論文の概要および審査結果の要旨 氏 名 ( 本 籍 ) 学 位 の 種 類 学 位

論文の概要および審査結果の要旨
氏 名 ( 本 籍 )
大西
次郎(兵庫県)
学 位 の 種 類
博士(社会福祉学)
学 位 記 番 号
甲第5号
学位授与の日付
平成26年3月18日
学位授与の要件
佛教大学学位規程第5条第1項
学 位 論 文 題 目
「精神保健福祉学」の構築
-精神科ソーシャルワークに立脚する
実践科学として-
論 文 審 査 委 員
主査
村岡
潔(佛教大学教授)
副査
波多野和 夫 (佛教大学教授)
副査
青木
聖 久 (日本福祉大学教授)
〔1〕論文の概要
大西次郎氏の論文「精神保健福祉学の構築-精神科ソーシャルワークに立脚する
実 践 科 学 と し て - 」 (以 下 、 本 論 文 )の 概 要 は 次 の 通 り で あ る 。
本 論 文 の 目 的 は 、現 状 を「 批 判 的 」に 捉 え る こ と で 精 神 障 害 者 の 社 会 的 立 場 を 変 革 し て き た
精 神 科 ソ ー シ ャ ル ワ ー カ ー (PSW)に よ る 実 践 行 為 の 科 学 的 根 拠 と な る 「 精 神 保 健 福 祉 学 」 の 存
立 の 確 認 と そ の 内 容 を 明 確 化 で あ る 。し か る に PSW の 資 格 が 国 策 主 導 で 与 え ら れ た 結 果 、実 践
の 根 拠 た る「 学 」が 未 だ 後 づ け に さ れ て い る 。本 論 文 で は 、 法 ・ 制 度 の も と PSW と し て 精 神 障
害 者 に 対 す る 支 援 を 担 う こ と 、並 び に 、歴 史 的 な PSW と し て 精 神 障 害 者 の 社 会 的 復 権 を 目 指 し 、
当 事 者 ・ 家 族 の 地 域 生 活 に お け る 多 様 な ニ ー ズ の 充 足 を 図 る こ と 、そ の 両 者 を 統 合 す る「 精 神
保 健 福 祉 学 」の 構 築 の 橋 頭 堡 と 位 置 付 け ら れ る 。本 論 文 で は 、と く に 、医 療 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク
と 精 神 科 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク が 分 化 し て い く 経 緯 に 着 目 し つ つ 、社 会 福 祉 学 と「 精 神 保 健 福 祉 学 」
との異同が推論の中心となっている点が主流となっている。
目 次
はじめに
1. 研 究 の 目 的 と 「 精 神 保 健 福 祉 学 」 が 満 た す べ き 基 本 5 原 則
2. 社 会 政 策 ( 法 や 資 格 制 度 ) に 影 響 さ れ る 、 精 神 科 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク の 歴 史 的 特 質
3. 基 本 的 な 論 文 構 成 概 念 の 提 示 に よ る 本 稿 全 体 の 俯 瞰
第 Ⅰ 章. 実践知の集積と共有による「精神保健福祉学」の構築
1. ソ ー シ ャ ル ワ ー ク ( ソ ー シ ャ ル ワ ー カ ー ) 全 体 の 視 点 か ら
2. 精 神 科 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク ( 精 神 科 ソ ー シ ャ ル ワ ー カ ー ) の 視 点 か ら
-1-
第 Ⅱ 章. 精神保健福祉を鍵概念とした研究の萌芽性
1. 研 究 結 果 と し て の 論 文 刊 行 に お け る 量 的 な 実 況 か ら
2. 精 神 保 健 福 祉 を 研 究 領 域 と せ し め る 理 論 的 な 根 拠 か ら
第 Ⅲ 章 . 精 神 保 健 福 祉 以 前 の ソ ー シ ャ ル ワ ー ク 実 践 : 戦 前 ~ 1960 年 代 ま で
第 Ⅳ 章 . 精 神 保 健 福 祉 以 前 の ソ ー シ ャ ル ワ ー ク 実 践 : 1960 年 代 ~ 1980 年 代
1. 精 神 科 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク を め ぐ る 構 造 の 定 義
2. 医 療 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク 領 域 に お け る 精 神 科 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク
