微分積分学および演習Ⅰ 補足プリント 2014 年度前期 工学部・未来科学部 1 年 担当: 原 隆 (未来科学部数学系列・助教) ■数列の極限の基本性質 ∞ 命題 実数列 {an }∞ n=1 , {bn }n=1 がそれぞれ実数 α, β に収束するとする。 (1) 以下が成り立つ。 (i) lim (an ± bn ) = α ± β (複合同順); n→∞ (ii) lim (an bn ) = αβ; n→∞ an α = . n→∞ bn β (iii) 全ての n に対して bn ̸= 0 かつ β ̸= 0 のとき、 lim (2) 全ての n に対して an ≤ bn のとき、α ≤ β. (3) (はさみ打ちの原理) 数列 {cn }∞ n=1 が全ての n に対して不等式 an ≤ cn ≤ bn を満たすとする。さらに limn→∞ an = limn→∞ bn = α が成り立つならば、数列 {cn }∞ n=1 も α に収束する。 証明はすべて ε-N 論法を用いた数列の極限の厳密な定義 による。 ε-N 論法を用いた証明問題の基本ツール = 三角不等式 実数 x, y に対して |x + y| ≤ |x| + |y| が成り立つ 【証明】 先ず、 lim an = α, lim bn = β の (厳密な) 定義から n→∞ n→∞ 『任意の正の実数 ε に対して、 - ある自然数 Nα が存在して、n > Nα ならば |an − α| < ε となる - ある自然数 Nβ が存在して、n > Nβ ならば |bn − β| < ε となる · · · (∗)β 』 が成立していることに注意しよう。 (1) (i) 引き算の場合だけ示す (足し算の場合も同様なので、各自確認してみよう)。このとき、 『任意 の正の数 ε に対して、ある自然数 N(i) が存在して、n > N(i) ならば |(an −bn )−(α−β)| < 2ε となる』ことを証明すれば良い。 1 ここで、 |(an − bn ) − (α − β)| = |(an − α) + (β − bn )| ≤ |an − α| + |β − bn | (三角不等式より) = |an − α| + |bn − β| であり、最後の式は n を n > max{Nα , Nβ } となるようにとれば ε + ε = 2ε より小さ く出来る。つまり、 N(i) = max{Nα , Nβ } ととれば示すべき『· · · 』の部分の主張が証明 出来たことになり、証明が完了する。 (ii) 数列の極限の厳密な定義から『任意の正の数 ε に対して、ある自然数 N(ii) が存在して、 n > N(ii) ならば |an bn − αβ| < (n に拠らない正の定数) · ε となる』ことを証明すれば 良い。 ここで |an bn − αβ| = |an bn −αbn + αbn − αβ| (−αbn + αbn = 0!!!) = |bn (an − α) + α(bn − β)| ≤ |bn ||an − α| + |α||bn − β| (三角不等式より) と計算出来るが、最後の式で n > max{Nα , Nβ } とすれば、|an − α| と |bn − β| の部分 はともに ε より小さく出来る。一方、(∗)β より n > Nβ ならば |bn − β| < ε, 即ち −ε < bn − β < ε ∴ β − ε < bn < β + ε なので、実数 M を M > β + ε 及び −M < β − ε を満たす様に十分大きくとれば −M < bn < M 即ち |bn | < M が成り立つ。したがって、結局 N(ii) = max{Nα , Nβ } とすれば、n > N(ii) のときに |an bn − αβ| を (|α| + M )ε より小さくすることが出来るの で、示すべき『. . . 』の主張が証明出来たことになる。 (iii) an 1 α 1 1 1 = an · , = α· なので、(ii) の結果から結局 lim = を示せば良 n→∞ bn bn bn β β β い。即ち、『任意の正の数 ε に対し、ある自然数 N(iii) が存在して、n > N(iii) ならば 1 1 − < (n によらない定数) · ε となる』ことを示そう。 