平成 26 年度教員免許状更新講習 「数の体系」参考資料 √ 2 が無理数であることの周辺 牧野 哲 2014 年 6 月 22 日 自然数の平方根は自然数でなければ無理数であ 1 ること 1.1 √ 2 が無理数であること √ 2 が無理数であることの証明はよく知られている。それは背理法による √ 証明の典型として,高校課程で必修である。すなわち, 2 = p/q, p, q ∈ N と仮定する。必要なら約分して,p と q とはどちらかは奇数であるとして よい。いま,p2 = 2q 2 であり,奇数の平方は奇数であるから,p は偶数で なければならない。p = 2p′ とすると,2(p′ )2 = q 2 となり,q も偶数でな ければならない。これは当初の仮定に反する。証明終わり。 1.2 自然数の平方根は自然数でなければ無理数であること プラトンの対話篇のひとつ『テアイテトス』にはテアイテトスの発言 としてつぎのようにある: 平方根について,すなわち,3 平方尺の正方形や 5 平方尺の正 方形などの辺に当たるものについて,私たちのためにこのテ オドロスさんは,図形を描きながら,それは長さのままで測 ると 1 平方尺の正方形の辺とは同じ単位では測りきれないも 1 のであることを明らかにされていって,そして 17 平方尺の正 方形の辺までをおのおの一つ一つ取り出してそういうふうに してくださったのですが,それまで来て,どうということで はありませんでしたが,それを止められたのでした。 (147D) √ √ √ したがって,プラトンの時代には, 2 のみならず, 3, 5, ... などが √ すべて無理数であること,すなわち,N ∈ N について, N は整数でなけ れば無理数であること,いいかえると,r2 = N をみたす有理数 r が存在 すれば,r は整数でなければならないことは知られていたことがわかる。 ただ, 『テアイテトス』の引用箇所の続きを読んでも,証明はなく,彼ら がそれをどのように証明したのかはわからない。ここで,デーデキント 『連続性と無理数』(1872)における証明を以下に紹介する。 1.3 デーデキントの証明 正の整数 N にたいして, n2 < N < (n + 1)2 となる正の自然数 n が存在するとする。すなわち,N は平方数でないと する。このとき,r2 = N となる有理数が存在するとする,すなわち, p2 = N q 2 となる正の自然数の組 (p, q) が存在すると仮定して矛盾を導こう。そのよ うな (p, q) のうち,q が最小のものを考える。このとき, nq < p < (n + 1)q がなりたつので, q ′ = p − nq は正であり,q ′ < q となる。 p′ = N q − np とおくと,p′ q = pq ′ がなりたち,p′ > 0 がわかり,しかも (p′ )2 = N (q ′ )2 となる。これは q の決め方に反する。証明終わり。 2 1.4 自然数の m 乗根が自然数でなければ無理数であること じつは,さらにすすんで,2 や 3 の 3 乗根なども無理数である。すなわ ち,m は正の整数として,正の有理数 r が rm = N ∈ N をみたすとき,r は整数である。m ≥ 3 にたいしてこのことを証明するのに,デーデキン トの議論を拡張しようとしても,なかなか巧くいかない。以下,その証 明をふたとおり紹介しよう。 2 ユークリッドの互除法を活用した証明 この節では,a, b, c, p, q, r などの文字は,とくに断らない限り,整数を 表すものとする。 2.1 わりきる,公約数,最大公約数 a, b, b > 0 にたいして,a = bc となる c が存在するとき,b は a をわり きるといい,b|a と記す。整数からなる空でない集合 A にたいして,ど の a ∈ A もわりきるような正の整数の全体を D(A) と記し,その要素を A の公約数とよぶ。A の公約数のうち最大のものを最大公約数とよび, GD(A) と記す。GD(a, b) = 1 のとき,a, b は互いに素であるという。(こ こに,D(a, b) は D({a, b}) の意味である。) 2.2 a = bq + c ⇒ D(a, b) = D(b, c) 証明:p ∈ D(a, b) とすると,a = q1 p, b = q2 p だから,q1 p = qq2 p + c となり,p|c である。