実効増倍率の核データに起因する不確かさの定量化の基礎 千葉豪 平成 26 年 3 月 16 日 実効増倍率の計算値は用いる核データに依存する。核データというものは、真値ではなく、あ くまで「評価値」であるため、不確かさが伴う。核データが不確かであるならば、それに基づい て決まる実効増倍率も不確かであり、実効増倍率計算値にも不確かさが伴うことになる。本稿は、 核データの不確かさにより、実効増倍率計算値の不確かさがどの程度の値となるか、定量的に評 価する方法について説明する。 核データの不確かさ、分散、共分散 1 核データには不確かさが伴うことから、評価値を期待値とした確率変数と考えることができる であろう。そこで、核データ i の評価値を σ ¯i と書くこととする。p(σi ) を、核データ i の真値が σi である確率と考えると、核データ i の評価値(期待値)は以下のように書ける。 Z σ ¯i = σi p(σi )dσi (1) また、p(σi ) の分布の広がりを示す核データ i の分散 Vσi は以下の式で書ける。 Z Vσi = (σi − σ ¯i )2 p(σi )dσi (2) なお、分散の平方根は標準偏差となる。 確率変数を連続で考えるとイメージがつきにくい場合があるため、次は標本ベースで考えるこ ととする。 j 核データ i について J 回の測定を行ったとし、j 回目の測定データを σi とする。さて、J 個の j 測定データ σi があるとき、σi の推定をどのように行うだろうか。おそらく、次のように平均をと るであろう。 J X σij j=1 =σ ¯i (3) J 式に書いてあるように、これがそのまま核データ i の期待値となり、この式は連続型の式 (1) に対 応する。一方、核データ i の分布の広がりはどう書けるであろうか。おそらく次の式を用いるもの と思う。 J 2 X σij − σ ¯i j=1 = Vσ i (4) J −1 式に書いてあるように、これがそのまま分散となり、この式は連続型の式 (2) に対応する1 。 分母の J − 1 は自由度に対応する。ここで用いている期待値 σ ¯i は真の期待値ではなく標本から求められたもの(標 本平均)であるため、自由度、すなわち標本 σij のうち自由に動ける変数の数は J − 1 となる。 1 1 さて、次はふたつの異なる核データ i と i0 を同時に考えてみよう。これらの核データについて J j j 回の測定を行ったとし、j 回目の測定データのペアを (σi , σi0 ) とする。このデータに対して、以下 のような統計量を定義する。 J X σij − σ ¯i σij0 − σ ¯i0 j=1 (5) J −1 核データ i と i0 に強い関係性があるとし、σi が大き目のときは σi0 は大きめ、σi が小さめのとき j は σi0 は小さめとなるとする。この場合、上記の統計量はおそらく正の値となるだろう。一方、同 j j j j じように強い関係性があるとしても、σi が大き目のときは σi0 は小さめ、σi が小さめのときは σi0 は大きめとなるとするとどうだろうか。この場合、上記の統計量は負の値となるだろう。 実は、式 (5) で示した統計量は共分散と呼ばれるものである。なお、i = i0 であれば、核データ i の分散となる。 j j j 前述のように、共分散はふたつのパラメータの不確かさの関係性の強さを示す。I 個の核データを 考えた場合、核データ i と i0 の共分散を cov(σi , σi0 ) と書くこととする(「cov」は共分散 Covariance の略)。なお、i = i0 の場合は分散となるため、 (6) cov(σi , σi ) = Vσi とも書ける。 ここで、すべての核データに対する共分散行列 V を以下のように定義する。 cov(σ1 , σ1 ) cov(σ1 , σ2 ) · · · cov(σ1 , σI ) cov(σ2 , σ1 ) cov(σ2 , σ2 ) · · · cov(σ2 , σI ) V= .. .. .. .. . . . . cov(σI , σ1 ) cov(σI , σ2 ) · · · cov(σI , σI ) (7) この例から明らかなように、核データの共分散行列のサイズは核データの数(ここでは I )とな る。考えている核データが核種数 N 、反応数 X 、エネルギー群数 G のものであるとするならば I = N × X × G となる。 また、ふたつの核データ間の関係性の強さを示す別の指標として、核データ i と i0 の相関係数 を以下のように定義できる。 cov(σi , σi0 ) corr(σi , σi0 ) = (8) ∆σi ∆σi0 ここで、∆σi は核データ i の標準偏差を示す。なお、同一の核データ i 間の相関係数 corr(σi , σi ) は、 cov(σi , σi ) Vσ corr(σi , σi ) = = i =1 (9) ∆σi ∆σi V σi となる。 見方を変えれば、共分散は以下のようにパラメータの標準偏差と相関係数から定義できると言 うこともできるであろう。 