論文要旨・審査の要旨

学位論文の内容の要旨
論文提出者氏名
論文審査担当者
論
文
題
目
橋田 之彦
主査 山口 朗
副査 高野 吉郎
中島 友紀
Communication-dependent
mineralization
of
osteoblasts
via
gap
junctions
(論文内容の要旨)
<緒言>
細胞間情報伝達方法の 1 つであるギャップジャンクション(GJ)は、隣接する細胞間で細胞質中
に存在する小分子の直接交流を可能にしている。GJ を構成するタンパクはコネキシン(Cx)と呼ば
れ、ヒトでは 21 種類の Cx が組織特異的に発現している。骨領域においては Cx43 が骨芽細胞や
骨細胞に最も多く発現していることから、Cx43 が骨の形成や恒常性維持に重要な役割を果たし
ていると考えられており、Cx43 の骨芽細胞分化に関する報告が数多くなされている。Fernando
らはコンベンショナルな Cx43 ノックアウトマウスにおいて胎児期に石灰化の遅延、骨芽細胞の
機能抑制が起こることを報告している。近年、Cre-LoxP システムを用いた骨芽細胞系細胞特異
的な Cx43 ノックアウトマウスが確立されフェノタイプの解析が行なわれている。Dong らや
Marcus らは Col1-Cre; Cx43f/f マウス、Dermo1/Twist2-Cre; Cx43f/f マウスの解析をそれぞれ行
っており、共に骨髄腔の拡大と皮質骨の菲薄化が起こることを報告している。さらに OCN-Cre
マウスとかけ合わせて、骨芽細胞の分化段階後期に骨芽細胞特異的 Cx43 がノックアウトされる
マウスでは骨髄腔の拡大や皮質骨の菲薄化は認められるが、より緩やかな表現型を示したことも
報告されており、骨芽細胞のある特定の分化段階で、Cx43 は骨形成に関与している可能性が示
唆される。ヒトにおいても Cx43 変異によって起こり、頭蓋顔面骨変形および手足異常を特徴と
する眼歯指症候群(ODDD)が知られており、モデルマウスの解析では骨格の形態異常が報告され
ている。これらの結果から、GJ を介した細胞間コミュニケーションが骨芽細胞分化に関与して
いる可能性が示唆されている。しかしながら、Cx43 が骨形成をどのようなメカニズムで制御し
ているかについては未だに明らかにはされていない。本論文において、我々は骨芽細胞系細胞特
異的に Cx43 をノックアウトするために Osx1-Cre;Cx43f/f マウスを作成し、フェノタイプを解析
した。その結果、大腿骨における骨髄腔の拡大と皮質骨の菲薄化を認めた。さらには in vitro で
の骨芽細胞の Cx43 のノックアウトを誘導する系を確立し、Cx43 によって構成される GJ を介し
た細胞間コミュニケーションが Bone morphogenetic protein 2(BMP-2)刺激による骨芽細胞に重
要であることを証明した。
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<材料と方法>
生後 0 日目の Cx43f/f マウス(WT)と Osx1-Cre;Cx43f/f マウス(cKO)の頭蓋骨の石灰化をアリザリ
ン染色で観察した。また、生後 10 週目の WT マウスと cKO マウスの大腿骨の形態計測にはμ-CT
を用いた。次に、ERT2-Cre;Cx43f/f マウスの頭蓋骨から単離した骨芽細胞を 4-ヒドロキシタモキ
シフェン(4-OHT)で 3 日間処理することにより Cx43 のノックアウトを誘導した。その後アスコ
ルビン酸(AA)または BMP-2 で骨芽細胞の分化を誘導し、骨芽細胞における Cx43 ノックアウ
トの影響を調べた。Cx43 の発現は定量的 PCR(qPCR)とウエスタンブロッティングでそれぞれ確
認した。骨芽細胞分化の指標としてオステオカルシン(OCN)と骨シアロ蛋白(BSP)の遺伝子発現
を qPCR で調べ、
骨芽細胞石灰化の定量はアリザリンレッド染色法を用いた。
