母子保健情報 第 68 号(2014 年 11 月) Ⅱ.母子保健に必要な人材の教育 新生児蘇生法(NCPR)教育コースからみた実地教育 た むら まさ のり の むら まさ こ 埼玉医科大学総合医療センター NCPR インストラクター養成トレーニングサイト長 田 村 正 徳 埼玉医科大学総合医療センター NICU 教育担当 野 村 雅 子 キーワード インストラクター養成コース、ファシリテーション、インストラクターコンピテンシー、成人教育論、シミュ レーション基盤型教育 その技術は 1/3 ずつ失われていくといわれている はじめに ように、そのような機会が少ない医療者にとって、 新生児蘇生法(NCPR)普及事業の最終目標は 知識や技術を維持することは難しいといえる。そ 「すべての分娩に新生児の蘇生を開始することの のような現状を踏まえ、プロバイダーの知識と技 できる要員が少なくとも一人、専任で新生児の担 術の維持・向上のために基本手技の確認と練習を 当者として立ち会う」体制を整備することである。 目的とした「スキルアップコース」が新たに設け そのためには新生児蘇生の実践者育成が必要であ られ、2014 年 8 月より全国で 20 か所ある学会が り、日本周産期・新生児医学会(以下、学会)で 公認する各地のトレーニングサイト(以下、TS) は 2007 年 7 月より、周産期・新生児医療に関わ を中心にトライアルが始まっており、近く学会認 るすべてのスタッフが標準的な新生児心肺蘇生法 定コースとして提供される予定である。またコー を習得することを目指して NCPR 普及事業を開 スの特徴としては、新生児蘇生に必要な技術の 始した。 チェックリストやシナリオが受講生の手元に渡る 学会では、臨床の実践者のための NCPR の教育 ようになっており、継続した自己学習やチームで コースとして、専門コース(A コース)および一 の学習を支援するツールとして準備されている。 次コース(B コース)を公認コースとして開催し 多くの周産期医療関係者が新生児蘇生に必要な ている。2014 年 6 月現在、 講習会開催件数 5,274 件、 知識・技術を習得し、それを維持していくために A コース・B コースの受講者総数 69,483 名、有認 は、コースを開催し、受講者に効果的な学習の場 定者総数 46,663 名に達した。NCPR 普及事業開始 を提供するインストラクターの存在が欠かせない。 当初は、 「5 年間で周産期・新生児医療関係者の受 ここでは、主にインストラクターの「質の担保」 講者 4 万人」を目標に講習会を開催してきた。お をめざしたインストラクター養成コースに焦点を およそ予定通りに数値目標は達成したが、次の課 当てる。 題としてあがってきたのは講習会受講者の「質の 1.新インストラクター養成コース(Ⅰコース) の誕生 担保」をするための「継続学習の支援」である。 いままでは、A コース・B コース受講後の実 践や継続学習は、プロバイダー自身または現場に 2011 年 9 月のインストラクターの活動状況を 任されていた。実際には、分娩に立ち会い蘇生を 調査した結果によると、従来のⅠコースを受講し 実践する機会が多ければ知識や技術が維持される てもインストラクターとして活動しているのは総 が、 一度獲得した技術でも 90 日間実践しなければ、 インストラクター数の 1/5 程度であり、従来のⅠ ─ 35 ─ 母子保健情報 第 68 号(2014 年 11 月) コースの内容では主体的に講習会開催に踏み切れ を皮切りにコース内容に検討を重ね、現在では全 ないのではないかという懸念があった。 国 20 か所の TS で計画的に開催されている。 昨今、教育に対する考え方、講習会でのイン このⅠコースで学ぶファシリテーターとしての ストラクターのあり方が変化している。具体的 教授方法や受講生に対するインストラクターとし には、知識や技術を一方的に伝達する受講生が ての態度は、臨床現場でも大いに活用が可能であ 受動的になりやすい教師スタイルから、受講生 り、新Ⅰコースを受講したインストラクターには、 が学んだ知識や技術をどのような場面で、どの 日々の蘇生現場や病室における医療提供の場面な ように判断して実践するか、ということを、受 ど、スタッフの育成およびチーム医療の推進にお 講生の「気づき」を促すことで受講生自身が能 いてファシリテーターとしての役割が期待される。 