cov(σi , σi0 ) = ∆σi ∆σi0 corr(σi , σi0 ) (10) 共分散行列 V と同様に、相関行列 C も以下のように定義できる。 corr(σ1 , σ1 ) corr(σ1 , σ2 ) · · · corr(σ1 , σI ) corr(σ2 , σ1 ) corr(σ2 , σ2 ) · · · corr(σ2 , σI ) C= .. .. .. .. . . . . corr(σI , σ1 ) corr(σI , σ2 ) · · · 2 corr(σI , σI ) (11) 前述のように、この行列の対角成分は必ず 1.0 となる。 相関係数は-1 から+1 の範囲の値をとり、0 の場合にはふたつのパラメータ間にまったく関係性 がないことを意味する。また、+1 の場合には強い正の相関、-1 の場合には強い負の相関があると 言える。 Fig. 1 に U-235、U-238、Pu-239 の捕獲断面積の標準偏差と相関係数行列を例として示す(LANL の Dr.Kawano の資料より抜粋)。 Fig. 1: 捕獲断面積の標準偏差と相関係数行列 2 核データから実効増倍率への不確かさの伝播 次に、核データの不確かさが実効増倍率 k に対してどのように伝播していくかを、文献 [1] を参 考に述べる。 核データを確率変数と見なした場合、核データから決まるある系の実効増倍率 k も同様に確率 ¯ と書ける。さて、これまでと同じように、全ての核データについて 変数となり、その期待値は k j j J 回の測定を行い、(σ1 , σ2 , ..., σIj ) というデータが J 個得られたとする。この j 個の核データセッ ¯ は以下のように トそれぞれについて k が計算されるので、それを k j と書く。この場合、期待値 k 書けるであろう。 J X kj k¯ = j=1 (12) J また、k に対する分散も以下のように書けるであろう。 J X Vk = k j − k¯ j=1 J −1 3 2 (13) ¯ に対する差は、一次近似のもとでは以下のように記述できる。 さて、k j の k k j − k¯ = X ∂k i ∂σi σij − σ ¯i (14) これを式 (13) に代入すると、以下の式を得る。 J XX X ∂k ∂k Vk = σij − σ ¯i σij0 − σ ¯i0 /(J − 1) 0 ∂σ ∂σ i i 0 j=1 i i J XX ∂k ∂k X ¯i0 /(J − 1) σij − σ ¯i σij0 − σ = 0 ∂σ ∂σ i i 0 i = i j=1 XX ∂k ∂k cov (σi , σi0 ) ∂σi ∂σi0 0 i (15) (16) i ∂k は k の σi に対する感度に他ならないため、k の分散は、核データの共分散と感度係数から計 ∂σi 算出来ることが分かる。 核データを核種 n、反応 x、エネルギー群 g で記述し、感度係数を S と書くと、Vk は以下の式 で計算されることになる。 Vk = X X Sn,x,g Sn0 ,x0 ,g0 cov σn,x,g , σn0 ,x0 ,g0 (17) n,x,g n0 ,x0 ,g 0 例えば、U-235 と Pu-239 からなる原子炉を考え、核分裂中性子の発生数に対する各々の核種 の寄与は同程度であるとする。U-235 と Pu-239 の核分裂あたりの中性子発生数 ν がそれぞれ 1%の不確かさを持っているとすると、k の不確かさはどの程度になるであろうか?これは、 U-235 と Pu-239 の ν の間の関係性の強さ(相関)に依存する。例えば、この相関が 1.0 であ るとするならば、U-235 の ν が大きくなるならば Pu-239 の ν も大きくなるはずなので、k の 不確かさは 1%となると考えられる。逆に、相関が-1.0 であれば、U-235 の ν が大きくなるな らば Pu-239 の ν は小さくなるはずなので、両者が相殺しあい、k の不確かさはゼロとなると 考えられる。この例について、共分散行列と感度係数を実際に作成し、相関が-1、0、+1 の場 合の k の不確かさを式 (17) を用いて評価してみるとよいであろう。 上の例のように、二種類の核データ σ1 、σ2 に不確かさが存在するとして、その不確かさが k に 及ぼす影響を考えよう。式 (17) より、k の分散 Vk は次のように書けるであろう。 Vk = 2 X 2 X Sn Sn0 cov (σn , σn0 ) = S12 Vσ1 + S22 Vσ2 + 2S1 S2 cov (σ1 , σ2 ) (18) n=1n0 =1 つまり、Vk は3つの項に分解することが出来ることが分かる。ここで、右辺一項目は σ1 の不確か さに起因する項であり、二項目は σ2 の不確かさに起因する項である。感度 Sn は二乗されており、 また分散 Vσn は正であるため、これらの項は正の値をとることが分かるであろう。一方、右辺三 項目は σ1 と σ2 の相関項であるが、感度、共分散ともに負の値をとりうるため、この項は場合に 応じて正負の値をとることになる。 