4 水面波の理論 海面上では、風浪、うねりのような波浪のほか、津波など、さまざまな 波動が伝播する。前の章では津波の特性について考えた。ここでは、津 波以外の波動を含めて、海面を伝播する波動の一般的な特性を論じる。 4.1 風浪とうねり 海上風によって海面に生じる波(波浪)を風浪(wind sea)という。風が弱くな っても波はすぐに消えるわけではなく、波長が長くなめらかな形をした波が残 る。このような波長の長い波はより遠くへ伝播する。これをうねり(swell)とい う。 波の高さ(波高)(wave height)は、水面がもっとも高くなっている場所と低 くなっている場所との高さの差として定義される。波動論における振幅の2倍 の値になるので注意する。一方、津波情報においては、波動論での考え方と同 様に、平均海面からの高さを津波の高さとしているので、この点にも注意が必 要である。実際の風浪やうねりには、さまざまな高さの成分が含まれている。 波高が上位3分の1の波を選んだものを有義波(significant wave)といい、有義 波の波高を平均したものを有義波高(significant wave height)という。 「波の高さ」と有義波高の値との関係 波の高さ 有義波高 やや高い 有義波高が 1.25 m を超える 高い 有義波高が 2.5 m を超える しけ 有義波高が 4 m を超える 大しけ 有義波高が 6 m を超える 猛烈なしけ 有義波高が 9 m を超える 波高は、海上風速だけでなく、吹走距離(fetch)や持続時間(duration)にも依存 する。吹走距離が長いほど、また、持続時間が長いほど、波高は高くなる。ま た、波長が長いうねりは遠方まで伝わりやすいため、台風が遠方の海洋上にあ る場合でも、高いうねりが海岸まで到達することがある。このようなうねりを 土用波とよぶことがある。 23 気象庁では、海岸に設置された沿岸波浪計によって波浪を観測している。現 在ではレーダー式沿岸波浪計が使われている。レーダー式沿岸波浪計は、海岸 から海面に向けてマイクロ波を発射し、ドップラー効果により変調された反射 波を測定することにより、波高(有義波高)のほか、周期(有義波周期)、波向 を観測している。波高は、沿岸波浪計のほか、船舶や人工衛星によっても観測 されている。沿岸波浪実況図や予想図には、有義波高のほか、波の向き(卓越 波向)と周期(卓越周期)、海上風向・風速が示される。卓越波向、卓越周期、 海上風向・風速は、実況図を含めて、観測値ではなく数値モデルによる推定値 を用いている。 4.2 基本方程式系 ここでは、鉛直構造をもった波の伝播を考察するので、水平-鉛直面( x - z 平 面)内での流体の運動を考えることにする。圧力偏差を p ' とすると、運動方程 式は、 D 1 u p' Dt x (1) D 1 w p' Dt z (2) D u w Dt t x z と書ける。ただし、海水の密度 は一定とする。また、コリオリ力や粘性は無 視した。さらに、微小振幅を仮定して、波の振幅が小さいとすれば、2 次の量で ある移流項を無視することができて、 1 u p' (3) t x 1 w p' t z (4) と表せる。このようにして 1 次の項だけを残すことを線形化という。一方、連 続の式は、 D u w Dt z x と書けるが、海水の密度は一定とみなせるので、 u w0 x z と表せる。 24 (5) (6) また、境界条件としては、底面( z 0 )では、鉛直速度はゼロだから、 w 0 (z 0) (7) が成り立つ。一方、水面付近( z H )では、水面の高さの偏差に対応した圧力 偏差が生じると考えれば、 p ' gh (8) が成り立つ。ただし、g は重力加速度である。両辺のラグランジュ微分をとると、 D D p ' g h (9) Dt Dt となるが、 D h w zH h w z H Dt (10) を考慮すると、 D p ' g w z H Dt と表せる。さらに、微小振幅を仮定して、波の振幅が小さいとすれば、2 次の量 である移流項を無視することができて、 p ' gw ( z H ) (11) t が得られる。 