事前テストと記憶定着

事前テストと記憶定着
―プレテスト効果に影響を及ぼす要因の検討―
○田中紗枝子 1・宮谷真人 1
(1 広島大学大学院教育学研究科)
キーワード:記憶,プレテスト効果,ワーキングメモリ
Pretest and enhancement of subsequent learning
Saeko TANAKA1 and Makoto MIYATANI1
(1
Graduate School of Education, Hiroshima University)
Key Words: memory, pretesting effect, working memory
目 的
学校で行われるテストには,記憶定着を促す効果もあるこ
とが知られており,“テスト効果”と呼ばれている。これまで
はテストでの正答経験のみが後の記憶を促進させると言われ
てきた。しかし近年,誤答を事前に経験させることが後の記
憶促進につながるという“プレテスト効果”が注目されている
(e.g. Kornell et al., 2009)。Kornell らは単語の対連合学習におい
て,事前の誤答経験が,その後学習する正しい単語対の定着
を促進することを見出している。
しかし,プレテスト効果が個人の特性に関わらず効果的か
どうかについては検討されていない。虚記憶研究では,ワー
キングメモリ (WM) 容量の大きい人ほど,虚再生率が低いこ
とが分かっている。これより,事前テスト時の誤答と解答す
べき正答の区別が必要なプレテスト効果についても,WM 容
量低群は記憶促進効果が得られにくいと考えられる。
そこで本研究は,日本語の刺激を用いた課題でプレテスト
効果の存在を確認し (研究 1),さらに,WM スパンテストの
成績によるプレテスト効果の違いについて検討 (研究 2) す
ることを目的とした。
研 究 1
方法
実験参加者 学生 24 人 (男性 9 人,年齢 19-25 歳)。うち,
11 人を Pretest 群,13 人を No-Pretest 群に振り分けた。
刺激 手がかり語 (Cue) と,Cue との関連度の低いターゲ
ット語 (Target) を 60 組,計 120 単語使用した。
手続き Pretest 群はまず事前テストとして,パソコンの画
面上に 7 秒呈示される Cue と対になる語を連想し,口頭で報
告した。報告の直後,Cue と対にして覚えるべき正しい Target
が 5 秒呈示され,参加者は Cue と Target の対連合学習を行っ
た。500 ミリ秒後,次の事前テストと対連合学習を行った。
No-Pretest 群は事前テストは行わず,対連合学習のみ行った。
学習後,挿入課題として暗算を 5 分間行った。その後,Cue を
手がかりとした Target の再生課題 (評価テスト) を行った。
結果と考察
評
価
テ
ス
ト
の
正
答
率
p <.05
1.0
0.8
0.6
0.0
~~
Pretest群
No-Pretest群
Figure 1. 評価テストの再生成績に及ぼす事前テスト
の効果 (誤差線は標準偏差を表す)
評価テストにおける正答率の平均値は,Pretest 群が.88,NoPretest 群が.72 であり,Pretest 群の方が成績が高く (t (22) =2.63,
p <.05),Kornell et al. (2009) と同様のプレテスト効果が再現さ
れた。
また,評価テストの正答率と,挿入課題の正答率の相関係
数を算出したところ,No-Pretest 群においてのみ正の相関があ
った (r =.48, p <.10)。暗算の遂行には WM が深くかかわって
いる(齊藤・三宅, 2000) ことからも,事前テストは,WM 容量
の小さい人にとってより効果的だといえるだろう。
研 究 2
方法
実験参加者 学生 71 人 (男性 17 人,年齢 18-25 歳)。うち,
36 人を Pretest 群,35 人を No-Pretest 群に振り分けた。
手続き WM 容量を測定するため,はじめにオペレーショ
ンスパンテストとリーディングスパンテストを実施した。そ
の後,研究 1 と同様の単語学習課題を行った。
結果と考察
評価テストの正答率は,Pretest 群が.81,No-Pretest 群が.72
であった。t 検定の結果,Pretest 群の成績が有意に高く (t
(44.63) =2.37, p <.05),研究 1 と同様の効果が観察された。
各スパンテストの総再生率と,それらを平均した“複合スパ
ン得点”を参加者別に算出し,複合スパン得点の中央値を基準
に参加者を WM 容量高群と低群に群わけした。事前テストの
有無 (Pretest 群,No-Pretest 群) ×WM 容量 (高群,低群)の分
散分析の結果,事前テストの主効果 (F (1, 64) =4.81, p <.05) の
みが有意であった。これより,プレテスト効果は WM 容量の
ような個人差に影響されない現象である可能性が示唆された。
総合考察
2 つの研究から,有意なプレテスト効果が繰り返し確認さ
れたが,WM 容量との関連は見いだせなかった。事前テスト
は WM 容量にかかわらず効果的な学習方法である可能性もあ
るが,虚記憶における研究結果などから考えて,プレテスト
効果と WM の間に全く関連がないとは考えにくい。
本研究でプレテスト効果と WM 容量の間に関連性が見いだ
せなかった理由として,まず, WM 容量の大きさがプレテス
ト効果を促進する効果と抑制する効果の両方を持つ可能性が
考えられる。さらに,本研究で用いた単語学習課題が容易で
あったため天井効果が生じ,WM との関連性が示されるのに
十分なプレテスト効果が得られなかったのかもしれない。ま
た,本研究で用いたスパンテストが,WM のうちプレテスト
効果と関連する部分の測度として適切でなかった可能性があ
る。
学校現場における応用を考えると,事前テストが WM 容量
に依存しない効果的な学習方略であるかどうかは重要な点で
ある。プレテスト効果が生じるメカニズムや,WM をはじめ
とする個人特性との関連について,さらに研究を積み重ねる
必要がある。
引用文献
Kornell et al. (2009). Unsuccessful retrieval attempts enhance
subsequent learning. Journal of Experimental Psychology:
Learning, Memory, and Cognition, 35, 989-998.
齊藤 智・三宅 昌 (2000). リーディングスパン・テストをめ
ぐる 6 つの仮説の比較検討 心理学評論, 43, 387-410.