トピックス 158 〔ビタミン 88 巻 25-ヒドロキシビタミンD の生理機能 Physiological functions of 25-hydroxyvitamin D ビタミン D3 の作用機序について,最近の教科書に 1) いと思われる.冒頭に述べた美しいシステムが疑いよ は次のように記述されている . うのない真実として認識されているからだと思われる. 食物から摂取した,あるいは皮膚でつくられたビタ また,25(OH)D3 自身の作用の重要性を示唆する論文 ミン D3 は,血中の特異的結合タンパク質である vita- の多くで 1α,25(OH)2D3 はじめ,25(OH)D3 の代謝物の min D binding protein(DBP)に結合して肝臓に運ばれ, 分 析 が 行 わ れ て い な い た め と 推 測 さ れ る. 25 位水酸化酵素(シトクロム P450 の一種である CY- 1α,25(OH)2D3 は 25(OH)D3 よりも VDR に対する親和 P2R1 および CYP27A1)により 25 位が水酸化され 25- 性が約 500 倍高いため,25(OH)D3 のわずか 0.2%が (OH)D3)が生成する.25 ヒドロキシビタミン D(25 3 1α,25(OH)2D3 に変換することにより同程度の作用を及 (OH)D3 は DBP に結合して血中を巡り,腎臓に到達 ぼすことが可能になる.そのため,精密な定量を行わ する.次に,腎近位尿細管に高発現するメガリンが ないと 25(OH)D3 自身が直接効いているとはいえない DBP を認識してエンドサイトーシスにより DBP が細 の で あ る. 筆 者 は, 長 年 に わ た り,CYP27A1, 胞内に取り込まれる.DBP とともに細胞内に取り込ま CYP27B1,CYP24A1,CYP2R1 などといったビタミン れた 25(OH)D3 は CYP27B1 により 1α 位が水酸化さ D を代謝するシトクロム P450 を酵母や大腸菌内で発現 れ,活性型ビタミン D3 である 1α,25-ジヒドロキシビ させ,それらの構造と機能に関する研究を重ねてき (OH)2D3)が 生 じ る.1α,25(OH)2D3 タ ミ ン D(1α,25 3 た 5)-10).この経験を基にして,培養細胞を用いたビタ は血流に乗って全身を駆け巡り,小腸,腎臓,骨など ミン D およびその誘導体の代謝と代謝物の生理作用の VDR が発現している臓器において VDR に結合して作 研究に着手した.その発端となったのは橘高敦史博士 用するというものである.また,1α,25(OH)2D3 をつ ら に よ り 合 成 さ れ た 19 ノ ル 体 の 代 謝 研 究 で あ っ くる酵素 CYP27B1 と不活性化する酵素 CYP24A1 の遺 た 11)12).25-ヒドロキシ-19 ノル-ビタミン D(25(OH)- 伝子の転写制御によって血中の 1α,25(OH)2D3 濃度は 19nor-D3)を培地に添加(終濃度 100 nM)すると,ヒト前 一定に保たれる.見事な生体機能システムといえるが, 立腺由来不死化細胞株 PZ-HPV-7 の増殖が抑えられる. これは長年にわたる膨大な研究により明らかにされた それは,PZ-HPV-7 細胞内の CYP27B1 により 25(OH)- ものである.しかし,これだけでは説明がつかないこ 19nor-D3 が 1α,25(OH)2-19nor-D3 に変換され,この変換 とも数多くある.具体例をあげると,CYP2R1 の変異 体が VDR に結合して細胞周期に関わる遺伝子を制御す L99P はくる病を引き起こす.この変異型ホモ接合体 ることによると推定された.しかし,実際に細胞に 25 の患者の血中 25OHD3 濃度は 10 nM 程度で健常人(25 (OH)-19nor-D3 を添加し,代謝物を調べた結果,1α,25 ∼ 137 nM)と比べると顕著に低い.血中カルシウムお (OH)2-19nor-D3 は検出されず,CYP24A1 による複数の よびリン濃度も低値で,血中アルカリホスファターゼ 25(OH)-19nor-D3 代謝物が検出された.大腸菌内で発 濃度は健常人の 10 倍と異常に高い.しかし,患者に 現させた CYP27B1 を用いて 25(OH)-19nor-D3 の代謝を おける血中 1α,25(OH)2D3 濃度は正常値であった 2). 調べたところ,1α,25(OH)2-19nor-D3 への変換効率はき この事実は 1α,25(OH)2D3 だけが活性型ビタミン D と わめて低いことがわかった.25(OH)-19nor-D3 の VDR 考えると説明がつかない.ビタミン D は骨代謝,細胞 に 対 する親 和 性 は 1α,25(OH)2-19nor-D3 の 100 分 の 1 分化・増殖,免疫と深く関わっており,骨粗鬆症,がん, 程度であるが,25(OH)-19nor-D3 が直接 VDR に結合し 糖尿病,動脈硬化,自己免疫疾患といった現代社会の て作用したと推定された.詳細は論文 13)を参照された 主要疾患と深い関係があるが,その指標となるのは血 い.そうすると,25(OH)D3 の場合はどうなのか? 25 中 25(OH)D3 濃度であり,1α,25(OH)2D3 濃度ではな (OH)-19nor-D3 よりも 25(OH)D3 の方が VDR に対する い.これらの事実は 25(OH)D3 自身の作用の重要性を 親和性が高いことから,25(OH)D3 が直接 VDR に結合 示唆している. して作用することは可能である.25(OH)D3 がどの程 これまでにも 25(OH)D3 自身の作用の重要性を示唆 度 1α,25(OH)2D3 に変換しているのか? 25(OH)D3 と する論文はいくつも発表されておいる 3)4).