3. 医 療 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク 領 域 に 波 及 す る 医 療 の 動 き ( 医 療 化 )
4. 医 療 化 に 対 す る ソ ー シ ャ ル ワ ー カ ー の 挙 動
第 Ⅴ 章. 社会福祉士資格の成立にみる、行政と関連組織の動き
1. 厚 生 省 ( 当 時 ) に よ る 主 導 と 、 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク 職 能 団 体 の 対 応
2. 社 会 福 祉 士 及 び 介 護 福 祉 士 法 の 成 立
第 Ⅵ 章. 英米のソーシャルワーカーと比べたわが国の専門職の特性
第 Ⅶ 章 . 精 神 保 健 福 祉 以 降 の ソ ー シ ャ ル ワ ー ク 実 践 : 1990 年 代 ~ 現 在
1. 精 神 保 健 福 祉 士 法 の 成 立 と 精 神 科 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク を め ぐ る 構 造 の 変 化
2. 社 会 福 祉 学 に お け る ソ ー シ ャ ル ワ ー ク 重 点 化
3. 精 神 科 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク 周 辺 領 域 の 学 際 化
4. 精 神 保 健 福 祉 士 養 成 教 育 と の 関 連
5. 日 本 学 術 会 議 に よ る 提 言 か ら の 現 在
第 Ⅷ 章 . 社 会 福 祉 学 の 現 在 と 照 応 し た 、 「精 神 保 健 福 祉 学 」の 形
1. こ こ ま で の 「精 神 保 健 福 祉 学 」
2. 基 盤 と な る 学 問 体 系 で あ る 社 会 福 祉 学 の 現 在
3. 社 会 福 祉 学 か ら 照 応 し た 、 「精 神 保 健 福 祉 学 」の 形
4.「 精 神 保 健 福 祉 学 」 が 注 視 す べ き 、 現 時 点 の 課 題
5. 教 育 学 と 社 会 福 祉 学 ・ 「精 神 保 健 福 祉 学 」と の 類 似 性
おわりに
注
引用文献
図
第 Ⅰ 章 で は 、精 神 科 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク 、さ ら に は ソ ー シ ャ ル ワ ー ク 領 域 全 体 で 実 践 の 科 学 化
が十分に進んでおらず、現場において実践の基礎となる理論が求められている状況を振り返
る 。理 論 は 当 事 者 ・ 家 族 へ 資 す る た め 存 在 す る 点 か ら 、体 系 的 な 実 践 科 学 と し て の「 精 神 保 健
福 祉 学 」に は 、当 事 者 本 人・家 族 、実 践 者 、研 究 者 そ れ ぞ れ の 参 加 、当 事 者 ・家 族 に よ る ソ ー
シャルワーク・サービスの統制という原則があることを指摘する。
第 Ⅱ 章 で は 、「 精 神 保 健 福 祉 学 」の 構 築 に 関 連 し た 先 行 研 究 を 検 証 す る 。精 神 保 健 福 祉 の 語
が 確 立 し た 1990 年 代 以 降 で も 、 精 神 保 健 福 祉 の 概 念 や 理 論 を 検 討 す る 研 究 報 告 の 数 は 、 社 会
福 祉 の 研 究 に 及 ば な い 。 そ れ は 、 PSW が 専 門 職 集 団 と し て と い う よ り 国 家 資 格 を 背 景 に し た 呼
称 と し て 成 立 し た こ と で 、精 神 保 健 福 祉 と い う 領 域 と し て 成 果 を 系 統 的 に 蓄 積 し よ う と す る 動
き が 積 極 化 し な か っ た た め で あ ろ う 。さ ら に 、「 精 神 保 健 福 祉 学 」が 科 学 史 の う え で 固 有 の 領
-2-
域 を 意 味 す る「 デ ィ シ プ リ ン 」に 相 当 す る か 検 証 し 、精 神 保 健 福 祉 の 語 義 に 幅 や 多 様 性 が あ る
た め 「 集 団 を 形 成 、 成 立 、 存 在 せ し め て い る き ず な 」 の 「 パ ラ ダ イ ム 」 (ク ー ン ; 1971) が 不
確実なため「精神保健福祉学」が学として萌芽状態にあることを示す。
第 Ⅲ 章 で は 、 1960 年 代 ま で に み ら れ た 、 医 療 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク と 精 神 科 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク
の 相 違 を 論 じ る 。第 二 次 大 戦 後 、精 神 科 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク を 含 む 医 療 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク の 概 念
が 広 ま る 。『 医 療 と 福 祉 』誌 上 の 医 療 社 会 事 業 論 争( 1965) 論 争 に お い て 、医 療 ソ ー シ ャ ル ワ
ー カ ー (MSW)は 広 範 な 医 学 知 識 を 求 め ら れ る 一 方 、 身 分 法 や 保 険 点 数 の 裏 づ け が な い ま ま 医 療
職 か ら 独 立 し た 形 で サ ー ビ ス を 行 な っ て い た 。か た や PSW は 、医 療 職 と の 距 離 を 相 対 的 に 縮 め 、
精 神 障 害 者 の 社 会 復 帰 へ 向 け た 協 働 者 と し て 位 置 づ け ら れ て い た 。 両 者 の 差 異 は 、 MSW が 医 療
と 一 線 を 画 す る ソ ー シ ャ ル ワ ー ク の 独 自 性 に 向 か い 、 PSW が 保 健 医 療 と 社 会 福 祉 の 紐 帯 に つ な
がるという、後年異なった在り方を確立していく動きの端緒となった。
第 Ⅳ 章 で は 、 1960~ 1980 年 代 の MSW の 動 向 を 検 証 す る 。 MSW は 1960 年 代 か ら 1970 年 代 に
か け て 職 制 を 疾 病 構 造 の 変 化 と 高 齢 社 会 の 到 来 に よ る 退 院 援 助 機 能 へ と 、あ る い は 注 目 の 視 座
を 病 気 そ の も の か ら 万 人 の 生 活 や 行 動 へ と 移 し て い っ た ( 普 遍 型 福 祉 ) 。 1970 代 後 半 か ら 医
療 モ デ ル か ら 、生 活 モ デ ル へ の 認 識 枠 組 み の 変 化 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク 実 践 全 体 へ も た ら さ れ た こ
と も あ り 、 1980 年 代 に は 、 MSW は 、 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク の 独 自 性 を 発 揮 す る た め 「 医 療 者 が 行
う こ と を 行 わ な い 」 形 で 専 門 性 を 発 露 す る 選 道 を 選 ん だ (堀 越 由 紀 子 ) 。
一 方 、当 時 の PSW は 、長 期 ・ 社 会 的 入 院 の 流 れ に 従 っ て お り 、Y 問 題( 1973)を 契 機 と し て 、
精 神 障 害 者 固 有 の 人 権 擁 護 、社 会 的 復 権 を 意 識 し て い た が 、職 責 の 中 心 へ 在 院 患 者 の 退 院 援 助
を 置 く に 至 ら な か っ た 。 1980 年 代 を 通 し て PSW は 、 長 期 ・ 社 会 的 入 院 が 蔓 延 す る 精 神 科 医 療
の現場チームの一員として保健医療と社会福祉の双方のかかわりが精神障害者の支援に必要
であることを示した。
第 Ⅴ 章 で は 、社 会 福 祉 士 及 び 介 護 福 祉 士 法 の 成 立( 1987)で み ら れ た 社 会 福 祉 職 能 ・ 教 育 団
体 に 対 す る 厚 生 行 政 か ら の 関 与 を 検 証 す る 。国 家 資 格 化 は ソ ー シ ャ ル ワ ー ク 関 連 団 体 に と っ て
予 想 外 の 出 来 事 で あ っ た が 、 1987 年 、 社 会 福 祉 士 及 び 介 護 福 祉 士 法 が 成 立 し た 。 そ の 結 果 、
わ が 国 に お い て は 行 政 の 介 入 に よ る 資 格 化 に よ っ て 社 会 福 祉 関 連 団 体 は 変 容 し 、主 管 省 庁 の 態
度 に よ っ て 組 織 の 運 動 方 針 を 調 整 せ ね ば な ら ず 、一 貫 し た 姿 勢 を 行 政 へ 向 け て 維 持 す る こ と の
難 し さ が 露 に な っ た と 推 察 す る 。こ の こ と は 専 門 職 集 団 の 本 来 持 つ べ き 自 律 性 の 喪 失 を 意 味 す
るものである。
