特集 公共事業の新たな事業手法の推進と事業評価 全国高速道路網の交通量推計精度向上に向けた取組み おん だ 恩 田 まさ や 雅 也* やま ぐち 山 口 りょう た 亮 太** せき た しょう * 晶 生** 関 田 こ やま 小 山 もと ふみ ** 基 史** 東、中、西日本高速道路会社及び高速道路総合技術研究所(以下、「NEXCO」という)は、約5年に 一度行われる道路交通センサス(以下、「センサス」という)の調査結果を詳細に分析し、得られた知見 や社会経済情勢等の変化を踏まえ、高速道路の事業評価で用いる交通量推計手法の改善に取り組んできた。 本稿では、NEXCOの交通量推計における手法の改善経緯と最新の取組みを紹介する。 1.はじめに 約に代表される諸便益を購入している」とみなし、 道路事業の効率的かつ効果的な遂行のため、各道 高速道路への転換率は、「高速道路料金」と「高速 路事業者は「費用便益分析マニュアル(平成20年11 道路利用と一般道路利用の旅行時間差」の比に関係 月国土交通省)(以下、「マニュアル」という)」に があるとし、図−1のプロットデータを元にモデル 基づき、一定期間の便益額及び費用額を算定し、評 化された。このモデルを転換率モデルと呼び、昭和 価を行うこととされているが、この便益算定の基礎 42年に行われた東名・中央道の交通量推計から採用 となる交通流の推定は、発生集中交通量の推計、分 している。 1.0 前提としている。 0.8 本報告では、事業評価で用いる交通量推計の精度 向上の取組みとして、NEXCOがこれまでに取り 転換率 P 布交通量の推計及び路線配分による三段階推定法を 組んできた推計モデルの改善経緯と利用者均衡配分 0.6 0.4 0.2 手法に基づく新たなモデル構築の取組みを紹介する。 8 2.転換率モデルの改善経緯 これまで高速道路事業の交通量推計に使用してき たモデルは、転換率モデルと呼ばれ、昭和39年に実 施した交通量の起終点(OD)調査結果の分析から 得られた知見を基に開発された。それ以降、センサ ス毎にネットワークの拡大や社会経済情勢の変化を 踏まえ、モデルの改善を行ってきた。 ⑴ 転換率式の開発 転換率式は、日本初の高速道路である名神高速道 16 24 32 40 C T(円/分) 料金/時間差 / 48 56 図−1 料金/時間差と転換率(1964年名神高速)1) 転換率式: P:転換率 X:料金/時間差 α,β,Kはパラメータ ⑵ ネットワーク拡大に伴う転換率式の改善 昭和46年センサスでは、社会経済が豊かになり、 GNPが上昇した結果、利用者の料金負担能力が向 上し、転換率が高くなる傾向が見られた。そのため、 路開通後の昭和39年7月に実施した名神高速道路沿 前述した料金/時間差の比のほか、経済力の上昇に 道地域の交通量調査に基づいて開発された。高速道 伴い、転換率が上がるというシフト率の概念を導入 路の利用者は、「料金という代価を払って、時間節 した。 *株式会社 高速道路総合技術研究所 基盤整備推進部 計画分析課 課長代理 042-791-1621 **東日本高速道路株式会社 経営企画本部経営企画部 計画調整課 係長 ***中日本高速道路株式会社 経営企画本部経営企画部 経営企画チーム ****西日本高速道路株式会社 経営企画部 経営企画課 14 月刊建設14−06 転換率式: P:転換率 X:料金/時間差 S:シフト率 α,βはパラメータ 3.利用者均衡配分モデル構築の取組み NEXCOでは、前身である日本道路公団より「転 換率・分割配分モデル」の精度向上に努めてきたが、 近年ではより理論的で説明力が高いと言われる「利 また、ネットワーク延長が1,000㎞に迫っていた 用者均衡配分モデル」が推奨されていることから、 こともあり、出発地と目的地が同一でも利用する 全国高速道路網を対象とした利用者均衡配分モデル インターチェンジは多様であることが見られたため、 の構築に取り組んでいる。 同じODペアに対して、複数のICペア選択が可能な なお、全国高速道路網の利用者均衡配分モデルは、 手法に変更した。昭和60年センサスでは、4,000㎞ NEXCOがこれまでに培った高速道路特有の知見を に迫っており、供用延長の増加に伴ってさらに利用 取り入れた、以下に示すJ.G.Wardropが提唱してい 交通の多様化が見られたことを踏まえ、転換率式に る第一原則(等時間原則)に基づく推計手法である。 トリップ長を表す時間差(一般道路利用と高速道路 利用の時間差)を導入し、料金/時間差の比が同じ であっても、トリップ長が長くなると転換率が高く なる実態を考慮したり、各種パラメータを全国同一 から2地域区分(大都市圏関連、地方部相互)に分 け、地域性を考慮するなどの改善を行った。 Wardropの第一原則(等時間原則) 「それぞれのドライバーは自分にとって最も旅行時間の 短い経路を選択する(最短経路選択ルール)その結果と して、起終点間に存在する経路のうち、利用される旅行 時間は皆等しく、利用されない経路の旅行時間よりも小 さいか、せいぜい等しいという状態になる」 ⑴ 利用者均衡配分モデルの検討 全国高速道路網を対象とした利用者均衡配分モデ 転換率式: P:転換率 X:料金/時間差 S:シフト率 T:時間差 α,β,γはパラメータ ルの構築にあたっては、ドライバーが膨大な経路選 択肢の中からどのような経路選択行動を行うかを交 通行動理論に基づき、適切にモデル化する必要があ る。