しかし,ビ 1α,25(OH)2D3 の寄与率はどれだけか? この疑問に答 タミン D の研究者の多くはこうした事実を認めていな えるために,PZ-HPV-7 細胞の培地に 25(OH)D3 を添加 3 号(3 月)2014〕 トピックス 159 図 1 ヒト前立腺由来 PZ-HPV-7 細胞における 25(OH)D3 の代謝と作用メカニズム 14) 細胞内に取り込まれた 25(OH)D3 は,CYP24A1 など種々の遺伝子の転写を誘導するとともに,PZ-HPV-7 細胞の増殖を抑 CYP24A1 による)が検出されたが,1α,25(OH)2D3 制した 14).代謝物として 24,25(OH)2D3 や 24-oxo-25(OH)D(いずれも 3 の生成量はきわめて微量であり,25(OH)D3 がビタミン D 受容体に直接結合し,種々の遺伝子発現を制御したと推測した. また,cystatin D,cystatin E/M,semaphorin 3B 遺伝子の転写誘導が見られ,これらのいずれかが細胞増殖抑制に関与して いると推測した. (文献 14 の図を改変) (終濃度 10 nM あるいは 100 nM)して,25(OH)D3 の細 弱いホルモンである 25(OH)D3 の総和であり,臓器や VDR の核内移行, 胞内への取り込み, 25(OH)D3 の代謝, 細胞によって両者の寄与が異なると推測している.こ CYP24A1 など VDR 標的遺伝子の転写誘導,細胞増殖 の考えを立証するためには何をすれば良いのか.単純 などを経時的に測定した.また,siRNA を用いて VDR に考えると各臓器 ・ 細胞の VDR に何がリガンドとして と CYP27B1 の影響を調べた.その結果,25(OH)D3 の 結合しているか調べれば良いことになるが,容易なこ 細胞内外の存在比は 10 分以内に平衡に達し,90 分でほ とではない.CYP27B1 ノックアウトマウスの血中には ぼ VDR の 核 内 移 行 が 終 了 し,120 分 か ら 顕 著 な 1α,25(OH)2D3 が検出されず,骨形成不全,子宮形成不 CYP24A1 遺伝子の転写誘導が起こり,300 分頃から 全,免疫機能障害などがみられることから,骨形成, CYP24A1 に よ る 25(OH)D3 の 顕 著 な 代 謝 が 起 こ っ 子宮形成,免疫機能などに 1α,25(OH)2D3 が重要な役 た 14).細胞内における 1α,25(OH)2D3 生成量はごくわ 割を果たすことがわかる.しかし,CYP27B1 ノックア ずかで,観察された現象のほとんどは 25(OH)D3 自身 ウトマウスにビタミン D を継続投与すると血中 25(OH) に依るものと考えられた.また,siRNA を用いた結果 D3 濃度が上昇するとともに,血中カルシウムおよびリ から,観察された作用は VDR 依存的だが,CYP27B1 ン濃度が上昇し,骨密度や成長速度が正常化する 15)16). にはほとんど依存せず,25(OH)D3 が直接 VDR に結合 これは, 「弱いホルモン 25(OH)D3」が多く存在すれば, し て 作 用 す ること が 強 く 示 唆 さ れ た( 図 1).ま た, それにより「強いホルモン 1α,25(OH)2D3」の作用のかな DNA マイクロアレイによる遺伝子発現の網羅的解析お りの部分が補われることが可能であることを示してい よびリアルタイム PCR による解析から,25(OH)D3 が る.ビタミン D の 作 用には VDR を 介 さな い 作 用 や も つ 細 胞 増 殖 抑 制 作 用 に は cystatin D,cystatin E/M, VDR を介す non-genomic action の存在も報告されてお semaphorin 3B のいずれかが関与していると推測した. り 17),まだまだ未知な部分が多い.本稿で取り上げた すなわち,25(OH)D3 は PZ-HPV-7 細胞内でリガンドと VDR リガンドの問題を含め,ビタミン D の作用の全貌 して VDR に結合し,さまざまな遺伝子発現を制御する を明らかにするためには,今後も地道な努力を重ねる とともに細胞増殖を抑制したと推定される.ヒトの体 ことが重要だと思われる. 内においても同様のことが起これば,前立腺癌のリス クと血中 25(OH)D3 濃度が負の相関を示す事実をうま く説明できる. Key Words:25-hydroxyvitamin D3, vitamin D receptor, cy- これらの研究に基づき,筆者は,VDR を介したビタ tochrome P450, vitamin D metabolism, ミン D の作用は強いホルモンである 1α,25(OH)2D3 と CYP27B1 knockout mouse トピックス 160 〔ビタミン 88 巻 Department of Biotechnology, Faculty of Engineering, 25-hydroxyvitamin D3 catalyzed by human CYP24. Eur J Bio- Toyama Prefectural University, Imizu, Toyama 939-0398, chem 267, 6158-6165 9)Sawada N, Kusudo T, Sakaki T, Hatakeyama S, Hanada M, Abe D, Japan Kamao M, Okano T, Ohta M, Inouye K (2004) Novel metabolism Toshiyuki Sakaki 富山県立大学工学部生物工学科 榊 利之 of 1Į,25-dihydroxyvitamin D3 with C24-C25 bond cleavage catalyzed by human CYP24A1. Biochemistry 43, 4530-4537 