動的に学習できるようなファシリテーターと し て の 役 割 が 求 め ら れ、ILCOR( 国 際 蘇 生 連 絡委員会:International Liaison Committee on 2.NCPR におけるトレーニングサイト (TS)の役割 Resuscitation)の Consensus 2010 でも蘇生教育 トレーニングサイトの役割や活動指針は NCPR 法として強く推奨されている。 普及事業小委員会内に設置された TS 運営ワーキ そこで、新生児蘇生法普及小委員会では、イン ンググループおよび制度改革ワーキンググループ ストラクターとして積極的に活動できることを講 によって決定される。TS は前述のワーキンググ 習会の目標とし、講習会を開催するための知識、 ループにより設置場所が検討され、2011 年 9 月 実技実習に関する指導法を実践を通して学ぶコー には 10 か所であったが、2014 年 8 月現在は 20 スを検討し、2011 年 9 月に長野でのトライアル 。 か所まで増えている(図) 図 . 全国のトレーニングサイト ─ 36 ─ 母子保健情報 第 68 号(2014 年 11 月) TS では、質の高いインストラクターを養成す 確に示されたコンピテンシーは、NCPR インスト る他、地域の新生児蘇生法普及事業の拠点として ラクターに対する教育のあり方を議論したり、Ⅰ TS 自体での専門コース開催を含めて、各地域に コースを構築または修正していくうえでの基準と おける講習会開催への支援やスキルアップのため なる。 の活動を担っている。実際には、インストラクター 具体的な NCPR におけるインストラクターコ コースを年 2 回開催することの他、A・B コース ン ピ テ ン シ ー は、 ① NCPR イ ン ス ト ラ ク タ ー を開催する際の様々な手続き・インストラクター と し て の 基 本 的 態 度、 ② NCPR 講 習 会 の 企 画 の手配、インストラクター初心者に対して、段階 と実践、③ NCPR 講習会における指導方略、④ 的に実践力をつけられるように、まずは講習会の NCPR 講習会のマネージメント、⑤ NCPR 講習 補助的な役割を担うことからの参加を呼びかける 会における評価の 5 領域 14 個のコンピテンシー など、各地域の中心的な役割を果たしている。 。 が提案されている(表 1) 3.NCPR におけるインストラクター コンピテンシー 4.新Ⅰコースの実際 前述のように新Ⅰコースは、インストラクター インストラクターコンピテンシーとは「理想的 として積極的に活動していくことを前提に、講習 なインストラクターとして期待される不可欠な行 会を開催するための知識、実技実習に関する指導 動」である。NCPR におけるインストラクターコ 法の習得を目的とし、さらにインストラクターと ンピテンシーは、NCPR インストラクターの行 しての質を保証し維持していくことを主眼に置 動目標であり、Ⅰコースの講義・演習内容にも反 いた講習会である。 映され、インストラクターとなった暁には、これ 講習会は教授方略に関する講義の後に演習を行 に基づき活動していくことが望まれる。また、明 い、そこでインストラクター役を体験し、Ⅰコー 表 1. NCPR のインストラクターコンピテンシー 1.NCPR インストラクターとしての基本的態度 ・受講者中心の講習を常に心がける ・新生児蘇生の手技と知識を磨くことに努める ・インストラクターとしての倫理を遵守する 2.NCPR 講習会の企画と実践 ・講習会の企画準備をする ・講習会を開催する ・講習会の事後報告をする 3.NCPR 講習会における指導方略 ・新生児蘇生の手技、知識を正確に受講者に伝達する ・学習の場としての安全を保証する ・双方向性コミュニケーションを効果的に行う ・受講者の学習を支援する 4.NCPR 講習会のマネージメント ・学習のプロセスを管理する ・新生児蘇生の技術の維持、実践をサポートする 5.NCPR 講習会における評価 ・受講者を評価する ・インストラクター自身が自己評価をする ─ 37 ─ 母子保健情報 第 68 号(2014 年 11 月) ス指導者のファシリテーションにより自身のイン 的な知識伝達の形ではなく、双方向性の講義形式 ストラクションを振り返り、グループ討議の中で 。 