2014 July http://www.molecular-activation.jp 42 研 究 紹 介 2. Pyrrolophenanthridine アルカロイドの全合成 2b パラジウム触媒による選択的C(sp3)−H活性化と C−C結合形成反応の開発 A01 班(京大院薬)塚野 千尋 複雑な骨格を有する有機化合物を C−H 官能基化を用い て合成する場合、 分子内に多数存在する C−H 結合を選択的 に官能基化することが、その合成経路の成否を左右する。 C−H 官能基化は合成を簡便にする手法と期待されており、 我々は、特に C(sp3)−H 官能基化を実際に天然物合成に応用 することを見据えて選択的 C(sp3)−H 活性化と C−C 結合形 成反応の開発を目指している。これまでにパラジウム触媒 を用いてカルバミン酸クロリドより酸化的付加、ベンジル 位 C(sp3)−H 活性化、還元的脱離を経由してオキシインドー ル骨格を構築する方法を開発している 1。さらにこの反応 を天然物や医薬品に含まれる構造を簡便に合成する手法へ と展開したので、以下その概略を紹介する。 Assoanine は 1956 年に Wildman らによりヒガンバナ科の 植物 Narcissus pseudomarcissus より単離構造決定された pyrrolophenanthridine アルカロイドである。これら化合物の 全合成はC(sp2)–H 官能基化を鍵反応としたものも含め多数 報告されている。我々は、独自に開発した C(sp3)–H 官能基 化 1a を 鍵 と し て 本 化 合 物 及 び 類 縁 体 anhydrolycorine, pratosine, hippadine の全合成を検討した。種々検討した結果、 三環性骨格がすでに構築されているカルバミン酸クロリド 7 の C(sp3)−H 官能基化によるオキシインドール形成は目的 の環化体 8 を与えたのに対し、化合物 9 より C(sp2)−H およ び C(sp3)−H 官能基化で一挙に四環性骨格を構築する試み は目的の環化体 8 の代わりに脱炭酸を経由した副生成物 10 を与えた。本結果は C(sp2)−H および C(sp3)−H 官能基化が 同一条件で起きうる場合、反応点が近い基質では一方が他 方の反応を阻害することを示唆している。また、環化体 8 より assoanine および pratosine の全合成を達成している。 1. ベンゾカルバゾールのドミノ反応による合成 2a パラジウム触媒によるベンジル位メチル基の C−H 活性 化をイソシアニド挿入、アルキン挿入と組み合わせて四環 性カルバゾール骨格合成法を開発した。すなわち、ヨウ化 アリール 2 の酸化的付加とイソシアニド挿入により生じた 中間体 3 からアルキン挿入と C(sp3)−H 活性化により七員環 パラダサイクル 5 とし、続く還元的脱離によりカルバゾー ル 6 を合成した。本反応ではオルト二置換のヨウ化アリー ル 2 を用いる必要があったが、C(sp3)−H 官能基化をドミノ 反応に組み入れることで一挙に四環性骨格を得ることに成 功している。さらに、ヨウ化アリール 2 の代わりに 2-ブロ モ-3-メチルインドールを用いるとインドロカルバゾール の合成にも応用可能であった。 以上に紹介した研究に加えて、 最近の C−H 官能基化を鍵 として天然物や医薬品に見られる含窒素複素環であるイン ドロキナゾリノン骨格の構築法も開発している 2c。引き続 き、天然物合成を見据えて位置選択性の高い(sp3)−H 官能基 化反応の開発を目指したい。 (1) (a) Tsukano, C.; Okuno, M. Takemoto, Y. Angew. Chem., Int. Ed. 2012, 51, 2763. (b) Tsukano, C.; Okuno, M.; Takemoto, Y. Chem. Lett. 2013, 42, 753. (2) (a) Nanjo, T.; Tsukano, C.; Takemoto, Y. Org. Lett. 2012, 14, 4270. (b) Tsukano, C.; Muto, N.; Enkhtaivan, I.; Takemoto, Y.; Chem. Asian J. 2014, 9, accepted. (c) Tsukano, C.; Okuno, M. Nishiguchi, H.; Takemoto, Y. Adv. Synth. Catal. 2014, 356, 1533. 不活性アミドの実用的な触媒的水素化に向けて A02 班(名大院理)斎藤 進 表1.RUPIP2 を用いる不活性アミドの触媒的水素化 a O R R1 N 2a–h アミドはカルボニル化合物のなかで最も不活性だと位置づ R 2 H 2 (0.5–8 MPa) RUPIP2 (0.25–1 mol%) NaH (6–10 mol%) solvent 80–140 °C 2 Entry 1) けられている .