アセアン・レポート[PDF:848KB]

第4号
平成26年12月号
《今月号のメニュー》
◆ 今月のシンガポールトピックス
「シンガポールの選挙制度と今後のリスク」
◆ 今月のバンコクトピックス
「タイ進出と BOI(タイ投資委員会) その 2」
◆ アセアンニュース短信
◆ アセアンマーケット情報
千葉銀行
シンガポール駐在員事務所
バンコク駐在員事務所
今月のシンガポールトピックス
「シンガポールの選挙制度と今後のリスク」
今月 14 日、日本では衆議院議員選挙が行われました。結果は与党・自民党の圧勝となり、
シンガポールでも、アベノミクスの継続や安全保障問題、原発再稼働の行方などについて新聞
の 1 面で報じられていました。選挙は、国家運営にとって最重要問題と言えます。
シンガポールは、「国家の持続的な繁栄には政治的安定性が欠かせない」との考え方から、
「ヘゲモニー政党制(※)」と呼ばれる政党制を採用し、1965 年の独立以降独裁体制を続けて
います。開発独裁型国家とも呼ばれ、政府の意向が強固に反映される国家運営は、経済合理
性を最優先させることで一貫性を保ち、小国であったシンガポールは、今やアジアで最も豊か
な国となりました。
今月のシンガポールレポートでは、目覚ましい成長を可能にした要因の 1 つとして挙げられ
るシンガポールの選挙制度について紹介するとともに、直近の選挙結果から見られた今後のリ
スクなどについて報告します。
(※)ヘゲモニー政党制…1 つの大政党のほかに、小さな政党が存在を許されるが、公式上も事実上も
権力をめぐる競争が許されない政党制。イタリアの政治学者が唱えた政党制類型の 1 つとされている。
ヘゲモニー(Hegemonie)とは、ドイツ語で「主導権」・「指導的立場」を意味する。
1.シンガポールの選挙制度
 選挙区
シンガポールは一院制を採っており、2 種類の選挙区が存在します。1 つは日本の小選挙
区と同様の「単独選挙区」と呼ばれるもの、もう 1 つは「集団選挙区」と呼ばれるものです。集団
選挙区では、3 人から 6 人の候補者がチームを組んで選挙に挑みます。チームの中には、中
華系以外の少数人種(マレー系、インド系)が少なくとも 1 人含まれていなければなりません。
少数人種の声を必ず国会に反映させるために考え出された選挙制度です。シンガポール政府
が標榜する、宗教・人種調和政策に合致する選挙制度と言えます。
この集団選挙区では、得票数の多い政党が、その選挙区内の議席を総取りする制度となっ
ています。野党は複数の候補者をそろえることが難しく、また、野党の主張を国民が耳にする
機会は選挙期間中を除き非常に稀で、野党の候補者は選挙区の住民にとってなじみがないた
め、与党にとって有利な制度と言われています。
 投票率と選挙運動
シンガポールでは、選挙権・被選挙権ともに 21 歳以上の国民に与えられます。投票は国民
の義務とされ、投票に行かない場合には選挙権がはく奪され、再び選挙権を得るには罰金を
支払う必要があります。そうしたことから投票率は毎回非常に高く、90%以上を維持しています。
1
また 2011 年に行われた選挙より、インターネットを利用した選挙活動が解禁され、IT メディ
アの活用も進んでいます。Facebook や Twitter などを使って積極的に情報発信することはもと
より、ブログや e-mail を利用することで候補者と双方向の情報伝達をすることが可能になり、有
権者との意見交換が頻繁に行われています。またそうした情報も瞬く間に共有されており、イン
ターネットの活用が若い世代の選挙への関心を高め、若者を中心とした世論形成を促した
1 つの要因ともなっています。
 最新の選挙結果
2011 年に行われた直近の総選挙では、1965 年の建国以来、一貫して政権の座にある人民
行動党(PAP)が、定数 87 議席のうち 81 議席を獲得(議席占有率 93%)して勝利しました。た
だし、初めて集団選挙区で野党に敗れ、当時の現職大臣が落選するなど、野党が改選前の 2
議席から 6 議席に躍進しました。
与党得票率と議席占有率
野党は、高成長や急速な外国人流入な
100%
100%
指摘し、外国人労働者の流入抑制や所得
80%
98%
格差の是正、事実上の一党支配からの脱却
60%
96%
40%
94%
どに伴う所得格差の拡大や物価高の問題を
と民意を反映した政治システムなどの改革を
訴え、変化を求める若者など無党派層や
低・中間層を中心に支持を拡大しました。与
20%
党 PAP の得票率は、過去 10 回の選挙にお
0%
与党得票率
議席占有率(右軸)
92%
90%
いて最低水準に低下し、与党の影響力低下
について懸念されています。
2.今後の行方
 外国人依存度の是正
