意見書全文 - 日本弁護士連合会

「民法(債権関係)の改正に関する要綱」に対する意見書
2015年(平成27年)3月19日
日本弁護士連合会
法制審議会は,2015年2月24日,民法(債権関係)の改正に関する要綱(以
下「要綱」という。)を決定し,同日,法務大臣に答申した。今後,要綱に沿った民
法(債権関係)改正法案(以下「本改正法案」という。)が,国会に提出される予定
である。
当連合会は,民法が,市民の日常生活や経済活動を規律する基本法であることか
ら,その改正の重要性に鑑み,2009年11月に始まる法制審議会民法(債権関
係)部会における審議に際して,これまでも適宜,意見を公表してきた。
それから5年余りの審議を経て要綱として取りまとめられ,今後,本改正法案が
国会で審議されることになるが,それに先立ち,当連合会は以下のとおり意見を述
べる。
第1
1
意見の趣旨
本改正法案は,保証人保護の拡充や約款ルールの新設を見ても明らかなよう
に,利害の対立する複数の契約当事者間の適正な利益調整を図り,かつ,健全
な取引社会を実現するために,必要かつ合理的な改正提案であると評価でき,
当連合会は本改正法案に賛成する。
2
本改正法案には,なお不十分な点もあるので,国会において,これを踏まえ
た十分な審議が行われることを要望する。
また,本改正法案に採り上げることができなかった論点については,今後,
実務においてそれらの論点を支える法理の具体化・精緻化を図るとともに,遅
滞なく順次改正すべきであると考える。
3
民法が市民生活に重大な影響を与えるものであることから,本改正法案が成
立したときは,施行までの期間を十分に取り,かつ政府として改正内容を市民
に分かりやすく丁寧かつ十分に周知することが不可欠である。
なお,当連合会も,成立した改正民法について,広く周知に努める決意であ
る。
第2
意見の詳細
1
1
民法制定以来120年近くが経過していることから,社会・経済の変化への
対応を図り,市民に分かりやすいものとする等の観点から契約に関する規定の
見直しをすることは,今日的課題であると言えよう。
要綱及び本改正法案には,このような国民の要請に応えた重要な改正提案が
含まれている。
(1) 個人保証
中でも,当連合会が最も強く改正の必要性を主張してきた個人保証に関し
て,重要な改正提案がなされている。第三者保証については公証人による厳
格な保証意思確認手続を経なければ保証契約の締結ができないものとするほ
か,根保証契約に対する極度額規制等を拡大するとともに,保証契約締結段
階の説明義務や保証契約締結後の情報提供義務を新設するなど,保証人保護
を目的とする改正が提案されている。遅きに失したとも言えるが,保証人保
護,そして同時に,健全な中小企業金融に資する改正提案として積極的に評
価されるべきものである。ただし,公証人による第三者保証人の意思の確認
については,それが形式的なものではなく実質的な保証意思を確認すること
ができるように,公証人法で明らかにするべきである。
(2) 約款ルール
また,本改正法案は,現代的契約類型において重要な役割を果たし,かつ,
頻繁に用いられている約款について,相手方にとって不意打ちとなる条項や
相手方の利益を不当に害する条項が契約内容とならないことを明示しており,
国民の利益を擁護するものとして積極的に賛成する。そのほか,約款が契約
の内容となる根拠規定及び約款内容の変更を認めるための要件と手続を定め
るなど,約款を利用した取引の適正化を通じた健全な経済活動に資する提案
が含まれていることも重要である。
(3) 消滅時効
消滅時効に関しても,重要な改正提案がなされている。時効期間について,
合理的理由の乏しい1年・2年・3年といった職業別の短期消滅時効や商行
為取引に関する特例を廃止するなどして時効期間の簡明化を図っている。そ
れとともに,生命身体に関する損害賠償請求権については,それらの法益侵
害の場合を含めてその重要性を考慮して,客観的起算点から20年,主観的
起算点から5年として長期の消滅時効期間を定め,かつ,債務不履行と不法
行為の消滅時効期間の統一化を図っている。
また,時効障害事由について,従来の中断と停止を,更新と完成猶予に再