その C–N 結合切断選択的水素化(加水素 1 分解)が可能となれば,アミド系ポリマーのモノマー成分 2a 2 の回収・再利用や,タンパク質の水素化に基づく特殊ペプ 3 2b OH R 3a–h R 2a : 2b : 2c : 2d : 2e : 2f : 2g : 2h : 1 HN + R2 4a–h R R R R R R R R = Ph; R1 = PhCH 2; R 2 = H = p-CF3(C 6H 4); R1 = PhCH 2; R 2 = H = R1 = Ph; R 2 = H = Ph; R1 = Me; R 2 = Me = Ph; R1 = H; R 2 = H = Ph; R1 = Me(CH 2)7; R 2 = H = R1 = Me(CH 2)7; R 2 = H = cHex; R1 = Me(CH 2)7; R 2 = H Time t (h) 3 and 4 (yield %b) 1, 110 24 3a (84), 4a (84) 1, 110 24 3a (86), 4a (86) 1, 110 15 3b (95), 4a (93) Condi- PH2 (MPa), tions T (°C) A B A チドライブラリーの構築などをもたらす.前者は人為的な 4 2c A 0.5, 80 48 3a (95), 4c (91) 炭素循環に基づく持続的物質社会に貢献し,後者は新しい 5 2d B 1, 110 24 3a (95) 6 2e A 8, 160 39 3a (92) 7 2f A 2, 120 24 3a (84), 4f (85) 8 2g A 3, 130 39 3g (89), 4f (86) A 4, 140 39 3h (57), 4f (58) B 4, 140 96 3h (96), 4f (94) 医薬候補物質の迅速な発見へとつながる. これまで我々は, RUPCY を開発し,不活性アミドの水素化に有効な分子触 9 媒のプラットフォームとなる触媒前駆体の錯体構造を明ら かにした(図1左)2).RUPCY はβ-アミノアルコールの脱 水素に基づく多置換ピロール合成の触媒前駆体としても優 れた性能を示す 3).しかしながら RUPCY を用いる不活性 c 2h 10 a Under otherwise specified, reaction was carried out in toluene under conditions A: 2:NaH:Ru = 100:6:1; conditions B: 2:NaH:Ru = 100:10:1. b Determined by 1H NMR using internal standard. cRUPIP2: 0.25 mol %. アミドの水素化は総じて高温・高 H2 圧(T = 140–180 °C, PH2 るが,よりかさ高いアミドの水素化では,長時間反応を要 = 4–8 MPa)を必要とするため,より実用的な方法への発展 することがある.この場合,より高温度と高 H2 圧の方が有 が必要である.今回我々は,RUPCY の 2 つのピリジン炭 効である.活性アミドであるアニリドの水素化の場合,S/C 素を単純につなげビピリジンとした第二世代 Ru 錯体 = 400, T = 80 °C, PH2 = 0.5 MPa 程度の条件で十分である RUPCY2 および RUPIP2 を開発した(図1中央および右) (entry 4) .ホルムアミドの場合,60 °C でも反応は円滑に .その結果,劇的な触媒活性の向上と,より実用性の高い 進行する.1 級,2 級,3 級アミド,いずれの基質の水素化 低温・低 H2 圧(T = 60–140 °C, PH2 = 0.5–4 MPa)下での不 も良好である.1 級アミドの場合,高 H2 圧を初期的に用い 活性アミドの水素化に成功した 4).より高温(~190 °C) ・ た(entry 6) .芳香族アミド,脂肪族アミドに限らず水素化 高 H2 圧(~8 MPa)条件下でも触媒活性を維持するため, できる.官能基化されたアミド基を 2 つもつ基質も使用で 広範囲の反応条件に対応できることを大きな特徴とする水 きる(式1) .NaH 量は RUPIP2 1 mol % に対して 6 mol % 素化法である. で十分な系も多いが,10 mol %とした方が高い水素化活性 4) を示す.これは,最初の水素化後に生成する N,O-ヘミアセ タールの OH 基を脱プロトン化することが,C–N 結合切断 MINOR structural modification MAJOR structural modification XRD structure Cy2 Cy2 P Cl P Ru N N Cl RUPCY XRD structure Cy2 Cl Cy2 P P Ru iPr 2 Cl iPr 2 P P Ru N Cl N RUPIP2 N Cl N (正反応方向)を推進する駆動力となることを示唆してい る.NaH 量が少ない場合,より不活性なアミド由来の N,Oヘミアセタールから脱水素化を経てアミドに戻る過程(逆 反応)が優勢になる場合もあると考えられる. RUPCY2 O 図1.RUPCY から RUPCY2, そして RUPIP2 へ RUPCY2 と RUPIP2 はアミド 3a の水素化においてほぼ 同様の触媒活性を示す.