1成分のみを製造販売する行為は特許法101条2号の「不可欠」

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◆ 2015 年 2 月 6 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 知的財産法 No.93
文献番号 z18817009-00-110931176
2 成分の組み合わせからなる医薬の特許発明について、1 成分のみを製造販売する
行為は特許法 101 条 2 号の「不可欠」要件を満たさないと判示した例
【文 献 種 別】 判決/東京地方裁判所
【裁判年月日】 平成 25 年 2 月 28 日
【事 件 番 号】 平成 23 年(ワ)第 19435 号、平成 23 年(ワ)第 19436 号
【事 件 名】 各特許権侵害行為差止等請求事件
【裁 判 結 果】 棄却
【参 照 法 令】 特許法 101 条 2 号
【掲 載 誌】 裁判所ウェブサイト
LEX/DB 文献番号 25445365
……………………………………
……………………………………
通常、成人にはピオグリタゾンとして 15 ~
30mg を 1 日 1 回朝食前又は朝食後に経口投与す
る。…(略)…
2.…(略)…」
Y製剤は、本件第 1 発明及び本件第 2 発明の「ピ
オグリタゾンの薬理学的に許容しうる塩」に該当
する。
Xは、YがY製剤を製造販売等する行為が、特
許法 101 条 2 号の間接侵害に該当する等として
争った。
事実の概要
X( 原 告・ 特 許 権 者 ) は、 発 明 の 名 称 を「 医
薬」とする特許発明 2 件(特許番号 3148973 号、
3973280 号)の特許権者である。特許請求の範囲
は以下のとおりである。
(特許 3148973 号、本件第 1 発明、請求項 1 のみ記載)
【請求項 1】
(1)ピオグリタゾンまたはその薬
理学的に許容しうる塩と、
(2)アカルボース、ボ
グリボースおよびミグリトールから選ばれるα-
グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる糖尿
病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬。
(特許 3973280 号、本件第 2 発明、請求項 1 のみ記載)
【請求項 1】ピオグリタゾンまたはその薬理学
的に許容しうる塩と、ビグアナイド剤とを組み合
わせてなる、糖尿病または糖尿病性合併症の予防・
治療用医薬。
Y(被告)は、ピオグリタゾン錠(Y製剤)につき、
薬事法に基づく製造販売承認を受けて製造販売を
開始した。
被告ら各製剤の添付文書には、次の記載がある
(下線は筆者)。
「【効能・効果】
2 型糖尿病
…(略)…
【用法・用量】
1.食事療法、運動療法のみの場合及び食事療
法、運動療法に加えてスルホニルウレア剤又はα
-グルコシダーゼ阻害剤若しくはビグアナイド系
薬剤を使用する場合
vol.7(2010.10)
vol.16(2015.4)
判決の要旨
1 「特許法 101 条 2 号における『発明による
課題の解決に不可欠なもの』とは、特許請求の範
囲に記載された発明の構成要素(発明特定事項)
とは異なる概念で、…(略)…それを用いること
により初めて『発明の解決しようとする課題』が
解決されるようなもの、言い換えれば、従来技術
の問題点を解決するための方法として、当該発明
が新たに開示する、従来技術に見られない特徴的
技術手段について、当該手段を特徴付けている特
有の構成ないし成分を直接もたらすものが、これ
に該当すると解するのが相当である。そうである
から、特許請求の範囲に記載された部材、成分等
であっても、課題解決のために当該発明が新たに
開示する特徴的技術手段を直接形成するものに当
たらないものは、『発明による課題の解決に不可
欠なもの』に該当しない。」
1
1
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物が実用的な他の用途を有している場合は、「に
のみ」の要件を満足しないとして間接侵害の対象
とはならなかった4)。たとえばAタイプのカメラ
(特許発明品)とBタイプのカメラ(非特許発明品)
の両方に装着可能なレバー付き交換レンズを製造
販売する者がいた場合、間接侵害として当該交換
レンズの製造販売を禁止してしまうと、非特許発
明品であるBタイプのカメラに装着する者につい
てまで、排他権の効力が及んでしまうからである。
特に、コンピュータ技術の発展普及に伴い、1
個の部材ないし製品が多数の機能を発揮する、い
