中世品川のにぎわい - 品川区 Shinagawa City

-品川歴史館解説シート
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道琳などの有徳人を始めとする人々が活躍した。
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中世品川のに ぎわい
府中
太平洋海運と品川
て繁栄し、 湾内の交通はもとより、 西国から運ば
れた物資は;品川を経由して武蔵野平野の各地
へ届けられた。 品川に来航する船には帆別銭が
課税され、 その税により鎌倉の円覚寺や金沢称
名寺(横浜市)の堂塔が造営されるなど、 品川
は鎌倉の後背地として 重要な位置を占めた。 称
名寺金沢文庫に は、 南北朝時代の「湊船帳J
など当時の港の繁栄がうかがわれる文書が残さ
れているO 室町時代に入ると、 品川では紀伊半
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島の熊野地方出身の海運商人・鈴木道胤や榎本
....j奏船帳(称名寺所蔵・神奈川県立金沢文庫保管)明徳3年(1392)上段に船名、中段に船主、下段に問(廻船業者)が記されてし1る。
中世品川のまちと寺社
ほん こうじ
みようこくじ
がんぎょうじ
中世の品川のまちは、 大井-品河氏の開発後、
-本光寺・妙国寺・願行 寺などの寺院が大きな役割
南北品川を中心に発展し、 鎌倉府の保護の下に、
を果たした。 中には妙国寺のように寺地の寄進が
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武士や商人を壇越とする寺社が軒を連ね、 宗教
相次ぎ、 七堂伽藍を有する大寺院も出現した。 北
者、 商人、 職人、 漁業や海運に関わる人々など、
品川に ある御殿山は、 かつて海を一望で きる小
多くの住人が集住する都市的な場が形成された。
高い丘陵で、あったO 幕末の台場築造に伴う土取り
ぜんしゅう じようどしゅう じしゅう にちれんしゅう
港の繁栄を背景に、 禅宗・浄土宗・時宗-日蓮宗な
の際に、 14世紀後半� 15世紀前半を画期とする
ど鎌倉新仏教の寺院が競って進 出した。 大井の
板碑が、 五輪塔・宝箆印塔・人骨とともに見つかっ
地域を真言天台系寺院が占めるのに比べて対照
た。 江戸時代の桜の名所御殿山は、 中世では、
的な様相を呈した。 中世では鎌倉の寺院に直結
極楽往生を願って供養や葬送が行なわれた霊場
せいと く じ
かいあんじ
かいぞうじ
した清徳寺・海委寺をはじめ、海蔵寺(荒居道場)
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4中世品川の寺社想定図
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凡例
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天台宗
真嘗察
時宗
浄土宗
浄土糞宗
臨済宗
曹洞宗
箆蓮宗
宗派不明
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現在の名称
村境
「文政11年品川図jに、中世
にさかのぼると推定される
寺社を配置した。
会荒井道場(海落語電子力)
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浅強
(�持品川街〕
〔ニ!ヨ五日前入会〕
ごりん と う
将司
2012.9版
ほうきょういんとう
A御殿山出土の五輪塔(左)・宝鑑印塔(右)
幕末に出土した板碑・石塔は、北品川法禅寺に杷られている。
品川区立品川歴史館
4品川区大井6丁目11番1号03-3777-4060
一一