野生型 Cx43(382aa)
および N 末端変異型 Cx43(382aaG2V)発現ベクターを PCR 法にて作製し、骨芽細胞への遺伝子
の導入はレンチウイルス法を用いた。細胞間コミュニケーション機能の測定は FRAP(蛍光褪色回
復法)を用いた。BMP-2 による骨芽細胞の遺伝子発現変化はマイクロアレイ法および qPCR にて
解析した。
<結果>
Osx1-Cre;Cx43f/f マウスを用いて骨芽細胞特異的に Cx43 をノックアウトしたマウスでは、WT
マウスと比較して頭蓋骨石灰化の低下が認められた。μ-CT 解析では WT マウスと比較して cKO
マウスの大腿骨は骨髄腔の拡大、皮質骨の菲薄化が認められた。次に、ERT2-Cre;Cx43f/f マウス
の頭蓋骨から分離し、in vitro での Cx43 のノックアウトを誘導した骨芽細胞では、Cx43 のノッ
クアウトを誘導していない骨芽細胞と比較して AA 刺激による石灰化、骨芽細胞分化マーカーで
ある OCN、BSP の発現には差が認められなかった。一方、BMP-2 刺激による石灰化では、Cx43
のノックアウトを誘導した骨芽細胞の石灰化や OCN および BSP の遺伝子発現は抑制された。さ
らに、Cx43 のノックアウトを誘導した骨芽細胞に野生型 Cx43(382aa)またはコミュニケーショ
ン能力を欠く N 末端変異型 Cx43(382aaG2V)を遺伝子導入したところ、野生型を遺伝子導入した
骨芽細胞では細胞間コミュニケーションと BMP-2 刺激による石灰化が回復したのに対し、変異
型を遺伝子導入した細胞ではそれらの回復は認められなかった。マイクロアレイ法により BMP-2
のシグナル伝達経路である Smad 経路の遺伝子発現を調べたところ、BMP-2 刺激によって発現
が上昇される Id-1、Sp7、Smad6、Smad7、Hey1 の遺伝子発現は Cx43 のノックアウトを誘導
した骨芽細胞では抑制され、qPCR でも同様の結果が得られた。
<考察>
今日までに様々な分化段階で Cx43 を発現抑制した骨芽細胞の性状が解析され、Cx43 が骨の恒
常性維持に重要であることが報告されている。今回我々は初めて Osx1-Cre;Cx43f/f マウスの解析
を行い、大腿骨における骨髄腔の拡大と皮質骨の菲薄化を認め、骨芽細胞特異的 Cx43KO は骨形
成に抑制的に働くことを示した。これらのフェノタイプは過去に報告された Col1-Cre; Cx43f/f マ
ウス、Dermo1/Twist2-Cre; Cx43f/f マウスのフェノタイプに関する報告と一致している。さらに
我々は ERT2-Cre;Cx43f/f マウスを用いて in vitro で骨芽細胞における Cx43 のノックアウトを誘
導する系を確立し、BMP-2 刺激による骨芽細胞分化が Cx43 のノックアウトにより抑制されるこ
とを示した。過去にも Cx43 を mi206 で発現抑制すると BMP-2 誘導による骨芽細胞分化の抑制
が起こるとの報告や、ギャップ結合を介したコミュニケーションを阻害するワーファリン、18-α
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グリチルリン酸(AGA)によって BMP-2 誘導での骨芽細胞分化が抑制されるとの報告があるが直
接証明には至っていない。我々は Cx43 をノックアウトした骨芽細胞に野生型 Cx43 を発現させ
る事で骨芽細胞の石灰化抑制がレスキューされる事を確認した。また、N 末端変異型 Cx43 には
その作用はなかった。これらの結果は Cx43 の主要な役割であるギャップ結合形成による細胞間
コミュニケーションが BMP-2 刺激による骨芽細胞分化に重要である事を直接証明するものであ
る。BMP-2-Smad 経路は BMP-2 が BMPRⅠ、BMPRⅡに結合し、BMPRⅠが活性化する。活
性化された BMPRⅠは Smad1/5/8 をリン酸化し、Smad4 と結合して三量体を形成し、核内に移
