Title 現代日本における階級格差とその固定化 - HERMES-IR

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現代日本における階級格差とその固定化 : その一∼社会
の階層性とその経済的社会的条件∼
渡辺, 雅男
一橋大学研究年報. 社会学研究, 31: 35-152
1993-09-30
Departmental Bulletin Paper
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http://hdl.handle.net/10086/9554
Right
Hitotsubashi University Repository
現代日本における階級格差とその固定化
現代日本における階級格差とその固定化
その一∼社会の階層性とその経済的社会的条件∼
目 次
− 経済的階層格差の実態
序 問題の提起
− 所得の格差について
ω 社会と企業の格差
③ 家計の所得格差
2 課税と福祉の格差について
ω 社会と企業の福祉格差
⑭ 社会保障における格差
渡 辺 雅 男
一橋大学研究年報 社会学研究 31
3 賃金の格差について
qD 労働賃金と役員報酬
4 資産の格差について
⑭ 労働賃金の格差
ω 企 業 の 富 と 社 会 の 富
ω 国民資産の格差
5 株式所有の格差について
m 株式所有の法人株主への集中
㈹ 個人株主における集中
− 階層格差の社会的固定化
1 社 会 移 動 に つ い て
ω 強制移動と社会移動
ω 世代間移動と世代内移動
⑥ 現代イギリスの社会移動
2 学校教育について
㈲ 小 括
ω ﹁教育機会の拡大﹂と格差
③ 高 校 で の 格 差
⑥ 大 学 で の 格 差
㈲ 東京大学の例
36
現代日本における階級格差とその固定化
現代イギリス に お け る 高 等 教 育 格 差
小 括
序 問題の提起
ス︶よりもずっと前に、ブルジョア歴史家たちはこの階級闘争の歴史的な発展を、そしてブルジョア経済学者たちは
代社会理論は、階級社会論の豊かな前史をもっている。﹁階級社会論者﹂であるマルクスもいうように、﹁僕︵マルク
しかし、社会が階層化された階級社会であるという認識は、改めて発見されるほどの社会科学的知見ではない。近
れ、﹁中産階級﹂の解体と﹁階層社会﹂の再発見がいまさらのように喧伝されている。開放感から閉塞感への社会意
︵1︶
識の転換が事態の背後にあることは、だれの目にも明らかである。
や、その説得力を失いつつある。その一方で、マスコミでは、大衆消費時代にかわる﹁階層消費﹂時代の到来が語ら
日本が﹁平等社会﹂であるという、戦後永く信じられてきた神話は、人々が社会の﹁豊かさ﹂を問い直しはじめる
通して確認することにある。
本稿の直接的課題は、現在の日本社会が構造的に階層化された社会であるという事実を経済的社会的条件の検討を
語(6)(5
諸階級の経済学的な解剖を記述している﹂のであり、マルクスの同時代人を考えてみても、例えばローレンツ・フォ
︵2︶
ン・シュタインのようなマルクス主義の理論的敵対者でさえ、確信的な﹁階級社会論者﹂であった。その後、マック
37
結
一橋大学研究年報 社会学研究 31
ス・ウェーバーの経済社会論のなかでも、階級概念は身分や党派とならんで、重要な役割を担っている。
こうした古典的伝統にもかかわらず、今日、社会の階層化や﹁階級社会の発見﹂が新鮮に語られるとすれば、それ
は、わが国の特殊的事情、なによりも、こうした近代階級社会論の歴史が社会科学の分野で見失われて久しいという
事実、階級社会の実態に敏感であるべき階層研究と、階層社会の現実に批判的であるべき階級研究とが停滞と行き詰
まりの状態にあるという特殊日本的事情とがあるからである。とりわけ、この事態がマルクス主義と反マルクス主義
のイデオロギi的対立のなかで生み出されたことは、特筆されてよいだろう。社会に潜む階級闘争と階級的利害とを
暴露することがもっぱらマルクス主義社会科学者の主要な問題関心であったはずであるにもかかわらず、わが国のマ
ルクス主義社会科学は、そのエネルギーをもっぱら階級構成表の作成作業︵国勢調査統計の人口論的組み替え︶や、
﹁境界問題﹂ともいうべき概念詮索に集中させて、結果的に階級論を現実的社会分析から大きく後退させた。それど
ころか、資本主義経済の支配者を求めて理論的模索を続けたマルクス主義経済学は、それを階級のような人格的主体
︵3︶
ではなく﹁会社それ自体﹂といった非人格的主体のうちに見るべきであるとして、階級概念の放棄さえ暗に主張して
いる。他方、わが国の講壇社会学は、階級概念を葬り去るという反マルクス主義社会科学者の務めを忠実に果して、
階級概念を階層概念で置き換えたが、それを本来位置づけるべき歴史的社会理論を欠いていた。事実、大量の社会学
者を動員して戦後一貫して行なわれてきた﹁社会階層と社会移動﹂︵SSM︶全国調査が、今日、﹁問題なのはむしろ
社会学者における﹃︿実証﹀と︿理論﹀の概念化﹄のしかたであり、そこにおける﹃モデル概念﹄の欠如である﹂と
反省せざるをえないのも、また、彼らのあいだでの統計分析技法への行き過ぎた関心によって﹁階層研究はいま率直
に言って、これから進むべき道を見失っており、ある種の空しさを伴うようになってきている﹂と告白せざるをえな
いのも、なによりもその行き詰まりが深刻であるからに他ならない。
︵4︶
38
現代日本における階級格差とその固定化
どちらの側にも共通するこうした状況のなかで、考えられる問題解決の糸口は階層社会の実態分析を階級社会論の
歴史的文脈に投げ返すことである。だから、本稿のさしあたりの課題が階層化された現実社会の実態を明らかにする
ことであるとしても、究極の課題は、そうした階層化の現実をもたらした階級社会のあり方を問い直すことでなけれ
ばならない。もちろん、階層社会を階級社会としてとらえ直すには、さまざまの媒介的な手続きを必要とし、ある場
合は社会認識において質的飛躍を覚悟しなければならない。このことがどれほど特殊日本的状況であるとしても、そ
のための必要な手順としてまずさしあたり階層格差の実態解明から議論を出発させることは妥当なものとして広く認
められるべきであろう。階層とは、この段階では、同種の先行諸研究に従い、社会的な広がりをもった同一の経済的
集団︵職業階層︶という社会統計的意味に理解しておいてもよい。階級と階層の理論的概念的区別が問題になるのは、
いましばらく後のことである。
さらに、この場合、階層間の格差はつねに相対的なものと考えられなければならない。かつて、マルクスは﹃賃労
働と資本﹄のなかにつぎのような一節を残した。
﹁家は、大きくても小さくても、そのまわりの家々が同じように小さければ、住宅にたいする社会的な要求をすべて
満たす。しかし、小さな家のそばに大邸宅が建てられると、その小さな家はあばら家にちぢんでしまう。そうなると
その小さな家は、そこに住んでいる人が要求権を全然もっていないか、もっていてもごくわずかだということの証明
になる。そして、文明の進むにつれてその家がどんなに大きくなっていこうと、隣の邸宅が同じ程度に、あるいはそ
れ以上にさえ大きくなるなら、比較的に小さい家に住んでいる人は、わが家の四つの柱に囲まれて、不快と不満と窮
︵5︶
屈さの感じをますます強くするであろう。﹂
階層社会の格差をもっともシンボリックに表現するこの一節が今日においてもなおその直接的インパクトを失わな
39
一橋大学研究年報 社会学研究 31
い秘密は、住宅問題が讐として取りあげられている妙だけでなく、格差と窮乏の相対性をみごとに言い当てているこ
とにある。世界的な規模では絶対的意味での格差や窮乏が依然問題であるにしても、少なくとも主要な資本主義諸国、
とりわけ日本の社会的現実をとらえる鍵は﹁平等社会﹂神話の崩壊の事実であり、階層社会の再発見をもたらした現
と同時に、この一節がいまだ失わぬ現代的意義は、平等という概念を﹁機会の平等﹂という観点からではなく、
実である。そして、それこそ、相対的窮乏化の現実なのである。
﹁結果の平等﹂という観点から取り扱っている点にもある。競争へ参加する機会をいくら平等にしたところで、競争
に参加する以前に課せられた条件に不平等が存在していれば、あるいは競争を戦う際の条件に不平等が存在していれ
ば、あるいは、競争の特殊歴史的形態を不問に付して前提とするならば、そのことは結果の不平等を合理化するだけ
のことである。この場合、個人の努力と好運とでいかなる社会移動も可能であると最きかける﹁アメリカン・ドリー
ム﹂すなわち﹁機会の平等﹂は、﹁権力、富、生活保障における格差是正﹂を目指すヨーロッパ的﹁平等﹂理解すな
︵6︶
わち﹁条件の平等﹂と著しい対照を為していることに注目しなければならない。そして、本稿が問題にしているのは、
﹁機会﹂の格差ではなく、﹁条件﹂の格差でもなく、それらが究極において実証される﹁結果﹂の格差である。
では、こうした社会的不平等に注目した場合、問題はどのような部面に、どのような性格のものとして現われてく
るだろうか。さしあたり考えられるのが、経済的格差であり、社会的格差であり、文化的格差であり、政治的格差で
ある。つまり、経済的富の生産と分配をめぐる格差、社会的立場の確保と独占をめぐる格差、文化的イデオロギーの
形成と支配をめぐる格差、政治的権力の行使と独占をめぐる格差である。しかも、このうちもっとも基礎となるのが
経済的格差であり、生活の物質的基礎条件が不平等に分配されている現実である。本稿第−部では、この経済的格差
が明瞭にあらわれる領域として、1 所得格差、2 福祉格差、3 賃金格差、4 資産格差、5 株式所有格差を
40
取りあげる。
ついで本稿は、こうした格差の社会的固定化の問題に向かう。社会移動がどれだけ固定的であるか、その固定化に
以上の課題は公表された官庁統計を軸に取り組まれる。
︵1︶ 小沢雅子﹃新・階層消費の時代﹄、日本経済新聞社、一九八五年
小沢雅子・岸本重陳・神崎倫一︵座談会︶﹁﹃中産階級﹄の解体が始まった﹂、﹃エコノ、、、スト﹄一九八七年一
暉峻淑子﹃豊かさとは何か﹄、岩波新書、一九八九年
野田正彰・杉山光信︵対談︶﹁なぜ階層化、二世現象が進むのか﹂、﹃エコノ、・・スト﹄一九九〇年五月一五日
今田高俊﹁平等社会神話の崩壊﹂上・下、﹃エコノミスト﹄一九九〇年五月一五日、二二日
から明らかにされている︵総務庁﹁青少年の連帯感などに関する調査﹂一九九〇年度︶。
一月三日
下野恵子﹁新たな階級社会の出現﹂﹁朝日新聞﹄一九九二年三月二一日、夕刊
そして、今や、青少年のあいだで﹁貧富の差﹂が社会的不満感の原因として意識されるようになったことが 、最近の調査
︵2︶ 拙稿﹁初期ローレンツ・フォン・シュタインの階級社会論﹂﹃一橋研究﹄5巻3号、一九八○年一二月
︵3︶ 経済理論学会編﹃現代巨大企業の所有と支配・経済理論学会年報第23集﹄、青木書店、一九八六年
︵4︶ 一九八五年社会階層と社会移動全国調査委員会﹃一九八五年社会階層と社会移動全国調査報告書.第1巻.社会階層の構
造と過程﹄一九八 八 年 一 二 月 、 序 文
悼
︵5︶ ζ震図函品色ω毛①詩ρωPρoo﹂=︵邦訳﹃全集﹄第六巻、四〇七頁︶
︵6︶旨≦8§の窪巳雪α一,沁Φω一㊦﹃響Ω器ωぎ09葺巴凶ω一ω09Φ蔓’ro区o巨=。ヨoヨ固目﹂。刈㎝もP卜。。。一
41
社会移動の制度化された経路である教育がどれほど与って力があるかを明らにするのが第H部の課題である。
現代日本における階級格差とその固定化
経済的階層格差の実態
1
推移がつぎの表である。︵1−1・3表︶
企業の利益と労働者の賃金との伸びの違いのなかでこれを見てみよう。一九八二年を一〇〇としたときの年度別の
分配率である。これにたいし、企業利益はどのような動きを示してきたか。
どの国と比べても、またどの年を取っても︵一九八七年のイギリスとの比較を唯一の例外として︶、日本は最低の
代表させてとらえてみよう。まず、労働分配率の国際比較を示すつぎの表である。︵1−1・2表︶
イ﹂をどのように分け合っているのだろうか。労働者の取り分を労働分配率で、企業の取り分を法人企業経常利益で
ここまで長時間働かせられた日本の労働者と、ここまで長時間労働者を働かせた日本の企業は、生産された﹁パ
るところである。
い労働時問と高い労働密度が結果的に﹁過労死﹂へと結びついていった道筋は近年多くの論者によって広く指摘され
に見合うことのない最低の労働分配率であろう。まず、前者から見てみよう。︵1−1・1表︶
︵1︶
﹁労働白書﹄に公表されたこのデータは現実からみて控えめに表わされたものでしかないが、それでも、こうした長
あるが、そのことを明瞭に示すデータは、第一に、主要資本主義国のなかで突出して長い労働時間と、第二に、それ
日本が市民社会の貧困と企業社会の富裕を著しい特徴としていることは、近年さまざまな機会に指摘される事実で
ω 社会と企業の格差
1 所得の格差について
一橋大学研究年報 社会学研究 31
42
現代日本における階級格差とその固定化
1−1・1表 労働時間の国際比較
(推定値,原則として製造業生産労働者,1988年)
(単位=時間)
日 本
アメリカ
イギリス
西ドィツ
フランス
2189
1962
1961
1642
1647
所定内労働時間
1936
1759
1774
1559
所定外労働時間
253
203
187
83
総実労働時間
一
一
(『労働白書』,1990年度版,II−70表から)
資料出所 労働時間にっいてはEC及び各国資料,労働省賃金時間部労働時間課推計,
注1 フランスの所定外労働時間は不明、
2 事業所規模は日本は5人以上,アメリカは全規模,その他は10人以上.