わゆる多機能品が多数取引される近年では、多機
能ゆえ「にのみ」の要件を満足することができず、
特許権侵害を未然に防止するという間接侵害制度
の趣旨が十分に生かされなくなってきていた5)。
もっとも、このような多機能品の製造販売は、
2002 年改正前であっても共同不法行為(民法 719
条)に該当する可能性はあったが、共同不法行為
構成であると、民法の伝統的理解に従う限り差止
めを求めることができないという問題があった6)。
そこで 2002 年改正では、「にのみ」を要件と
しない、多機能型間接侵害が新たに制定された7)。
これが現行特許法 101 条 2・5 号(改正当時は同条 2・
4 号)である。
2 「以上の本件各明細書の発明の詳細な説明
の記載によれば、
…(略)…本件各発明が、…(略)
…新たに開示したのは、ピオグリタゾンと本件各
併用薬との特定の組合せであると認められる(ピ
オグリタゾンや本件各併用薬は、…(略)…既に
。
存在して 2 型糖尿病に用いられていた…(略)…)
そうすると、ピオグリタゾン製剤である被告ら
各製剤は、それ自体では、…(略)…特徴的技術
手段…(略)…を特徴付けている特有の構成ない
し成分を直接もたらすものに当たるということは
できないから、本件各発明の課題の解決に不可欠
なものであるとは認められない。」
判例の解説
一 はじめに
本判決は、特許法 101 条 2 号の多機能型間接
侵害が問題となった事例である。他に同様の訴
訟が大阪地判平 24・9・27 平成 23(ワ)7576・
7578 号であり、「特許発明の実施」の論点につい
てはこちらを参照されたい1)。
二 多機能型間接侵害(特許法 101 条 2、5 号)
の趣旨
特許法 101 条に定める間接侵害(擬制侵害、み
なし侵害とも) 制度は、特許発明の実施行為(特
許法 2 条 3 項各号) そのものではないが、特許発
明の実施に直結する予備的行為を禁止すること
で、侵害に対して脆弱な特許権の保護を強化する
ところに趣旨がある2)。
特許発明の実施に該当するというためには、特
許請求の範囲(クレイム)記載の構成要件をすべ
て満たしていなくてはならないというのが原則で
ある(特許法 70 条 1 項、均等論は別論)。
しかし、クレイムに記載されていようがいまい
が、それを用いれば特許発明の実施に必然的・定
型的に直結する物であるなら、当該特許権に基づ
いてその製造・販売を禁止しても、第三者の予測
可能性を奪うことにはならない3)。そこで、特許
法 101 条は、まず特許発明の生産・使用「にのみ」
用いる物を間接侵害の対象とし、特許権侵害とみ
なすことで排他権を及ぼすことにした。これが現
行特許法 101 条 1・4 号である(「にのみ」型間接
侵害)
。
ところが、2002 年法改正前は、被疑間接侵害
2
三 本質的部分説か差止適格性説か?
多機能型間接侵害で問題になることは、特許発
明の実施(生産・使用)に直結しない用途(「にの
み」型間接侵害でいう他用途、以下、「非特許用途」)
にまで差止めの効果が及ぶという点である。これ
は、多機能型間接侵害を認める際には、本質的に
回避不能の問題である。
そこで、非特許用途について排他権が及ぶとい
う問題をできるだけ小さくするために、法はいく
つかの要件を課した。
1 つは、主観的要件である。しかし、これまで
論じられているように、特許法 101 条 2・5 号の
主観的要件は、特に差止請求については立法担当
者の期待に反して、ほぼ機能しない要件であると
現在では認識されている8)。残念ながら立法時の
条文の練り込みが足りなかったのだろう。
もう 1 つは、不可欠要件および非汎用品要件
という 2 つの客観的要件である。このうち非汎
用品要件は、いわゆるネジ、クギの類を特許法
101 条 2 号の対象から除くための要件と説明され
2
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技術手段ということはできないだろう。発明の特
ており9)、紙幅の都合上、検討を省略する。
徴は混合・併用することにあるからである。
不可欠要件はもっぱら多機能型間接侵害の主戦
10)
他方、差止適格性説によると、化合物というも
場となる要件である 。この要件について、条
のは、その特性上、特許用途と非特許用途を分離
文の文言に忠実に、被疑侵害品が「不可欠」か
14)
(本質的部分説)
と、 することができない(特性的多機能品) 。した
を様々な基準で判断する手法
差止めの適格性の問題として判断する手法(差止
がって、「侵害に向けられた部分のみを除去」す
適格性説)の 2 つがこれまで提案されている。
