PDF - 富山大学

睡眠障害ナルコレプシーに対する
創薬展開のための萌芽研究
富山大学
大学院理工学研究部(工学)
背 景
講師
金 主賢
従来研究との比較
居眠り病として知られる睡眠障害ナルコレプシーは日中に起こる突発的な睡眠発作
日本睡眠学会はナルコレプシーに対する対症治療薬としてモ
が主な症状であり、しばしば興奮時に起こる情動脱力発作を伴うことでも知られている。
ディオダール(一般名:モダフィニル)及びリタリン(一般名:メチルフェニデー
現代社会において学校や職場での日中の耐え難い睡眠発作は社会的不利益を招く
ト)を推奨しているが、ナルコレプシーの症状を緩和する原理はオ
要因となるばかりか、勤務中の交通事故や労働災害など自他双方にとって重篤な
レキシンシグナルの障害を直接補うものではない。また、それら
事故を招き社会的に不利な立場に追い込まれることも多い。
ナルコレプシーの病因として、覚醒状態を誘発・維持する内因性ペプチドである
オレキシンまたはその受容体の欠損がある。従って、欠損したオレキシンのシグナル
伝達を補完・代替することができればナルコレプシーの治療に有効と考えられる。
我々は、同じく内因性ペプチドのグレリンが、欠損したオレキシンの作用を
補完・代替できる可能性を見出した。
実 験
電気生理学的手法(ホールセルパッチクランプ法)を用いて、
覚醒制御系脳領域のニューロン活動に対するグレリンの作用が
興奮性なのか抑制性なのか、またその作用機序について
薬理学的手法や電気的特性を利用して明らかにする。
さらに記録した細胞にオレキシンを投与し、同一の細胞に対する
両ペプチドの作用について比較検証する。
の医薬品は依存性のほか頭痛、動悸、口渇などの副作用をもつ
ため、病因を改善できる治療薬の開発が求められている。
オレキシンニューロンの変性・脱落によりナルコレプシーが発症
するという観点からオレキシンアゴニストの開発やオレキシンニュ
ーロンの移植技術の確立が期待されているが、未だ動物実験の
段階に過ぎない。また、オレキシン受容体の欠損によるナルコレプ
シーには効果が期待できない。
これに対し本研究で注目している内因性ペプチドのグレリンはオ
レキシン神経が標的とする覚醒制御系脳領域の細胞をオレキシン
と同様に脱分極・活性化し、脳内覚醒系を直接賦活すると予想さ
れる。すなわち、オレキシン受容体欠損によるナルコレプシーにも
有効と考えられる。
実験結果
Electrophysiology
・ Animal : Wistar rat (male 1-3 weeks)
・ Slice preparation : coronal section , thickness 300μm
・ Method : Whole cell patch clamp recording
Histochemistry
・ Visualization of biocytin labelled neurons : Texas Red
・ Identification of cholinergic neurons :
背側縫線核
セロトニン
β-NADPH, Nitroblue tetrazolium
背外側被蓋核
グレリン
グレリン
脚橋被蓋核
アセチルコリン
青斑核
背側縫線核
オレキシン
オレキシン
腹側被蓋野
結節乳頭核
乳頭結節核
ヒスタミン
図2 脚橋被蓋核アセチルコリンニューロンに対
するオレキシンおよびグレリンの作用
オレキシンによってニューロン活動が促進される
細胞に対してグレリンも興奮性に作用する。
図1 実験方法の概要図
まとめ・今後の展望
セロトニン
ノルアドレナリン
黒質緻密部
ドーパミン
図3 本研究の概略図
覚醒制御系脳領域において
グレリンはオレキシンシグナルを補完・代替でき
る。
(図2と同様の結果が上記神経核の内、背側縫線核、背外側被蓋
核、腹側被蓋野、結節乳頭核で得られている。)
グレリンを利用した
医薬品
本研究で覚醒制御系脳領域においてグレリンがオレキシンシグナルを代替することが明らかとなった。
本研究成果に加え、この代替性が未解明の他の覚醒制御領域においても示されれば、オレキシンまたは
その受容体のどちらが欠損した場合でも有効なナルコレプシー治療薬開発の基盤的根拠・指針となる。
今後は未解明の領域に対するグレリンの作用について検討を続けるとともに、行動実験を行いナルコレプ
シーの症状がグレリンの投与によって緩和されるかどうかを明らかにする。さらに創薬事業へと展開させ、
グレリンまたはその受容体の作動薬を医薬品として実用化させれば、ナルコレプシーの患者が感じている
社会的な不利益や事故の防止につながる。
図4 本提案における将来の展望
グレリン(またはGHRP-6やヘキサ
レリンなど、GHS-R作動薬)を利用
したナルコレプシーに対する創薬
事業への発展を目指す。
【地域社会や産業界での応用分野・活用方法 等】
本研究は、一つの内因性ペプチド系の障害に起因する疾病、すなわちオレキシンシグナル伝達の障害によるナルコレプシーに対する有効な治療法や治療
薬の開発を、別の内因性のペプチド系で補完・代替しようというものである。さらに、富山県は、「くすりのとやま」で知られるように薬の配置販売で長い歴史と
伝統が有ることで全国的に知られており、県を挙げての取組みや製薬企業も多く創薬事業へ発展させるための地盤があり、極めて有利な環境にある。
本研究によって得られる知見は中枢神経系における睡眠・覚醒の制御機構の理解に基礎を与えるだけではなく、日本人の有病率が世界で最も高い疾病
であるナルコレプシーに対する有効な革新的治療薬の開発につながり、国内のみならずグローバルな産業競争力の強化に寄与することが期待できる提案
である。
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