3 常用パートタイム労働者を含む
1−1・2表 労働分配率(調整済)*の国際比較
1975
76
78
77
79
80
81
82
83
85
84
日 本
80.9 80.4 80.3 78.5 78.5 76.9 78.0 77.9 78.5 77.8
アメリカ
81.5 81.1
80.3 80.0 8D.4
8LO
772
86
88
87
77.2 77.9 77.6
80.1 81.4 79.9 79.2 79.5 79.6 79.7 79.7
イギリス
86.3 82.9 82.3 81.2 82.5 85.2 84.8 83.8 80.4 79.6 78.7 80.0 77.1
西ドイツ
9L3
フランス
88.4 89.4 88.2 88.2 87.9 88.3 89.1 89.9 89.9 88.8 87.7 85.0 84.8
90.8 91.2 90.2
896
90.0 89.2 88.8 88.5 87.4 87.3
882
一
一
一
一
* 雇用者所得構成比:雇用者所得/(国民所得一個人企業所得)
経済企画庁『経済白番』1990年度版,p,534
1−1・3表企業利益と名目賃金の推移
1982
83
84
85
86
87
88
89
90
企業利益
100
112.3
132.5
137.7
135.5
172.9
217.3
249.2
232.0
名目賃金
100
102.8
106.5
109.4
112.4
114.6
118.6
123.5
129.4
企業利益〔法人企業経常利益〕(資料出所:大蔵省『法人企業統計季報』)
注 金融・保険を除く資本金1000万円以上の全法人企業)
名目賃金(資料出所:労働省『毎月勤労統計調査報告』)
注 30人以上の事業所,全産業
43
一橋大学研究年報 社会学研究 31
87.4(63.7)
60.5(68.5)
41.4(74.1)
25.9(72.5)
価償却費
21.5(26.9)
5.4(7.8)
年 度
1985
1986
1987
1988
役員賞与
5.0(1.6)
5.1(1,6)
5.4(14)
7.0(1.6)
当 金
8,0(9.0)
92(9.0)
L8(84)
部留保
2.8(16.9)
9.9(15,3)
2.5(21.7)
95.8(69.3)
79.6(71.9)
75.7(7L7)
62.9(69.2)
46.9(61.5)
価償却費
6.1(9.2)
5.6(19.7)
年 度
ト1・4表 企業の利益処分の推移(単位:千億円,括弧内:構成比)
1980
1981
1982
1983
1984
役員賞与
5,4(2.3)
52(2.2)
4,7(L9)
4.5(1.8)
5.0(L8)
当 金
3.7(9.9)
5.0(10,6)
4.1(9£)
5.0(10,0)
部留保
2.9(26.3)
2.4(18.0)
0.7(16,6)
0.8(16.3)
『経済白書』(1990年度版),第3−2−3図の資料,p.536
企業利益が二・三倍に増えるなかで、名目賃金は一・三倍の伸びに留ま
っている。一方の家︵賃金︶がどんなに大きくなっていこうと︵丁三
倍︶、隣の邸宅︵企業利益︶がそれ以上に大きく︵二二二倍︶なるなら、
比較的に小さい家に住んでいる人︵労働者︶は、わが家の四つの柱に囲ま
れて、不快と不満と窮屈さの感じをますます強くするであろう。さきに引
用したマルクスのこの言葉は、企業利益という邸宅の傍らに頼りなげに惇
む兎小屋の哀れさを如実に表現する。
では、企業によって獲得された社会の富は、どのように﹁処分﹂されて
いるのだろうか。︵1−1・4表︶
企業がその収益増加分に見合う割合を労働者に分配することをせず、株
主や役員にたいしては収益増加分に見合う割合を配分してしまえば、残る
﹁処分﹂先は蓄積しかない。﹁蓄積せよ、蓄積せよ! これが、モーゼの言
葉であり、予言者の言葉である﹂、こう喝破したのは、一三〇年も前のマ
ルクスであったが、彼の言う﹁蓄積のための蓄積、生産のための生産﹂と
いう﹁ブルジョア時代の歴史的使命﹂は一九九〇年の今も﹃経済白書﹄
︵同年度版︶によってつぎのように追認されている。﹁結局、企業収益の大
︵2︶
幅な増加は、内部留保として企業内に蓄積されてきたことになる﹂。つま
り、﹁成長のための成長、蓄積のための蓄積﹂、これが現代日本社会の原理
44
現代日本における階級格差とその固定化
であり、現実なのであり、一〇〇年以上経ても変わることない資本主義の原理なのである。
︵1︶ 第一に、これにはいわゆる﹁サービス残業﹂ の実態が反映していないからであり、第二に、超過密に凝縮された労働密度
が表わされていないからである。
︵2︶ ﹃経済白書﹄、一九九〇年、二八八頁
働 家計の所得格差
企業が肥え太り、国民は痩せ細っている。これはよく聞くエレジーの一節である。だが、こうした通俗的思い込み
とは反対に、国民は平等に痩せ細っているわけではない。家計単位で所得格差を調べ、どれほどの格差がそこに発見
できるか、検討してみよう。
その際、調査単位は世帯︵家計︶であるので、主要な資料としては、①﹃家計調査﹄︵総務庁統計局︶、②﹃国民生
活基礎調査︵旧国民生活実態調査︶﹄︵厚生省︶、③﹃就業構造基本調査﹄︵総務庁統計局︶が考えられる。このうち、
①は全国の消費者世帯を対象にしているが、農林漁家と単身者世帯を除いており、﹁その調査事項が細かいため、ほ
んとうの低所得層や高所得層は拒否する世帯が多く、これらを除いた中間層的な性格が強いので、参考指標として考
えていく外はない﹂といわれる。②の調査対象は、単身者世帯も含み、﹁低所得層の捕捉率は高いといわれているが
︵−︶ 、
高所得層の捕捉には依然問題が残る﹂ことが指摘されている。③も全世帯を対象とした調査であるが 一九七九年以
︵2︶ 、
降直接所得金額を調査することを止めて、所得階級別の所属を調査するだけになったので、利用価値はあまり大きく
はない。
45
一橋大学研究年報 社会学研究 31
1−1・5表 所得4分位階級別にみた当該所得のある世帯割合(1988年)
5.7
.5
.6
0.3
.6
.0
.1
.1
3.9
3.5
.2
.8
6.6
.9
.2
.6
.1
.9
.0
.7
.6
.3
5.8
4.7
3.7
3.4
9.2
8.3
4.0
43.1
IH皿W
2.6
2.9
4.8
8.0
8.6
2.4
33.4
14.1
79.8
総 数
14.8
L9
2.4
得
2.8
47.7
7.6
給付金
仕送り
その他の所得
年金以外の社会保
財産
農耕畜 家内労 公的年
所得
所得
所得
得
事業
得
雇用者
階級
所得4分
(厚生省『国民生活基礎調査』1988年版,p.136,表6)
統計資料にこのような限界があるにせよ、官庁統計によって世帯ごとの所得格差の
ある傾向ないし趨勢を示すことは可能である。
まず第一に、所得四分位階級別にみた当該所得のある世帯の割合を示す﹃国民生活
基礎調査﹄のつぎの表を見てみよう。この表は、所得額のレベルによって、どのよう
な種類の所得を得る機会が多いかを示したものである。︵1−1・5表︶
所得の種類別に当該所得のある世帯の割合をみた場合、第−四分位︵全体の二五%
を占める最低所得層︶で雇用者所得を受け取っている世帯の割合は四七・七%であり、
各階級を通じてもっとも少ないのにたいし、公的年金所得を受け取っている世帯は四
三.一%と全階級でもっとも多い。これにたいし、第W四分位︵全体の二五%を占め
る最高所得層︶では、雇用者所得を受け取っている世帯の割合も最高なら︵九五・
八%︶、財産所得を受ける世帯の割合は、他の階級を大きく引き離している︵一五・
七%︶。ここから、低所得階級ほど雇用者所得を受けられずに公的年金や恩給に頼る
率が高く︵四三二%︶、高所得階級ほど、雇用者所得を確実に受け取ながら、なお
かつ財産所得も享受する率が高い︵一五・七%︶という傾向的事実が浮かび上がって
くる。
では、第二に、世帯所得の格差を﹃家計調査﹄と﹃国民生活基礎調査﹄の二つの資
料によって見てみよう。
まず、前者にもとづく家計所得格差である。︵1−1・6表︶
46
現代日本における階級格差とその固定化
1−1・6表 年間収入十分位階級別1世帯当り年平均収入(全世帯)の推移
単位’万円
1975
1980
1 ■
皿 w
V Vl
V旺 田
D【 X
116
184
236
306
529
1986
1987
1988
1989
1990
449 514
579 667
599 694
609 710
634 733
656 755
688 797
354 398
449 510
463 525
470 534
491 558
510 578
532 607
276 314
336 390
346 405
355 411
368 430
382 447
399 467
153 229
178 274
187 282
202 291
209 303
215 314
217 324
1985
言十
1371
4268
621 960
795 1231 5409
839 1318
853 1327
879 1340
911 1448
962 1530
5658
5762
5945
6216
6523
総務庁統計局『家計調査年報』 各年度版
1−1・7 世帯所得の配分の推移
22.5
23.3
23.5
20%
38.6
37.0
37.5
38.1
37.8
37.3
38.0
38.2
30%
一
49.1
49.8
50.4
50.2
49.7
50.1
50.4
40%
60.9
59.6
60.5
61.0
60.7
60.3
60.6
6LO
一
31.1
30.1
29.7
30.0
30.3
30.1
29.7
一
15.4
14.6
14.4
14.7
14.8
14.7
14.4
最も貧困な下位50%が全所得
何%を受け取るか
30%
8.5
20%
一
この資料をもとに計算する
と、つぎの表が得られる。
︵1−1・7表︶
ここでいう全世帯とは、単
身者世帯と農林漁業世帯を除
いた、勤労世帯と一般世帯
︵会社団体の経営者世帯を含
む︶の合計である。比較的低
所得者が多い単身者世帯を除
外していることを考慮に入れ
れば、上の表のような結果に
示された世帯間の格差は現実
にはもっと開いていると考え
なければならない。
単独世帯をも対象にした
﹃国民生活基礎調査﹄の結果
は、次の表である。ここには、
総所得に占める上位から下位
47
3.3
10%
3.3
23.0
8.2
23.3
3.5
22.8
8.5
22.5
何%を受け取るか
3.5
一
最も富裕な上位10%が全所得
8.6
1990
3.5
1989
8.6
1988
8.3
1987
3.3
1986
8.4
1985
3.6
1980
9.0
1975
一橋大学研究年報 社会学研究 31
1−1・8表 所得4分位階級別にみた1世帯当り平均所得金額の割合の推移
1978
83
84
85
86 87
8.8
8.7
8.3
8.2
8.2
8.3
7.8
7.3
7.6
7.5
7.0
7.2
7.2
7.3
6.9
7.0 16.7
5.6
5.7
5.7
6.0
6.2
5.9
6.2
6.1
6.3 26.4
100.0
100.0
8.0 7.8
9.2
100.0
8.2
100.0
8.7
100.0
8.4
100.0
8.7
7.8
計
82
81
8.4
8.7
高所得)
80
8.0
1丑皿w
(低所得)
79
100.0
8,7 49.1
100.0 100.0
100.0
厚生省『国民生活基礎調査』1988年p.135表4から作成
階級別の分布
1976
1981
1986
1985
5.9
6.5
6.7
7.0
1(低所得)
■
12.6
12.1
11.3
皿
18.2
17.7
17.3
16.9
w
24.1
24.1
24.3
24.1
V(高所得)
38.1
39.4
40.6
42.2
11.0
Soclal Trends19,HMOS
(Origmal Source :Central Statistical Off且ce,Family
Expenditure Survey)
48
まで二五%ごとに切り取られた所得階層の各割合
が示されている。︵1−1・8表︶
一九八七年の両調査をとって比べてみよう。
﹃家計調査﹄では上位二五%の高額所得層が所得
総額の約四三・五%を得ていたことになるが、
﹃国民生活基礎調査﹄では四九・一%である。同
じく、﹃家計調査﹄では下位二五%の低所得層が
所得総額の約一一・七%を得ていたことになって
いるのにたいし、﹁国民生活基礎調査﹄では七・
八%にすぎない。ここから、﹃家計調査﹄よりも
﹃国民生活基礎調査﹄のほうが、格差をよりシヤ
ープに表現しているとみることができる。にもか
かわらず、﹃国民生活基礎調査﹄が高額所得層の捕捉においてなお不十分であるとすれ
ば、所得格差の実態はこの数字が示すよりも大きいことが推測できる。
こうした数字をイギリスにおける所得格差と比較してみよう。
﹃社会の趨勢︵ooo。芭ギ讐房︶﹄には、イギリス︵連合王国︶における所得格差が、