ゆえに p ∈ D(b, c). また,p ∈ D(b, c) とすると, b = q2 p, c = q3 p だから,a = qq2 p + q3 p となり,p|a である。ゆえに p ∈ D(a, b). QED 3 2.3 ユークリッドの互除法 0 < a < b とする。r0 , r1 , ... を次のように定める: r0 = b, rk = qk+1 rk+1 + rk+2 , r1 = a 0 < rk+2 < rk+1 (k ≥ 0). これを可能な限り続けることを「ユークリッドの互除法」という。する と,rk は無限に減少し続けることはできないから,ある番号 n で rn = qn+1 rn+1 となってこの過程は終了する。このとき,2.2 より, D(a, b) = D(r1 , r2 ) = ... = D(rn , rn+1 ) = D(rn+1 ) となり, GD(a, b) = GD(rn , rn+1 ) = rn+1 である。 2.4 c ∈ D(a, b) ⇒ c|GD(a, b), すなわち,a, b の公約数は最大公約数をわり きる。 証明:2.3 の算法において,D(a, b) = D(rn+1 ) = D(GD(a, b)) であるの で,主張がでる。QED 2.5 c > 0 ⇒ GD(ac, bc) = cGD(a, b) (c) 証明:2.3 の算法を ac, bc にたいして実行したばあいの列を (rk )k と記 (c) (c) すと,rk = crk がなりたつことがわかる。ゆえに,GD(ac, bc) = rn+1 = crn+1 = cGD(a, b). QED 4 2.6 c > 0, GD(a, b) = 1 ⇒ GD(ac, b) = GD(c, b) 証明:GD(ac, b)|ac, GD(ac, b)|bc だから,2.4 より GD(ac, b)|GD(ac, bc) である。ところが,2.5 より,GD(ac, bc) = cGD(a, b) = c となる。ゆえに GD(ac, b)|c. また,GD(ac, b)|b だから,2.4 よりけっきょく GD(ac, b)|GD(b, c) がでる。一方,GD(b, c)|ac, GD(b, c)|b だから,2.4 より GD(b, c)|GD(ac, b) である。つまり,GD(ac, b) と GD(b, c) とは互いに他をわりきるから,等 しい。QED 2.7 a1 , .., an , b1 , ..., bm が ∀i∀j : GD(ai , bj ) = 1 をみたすならば, GD(a1 · · · an , b1 · · · bm ) = 1. 証明:∀i : GD(ai , bj ) = 1 より 2.7 をくりかえし用いると, GD(a1 a2 · ·, bj ) = GD(a2 · ·, bj ) = ... = GD(an , bj ) = 1 となる。すなわち a = a1 · · · an について,∀j : GD(a, bj ) = 1 である。す ると,おなじ理由で,GD(a, b1 · · · bm ) = 1 が出る。 QED このことから,系として,GD(a, b) = 1 ならば,任意の正の整数 m に たいして GD(am , bm ) = 1 である。 2.8 m は正の整数として,正の有理数 r が rm = N ∈ N を みたすとき,r は整数である。 証明:p, q は互いに素な正の整数として,r = p/q とする。すると,pm = N q m であり,2.8 より pm と q m とは互いに素であるから q m = 1 でなけれ ばならず,p = r である。QED 3 素数を活用した証明 この節では,前節と同じ結果の別証明を与えるが,a, b, c, p などはやは り整数を表すとする。 5 3.1 素数 整数 p は,p > 1 でかつ 1 と p じしん以外に約数をもたないとき,素数 であるという。整数 a は,a > 1 のとき,素数の積である。じっさい,整 数 a > 1 が素数でなければ,a の約数のうち 1 でない最小のものを p1 と すると,あきらかに p1 は素数であり,a = p1 a1 となって,a1 < a である。 これをくりかえせばよい。