シンガポールの 1 人あたりの GDP は、2000 年時点の 23,000 ドルから、2010 年には
46,000 ドルと 2 倍に増加し、2013 年には 55,000 ドルまで上昇しています。ただし、国民の最
上位 20%と最下位 20%の平均所得を比較すると、2000 年時点の 10 倍から 2010 年には 13
倍まで拡大しており、所得格差の大きさが目立っています。
こうした所得格差が拡大した原因に「外国人の増加」が挙げられています。シンガポールで
は、国内需要を創出することや不足する労働力を補うために、外国人を積極的に受け入れてき
ました。その結果「外国人がシンガポール人の雇用を奪っている」「外国人が増えたせいで不
動産価格が上がり、安価では購入できない」「公共交通手段が混雑している。物価も上がった」
と、外国人が増えたことに対して不満を言う国民が増えることになりました。
そうした状況を踏まえ、政府は 2010 年の「新経済戦略」の中で、外国人労働者に過度に依
存した成長モデルを是正し、労働生産性を高める方針へ舵を切りました。今後はさらに外国人
2
の選別を行い、シンガポールに必要な人材の取捨選択がさらに厳しくなることが予想されてい
ます。
 首相後継者問題
現在のシンガポールの首相は 3 代目で、建国の父とされる初代首相リー・クワンユー氏の長
男であるリー・シェンロン氏です。今年 91 歳を迎えたリー・クワンユー氏の国民からの人気は根
強く、今でもその発言に注目が集まっています。しかしながら、今後リー・クワンユー氏を直接
知る世代が少なくなっていくことは確実であり、PAP としてはリー・クワンユー氏の威光をいつま
でも頼りにすることはできません。リー・クワンユー=リー・シェンロン体制が強固であったが故、
現首相の後継者育成はシンガポールにとっても大きな課題と言えるでしょう。
そうしたなか 2011 年の選挙では、初当選の議員が複数入閣するなど、新鮮な人事も目立
ちました。彼らは 50 歳前後の実務派が多く、こうした 50 歳前後の政治家は「第 4 世代」と言わ
れ、リー・シェンロン氏の後継候補者としても注目されています。
3.おわりに
シンガポールは、安定した政治基盤を背景に、政府による積極的な経済政策によって高成
長を続け、アジアで最も所得の高い国となりました。しかしながら、国家として成熟していくにつ
れ、国民の価値観が多様化し、従来までの常識が通じなくなってきていることも事実です。アセ
アン諸国が経済成長していくなか、その中心に位置するハブとしてのシンガポールも成長を続
けることでしょう。ただし、今後自国の政治安定が揺らぐようなことが起こるとしたら、シンガポー
ルにとっては大きなリスクとなり得るでしょう。
シンガポールのみならず、アセアン域内でナショナリズム(国家主義・民族主義)が台頭し、
デモや民族間紛争が発生していることにも留意する必要があります。タイの軍事クーデターや
インドネシアの保護貿易強化、フィリピンやベトナム国内での対中感情悪化など、一歩間違え
ば国家間紛争にまで発展するような問題が内在しており、シンガポールにも影響を与える可能
性は十分にあります。アセアン域内へ進出をする際には、そうしたリスクも念頭に入れ、進出す
る地域を検討する必要があるでしょう。
3
今月のバンコクトピックス
「タイ進出とBOI(タイ投資委員会) その2」
先月のバンコクトピックスでは、タイへの進出形態とタイの外資規制について報告しました。
その中では、①色々な進出形態がある中で、「非公開会社」を選択するケースが大半である
こと、②サービス業等が非公開会社を設立する場合、タイ人もしくはタイ企業が株式の過半数
を取得しないといけないことがポイントとなっていました。
今回は、いよいよ BOI(タイ投資委員会)についてお話します。タイに外国企業が進出する
際、BOI が投資案件の許認可の窓口となります。タイでは、業種に応じて外国企業の参入を厳
しく制限しますが、BOI が認可した企業は、多くの優遇を受けることができます。そのため、タイ
進出企業は現地法人を設立する際に、まず BOI 認可を取得することができるがどうかを検討
する必要があります。
1.BOI とは
BOI(Board of Investment, タイ投資委員会)は、タイへの投資促進を目的として 1960 年に創
設された行政機関です。内閣総理大臣(首相)が委員長、工業省大臣が副委員長を務め、小
委員会メンバーと事務局長を任命します。一定規模までの投資については、小委員会の承認
により、事務局が実務手続きを行います。
BOI は、国内外の投資家への情報提供やアドバイスもおこなっていますが、私たちにとって
もっとも重要なことは、BOI が投資政策の策定を行うとともに投資案件の認可や恩恵の付与を
担っているということです。
2.BOI の投資恩恵