第 Ⅵ 章 で は 、 1980~ 2000 年 代 の 、 米 英 の ソ ー シ ャ ル ・ ワ ー カ ー に 関 連 す る 資 格 ・ 教 育 制 度
を 概 観 す る 。米 国 は 州 レ ベ ル で 、 ソ ー シ ャ ル ・ ワ ー カ ー の 資 格 が 管 理 ・ 運 営 さ れ て い る 。 こ れ
は わ が 国 と の 根 本 的 な 相 違 で あ る 。教 育 カ リ キ ュ ラ ム に 対 す る 連 邦 政 府 の 関 与 は 乏 し く 、官 僚
か ら の コ ン ト ロ ー ル が 続 く わ が 国 と は 自 律 性 の 点 で 異 な っ て い る 。イ ギ リ ス も 同 様 に 、す べ て
の ソ ー シ ャ ル ケ ア に か か わ る 職 種 を 管 理 す る ソ ー シ ャ ル ケ ア 総 合 協 議 会( GSCC)が 存 在 し 、統
合 的 な ソ ー シ ャ ル ・ ワ ー カ ー 資 格 で あ る Diploma in SW が 整 備 さ れ て い る 。
第 Ⅶ 章 で は 、 精 神 保 健 福 祉 の 語 が 一 般 化 す る 1990 年 代 以 降 の 、 「 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク と 医 療
の 重 複 領 域 」に お け る PSW の 動 向 を 検 証 す る 。日 本 精 神 医 学 ソ ー シ ャ ル ・ ワ ー カ ー 協 会 は「 精
神 科 ソ ー シ ャ ル ・ ワ ー カ ー を 含 め た 医 療 ソ ー シ ャ ル ・ ワ ー カ ー と し て 」「 統 一 的 な 」資 格 を 構
想 し て い た が 、独 自 立 法 の 模 索 へ 転 換 し 、そ の 延 長 線 上 に 精 神 保 健 福 祉 士 法 が 成 立 し た( 1997)。
し か し 、 PSW 単 独 の 国 家 資 格 化 は PSW に よ る 当 初 か ら の 構 想 で な く 、 医 療 社 会 事 業 協 会 と 厚 生
-3-
省 と の 関 係 性 の 結 果 で あ り 、そ の 内 容 に は 医 療 職 と の 協 働 が 意 識 さ れ て い た 。医 療 か ら 距 離 を
置 く 医 療 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク に 対 し 、か つ て 精 神 障 害 者 救 済 の 施 策 で な く 、社 会 防 衛 上 の 治 安 対
策 の 対 象 で あ っ た わ が 国 の 精 神 医 療 の 後 進 性 に 鑑 み 、 PSW は 医 療 と の 「 協 力 」 ( 日 本 精 神 医 学
ソ ー シ ャ ル ・ ワ ー カ ー 協 会 ) を 60 年 以 上 維 持 し 続 け て き た 。 そ し て 、 PSW は 、 精 神 科 医 療 現
場 に お け る 他 職 種 と も 連 携 し 、看 護 、 作 業 療 法 、職 業 リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン な ど と の「 学 際 」 的
な実践の特徴をも示していった。
す な わ ち 、現 在 に 至 る 精 神 科 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク 実 践 の 歴 史 的 蓄 積 は 、医 療 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク
と 異 な る 固 有 の 体 系 を 形 成 す る に 至 っ た 。そ の 体 系 を 裏 付 け る「 学 」と し て の 「 精 神 保 健 福 祉
学 」が 独 立 し た デ ィ シ プ リ ン で あ る た め に は 、当 事 者 ・ 家 族 か ら の ニ ー ズ と し て も 存 在 す る ソ
ー シ ャ ル ポ リ シ ー の か か わ り が 焦 点 と な る の で 、構 築 さ れ る べ き「 精 神 保 健 福 祉 学 」に は 当 事
者本人・家族が置かれた社会的状況へ介入しようとする意思が示されることになる。
第 Ⅷ 章 で は 、精 神 科 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク 実 践 を 理 論 化 す る「 精 神 保 健 福 祉 学 」の 実 像 を 描 出 す
る 。ま ず 、専 門 職 と 当 事 者 ・ 家 族 の 関 係 に は 専 門 職 優 位 な 非 対 称 性 の 対 称 化 を 図 る に は 、専 門