ることができないので、やはり多機能型間接侵害
前者の本質的部分説は本判決が採用していると
を認めることができない。このように、前述した
2 つの説は、医薬品・化学品に関する発明につい
思われるもので、クレイムに注目し、クレイム中
て、類型的に多機能型間接侵害が認められないと
の構成要件のうち、被疑間接侵害物が特徴的技術
15)
いうことになりかねない 。
手段に該当する部材・成分であれば、不可欠要件
しかし、差止適格性説においても、差止判決の
を満たすというものである。
主文を工夫することで、差止めの対象として特許
この手法は、条文の文言に忠実であり、立法担
用途と非特許用途を分離することが可能だという
当者の想定した紛争類型についてだけ見れば妥当
16)
提案がある 。たとえば、化合物PがAという
な解決が導きやすい一方で、特許法 101 条 2・5
号を「にのみ」型間接侵害の延長ではなく、いわ
用途(特許用途)とBという用途(非特許用途)に
ば均等論の亜流のように解釈するものであるが、 用いられる場合、多機能型間接侵害を認めた上で、
他方で均等論の尻抜けを許すような拡大的解釈を 「被告は化合物PをAという用途として販売する
招く恐れがあると指摘されている。また、被疑侵
な(製造するな)。」と用途を限定した主文(仮に「限
定的主文」と呼んでおく。)を活用しようとする説
害物の性質によっては、非特許用途について禁止
11)
である。医薬品の場合、販売の際に用法用量を明
権が及んでしまう可能性も残る 。
他方、差止適格性説は、条文の文言とはやや離
示することが義務づけられている(薬事法 52 条)
ので、このような主文は、特許発明に向けた用法
れるが、当該被疑侵害製品について、特許用途に
(または用量) の明示を禁止する形ではあるもの
向けられた機能・部材が被疑侵害品から容易に除
の、実際には、侵害用途での販売(製造)のみを
去できる場合に、
「不可欠」に該当すると解釈し
17)18)
。
禁止することができる
差止めを認めることで、侵害者(債務者)をして
当該機能・部材を除去させて特許用途に向けられ
このように、用途に絞りを掛けた主文が出され
ないようにし、被疑侵害製品が非特許用途におけ
た裁判例(東京地判平 4・10・23 知裁集 24 巻 3 号
805 頁[アレルギー性喘息の予防剤])も存在し、用
る実施の妨げにならないようにする一方、除去で
途発明に対する差止主文のあり方として注目され
きないような部材の場合は侵害を否定するという
12)13)
19)
。
ている 。
ものである
多機能型間接侵害の立法経緯に鑑みれば、後者
の差止適格性説が妥当に思えるが、被疑侵害製品
五 あてはめと今後の展望
が特許発明の大部分を占め、足りない機能・部材
これまで述べたように、化合物を併用する点に
がわずかであるような場合には、結論との関係で
特徴がある特許発明について、成分のうち 1 剤
について多機能型間接侵害を主張した場合、裁判
両者にはさほど差異がない。
所が本質的部分説を採用すると、ほぼ定型的に侵
害が否定される。本判決の説示は本質的部分説を
四 限定的差止主文の可能性
窺わせるものであり、その時点で侵害否定という
ところが、本件のように複数の医薬品・化学品
結論は見えている。
の組み合わせからなる発明については、どちらの
他方、差止適格性説を取っても、従来型の(条
説を取っても、ほぼ定型的に多機能型間接侵害が
件なしの)差止主文を前提にすると、侵害を否定
否定されてしまう、という点が問題となる。
せざるを得ない。本件で侵害が肯定される可能性
すなわち、既知の化合物 2 種を混合して用い
ることが発明の特徴だった場合、本質的部分説に
があるとすれば、差止適格性説を取った上で、前
よれば、成分である 1 化合物それ自体を特徴的
述の「限定的主文」に期待する他ない。
vol.7(2010.10)
vol.16(2015.4)
3
3
新・判例解説 Watch ◆ 知的財産法 No.93
たとえば本判決の事案に照らせば、
「YはY製
剤をα-グルコシダーゼ阻害剤若しくはビグアナ
イド系薬剤と併用する目的で販売してはならな
い。
」という差止主文はあり得た。この主文であ
れば、Yは前述の添付文書を伴った形でY製剤を
販売することはできない(特許用途)一方で、Y
がY製剤を非特許用途へ向けて販売することは何
20)
ら制限されないからである 。
Xの念頭に、このような限定的主文があったか
どうかは不明だが、そもそも特許発明の用途が限
定されているにもかかわらず、無制限の差止めを
前提とする主張では、請求棄却もやむを得なかっ
たといえよう。本件のような紛争類型においては、