4.3 水面波の分散関係 方程式系(3)、(4)、(6)において、(3)を z で、(4)を x で偏微分すると、 1 u p' t z x z 1 w p' t x x z となる。これらの式から p ' を消去すると、 w u 0 t x z (12) が得られる。(12)は x - z 平面内での渦度が時間変化しない、つまり常にゼロであ ることを示している。(12)を x で偏微分すると、 2 2 w u 0 t x x z となる。(6)を用いて u を消去すると、 25 2 2 2 2 w 0 t x z (13) が得られる。 また、水面での境界条件(11)を x で偏微分すると、 p' g w t x x となる。なお、(11)は z H でのみ成り立つので、 z で偏微分することはできな いことに注意する。(3)を用いて p ' を消去すると、 2 ug w 2 t x (14) が得られる。さらに、 x で偏微分すると、 2 2 u g w t 2 x x 2 となる。(6)を用いて u を消去すると、 2 2 w g w t 2 z x 2 (z H ) (15) が得られる。 ここで、東西、時間方向には波型を仮定して、 w Re wˆ z expi kx t (16) とおく。 wˆ は z のみの関数(複素数)であり、 k は東西波数、 は角振動数であ る。ただし、 k 0 、 0 とする。このとき、(13)は d2 i k 2 2 wˆ 0 dz となるから、 2 d2 k 2 wˆ 0 dz (17) が得られる。 また、水面での境界条件(15)は、 d 2 wˆ gk 2 wˆ dz (z H ) 26 (18) となる。 ここで、(17)の解を考える。(17)は wˆ についての定数係数の線形常微分方程式 であり、斉次(同次)形になっている。したがって、この微分方程式の一般解 は、 ˆ C1e kz C2 e kz ( C1 、 C 2 は定数) w (19) と書ける。底面( z 0 )での境界条件より、 wˆ z 0 C1 C2 0 C2 C1 (20) となる。(20)を(19)に代入して、 ˆ C1 e kz e kz 2C1 sinh kz w (21) が得られる。これを水面( z H )での境界条件(18)に代入すると、 2 k coshkH gk 2 sinh kH 2 gk tanh kH (22) となる。これが水面波(water wave)の分散関係式である。位相速度 c は、 c k g tanh kH k である。 水面波の分散関係 27 (23) 浅水波 深水波 c gH c g/k 水面波の位相速度 2 まず、波長が水深に比べてじゅうぶんに長い場合、つまり、水深 H が波長 k に比べてじゅうぶんに浅い場合について、解(22)の性質を検討する。この場合、 kH 1 だから、一般に、 tanh kH kH が成り立つ。したがって、分散関係式(22)は 2 gk 2 H gH k となる。このとき、位相速度 c は、 c gH k (24) (25) である。これは、浅水波の分散関係に一致する。 2 次に、波長が水深に比べてじゅうぶんに短い場合、つまり、水深 H が波長 k に比べてじゅうぶんに深い場合について、解(22)の性質を検討する。この場合、 kH 1 だから、一般に、 tanh kH 1 が成り立つ。したがって、分散関係式(22)は 2 gk gk 28 (26) となる。このとき、位相速度 c は、 g (27) k k である。このような波動を深水波(deep-water wave)という。上の図をみると、 水深が波長の 1/2 倍よりも深いとき( kH のとき)には、ほぼ深水波とみな せることがわかる。深水波は、浅水波とは異なり、波数によって位相速度が変 化する。このような波動を分散性波動(dispersive wave)という。分散性波動は、 低波数成分と高波数成分とでは進行する速さが異なるので、伝播しながら形が 変わっていく。深水波の場合、高波数(短波長)成分の位相速度が遅くなって いる。 c 海洋でみられる波浪は水深が浅い場合を除き、深水波とみなせる。波浪は波 長の長い成分のほうが速く伝播するが、これは、深水波の分散関係式によって 説明できる。