10)Shinkyo R, Sakaki T, Kamakura M, Ohta M, Inouye K. (2004) Metabolism of vitamin D by human microsomal CYP2R1. Biochem Biophys Res Commun 324, 451-457 文 献 11)Ono K, Yoshida A, Saito N, Fujishima T, Honzawa S, Suhara Y, Kishimoto S, Sugiura T, Waku K, Takayama H, Kittaka A (2003) 1)ビタミン総合事典(日本ビタミン学会編集)朝倉書店(2010) Synthesis of 2-modi¿ed 1Į,25-dihydroxy-19-norvitamin D3 with 2)Al Mutair AN, Nasrat GH, Russell DW: (2012) Mutation of the Julia ole¿nation: High potency in induction of differentiation on CYP2R1 vitamin D 25-hydroxylase in a Saudi Arabian family with severe vitamin D deficiency. J Clin Endocrinol Metab 92, 3177-3182 HL-60 cells. J Org Chem 68, 7407-7415 12)Urushino N, Nakabayashi S, Arai MA, Kittaka A, Chen TC, Yamamoto K, Hayashi K, Kato S, Ohta M, Kamakura M, Ikushiro S, 3)Peng X, Hawthorne M, Vaishnav A, St-Arnaud R, Mehta RG Sakaki T (2007) Kinetic studies of 25-hydroxy-19-nor-vitamin D3 (2009) 25-Hydroxyvitamin D3 is a natural chemopreventive agent and 1Į,25-dihydroxy-19-nor-vitamin D 3 hydroxylation by against carcinogen induced precancerous lesions in mouse mam- CYP27B1 and CYP24A1. Drug Metab Dispos 35, 1482-1488 mary gland organ culture. Breast Cancer Res Treat 113, 31-41 4)Ritter CS, Armbrecht HJ, Slatopolsky E, Brown AJ (2006) 25-Hy- 13.)Munetsuna E, Nakabayashi S, Kawanami R, Yasuda K, Ohta M, Arai MA, Kittaka A, Chen T, Kamakura M, Ikushiro S, Sakaki T droxyvitamin D3 suppresses PTH synthesis and secretion by bo- (2011) Mechanism of the Anti-proliferative Action of 25-Hy- vine parathyroid cells. Kidney Int 70, 654-659 droxy-19-nor-vitamin D3 in Human Prostate Cells. J Mol Endo- 5)Sawada N, Sakaki T, Ohta M, Inouye K (2000) Metabolism of vitamin D3 by human CYP27A1. Biochem Biophys Res Commun 273, 977-984 6)Sakaki T, Sawada N, Takeyama K, Kato S, Inouye K (1999) Enzymatic properties of mouse 25-hydroxyvitamin D3 1Į-hydroxylase expressed in Escherichia coli. Eur J Biochem 259, 731-738 7)Yamamoto K, Uchida E, Urushino N, Sakaki T, Kagawa N, Sawada N, Kamakura M, Kato S, Inouye K, Yamada S. (2005) Identi¿cation of the amino acid residue of CYP27B1 responsible for crinol 47, 209-218 14)Munetsuna E, Kawanami R, Nishikawa M, Ikeda S, Nakabayashi S, Yasuda K, Ohta M, Kamakura M, Ikushiro S, Sakaki T (2014) Anti-proliferative activity of 25-hydroxyvitamin D 3 in human prostate cells. Mol. Cell. Endocrinol 382, 960-970 15)Rowling MJ, Gliniak C, Welsh J, Fleet JC (2007) High dietary vitamin D prevents hypocalcemia and osteomalacia in CYP27B1 knockout mice. 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