行することで Id-1 などの標的遺伝子の転写を制御する。また、Smad6 はネガティブフィードバ
ック的に Smad1/5/8 のリン酸化を抑制する。我々は骨芽細胞に Cx43 ノックアウトを誘導する事
による BMP-2 刺激後の遺伝子発現の変化をマイクロアレイによる網羅的遺伝子解析を行って調
べた。その結果、Cx43 をノックアウトする事により BMP-2 シグナルの下流にある遺伝子発現が
著明に低下していることを見いだした。GJ を介した細胞間コミュニケーションの主な役割は、
細胞間で細胞質低分子を均一にする事であり、その1つに細胞間をカルシウムが伝播していく
calcium wave が知られている。GJ がある事によって、骨芽細胞内のある集団が石灰化を開始し、
未知の石灰化シグナルが他の細胞に GJ を介して伝播する事で石灰化が全体に及ぶ可能性が考え
られた。
<結論>
GJ を介した細胞間コミュニケーションが BMP-2 刺激による骨芽細胞分化に重要な役割を果た
していることが示唆された。
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論文審査の要旨および担当者
報 告 番 号
甲 第 4660 号
論文審査担当者
論 文 題 目
橋田 之彦
主 査
山口 朗
副 査
高野 吉郎 中島 友紀
Communication-dependent mineralization of osteoblasts via gap junctions
(論文審査の要旨)
生体のあらゆる組織、臓器はその組織としての恒常性を維持するため、隣接する細胞間に様々な形態
の結合を有している。その中でもギャップジャンクション(GJ)は 1 キロダルトン以下のイオンやセカン
ドメッセンジャーなどの細胞間移動を可能にしており、コネキシン(Cx)と呼ばれる膜貫通型タンパク質
の 6 量体で構成されている。骨を構成している骨芽細胞や骨細胞などには主に Cx43 が発現しており、
骨の恒常性維持に重要な役割を果たしていると考えられている。これまでに Cx43 と骨形成、骨吸収、
それらに関連する様々なホルモンや成長因子との関係についての報告がされている。また、global に
Cx43 をノックアウトしたマウスや、骨芽細胞特異的に Cx43 をノックアウトしたマウスが作製され解析
が行なわれており、骨形成の低下や骨芽細胞分化の遅延、機能変化が報告されているがその詳細なメカ
ニズムは未だに明らかにされていない。
このような背景から橋田は、骨芽細胞分化における Cx43 の役割とそのメカニズムを解明することを
目的とし解析を行った。
生後 0 日目の Cx43f/f マウス(WT)と Osx1-Cre;Cx43f/f マウス(cKO)の頭蓋骨の石灰化をアリザリン染色
で観察した。また、生後 10 週目の WT マウスと cKO マウスの大腿骨の解析にはμ-CT を用いた。次に、
ERT2-Cre;Cx43f/f マウスの頭蓋骨から単離した骨芽細胞を 4-ハイドロキシタモキシフェン (4-OHT)で 3
日間処理することによって Cx43 のノックアウトを in vitro で誘導可能な系を構築した。この in vitro
の系を用いてアスコルビン酸(AA)または BMP-2 で骨芽細胞の石灰化を誘導し、骨芽細胞における Cx43
ノックアウトの影響を調べた。Cx43 の発現は定量的 PCR(qPCR)とウエスタンブロッティングでそれぞ
れ確認した。骨芽細胞分化の指標としてオステオカルシン(OCN)と骨シアロ蛋白(BSP)の遺伝子発現を
qPCR で調べ、骨芽細胞石灰化の定量はアリザリンレッド染色法を用いて行なった。野生型 Cx43(382aa)
および N 末端変異型 Cx43(382aaG2V)発現ベクターを PCR 法にて作製し、骨芽細胞への遺伝子の導入
はレンチウイルス法を用いた。細胞間コミュニケーション機能の測定は FRAP(蛍光褪色回復法)を用い