波浪のうち、長波長の成分が遠方に伝播したものがうねりである。 また、水面に物を投げ入れたときに生じる波紋も深水波に近い。ただし、波紋 のような短波長の水面波においては表面張力(surface tension)の効果も無視で きないため、分散関係にずれが生じる。 分散関係式の導出にあたって、振幅は小さいと仮定して 2 次の量である移流 項を無視した。現実には、振幅が大きくなると移流項の効果によって波の形が 歪み、三角関数からずれた形になって、波がしらが崩れ始める。波高の上限は、 波長の 7 分の 1 程度であり、この上限を超えると波がしらが崩れるとされてい る。 4.4 水面波の構造 水面波の構造、つまり流速 u, w と水面の高さの偏差 h との関係を考える。(21) より、 wˆ を wˆ C sinh kz ( C は定数) (28) とおく。さらに、(16)と同様に、 u 、 h についても東西、時間方向に波型を仮定 して、 u Re uˆ z expikx t (29) h Re hˆ expikx t (30) とおく。 uˆ 、 hˆ は z の関数であることに注意する。このとき、(16)、(28)、(29) を(6)に代入して、 29 uˆ expikx t wˆ expikx t 0 x z ikuˆ expikx t kC coshkz expikx t uˆ iC coshkz となる。一方、(10)において、微小振幅を仮定すると、 h w zH t (31) (32) と表せる。(16)、(28)、(30)を(32)に代入して、 ˆ h exp i kx t wˆ z H exp i kx t t ihˆ expikx t C sinh kH expikx t C hˆ i sinh kH (33) が得られる。 以上の結果において、 u 、 w 、 h の位相の関係に注目して、水面波の水平構造 を考える。 まず、(31)、(33)より、 uˆ は hˆ の正の定数倍になっていることがわか る。つまり、水面の高さの偏差 h が極大(極小)になるとき、水平流速 u も極大 (極小)になる。また、 u 、 h は w に比べて位相が / 2 だけ進んでいる。これは u 、 h の極大(極小)が w の極大(極小)に比べて 1 / 4 波長だけ x 方向にずれ た位置にあって、時間的には 1 / 4 周期だけ遅れていることを示している。 さたに、u 、w 、h の z 依存性に注目して、水面波の鉛直構造を考える。まず、 2 波長が水深に比べてじゅうぶんに長い場合、つまり、水深 H が波長 に比べて k じゅうぶんに浅い場合について、(31)、(28)で表される水面波の構造を検討する。 この場合、 kz kH 1 だから、一般に、 coshkz 1 sinh kz kz が成り立つ。したがって、(31)、(28)は uˆ iC wˆ Ckz wˆ kz 0 uˆ (34) となる。つまり、水平流 u に比べて鉛直流 w はじゅうぶんに小さいことがわかる。 30 これは水平方向の往復運動を意味する。この流速場は浅水波の構造に一致する。 2 次に、波長が水深に比べてじゅうぶんに短い場合、つまり、水深 H が波長 k に比べてじゅうぶんに深い場合について、水面波の構造を検討する。この場合、 kH 1 だから、底面付近( z 0 )を除いて kz 1 である。このとき、一般に、 1 coshkz e kz 2 sinh kz 1 kz e 2 が成り立つ。したがって、(31)、(28)は 1 uˆ iCe kz 2 wˆ 1 kz Ce 2 (35) wˆ 1 uˆ となる。つまり、水平流 u と鉛直流 w は、位相が / 2 だけずれるが、振幅は同程 度であることがわかる。これは円運動を意味する。また、円運動の振幅は、水 面付近で最大であり、水深とともに指数関数的に減少する。実際に、微小振幅 の深水波の場合、水面に浮いている物体は、波の伝播にともなって円運動をす る。 問 4.1 周期が 6 秒、9 秒、12 秒の深水波について、それぞれの波長と位相速 度を有効数字2けたで求めよ。重力加速度は g 9.81 m/s2 とする。 