bn β ここで、 β − bn |bn − β| 1 1 = − = bn β bn β |bn ||β| であり、n > Nβ とすれば最後の式の |bn − β| は ε よりも小さくすることが出来る。 |β| のときに適用して得られる Nβ のことを n0 と書くことにする 2 1 3 と、n > n0 のとき |β| < |bn | < |β| となることが分かる*1 。したがって n > n0 の 2 2 一方、(∗)β を ε = *1 詳細は例えば [田島 2] の 14 ページを参照して下さい。 2 1 2 < が成り立つことが分かるので、結局 N(iii) = max{Nβ , n0 } とすれば、 |bn | |β| 1 1 2 n > N(iii) のときに − < ε となり、示すべき『. . . 』の主張が証明出来たこと bn β |β|2 とき になる。 (2) 背理法により示す。即ち α > β となったとして矛盾を導こう。 ε を α − ε > β + ε が成り立つ様な正の数とする*2 。この ε に対して n > max{Nα , Nβ } とな る自然数 n を考えると、数列の極限の (厳密な) 定義から |an − α| < ε かつ |bn − β| < ε, 即ち α − ε < an < α + ε かつ β − ε < bn < β + ε が成り立つ。したがって (上記下線部で考えた) ε の取り方から不等式 bn < β + ε < α − ε < an が得られるが、これは全ての n について an ≤ bn であるという仮定と矛盾する。したがって α ≤ β が結論付けられる。 ˜ が存在して、n > N ˜ (3) 数列の極限の厳密な定義から、『任意の正の数 ε に対して、ある自然数 N ならば |cn − α| < ε となる』ことを証明すれば良い。 ∞ さて、ε を任意の正の数とするとき、{an }∞ n=1 と {bn }n=1 が α(= β) に収束することから n > max{Nα , Nβ } とすれば、(2) と同様に |an − α| < ε かつ |bn − α| < ε, α − ε < an < α + ε かつ α − ε < bn < α + ε 即ち が成り立つ。これと「全ての n に対して an ≤ cn ≤ bn である」ことを組み合わせると、 α − ε < an ≤ cn ≤ bn < α + ε, 即ち α − ε < cn < α + ε が得られる。α を移項して整理すると、最後の不等式は −ε < cn − α < ε, 即ち |cn − α| < ε を ˜ = max{Nα , Nβ } とおけば証明すべき 意味していることに他ならない。したがって、結局 N 『. . . 』の主張が証明出来たこととなる。 *2 例えば ε = α−β 等とすれば十分です。 3 3 ■有界単調数列の収束性とネイピア数 定理 上に有界な単調増加数列 {an }∞ n=1 は収束する。 演習問題 講義で紹介した「有界単調数列の収束性定理」の証明を参照しながら、「下に有界な単 調減少数列は収束する」ことを証明しなさい。 例として、次の問題を証明してみよう。 )n 1 ∞ で定められる数列 {an }∞ n=1 は収束する。数列 {an }n=1 n の極限値 lim an を e = 2.718281828459045 · · · と書き,ネイピア数 Napier’s number (ま ( 命題-定義 一般項が an = 1+ n→∞ たは 自然対数の底) と呼ぶ。 [証明] {an }∞ n=1 が上に有界かつ単調増加であることを証明すれば良い。 1. 上に有界であること 二項定理より ( )n n ( ) ( )k n ∑ ∑ 1 n · (n − 1) · · · · · (n − k + 1) n 1 an = 1 + =1+ =1+ n n k!nk k k=1 k=1 1 n−1n−2 1 n−1 21 1 n−1 + + ... + ··· =1+1+ 2! n 3! n n n! n nn 1 1 1 < 1 + 1 + + + ... + 2! 3! n! となる*3 。最後の不等式では、1 ≤ k ≤ n − 1 のとき k < 1 であることを用いた。 