で行われる(写真 1) 学びを深める構成となっている。また、演習では 基本手技の演習では、受講生役(Ⅰコース指導 受講者役を経験する機会があり、改めて受講者の 者)が行った“誤った方法での基本手技”また 心理状況を考える良い機会となっている。 は“正しく行われた手技”などに対して、イン 講義内容は、NCPR 講習会の理念を再確認し、 ストラクター役となった受講生が「手技の誤りを 成人教育論に基づいた教授方法や、受講者を尊重 評価でき、受講生を尊重した態度で適切な介入・ した態度などを学ぶ「望ましいインストラクター 指導ができるか」といった点を中心にⅠコース指 とは」 、シミュレーション基盤型教育に基づいた 導者がインストラクター役の受講生のインストラ 効果的なフィードバックと受講者みずからの振り クションに対してフィードバックを行ったり、グ 返り(デブリーフィング)について学ぶ「シナリ 。 ループ討議を行う(写真 2) オ演習の進め方」であり、それぞれの講義の後に シナリオ演習では、受講者は事前課題として与 基本手技の演習場面での様々な受講者への介入、 えられたテーマでシナリオを作成し、このシナリ シナリオを使った演習を行う。この講義は、一方 オを基に A コース受講生役である他の受講者を 指導する。ここでの学習目標は、“うまくスムー ズにシナリオを進める技術を習得する”のではな 写真 1. 講義風景「『双方向性』を考えて」 く、A コース受講生の行動を良く観察し、タイ ミングよく情報提供したり、受講生の「心の状況 (過度の緊張や演習中の戸惑い・困惑など)」に対 しても敏感に対応すること、シナリオ終了後の振 り返りのセッションでは、受講者の「気づき」を 。 導き出す手法を身につけることである(写真 3) インストラクターは、受講生の経験やレベルを 考慮し、場面や状況に応じたインストラクション を行うことが求められる。そのため明確な答えが ないことが多いが、受講者は指導者役と受講者役 写真 2. 技術トレーニングへの介入「受講者を尊重 した対応を学ぶ」 写真 3. シナリオトレーニング「振り返りは受講者を 良く観察することから」 ─ 38 ─ 母子保健情報 第 68 号(2014 年 11 月) の両方を経験し、 グループ討議を行うことで、様々 ある。 な方法があることを認識し、自身のインストラク ⑵フォローアップコースの開催 ションの引き出しを増やすことができていると実 このコースは、インストラクター認定者自身が 感している。また、 新Ⅰコースを受講することで、 知識や技能の「補完」「向上」を図ることを目的 インストラクターとしての知識・技術・態度を に 2012 年 9 月より開催されている。インストラ 獲得し、インストラクターとしての第一歩となっ クターの役割を再確認し、グループワーク形式で 。 ている(表 2) インストラクションを考え、インストラクターと してのスキルをブラッシュアップする相互学習の 5.インストラクターへの継続支援 場として活用が期待されている。 NCPR 受講者に講習会受講後の実践と継続的 6.インストラクターに期待されること 学習が求められるように、インストラクターにも コースを開催することはもちろん、自らを振り返 インストラクターにとって、NCPR の理念を り、インストラクションに磨きをかけることが望 理解し、それを実現するためにコースを開催する まれる。そのためには、場合によっては何らかの ことは重要な役割の一つである。しかしプロバイ 支援が必要となる。学会では、インストラクター ダーにとっての実践の場は臨床現場であり、それ への支援として、次のようなことを行っている。 を支援するのもインストラクターの重要な役割で ⑴講習会開催に関する支援 あると考える。すなわち、NCPR に限らず、現場 講習会開催の手引きを作成・配布するとともに、 での後輩育成の役割を担うことである。 