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構成して分かりやすくするとともに,天災等による時効の完成猶予を現行民
法の2週間から3か月に延長するなど,災害時における権利者の権利保護を
図るほか,協議による時効の完成猶予制度を設けて当事者間における紛争の
合理的・自発的解決に資する改正提案をしている。
(4) 詐害行為取消権等
債権者代位権や詐害行為取消権については,現行民法には合計4か条の定
めしかなく,その権利行使の要件,手続や効果は判例実務に委ねられ,市民
が民法の条文を見ても全く分からない制度であった。本改正法案では,従来
の判例実務で明らかにされていた要件,手続や効果を類型化して明文化する
とともに,これまでの解釈上の疑義のあった問題点を解決した上,倒産法制
等との整合性を図るなどの提案が盛り込まれている。
(5) 債権譲渡
債権譲渡に関しては,中小企業金融に資するように,譲渡禁止特約を絶対
効から相対効に変更し,債務者の弁済先を固定したいというニーズと譲渡人
の債権譲渡によって資金調達を図りたいというニーズを調和するための制度
に改めている。技巧的な側面もあるが,利益調整の結果としてやむを得ない
ものであり,その安定化のための今後の実務運用に期待が持てる改正提案で
ある。
(6) 意思表示
また,民法総則という理論的側面の強い分野においても,いくつかの重要
な改正提案がある。
まず,意思無能力者による意思表示を無効と明示することにより,高齢化
社会を迎えた現代社会における高齢者等の権利保護に資する改正を提案して
いる。また,動機の錯誤を明文化して錯誤法理の現代化を進め,表意者の保
護を図っている。さらに,代理制度が不可欠な現代社会において,本人と相
手方の利益の適切な調整を図るために,代理人が代理権を濫用した場合,利
益相反行為をした場合や授権の範囲を超えた代理行為をした場合などの規律
について,これまでの判例や学説の考え方を基礎に,分かりやすい整理が行
われている。
(7) 契約各則
契約各則においても,重要な改正提案がある。例えば,売買においては売
買契約の内容に不適合な目的物を引き渡した場合の責任について契約責任で
あることを明らかにして,ルールの透明化を図っている。賃貸借契約におい
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ては,貸主と借主との間で紛争が多発している契約終了時の原状回復義務の
内容について原則となる規律を置き,これまで定めのなかった敷金について
その法的性質や取扱いを民法の基本ルールとして定めている。また,消費貸
借については,要物契約を維持しながらも書面による諾成契約を認めて,借
主のニーズに応えるための改正提案が含まれている。
(8) まとめ
このように,これら改正項目を含む要綱そして本改正法案は,保証人保護
の拡充や約款ルールの新設を見ても明らかなように,利害の対立する複数の
契約当事者間の利益調整を適切に行い,及び健全な取引社会を実現するため
に,必要かつ合理的な改正提案であると評価できる。
したがって,当連合会は,要綱及び要綱に基づく本改正法案について賛成
する。
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しかしながら,当連合会は,要綱及び本改正法案について,市民が真に求め
ている民法としては不十分な点もあることを指摘しておく。
(1) 個人保証
保証人保護の観点からの重要な改正提案があり,その内容は評価すべきで
あると考えるが,当連合会が行った保証人保護の提案からみればまだ不十分
である。特に,第三者保証について公証人による意思確認を要するとした点
は重要な前進ではあるものの,意思確認さえすれば保証契約を締結できる点
で情義に基づく保証を排除できないのではないかとの意見も根強い。そこで,
根本に遡り,第三者保証に関する金融取引実務の更なる健全化を実現した上
で第三者保証を無効とする制度を導入するのが将来のあるべき姿と考える。
また,経営者保証が,中小企業の円滑な資金調達を実現するための信用補
完制度としての側面を有することは否定しないものの,保証履行責任が顕在
化した時の保証人の責任制限制度を新設することは,保証人の生活保護ない
し再建のためのみならず,日本経済の中核を担う中小企業の活性化のために
