社会学部 - 一橋大学

︻社会学部︼医療政策・社会政策
猪飼周平ゼミ
から各1人が代表となり、準備からゼミ当日の進行
二つ目の特徴は、ゼミを参加者の自主運営に大き
く委ねている点だ。テーマごとに学部生・大学院生
ゼミの運営は
学生たちに委ねられる
ゼミで議論を交わす際の知的ソースとなる。
知識の吸収より、知識の創造に苦悩する。
学年、年齢を超えた知の格闘がここにある
﹁つねづね不思議に思う社会現象について、それ
がなぜ不思議であると言えるのかを論じよ﹂
。これ
は、猪飼周平教授のゼミナールに応募する学生に課
されたレポートのテーマだ。猪飼教授が学生に求め
会現象について、つねに不思議に思う視点を獲得せ
ていることは、ここに集約されている。つまり、
﹁社
よ﹂
﹁なぜ?という問いを立てよ﹂ということだ。
まで共同で行う。各文献についての命題・構想・疑問
を提示しなければならないため、相当入念な準備が
猪飼教授の専門領域は、医療政策・社会政策・社会
福祉・比較医療史だ。猪飼ゼミには、当然教授の専
という回答が見受けられたが、それが参加者の偽ら
裁量の課題が多い﹂
﹁頑張れば︵頑張るほど︶大変﹂
て実施︶
。ゼミ生自身によるアンケートでは﹁自己
必要だ。また、参加者の希望により毎年調査合宿も
門領域に興味を持つ学生が集まってくる。しかしゼ
ざる気持ちだろう。
新しい視点を養うことに
全精力をかける
ミの運営で力点が置かれているのは、それらの領域
行われる︵2014年度は長野県・佐久総合病院に
についての現状理解ではない。あくまでも参加者同
士で議論を深め、新しい視点を養うことが目的だ。
最後に、ゼミを通して学生に養ってほしい力につ
いて伺った。
ることに重きが置かれている。ちなみに猪飼ゼミで
んな問題が見えたか、どう思ったかを発信・共有す
ても内容を論じることはほとんどない。そこからど
のコラムで一例を紹介するが、これらの文献につい
るために、共通の課題文献が指定されている。次頁
映されている。なお、意見や視点の多様さを担保す
関係なく自由であるべき﹂という教授の考え方が反
点だ。その運営方法には、
﹁意見や視点は、年齢に
﹁学生中心主義﹂を端的に示す特徴は二つ。一つ
目は、学部生と大学院生が同じ空間で議論を交わす
ています﹂
︵猪飼教授︶
る力を、ゼミでの議論を通して養ってほしいと願っ
さまざまな事象の背景に目を向け、問題を発見でき
ンスでもあるのです。すぐに使えるスキルよりも、
熟考のツールである学問的思考を学べる最大のチャ
求められます。その点で学生時代は、創造のための
解し、多様な視点で問題を見つめ、熟考できる力が
ある社会現象を鵜呑みにするのではなく、背景を理
待される立場に就くでしょう。とすれば、目の前に
﹁本学から巣立つ学生たちの多くは、商品・組織・
制度などの違いはあれ、それらを創造することが期
言わば﹁学生中心主義﹂である。
は、100冊を超える指定文献があり、それらは、
猪飼周平教授
を題材に、学生同士で議論を深め、新
一橋の授業
多様な視点
練
創造力の修
自由と責任
ゼミの主役は学生たち。
運営や進行はすべて学
生たちに委ねられている
猪飼ゼミは、医療政策・社会政策など
しい視点を養うことを目的としている
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真面目な問題意識をぶつければ、
皆が真面目に返してくれる
環境がありがたい
社会の秘密を知り、そして考える
猪飼教授が
社会学部3年
新入生、高校生に読んでほしい文献について語る
笹口健太さん
社会政策や福祉は人びとの生活を支える政策・実践を指しているが、そ
私
は高校生の頃から新聞記者
の仕事に興味を持っていま
した。社会現象に触れるたび、
「な
ぜ日本の仕組みはこうなっているのだろう?」と感じるこ
もそも生活とは何だろうか。このコラムを読んでいる人で生活していない
人はいないはずだけれども、生活とは何か?と尋ねられると、それに正面
から答えるのは意外に難しい。そのとき、生活の多様で複雑で精妙な側
面を考えるのに最適なのは、柳田國男『明治大正史 世相篇』
(講談社学
とが多く、その答えにできるだけ近づきたい衝動を抱えて
術文庫、1993年)だろう。また福祉に関心のある人は、どちらかといえ
いたからです。社会現象のなかでも社会政策学──特に