つぎのようにまとめられている。︵1−1・9表︶
四分位と五分位の表記法の違いにより、またそれ以外の調査方法の違いにもより、厳
1−1・9表 可処分家計所得(1)の5分位
現代日本における階級格差とその固定化
密な比較検討は無理かもしれないが、両者の統計に現われた所得格差の傾向に大きな差はない。この傾向的事実は日
本社会の所得格差は国際的に見て低いという平等神話を打ち崩すに十分なだけでなく、あの﹁階級社会﹂の国、イギ
九頁。
リスと比べても、遜色のない格差を誇っているという点でも、注目に値する。
石崎唯雄﹃日本の所得と富の分配﹄東洋経済新報社、一九八三年、
石川経夫﹃所得と富﹄岩波書店、一九九﹃年、二〇頁。
2 課税と福祉の格差について
ω 社会と企業の福祉格差
企業と社会の、換言すれば、資本と市民社会とのあいだに横たわる巨大な溝は福祉の分野においても顕著である。
日本では、企業を通じて提供される福祉は福利厚生というかたちを取り、退職金とともに労働者の生活保障を左右す
る大きな要因となっている。通常、企業の福利費は、社会保険料の事業主負担分を中心とする法定福利費と、それ以
外の直接問接に企業内労働者のために支出される法定外福利費とから成っている。企業規模別の格差がはっきりと指
摘できるのは、社会保険料率に基づいて負担される法定福利費よりも、企業ごとに支出状況の異なる法定外福利費で
ある。まず、この法定外福利費が企業の規模によってどれだけの格差を特徴としているかを見てみよう。従業員五〇
〇〇人以上の大企業を一〇〇としたときの、企業規模ごとの法定外福利費の支出をまとめてみた。︵1−2・1表︶
企業規模別の格差は年を追うごとにますます開いている。このことは、大企業ほど豊かな福祉を提供できるのであ
り、中小企業・零細企業になればなるほど、提供できる福祉の量と質は低下していくことを意味し、さらに、忘れて
49
((
21
))
一橋大学研究年報 社会学研究 31
1−2・1表 法定外福利費の企業規模間格差の推移
72
73
74
75
76
77
78
79
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
企業規模
一5000
1000−4999
81.6
72.6
77.5
72.1
66.2
66.8
66.9
66.3
300−999
57.9
51.1
55.1
46.9
46.2
47.4
50.2
48.5
100−299
55.8
48.1
49.3
39.4
36.4
38.3
37.2
35.2
30− 99
62.6
5L3
50.2
32.8
35.3
38.3
33.8
31.7
80
81
82
83
84
85
88
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
企業規模
一5000
1000−4999
64.4
67.8
60.5
6L1
64.1
63.4
46.0
300−999
41.6
44.1
4L6
39.0
36.5
40.1
32.6
100−299
32.4
37.0
30.4
30.8
26.7
30.4
26.6
30− 99
28.1
31.3
28.7
3L1
26.9
30.0
25.7
1984年までは,労働省r労働者福祉施設制度等調査報告』,それ以降は,『賃金労働時間制度等総合調査報
告』
はならないことだが、こうした企業が提供する福祉の恩恵に与る
ことのできない、国民の少なからぬ層にとっては、企業福祉から
50
の排除は実質上福祉一般からの疎外を意味している。
では、こうした法定外福利費の内容はどのようなものであろう
か。
日本の法定外福利費の内訳をアメリカ・EC諸国︵西ドイッ.
フランス︶と比較してみると、それがカバーしている分野の広さ
に驚かされる。︵1−2・2表︶
﹃労働白書﹄は、この表をもとに﹁欧米諸国の法定外福利費は概
して社会保険を補完する性格が強いものとなっているのに対して、
わが国のそれは、より幅広くきめ細かく、勤労者生活の向上を図
っていく内容のものとなっている﹂と自賛しているが、むしろ実
︵1︶
状は逆である。欧米の企業福祉が社会福祉に従属し、その補完物
であるのにたいし、日本の企業福祉は社会福祉にとって代わり、
企業に忠誠を誓う者にのみ、その﹁幅広くきめ細かい﹂﹁生活の
向上﹂という夢を見ることを許すのである。さらにまた、企業規
模別の著しい格差を考慮に入れれば、この夢を見られる者は、限
られた大企業に好運にも関係することのできた者に限られる。
現代日本における階級格差とその固定化
7.1
16.1
16.2
解雇・失業手当基金
文化・体育・娯楽
11.1
1L3
貯 蓄 計 画
単位:%
1−2・2表 法定外福利費内訳の国際比較
3.6
43.0
5.3
50.0
1.8
64.3
私的家族手当
1.8
2L4
*
42.6
8.8
3.6
4.3
4.7
1.6
1.6
2.9
3.2
0.5
1.0
この夢の大きな部分︵四二∼四三%︶を占めているのが、住宅政
策である。社宅という名称に代表されるこの政策には、いくつかの
ジャンルがある。例えば、社有の社宅には、独身寮と一般家庭用が
あり、破格の使用料よってある程度の居住空間が労働者に提供され
る。この場合、実質経費と本人負担額との差、つまり会社補助額は、
企業従業員へ企業福祉のチャンネルを通じて間接的に再配分された
所得であり、生活空間を企業へ従属させたことの代償である。また、
この一般社宅の使用料を基準として借り上げ社宅の家賃補助額も決
められ、本人の直接負担額はきわめて低く抑えられるが、この場合
も家賃補助額は再分配所得として同じ働きをする。さらにまた、持
ち家促進政策の一環として融資制度を導入している企業も多く、従
業員は会社側の利子補給により低い利子負担で融資を受けることが
できる。この場合は、利子補給の総額が従業員への再分配分にあた
る。転勤等の理由で借家に住まなければならない者にたいして、住
宅手当以外に家賃補助を行う企業もあれば、転勤者の持ち家を会社
で借り上げ、家賃収入を保証しようとする会社もある。この場合に
保証され、考慮される家賃は、市中家賃相場に連動して設定される
のであって、個別労働者の賃金水準に連動するのではない。
51
11.3
そ の 他
1L5
慶弔見舞金
財形奨励金
*
私的失業保険
住 宅
医 療 保 健
食 事
8.2
労災付加給付
*
私的補償賃金
休暇・休日手当基金
1978
*
そ の 他
私的保険制度への拠出金
私的保険
91.2
私 的 保 険
西ドィツ フランス
1978
E C
1977
アメリカ
1982
日 本
資料出所:日本 労働省『労働者福祉施設制度等調査』
アメリカ 労働省 閃Handbook of Labor Statistics”
西ドイッ,フランス EC統計局 ㌦abour Costs in Industry’
「*」は労働費用計に対する害II合が0.05%未満のもの.
『労働白書』1984年版,第2−4表
一橋大学研究年報 社会学研究 31
52
︵2︶
こうした福利厚生は微に入り細に渡って生活の隅々に張り巡らされているが、こうした施策から得られる便益は、
それから疎外された人々の現実と比較したとき、両者のあいだに超えがたい溝をつくり出すことが明らかになる。公
式統計に表われた賃金の格差だけでは労働者階級のあいだに横たわる格差の全貌を描き出すことができないことは、
この一事をもってしても明かである。
企業福祉に大きく依存した日本の労働者が会社第一の意識に浸り、社会性を持ち得ないといわれて久しいが、それ
ももとをただせば、市民社会が企業社会に歪められている現実、資本の利益に社会の利益が恐るべき効率で従属させ
られている現実、つまり、社会生活が資本によって未曾有の深度で包摂されている現実の、まさに当然の帰結なので
ある。
﹃労働白書﹄、一九八四年版、一三六頁
一九八四年
祉を労働者に対する資本の恩恵、労使協調の歴史的成果として一面的に描くことと合通じている。現実がこれをどれ
再分配が分配上の公正を約束しているという議論である。社会福祉の本質をこうしたバラ色で描くことは、企業内福
力が歴史的に変質したという議論、現代は修正資本主義の時代であると説くものであり、政府を媒介とする公的所得
る圧倒的な印象とは反対の、広く知れ渡っているひとつの議論がある。それは、﹁福祉国家﹂の成立をもって資本権
企業内福祉の包括的性格は現存の社会の唯一絶対の主体としての資本権力の強大さを物語っているが、それが与え
の 社会保障における格差
企業福祉の内実について、例えば、藤田至孝﹃企業福祉新展開の理念と実際﹄、労務研究所、
((
21
))
現代日本における階級格差とその固定化
ほど裏切っているかを一九八七年という任意の年度を例にとって見てみよう。
手順は三段階に分かれる。まず第一に、政府に対する国民諸階層からの拠出を検討する。税金や社会保険料などの
かたちで国家に納付する金額の問題である。つぎに、政府による国民諸階層への給付を検討する。年金や医療、現金、
現物、等がどのように支給されているかが問題である。最後に、国民による拠出と国家による給付の総合的結果につ
いて検討する。どれほどの公正さで所得再配分が行なわれているかが眼目である。
資料は、三年ごとに厚生省によって行なわれている﹃所得再分配調査﹄である。この調査は、全国七六〇〇世帯
︵単独世帯等を除く︶を面接調査し、社会保障
1−2・3表 拠出総額(税金・社会保険料
(1987年) 単1
8.9
7.0
8.3
7.5
8.3
7.9
7.8
7.0
7.1
13.2
7.1
900−1000
7.5
12.9
7.9
9.1
800−900
8.0
8.1
19.9
11.3
15.7
6.1
20.3
700−800
9.3
6.6
18.4
10.1
5.0
24.4
19.4
1000一
17.6
600−700
15.8
350−400
400−450
9.4
6.7
300−350
17.0
500−600
15.3
的である。
保険料を合わせた社会保険料の拠出割合が逆進
あり、被用者保険、国民健康保険、国民年金の
税︶とを合わせた税金の拠出割合が、累進的で
住民税、固定資産税︶と間接税︵軽/自動車
この表から明らかなように直接税︵所得税、
3表︶
まず第一に、拠出についてである。︵1−2・
る。
% 制度および所得再分配の実情を明らかにしてい
6.4
15.9
200−250
16.5
8.5
厚生省『所得再分配調査結果』1987年p.24−5表1から
さらに進んで、直接税のうちの所得税部分が
53
16.1
450−500
15.0
250−300
16.1
150−200
19.6
10.1
100−150
159.4
79.7
79.7
一50
1L1
50−100
社会保険料
税 金
総額の割合
(万円)
出
拠
当初所得階級
︶ 位
の当初所得にたいする割合
一橋大学研究年報 社会学研究 31
単位:億円,%
8609
500−600
193353
8425
600−700
134323
700−800
93662
6764
5918
264845
34441
6.3
400−500
5.0
8438
222262
4.4
230698
3.9
6916
300−400
3.7
188991
3.7
2313
200−300
2.9
78485
4.3
100−200
13.0
3236
138
一100
800一
割 合
税 額
給与総額
給与階級
パ
色 「民間給与実態調査』1988年p,28第20表から
54
どれだけ累進的であるかを調べてみよう。﹃民問給与実態調査﹄から、
つぎの表が得られる。︵1−2・4表︶
最高所得階級をのぞけば、給与階級間にさほど際立った累進性が存在
していないことを示している。
以上から、拠出にかんして、目だった累進性が存在していないことが
指摘できる。否、むしろ、二重の逆進性が存在していることを指摘する
ことのほうが重要である。二重の逆進性、すなわち、第一に社会保険料
︵1︶ ︵2︶
拠出における逆進性であり、第二に間接税拠出における逆進性である。
とりわけ、この問接税の逆進性については、すでに広く指摘されている
ところであるが、とくに消費税の導入によって、給与収入階級別の負担
︵4︶
当初所得にたいする給付率が異常に高いのは、当初所得が著しく低額であることによる。
この表におけるb/aの数値をみても、際だった累進性は認められない。この表の五〇万円未満の階級において、
と 、 以下のような表に な る 。 ︵ 1 − 2 ・ 5 表 ︶
第二に検討すべきは給付である。当初所得階級ごとの単純配分率を各階級の構成比で除した給付率を計算してみる
合を減じ、逆進性の度合を増すであろう。
あって、もし間接税の全負担を考慮にいれれば 、 拠出総額の当初所得にたいする前掲の割合は訂正され、累進性の度
拠出全体についていえば、直接税︵所得税︶ のわずかな累進性をこの二重の逆進性が相殺ないし圧倒しているので