BOI の認可があれば、先月のバンコクトピックスでお話した「外国人事業法」による外資規制
に関係なく、外国企業が単独(独資)で事業を行うことができます。
さらに、歳入法・関税法・土地法・移民法等の一般的に適用されている規
則とは異なる特別な恩恵を受けることができます。
来年 1 月 1 日以降の投資案件から適用されることが決定した「新投
資戦略」においては、立地条件に関係なく業種ごとに恩恵が付与さ
れるようになり、投資奨励業種は恩恵の厚い順に A1~4、B1~2
の 6 段階に分かれます。
4
A1
A2
A3
A4
B1
B2
<恩典内容>
A1
A2
A3
A4
B1
B2
法人税免税期間
8年(上限なし)
8年(上限あり)
5年(上限あり)
3年(上限あり)
なし
なし
その他の恩典
・機械の輸入税の免税
・輸出用製品に使用される輸入原材料
の輸入税の免除
・土地所有可
・ビザやワーク・パミットについての優遇
・輸出用製品に使用される輸入原材料
の輸入税の免除
・土地所有可
・ビザやワーク・パミットについての優遇
メリットベース恩典(注)
・さらに最長5年間の法人
税半減
・さらに最長3年間の法人
税免税
・一部が恩典を申請する
ことが可能
(注):メリットベース恩典とは、以下の(1)から(6)の活動のために要した費用または投資額の最初の3
年間の収入(売上高)に対する比率または金額により、追加で法人税免除期間を付与するというもの
です。
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
社内研究開発、タイ国内外の研究アウトソース
技術・人材開発基金や教育・研究機関、政府機関への寄付
タイで開発された技術を商品化するためのライセンス料
社内での高度技術トレーニング
タイ国内のローカルサプライヤー(タイ資本51%以上)のトレーニングおよび技術援助による開発
製品およびパッケージデザイン(アウトソースも可)
【メリットベースの恩典の付与基準】
最初の3年間の収入に対する上記(1)~(6)への投資額・
費用の比率または金額
1%または2億バーツの小さい方
2%または4億バーツの小さい方
3%または6億バーツの小さい方
法人税免税
追加年数
1年
2年
3年
最も手厚い恩恵を受ける A1 には、知的活動や研究開発(R&D)やタイの競争力を促進さ
せる業種が入ります。具体的には、ごみ発電、航空機製造、電子設計、ソフトウェア開発等が該
当します。
A2 には、付加価値を高めるための高度な技術を使う業種が入ります。具体的には、自動車
部品関連の排ガス処理機製造や ABS(アンチロック・ブレーキシステム)等の安全装置製造が含
まれます。
A3 以下には、A1 や A2 に比べて技術力をそれ程必要としない業種が該当しています。
また、他地域に比べて所得水準が低い、東北部のカラシンなど 20 県に投資する場合にも、
法人所得税の控除期間がさらに延長となります。
5
3.日系企業の動き
現在、タイに投資する
外資企業の中で、日系企
日本のタイ投資額とBOI申請件数
(10億バーツ)
(件)
400
1000
業が最も大きな割合を占
350
900
めています。豊富な人材
300
や充実したインフラを背景
250
600
200
500
150
400
に安定した生産拠点をも
つことから、タイでは自動
100
車産業を中心に日系企業
50
の投資が盛んです。
800
700
300
200
100
0
これに比例して、BOI の
0
2008
2009
2010
日本の対タイ投資額(左軸)
2011
2012
2013
日系企業のBOI申請件数(右軸)
申請件数も高水準を維持
出所:BOI
参考:現在1バーツ=約 3.6 円
しています。
4.BOI 申請の流れ
実務上の BOI 投資奨励認可の申請手続きは以下のとおりです。
(1) 申請書と添付書類の作成(英語)
(2) 申請書と添付資料の提出
(3) BOI 担当官との面談
(4) 追加資料の提出
(5) BOI の審査
(6) 認可
(7) 奨励条件の通知受領、条件の確認
(8) 同意書および奨励証書発行申請書の提出
(9) 奨励証書の受領
申請には手間と時間を要することから、コンサルティング会社を利用するケースが大半となっ
ています。
6
3.おわりに
タイへ進出する企業にとっては、BOI 認可を取得することは大きなメリットがあります。その一
方で、申請には時間を要することから、メリットとデメリットをよく分析して、BOI を申請するかどう
かを判断することが必要です。
バンコク駐在員事務所では、今後もタイの投資情報や経済の現状についてご報告するとと
もに、現地法人設立の手続きやオフィス・工場物件のご紹介、税制等の情報、販路・調達先の
ご紹介など、幅広いサービスを提供させて頂きます。弊行お取引店を通じ、お気軽にご相談く