a を素数の積として mL 1 a = pm 1 · · · pL (ただし,p1 , ..., pL は素数で,m1 , ..., mL は正の整数,p1 < p2 < ... < pL ) と表現したとき,これを標準型素因数分解とよぶ。 3.2 算術の基本定理 正の整数の標準型素因数分解は一意的である。 証明はあとまわしにする。 3.3 ユークリッドの定理 p が素数で,p|ab なら,p|a か p|b かどちらかがなりたつ。 証明はあとまわしにする。 3.4 ユークリッドの定理から算術の基本定理を導く 3.3 から 3.2 を導こう。いま mL nK n1 1 a = pm 1 · · · p L = q1 · · · qK nK がいずれも標準型素因数分解であるとする。∀i : pi |q1n1 · · · qK より,3.3 から,∀i∃j : pi |qj であり,qj は素数だから,∀i∃j; pi = qj である。これか ら,L = K, pi = qi であり, mL nL n1 1 a = pm 1 · · · pL = p1 · · · pL となっている。もし mi > ni ならば, nL mi −ni m1 i−1 i+1 L · ·pm pm1 1 · ·pi L = p1 · ·pi−1 pi+1 · ·pL n n となり,pi は左辺をわりきるが,3.3 より右辺をわりきらない。これは矛 盾である。こうして mi = ni である。QED 6 3.5 modulus 整数の集合 S は a, b ∈ S, x, y ∈ Z ⇒ ax + by ∈ S をみたすとき,modulus であるという。S が modulus で,S ̸= {0} のと き,S = {zd|z ∈ Z} となる正の整数 d が存在する。 証明:あきらかに S は正の整数をすくなくともひとつ含む。その最小 を d とする。a ∈ S が正とすると,∀z ∈ Z : a − zd ∈ S である。a を d で わって a = zd + r, 0≤r<d とすると,r ∈ S であるから,d の定義により r = 0, すなわち,a = zd. QED 3.6 a, b にたいして,S = {ax + by|x, y ∈ Z} は modulus であり,d = GD(a, b) とすると,S = {zd|z ∈ Z} となる。 証明:3.5 より,S = {zc|z ∈ Z} である。むろん,∀u ∈ S : c|u である。 ゆえに,とくに c|a, c|b である。だから,c ≤ d である。一方,d|a, d|b か ら d|ax + by であるから,∀u ∈ S : d|u であり,とくに d|c である。ゆえに d ≤ c であり,けっきょく d = c となる。QED この系として,不定方程式の可解性の結果が得られる:方程式 ax+by = c が解をもつためには,GD(a, b)|c が必要充分である。 3.7 ユークリッドの定理の証明 p は素数で,p|ab とする。p|a でなければ,GD(a, p) = 1 であり,した がって,3.6 より ax + py = 1 は解をもち,abx + pby = b も解をもつ。す ると,p|ab, p|pb であるから,p|b が出る。QED 3.8 (=2.4) c ∈ D(a, b) ⇒ c|GD(a, b) 7 証明:c|a, c|b ならば,a = cp, b = cq より,ax + by = (px + qy)c となり, ∀u ∈ S = {ax + by} : c|u である。GD(a, b) ∈ S であるから,c|GD(a, b) である。QED 3.9 (=2.5) c > 0 ⇒ GD(ac, bc) = cGD(a, b) 証明:d = GD(a, b) とおく。3.6 よりある x, y について ax + by = d であるから,acx + bcy = dc である。ゆえに 3.6 より GD(ac, bc)|dc であ る。一方,d|a より,dc|ac が出て,d|b より dc|bc が出る。ゆえに 3.8 より dc|GD(ac, bc) である。したがって,GD(ac, bc) と dc とは互いに他をわり きるから,等しい。QED. 3.10 (=2.8) m は正の整数として,正の有理数 r が rm = N ∈ N をみたすとき,r は整数である。 証明:am = N bm , GD(a, b) = 1 とすると,b|am であり,b > 1 ならば, b の任意の素因数 p について,p|am である。