率に変化はなく、依然として逆進的であるか、 むしろ逆進性を強めることが主張されている。
1−2・4表 給与階級別,給与総額に占め
る税(所得税)額の割合
現代日本における階級格差とその固定化
1−2・5表 当初所得階級別の給付総額分配と給付率
当初所得階級
構成上ヒ
分*
a
9.5
一50
15674L2
35502.5
32767.2
28372.8
25005.6
30784.0
33284.0
37412.6
36361.4
27448.2
6.2
8.3
41136.6
29037.6
2.9
22399.8
0.70
23.4
0.73
19.6
0.71
17.8
0.75
15.4
0.74
12.7
0.68
13.9
0.87
10.2
0.75
0.76
0.86
663228.4
1.17
5.8
43956.9
100.0
0.89
27.0
10.7
6.6
6.7
900−1000
1000一
44.3
3.4
21328.4
L11
8.9
3.2
3.7
800−900
1.47
79.9
8.8
4.4
5.8
700−800
9.3
61689.6
10.7
600−700
4.1
6.0
500−600
5.5
7.4
450−500
5.6
7.4
400−450
5.0
7.0
350−400
4.6
6.3
300−350
2.48
174.2
3.8
5.4
250−300
3368.8
4.3
4. 8
150−200
200−250
b/a
4.9
4.4
100−150
23.6
単位:万円
当初所得にた
する給付率
5.3
3.6
50−100
給付総額の
単純配分率 b
0.99
99.8
*一世帯当りの受給総額×世帯数
厚生省『所得再分配調査結果』1987年p.24−5第1表から作成
最後に、拠出と給付の結果を総合的に見てみ
よう。︵1−2・6表︶
この表から、期待したほどの際だった累進性
が所得再分配に存在するわけではないことが明
らかとなる。しかも、さきに見た、統計に現わ
れない間接税の逆進性を加味すれば、このわず
かの累進性さえ現実には大きく割り引かれる。
このように、現行の社会福祉制度が、所得階
層間の格差を構造的に是正するに足るほどの所
得再分配効果をもたらすものではないことは明
かとなった。しかし、さらに進んで、現行の所
得再分配の政策的意義をより深く理解するため
に、どのような階層にたいして再分配効果が最
も著しく現われているかを見てみよう。まず、
世帯主の年齢階級別で所得再分配の状況がどの
ように異なっているだろうか。︵1−2・7表︶
cの値を見てみると、六〇歳以上の年齢階級
でプラス、あとの階級でマイナスとなっている。
55
一橋大学研究年報 社会学研究 31
1−2・6表 再分配所得の当初所得にたいする割合(1987年) 単位万円
拠 C
当初所得階級
当初所得 受給総額
a
税
5.1
8.2
129.1
6.3
215.6
社会保険
5.1
74.1
当初所得にた
する再分配
d
b*
6.4
一50
50−100
再分配所得
出
=a十b−c 所得率
21L8
3309.4
7.9
188.7
254.7
12.5
201.3
163.4
100−150
123.2
98.4
150−200
174.1
77.1
11.7
16.3
223.2
128.2
200−250
223.7
60.4
14.7
20.9
248.5
111.1
250−300
273.5
64.0
16.6
24.3
296.6
108.4
300−350
319.8
62.8
22.5
26.4
333.7
104.3
350−400
370.7
66.1
27.6
30.8
3784
102.1
400−450
420.8
64.7
33.1
32.9
419.4
99.7
450−500
472.3
59.8
38.4
38.0
455.7
96.5
500−600
543.5
75.6
49.7
42.7
526.7
96.9
600−700
642.4
65.4
64.9
48.3
594.5
92.5
700−800
742.0
65.4
83.8
52.4
671.1
90.4
800−900
842.0
75.1
108.9
59.1
749.1
89.0
900−1000
945.8
125.0
67.0
854.7
90.4
290.2
74.7
1000一
100.9
86.7
1492.9
1214.8
8L4
*現金給付,年金,現物給付,医療補助
厚生省『所得再分配調査結果』1987年p,24−5第1表から作成
つまり、六〇歳以下の層から六〇歳以上の層へ
の再分配が行なわれたことを示している。つぎ
に、世帯構造別での所得再分配状況を見てみよ
う。︵1−2・8表︶
再分配係数の値を見てみると、﹁夫婦と未婚
の子﹂の世帯のみがマイナスで、他の世帯はプ
1−2・7表 世帯主の年齢階級別の所得再分配状況
世帯主の
当初所得
再分配所得
再分配係数
年齢階級
a 万円
b 万円
c %
総 数
468.7
466.7
一〇.4
一30
314.1
285.0
一9.3
30−39
448.0
414.1
一7.5
40−49
537.4
49L6
一8.5
50−59
605.4
560.4
一7.4
60−69
384.9
465.4
20.9
70一
279.4
429.9
53.9
c=(b/a−1)×100
厚生省『所得再分配調査結果』1987年,表6,p18
56
現代日本における階級格差とその固定化
269.6
32L9
三世代世帯
603.9
652.6
そ の 他
482.9
527.7
9.3
片親と未婚の子
8.1
495.3
c=(b/a−1)×100
厚生省「所得再分配調査結果』1987年,表7,p.19
ラスとなっている。このことは、﹁夫婦と未婚の子﹂の世帯からそれ以外の
世帯へ再分配が行なわれたことを示している。
しかも、どちらの表でも、両極の値︵プラス値とマイナス値︶の差が際だ
っていることは、このグループのあいだに再分配効果がもっとも著しく現れ
たということを示唆している。この二つの表から、所得の再分配とは、第一
に、六〇歳未満の年齢層から六〇歳以上の高年齢層への再分配のことであり、
第二に、夫婦+未婚の子供のみの世帯︵最多数を占める︶から他の世帯への
再分配であると判断しても、誤ってはいないだろう。
つまり、これは階級内部での異なるライフ・ステージ間での所得再分配で
あって、同一のライフ・ステージ内部での、異なる階級間での所得再分配で
はない。
一九六五年所収
国家による現行の社会保障制度や所得再分配政策に階級格差の根本的是正
の夢をかけることは、誤りなのである。
︵2︶ 貝塚・新飯田﹁税制の所得再分配効果﹂、館・渡部編﹁経済成長と財政金融﹄、岩波書店、
︵1︶弥生真生﹁税としての年金保険料﹂﹁書斎の窓﹄、四〇八号、一九九︸年一〇月、有斐閣
夫婦と未婚の子
554.9
︵3︶ 本間正明・跡田直澄編﹃税制改革の実証分析﹄、一〇二頁、図四−四
57
406.3
19.4
夫 婦 の み
358.7
13.3
200.0
一10.7
単 独世 帯
173.9
15.0
466.9
一〇.4
総 数
468.7
再分配係数
再分配所得
当初所得
c %
b 万円
a 万円
世帯構造
林 宏昭﹁間接税の負担構造﹂﹃四日市大学論集﹄第一巻、一九八九年
1−2・8表世帯構造別の所得再分配状況
一橋大学研究年報 社会学研究 31
︵4︶ 玉岡雅之﹁付加価値税の逆進性﹂﹁国民経済雑誌﹄第一六〇巻六号、一九八九年一二月
3 賃金の格差について
ω労働賃金と役員報酬
資本が社会のすみずみを包摂するにつれ、すべての経済活動が商品経済の原理に一元化される。すべてのものは商
品形態をとって売買され、すべての活動は賃労働の形態をとって遂行される。マルクスのいうように、そこでは本来
の商品とはいえない名誉や信用さえ、商品となる。そこでは、本来の賃労働とはいえない、支配と管理の労働さえ、
賃労働の形式のもとで遂行される。経営管理者階層の労働は、その一例であって、どれほど彼らの労働がその形式に
おいて賃労働に擬せられようとも、彼らは本来の賃労働者ではない。役員給与と賃金とは、異なる範疇である。後者
︵1︶
が労働費用としてのコストであるのにたいし、前者は利潤に連動して、剰余価値からの控除を成す。
つぎの表は、役員へ支給された給与と従業員へ支給された給与とを企業規模別に比較したデータで、﹃法人企業統
計年報﹄から得られたものである。ここには、家族的経営を法人化し、名目的にのみ経営者であるような零細企業を
大量に含んでいる。経営管理者階層の中核となる部分は当然のことながら、こうした層ではありえない。﹃役員四季
報﹄︵東洋経済新報社︶のリスト・アップしている企業が上場企業を中心にして一二三一社、役員では四〇三五八名
であることを考えてみれば、表のどの部分がポイントとなるかがはっきりしよう。︵1−3・1表︶
役員一人当りの支給額を比較してみると、おおまかに4グループのヒエラルキーが想定できる。資本金一〇億以上
の大企業の経営者が一人当り平均一四〇〇万の支給を得て頂点に立ち、ついで、ここでの中企業ともいうべき資本金
一億∼一〇億の役員がかなり差︵四六〇万円︶をつけられて次のグループを牽引する。この第ニグループは資本金五
58
現代日本における階級格差とその固定化
41切52
91,060
109,392
112’787
,034,254
62,560
4.1
.4
.1
.3
.7
.7
.5
.8
.3
.2
.5
93,282
,042,493
.039β86
,174,629
5,5
4.2
3.1
2.6
2.6
2.3
2.0
千万から一億までの企業役員を含む︵両者の開きが一三〇万と小さいため︶。第
三のグループは資本金一千万から五千万までの企業であって、小企業役員として
おくのが分かりやすい。残りは零細企業の役員で、報酬からいっても、経営管理
者階層の底辺を形成する。しかし、この表の眼目は、企業規模が大きくなればな
るほど、役員と従業員とのあいだの分配格差は大きくなっていることであり、零
細企業の従業員一人当りの支給額と︵二・四︶と大企業の役員一人当りのそれ
・一︶との間には六倍に近い格差が析出されることである。
役員が得る報酬には、これら定期給与、賞与のほかに、退職慰労金、役員年金、
現物給付︵役員社宅等︶、役得︵ゴルフ・クラブ会員権の個人使用等︶などがあ
る。これらについての実態を明らかにする資料は存在しない。とくに、企業交際
費︵役員交際費︶の使用に認められた役員の権限は、無制限に近いものでありな
がら、その実態については、使途不明金とともに、深い闇のなかに隠され、とき
たま経済犯罪の摘発にさいして、役員による乱脈な流用が明らかになるだけであ
る。役員社宅にしても、ゴルフ会員権にしても、役員交際費にしても、すべては
た膨大な権益からすれば、彼らが定期的に受け取る個人的報酬︵役員給与︶の額
でにポストに執着する理由のひとつは、ここにある。会社権力が約束するこうし
会社権力を掌握するかぎりで受ける利益︵℃Φ﹃ε巨琶である。彼らが異常なま
大蔵省『法人企業統計』,1990年度
666β64
933β67
36,412,683
16,361£01
.708920
33,517,127
0,137
13,430
,911,107
,283,120
37,170
,648,263
25
1.5
(一
など、わずかなものである。
59
75,657
,051,576
9.417」25
0.889205
ρ42,133
23
L8
L7
役員と従業員格差
59,179
役貴賞与総額
員給与総額
10β24434
261453
19ρ97
35渇87
.035β67
5β85,146
業 員 総 数
31,600
554,047
10,381,728
従業員給与総額
375,018
2未満
.5
.4
人当り支給額
.1
人当り支給額
435,947
推 計 法 人 数
100−1000
50−100
3.2
.9
社当りの役員数
600,041
,826,102
員 総 数
3β05
5−10
10−50
単位:百万円
1−3・1表役員給与と従業員給与との格差(Lggo年)
1000以上
2−5
資 本 金 別
一橋大学研究年報 社会学研究 31
85
87
88
会 長
2288
1955
2244
2477
長
133
161
396
423
社長
788
958
297
229
618
759
793
342
442
447
819
842
895
907
部 長
564
320
務常務
84
84,85年は100人未満の企業を加えた,平均
会長∼常務=『役員の報酬・賞与・年収』政済研究所,
各年度版
部長’『賃金構造基本統計調査』第3巻,各年度版をも
とに,「きまって支給する現金給与額」を12倍し,「年
間賞与その他特別給与額」を加えたもの
③ 労働賃金の格差
役員報酬とは無縁な世界に暮らす日本の労働者が、国際的にみて異常な格差と不平等のなかにあることは、最近し
