ナノチューブ光・電子デバイスの基礎理論 Theory of optical and electronic nanotube-devices 安藤 恒也, 瓜生 誠司, 越野 幹人 Tsuneya ANDO, Seiji URYU, and Mikito KOSHINO 東京工業大学 理工学研究科 物性物理学専攻 Department of Physics, Tokyo Institute of Technology 152-8551 東京都目黒区大岡山 2–12–1, [email protected] 2–12–1 Ookayama, Meguro-ku, Tokyo 152-8551, Japan, [email protected] 研究概要: 多層カーボンナノチューブの電場・磁場応答,特に電場の遮蔽効果及び核磁気共鳴で観 測される磁場分布を理論的に考察した.さらに,半導体カーボンナノチューブにおける 2 光子吸 収スペクトルの計算を行い,通常の吸収スペクトルと比べることにより,電子間相互作用に関す る情報を得た. Abstract: The distribution of electric and magnetic fields around a carbon nanotube is calculated in an external field applied perpendicular to the axis. In multi-wall nanotubes, the electric field is screened out almost completely by a few outer walls. The excitonic two-photon absorption is calculated and sharp absorption peaks appear at the second and fourth lowest exciton states. 1. はじめに カーボンナノチューブは , 通常の量子細線とはトポロジカルに異なっており, さらに 2 次元グ ラファイト上で電子が自由電子とは異なった運動をするために , 興味深い性質を示す.この特徴 は , 2 次元グラファイトを連続体とみなし , 有効質量近似で扱うことによりもっともはっきりわか る [1].実際, ナノチューブ上の電子の運動はニュートリノに対する 2 行 2 列の Weyl の方程式で記 述される.ただし , 円筒を一周したときに波動関数に余分の位相がつく.この位相はナノチューブ の螺旋構造により決まり, その結果ナノチューブが金属あるいは半導体になる.これまで , この有 効質量近似をもとにナノチューブの電子物性について幅広い研究を行ってきたが,ここでは,多 層ナノチューブの電場・磁場応答 [2],及び,励起子による 2 光子吸収スペクトルについて行った 理論的な考察 [3] について報告する. 2. 多層ナノチューブの電場・磁場応答 カーボンナノチューブに垂直な電場による単層ナノチューブの分極を有効質量近似を用いて 線形応答により計算した.その結果生じるナノチューブの分極はほとんど 金属・半導体であるか に依存しないこと,さらに,グラファイト 1 層であるグラフェンの分極率で記述され,さらにそ の分極の結果,ナノチューブ 内部では電界がほぼ 1/αE (αE ≈ 6) 程度に遮蔽されることを示した [2].軸垂直方向の電場による分極効果がほとんど 金属・半導体に依存しないことは強束縛模型に よる計算でも示されており [4],有効質量近似による類似の計算も報告されているが [5],ここで得 られた結果はこれと矛盾しない. 通常,多層ナノチューブの隣接する層間の構造は整合しない.層間の相互作用は非整合性の ため相殺し,ほとんどの場合無視することができる [6].もちろん,ナノチューブの分極による電 場の効果は大きく,電場分布をセルフコンシステントに決定する必要がある.実際に各層の電場 に関する連立方程式を用いて,一様な電界を印加したときの多層ナノチューブの分極と電場分布 を計算するとともに,それを連続体と見なし積分あるいは微分方程式に変換して近似的に解くこ 1 安藤恒也, 瓜生誠司, 越野幹人 2 0.25 1.0 (a) (b) Electric Field (units of E0) Electric Field (units of E0) 0.20 Layers 1 2 3 4 5 10 20 0.5 0.15 Layers 1 2 3 4 5 10 20 0.10 0.05 Rmin = 1.0 nm ∆ = 0.34 nm Rmin = 1.0 nm ∆ = 0.34 nm 0.0 0.00 0 10 20 30 40 50 2 Distance from Center (nm) 4 6 8 10 Distance from Center (nm) 図 2 多層ナノチューブの電界分布の計算結果の例. 