職 の 行 動 変 容 だ け で な く 、当 事 者 本 人 ・ 家 族 の 言 説 か ら 学 ぶ 姿 勢 が 不 可 欠 で あ り 、そ れ に は 当
事者・家族のナラティブを注視するソーシャルワーク重点化がある。
そ れ で も 、当 事 者・家 族 が ソ ー シ ャ ル ポ リ シ ー よ り 受 け る 影 響 は 直 ち に は 減 ら な い の で 、
「精
神 保 健 福 祉 学 」は ソ ー シ ャ ル ポ リ シ ー に 着 眼 し た 、障 害 の 社 会 的 構 築 を 論 じ な く て は な ら な い 。
そ こ で「 精 神 保 健 福 祉 学 」が 満 た す べ き 重 要 な 要 件 と は 、法 ・ 制 度 に 関 心 を 払 い 、既 存 の シ ス
テ ム と し て 活 用 す る に と ど ま ら ず 、他 職 種 と の 相 互 作 用 を 経 な が ら 精 神 障 害 当 事 者・家 族 へ 今
まで以上に資する体系へあらためるよう努めることである。
換 言 す れ ば 、 長 く 法 ・ 制 度 か ら 広 が る ス テ ィ グ マ 、 主 要 診 療 科 を 有 す る 100 床 以 上 の 病 院
と 大 学 附 属 病 院 以 外 で 今 も 残 る 精 神 科 特 例 、隔 離 収 容 、社 会 的 入 院 と い っ た ソ ー シ ャ ル ポ リ シ
ー に よ り 規 定 さ れ て き た 精 神 障 害 者 ・ 家 族 へ 、逆 に 利 便 性 や パ ワ ー を 付 与 し 、そ こ か ら 人 権 尊
重 や 地 域 移 行 が 導 か れ る よ う 法 ・ 制 度 へ 積 極 的 に か か わ っ て い く こ と で あ る 。 PSW に は 「 精 神
保 健 福 祉 学 」を 生 み 出 し つ つ 、 医 療 者 と と も に 長 期 ・ 社 会 的 入 院 、 低 い 水 準 の 医 療 体 制 、 福 祉
制度の遅れ、そして社会防衛として構造的にこれらを支えてきた政策から当事者の権利を守
り、変革を担うシステムを構築することが要請されている。
〔2〕審査結果の要旨
本 論 文 は 、大 西 氏( 以 下 、氏 )が 、精 神 科 医 と い う 立 場 性 の も と 、精 神 科 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク
に つ い て 論 じ て い る と こ ろ に そ も そ も の 特 徴 が あ る 。具 体 的 な 論 文 の 中 身 に つ い て は 、ま ず 次
の 3 点が、氏の独自の主張として捉えられる。
1 点目は、ディシプリンについて論究していることである。従来、「ディシプリン」とは、
固有の、あるいは、限定的な専門領域を有すること、のような見られ方が多かったと言える。
そ の こ と に 対 し て 、氏 は 、「 学 際 」と い う 考 え 方 を 用 い る こ と に よ っ て 、む し ろ 、 自 ら が 関 わ
る 領 域 を よ り オ ー プ ン に し 、多 職 種 と つ な が り 、知 恵 を 導 き 出 す な か に こ そ 、デ ィ シ プ リ ン を
見 出 す こ と が で き る 、と し て い る の で あ る 。そ の た め に 、氏 は 、 当 事 者 [精 神 障 害 者 本 人 ]や 家
族、現場のソーシャルワーク実践者との協働のなかに、その道があるはずだと論じている。
2 点目は、上述の論を展開するにあたって、鍵を担うものが「ソーシャルポリシー」だと氏
-4-
は 言 う 。ま さ に 、本 論 文 に お け る 真 骨 頂 の 部 分 で あ ろ う 。な ぜ な ら 、現 場 は 、所 謂「 あ り 方 論 」
の よ う な 形 の 無 い も の で は な く 、日 々 の 暮 ら し に 対 峙 で き る 現 実 的 な も の を 求 め て い る か ら で
あ る 。精 神 科 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク が 精 神 障 害 者 本 人 や 家 族 、さ ら に 、現 場 の ソ ー シ ャ ル ワ ー ク 実
践 者 に と っ て 、現 実 に 対 応 で き る も の で あ る た め に は 、ソ ー シ ャ ル ポ リ シ ー が 結 節 剤 に な り う
る可能性を秘めているという点を氏は論じている。
3 点目は、本論文が、氏が思い描く「精神保健福祉学」という挑戦的な構想であることだ。