も必要な改正検討項目であると言える。過渡的には,金融監督行政や「経営
者保証に関するガイドライン」などのソフトローの活用により,実質的な保
証人の責任制限制度を実務に根付かせる努力を継続すべきであるが,早期に,
それを基本法である民法に定めることが極めて重要であると考える。民法に
定めることが執行制度や破産制度等との関係で難しい場合は,特別法で定め
るべきである。
加えて,本改正法案では,
「主たる債務者が行う事業に現に従事している配
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偶者」による保証が,経営者保証として個人保証制限の例外とされたが,こ
れは不十分と言わざるを得ない。かかる経営者保証が例外として認められる
のは,経営規律の維持を図るためであるところ,配偶者については,共同し
て事業を行う者に該当する場合にのみ経営規律に関わるものとして容認すれ
ば足りると考える。それゆえ,この点については,国会審議において十分な
審議が行われることを要望する。仮に,現時点で修正することにより中小企
業金融に支障が生じるおそれがあるとすれば,金融監督行政において,その
解消を図るための施策を速やかに実行し,かつ,国会審議において早期にこ
のような例外を廃止する方向での附帯決議がなされることを強く求めるもの
である。
(2) 約款ルール
約款ルールについても,民法にその根拠規定を置くことは重要であり,改
正提案に基本的に賛成するものである。しかし,今回の定型約款の改正提案
においては,事業者間契約に利用されている契約条項の一部が定型約款に含
まれないと解される余地がある。事業者間契約であっても,経済的に優位な
立場の一方当事者が用意した契約条項は,対等な立場で交渉した結果として
合意されるとは限られないし,契約条項を準備した者に一方的に有利で,他
方当事者にとって,不意打ち的な条項や利益を著しく害する不当な条項が含
まれる場合も少なくないから,これらの契約条項についても,定型約款ルー
ルを及ぼす必要性と合理性があると考える。この点は,更なる民法改正にお
いて実現すべきものと考える。
(3) 消滅時効
債権の消滅時効に関する改正では,客観的起算点から10年という現行民
法の規律を維持しつつも,主観的起算点から5年とする規律を導入したこと
から,個人間の契約に基づく債権はもとより,安全配慮義務違反などの債務
不履行とそれによる損害発生が明確な事案においては,現行民法よりも短期
間で時効が完成することになる。ただし,主観的起算点の要件は「権利を行
使することができることを知った時」とされており,その認定については,
権利者による権利の行使が現実的に可能である旨を知ったと評価されるので
なければ,これに該当せず,時効期間は開始しないと解すべきである。また
同時に,主観的起算点の導入に伴い,従来の客観的起算点について,権利行
使の現実的期待可能性も含めてその起算点を判断していた判例実務を変更す
るものでないことを確認すべきである。
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(4) 相手方惹起型の動機の錯誤
さらに,動機の錯誤が明文化されることに賛成であるが,契約の相手方が
惹起した動機の錯誤について明文化が見送られたことは,これまでの判例実
務を明文化して分かりやすい民法に改正することを求めた諮問の趣旨に反す
る。これまでの数多くの裁判例を分析すれば,相手方から提供を受けた事実
と異なる情報を信じて表意者が意思表示をした場合には,錯誤無効が認めら
れている。改正法案において動機の錯誤を明文化するのであれば,相手方惹
起型の動機の錯誤も明文化すべきであった。それゆえこの点は,民法に明示
する方向で遅滞なき再改正を要望する。
(5) 本改正法案に盛り込まれなかったその他重要論点
このほかにも,公序良俗違反の具体化としての暴利行為,契約締結過程に
おける情報提供義務,契約の付随義務や安全配慮義務,複数契約の解除や抗
弁の接続などのように,部会で時間をかけて議論され多数の賛成が得られた
にもかかわらず,一部の反対により明文化されなかった重要論点も少なくな
い。市民生活の基本を規律する民法に,これまで判例実務で形成されてきた