内径が Rmin = 1 nm の場合. 層数 M = 1, 2, 3, 4, 5, 10, 20. 点線は連続体近似の結果. (a) 電場分布の計算結果. (b) ナノチューブの内 部及び近傍での電場分布. 3.0 3.0 Layers Layers 50 2.5 20 Distribution (units of 1/αBB0) Distribution (units of 1/αBB0) 2.5 Rmin = 1.0 nm 10 2.0 5 1.5 2 1.0 0.5 0.0 -30 Rmin =10.0 nm 50 20 10 2.0 5 1.5 2 1.0 0.5 (a) 1 -20 -10 0 Magnetic Fields (units of αBB0) 10 0.0 -30 (b) 1 -20 -10 0 10 Magnetic Fields (units of αBB0) 図 3 多層ナノチューブの磁場強度分布.層数は M = 1, 2, 5, 10, 20, 50. 磁場分布はほぼ多 層ナノチューブの厚さに比例して広がる.(a) Rmin = 1 nm. (a) Rmin = 10 nm. とを行った.図 1 に内径が Rmin = 1 nm の場合の層数が M = 1, 2, 3, 4, 5, 10, 20 に対する電界分 布の計算結果を示す. 点線は多層ナノチューブを連続体近似したときの結果である.図から電界 が 1–2 層程度で遮蔽されてしまうこと,すなわち 1 層による遮蔽効果が非常に大きく,したがっ て多層ナノチューブでは内部のナノチューブに電界を印加することがほとんどできないことが結 論される. ナノチューブは軸垂直方向の磁場に対して強い反磁性を示す [7,8]. そのため,ナノチューブ は磁場方向に強く配向する,理論的に予言されていたバンドギャップに対するアハラノフ–ボーム 3 1.5 40 εc(2πγ/L)-1=10.0 Γ(2πγ/L)-1 0.005 0.010 0.020 εc(2πγ/L)-1=10 (e2/κL)(2πγ/L)-1=0.2 Band Edge Band Edge Energy (units of 2πγ/L) Absorption Coefficient (units of e4L5/8π3hγ2) ナノチューブ光・電子デバイスの基礎理論 20 1.0 (a) 0 0.9 One-Photon Two-Photon (b) 1.0 1.1 1.2 1.3 0.5 0.00 1.4 0.05 0.10 0.15 0.20 0.25 Coulomb Interaction (units of 2πγ/L) Two-Photon Energy (units of 2πγ/L) Diameter (nm) 1.5 One-Photon Two-Photon Band Edge γ0=2.7 eV Excitation Energy (units of γ0) 0.6 1.5 (e2/κL)(2πγ/L)-1 0.5 0.25 0.20 0.10 0.4 1.0 (c) 0.3 8 , Dukovic et al. , One-Photon 10 12 , , Maultzsch et al. Two-Photon 14 16 18 Excitation Energy (eV) 1.0 図 4 (a) 2 光子吸収スペクトルの計算 結果の例. (e2 /κL)(2πγ/L)−1 = 0.2. 現象論的に幅 Γ(2πγ/L)−1 を導入した. バンド 端を矢印,励起子準位を縦線で 表す. (b) 励起子準位の電子間相互作用の有 効的な強さによる変化.実線が 1 光子 吸収に寄与する励起子,点線が 2 光子 吸収に寄与する励起子準位を示す. (c) 励起子の基底準位 (1 光子吸収), 第 一励起準位 (2 光子吸収), バンド 端の 周長及び直径による変化.電子間相互 作用の有効強度 (e2 /κL)(2πγ/L)−1 = 0.1, 0.2, 0.25 の場合.実験結果 [23,24] は中白が 1 光子吸収,中黒が 2 光子吸 収を表す. 20 Circumference Length (units of a) 効果 [9-11] を観測する実験でこの性質が用いられた [12-15].ナノチューブに対する磁場効果は強 束縛模型 [16] や第一原理計算 [17] によっても考察されている.この反磁性に伴う磁場により,円 筒状のナノチューブには場所に依存する磁場分布が発生し ,それは核磁気共鳴の実験で観測可能 である.