一方,ビピリジンではなくフェナ ンスロリン骨格を配位子に含む類似の Ru 錯体では,反応 はほとんど進行しない.立体的な無駄を省いた,より単純 な構造をもつ RUPIP2 を用いて以後の検討を行った.助触 媒としては特に,かさ高いナトリウムアルコシキドおよび NaH が優れている.様々な不活性アミドの水素化を,NaH を助触媒として用いて行った検討結果の数例のみを示す (表1) .水素化は総じて T = 110 °C, PH2 = 1 MPa で進行す N H F 3C Ph H N O H 2 (8 MPa) RUPIP2 (2 mol%) NaH (12 mol%) toluene 160 °C, 24 h OH H H + H 2N F 3C 93% Ph H + H H 2N OH 96% (1) 93% 参考文献 (1) Dub, P. A.; Ikariya, T. ACS Catal. 2012, 2, 1718. (2) a) Miura, T.; Held, I.; Oishi, S.; Saito, S. Catalysis & Catalysts (Invited), 2012, 54, 455; b) Miura, T.; Held, I.; Oishi, S.; Naruto, M.; Saito, S. Tetrahedron Lett. 2013, 54, 2674. (3) Iida, K.; Miura, T.; Ando, J.; Saito, S. Org. Lett. 2013, 15, 1436. (4) a) 斎藤進ら,国 内特許,特願 2013–42385; b) 斎藤進ら,PCT 特許, PCT/JP2014/55510. 生体触媒の誤作動状態を利用する不活性炭化水 素の水酸化触媒系の開発 A03 班(名大院理)荘司 長三 パーフルオロノナン酸が最大の活性を示し,毎分 110 回転 酵素は対象とする化学物質の物質変換を行うのが通常であ 的に変換することも可能で,触媒回転数は毎分 120 回転に るが,誤作動状態では本来の対象基質ではない基質と反応 達した.3) で反応が進行して 2-ブタノールとシクロヘキサノールを与 えた.また,5 気圧の加圧条件ではあるが,エタンを毎分 0.67 回転の反応速度で直接にエタノールに変換することに も成功している.2) さらに,ベンゼンをフェノールに選択 することがある.天然に存在する酸化酵素をうまく騙して 意図的に誤作動を引き起こすと,ガス状アルカンやベンゼ ンなど本来の対象基質とは構造が大きく異なる化合物の水 酸化反応を行うことができる新しい酵素利用法を開発した. シトクロム P450BM3 (P450BM3)は,炭素数が 16 前後の長 鎖脂肪酸のアルキル鎖末端部分を水酸化するヘム(鉄ポル フィリン錯体)酵素で,触媒活性が非常に高く,バイオ触 媒としての利用が早くから期待されてきたが,長鎖脂肪酸 以外とはほとんど反応しない.酸素分子を還元的に活性化 して酸化活性種のオキソフェリル(Fe4+=O)ポルフィリンπカチオンラジカル(Compound I)を生成する P450BM3 の酸 化活性種生成反応では,長鎖脂肪酸の取り込みが反応を開 始するトリガーになっており,長鎖脂肪酸が適切な位置に 取り込まれた場合にのみ酸化活性種を生成するように設計 されている(図 1a) .P450BM3 は,長鎖脂肪酸のカルボキ シル基を 47 番目のアルギニン(Arg-47)および 51 番目のチ ロシン(Tyr-51)との相互作用を介して認識しており,長鎖脂 肪酸と構造が大きく異なる有機分子では,P450BM3 のスイ ッチは 「ON」 の状態とはならないために反応は進行しない. そこで,P450BM3 に対して,それ自体は水酸化されないが, 長鎖脂肪酸と構造が非常によく似ているために P450BM3 が基質であると勘違いして取り込んでしまう疑似基質(デ コイ分子と名付けた)を利用して P450BM3 のスイッチを 強制的に「ON」の状態にできないかと考えた.長鎖脂肪酸 のすべての水素原子をフッ素原子に置き換えたパーフルオ ロアルキルカルボン酸の構造は,長鎖脂肪酸に非常によく 似ているが,C-F 結合は,C-H 結合よりも安定であり, P450BM3 はパーフルオロアルキルカルボン酸を水酸化す ることができないため,デコイ分子として機能すると予想 した.