ば「良いこと」をすることに関心を持っているかもしれない。だが、
「良
格差の問題──に一番関心があり、猪飼ゼミを選びました。
い」とは何だろうか。これも実は大変難しい。永井均『翔太と猫のイン
ゼミに参加して感じたことは、社会政策学はまだ確立され
サイトの夏休み』
(ちくま学芸文庫、2007年)を読んでみてほしい。特定
る途中の学問であるということです。たとえば経済学では、
の行為や支援が「良い」ということがいかに難しいかがよくわかるだろう。
「人は必ず合理的に動く」という前提や、ある問題に対し
そして、ぜひもう一歩踏み込んで考えてほしいのが、何が「良い」かを証
て用いられるツールが決まっています。でも社会政策学に
明することができなくとも、人が良いことをしようとしたりすることがある
はそういう前提もツールもありません。毎回テーマに対し
のはなぜだろうか、という問いだ。
て「なぜ?」と問い続けたり、
「何が議論されていないか、
このような前提的問いをふまえたうえで、さらに現代の社会政策や福祉
見落とされているか」を見つけようとしたり……。軸足を
について知りたければ、岩田正美『ホームレス/現代社会/福祉国家』
(明
どこに置くかを探すことから始める、それこそが軸足にな
石書店、2000年)をお勧めしたい。格差が開きつつあると言われる私た
る学問だと思います。そういう真面目な問題意識をぶつけ
ちの社会ではあるが、それでも戦後しばらくのような「みんなが貧しい」
れば、ゼミ生の皆が真面目に返してくれます。高校生のと
というような貧困はもうない。にもかかわらず、ホームレスのような少数
きは、何かに疑問を感じても、手を挙げて発言するのは難
しかったのですが、猪飼ゼミなら真面目な話も遠慮なくで
きる。その環境がありがたいです。おかげでいつも 余計
なこと をたくさん考えるようになりました(笑)
。
(談)
の貧困が社会を挙げて問題として取り上げられなければならないとすれ
ば、それはなぜだろう。この本はこんな問題に取り組んだ本である。山本
譲司『累犯障害者』
(新潮文庫、2009年)も私たちの社会のなかで生き
ることの困難にどのような構造的側面があるかを考えるうえで有益だろう。
いずれにせよ、重要なことは、上に挙げた本には何か生活や福祉につ
アカデミックな観点から
論理的なアプローチをして、
自分の疑問に答えを出す
いての「答え」が書いてあるわけではないということだ。高校までの勉
強では、問いは与えられてきているので、君たちにはもっぱら「答え」
が求められるのだが、実のところ私たちの社会の秘密は、いまだ問われ
ていないところにある。大学においては、社会の秘密を解き明かすこと
社会学部3年
に役立つ「問い」を見つけることのほうがずっと価値が高い、というこ
國友真理子さん
とは知っておいてほしい。上記の本などを読んで、君たちなりの「問い」
幼
を見つけることができれば、準備完了だ。
稚園生の頃、私は統合保
育を経験しました。障が
いのある子どもとない子どもが
同じ園のなかで一緒に遊ぶとい
う環境で育ち、それが自然なこ
とだと思っていたのです。しかし小中学校へと進み、高校
生になったときに、ふと気づくと、私の周りには障がいの
ある人はほとんどいませんでした。
「人との関係が狭まっ
ている」と感じました。一橋大学を卒業したら、将来はさ
まざまな社会的立場の人に影響を及ぼす仕事に就くはず。
だとすれば、学生のうちに社会政策やソーシャルワークな
どについて学びたいと考え、猪飼ゼミを選びました。この
ゼミで身についたのは、アカデミックな観点から論理的な
アプローチを行うことです。高校生の頃に感じていた「な
ぜ、障がい者が周りにほとんどいないのか?」という疑問
夏のゼミ合宿では、佐久総
について、それまでの私は、自分なりに答えを出そうとし
合病院を訪問。医療福祉の
ていました。でも、学問の領域で分析を深めていくという
現場に触れた
方法を知り、今は、高校時代に気になっていたさまざまな
ことについて考えるのが面白いです。一方で生き急ぐこと
がなくなりました。さまざまな事象に対していったん疑問
を持つ癖がついたので、とりあえず就活しなきゃ!と理由
もなく焦る気持ちが消えたように思います。今はむしろ、
じっくり自分の進路を考えているところです。
(談)
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