シマイシロウリガイ生殖巣の発達過程における共生菌の局在解析

シマイシロウリガイ生殖巣の発達過程における共生菌の局在解析
○井川 かなえ(東京海洋大学大学院)
,本郷 悠貴(東京海洋大学大学院・水産総合研究センター),
小澤 元希(北里大学大学院),高木 善弘(海洋研究開発機構),重信 秀治(基礎生物学研究所)
,
丸山 正・吉田 尊雄・
(海洋研究開発機構・東京海洋大学大学院)
,生田 哲朗(海洋研究開発機構)
深海共生系にしばしば優占する二枚貝であるシロウリガイ類は、鰓組織の細胞内に化学合成細菌を共
生させている。宿主は、解剖学的に退化した消化管を持ち、安定同位体比解析から有機物の供給を共
生菌にほとんど依存していると考えられており、生存には共生菌が不可欠である。従って、宿主の個
体発生において共生菌が何時どのように獲得されるのかは、共生系の成り立ちを理解する上で大変重
要な問題である。共生菌の獲得様式は、環境中に存在する細菌を獲得する水平伝達と、親から子へ伝
達する垂直伝達に大別される。これまでに我々は、相模湾初島沖に生息するシマイシロウリガイ
(Calyptogena okutanii)では、卵巣の濾胞細胞と卵母細胞表層に共生菌が局在することを明らかに
し、共生菌が卵を介して次の世代に垂直伝達されることを強く示す結果を得た。しかし、共生菌が何
時からどのような機構で卵母細胞の表層に局在するのかは全く分かっていない。そこで本研究では、
シマイシロウリガイ共生菌の伝達機構を明らかにすることを目的として、シマイシロウリガイ生殖巣
の発達段階において、共生菌が何時から生殖細胞に存在するのか、またその局在は生殖巣の発達段階
でどう変化するのかを、in situ ハイリダイゼーション法(ISH)を用いた共生菌の局在解析によって
調べた。
本研究では 2014 年 4 月に実施された NT14-05 航海において、研究船「なつしま」および無人探査機
「ハイパードルフィン」を用いて採取したシマイシロウリガイを使用した。
生殖系細胞のマーカーとして vasa 遺伝子 mRNA と、共生菌マーカーとして 16S rRNA の蛍光二重 ISH
を行い、稚貝から成貝までの生殖巣における共生菌の局在解析を行った。殻長 10 cm 以上の成熟した
雌成貝では、卵巣は足基部の軟体部に形成されており、内腔を持つ濾胞が観察された。濾胞内の細胞
は vasa の発現する卵母細胞と、その他の細胞に識別できた。それに対して殻長 1-3 cm の稚貝では、
生殖巣形成部位に、基底膜に裏打ちされた vasa を発現する細胞塊が観察され、生殖巣原基であると推
定された。一方、共生菌の局在をみると、成貝の卵巣内では、卵母細胞の表層や濾胞細胞内に 16S rRNA
のシグナルが観察された。それに対して、稚貝の生殖巣原基では、vasa を発現する細胞塊を形成する
細胞に共生菌が検出された。これらのことから、稚貝の生殖巣原基には将来卵を形成する生殖系の細
胞塊があり、既に共生菌はこれらの細胞に局在していると考えられた。また、二枚貝の稚貝の雌雄は
形態的な観察からは区別が難しいが、生殖巣原基に vasa のシグナルのみが観察され、共生菌が検出さ
れない稚貝が数例あった。これまで成貝の精巣内では共生菌が検出されていないことから、この稚貝
生殖巣原基における共生菌の有無は、雌雄を示しているのではないかと推測された。以上から、シマ
イシロウリガイでは、共生菌は生殖巣形成期から雌の卵巣のみに存在し、将来卵になる細胞に局在し
ていると考えられた。
今後は、卵母細胞と濾胞細胞の発生学的由来をより詳細に調べるとともに、それらの分化に伴って共
生菌の局在がどのように変化するのかを明らかにすることにより、共生菌の伝達機構の解明を目指し
たい。