ホームページ上で開催までの手続き(受講者の公 インストラクターコースで学ぶ成人学習論やシ 募、書類の記入方法など)を支援している。 ミュレーション基盤型教育に基づいた「教え方」 また、 「講習会を開催したいがインストラクター は、臨床現場において思考過程や実践力を育むの が不足している」 「講習会に参加してインストラ に大いに役立つものであり、「教え方」を学んで クターとしての経験を積みたい」 などの要望には、 こなかった指導者は、大いに活用すべきであると 各地のトレーニングサイトにも協力を呼びかけ、 考える。我々指導者が学習者の思考を促進し、気 インストラクターとして活動できるようにしてい づきを促し、振り返りを支援する関わりを積み重 る。また、インストラクションで困っていること ねることで、やがて後輩は自らの行動を振り返り、 や疑問に思ったことなどは、 「インストラクター 課題を解決していくことができる医療者に育って 専用掲示板」に書き込みができ、先輩インストラ いくものと期待している。 クターや学会委員から回答が得られるシステムが 表 2. Ⅰコース受講後の受講者の意識の変化 旧Ⅰコース 新Ⅰコース 蘇生の知識が増えた 94.5% 94.7% 講義担当できそう 50.9% 77.3%** 基本手技の演習を担当できそう 63.6% 93.9%** シナリオ演習を担当できそう 67.3% 90.9%** インストラクターとして活動できそう 50.9% 88.6%** **p < 0.01 ─ 39 ─ 母子保健情報 第 68 号(2014 年 11 月) 文献 1.P a r t 11: N e o n a t a l R e s u s c i t a t i o n: 2010 International Consensus on Cardiopulmonary Resuscitation and Emergency Cardiovascular CareScienceWithTreatmentRecommendations Jeffrey M. Perlman, Jonathan Wyllie, John Kattwinkel,DianneL.Atkins,LeonChameides, S i m o n , N a l i n i S i n g h a l , E d g a r d o S z y l d , Masanori Tamura, Sithembiso Velaphi, and Neonatal Resuscitation Chapter Collaborators Circulation. 2010;122:S516-S538, doi:10.1161/ CIRCULATIONAHA.110.971127 http://circ.ahajournals.org/cgi/content/ full/122/16_suppl_2/S516 2.嶋岡鋼、中野玲二、正岡直樹「効果的な新生児 蘇生教育」 『日本版救急蘇生ガイドライン 2010 に基づく新生児蘇生法インストラクターマニュ アル第 3 版』メジカルビュー社、2013 3.田村正徳監修『日本版救急蘇生ガイドライン 2010 に基づく新生児蘇生法テキスト』メジカル ビュー社、2011 4.和田雅樹「NCPR の歩みと今後の展開」NCPR NewsLetter、1、2010 5.細野茂晴「新生児蘇生法普及事業の制度改革に ついて」NCPRNewsLetter、2、2011 6.和田雅樹「これからの学習支援サービスについ て~フォローアップコースおよび教材開発~」 NCPRNewsLetter、3、2012 7.茨聡「新生児蘇生法普及事業におけるトレー ニングサイトの役割」NCPR News Letter、3、 2012 8.和田雅樹「新しいインストラクター養成講習会 の開催状況と受講者の声」NCPRNewsLetter、 3、 2012 9.津村俊充『プロセスエデュケーション』金子書房、 2012 10.阿部幸恵『看護のためのシミュレーション教育』 医学書院、2013 * * * ─ 40 ─
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