02 2016 Vol.46 No.2 Digest ダイジェスト 特集 古代エジプトの 社会と科学 覆る定説 ピラミッドを築いた人々……40 ページ Z. ゾーリッチ(フリーライター) 冥界のナビゲーター 棺に描かれた天体運行表……50 ページ S. サイモンズ(加マクマスター大学) E. タスカー(北海道大学) バビロンの空中庭園やオリンピアのゼウス像など 地中海周辺で栄えた古代文明の巨大建造物は「世界 の七不思議」と呼ばれ,人々の想像力をかき立てる が,現存するのは「ギザの大ピラミッド」だけだ。 古代エジプトの歴代の王が建設したピラミッドの中 でも最大のもので,高さ約 150m。4500 年前にク フ王が築いた。建設には膨大な労働力が必要で,や せこけた,みすぼらしい身なりの人々が鞭に打たれ ながら巨石を運び,積み上げたとみられていた。し かしそうしたイメージが誤りであることが,近年の 発掘調査でわかってきた。建設に携わった人々の動 機は宗教と強く結びついている。約 4000 年前の棺 FERIT KUYAS に記された夜空の星々の運行表の研究から,古代エ ジプトの人々の宗教観の新たな一面が見えてきた。 2 日経サイエンス 2016 年 2 月号 健康 肥満は飢餓のなごり? 姿現す肥満遺伝子……58 ページ R. J. ジョンソン(米コロラド大学) P. アンドリュース(英ロンドン自然史博物館) 肥満は健康上の大問題だが,その要因の 1 つとして,脂肪 を貯めやすくする肥満遺伝子が注目されている。尿酸を分解 する酵素ウリカーゼに遺伝子変異が生じると,果糖を脂肪に 変換しやすくなる。ウリカーゼ遺伝子の変異は,ヒトと現生 大型類人猿の共通祖先だった類人猿に生じたもので,寒冷化 による食物不足に苦しんだ時代,少ない食物を効率的にエネ ルギーに変える変異は生存に有利に働いたと考えらる(その ため肥満遺伝子は倹約遺伝子ともよばれる) 。人類史を振り TIM BOWER 返れば,より深刻なのは肥満ではなく飢餓だったわけだが, 不活性化したウリカーゼ遺伝子は,飽食の現代人にとって糖 尿病や心疾患のリスクを高めるありがたくない存在だ。 技術 機械に感情を教育する 心を持つロボット……66 ページ P. ファン(香港科技大学) 「Siri」や「Pepper」などが登場し,人間は機械やロボッ トに,感情を認識して洒落や嫌味,真意を理解する高度な意 思疎通ができることを期待するようになってきた。著者の研 究グループは会話から感情を読み取るよう機械を学習させる アルゴリズムづくりに挑戦した。話し言葉から緊張を識別で きるようになったほか,音楽を聴いてそのムードがわかる装 置を開発した。研究はまだ緒についたばかりだが,音声認識 モジュールや感情認識モジュールを組み合わせ,人間との対 ZOHAR LAZAR 話を通じて相手の気持ちを汲んだ受けこたえができる仮想マ シンを試作,教育中だ。人間とのやり取りが増え多くのデー タを収集するにつれ,「より賢く」なっていくだろう。 日経サイエンス 2016 年 2 月号 3 Digest ダイジェスト 農業 疑心暗鬼で混迷 オリーブ危機 イタリアで広がる謎の病害……74 ページ B. L. ナドー(ジャーナリスト) イタリア南部のオリーブ園で,昆虫が媒介するキシレラ・ ファスティディオーサという細菌が広まっている。当局はこ の菌によってオリーブの木が枯死しているとみて,蔓延を防 ごうと木々を切り倒している。だがキシレラ菌がどのように 木を害するのか,専門の科学者も把握し切れていない。農家 は科学者と当局が結託して,オリーブの木々を不必要に伐採 していると訴える。殺虫剤の使用と適切な農法によって病害 拡大を抑えられる可能性もあるが,殺虫剤の広域散布には農 PIER PAOLO CITO 家の反発が強い。疑心暗鬼のせいで陰謀論まで流布しており, 事態は混迷を深めている。この病気がさらに広まった場合, 地中海のオリーブオイル産業に大打撃が及ぶ恐れがある。 特集:教育改革に 挑む米国 認知科学で教育改善 テストで学ぶ……93 ページ A. M. ポール(サイエンスライター) 子供たちも博士だ! 米国の次世代科学スタンダード……100 ページ M. ウィセッション(米ワシントン大学) 学校での成績評価テストは不安を高め学習の邪魔になるこ とも多い。これに対し認知科学の観点から,テストを通じて 理解を深めることに主眼を置いた実験が米国で好成績を上げ ている。テスト結果をきめ細かくフィードバックし,何を理 解し何がわかっていないのかを学生自身が知るメタ認知によ MARIO WAGNER り,深層学習が可能になる。実践・参加を重視した米国の新 しい理科教育基準「次世代科学スタンダード」の考え方を含 め,教育改革に挑む米国の取り組みを紹介する。 4 日経サイエンス 2016 年 2 月号 天文学 ブラックホールの謎に迫る 国際 X 線天文台 ASTRO-H 宇宙へ……70 ページ 中島林彦(編集部) 協力:高橋忠幸(宇宙航空研究開発機構) 世界の天文学者が長らく待ち望んでいた日本の X 線天文 衛星 ASTRO-H の打ち上げが間近に迫った。総重量 2.7 トン, 打ち上げ時の衛星の全長は約 8m,軌道上での観測時の全長 は約 14m と日本の天文衛星としては最大規模。銀河団の進 日経サイエンス 化や巨大ブラックホールが銀河・銀河団に与える影響の研究, ブラックホールによる一般相対性理論の検証などが大きく進 展しそうだ。X 線天文学は新たな時代を迎えることになる。 動物学 したたかな雌馬 知られざるウマの生態……84 ページ W. ウィリアムズ(ジャーナリスト) 飼育下のウマについては訓練法や育て方が昔から研究され てきたが,野生のウマの行動に関する科学的研究はほとんど なかった。近年の研究がこの空白を埋め始めている。野生の ウマを長期間観察した結果,ウマの群れがオス中心の力関係 LISA DEARING にあるとする従来の見方は誤りであることが示された。実際 にはメスがしばしば主導権を発揮し,メスどうしの協力やし ぶとい行動などによって,思い通りの結果を実現している。 思考実験 空っぽのハードディスク 地球の情報容量……88 ページ C. A. ヒダルゴ(米マサチューセッツ工科大学) 地球に備わっている情報蓄積容量はどれくらいなのだろ 56 う? 著者の試算によると,地球の情報容量は 10 ビット 44 で,現在はそこに 10 ビットが記録されているだけ。地球 をハードディスクに見立てるとほとんど空っぽだ。自然が秩 GREG MABLY 序を嫌う(エントロピーは全体として増加に向かう)ために 情報が増えにくいのが一因だ。ただし,地球のように生命や 社会が存在する環境では,情報は徐々に成長して増えていく。 日経サイエンス 2016 年 2 月号 5
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