ゆえに算術の基本定理により p|a であり,GD(a, b) = 1 より,これは矛盾。ゆえに b = 1 である。QED 3.11 注意 3.8,3.9 は,うえの 3.10 の証明には使っていないが,使う別証がある のと,前節との比較のためもあって,念のため証明しておいた。 4 古代ギリシアの証明の復元 √ 1.2 で述べたように, 2 などが無理数であることの証明として,プラ トンがどのようなものを知っていたかはわからない。 『テアイテトス』の 文面によると,よく知られた偶数と奇数についての省察にもとづく背理 法による証明のほかに,図形を描きながら示す証明があったはずである が,いまは残っていない。しかし,H. ラーデマッヘルと O. テープリッツ は『数と図形』 (1930)の第 4 章で有力な推定を与えているので,ここに 8 紹介しておく。 まず,もちろん古代ギリシアに「実数」の概念が確立していたわけで はないが,正の実数にあたるものをいっぱんに「量」とよんで把握して いたと考えられる。すると,エウクレイデスの『原論』第 X 巻の定義と 命題をつぎのように言い換えてよいであろう: 定義:ふたつの量 a, b について,ある量 e と自然数 p, q があってと a = pe, b = qe なるとき,a, b は通約可能であるという。 (すなわち,a, b が通約可能である(通約可能でない)というのは,b/a が有理数である(無理数である)ということである。) 定理:ふたつの量 a, b について,a < b として,ユークリッドの互除法 を実行する。すなわち,r0 = b, r1 = a として,順に可能な限り, rk = qk+1 rk+1 + rk+2 , qk+1 ∈ N, 0 < rk+2 < rk+1 とする。すると,a, b が通約可能であるためには,ある番号 n において rn = qn+1 rn+1 , qn+1 ∈ N となってわりきれ,この過程が終了することが必要充分である。 証明:もしある番号 n でわりきれてこの過程が終了したならば,rn+1 = e とおくと,すべての rk , 0 ≤ k ≤ n が e でわりきれることが容易に出て,a, b はこの e で通約可能である。ぎゃくに,a, b が通約可能で,a = pe, b = qe ならば,この過程で rk = Rk e, Rk ∈ N; 0 < Rk+2 < Rk+1 となり,2.3 と同じ理由で,この過程は有限回で終了しなければならない。 QED そこで,ラーデマッヘルとテプリッツは,古代ピュタゴラス学派のひ とたちは,正方形の一辺の長さとその対角線の長さとが通約可能でない ことを示すのに,うえの判定条件を次のような図形に適用したのではな いか,と推定したのである: 9 D A2 C C2 B2 A B 図で ABCD は正方形である。対角線 BD 上に点 C2 をとり,BC2 は AB と等しくする。C2 において BD に垂線を立て,AD との交点を B2 と する。B2 C2 と C2 D とは等しい。なんとなれば,三角形 B2 AB と三角形 B2 C2 B は辺 B2 B を共有し,AB と BC2 とは等しく,角 A,角 C2 は直角 であるから。それで,正方形 A2 B2 C2 D ができる。正方形 A2 B2 C2 D にお いて,先と同じように対角線 B2 D 上に C3 をとって,B2 C3 と A2 B2 とを 等しくする。以下,同様に作図を続ける。 これは,図上で r0 = BD, r1 = AB から出るユークリッドの互除法を やっていることになる。じっさい,r0 = BD, r1 = AB とすると, r0 = r1 + r2 において,r2 は正方形 A2 B2 C2 D の一辺の長さに等しく,また,AB2 に 等しい。ゆえに,r1 = AB を r1 = 2r2 + r3 と割ると,r3 は C3 D の長さ,すなわち正方形 A3 B3 C3 D の一辺の長さに 等しい。以下同様に,rk は正方形 Ak Bk Ck D の一辺の長さに等しくなる。 これは,どんどん小さくなるが,有限回で 0 となるわけではない。 したがって,AB と BD とは通約不可能である。 10
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