マイスター制度とドイツの食文化 実技の習得だけでなく、プロを育てることも社会的使命 職業訓練を重視するドイツでは、10歳頃から大学を目指すコースと職業訓練を受けるコースに分けられ、後者は職業訓練を 積みながら勉強し、資格取得を目指すことになります。その制度について解説すると共に、資格取得者に体験談を聞きました。 また、日本で研修中のドイツ人マイスターとドイツ在住のマイスターに、ドイツの食習慣や菓子屋事情について聞きました。 ドイツの教育システムとマイスター マイスターは元々開業・独立するための資格なので、①実技、 マイスター学校は、職種にもよりますが 2000時間以上の研 修時間が設けられており、それぞれの環境により通う頻度が ②専門知識 (原料や菓子) 、③経理・経営・法律、④教育学の4 異なるので、何年かかるかは人により違ってきます。マイスタ 分野が試験科目になっています。実技や専門分野はもちろん ー試験は5日間かけて行われ、3日間が実技試験、1日が口頭試 ですが、どうやって店を経営をしていくかが、勉強の大きな柱 問、1日が筆記試験です。受験できるのは生涯 2 回まで。落ち です。また、マイスターにとって、若い人達がゲゼレを取得で た科目だけを再度受け直す。もし何かの科目を2回失敗したら、 経営者でなく技術者として人生を全うすることになります。職 日本人がドイツの国家資格である 「職人 (ゲゼレ) 」 や 「マイス もマイスターを目指すとい きるよう、プロに育てるということも大きな義務、社会的使命 ター (親方) 」 の取得をサポートする、株式会社ダヴィンチイン うことではありません。ゲ です。ですから、労働法や教育学の勉強、心理学の勉強もして、 人の社会的評価は高く、マイスターもゲゼレも誇りを持って働 ターナショナルの松居温子氏、高野哲雄氏に、ドイツのマイ ゼレの中でマイスターにな 彼らが健康的にスペシャリストになれるようにする指導力が問 いていますし、良い制度だと思います。 スター制度について話を聞いた。 る人は、1割位です。なお、 われます。ドイツでは “mitdenken=寄り添って考える” という 株式会社ダヴィンチインターナショナル 現在の制度でゲゼレを受験 言葉をよく使いますが、それもプロを育てるためなのです。 東京都港区南青山4-17-33 グランカーサ南青山2F TEL.03-5413-4805 「ドイツの手工業分野で研修をしたい」 とい できる回数は生涯3回まで。 う日本人の要望に応えるために、1988年、ドイ 3回落ちたらその職業は向い ツに日本カールデュイスベルク協会 (NCDG) が ていないので、他の道を探すという形になります。 デュアルシステムでの実地訓練 設立されました。組織の変更などにより、2012 ▲松居氏 ▲高野氏 年からその 「ドイツ日本人職人養成プログラ マイスターは大学卒業者と同等の社会的地位を持つ ム」 を引き継いだのが日独エキスパートサービ マイスターを目指す場合、以前はゲゼレ取得後5∼6年経験 ス (NGES) で、現在手工業としては「製菓」 「製 を積まないと試験を受けられませんでした。しかし03年12月の パン」 「食肉加工」 「フラワーデザイン」 「整形靴 改正で受験資格が緩和され、個人の意欲によりますが、早い 製造」 「家具木工製作」 の6分野で運営していま 人は2∼3年でマイスターが取得可能になりました。 す。当社はそのNGESと独占契約を結び、その 進学コースから職人コースに移行したいという人も増えてい 窓口となって、ゲゼレやマイスター資格取得希 ますが、大学の途中から10代半ばのゲゼレを目指す人達と同 望者の各種手続きなど、サポートを行っています。 じところから始めるのは大変。そこで、ドイツの大学進学者は、 一定の要件を備えれば、ゲゼレを取得していなくてもマイスタ 15∼16歳で分野を決めて職人を目指す ー試験を受験できるように法改正されています。 ドイツの教育システム (図1参照) では、小学校4年生 (10歳) ドイツは日本と違って、大学に進学する人は全体の2∼3割程 までが基礎学校。卒業時に、進学コースと職人訓練学校、どち 度です。今年5月、連邦教育研究省のヴァンカ大臣が “マイスタ らに進むのか選択をします。割合としては4:6位。ただ実際は ー資格を大学の学士 (バチュラー) と同等と認定する” と発表した 中学校3年位までは基礎勉強をしながら何の職業に就きたいか 位、国を挙げて職業教育を大切にしています。さらにドイツ国 を考え、15∼16歳でどの分野のスペシャリストになりたいかを 内だけでなく、EU全体でもその資格が認められるということで、 決めて職業訓練コースに入ります。職場で週3∼4日実地訓練 マイスターはますます社会的地位が高いものとなっています。 をし、週1∼2日は学校で勉強する 「デュアルシステム」 を受けな 日本人にとって最も大きい問題が言葉の壁。そのためNGES がら、スペシャリストとして認められるゲゼレを目指します。 では、2月の下旬頃から半年間、現地の寮付きの語学学校でド こうして3年間、さまざまな種類のお菓子やパンを作れるよ イツ語を身に付けていただいてからデュアルシステムに入りま うに実地訓練を受け、3年後の7∼8月に実技試験と筆記試験を す。製菓と製パンでは大体週に4日が実地訓練で、1日が職人 受けます。実技は7時間半かけて行い、筆記試験も通ると晴れ 訓練学校。午前中は数学などの基礎勉強をし、午後は各職業 てゲゼレとなります。 に関する専門分野の授業を受けます。ここでの分類ですが、 「製 ゲゼレを取得すると、一人前のプロとして認められます。 給与体系も充実し、十分に食べていけますので、皆が必ずし 菓」 は調理・料理するもので、砂糖の使用量が多い菓子の他に、 カフェで出す料理なども科目に含まれます。一方 「製パン」 は、 小麦粉の使用量がより多いものとなっています。 図1) ドイツの教育システム 日本の教育制度 ドイツの教育制度 小学校 グルントシューレ 小学校1∼4年生 基礎学校 職人訓練学校(工業) 中学校 高等学校 進学コース ギムナジウム 8年間の教育課程 (大学への進学を目指すコース) ハウプトシューレ ※1 5年間の義務教育後期課程 職人訓練学校(手工業) レアルシューレ 6年間の実業学校 職人訓練コース(マイスター準備コース) アウスビルドゥング デュアルシステム ゲゼレ(Geselle)を取得 学士号 大学・ 専門学校 (専門学校、統合学校、行政大学) 修士号 博士号 ※1 30 進学コースと職人コースの間のイメージ 工業マイスター 手工業マイスター マイスター(Meistere)を取得 ※経験を積み、オーバーマイスターとして 活躍するマイスターもいる 「マイスターシューレ」 は、マイスター資格 を取得するための研修先、試験所。マイ スターを目指す受験生は、多くは夏季の 試験に向けて数カ月間ここに通い、朝か ら晩まで実技と筆記の研修を受ける。泊 まり込みの受験生も少なくない 31
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