ばしば指摘される。ここでの課題も、日本の労働者のなかにどれほどの格差が隠されているかである。検討される格
︵1︶
差は、①年齢内格差、②性別格差、③就業形態による格差、④学歴格差、⑤企業規模別格差、⑥企業内︵職階間︶格
ワ﹂
60
アンケートおよび直接取材による調査が上場・非上場三〇〇社前後
を対象になされているが、このうち従業員規模一〇〇人以上の会社に
おける役員︵常務∼会長︶の年俸を平均し、それを同規模の会社の部
長の年俸と比較すれば、以下のような表が得られる。︵1−3・2表︶
兼務する系列会社や関連会社のポストからの収入を除外し、あるい
は手持ちの株式の配当などを除外し、さらにまた膨大な役員交際費の
恩恵を度外視しても、なおかつ常務と部長とのあいだには、超えがた
い溝が横たわっている。この両者の間に引かれたラインこそ、資本の
管理人の陣営と、労働過程の管理人の陣営とのあいだを分ける明確な
一線なのである。
︵1︶ 事実、﹁法人企業統計﹂においては、彼らへの役員給与は、 従業員給与とともに労働費用に入れられている。しかし、
と非役員との年収比較 単位:万円
の場合にあっても、役員賞与は利益処分の一項目である。
1−3・2表 従業員100人以上の会社役員
差、⑦労働の種類間格差である。数多くの賃金格差によって、労働者階級のなかにさまざまの分断線が引かれている
実態が明らかになるであろう。
︵1︶ 最新の文献として、藤本武﹃国際比較・日本の労働者﹄、新日本出版社、一九九〇年、とくに第一部第四章
①年齢内格差
第1十分位 第9十分位 十分位分散係数
年齢階級
132.0
0.22
18−19
102.1
150.2
0.19
20−24
116.1
187.4
0.24
25−29
134.1
243.4
0.30
30−34
145.1
313.9
0.38
35−39
136.2
371.6
0.47
40−44
128.8
431.2
0.55
45−49
123.2
478.4
0.64
50−54
119.1
492.7
0.71
55−59
116.4
440.4
0.71
60−64
102.2
375.1
0.75
344.4
0.80
379.2
0.63
120.2
計
84.9
一17
97.4
65一
場合、若年層のべースを低賃金ととらえて、カーブ全体を日本
の低賃金政策の表れととるか、あるいは、その反対に、カーブ
の急上昇を生活費の年齢別必要度に合致した合理的なものとと
らえるか、さまざまな解釈が成立つ。しかし、こうした議論に
おいて忘れがちであるのは、同一年齢階級内においても賃金格
差が存在していることであり、しかも、その格差は年齢を経る
ごとに拡大しているという事実である。つぎの表は、一九八八
年を例にした年齢内格差の実態である。同一年齢階級の内部で
第一十分位︵低賃金層︶の所定内給与が第九十分位︵高賃金
層︶のそれとどれだけ格差が開いているかを十分位分散係数で
表わしたものである︵1−3・3表︶。
年功制賃金というたてまえのなかで、実は、同一年齢帯のな
61
・ 年齢と賃金との関連はしばしば年齢別格差として問題にされる。つまり、年齢別賃金曲線の急力iブを示して、年
1−3・3表 所定内給与の年齢内格差単位・千円
『賃金構造基本統計調査報告』(1988年)第1巻,第3表,p.348から
功賃金制の是非を問うというのが一般的パターンである。この
現代日本における階級格差とその固定化
一橋大学研究年報 社会学研究 31
年齢階級別賃金 (男子労働者=100)
定期給与 賞 与 等
年齢階級
所定内給与
18−19
9L8
83.6
99.0
20−24
88.2
80.5
105.7
25−29
81.5
75.3
87.6
30−34
70.5
65.6
67.9
35−39
61.4
57.4
52.1
40−44
55.4
52.5
42.9
45−49
51.3
49.1
39.4
50−54
51.6
49.5
39.4
55−59
6L3
58.7
52.0
『賃金構造基本統計調査報告』(1988年)第1巻,第1表および第
10表から作成
計
60.5
57.2
50.5
62
かでの格差が、年をとるにしたがって大きくなっているという事実
が分かる︵年齢内格差の拡大︶。
②性別格差
労働者階級が味わう第二の格差は性別格差である。同じく一九八
八年を例に、男子労働者を一〇〇としたときの女子労働者の年齢階
級別賃金︵産業計、企業規模計、学歴計、勤続年数計︶を見てみよ
う。︵1−3・4表︶
女性労働者は、平均しても、所定内給与で男性労働者の六割、賞
与等で半分しか得られない。ライフ・ステージで考えると、三〇歳
代半ばが境目となる。それ以前の高い数値が、この時期を境に急に
下落し、各項目とも平均値に近付く。結婚とそれに伴う退職、退職
後の家計補助的就業というパタ⋮ンが一般的なところであろうが、
労働者階級の女性にとって、結婚後、また育児にひとくぎりつけた後、さまざまな機会をとらえてパートタイム労
③就業形態による格差
︵2︶ ﹃賃金構造基本統計調査報告﹄、一九八八年、第一巻、第八表および第一四表
の項目で男性労働者の数値を下回っている︵二〇1二四歳時の賞与等を除く︶わけであるし、勤続年限を同一とし、
︵2︶
かつ学歴も同一としても、なおそこには、著しい男女間格差が存在していることが認められるからである。
性別格差の原因をこうした就業形態の変化に求める議論は、正しくない。なぜなら、結婚前の段階からして、すべて
−3・4表 男子労働者と比較した女子労働者の
現代日本における階級格差とその固定化
0.6
0.2
1.8
2.9
0.5
0.4
0.8
1.6
1.3
4.4
2.3
3.1
3.4
0.6
9.6
2.3
9.2
0.8
1.5
3.1
0.7
0.9
0.9
2.6
9.9
0.6
卸売・小売業・飲食店
73.2
金融 ・保険業
88.0
不 動 産 業
79.6
サ ー ビ ス 業
80.8
産 業 計
84.0
1.2
働に就くことは、いまや一般的といってよい。サービス・小売業の分野
では、部門によっては、そのほとんどが主婦パートという職場もめずら
ーしくない。性別賃金の差別の原因をこうした就業形態に求めることは誤
りだとしても、パートタイマーを含むさまざまの従業形態が、それはま
たそれで賃金格差の温床になっていることは、否定できない。では、現
在、どれだけの人々が、どのような分野で、どのような就業形態をとっ
て働いているのだろうか。一九八七年の時点での調査がある。︵1−3・
〇・八%︶を占めるのがパートタイム労働者で
九・九%、卸売・小売業・飲食店の分野では二
このうち正社員以外で最大の割合︵産業計で
5表︶
7.7
『賃金構造基本統計調査報告』(1988年)第3巻,第11表
2.3
2.6
1.5
92.1
臨時 ・ 一 日 雇 い
0.6
3.8
2.5
0.3
0.7
供給・水道業
運輸 ・通信業
0.6
0.2
1.3
電気 ・ガス ・
20.8
87.2
8.4
0.3
1.1
ある。このパートタイム労働者が圧倒的に女性
であることは、つぎの表が示している︵1−3・
6表︶。
この女性たちはどのような年齢層であるのだ
ろうか。同じく﹃賃金構造基本統計調査報告﹄
63
八八年︶からつぎの表が得られる。
女子労働者に占めるパートタイム労働者の比
(一
100.0
2121670
計
L5
L5
0.8
子
860190
12.3
男 子
261480
構成割合
労働者数
LO
1.1
1−3・6表 パートタイム労働者の性別構成
L8
93.5
製 造 業
録社員
その他
契 約・
派 遣 パー ト
働者
イマー
出向
員
正社員
単位:%
1−3・5表 就業形態別労働者割合(1987年)
年,P.45
労働省『多様化する企業労働者一昭和62年「就業形態の多様化に関する実態調査」結果リポート』1989
14.5
5.9
6.0
活水準の向上
5.4
2.O
0.5
暇の利用
2.0
L7
2.2
の他の理由
100.0
100.0
100.0
計
.9
.0
.3
8.1
13.5
4.8
計の補助
4.5
8.7
12.5
主な生活収入
9.2
23.3
1L8
1986
1985
1980
・飲食店
18−19
9.9
3.1
9.0
14.9
25−29
3.7
5.1
20−24
サービス業
卸売・小売
産 業 計
製 造 業
年齢階級
12.1
30−34
20.2
23.1
37.2
35−39
30.3
32.2
5Ll
19.2
40−44
33.6
35.1
56.2
2L3
45−49
30.6
30.3
54.4
20.1
50−54
24.9
23.1
51.8
18.2
55−59
23.0
22.9
442
20.1
計
20.4
22.0
34.0
14.3
『賃金構造基本統計調査報告』(1988年)第3巻,第8表
1−3・8表 女子パートタイム労働者の就業動機
労働省『雇用動向調査』
率は、女子全体で二〇・四銘だが、
四〇ー四四歳の層では三三・六%と
64
最高となる。産業別では、商業・飲
食業が圧倒的な雇用先となっている
︵1−3・7表︶。
では、こうした年齢層で、こうし
た産業分野に集中する女子パート労
働者の就職動機はどのようなもので
あろうか。︵I13・8表︶
﹁主な生活収入﹂と﹁家計の補助﹂
を合わせると全体のほぼ七割に達し、
しかもこの割合は年々高まっている。
生活防衛的な要素の強いこれらの項
目の割合が圧倒的に就業動機を占め
ていることは、労働者世帯の家計が
もはや世帯主である夫の収入では維持できなくなっていること、主婦のパート労働によってかろうじて﹁世間並﹂の
1−3・7表 パートタイム労働者の年齢階級別構成 単位%
がパートを生活保障の一環と考えていること、わずか一〇%強の人々だけが、生活の要求から自由に就業を意識して
生活が維持できていることを意味している。さらに、﹁生活水準の向上﹂という動機まで含めると八O%以上の人々
一橋大学研究年報 社会学研究 31
現代日本における階級格差とその固定化
いることが明らかである。
生活の必要に迫られてパート労働者となった主婦はどのような格差のなかでその労働成果を手にするのか。パート
タイム労働者と標準労働者との一時問当り所定内給与格差を見てみよう。︵1−3・9表︶
賃金の格差は歴然としているが、それだけではない。パート労働者の労働条件を幅広く見てみると、彼らがどれほ
ど劣悪な環境のなかで就業しているか明らかになる。︵1−3・10表︶
パート
一般
666
ノぐ一ト
子
女
子
男
一 般
年齢階級
r賃金構造基本統計調査報告』(1988年)
内給与額を所定内実労働時間で除して求めた.
年齢にせよ、性別にせよ、就業形態にせよ、これらは、
格差を設ける側にとっても、格差を設けられる側にとっ
ても、多かれ少なかれ差別の自然的根拠と映っている。
歳だから、パート労働だから、女性労働だから、格差を
つけて当然であり、格差をつけられてもしかたがない。
こうして、労働者を分断する境界線は無数に引かれ、黙
認されていく。この分断線に、またひとつ、学歴による
格差を加えることができる。
つぎの表は、一九八八年を例に、学歴の違いで、年齢
階級ごとにどれだけの賃金格差が生じてくるか︵﹁年齢
間格差﹂︶、年齢階級の違いで、学歴ごとにどれだけの賃
65
パートタイム労働者は低廉な労働として、資本にとってきわめて有利な条件で搾取にさらされているのである。
卜3・9表 パートタイム労働者と標準労働者 と
パート労働者にっいては,『賃金構造基本統計調査』第3巻の第
表から,一般労働者にっいては,同書,第1巻,第1表から,所
④学歴格差
10定
の一時間当り所定内給与格差
18−19
695
714
638
20−24
846
886
683
799
25−29
948
1103
700
925
30−34
1209
1350
640
969
35−39
1041
1571
626
970
40−44
1009
1763
632
971
45−49
975
1886
640
951
50−54
952
1850
645
945
55−59
882
1597
642
974
60−64
864
1285
645
949
計
842
1469
642
899
一橋大学研究年報 社会学研究 31
22
11
£2
99
56
石生
2L
26
3a
18
90
99
18
02
﹄
5
4
44
72
1
54
7 21
生年金保険の適
勤手当の支
勤手当の支
職手当の支
族手当の支
宅手当の支
の他の手当の支
期 昇
一 ス ア ツ
昇転
進置
雇健厚通皆役家住そ定べ賞昇配退
用保険の適
康保険の適
用用用給給給給給給給プ与格換金
産業計
職
労働省『パートタイム労働実態調査』(1985
年)
雇用保険・健康保険・厚生年金保険をパー
ト労働者に提供している企業は全体の4割
しかない.退職金を支給している企業は
12%である.家族手当は,正社員の女性労
働者にたいしてさえ支払われないのが一般
的であるから,パート労働者にたいして支
払われることがないのも不思議ではない.