n ここで、k > 1 のとき 1 1 1 1 = < = k−1 k! k · (k − 1) · · · · · 2 · 1 2 · 2 · ··· · 2 · 1 2 であることに注意すると、すべての n に対して ( )n ( ) 1 1 1 an = 1 + < 1 + 1 + + . . . + n−1 n 2 2 { ( )n } 1 =1+2· 1− (等比数列の和の公式) 2 <1+2=3 と計算出来るので、特に {an }∞ n=1 は上に有界となる。 *3 (n) n! = は二項係数。 k k!(n − k)! 4 2. 単調増加であること 相加相乗平均の不等式 √ c1 + c2 + . . . + ck ≥ k c1 c2 · · · ck k を k = n + 1, c1 = c2 = . . . = cn = n· となる。両辺を n + 1 乗して n+1 および cn+1 = 1 に対して適用すると、 n n+1 +1 n ≥ n+1 ( 1+ 1 n+1 √( n+1 )n+1 n+1 n ( ≥ 1+ 1 n )n ·1 )n , 即ち an+1 ≥ an が得られる。 ■実数の連続性の公理 この講義では、微分積分学を展開する際の大前提として「数直線には切 れ目がない」ことを主張する デデキントの切断公理 Axiom of Dedekind cut (D) (A, B) を実数の切断とすると、「A が最大値を持ち B が最小値を持たない」または「B が最 小値を持ち A が最大値を持たない」 の何れかのみが起こる を出発点として、そこから以下の様な色々な性質を導き出して来ました。 (W) 空でない上に有界な集合は上限を持つ*4 (M) 上に有界な単調増加数列は収束する (I) 中間値の定理 (E) 最大値の存在定理 (即ち有界閉区間上定義された連続関数は最大値を持つ) 他にも以下の様な様々な性質を証明することが出来ます。 (A) アルキメデスの原理 (即ち任意の正の実数 a, b にたいして N a > b となる自然数 N が存在 する) (K) ∞ 区間縮小法の原理 (即ち単調増加数列 {an }∞ n=1 と単調減少数列 {bn }n=1 が an ≤ bn かつ lim(bn − an ) = 0 を満たすとき、全ての n について an ≤ c ≤ bn を満たす実数 c が唯一つ存 n∞ 在する) (BW) ボルツァーノ-ワイエルシュトラスの定理 Bolzano-Weierstrass’ theorem (即ち上に有界かつ下に有界な数列 {an }∞ n=1 は収束する部分列を持つ) (C) コーシー列の収束性*5 (即ち lim |am − an | = 0 を満たす数列*6 は収束する) m,n→∞ *4 ワイエルシュトラスの公理 Weierstrass’ Axiom とも呼ばれています。 *5 カントールの公理 Cantor’s Axiom とも呼ばれています。 *6 このような数列を コーシー列 Cauchy sequence と呼びます。 5 (HB) ハイネ-ボレルの被覆定理 Heine-Borel’s covering theorem ∞ (即ち有界閉区間 [a, b] が開区間の無限族 {In }∞ n=1 で覆われているとき、{In }n=1 に属する有 限個の開区間 {Inj }kj=1 のみで [a, b] を覆うことが出来る) (UC) 有界閉区間上の連続関数の一様連続性 また、講義ではテイラー展開の章で、最大値・最小値の存在定理から以下の定理を証明してきま した。 (R) ロルの定理 Rolle’s theorem (LM) ラグランジェの平均値の定理 Lagrange’s mean value theorem いわゆる「通常の意味での」(高校の教科書にも載っている) 平均値の定理 (CM) コーシーの平均値の定理 Cauchy’s mean value theorem 実は、ここで挙げた定理はどれも デデキントの切断公理と同値 な命題となっています。つまり上 に挙げたどれを出発点としても ((A) と (C) のように二つを組み合わせなければならないものもあり ますが)、その他全ての定理が証明出来ます (関係性については例えば下図を参照して下さい)。