これら法理が明文化されずに見送られたことは誠に残念である。今後,判例
実務において,これら法理の発展が更に図られることを期待するとともに,
今回盛り込まれなかった上述の重要論点に関する諸規定が今後遅滞なく民法
に盛り込まれることを強く望むものである。
3
当連合会は,
「意見の趣旨1」に記載したとおり,今回決定された要綱及び本
改正法案は,その改正の必要性と合理性があると評価できるので賛成する。他
方,
「意見の趣旨2」に記載したとおり,なお不十分な点があるので,国会審議
において,これを踏まえた審議を要望する。とりわけ,
「主たる債務者が行う事
業に現に従事している配偶者」については経営者保証の適格性を明文で認める
ことは相当でないので,その修正や今後の改正を期する方向での附帯決議がな
されるべきである。そのほかに,今回の改正において採り上げることができな
かった各論点については,今後の判例実務においてそれらの論点を支える法理
の具体化・精緻化を図った上で,遅滞なく民法に盛り込むべきであると考える。
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本改正法案が今国会で成立し,施行された場合に,民法が市民生活に重大な
影響を与えるものであることから,次の点が重要かつ不可欠であると考える。
第1に,改正民法の内容,考え方を,市民に分かりやすく周知することであ
る。個人保証の実務は大きく変わり,約款ルールも我が国にとっては新たな制
度である。消滅時効制度の改革により,一部の権利の時効期間が10年から5
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年に短縮されることとなる。従来の判例実務を変更するものも少なからずある
(法定利率,詐害行為取消権等,債権譲渡禁止特約,差押え・債権譲渡と相殺,
同時履行,契約解除権,売買・請負における担保責任等)。また,従来の判例実
務を明文化した改正であるが新しい文言や概念が導入されたものもある(取引
上の社会通念,動機の錯誤,履行不能,債務不履行の損害賠償の免責事由,受
領権限のない者に対する弁済,賃貸借の敷金・原状回復義務等)。これらにつき,
民法の所管官庁である法務省において,市民に対する広報,説明会,講演会の
実施,関係団体への個別周知などを徹底することが,極めて重要であり不可欠
である。なお,当連合会も,成立した改正民法について,広く周知に努める決
意である。
第2に,その周知の重要な施策として,法務省民事局参事官室の責任におい
て,改正民法に関する分かりやすい解説書を,従来の一問一答形式で速やかに
公刊することを求める。特に,一問一答は,弁護士などの法律専門家はもとよ
り,企業法務や金融実務に携わる者,消費者相談センター等の窓口で直接消費
者と向き合う者,労働問題を取り扱う者等にとって必携の書物となるであろう
から,充実した,そして分かりやすい解説書を作成されたい。
第3に,改正民法の成立から施行までに十分な期間を置くべきである。消滅
時効制度の改革により一部の権利の時効期間が10年から5年に短縮されるこ
となどを特に念頭に置き,上記周知の徹底,一問一答等の刊行などを実行し,
混乱なく円滑に改正民法を施行するためにも十分な期間を置くことが必要であ
ると考える。
第4に,法制審議会民法(債権関係)部会では十分に審議されていないが,改
正に伴う経過規定を適切に定めることが,改正民法の円滑な施行を支えるもの
と考える。改正法案の提出まで時間が限られているが,混乱の生じないように
適切な経過規定を定める必要がある。とりわけ消滅時効の改正は,権利の得喪
に直接影響を及ぼすから,改正民法の趣旨が活かされるように,特段の配慮を
求める。
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当連合会は,要綱及び本改正法案について,会内で更なる検討を進め,民法
がより良いものとなり,権利関係の適正な利害調整を図る基本法として市民生
活の安心・安定と適正な経済活動の活性化に資するように,今後とも積極的に
意見を表明するものである。
以上
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