た。BMP-2 による骨芽細胞の遺伝子発現変化はマイクロアレイ法および qPCR にて解析した。
橋田の実験計画は Cx43 の骨形成への影響を検討するために必要な手法を計画的に用いて遂行されて
おり、骨芽細胞石灰化における Cx43 の役割とそのメカニズムを検証しうる実験系を構築している。
( 1 )
橋田は、研究結果として以下のことを明らかにした。
Osx1-Cre;Cx43f/f マウスでは、WT マウスと比較して頭蓋骨石灰化の低下が認められ、μ-CT 解析で
は WT マウスと比較して cKO マウスの大腿骨は骨髄腔の拡大、皮質骨の菲薄化が認められた。また、
ERT2-Cre;Cx43f/f マウスの頭蓋骨から分離し in vitro での Cx43 のノックアウトを誘導した骨芽細胞
では、Cx43 のノックアウトを誘導していない骨芽細胞と比較して AA 刺激による石灰化、骨芽細胞分
化マーカーである OCN、BSP の発現には差が認められなかった。しかし BMP-2 刺激による石灰化で
は、Cx43 のノックアウトを誘導した骨芽細胞の石灰化や OCN および BSP の遺伝子発現抑制が確認
された。さらには Cx43 のノックアウトが誘導された骨芽細胞に野生型 Cx43(382aa)または N 末端変
異型 Cx43(382aaG2V)を遺伝子導入したところ、野生型を遺伝子導入した骨芽細胞では細胞間コミュ
ニケーションと BMP-2 刺激による石灰化が回復したのに対し、変異型を遺伝子導入した細胞では共
に回復は認められなかった。マイクロアレイ法により BMP-2 のシグナル伝達経路である Smad 経路
の遺伝子発現の解析を行ったところ、BMP-2 刺激によって発現が上昇される Id-1、Sp7、Smad6、
Smad7、Hey1 の遺伝子発現は Cx43 のノックアウトを誘導した骨芽細胞では抑制され、qPCR でも同
様の結果であった。
本研究では、橋田は Osx1-Cre;Cx43f/f マウスの解析を行い、頭蓋骨では石灰化の低下を、大腿骨で
は骨髄腔の拡大、皮質骨の菲薄化を認めたことから骨形成に抑制的に働く可能性を示した。これらの
フェノタイプは過去に報告された Col1-Cre; Cx43f/f マウス、Dermo1/Twist2-Cre; Cx43f/f マウスのフ
ェノタイプに関する報告と一致している。さらには BMP-2 誘導による骨芽細胞分化において Cx43
が構成する GJ のコミュニケーションが重要な役割を行うことを考察している。これは 1) 骨芽細胞を
アスコルビン酸で処理した際には Cx43 発現は骨芽細胞石灰化に影響は認められなかったこと、2)
BMP-2 刺激による石灰化では、
Cx43 のノックアウトを誘導した骨芽細胞の石灰化や OCN および BSP
の遺伝子発現抑制が確認されたこと、3) Cx43 のノックアウトが誘導された骨芽細胞に野生型
Cx43(382aa)を遺伝子導入した骨芽細胞では細胞間コミュニケーションと BMP-2 刺激による石灰化
が回復したのに対し、変異型 Cx43(382aaG2V)を遺伝子導入した細胞では回復は認められなかったこ
とに基づくものである。さらに、マイクロアレイ法および qPCR によって、BMP-2 刺激により発現が
上昇する遺伝子は Cx43 のノックアウトを誘導した骨芽細胞で発現抑制が確認されたことから、GJ が
BMP-2-Smad 経路に重要であることが考察されており妥当である。
以上のように、
橋田は GJ を介した細胞間コミュニケーションが BMP-2 刺激による骨芽細胞石灰化、
分化に重要な役割を果たしている可能性を提示した。
本研究の成果は高く評価され、基礎および臨床歯学の発展に大いに寄与することが期待される。し
たがって、本論文は博士(歯学)の学位を申請するに十分値するものと認められた。
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