特許権者は限定的主文を念頭に置いた主張を展開
することも考慮すべきではないか。
今後、多機能型間接侵害が問題になりそうな裁
判例においては、(もちろん、実戦的にはクレイム
に左右されるところはあるが)本質的部分説と差止
適格性説のどちらを裁判所が採用するか、また、
限定的主文を考慮する余地があるかどうかが、注
目点となると思われる。
なお余談であるが、本判決に係る特許権(2 件)
は、特許無効審判により消滅している。
別冊パテント 12 号(2014 年)70 ~ 75 頁は、主観的要
件の活用を提言する。
9)特許庁・前掲注5)『平成 14 年改正・産業財産権法の
28 頁。もっとも、詳細に検討するとネジ、クギの
解説』
類だけの問題ではないことにつき、田村・前掲注8)『特
許法の理論』175~178 頁。
10)従来の裁判例について、田村・前掲注8)
『特許法の理論』
136~148 頁、増井和夫=田村善之『特許判例ガイド〔第
4 版〕』(有斐閣、2012 年)202~205 頁。
11)田村・前掲注8)『特許法の理論』
169 ~ 170 頁他、愛
知靖之「特許法 101 条 2 号・5 号の要件論の再検討」別
冊パテント 12 号(2014 年)46~48 頁。
12)田村・前掲注8)『特許法の理論』170~179 頁、愛知・
前掲注 11)別冊パテント 48~50 頁。両者の重畳解釈も、
本質的には差止適格性説である(拙稿「多機能型間接侵
害についての問題提起」知的財産法政策学研究 8 号(2005
年)147 頁以下)。
13)また、これまで議論されてきた多機能型間接侵害の要
件論を、侵害要件と差止要件に区別して解決を図ろうと
する意欲的な提言として、愛知・前掲注 11)別冊パテ
ント 51~58 頁。
14)拙稿・前掲注 12)知的財産法政策学研究 8 号 173 ~
187 頁。
15)拙稿「用途発明に関する特許権の差止請求権のあり方
――物に着目した判断から「者」に着目した判断へ」知
的財産法政策学研究 16 号(2007 年)181~184 頁。しかし、
田村・前掲注8)『特許法の理論』197 頁注 109。
16)拙稿・前掲注 15)知的財産法政策学研究 16 号 184 ~
●――注
226 頁。別の見解として、愛知・前掲注 11)別冊パテン
1)中山一郎「判批」新・判例解説 Watch(法セ増刊)14
ト 56 ~ 58 頁。もっとも、三村量一「非専用品型間接侵
号(2014 年)269~273 頁。
害(特許法 101 条 2 号、5 号)の問題点」知的財産法政
2)田村善之『知的財産法〔第 5 版〕』(有斐閣、2010 年)
策学研究 19 号(2008 年)105~107 頁。
258~259 頁。
17)もちろん、添付文書に用法として非特許用途(ex. 喘息)
3)田村・前掲注2)『知的財産法』258 頁。
4)田村・前掲注2)『知的財産法』262~263 頁。他の用途
が示されていても、特許用途(ex. 糖尿病)の医薬とし
は実用的である必要がある、という裁判例として、大阪
て個人が服用する可能性は、理屈の上ではあり得る。
地判平 1・4・24 無体集 21 巻 1 号 279 頁[製砂機のハ
18)もっとも、このような限定的主文は差止適格性説のみ
に妥当するわけではなく、本質的部分説でも活用可能で
ンマー]
。
263 頁、特許庁編『平成 14
5)田村・前掲『知的財産法』
ある。
19)増井=田村・前掲注 10)『特許判例ガイド』340 ~ 343
2002 年)24 頁。
年改正・産業財産権法の解説』
(発明協会、
258 頁。
6)田村・前掲注2)『知的財産法』
頁[増井]、田村善之「特許権侵害における差止め」判
タ 1062 号(2001 年)71~73 頁。
昭和 34 年法改正当時の資料によれば、間接侵害規定
は特許権侵害の共同不法行為に対処するために設けられ
20)仮にXがY製剤について用途の限定のない販売の禁止
た規定であることがわかる(松田登夫「工業所有権制度
を請求している場合であっても、限定的主文は請求の一
改正審議室一般部会関係の答申について」ジュリ 127 号
部認容として処分権主義の範囲内となろう。
(1957 年)43 頁)。
7)
特許庁・前掲注5)
『平成 14 年改正・産業財産権法の解説』
北海道大学教授 𠮷田広志
21~32 頁。
8)田村・前掲注2)
『知的財産法』263~264 頁、田村善之『特
許法の理論』
(有斐閣、2009 年)132 ~ 133 頁(初出は、
)
。もっとも、平
知的財産法政策学研究 15 号(2007 年)
嶋竜太「非専用品型間接侵害における法的構造の再考」
4
4
新・判例解説 Watch