この研究ではこの磁場分布を計算した.図 3 に計算結果の例を示す.磁場分布はほぼ多 層ナノチューブの厚さに比例して広がることが結論される. 3. 励起子による 2 光子吸収 ナノチューブの光スペクトルには電子間相互作用の効果が顕著に表れることが理論的に予言 された [10,11].実際,バンドギャップが大きく増大し ,それにともない励起子効果も強く,束縛 エネルギーはバンドギャップの増加のかなりの部分を占める.その結果,励起子は相互作用のな いときのバンドギャップとあまり変わらないエネルギーをもち,光吸収のほとんどは励起子で決 まる.この理論的な予言がその後の実験・理論の研究により確かめられている.この励起子の束 安藤恒也, 瓜生誠司, 越野幹人 4 縛エネルギーに対する情報を与えるのが 2 光子吸収である.2 光子吸収では,通常の光吸収で観 測されない励起子の励起状態で吸収が起こるためである.そのため 2 光子吸収の実験的研究が行 われ,その理論的な解析も行われてきた [18-25].今回,これまでの励起子吸収の理論を拡張し,2 光子吸収スペクトルの系統的な研究を行った [3]. 2 光子吸収スペクトルの計算結果の例を図 4(a) に示す.この図から励起子の第一励起準位で 大きな吸収強度をもつことが分かる.図 4(b) は励起子準位の電子間相互作用の有効強度依存性を 示す.実線が 1 光子吸収で観測される励起子準位,点線が 2 光子吸収で観測される準位を表す.空 間反転の対称性に伴う波動関数の偶奇により,一つおきに 1 光子と 2 光子吸収が入れ替わる.励 起子の基底準位 (1 光子吸収), 第一励起準位 (2 光子吸収), バンド 端の周長及び直径による変化を 図 4(c) に示す.この図から期待されるとおり 0.1 < (e2 /κL)(2πγ/L)−1 < 0.2 の場合に計算が実験 結果を非常に良く再現することが分かる. 謝辞 この研究成果の一部 (2 光子吸収) は大阪大学の安食博志氏と共同で行ったものである. 参考文献 1) 2) 3) 4) 5) 6) 7) 8) 9) 10) 11) 12) 13) 14) 15) 16) 17) 18) 19) 20) 21) 22) 23) 24) 25) T. Ando, J. Phys. Soc. Jpn. 74 (2005) 777. M. Yamamoto, M. Koshino, and T. Ando, J. Phys. Soc. Jpn. 77 (2008) 084705. S. Uryu, H. Ajiki, and T. Ando, Phys. Rev. B 77 (2008) 115414. L. X. Benedict, S. G. Louie, and M. L. Cohen, Phys. Rev. B 52 (1995) 8541. D. S. Novikov and L. S. Levitov, Phys. Rev. Lett. 96 (2006) 036402. S. Uryu and T. Ando, Phys. Rev. B 72 (2005) 245403. H. Ajiki and T. Ando, J. Phys. Soc. Jpn. 62 (1993) 2470; J. Phys. Soc. Jpn. 63 (1994) 4267 (Erratum). H. Ajiki and T. Ando, J. Phys. Soc. Jpn. 64 (1995) 4382. H. Ajiki and T. Ando, J. Phys. Soc. Jpn. 62 (1993) 1255. T. Ando, J. Phys. Soc. Jpn. 66 (1997) 1066. T. Ando, J. Phys. Soc. Jpn. 73 (2004) 3351. S. Zaric, G. N. Ostojic, J. Kono, J. Shaver, V. C. Moore, M. S. Strano, R. H. Hauge, R. E. Smalley, and X. Wei, Science 304 (2004) 1129. S. Zaric, G. N. Ostojic, J. Kono, J. Shaver, V. C. Moore, R. H. Hauge, R. E. Smalley, and X. Wei, Nano Lett. 4 (2004) 2219. S. Zaric, G. N. Ostojic, J. Shaver, J. Kono, X. Wei, M. 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