66
金格差が生じてくるか︵﹁学歴間
格差﹂︶を示したものである。︵1
−3・H表︶
年齢間格差についていえば、中
卒の場合二〇ー二四歳の基準値一
〇〇は四五ー四九歳の一六二をピ
ークに一一五︵六〇1六四歳︶に
落ち着く。これにたいし、大卒の
たいし、大卒者にとって、この賃金水準︵一〇九︶は大学を出たての初任給にすぎない。しかも、この初任給のほう
とっては、基準値をわずかに上回る高賃金︵一〇七︶は中学校卒業以来労働を続けてきた経験の成果である。これに
上回っている︵それぞれ、一〇七、一〇九︶。しかし、このことは両者にとってもっている意味が異なる。中卒者に
学歴間格差について見てみよう。二〇1二四歳の時点では、高卒者を一〇〇としたとき中卒者も大卒者も基準値を
最低水準︵一一五︶、第三のカーブは両者の中間である。
着点も最高水準︵二四六︶、第二のカーブは出発点も最低水準︵一四六︶、ピーク時も最低水準︵一六二︶、終着点も
賃金力iブが存在することである。第一のカーブは出発点も最高水準︵一八五︶、ピーク時も最高水準︵三〇三︶、終
一である。ここからはっきりするのは、少なくとも、労働者階級のなかでライフステージを通して描かれる三種類の
四倍の二四六で留まっている。高卒の場合は、両者の中間で、ピーク時で二倍の二一四、退職時では一.五倍の一五
場合は、同じ一〇〇の基準値が五〇1五四歳で三倍の三〇三にまで上り詰め、六〇1六四歳で退職を迎えても、二.
1−3・10表
パートタイム労働者の
処遇状況別企業構成比
現代日本における階級格差とその固定化
1−3・11表 所定内給与の学歴格差
所定内給与(千円)
年齢階級
(歳)
中 卒
高 卒
計
242.0
252.1
18−19
132.3
13L9
20−24
166.1
155.9
169.7
年齢聞格差(D
大卒
中 卒
313.3
146
80
85
100
100
一
学歴間格差⑭
高卒
大 卒
中 卒
大 卒
162
185
96
124
100
一
100
107
一
109
107
25−29
191.5
19L5
205.6
115
123
121
100
30−34
217.8
230.4
263.2
131
148
155
95
114
35−39
239.1
267.7
331.9
144
172
196
89
124
131
40−44
258.3
305.2
398.6
156
196
235
85
45−49
269.8
332.6
471.3
162
213
278
81
142
50−54
265.1
334.2
514.9
160
214
303
79
154
55−59
24L9
19L8
293.3
481.5
146
188
284
82
164
234.7
417.6
115
151
246
82
178
60−64
〔1)20∼24歳二100
(2)高卒=100
「賃金構造基本統計調査報告』(1988年)第1巻,第4表p,35から
が経験を背景にした中卒者の賃金水準より三ポイント上回っ
ているのである。中卒者にとっては、この時期が人生でただ
一回、高卒者の賃金水準を超えることのできる時期であって、
これ以降高卒者とのわずかな格差を維持しながら、大卒者と
の間で大きな格差を味わっていく。
学歴格差を国際比較して、しばしば、日本の賃金格差が低
いと言われることがある。しかし、大卒の学歴がもっている
意味が日本とそれ以外の国とで異なっていることを考慮すれ
ば、このことを額面通りに受け入れるわけにはいかない。﹁学
歴エスカレーション﹂の進んだ日本のような国と、それと比
べればそれほど進んでいないイギリスのような国とでは、﹁大
卒﹂学歴がもつ選抜効果の対象が異なる。四人に一人が大学
生であるような日本︵一九九〇年、男女計︶と三〇人に一人
のイギリス︵一九八七/八年、男女計︶とでは、大学生であ
ることの希少度が異なる。だから、単純な比較でなく、選別
された集団の規模を全体のなかに位置づけて相対化しなけれ
ばならない。日本の場合、大ざっぱに言って、青少年の約七
%が中卒者、二四%が大卒者、一二%が短大卒、そして残る
67
一橋大学研究年報 社会学研究 31
年齢階級
大企業
中企業
小企業
大企業
中企業
小企業
18−19
136.8
131.4
130.0
100
96
95
156.6
158.8
100
96
97
194.2
100
94
94
230.1
100
90
88
256.1
100
88
82
311.0
276.4
100
87
77
394.8
330.9
285.1
100
84
72
50−54
406.5
331.0
275.1
100
81
68
55−59
358.3
290.8
251.2
100
81
70
60−64
287.4
243.8
225.7
100
85
79
計
303.1
256.7
238.1
100
85
79
45−49
275.7
35−39
357.4
40−44
234.7
26L5
31L7
30−34
192.5
205.8
25−29
163.8
20−24
企業規模間格差
所定内給与(千円)
大企業:従業員1000人以上,中企業;同100∼999人,小企業 同10∼99人
『賃金構造基本統計報告』(1988年)第6巻,p.36
68
五七%が高卒者として労働市場に出ていく︵一九九〇年の場
合︶。これらのグループの比重は大卒というたんなる名称を手
がかりに国際比較しても得られないし、格差の実態をつかんだ
ことにもならない。
⑤企業規模別格差
日本的格差を特徴づけるもののひとつに、企業規模による格
差がある。この格差は、労働者の団結が個別資本ごとに分断さ
れている日本的状況︵企業別労働組合︶によって、よりいっそ
うきわだって現われている。つぎの表は、企業規模によって同
一職種でどのような格差が生じるかを示したものである。︵1、
3・12表︶
若年労働市場の逼迫を直接に反映して、若い年齢階級では格
差の幅は比較的わずかであるが、その幅は歳を追うごとに拡大
していく。こうした所定内賃金で見られる格差は、それ以外の
給与、賞与、企業福祉など、さまざまな分野で、拡大されて繰
労働と低賃金と貧困な福祉で搾取にさらされる労働者の姿がここにある。
単価を切り詰めることを要求された中小・零細企業は、 そのしわ寄せを自社の労働者に転嫁せざるをえない。長時間
よりいっそうの競争力を求める親会社“大資本によって納入
り返されていくのであって、下請け、孫請けのたびに、
1−3・12表 所定内給与の企業規模間格差
現代日本における階級格差とその固定化
⑥企業内︵職階間︶格差
労働者のなかに引かれた分断線のもっとも強力なものは、おそらく職階であろう。社内の出世の度合によって、賃
金にどれだけの格差が生ずるか、企業規模一〇〇人以上で年齢を特定︵例えば四〇歳または五〇歳︶して、調べてみ
年 間
与等
所定内
与
年 間
与等
1157.7
252.3
727.3
年 間
与等
所定内
23L7
522.0
295.6
全労働者
(男子)
管理・事務・
術労働者
生産労働者
与
所定内
与
鉱 業
置づけられるのである。︵1−3・13表︶
⑦労働の種類間格差
最後に、労働種類による格差を見てみよう。つまり、
生産労働者と管理労働者との格差である。
所定内給与でみるとそれほどの格差が見えない労職
格差も、ボーナスまで含めるときわだった格差を見せ
る。
戦後ブルーカラi労働者とホワイトカラi労働者と
の賃金格差はなくなったかのように考えられていると
すれば、それは皮相な思い込みである。あらゆる機会
をとらえて格差の網を張り巡らすこの体制のもとで、
格差の口実にならないものは皆無に等しい。︵1−3・
69
よう。非職階を一〇〇としたとき、部長との格差は二倍近くまで広がる。賞与等を考慮すれば、格差はさらに開いて
(全産業) 単位 千円
年 齢
50−54
格差
55−59
格差
部 長
554.2
185
547.7
201
54
『賃金構造基本統計調査報告』(1988年)第3巻p37から
1−3・14表 労働種類による賃金格差(企業規欄+,男子
単位 『賃金構造基本統計調査報告』(L988年)第1巻第1表から
いるだろう。いずれにせよ、労働過程のさまざまな管
︶千 理機能を担う中間管理職はこの格差の範囲のなかに位
1−3・13表 役職者の賃金と非役職者の賃金の比較
長
58.7
53
21.2
長
64.9
22
49.2
28
職階
99.3
00
72.7
00
設業
23.4
25.3
87.1
019.7
57.6
98.0
造業
22.9
6L9
01.2
323.6
55.4
95.3
一橋大学研究年報 社会学研究 31
イギリス
日 本
20.6
10.4
15.5
5.2
公共部門(b)
家計部門(c)
アメリカ
3.3
民間企業部門(a)
13.4
74.2
87.3
71.1
国内総計(a+b+c)
100.0
100.0
100.0
海外部門(d)
一1.8
一4.9
L2
石川経夫「家計の富と企業の富」(西村・三輪編『日本の株価・地価』東
京大学出版会,1990年,所収)の付表1・2・3より作成
1−4・2表資本金規模別の従業員数および
総資産の構成比(1990年)
資本金*
法人数
従業員数
総資産**
2.7
6.6
27.4
29.7
5−10
21.6
11.7
18.6
3L5
4.9
一2
2−5
ll.7
5.4
1.0
0.2
100−1000
1000一
計
22.2
7.8
1.5
50−100
6.9
10−50
11.4
13.9
19.2
44.0
100.0
100.0
100.0
*単位=百万円
**流動資産+固定資産+繰延資産
『法人企業統計年報』(1990年度)から作成
4 資産の格差について
ω 企業の富と社会の富
日本において社会の富が企業部門へ
偏って集中していることは、国民純資
産の部門別構成をイギリスやアメリカ
と比較してみるとよく分かる。国民純
資産の国内総計を一〇〇としたときの
各部門の割合は、一九八五年の時点で
以下のようになっている。︵I14・1
表︶
つまり、アメリカと比較して二倍、
イギリスと比較しても一・五倍の割合で資産が企業部門に集中しているのである。しかも、この集中が土地をテコに
して行なわれていることが近年の日本の特徴である。
︵1︶
さらにこうした企業部門への一般的集中に加えて、企業規模の格差に応じてその持てる総資産にも著しい格差が存
在する。︵1−4・2表︶
全体のO・二%を占めるにすぎない資本金一〇億円以上の巨大企業が従業員総数の二割弱を雇用し、総資産の四割
1−4・1表国民純資産の構成比(1985年)
14
)
70
現代日本における階級格差とその固定化
以上を所有している。資本金一億円以上の企業︵上場企業のめやす︶は、全法人企業の一・二%を占めるにすぎない
にもかかわらず、従業員総数で全体のほぼ三割、総資産で六割弱を占めている。驚くべき企業資産の集中と格差であ
︵1︶ 石川経夫﹁家計の富と企業の富﹂︵西村・三輪編﹃日本の株価・地価﹄東京大学出版会、一九九〇年、所収︶
︵2︶ また、つぎのような指摘もある。﹁全法人の所有地を、﹃概要調書﹄の法人所有地、一八O万㎞強でおさえるならば、資本
金︸億円以上の企業︵﹃法人企業統計﹄の推計値で約二万社、全法人の約一%︶のうちの七割ほどの大企業が七〇∼八○万胎
六号、一九八九年三 月 ︶
︵四割前後︶を所有していることになる。﹂︵田中力﹁現代日本の土地所有統計をめぐる方法論的諸問題の検討﹂﹃統計学﹄第五
③ 国民資産の格差
前述のように、日本では、他の主要資本主義国と比較してみても、より著しい規模で社会の富が企業部門に集中し、
さらにそこではわずかな巨大企業の手に圧倒的な割合で資産が集中している。では、資本によって資産を奪われた国
民は、等しく資産から疎外されているのだろうか。否、そうではない。国民のなかにも、資産を持てる者と持てない
者との格差が存在し、両者の違いは資本への社会的接近の度合いに応じてさまざまである。
まず、国民のなかでどのような資産格差が生じているかを見てみよう。以下の表は世帯主の年問収入を五分位階級
に並べて、全体としての財産所得が各階級でどのように分配されているかを示したものである。財産所得とは、世帯
員の所有する財産によって生じた収入から必要経費を差し引いたもので、具体的には、現物資産から生じる地代や家
71
華
一橋大学研究年報 社会学研究 31
への分布
58.5
100.0
21.1
22.4
41.0
100.0
20.5
2Ll
44.4
100.0
13.6
23.1
47.7
100.0
4.1
1988
1989
1990
9.3
16.2
7.6
100.0
11.0
1987
7.6
45.6
9.3
16.9
8.0
100.0
16.7
1L5
1986
8.4
48.3
9.1
23.9
6.3
100.0
14.2
1985
6.4
100.0
50.6
7.9
47.6
22.9
5.6
23.7
12.5
1980
5.6
12.8
1975
10.2
V
6.8
帯および一般世帯を対象としている。 それによれば、年間収入一〇分位階級ごとの貯蓄総額の配分比はつぎのように
なる。︵1−4・4表︶
高額所得階層の上位一〇%が貯蓄総額の四分の一を所有し、 下位一〇%は五%以下である。予想されたように、高
72
賃、金融資産から生じる株式配当や預貯金利子を指し、典型的な不労所得で
ある。︵1−4・3表︶
家計調査は勤労者世帯が対象であり、世帯主が社長、取締役など会社役員
である経営者階級は一般世帯に含まれ、勤労者世帯に属さないから、ここに