ださい。
7
アセアン ニュース短信
2015 年、アジア太平洋地域のリスク増大へ
【アジア・大洋州】
米大手格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は、2015 年のアジア太平洋地域の
信用状況について、景気減速や債務増加などの影響を受けてリスクが増大するとの見方を示
しました。
S&P は、2015 年と 16 年のアジア太平洋地域の経済成長率がそれぞれ 5.3%と、2014 年の
5.1%を上回ると予想しました。一方、中国と日本の成長が鈍化していることに加え、米国経済
が世界経済をけん引できるレベルまで回復しておらず、先行きは楽観できないとしています。
さらにアジアでは、資金需要縮小・不良債権増加・信用規制強化などを要因として、戦略を
見直す投資家や銀行が出てきていると付け加えました。特に季節要因が出やすい運輸・建築
資材・化学品・不動産開発業などについては、ダウンサイドリスクが高まっていると言及していま
す。
シンガポールで企業・個人の債務が増加
【シンガポール】
シンガポール金融当局(MAS)が発表した「2014 年版金融安定報告書」によると、企業・個
人の債務が過去数年で増加傾向になっていることが明らかとなりました。
世界金融危機が発生した 2008 年以降、国内総生産(GDP)に対する企業の負債比率は上
昇しており、2008 年の 52%から 2014 年には 78%となりました。家計債務の対所得比率も、
2008 年の 1.9 倍から昨年には 2.3 倍まで拡大しています。この背景には、企業の収益率低下
や個人の借入依存度の高まりなどが考えられます。
MAS は、「過剰債務を抱える一部の企業は注視する必要があるものの、経済全体に与える
リスクは小さい」と説明しています。また、やや下落傾向にはあるものの高止まりしている不動産
価格についても監視を続け、必要であれば対策を講じる意向を示しました。
8
アセアン マーケット情報(為替・金利)
○シンガポールドル(対円・対米ドル)
100
1.00
0.90
80
0.80
70
0.70
60
0.60
0.50
○タイバーツ
35
0.35
30
0.30
25
0.25
20
2005
2010
0.20
2010
○インドネシアルピア
5.0
0.050
1.50
100IDR/JPY
100IDR/USD(右軸)
THB/USD(右軸)
THB/JPY
4.0
1.25
0.040
3.0
0.030
2.0
2005
0.40
MYR/USD(右軸)
MYR/JPY
90
50
2005
40
SGD/USD(右軸)
SGD/JPY
0.020
0.150
0.125
1.00
0.100
0.75
0.075
0.50
2005
2010
○フィリピンペソ
0.050
2010
○ベトナムドン
3.0
0.030
2.5
0.025
2.0
0.020
1.5
0.015
1.00
100VND/JPY
100,000VND/USD(右軸)
10.0
0.75
7.5
0.50
5.0
PHP/USD(右軸)
PHP/JPY
1.0
2005
○マレーシアリンギット
0.010
0.25
2005
2010
2.5
2010
○政策金利推移(シンガポールは 3 か月物銀行間金利、ベトナムはベースレートを記載)
15
6
マレーシア
タイ
シンガポール
5
4
ベトナム
インドネシア
フィリピン
10
3
5
2
1
0
2005
0
2005
2010
9
2010
お知らせ
千葉銀行 シンガポール駐在員事務所及びバンコク駐在員事務所では、アセアン地域への
進出等を全面的にサポートしております。
現地法人設立の手続きやオフィス・工場物件のご紹介、税制等の情報、販路・調達先のご
紹介など、幅広いサービスを提供させて頂いております。弊行お取引店を通じ、お気軽にご相
談ください。
以
上
※ ここに掲載されているデータや資料は、情報提供のみを目的としたもので、投資勧誘等を目的とし
たものではありません。投資等の最終決定は、ご自身の判断でなされるようお願いいたします。
※ また、弊行は、かかる情報の正確性や妥当性については、責任を負うものではありません。
本レポートに関するお問い合わせは、千葉銀行 市場営業部 海外支店統括グループ
(Tel:03-3270-8526、e-mail:[email protected]) までお願いいたします。
≪出典≫
NNA、時事通信 JETRO 各 HP、Bloomberg、バンコクポスト
「タイでの会社設立」 日本貿易振興機構(ジェトロ) バンコク事務所著
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