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論文の内容の要旨
氏名:中 嶋 順 一
博士の専攻分野の名称:博士(薬学)
論文題名:市販脱法ハーブ製品に混入される薬物の化学構造と生物活性に関する研究
1. 研究目的
近年、多幸感や快感を高めるとの目的で、乾燥させた葉に合成カンナビノイドを混入した「脱法ハーブ」
が蔓延し、深刻な社会問題となっている。現在までに、研究用途として多数の合成カンナビノイドが合成
されているが、市販品に含まれるこれらの化合物の同定に必要な理化学データや、正確な分析方法につい
ての報告は少ない。そこで市販品に検出される合成カンナビノイドについて、単離精製及び構造決定、検
出薬物の生物活性(バインディングアッセイ、抗炎症及び抗発癌作用)について研究した。
2. 研究内容
試料: 2009 年 11 月から 2012 年 1 月に入手した市販品 87 種をメタノール等の有機溶媒で抽出し、主に
UPLC/PDA/MS 及び GC/MS により分析した結果、
「脱法ハーブ」には販売時点では未規制の化合物が複数
検出されるものが多いことが判明した。これらは試薬として入手不能であるため、以下に記す単離精製と
構造決定を実施し標準品とした。
単離精製: メタノール等の有機溶媒で抽出したものを、主にヘキサン-酢酸エチルによるグラジエント溶
出により、シリカゲルで調製した中圧カラムクロマトグラフィーにより単離精製した。
構造決定: 化学構造の決定は UV スペクトル、EI-MS スペクトル、ESI-MS による精密質量スペクトル及
び NMR データ等を併用し実施した。図 1 に本研究で取り扱った主な合成カンナビノイド化合物(1~25)を
示す。そのうち特に 3 種(17、18、25)は文献未記載の化合物であったため、その構造決定の概要を以下に記
す。17 は 2011 年 1 月に購入した製品(2 g) から pale brown oil として 10 mg 単離された。17 はドラーゲン
ドルフ試液及びバニリン塩酸試液に陽性で、インドール骨格が推定された。UV スペクトルは 215, 252
313nm に極大吸収を有し、EI-MS は[M]+ m/z 321(100)、264(75)、144(50)、135(50)で、精密質量は [M+H]+ m/z
322.1802 より C21H23NO2 であることが判明した。また、17 の 1H-NMR、13C-NMR 及び各種二次元 NMR デ
ータを解析した結果、17 は(2-methoxyphenyl)(1-pentyl-1H-indol-3-yl)methanone であることが判明した。18
は 2010 年 10 月に購入した製品(3 g) から pale brown oil として 18 mg 単離され、
上記の呈色試液に陽性で、
インドール骨格が推定された。 UV スペクトルは 214、252、 316nm に極大吸収を有し、EI-MS は [M]+ m/z
321(100)、264(70)、135(60)、144(20) で、精密質量は[M+H]+ m/z 322.1797 より C21H23NO2 であることが判
明した。
また、
NMR データを詳細に解析したところ、
18 は(4-methoxyphenyl)(1-pentyl-1H-indol-3-yl)methanone
であることが判明した。
最近は、規制化合物と化学構造が酷似する未規制化合物が同時検出される場合があり、規制合物数が多
くなるに従い分析が難しくなる傾向がある。そこで規制及び未規制化合物の判別方法に特に着目して分析
条件を検討した。その一例を記すと、AM-2233(図 1, 24) は指定薬物として規制される化合物である。これ
を含む市販品の試験溶液を、粒径 1.8 μm の LC カラムで分析すると、24 と酷似する PDA スペクトル及び
同一の MS スペクトルを与えるピークが、極めて近い保持時間にて検出された。これは規制物質の誤認に
繋がる懸念があるので、このピークを単離精製し 25 を得た。25 について更に構造解析を実施したところ、
24 の構造異性体であることが判明した。
検出薬物(合成カンナビノイド)の生物活性
カンナビノイド作用の検証: カンナビノイド受容体は 7 回膜貫通型の G 蛋白質共役型受容体で、CB1 と
CB2 の 2 種類があるとされる。CB1 は中枢神経系に多く発現しており、マリファナのさまざまな精神神経作
用は主として脳の CB1 受容体を介する。従って CB1 に対する親和性があるものは、カンナビノイド作用が
推測されるが、特に新規化合物(17、18)の活性は不明であった。カンナビノイド受容体とリンクしている
G-タンパクは、受容体にカンナビノイド作用を有する化合物が結合すると、GTP を取り込み、以降のシグ
ナル伝達系を活性化し生体に様々な作用を示すとされる。このメカニズムに習い、ラット脳から調製した
1
シナプス画分を用い、G-タンパク活性化作用を in vitro にて測定した。ラット脳シナプトソームは、エーテ
ル麻酔下で切断したラット頭から脳を速やかに摘出後、サポニン処理後精製した。活性化値は、被検物質
で活性化した[35S]GTPγS 結合値からコントロール値を差し引いて求め、活性化曲線を作成し、被検物質の
50 %活性化濃度(EC50) を求めた。測定可能な最高濃度でも最大活性化値が得られなかった物質については、
basal な結合に対する活性化した割合 Emax(%)で示した。なお、今回測定した全ての化合物は CB1 の full
antagonist である AM-281 の存在下に於いて結合が阻害された。表 1 にその結果を記す。この結果、(17、18)
