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⃝シリーズ解説⃝ 果実とその加工品の話
第27回
果実の加工(3)
酵素剥皮技術を用いたカンキツ類
果肉入りデザート商品の開発
くにな が ・しせ い
東京農業大学大学
院農学研究科バイ
オサイエンス専攻
(修士)修了。現在,
マルハニチロ株式
國 永 史 生
会社中央研究所 リ
サーチグループ。
本稿では,カップゼリーをはじめとした果肉入
●1. はじめに●
りデザート商品向けの商業的なカンキツ類原料
は く ひ
わが国の生鮮品や加工品を含めた果実類全体の
剥皮方法として,酵素剥皮技術を紹介する。さら
消費総量は,昭和60年以降,年間約800万トンと
に本製法を用いて調製した果肉の品質について検
ほぼ横ばいの中,その内訳では生鮮果実の消費は
証した結果を示しながら,近年ニーズが高まる高
減少し加工品の需要が増えてきている 。果実加
品質な果肉入りデザート商品について解説する。
1)
工品には,果汁を用いた飲料,ジャムやマーマレ
フルーツといった様々な形態がある。これらはい
●2. カンキツ類の果皮構造と
剥皮加工●
ずれも消費者が,皮を剥く,種を取る,果汁を絞
果物の果肉を利用しようとする際,多くの果実
る,切り分ける,といった作業をすることなく,
では皮を剥く作業が必要となる。果物全体の中で
ード,スムージーやドライフルーツおよびカット
「手軽に」「簡便に」果物のおいしさを楽しめる食
カンキツ類は,果実の外側と内側にそれぞれ果皮
品である。こうした果実加工品の一つに「果肉入
を持ち,また果皮と果肉との境目が比較的はっき
りカップゼリー」がある。
りしているという特徴がある(第1図)。カンキ
果肉入りカップゼリーは,一口サイズ程度のフ
ツ類の果皮は外果皮(フラベド),中果皮(アルベド),
レッシュな果肉を柔らかいゲル状のゼリーで包み
および内果皮
込んだ形態をしている。果肉とゼリー部分を合わ
に分けられ
せた内容物の pH が低く(4.0未満)保たれ,商
る2)。 外皮は
業的加熱殺菌が施されるため,常温で6カ月程度
フラベドとアル
の保存が可能である。果肉入りカップゼリーは,
ベドから構 成
果肉の持つおいしさを比較的長く提供できるので,
され,フラベ
より広域流通に適した商品ともいえる。カップゼ
ドはクチクラ
リーに用いられる果物は,リンゴやブドウ,桃な
に覆われた表
ど幅広いが,中でもカンキツ類は種類が多く,人
皮細胞とその
気が高い。
下の数層の細
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第1図
(カラー図表をHPに掲載 C006)
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胞から組織され,アルベドは白色の海綿状組織よ
肉が手軽に味わえる一方で,ゼリーの製造側とし
りなっている 。アルベドの延長である内皮(じょう
ては原料果肉の調製工程が簡略化でき,双方から
のう膜)が,その内側の部分である内果皮から分
魅力的である。特に日本で開発された世界的にも
裂した砂じょうの集合体である果肉を包んでいる 。
ユニークな缶詰ミカン4)を用いた果肉入りカップ
温州ミカンなどではフラベドおよびアルベドは
ゼリーにはファンが多い。その一方で,果実加工
薄く剥きやすいが,グレープフルーツなどでは厚
品に対して,より新鮮な食感や風味を求める消費
く剥きづらい。外皮が厚く剥きづらいカンキツ果
者ニーズが増しており,カップゼリー果肉の品質
実は,これまで手剥きやナイフカットおよびロー
もよりフレッシュで生の果実に近いものが求めら
ラー式剥皮装置といった物理的処理によって外皮
れるようになってきた。
2)
2)
が剥かれたのち,内皮は酸アルカリ処理によって
カンキツ類の果肉入りカップゼリーにおいて,
分解除去されてきた 。外皮も内皮も剥皮されたカ
