進化するのに十分な時間が 生命の理想郷 スーパーアース……34 ページ あった。しかし,地球のハビタビリティについて詳しい研究 R. エレール(加マクマスター大学) が進むにつれて,地球は生命にとってそれほど理想的な世界 有力候補を探せ 系外惑星の空を観る……44 ページ 中島林彦(編集部)/協力:成田憲保(国立天文台) ではないことがわかってきた。太陽より小さくて暗い恒星と 地球より大きな岩石惑星(スーパーアース)の組み合わせの 方が,よりハビタブルであるとの説が提唱されている。近い Ron Miller 将来,太陽系の近くにあるそうした惑星系の探索が本格的に 始まる。日本も国際的な探索網の一翼を担う。 2 日経サイエンス 2015 年 5 月号 行動科学 よい習慣,悪いクセ 習慣を作る脳回路…… 50 ページ A. M. グレイビエル(米マサチューセッツ工科大学)ほか ある行動を繰り返すと,それが習慣になることがある。自 動車の運転など,必要な操作に習熟して無意識にこなせるよ うになる よい 習慣もあれば,望ましくない 悪い クセ がついてしまうこともある。そもそも,習慣ができるのはな ぜなのだろうか? その神経科学的なメカニズムが見えてき た。脳の線条体という領域を含む回路が,一連の行動を 1 つ の「チャンク(塊) 」として扱って,これが習慣として定着 するらしい。一方,脳の新皮質は習慣を監視している。これ Marek Haiduk らについてさらに理解を深めれば,良い習慣や悪い習慣をう まくコントロールするのに役立つ薬や行動療法,より簡単な 方策が見つかる可能性がある。 海洋考古学 海に眠る歴史の宝物 沈没船のお宝を探せ 海洋考古学の新時代 ……56 ページ P. J. ヒルツ(サイエンスライター) COURTESY OF BRETT SEYMOUR Woods Hole Oceanographic Institution フィリピン沖の海底で戦艦「武蔵」とみられる船体が発見 され,話題になっている。これは自律型の無人海底探査機に よる発見だが,地中海では生身のダイバーがハイテクを活用 して沈没船から考古学的な お宝 を発掘している。船が沈 んでいる海底の場所を素早く見つけて周囲を地図に描き,陸 上の考古学遺跡を発掘するのと同じ精度で調査することが可 能になった。長時間の潜水作業ができる「リブリーザー」や, ダイバーを大気圧に保てる金属製の「エクソスーツ」など潜 水具の進歩も大きい。ポエニ戦争で沈んだローマとカルタゴ の戦艦などが見つかり,海洋考古学は新時代を迎えている。 日経サイエンス 2015 年 5 月号 3 Digest ダイジェスト 医学 ウイルスが薬に がんをたたくウイルス療法……64 ページ D. J. マホーニー(加カルガリー大学)ほか ウイルスを使ってがん細胞を殺すアイデアが生まれたのは 100 年ほど前のこと。子宮頸がんのイタリア人女性が犬に噛 まれ,狂犬病ワクチン(弱毒化した狂犬病ウイルス)の接種 を受けたところ,腫瘍が消えたのがきっかけだった。ただ, その後のウイルス療法は成果がまちまちで主流にならなかっ たが,近年になって状況が変わってきた。特別な遺伝子組み 換えウイルスは,健康な組織を害さず腫瘍細胞だけに感染し Illustration by GUYCO て破壊できる。免疫系を刺激して腫瘍を攻撃させる機能を付 加したウイルスも開発された。既存の治療法を補完する有力 なアプローチとして,今後数年のうちにいくつかのウイルス 薬が実用化しそうだ。 技術 色が語る新たな世界 色の変化で 動きを見る モーション顕微鏡……70 ページ F. デュラン(米マサチューセッツ工科大学)ほか 青ざめたり赤らんだり,顔色には感情の起伏が表れる。し かし,まったく平静なときにも顔色は心臓の拍動に合わせて 微妙に変化している。画像処理技術が進歩,今や顔色から脈 拍が読み取れるようになった。その研究に取り組んでいた著 者らは,微妙な色の変化から,目で捉えるのは難しい微小な 動きを検出できることを発見。微かな動きを拡大して表示す る「モーション顕微鏡」を考案した。寝ている赤ちゃんの映 像を,その顕微鏡にかけると,呼吸による体の動きがはっき Sean McCabe り見えてくる。遠目には静止している建設クレーンが風を受 けてほんのわずかに揺らぐ様子も検出できる。健康チェック や機械の異常診断など様々な分野への利用が期待されている。 4 日経サイエンス 2015 年 5 月号 時間生物学 チームで協調,生物時計 体のあちこちで働く 末梢時計……78 ページ Illustration by Kyle Bean; PHOTOGRAPH BY MITCH PAYNE K. C. スンマ(米ノースウェスタン大学)ほか 多くの生物は 1 日 24 時間の概日リズムに従っている。脳 の「視交叉上核」にある生物時計が多くのプロセスを調節し ていることが知られているが,ここ数年で,肝臓や膵臓など の組織にも局所的な時計が見つかった。食事や睡眠のタイミ ングがいつも不適切だと,これらの末梢時計が脳の親時計と ずれてしまい,肥満や糖尿病,うつ病などの疾患にかかりや すくなる──そうした関連を示す研究結果が増えている。 食物 ワインは気候の産物 温暖化が脅かす ワインの味……84 ページ K. A. ニコラス(ルンド大学=スウェーデン) COURTESY OF ROBERT SINSKEY VINEYARDS 気候変動で多くのワイン産地の気温が上がっている。気温 はブドウの実の糖分や酸,香りを生み出す微量成分を左右す るので,産地特有のワインの風味を保てなくなる恐れがある。 ブドウ農家はブドウの木の列の向きや葉の配置を変えて日陰 を増やすなどして対応しているが,暑さを避けてブドウ園を 北や高地に移すのは多額の費用がかかるうえ,湿度や土壌条 件が異なるため,同じ風味のワインにはならないだろう。 科学と社会 情報透明化の選択圧 透明化が社会に強いる進化……92 ページ D. C. デネット(米タフツ大学)ほか 5 億 4000 万年前の海で生物の多様性が急増した「カンブ リア爆発」は,海の透明化に適応する爆発的進化だったとい Illustrations by Zohar Lazar う説がある。デジタル技術が現代社会をどう変えていくかを, これになぞらえて考察できる。太古の動物が体形や捕食者を 欺く方法を進化させて透明化に適応したように, 「情報の透 明化」が組織の進化に大きな選択圧を及ぼし,機密保持が難 しくなった国家や企業は同様の防護策を発達させるだろう。 日経サイエンス 2015 年 5 月号 5
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