現われた数字は控えめなものにすぎない。にもかかわらず、はっきりしてい
るのは、高額所得階級ほど財産所得が多いという事実であり、高額所得層上
位二〇%が全財産所得の五〇%弱を握っていることである。これにたいして、
低額所得層に属す四〇%の人々は一三∼五%を占めるにすぎない。
いった場合には、両者のケースを問題にしなければならない。そこでまず、
いうまでもなく、資産には金融資産と実物資産とがあるから、資産集中と
らない。
差の実態に迫るのにはまだ十分ではない。資産集中の推計を試みなければな
これだけでも所有されている資産の格差を間接的に暗示しているが、資産格
この表が表わしているのは、所有する資産がもたらす所得の格差である。
『家庭調査年報』各年度版から
計
w
皿
H
1
動
向
調 金融資産の集中である。総務庁の﹃貯蓄
査 ﹄ は、年一回、﹃家計調査﹄の付帯調査として行なわれ、勤労者世
1−4・3表 勤労者世帯の財産所得の5分位所得階層
現代日本における階級格差とその固定化
1−4・4表 年間収入十分位階級別の貯蓄現在高の分布
7.5
8.0
9.0
7.6
7.0
8.5
9.8
7.2
7.8
7.5
9.1
7.2
7.8
8.2
7.6
7.4
8.2
8.6
7.3
7.0
7.1
8.3
9.9
8.8
6.4
6.5
7.0
6.4
5.5
1990
6.6
6.1
4.9
1989
6.2
6.1
4.9
1988
7.0
3.4
4.7
1987
w
4.9
1986
V
皿
2.2
1985
IV
H
1
10.3
10.2
X
IX
皿
V皿
計
12.4
15.2
25.0
100.0
11.4
13.4
25.1
100.0
lL8
14.9
24.3
100.0
10.3
13.1
24.9
100.0
10.8
12.9
26.7
100.0
10.8
13.2
22.1
100.0
総務庁『貯蓄動向調査』,各年度版,第5表から
1−4・5表 世帯主の職業別貯蓄及び負債の1世帯当り現在高
単位:千円
全世帯 労務者 職 員
商人・
人
個 人 法 人 自由業
営者
営者
無職
①通貨性・定期性預貯金
②生命保険など
5473
3514
4701
6742
7831
10549
8723
7569
2665
2024
2498
2946
4092
5257
5237
2503
③有価証券
2742
661
2640
2081
2141
10234
5836
5534
(454)
(138)
(489)
(216)
(332)
(1257)
(899)
(1053)
(債権,公社債投資信託)
(520)
(152)
(453)
(375)
(293)
(1879)
(2110)
(1041)
(株式・株式投資信託)
(1769)
(371)
(1698)
(1489)
(1516)
(7098)
(2827)
(3439)
(貸付信託,金銭信託)
総務庁『貯蓄動向調査』,1988年度版,第6表から
額所得階層ほど、貯蓄現在高が大きい。こうした高
額所得階層であるとともに、金融資産の蓄蔵者でも
ありうるのは、いかなる階層の人々であろうか。一
九八八年を例にとって、同じ﹃貯蓄動向調査報告﹄
を調べてみる。すると、同書の第6表﹁世帯主の職
業別貯蓄及び負債の一世帯当り現在高﹂から、つぎ
のような結果が得られる。︵1−4・5表︶
一見して明らかなように、労務者と法人経営者と
のあいだに著しい格差が存在する。貯金で三倍、保
険で二倍、有価証券で一五倍の開きが認められる。
とりわけ著しいのは所有株式額であって、約二〇倍
の格差がある。もっとも、この株式形態での貯蓄額
第一位である法人経営者とそれに続く無職・自由業
とのあいだに二倍以上の差が開いていることを考え
ると、このことは、株式を選好する傾向が法人経営
者の階層に根強く存在することも示唆していると見
なければならないだろう。とはいえ、会社役員を中
心とする法人経営者の階層が肉体労働者である労務
73
74
者との著しい格差のもとに、株式所有を軸に、金融資産の形成・集中をはかっていることは、この表からも明らかで
ある。
金融資産の集積者が経営者階層であることが明らかになったが、実物資産についてはどうだろうか。とりわけ、土
地の所有について、このことはどこまで当てはまるだろうか。金融資産については、たしかに高額所得者がそれを集
積しやすいと認める者も、土地資産については、より多く個別的、偶然的な事情に左右される、と考えがちである。
たまたま遺産相続に恵まれて宅地保有者になったケース、戦後の農地解散で地主になった近郊農家のケース、急速な
都市化のなかで商業地として再評価されるようになった旧住宅地にたまたま住んでいた住民のケース、数え上げれば
きりがないほどの個別的事情が、実物資産の階層的格差を否定しているようである。土地所有の階層的性格を否定す
るこのような通俗的議論が出てくる背景はいくつか考えられる。その第一は、統計の不備である。これから示すいく
つかの例外的調査を除けば、土地所有の集中についての社会統計資料は存在しない︵一九九〇年現在︶。人々は、自
分の日常生活の狭い視野に入ってくる特殊ケースをもとに、全体の傾向を類推するしかないのである。第二は、企業
所有の形態にある土地所有の問題がしばしば無視されることを別にしても、この種の議論があくまで個人的ケースを
もとに成されているのであって、社会的なレベルでの議論になっていないことを指摘しておくことも必要である。た
とえば、たまたま現在、純個人的に好運な事情で土地を所有している人々も、ひとたび同じ土地をその個人的事情と
は無関係に取得しようとしたらどうであろうか。年収一〇分位階級の第−階級︵最低所得一〇%層︶の人がたまたま
とっては個人的に偶然の好運であろうとも、第X階級︵最高所得一〇%層︶にとっては社会的に約束された好運だか
る。しかし、その好運に社会的な意味付けをいくら行なおうとしても無駄である。なぜなら、その好運は第−階級に
親の遺産として都内の一等地に宅地を相続したケースを考えてみよう。彼が、それを相続したことは個人的好運であ
一橋大学研究年報 社会学研究 31
現代日本における階級格差とその固定化
らである。いいかえれば、個人的に好運な事情で土地を取得した人々は、ひとたびその土地を手放したら、二度とそ
れを買い戻すことはできないのであって、それを買い取ることのできる人々とは、社会的にそれを成しうる境遇︵好
運︶に恵まれたある特定階層の人々なのである。
以上のように、実物資産とくに宅地と住宅の所有と、その階層的背景を探る十分な理由が存在する。では、どのよ
うにであるか。
かつて経済企画庁の要請で、所得資産分配をめぐる実態解明を目指して﹁所得分配に関する研究会﹂なるものが設
置された。一九七五年にこの研究会が取りまとめた報告書﹃所得、資産分配の実態と問題点﹄は、とくに、その第−
部第三章﹁実物資産分配の実態﹂で、経済企画庁が作成した住宅資産統計を利用して、住宅資産の所有格差の問題に
取り組んでいる。そこでは、経済企画庁が行なった家計調査の一九七〇∼三年分の原調査票にさかのぼって土地.家
屋の保有面積と固定資産税納付額を調査し、土地・家屋資産の保有額を推計した二種類の統計を利用している。二種
類の統計とは、推計Aと名付けられた﹁土地・家屋の保有面積を金額化した統計﹂と、推計Bと名付けられた﹁固定
資産税納付額から推計した統計﹂である。前者は自ら居住する持ち家のみの資産を対象とし、後者は居住用持ち家以
外の資 産 を 含 ん で 対 象 と し て い る 。
まず、推計Aから各職業階層ごとの平均持ち家資産額を見てみよう。これは、先に触れたように、総理府統計局の
﹃家計調査﹄調査票に記載された各世帯の持ち家の保有面積︵土地・家屋︶をもとにしているが、正確には、これに
所在地ごとの単位面積あたり平均価格︵独自に算出した時価補正計数︶を乗じたものである。︵1−4.6表︶
法人経営者を筆頭に、個人経営者、自由業者と続くが、これら三者と独立自営業者︵商人・職人︶との格差は著し
いものがある。職員層︵民間および官公︶を含み労務者を中心とする労働者層の持ち家額の単純平均基準比が二六・
75
1−4・6表 推計Aによる年収と持ち家資産との関連
(1973年・非保有世帯を含む) 単位1千円
世帯数
平均年間収入
平均持家資産額
常 用 労務 者
24670
1525.6
2962.9(2L7)
雇い/臨時労務者
18
255.8
246.6(16.4)
間 職 員
5306
175.5
39LI(32.1)
4998.2
1927.8
91924
3669.4(100.0)
667.8(70.7)
公 職 員
1120
257.6
903.4(35.9)
人 ・ 職 人
9850
858.3
486.7(47.5)
人 経 営 者
人 経 営 者
145
962.8
167
776.6
由 業
732
490.6
779.1(64.2)
の 他
90
556.7
843.0(42.7)
職
136
196.3
636.9(41.2)
括弧内は法人経営者を100としたときの基準比
(経済企画庁・所得分配に関する研究委員会『所得,資産分配の実態と問題点』1975
年,参考資料3−2表から,267頁)
不動産取得など、思いもよらないことである。
76
五であるとすれば、法人経営者を中心とした自由業者・個人経
営者のグループのそれは七八・三となる。個人的好運では説明
のつかない資産格差である。
これに続いて、推計Bにもとづく実物資産としての住宅を見
てみよう。推計Bでは固定資産税をもとにしているので、投資
用土地家屋を含む資産分布の手がかりが得られる。まず、推計
Aで見たのと同様、年収と持ち家資産との関連を示そう︵1−
4・7表︶。
投資用の資産を含めたこの表からすると、先にみた格差の構
図は若干の変更を必要とする。先の表では、持てる者の側には、
個人経営者と自由業者も入っていた。しかし、この表では、法
人経営者とこれら両者との格差のほうが目だっている。逆にい
えば、法人経営者が突出して格差をリードしていると見るべき
である。彼らとの比較でいえば、基準比が五〇を超える職業階
層は存在しない。いかに彼らが投資目的の不動産をその手に集
り、先の表でみた格差はいっそう拡大している。社会的で一般的な意味でいえば、労働者階層にとって、投資目的の
積しているか、この表を見れば歴然としている。さらに 、 この表でみれば、労働者階級の基準比はあわれなものであ
一橋大学研究年報 社会学研究 31
現代日本における階級格差とその固定化
こうした階層的格差を基礎に、実物資産が少数の者の手に集中していく。報告書は、同じく推計Bにもとづき、実
物資産保有額の一〇分位階層別の資産保有状況データを公表している︵1−4・8表︶。
%以上を所有し、持たざる国民五〇%は合計しても全資産の一〇%を保有するにすぎない。
これほど明確な結果を示す調査はその後行なわれることがなかったため、現在の状況まで追跡することは厳密な意
実物資産がいかに少数の人々の手に集中しているかがこの表から明らかである。トップ一〇%が全実物資産の五〇
%物 1−4・7表推計Bによる年収と持ち家資産との関連
[)」 空 盗 [ (1972年・保有世帯のみ) 単位千円
平均持家資産額
常 用 労 務 者
1568.0
8266.4(15.9)
日雇い/臨時労務者
U82.2
民 間 職 員
2076.1
13160.9(25.3)
官 公 職 員
商 人 ・ 職人
2124.2
12822.6(24.6)
1653.4
14719.2(28.3)
個 人 経 営 者
2528.2
20080.1(38.6)
法 人 経 営 者
自 由 業
3185.0
52050.5(100.0)
1897.4
21458.3(41.2)
5644.1(10.8)
そ の 他
1360.7
19433.0(37.3)
無 職
1052.4
18107.5(34.8)
全 体 平 均
1858.8
13799.6
括弧内は法人経営名を100としたときの基準比
(経済企画庁・所得分配に関する研究委員会『所得資産分配の実態と
問題点』1975年.参考資料3−6表から)
1−4・8表 推計Bによる実物資産の集中度
平均実物資産額
2.1
2776.5
3821.0
5.0
6660.3
3.8
5024.7
2.9
6.7
2
3
4
5
6
716.9
1784.4
1.4
第1分位
構 成 比
0.5
7
8
9
21071.3
16.0
10
68485.5
51.9
計
132010.8
8893.2
9.7
77
平均年間収入
12777.0
(同上轡,参考資料3−15表から,277頁)
100.0
1−4・9表 土地資産額の所得
住宅資産倍率
(翻禦嘉環、1辮.藩劉
116.O
942.8
507.4
lO2.3
211.4
864.2
5L8
105.5
283.2
441.2
87
88
4.15
.73
.26
87
.26
.40
88
.10
.81
V
IV
皿
1
1
3038.2
1084.2
(経済企画庁『国民生活白書』1989年版 318∼9頁)
勤労者世帯
1−4・10表 土地資産保有格差
持ち 家資産額(万円)
量的、質的な是正が見られる見通しはきわめて薄い。︵1−4・9表︶︵1−4・10表︶
金融資産と実物資産がどのような階層の人々の手に集中しているかを、主として個票調査の手法にもとづく調査結
のがある。相続税方式︵U雷芸∪ロ蔓ω惨器ヨ︶と呼ばれ、イギリスを始めとする各国で用いられているこの方式は、
相続税の課税方法が異なり、かつ課税統計がきわめて不備な日本では未発達であるが、たとえば一九八八年度を例に