従来の缶詰原料を用いた製法の場合,果肉に対し
ンキツ果肉は,その多くが缶詰へ加工されている 。
ては2回の加熱殺菌処理(缶詰調製時,ゼリー調
3)
3)
製時)が行われる(第2図:従来製法)。この加
●3. 高品質な果物カップゼリー
開発●
熱殺菌処理はいずれも80 ~ 90℃で10 ~ 30分間
といった条件で行われ,果肉に対して品質面で大
ゼリーは近年急成長したデザートで,コーヒー
きなダメージをもたらしてしまう。そこで,ゼリ
ゼリーなど様々なバリエーションがある 。その
ー調製前の果肉を非加熱のまま調製し,原料果肉
中でも果物の果肉入りのカップゼリーは手軽にフ
の加熱履歴を減らすことが重要と考えられた。こ
ルーツを楽しめる商品として,量販店やコンビニ
のとき非加熱で調製した果肉の品質は長く保てな
エンスストアを中心に消費者からの支持を集めて
いため,製造ラインにおいて果肉調製工程とゼリ
きた。ゼリーに用いる果肉として缶詰果実原料は,
ー調製工程を連続して行う必要性が生じる。
消費者側としては甘くおいしいシロップ漬けの果
これまで缶詰加工で行われてきた物理的処理や
4)
従来製法(酸・アルカリ処理)
新製法(酵素処理)
外皮剥き・ホロ割り・洗浄
穴あけ・酵素減圧含浸
塩酸・水酸化ナトリウム
酵素反応
果肉調製
工程
水洗・内皮剥き
冷却・外皮および内皮剥き
缶詰充填
加熱殺菌
果肉水洗
カップに果肉投入後,ゼリー液を充填
ゼリー調製
工程
加熱殺菌・冷却
第2図 カンキツ類果肉入りカップゼリーにおける従来製法と新製法の比較
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酵素剥皮技術を用いたカンキツ類果肉入りデザート商品の開発
酸アルカリ処理は,外皮と内皮の剥皮が別々の2
易統計)
。日本の主な輸入先は,アメリカ合衆国
段階の工程であること(第2図:従来製法),人
と南アフリカで全体の90%以上を占める5)。1年
手のコスト面,化学廃液等の安全性,ゼリー調製
のうち,10月から6月がアメリカから,6月か
工程と連続で行う上での効率面などが課題とされ,
ら10月が南アフリカからの輸入が大半で5),国内
これらを解消する新たな剥皮方法が望まれた。
市場に出回るカンキツ類の中では珍しく消費者が
通年で買い求めることのできる果実である。
●4. グレープフルーツ
の酵素剥皮方法●
筆者らが検討,確立してきた酵素剥皮方法の概
略は図に示すとおりである(第2図:新製法)8)。
カンキツ類の酵素剥皮技術は,1970年代から
グレープフルーツの外皮および内皮はペクチン質
80年代にかけてグレープフルーツやオレンジを
が主要な構成成分であり,ペクチン,ヘミセルロ
対象にアメリカを中心に検討され,一定の完成は
ースおよびセルロースが複雑に局在しているため,
みたものの商業的な利用はされてこなかった 。
それらを選択的に効率よく分解する酵素活性とし
それは前述のように剥皮果肉の利用が缶詰果肉中
て,ペクチナーゼ,ヘミセルラーゼおよびセルラ
心で,既に十分な商業的効率性を有する方法(物
ーゼの3種類の酵素活性を併用する。これら3種
理的,化学的処理方法)があったこと,および缶
類の活性を持つ酵素液の果実内への導入経路を確
詰加熱殺菌による果肉へのダメージが大きく,そ
保するため,外皮に果肉に達する程度の細孔を複
れを改善するニーズ(より生の果肉に近い品質を求
数あける。酵素水溶液に果実全体を浸し,減圧含
める消費者ニーズ)がなかったことなどが要因
浸を行い常圧に戻す(酵素液が果実内部に浸透す
と考えられる 。しかしカンキツ類果肉入りの
る)。酵素反応させると外皮は著しく軟化し,ふ
カップゼリーを製造する上で,従来製法と比較し
やけた皮をべろっと剥がす形で容易に果実から除
3)
3)
て高品質な果肉の提供を目的とした場合,果肉調
製時の加熱履歴を減らすこと,さらにできる限り
ダメージの少ない状態の果肉を調製する意味で酵
素剥皮技術は有用な方法と考えられた。