そこで、経路選択行動を高速/一般道の選択、 その後、高速道路網計画が11,520㎞に拡張され、 利用するICの選択、さらに同一ペアでも複数の高 ネットワークがさらに充実し、地域毎の転換率の違 速経路の選択といった階層的なものと捉え、さらに いが顕著となってきたことから、より推計精度を上 ドライバーの経路に対する認知度の違いや旅行時間 げるため、平成5年に2区分を14区分に、平成11年 の不確実性なども考慮できるモデルとした(図−2)。 に16区分へと見直して、地域毎の交通特性を詳細に また、転換率を計算する部分の式形は以下のとお 反映している。高速道路の利用経路については、同 りで、利用者均衡配分モデルでは想定し得る複数の じICペアであっても、中国道と山陽道のように複 高速/一般道経路群の効用を計算し、転換率を算出 数のルートが存在する箇所が多くなってきたため、 することとしている。 高速道路内の複数ルートを経路選択肢とし、それら に確率的に配分できる手法を採用した。 全交通量 有料高速への 転換する交通 さらに、普通貨物車などが高速料金支払額の制約、 確率的 輸送の緊急度といった理由により渋滞する都心部や 走行環境の悪い山間部のみで高速道路を利用し、そ の他は一般道を利用するという長トリップ交通の実 態が明らかになった。そのため、時間評価値(高速 道路利用により短縮される時間に対して支払っても よいと思う金額)が異なる利用グループが存在する と仮定し、これらの実態を反映させた。 一般道経由 確定的 有料高速経由 確率的 有料高速へは 転換しない交通 確定的 一般① 一般② ・・ 一般① 一般 ②・・ IC ペア IC ペア ・・ ① ② 確定的 高速 高速 ・・ 経路①経路② 図−2 高速/一般道の経路選択モデル 月刊建設14−06 15 千台 P:転換率 t:所要時間 π:高速料金 G:一般道経路 E:高速経路 ⑵ リンクパフォーマンス関数の検討 交通量配分を行うためには、各リンク(道路)に おけ る 交 通 量 と 旅 行 時 間 の 関 係 を 表 す リ ンク パ フォーマンス関数を適切に設定する必要がある。 推計区間交通量(千台/日) 140 そこで、リンクパフォーマンス関数はこれまでの QV式※ではなく、 米国を始め、 研究や実務の場面で古 100 80 60 40 20 0 0 ※ くから利用されているBPR関数 を採用することとし、 関数のパラメータ推定にあたっては、全国1,943箇 BPR関数 渋滞領域 QV式 to 交通量(x) BPR関数 交通容量(c) 交通量(x) 交通容量(c) 図−3 リンクパフォーマンス関数のイメージ図 ⑶ 交通量推計精度の向上 交通量推計の精度については、全国高速道路網の 走行台キロ合計値や区間交通量の現況再現性により、 その妥当性を検証した。図−4及び5は転換率モデ ルと利用者均衡配分モデルの区間交通量の実績と推 推計区間交通量(千台/日) 渋滞領域 自由流領域 自由流領域 120 140 実績区間交通量(千台/日) 40 60 80 100 千台 千台 140 R=0.985 旅行時間t(x) 速度V(x) 20 図−4 転換率モデルの現況再現精度 所の車両感知器データを用いることとした (図−3)。 QV式 R=0.970 120 120 100 80 60 40 20 0 0 20 40 60 80 100 120 実績区間交通量(千台/日) 140 千台 図−5 利用者均衡配分モデルの現況再現精度 計を比較したもので、グラフの45°線上にプロット が分布していれば、現況再現精度が高いことを意味 4.おわりに する。利用者均衡配分モデルでは推計値と実績値の NEXCOは、信頼性の高い道路事業の便益算定や 相関係数は0.985で、従来の転換率モデルに比べて 確実な償還計画策定のため、継続的に交通量推計手 高く、一般的に利用者均衡配分による全国規模の推 法改善と精度向上に取り組んできた。さらにネット 計では難しいと考えられるなか、極めて高い精度の ワークの充実期を迎え、 利用者重視の料金制度や道路 モデルを構築した。 ネットワークの効率的利用が求められることから、 利 用者均衡配分モデルの実務適用を通して、理論的で 透明性のある適切な事業評価に取り組んでいきたい。 (技術書院) <参考文献>1)伊吹山四郎編著「交通量の予測」 【用語解説】 ※QV式……交通量が最大となる臨界点までの自由流領域では、交通量の増加に伴って速度が低下していき臨界点を超えた渋滞 流領域では、交通量、速度ともに減少していくという関係を表したもの。 ※BPR関数……ネットワークを構成する個々のリンクのサービス水準(旅行時間)をリンク交通量とリンク属性(交通容量や自 由旅行速度)との関係として表したもの。 16 月刊建設14−06
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