そ の 根 底 に は「 精 神 保 健 福 祉 士 な る も の が 活 動 し 、そ の 活 動 を 保 証 す る 法 律 が 存 在 す る 。し か
しその営為の基礎をなす学問的な根拠が真に実在するのか」という問題意識がある。
つ ま り「 そ の 法 律 も 資 格 も 、時 流 と い う 激 し い 泥 流 の よ う な 抗 し 難 い 力 に 押 し 出 さ れ る よ う
に し て 、省 庁 や 行 政 の 独 断 が 誕 生 さ せ た だ け な の で は な い か 。必 ず し も そ の 担 当 者 た ち の 理 論
的 ・ 実 践 的 な 必 然 性 に 由 来 す る と は い い 難 い の で は な い か 」と し て 「 精 神 保 健 福 祉 学 」が 真 に
存在すると言えるための理論的な根拠を模索したのがこの論文の骨格である。
お そ ら く 氏 に は 、或 る 危 機 意 識 が あ っ た と 思 わ れ る 。そ れ は 「 医 療 と 福 祉 、権 力 と 人 権 、 社
会 と 個 人 、あ る い は 本 人 と 家 族 と い う よ う な 、容 易 に 埋 め る こ と の で き な い 対 立 と 間 隙 の な か
に 、こ の ま ま で は 精 神 保 健 福 祉 の 学 は ど ち ら か 一 方 に 溶 解 さ れ て し ま う か 、板 挟 み に な っ て 立
ち 往 生 す る か し て 、精 神 保 健 福 祉 学 が 単 に 名 目 だ け の 存 在 に 堕 す る の で は な い か 」と い う 危 惧
で あ る 。本 論 文 は こ の 種 の 危 機 意 識 に 触 発 さ れ た 氏 の 情 熱 的 な 思 考 の 模 索 で あ り 、学 際 的 領 域
としての「精神保健福祉学」の存在の根拠を問うた野心的な論考であると評価できる。
た だ し 、積 み 残 し た 課 題 も あ る 。そ れ は 、氏 が 目 指 す「 現 実 的 な 学 問 」と い う こ と を 如 実 に
描 写 す る た め に は 、 さ ら に 、 本 人 ・ 家 族 、 PSW/MSW 等 へ の イ ン タ ビ ュ ー 調 査 等 の 実 証 研 究 が 求
め ら れ る と い う こ と で あ る 。本 論 文 で 用 い た 文 献 研 究 の 行 間 を 読 み 取 り 、そ の こ と を 伝 え る と
い う 意 味 に お い て も 、精 神 障 害 者 本 人 、家 族 、現 場 の ソ ー シ ャ ル ワ ー ク 実 践 者 の 生 の 声 を 、本
論文の成果と突き合わせることによって、より、リアリティが増すことができよう。
ま た 、行 政 が 医 療 と の つ な が り を 重 視 し た の は 本 論 文 の 通 り だ が 、史 実 の 解 釈 は よ り 複 雑 な
点 が あ る こ と や「 精 神 保 健 福 祉 学 」と 社 会 福 祉 学 の 関 係 性 の 更 な る 掘 り 下 げ の 必 要 性 、あ る い
は 、「 精 神 保 健 福 祉 学 」と 言 う が 、精 神 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク と 医 療 と の 橋 渡 し の 前 に 、精 神 障 害
者福祉論(精神障害者福祉学)の観点をも加味することなどの課題が挙げられよう。
言 う ま で も な く 、明 ら か に 本 論 は 総 論 で あ り 、い わ ば 「 精 神 保 健 福 祉 学 」の 序 論 で あ る 。 こ
の デ ィ シ プ リ ン が 氏 の 言 う よ う に 実 践 の 学 で あ る た め に は 、当 然 そ の 各 論 が 必 要 で あ る 。理 論
的および実践的な考察を包含した、今後の氏の学問的展開に期待するところ大であり、かつ、
氏 が 精 神 科 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク と 少 し 離 れ て い る 立 場 に あ る 者 と し て 、今 後 も 、実 学 と し て の 精
神科ソーシャルワークの検証についての論考を重ねることを願うものである。
以 上 よ り 、審 査 の 結 果 、本 論 文 は 、博 士 論 文 と し て の 一 定 の 水 準 を 満 た し て お り 、 博 士( 社
会福祉学)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。
-5-