筆者らは,グレープフルーツ(学名:Citrus
paradisi)を用いて酵素剥皮方法の検討を行った。
グレープフルーツは18世紀の西インド諸島バル
バドスが原産地とされ,ブドウの房のように1本
の枝にたわわに実る姿がその名前の由来である5)。
文旦類とオレンジ類の自然交配とされており,そ
の学名(paradisi)から「楽園の樹の実」ともい
われ,その香りは「天国の香り」とも形容され
る5,6)。19世紀初頭にフロリダに渡り,栽培が広
まるにつれて突然変異が生じ,ピンクや赤といっ
た着色系の優良品種が現れたことから世界的な果
実産業に発展した7)。世界における生産量は全カ
ンキツ類の7%を占めている7)一方で,日本への
輸入量は近年減少傾向(2004年が約29万トンに
第3図,第4図
(カラー図表をHPに掲載 C007,008)
対し,2013年は約13万トン)である(財務省貿
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くことができる(第3図)。得られた果実体は内
する13項目の官能評価を行った結果,手剥き果
皮が部分的に付着した果肉房が集合しているが,
肉の品質と差がないことが分かった(第5図)。
これは手作業で比較的容易に個々の果肉房を内皮
機器測定(テクスチャーアナライザー)による果
から剥がして得ることができる。
肉の物性を評価した結果でも,果肉を均等に押し
こうして得られた果肉は見た目に張りがあり
つぶしたり,切断する際の最大応力荷重に差は見
自然で,歩留まり(果肉利用率)も良好である
られなかった。さらに栄養成分としてアスコルビ
ン酸含量を測定したが,これも両者で同等の含量
(第4図)。
であった。これらの結果から,加工前の生鮮原料
●5. 酵素剥皮グレープフルーツ
果肉品質の検証●
の剥皮方法として酵素剥皮方法は,果肉の品質を
手剥き果肉と同様にフレッシュに保持できる有効
この酵素処理によって剥皮したグレープフルー
な方法といえる9)。
ツ果肉(赤肉品種)について,まず剥いた直後の
続いて,新製法である酵素剥皮技術(第2図)
生鮮状態での品質を手剥き果肉と比較した。果肉
を用いて製造したカップゼリー中のグレープフル
の外観,香り,食感,味,およびフレーバーに関
ーツ果肉(赤肉品種)の食味や栄養成分について,
従来製法のゼリー中果肉との比較検証を行った。
赤み
7
GFフレーバー
手剥きの果肉を基準として上記同様の官能評価
手剥き
酵素剥皮
黄み
を行った。結果,新製法果肉は,赤み,張り(外
6
5
GFの香り
観),張り(食感),ツブツブ感,ジューシー感,
張り(外観)
4
シャキシャキ感が有意に強く,手剥き果肉に近い
3
2
苦味(後味)
張り(食感)
品質であることが示された(第6図)。物性評価
1
として,テクスチャーアナライザーを用いて,果
ツブツブ感
苦味(先味)
肉を均等に押しつぶす圧縮応力と,果肉房を縦
(長軸)方向に切断するせん断応力を測定した。
ジューシー感
酸味
その結果,新製法果肉の圧縮およびせん断の最大
シャキシャキ感
甘味
応力荷重は有意に高く(第7図),これは官能評
スコアは中央値, n = 51
第5図 生鮮グレープフルーツ果肉(赤肉品種)の官能評価
価における果肉全体の張り感,砂じょうのツブツ
ブ感,ジューシー感およびシャキシャキ感が強く
**
GFフレーバー
赤み
7
結果,その含量は新製法果肉が従来製法の果肉よ
**
5
張り(外観)
4
3
り3割ほど高く(第8図),加熱履歴が少ないこ
**
2
苦味(後味)
肉中の栄養成分としてアスコルビン酸を測定した。
従来製法
6
GFの香り
感じられたことを裏付けるものと考えられた。果
新製法
**
黄み
とによるものと考えられた。
張り(食感)
1
これら一連の結果から,従来のカンキツ系果肉
**
ツブツブ感
苦味(先味)
入りカップゼリー製造時の果肉品質低下を抑える
原料処理方法として,酵素剥皮技術が有効である