問 4.2 周期が 6 秒、9 秒、12 秒の水面波について、水深 2 m の場合において、 それぞれの波長と位相速度を有効数字2けたで求めよ。いずれの水面波につい ても、浅水波であることを仮定してよい。重力加速度は g 9.81 m/s2 とする。 課題 4.1 水深 H がじゅうぶんに深い場所で生じた水面波が、水深の浅い沿岸の 海域に向かって、水面波の分散関係 2 gk tanh kH [1] をみたしながら伝播しているとする。 k は波数( k 0 )、 は角振動数、 g は重 力加速度である。伝播の過程で角振動数 は変化しないものとする。 31 ①一般に 0 tanh x 1( x 0 )であることを用いて、 k の値の下限 k min を と g で表せ。 ② k k min および k における H の値を求めよ。 dH dH ③[1]の両辺に k をかけたうえで、 k で微分し、 を求めよ。また、 の符号 dk dk (正負)を検討せよ。 k と H 以外は定数であることに注意せよ。 dH ④ k k min および k における の値を求めよ。 2 dk d H d 2H ⑤③の解を k で微分し、 2 を求めよ。また、 2 の符号(正負)を検討せよ。 dk dk ⑥水深 H の変化とともに波数 k はどのように変化するか、概形を図示せよ。横 軸を水深 H 、縦軸を波数 k とする。 周期 12 秒 周期 9 秒 周期 6 秒 水深と水面波の波長との関係 32 補遺 定数係数の線形常微分方程式の解法 たとえば、 x についての関数 y に関して、次のような定数係数の線形常微分方 程式を考える。 y ' '2 y '3 y 9 x (1) (1)を解くためには、まず、右辺をゼロとして、 y ' '2 y '3 y 0 (2) の解を考える。(1)のような形の定数係数の線形常微分方程式のうち、右辺がゼ ロであるものをとくに斉次(同次)形(homogeneous form)という。ここで、 y Cex ( C は定数) (3) とおいて、斉次方程式(2)に代入すると、 2Cex 2Cex 3Cex 0 (4) となるから、 2 2 3 0 である。これを特性方程式(characteristic equation)という。(5)の解は、 1,3 だから、(2)を満たす y は、 y C1e x C2 e 3x ( C1 , C 2 は定数) (5) (6) (7) である。これを斉次(同次)解(homogeneous solution)という。一方、(1)を満 たす解のひとつとして、 y 3x 2 (8) を挙げることができる。このような解を特殊解(particular solution)という。(1) を満たす解は他にもあるが、ここでは例をひとつ挙げれば十分である。線形常 微分方程式の解は斉次解と特殊解との和であるから、(1)の解は、 y C1e x C2 e 3x 3x 2 ( C1 , C 2 は定数) (9) と表せる。これを一般解(general solution)という。一般に、 n 階常微分方程式 は n 個の任意定数を含む。 特性方程式が複素数解を持つ場合でも同様に考えることができる。たとえば、 y ' ' y 0 (10) に対して、特性方程式 2 1 0 (11) i (12) の解は、 だから、(10)を満たす y は、 y C1eix C2 e ix ( C1 , C 2 は定数) である。オイラーの公式 33 (13) (14) e ix cos x i sin x に注意して、(13)を書きかえると、 y C1 cos x i sin x C2 cos x i sin x C1 C2 cos x i C1 C2 sin x ( C1 ' , C2 ' は定数) (15) C1 ' cos x C2 ' sin x と表せる。 また、 y ' '2 y ' y 0 のように特性方程式が重解をもつときは、 y C1e x C2 xe x ( C1 , C 2 は定数) が解である。 34 (16) (17)
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