パーフルオロアルキルカルボン酸をデコイ分子とし 図 1. P450BM3 による長鎖脂肪酸の水酸化反応(a)とパー て P450BM3 に取り込ませて,プロパンの水酸化反応を行 フルオロアルキルカルボン酸(デコイ分子)存在下でのプ うと,プロパンが水酸化されて 2-プロパノールが得られ, ロパンとベンゼンの水酸化反応(b)の模式図. 炭素数 10 のパーフルオロデカン酸の場合に最大活性の毎 1) Kawakami, N.; Shoji, O.; Watanabe, Y. Angew. Chem. Int. 1) 分 67 回転を示した(図 1b) . デコイ分子を添加しない場 Ed. 2011, 50, 5315. 2) Kawakami, N.; Shoji, O.; Watanabe, 合には全く反応は進行しなかった.プロパン単体では, Y. Chem. Sci. 2013, 4, 2344. 3) Shoji, O.; Kunimatsu, T.; P450BM3 のスイッチを「ON」にできないためである.ブ Kawakami, N.; Watanabe, Y. Angew. Chem. Int. Ed. 2013, タンとシクロヘキサンの水酸化反応も進行し,炭素数 9 の 52, 6606. トピックス ・林 高史教授(阪大院工、A03 班)らの、有機金属錯 体とタンパク質の複合体を触媒として用いた立体制御 重合に関する論文:ChemCatChem, Vol. 6(5), 1229-1235 (2014)が Front Cover に採用されました。 Rhodium(I)-catalyzed borylation of nitriles is investigated CHEMK3 6 (5) 1121–1482 (2014) · ISSN 1867-3880 · Vol. 6 · No. 5 · May, 2014 theoretically, using the density functional theory method, to clarify the reaction mechanism, including the formation process of the catalytically active species, carbon–carbon bond cleavage, and the effect of an amine additive. お知らせ International Symposium on Homogeneous Catalysis (ISHCXIX) のプレシンポジウムとして下記の均一触媒反 応に関するワークショップがオタワ大学で開催されます。 Sponsors 5/2014 Review: Macrocyclic Sesqui- and Diterpene Production in Microbial Hosts (T. Brück, R. Kourist, and B. Loll) Minireview: Nanoporous Polymers: Molecular and Solid Catalysts (M. Rose) Highlight: -Functionalization of Saturated Carbonyl Compounds (L. Wang, J. Xiao, and T.-P. Loh) Supported by: www.chemcatchem.org 2014 Canada-Japan Workshop Thanks to: ・茶谷直人教授(阪大院工、A01班)と森 聖治教授(茨 城大理、A02班)の共同研究の成果である、Rh触媒によ るC-CN結合開裂を伴うニトリルのボリル化反応機構研 究に関する論文:Bull. Chem. Soc. Jpn. Vol. 87 (6), 655-669 (2014)が BCSJ賞を受賞しました。 Organizers: Warren Piers, University of Calgary Cathleen Crudden, Queen's University http://www.journal.csj.jp/bcsj-article/bcsj-87-6 -655 Theoretical Studies of Rhodium-Catalyzed Borylation of Nitriles through Cleavage of Carbon–Cyano Bonds July 5-6, 2014 Biosciences Complex University of Ottawa Hirotaka Kinuta, Hiroaki Takahashi, Mamoru Tobisu,* Seiji Mori,* and Naoto Chatani* 発行・企画編集 新学術領域研究「直截的物質変換をめざした分子活性化法の開発」 連 領域代表 茶谷直人([email protected]) 広報担当 伊東 忍([email protected]) 絡 先
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