**
ジューシー感
酸味
甘味
ことが示された9)。本技術は,商業的な果肉入り
**
シャキシャキ感
カップゼリー製造において,果肉をより自然な状
スコアは中央値, n = 54, Mann-Whitney U test, **:p<0.01
態のまま品質を落とさずに剥皮加工できる方法と
第6図 カップゼリー中のグレープフルーツ果肉
(赤肉品種)の官能評価
食品と容器
いえる。
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酵素剥皮技術を用いたカンキツ類果肉入りデザート商品の開発
最大圧縮応力荷重(kg)
10
*
5
8
4
6
3
4
2
2
1
0
従来製法
アスコルビン酸総量(mg/100 g果肉)
25
最大せん断応力荷重(kg):長軸
新製法
0
*
20
15
10
5
0
従来製法
新製法
平均値±標準偏差 *:p<0.05 t検定,各群n=15
第7図 カップゼリー中のグレープフルーツ果肉(赤肉品種)の物性評価
●6. おわりに●
従来製法
新製法
平均値±標準偏差,各群n=3
第8図 カップゼリー中のグレープ
フルーツ果肉(赤肉品種)の
栄養成分含量分析
また,酵素剥皮技術の応用法として,外皮を除
マルハニチロ株式会社では,この新製法の酵素
いて内皮が着いた状態のままの果肉房を個別にし
剥皮技術によって調製したグレープフルーツ果肉
たのち,改めて酵素水溶液に浸漬することで,内
を使用したカップゼリーを2010年から期間限定
皮を溶解除去した果肉を得ることもできる10)。こ
で上市している(第9図:2013年度発売商品)。
うした手法は,果肉に対して人手や機器類の接触
ゼリー部分は,果肉との一体感を感じられるよう
が減ることで制菌的な効果が見込め,加工品とし
に果汁を添加し,また果肉の存在感を際立たせる
てはよりナチュラルなカットフルーツなどの形態
ために少し柔らかめに作られている。
にも応用が期待される。
筆者らは,グレープフルーツ以外のカンキツ類に
ついても,酵素剥皮技術が適用可能であることを確
認している。今後は,輸入カンキツのほか,季節性
や希少性が高く高品質な国産カンキツ類の果肉を
本法により加工することで,従来にない高品質な果
肉入りデザート商品を開発,上市していきたいと考え
ている。消費者へ果物のおいしさを楽しむ選択肢
を提供し,こうした商品群が市場を形成していくこと
で,近年減少傾向である生鮮果実の消費を,高い
品質を保った加工果実で補えるものと考えられる。
第9図 (カラー図表をHPに掲載 C009)
参 考 文 献
1)長谷川美典 , 食品と容器,53, 9. 540-545(2012)
6)田中修 , フルーツひとつばなし , 講談社 , 東京 , pp.
2)岩堀修一 , カンキツ総論 , 岩堀修一 , 門屋一臣編 , 養
178-181(2013)
賢堂 , 東京 , pp. 209-210(1999)
7)岩政正男 , カンキツ総論 , 岩堀修一 , 門屋一臣編 , 養
3)尾﨑嘉彦 , 果実加工を取り巻く内外の最新事情と新た
賢堂 , 東京 , pp. 165-168(1999)
な果実加工品開発へのアプローチ , 食品工業,54,
8)阿井正明ら , 日本国特許第5374547号(2013)
16. 49-56(2011)
9)國永史生ら , 酵素剥皮技術を用いたグレープフルーツ
果肉入りカップゼリーの開発 , 缶詰時報 , 92, 10.
4)吉田照男 , 食品加工プロセス , 森北出版 , 東京 , pp.
252-258(2011)
24-25(2013)
5)三輪正幸 , からだにおいしいフルーツの便利帳 , 高橋
10)小泉博由ら , 日本国特許第5624181号(2014)
書店 , 東京 , pp. 38-40(2012)
食品と容器
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