中学校英語教育で扱われているイントネーションの多様性 ―検定済教科書 New Horizon 準拠 CD の分析― 10353GHU 水 野 由 梨 1. はじめに イントネーションとは、話し言葉のメロディーのことである。英語は、意味を伝える際に日本語よ りもはるかにイントネーションに依存している。たとえば、yes という単語ひとつとっても、いくつも の音調が見られ、それぞれの音調によって発話の意図が変わる。われわれの多くが学校で初めて英語 を学ぶのは中学校の時である。しかし、wh 疑問文は下降調で、yes-no 疑問文は上昇調で読むというこ とを教えられることがあっても、イントネーションについてそれ以上、詳しくは教えられていないと いうのが現在の中学校英語教育の実態である。本稿では、中学校用検定済英語教科書 New Horizon(東 京書籍)準拠 CD を題材としてイントネーションの分析を行い、中学生にイントネーションを教えるべ きであるかについて議論する。 2. 英語のイントネーションと 3 つの T イントネーションに関して、英語の話し手は話す際に繰り返し 3 つの決定をしている。それは、①発 話をどのように分割するか、②どこにアクセントを置くか、③どのトーンを使うか、の 3 つである。こ れらは、それぞれトーナリティ(イントネーション句への分割)(tonality), トーニシティ(核の配置) (tonicity), そしてトーン(tone)と呼ばれ、それぞれの頭文字を取ってイントネーションの 3 つの T と呼 ばれる。 トーナリティは発話をいくつかのイントネーション句 (IP) に分ける。(単縦線 [ | ] および複縦 線 [ || ] は IP 間の境界を示す。複縦線 [ || ] は、一文の終わりを示す。)発話をどのように分割す るかによって、発話の意味が変わることもある。 (1) You can have cheese | salad | or quiche. || (チーズとサラダとキッシュがあります。) (2) You can have cheese salad | or quiche. || (チーズサラダとキッシュがあります。) トーニシティは [ __ ] で示す。(つまり [ __ ] は核の位置を示す。)どこに核が置かれるかによ って話し手が特に主張したい事柄を示すことができる。 (3) I have been teaching English. (私は、(他のどの教科でもなく)英語を教えていました。) (4) I have been teaching English. (私は、英語を(教えていなかったのではなく)教えてい ました。) (5) I have been teaching English. (私は、(今ではく)昔英語を教えていました。) トーンには下降調[\]、上昇調[/]、下降上昇調[\/]、上昇下降調[/\]、平坦調[ ̄]という 5 つの音調が ある。各音調にはそれぞれ意味や使われ方があるので順に述べる。(例えば、(NH 1 p. 2)は、New Horizon 1 の p.2 の本文ということを示す。) 下降調は、最終性、確信性の意味を持つ。 (6) But can I ˈleave a /message? \Sure. (NH 3 p. 60, 61) 上昇調は、質問(yes-no 疑問文)や項目の列挙に見られる音調である。 (7) Are you from /Canada? (NH 1 p. 18) (8) I have /toast | and \milk. (NH 1 p. 41) (最後の項目は通常下降調となる。) 下降上昇調は、不確実性、疑い、要求、要望、留保の意味を持つ。 (9) I ˈhear there are ˈsign language classes at City \/Hall. (NH 3 p. 5) 上昇下降調は、驚きの意味を持つ。 (10) Reporter: Is this your first /time? Becky: Yes, it /\is. (NH 3 p. 15) (11) What a great /\idea! (NH 2 p. 37) 平坦調は、英語で観察される音調の 1 つではあるが、その使用は限定的である。Sorry.や Thank you. がおざなりに発せられた時などにも聞かれる。 3. 分析 ここでは、New Horizon(東京書籍)準拠 CD を分析する。日本の中学校における英語教育では、wh 疑問文は下降調、yes-no 疑問文は上昇調で読むということ以上はイントネーションについて教えられて いないが、実際にはそれ以外にも多くのイントネーションが確認できた。中には中学生にとっては難 しいと思われるものもあった。CD を分析したところ、多くのイントネーションが確認されたが、紙面 の関係上ここではその中の 2 つだけ取り上げる。例えば、再帰代名詞(myself, yourselves など)の用法 である。真の再帰用法で(すなわち、動詞や前置詞の目的語として)使われる場合、再帰代名詞は、通 例、対比的ではなく、それゆえそこにはアクセントが置かれない。 (12) She feels ˈrather ˈpleased with herself. (13) ˈDon’t make a ˈfool of yourself! しかし、強調の用法では再帰代名詞にアクセントが置かれ、対比の意味をもつ。 (14) I have ˈnever eaten ˈchocolate my\/self. (NH 3 p. 25) これはガーナでカカオを栽培している少女リータからイギリスの少年ティムに宛てた手紙の中の一文 である。ティムを含めてチョコレートを食べたことがある他人と自分との対比である。 また、New Horizon 準拠 CD を聞いていると、何かと比較しているわけでもないのに冒頭の主語が目 立って発音されている個所が多々ある。以下が該当例である。 (15) ˈIt makes communication \easier. (NH 3 p. 7) (16) ˈI’m here at the Mi\dori River. (NH 3 p. 14) (17) ˈI use an electronic \dictionary at school. (NH 3 p. 56) このように、音調単位が冒頭の無強勢音節で高く始まる現象は高前頭部(high prehead)と呼ばれ、低く始 めるよりも生き生きと、また強調的に響く。中学校で習うような日常会話レベルの英語であっても、 私たち日本人にとって難解なイントネーションが多々見られた。英語がいかにイントネーションに依 存しているか分かると同時に、英語学習者にとってイントネーションを学ぶことの大切さが分かる。 4. まとめ 文部科学省も示しているように、日本の英語教育は、英語を使ってコミュニケーションを図ることを 目標としている。そのコミュニケーションで重要なのは音声である。英語教科書 New Horizon(東京書 籍)、また、準拠 CD を調べると、ためらいの意味を表す下降上昇調や、驚きを表す上昇下降調等がみら れるにも関わらず触れられていない。「~ね」「~だろ」「~でしょ」のような終助詞を多く持ち、これ によって自分の気持ちを相手に表す日本語と違い、英語は聞き手に対する気持ちをイントネーションに よって表す言語であるため、イントネーションは発話を表す上で重要である。よって、コミュニケーシ ョンを重視するのであれば、教科書に出てくるイントネーションについて教えるべきである。 【主要参考文献】 服部義弘(2012)『音声学』(朝倉日英対照言語学シリーズ 2)朝倉書店. 渡辺和幸(1994)『英語イントネーション論』東京:研究社. Wells, John C. (2006) English Intonation: An Introduction, Cambridge: Cambridge University Press.(長瀬慶來(監訳)(2009)『英語のイ ントネーション』研究社.)
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