は強いカンナビノイド作用を示すことが明らかとなった。
R2
( )n
ID50
11 437
15
R1
H
H
H
H
Me
Et
OMe
R2
Me
H
H
H
H
H
H
12
ID50
964
R
20: Me
21: OMe
22: Cl
1:
2:
3:
4:
5:
6:
7:
n
1
2
3
4
3
3
3
ID50(nm/ear)
534
664
168
1279
346
542
424
ID50
>1473
ID50
10 320
ID50
13 675
R1
17: OMe
18: H
ID50
16 1029
ID50
>1567
>1492
>1475
R ID50
8: H
463
9: Me >1340
ID50
23 >2597
24
R2
H
OMe
ID50
14 617
ID50
>1558
>1558
ID50
299
ID50
19 >1150
25
図1. 本研究で取り扱った主な合成カンナビノイド
表1. Potencies of test compounds as a function of the stimulation of
35
[ S]GTPγS binding to rat brain cortical membranes
Compound
EC50 (M)
Emax (%)
2.04×10
-8
148
2.44×10
-8
119
JWH-122 (5)
3.29×10
-8
129
JWH-018 (3)
3.60×10
-8
111
AM-694 (19)
5.28×10
-8
63
JWH-019 (4)
9.89×10
-8
89
2-MeO-RCS (17)
1.63×10
-7
58
JWH-210 (6)
AM-2201 (8)
-7
RCS-4 (18)
1.99×10
EC50: 50% effective concentration; Emax: maximal effect
2
72
抗炎症及び抗癌作用の検証: 現在までに、一部の合成カンナビノイドについて、in vitro 及び in vivo に於い
て、抗炎症及び抗腫瘍作用が報告されているが、その構造活性相関の報告は少ないのが現状である。上記
合成カンナビノイドはいずれもインドール系化合物であり、一方抗炎症作用を持つインドメタシンも、同
様の骨格を有する化合物であるので、合成カンナビノイドにも抗炎症作用があると推測した。そこでマウ
ス耳殻 TPA 法抗炎症活性試験による抗炎症作用について、被検物質の量が確保できた合成カンナビノイド
24 種について検討し、構造活性相関を考察した。ID50(nM/ear)の結果を図 1 に記した。結果を俯瞰すると
naphthoylindoles (indolyl-naphthyl-methanones, 1-14) に 活 性 が あ る 場 合 が 多 く 、 carboxamide (15-16) 、
benzoylindoles (17-19)、phenylacetylindoles (20-22)、naphtopyrole (23)には活性が低いことが判明した。インド
メタシンの ID50 は 908 nM であるのに対し、特に JWH-018 (3)は 168 nM、JWH-122 (5)は 346 nM、JWH-210
(6) は 542 nM であり 3 が最も活性が高かった。活性が見られた naphthoylindoles について構造活性相関を検
討したところ、例えば、インドール骨格の窒素から伸びるアルキル基では炭素数 5 の時が最も活性が強く、
2 や 4 のように炭素数が 5 より増減すると活性は弱くなった。また炭素数が 5 であっても JWH-022 (12) の
ように末端が二重結合となっているものは活性が大きく減少することも判明した。
TPA が誘発する炎症を抑制する化合物は抗プロモーション作用をもつことが期待される。今回マウス耳
殻 TPA 法抗炎症活性試験にて強い抑制効果が確認されたこれら 3、5、6 について、マウス皮膚二段階発癌
実験(7,12-dimethylbenz[a]anthracene (DMBA) の単回塗布によるイニシエーション後に TPA 塗布によるプロ
モーションを週 2 回実施し、対照及び試験群各 15 匹とし、試験群においては被検物質を TPA 処理の 30 分
前に塗布した) により、抗プロモーション作用を検討した。一例として、図 2 に 3 のプロモーション作用の
結果を示した。3 はマウス皮膚における DMBA 及び TPA モデルに於いて発癌抑制効果を有することが判明
した。更に 5 及び 6 についても抑制効果を示し、その作用の強さは抗炎症の強さと相関していた。これら
の詳細な作用メカニズムは不明であり、ヒトへの応用には慎重な検討を要するが、合成カンナビノイドは
癌制御の研究に於いて重要な化合物であることが示唆された。
(A)
(B)
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図2.マウス皮膚二段階発癌実験におけるJWH-018(3)の腫瘍抑制効果
(A) Percent incidences of mice bearing papillomas, and (B) average numbers of papillomas per
mouse. *, P < 0.05; **, P < 0.01. ●, TPA with vehicle; □, TPA with JWH-018 (0.02
µM/mouse); ○, TPA with JWH-018 (0.2 µM/mouse).
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