4 0 次に、二つの異なる系の実効増倍率 k j 、k j に対する誤差伝播を考える。それぞれの不確かさ j0 j0 j j ∆k /k 、 ∆k /k は式 (17) を用いて計算することが出来るが、この両者に関係性は無いで 0 あろうか?すなわち、k j と k j の共分散はどうなるであろうか?そのような計算を行いたい場合は 次の式を用いる。 0 cov(k j , k j ) = X X j0 j k Sn,x,g Snk0 ,x0 ,g0 cov(σn,x,g , σn0 ,x0 ,g0 ) (19) n,x,g n0 ,x0 ,g 0 j = j 0 の場合、この式は k j に対する分散の式に一致する。 今、考えている系が J ある(J 個の実効増倍率に着目している)とする。この場合、k j に対す る共分散行列が定義でき、そのサイズは J となる。 U-235 と Pu-239 からなる原子炉 A、B を二つ考え、U-235 の核分裂中性子発生数に対する寄与 がそれぞれ 50%と 20%であるとする(残りは Pu-239 が寄与すると考える)。U-235 と Pu-239 の核分裂あたりの中性子発生数 ν にそれぞれ 1%、2%の不確かさがあるとすると、A、B の実 効増倍率 k A 、k B の不確かさはどの程度となるか。また、k A と k B の不確かさの相関はどの 程度となるか。なお、U-235 と Pu-239 の ν は独立(相関が無いもの)とする。 さて、k に対するパラメータ pi の感度係数を Si と書いた場合、パラメータ pi の不確かさに起因 する k の不確かさは以下のように計算できる。 Vk = XX i Si Si0 cov (pi , pi0 ) (20) i0 ここで、感度係数ベクトル s を以下のように定義する。 sT = (S1 S2 · · · SI ) (21) ここで肩添字の T は転置を意味する。これを用いると、式 (20) は次のように書き直せる。 Vk = sT Vp s (22) 0 また、k j と k j に対する共分散は以下の式で計算できる。 0 T cov(k j , k j ) = sj Vp sj 0 (23) ここで、sj は k j に対する感度係数ベクトルである。 さらに感度係数行列 S を以下のように定義する。 S = s1 s2 · · · sJ (24) この場合、k j に対する共分散行列 Vk は以下のように得られる。 Vk = ST Vp S 5 (25) 核データに対する共分散の与えられ方 3 中性子輸送方程式に必要となる核データは、評価済み核データファイルと呼ばれる一種のデータ ベースに収納される。評価済み核データファイルとしては、米国で開発されている ENDF/B(最 新版は Version VII.1)、欧州で開発されている JEFF(最新版は Version 3.1.2)、日本で開発され ている JENDL(最新版は Version 4.0)が挙げられる。 核データの値に加えて、その不確かさ(共分散)の情報も重要な核種に対しては評価済み核デー タファイルに与えられているため、核データの不確かさの実効増倍率などの原子炉パラメータへ の誤差伝播計算はそれらを用いて行うことが出来る。 評価済み核データファイルに与えられている核データは連続エネルギーで与えられており、ま た断面積の共鳴構造は共鳴パラメータと呼ばれる特殊なパラメータで与えられる。一方、中性子 輸送方程式を数値的に解く場合、核データをエネルギーに対して離散化する必要があるため、評 価済み核データファイルに与えられている核データを中性子輸送計算にそのまま用いることはで きない。そのため、中性子輸送計算に適した形式(多群形式)に評価済み核データを変換する必要 がある。このような手続きを「核データの処理」と呼んでおり、CBZ では米国ロスアラモス国立 研究所(Los Alamos National Laboratry, LANL)で開発された NJOY-99 コードを用いている。 また、CBZ で用いる多群の断面積セット(評価済み核データファイルを処理したあとのもの)は CBZLIB と呼んでいる。 核データの共分散についても同じことが言え、数値計算に用いるために処理(多群化)を行う 必要がある。共分散データの処理についても前述の NJOY-99 コードを用いる2 。 参考文献 [1] 山本章夫、「不確かさ評価の基礎」、第 44 回炉物理夏期セミナーテキスト、(2012). [2] 東京大学教養学部統計学教室編、「基礎統計学 I 統計学入門」、東京大学出版会、(2012). 2 実際には、NJOY-99 が採用している共分散処理モジュール ERRORR は日本で開発された ERRORJ コードが母 体となっており、ERRORJ の NJOY-99 への組み込み作業は千葉が LANL に短期滞在して行った。ただし、ERRORJ コードは NJOY-99 のモジュールが基になって作成されたものである。 6
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