この ことは、上に挙げた性質の何れも「実数の連続性の公理」として採用しても良い ことを意味していま す。「数直線には切れ目がない」という性質は、直観的には極々「当たり前な」感じがしてしまいま すが、このようにして眺めてみると非常に奥が深い性質であったことが実感出来るのではないでしょ うか? (R) ks (E) dl RR (I) KS RRRR RRRR RRRR RR +3 (M ) +3 (A) + (K) (W ) 1111 EM ooo o 1111 o ooo 1111 o o s{ 1111 1111 (CM5) (HB) 555 1111 5 555 1111 5 555 1111 5 555 1111 5555 (A) + (U C) 1111 5555 j j j 1111 j 5555 j jj j j 1111 5555 j jjjjjjj +3 (D) qyks (LM ) (BW ) (A) + (C) ks 連続性の公理のおおよその関係 (これ以外の流儀もあると思います) ■(かなり偏った) 参考文献案内 少し高度な (例えば理学部の学生向けの) 微分積分学の教科書では必ず実数の連続性の公理や 6 ε-δ 論法について解説がされていますが、非常に抽象的な話題であることも手伝って、残念ながら ちょっと読んだだけでは分からない (あるいはそもそも読む気が起こらない) ものが少なくありま せん。 それでも今回扱った内容に興味がある方のために、初心者にも比較的読み易い参考書を以下に挙げ ておこうと思います。また、3 年次開講の自由科目『解析学』の受講も是非検討してみて下さい。 [田島 1] 田島一郎著,イプシロン-デルタ,数学ワンポイント双書 20 (1978). イプシロン-デルタ論法に関する古典的名著。前半ではイプシロン-デルタ論法について、その 意味するところから使い方まで (ちょっと諄いくらいに) 丁寧に解説しており、後半では実数 の連続性等の話題について触れています。そして何よりも非常に薄くて読む気が削がれませ ん。語り口調も堅苦しく無く、気軽にイプシロン-デルタ論法や実数論に触れられるお薦めの 一冊。 [田島 2] 田島一郎著,解析入門,岩波全書 325,岩波出版 (2013). 上記の本と同じく田島一郎さんの著書。こちらはより本格的な解析学 (微分積分学) の教科書 となっています。勿論イプシロン-デルタ論法にも触れていますし、今回の講義では触れられな かった「有界閉区間上の連続関数の可積分性」についても詳しく触れられています。必要な前 提知識は大体講義で説明してあると思いますので、興味がある方は是非挑戦してみて下さい。 「本格的な教科書」とは言え、そんじょそこらの一般的な微分積分学の教科書に比べれば薄く てコンパクトにまとまっていると思います。抽象的な数学の議論への入口としても非常に良い 本ではないかと思います。こちらもお薦め。 [赤] 赤攝也著,実数論講義 —微分積分学 Ⅲ,日本評論社 (2014). 「実数」についてとことんまで追究した異色の一冊。かつて SEG 出版から出版されていた本 ですが、この度満を持しての再出版となりました。この本では、上記に挙げたものも含めて実 に 22 個 (!!) もの「実数の連続性公理」を紹介し、その同値性を証明しています。数ある微分 積分学の教科書の中でも、これほどまで網羅的に「実数の連続性公理」を整理した本は先ずな いでしょう。実数に関しては公理的な定義を採用しているため若干読みにくいかもしれません が、数学の抽象的な議論に慣れ親しむには非常に良い本ではないかと思います。興味のある方 は是非チャレンジしてみて下さい!!! [中根] 中根美知代著,ε-δ 論法とその形成,共立出版 (2010). ε-δ 論法も含め、解析学の概念が抽象的かつ厳密になっていく過程を数学史研究者の観点から 解説した異色の本。今回の講義で ε-δ 論法の魅力に取り付かれて、「ε-δ 論法の歴史にも興味 を持っちゃった」というマニアな方 (?) 向けの本。ε-δ 論法はほぼ既知として書いてあるの で初学者には難しい本だと思います。逆に、ε-δ 論法に苦しんだ人ほど楽しめる本ではないで しょうか? 7
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