78
味ではできない。しかし、一九七〇年代前半に現わ
れたこうした階層的格差の傾向的事実は、その後の
地価狂乱とバブル経済のなか、一九八O年代におい
ても強まりこそすれ弱まることはなかったと考えら
れる。その証拠として、一九八九年度の﹃国民生活
白書﹄で明らかにされたデータを見てみよう。﹃白
書﹄は、土地資産についてのみ調査している。その
方法は、﹁家計調査﹂の個票にさかのぼり、そこに
は八O年代を通じて著しく開いた。土地資産保有格
る。それによれば、持てる者と持たざる者との格差
を乗じるもので、前述の推計Aと基本的に同じであ
0000記載された持ち家の敷地面積に所在地別の公示地価
78.1
65.9
85
2.85
85
1980
563.6
39.2
1980
全 世 帯
差でみても、所得階層間格差でみても、このことははっきりしてい る 。 一九八七年のピークをはさんで、階層格差の
階層間格差
果から見てきた。資産集中を明らかにする方法には、これ以外に遺産相続にさいしての相続税の課税資料から見るも
一橋大学研究年報 社会学研究 31
現代日本における階級格差とその固定化
1−4・11表 イギリスにおける資産分布
40
34
32
31
30
59
53
46
45
44
43
43
25
78−83
75−81
68−73
68−73
67−72
68−73
67−72
50
90−96
89−93
87−91
88−92
88−92
89−93
88−92
39809
40496
41868
42765
43054
43322
43433
総数(単位:千人)
21
17
15
14
14
14
27
23
21
20
20
20
31
とってみると、この年の一五歳以上の死亡者総数は七八=二五八人であり、同年
度の被相続人の総数は三六四六八人であった︵﹃国税庁統計年報書﹄一九八八年︶。
このことから、被相続人は死亡人口の四・七%、また五億円以上の資産を遺して、
申告した者は三二四二人であるから、これは死亡人口のO・四一%にすぎない。
死亡人口をこの場合ランダム・サンプリングと考えて推論すれば、国民の五%以
下の手に社会のある種の富が集中していたことになる。﹁ある種の﹂というのは、
相続税逃れの巧妙な工夫や過小申告を別にしても、ここで対象になっている富は
さまざまな控除を受けた後の、しかも遺された遺産についてではなく、分割され
て相続された遺産部分についてのものでしかないからである。とはいっても、遺
産統計は、社会的富の集中の実態に迫ることのできるもっとも有効な手段の一つ
である。イギリスの政府統計がこの資産乗数法によって富の分配統計を計算して
︵1︶
いるのは、通常の標本家計調査の方法では資産家の手にある富の実態に迫ること
ができないからである。
これにもとづく資産分布は以下のように公表されている。︵1−4・H表︶
上位五%の層に個人所有の富の三〇∼四〇%が集中するというイギリスの現実
は、この遺産統計にしたがって得られたものである。日本では、租税統計の不備
からこの方法が使えず、もっぱら家計調査︵﹃全国消費実態調査﹄︶にもとづき家
計資産を個別に推計していく標本調査の方法が採られていることはすでに述べた。
79
46
10
27
2
5
34
最も富裕な上位1%
87
86
85
84
81
76
1971
成人人口の
Inland Reve皿e/StaUsltics1989,HMSO,p95,Table106
一橋大学研究年報 社会学研究 31
80
これだと居住家屋以外の土地資産については調査できないという欠点が生じるばかりでなく、遣産乗数法との関係で
いえば、比較的少額の富を持っている者︵これは、課税対象とはならないほどの遺産であるから、遺産乗数法では社
会的にゼロと評価される︶までもが資産分布の底辺を形成し、そのかぎりで遺産乗数法で得られた数字を大きく引き
下げる結果になってしまう。一見して資産の集中度が低いとみせかけている数字の裏付けも、実は資産乗数法と標本
調査法との推計方法の違いにすぎないのである。だから、標本調査で得られた数字をもって、遺産乗数法で得られた
︵2︶
数字と直接比較することは厳しく戒めなければならない。ところが、わが国における代表的な資産格差の実態研究は、
標本調査によって、上位五%の家計に総家計資産の二五%︵一九八四年︶が集中していることを明らかにしながら、
この数字をイギリスの五五%︵一九七二年︶と直接比較し、﹁日本の資産格差は今のところ欧米諸国の資産分布より
不平等度が小さい﹂と驚くべき結論を下している。統計の専門家としては両者の推計方法の違いに無知であるとは思
︵3︶
一九八九年一月、一八一頁、一八五頁
われないから、これは、なによりもまず日本の資産分布の平等性を主張したいという著者たちの先験的意図の表われ
であると理解せざるをえない。
この方法については、U訂ヨo&カ80芦Zoレ署’隷ふ
石川経夫、前掲論文、二三六頁
︵1︶
︵2︶
高山・船岡その他﹁日本における資産保有の実態﹂﹃ESP﹄、
株式所有の法人株主への集中
株式所有の格差 に つ い て
︵3︶
(1〉5
現代日本における階級格差とその固定化
株式所有が資本主義社会でもっている意味は、それが金融資産のひとつとしてもつ以上のものがある。それはたん
なる消費手段としての実物資産の所有でもなく、銀行という貯水池に蓄蔵された貨幣集積でもない。株式は現実資本
の所有名義であって、すなわち、マルクスがいうように、﹁鉄道会社、鉱山会社、船会社などの株式は、現実資本、
すなわち、これらの企業に投下されて機能しつつある資本、または、資本としてこうした企業に支出されるために株
主たちによって前貸されている貨幣額を、あらわす﹂。資本は剰余価値をもたらし、利潤を生む。だから、株式所有
の第一の意味は、資本の生み出す剰余価値にたいする将来の請求権としての株式所有、すなわち、利潤証券としての
株式所有である。この意味で、株式所有は直接に資本所有であり、もっとも資本主義的に活動的な所有であるという
ことが で き る 。
本所有と呼んだらよいだろうか、マルクスが続けていうように、﹁この所有名義の価値の自立的運動は、この所有名
と同時に、株式所有には、こうした実質的資本所有としてだけでなく、より危険で、独特の側面がある。幻想的資
義が、それによっておそらく代表される資本または請求権のほかに、現実の資本を形成するかのような仮象を確定す
る﹂。具体的には、﹁この所有名義が、商品−独目の運動と定まり方をする価格をもつ商品となる﹂ことであって、株
式市場で株が値を付けるというこの独自な現象は、恐慌を頂点とする景気循環の軌道のなかにある資本主義経済にお
いては、﹁それらの株式がたんなる眩惑を表わすこと﹂にほかならない。株式価格は高騰と下落を繰り返し、それに
つれて、この株式が担う幻想的な資本︵利子歩合を基準に配当から逆算された名目的貨幣資本︶も価値膨張と価値収
縮を繰り返す。これが投機証券としての株式所有である。価値の膨張から収縮へというこの運動は株式が本来代表す
る現実資本の価値運動と無関係である。コ国民の富は、名目的貨幣資本のこうしたバブルの崩壊によっては、ビタ
一文も貧乏になりはしなかった﹂とは、今日を見通したかのようなマルクスの言である。もちろん、眩惑された株式
81
一橋大学研究年報 社会学研究 31
単位;%
∼49単位
50∼99単位
100単位∼
1975
99,2(28.7)
0.3(2.3)
0.5(69.0)
76
99.1(28.2)
0.3(2.3)
0.5(69.5)
77
99.2(27.3)
0.3(2.3)
0.5(70.4)
78
99.0(262)
0.4(2.3)
0.6(7L5)
79
99.0(26.0)
0.4(2.3)
0.6(71.8)
80
99.1(25.0)
0.4(2.3)
0.6(72.8)
81
99.0(24.4)
0.4(2.3)
0.6(73.4)
82
98.8(23.9)
0.4(2.3)
0.7(73.9)
83
98。8(22.7)
0.4(2.3)
0.7(74.9)
84
98.8(22.3)
0.5(2,5)
0.7(75.1)
85
98.2(20.9)
0.8(2.6)
LO(76.5)
86
98.3(20.1)
0.7(2.6)
LO(77,3)
87
98.4(20.2)
0,7(2.6)
0.9(77.2)
88
98.5(19,5)
0.6(2,6)
0.9(77.9)
89
98.5(20.0)
0.6(2.6)
0.9(77.3)
90
98.6(20,6)
0.6(2.6)
0.8(76.8)
1985年以降,上場会社の採用する1単位の株式が異なるた
め,株数から単位数にべ一スを統一している.
82
所有者にとっては、そうではない。彼らは、膨張
し切ったバブルが崩壊することによって、有頂天
から奈落の底へと突き落とされる。しかし、彼ら
の悲鳴がそれほど人々の同情を呼ぶことがないの
は、今日も同様である。﹁嵐が過ぎ去れば、これ
『株式分布状況調査』各年度版
らの有価証券は、失敗企業または眩惑企業をあら
わさないかぎり、ふたたび、その従来の高さに騰
貴する﹂。重要なことは、﹁恐慌中の有価証券の価
値減少は、貨幣財産集中の力づよい手段として作
用する﹂という鉄のような事実である。︵以上、
﹃資本論﹄第三巻第二九章︶
この貨幣財産集中の過程のなかで、ますます強化されるのが、 第三の意味での株式所有、すなわち、支配証券とし
ての株式所有である。これは、個人︵典型的には個人大株主︶ま た は 法 人︵典型的には持株会社︶がその企業を支配
したり、その経営を左右したり、影響力を行使したりする目的で、 ある企業の株式を所有することである。機関投資
家が運用益を求めて投機証券や利潤証券としての株式所有に専念するのとは全く事情が異なっている。株式所有が直
接に資本所有であるだけでなく、資産集中の危険かつ魅力的な手段であること、さらにまた、所有を通じて企業を支
配する有効な手段であること、こうした株式所有の独自な役割こそ、株式所有者に現代資本家としての独自の意義と
︵1︶
自覚と責任とを与えるのである。
1−5・1表全上場会社の株主数(株式数)
現代日本における階級格差とその固定化
1−5・2表 個人株主を凌駕して進む法人株主への集中
3.1
5.8
5.6
0.2
2.6
1.4
0.2
4.0
1.5
0.2
5.7
2.0
1.3
0.8
4.7
2.5
1.8
0.9
3.6
2.5
2.4
0.8
4.0
3.9
2.5
2.0
0.7
3.7
0.7
3.1
4.2
23.1
3.2
1.4
0.3
23.6
1.4
3.7
7.5
0.2
29.2
1.8
7.9
4.1
0.4
3.6
0.6
では、さまざまに独自な意義をもつ株式所有は現実にはどの
ように分配されているのだろうか。全上場企業の株式がどのよ
うな規模で株主に所有されているかを見てみよう。︵1−5・1
表︶
この表からは小口所有者と大口所有者とへの両極分解が鮮や
かに看て取れる。すなわち、総株数の七割以上を一%に満たな
い大所有者が占め、株主全体の九八%を占める小所有者は総株
数の二〇%を所有するにすぎない。この大口所有者が実は法人
株主であることは、つぎの表を見てみればよく分かる。︵1−
5・2表︶
金融機関と事業法人とを合わせた法人株式所有の比率の高さ
が日本の特徴を成していることは、﹁株式の相互持ち合﹂の事
実と関連してしばしば指摘される。この事実をどのように解釈
すべきかは議論の分かれるところであるが、確かなことは株式
のかたちでの富がますます、そして圧倒的な割合で個人所有か
ら離れ、企業の手に集中していることである。このことの直接
的意味は、これまで確認した格差の日本的特徴、すなわち、資
本権力の圧倒的優位と、市民社会の相対的脆弱とを両極とする
83
25.2
L7
22.4
22.6
4L6
24.9
42.2
24.9
90
23.9
87
42.3
89
25.2
24.5
40.9
85
24.8
42.5
88
33.5
26.0
37.3
80
41.7
39.9
26.3
L6
34.5
75
24.1
86
23.1
L7
44.8
30.9
53.1
L8
46.3
18.4
L2
17.8
70
13.2
11.9
55
23.4
65
6L3
一
12.6
1950
23.1
60
一
11.0
19.5
外国人個人+法人
個 人
人等
証券会社
事 業
投資信託
投信
共団体
金融機関
政府・地方
全国証券取引協議会「株式分布状況調査』 1990年度版
一橋大学研究年報 社会学研究 31
しかし、法人所有の傾向はこうした直接的含意を離れて、奇妙な資本主義弁護論を生んでいることも事実である。
84
格差の基本構図を、株式所有において再び確認するものでしかない。
バーナムや、バーリ日ミーンズの﹁経営者革命論﹂﹁経営者支配論﹂をうけて、この種の議論が一般的な意味で主張
するのは、階級としての資本家の歴史的退場と、資本家ならざる経営者階級の登場である。また、上述のような日本
のケースをもとにして特殊な意味で強調されるのは、法人が株式所有者となっている事実であり、株式所有者として
の個人の歴史的退場である。たしかに企業という法人が株式を所有するのであって、経営者が所有しているのではな
い。だから、この点に注目すれば、経営者は資本所有とは無縁な一介の雇われ人であって、資本家階級でないと主張
することも、十分な説得力を持つようにみえる。さらにまた、ここにおいて支配の主体が階級でなく、会社それ自体
であるとする主張も、前の主張から目然に導き出されるように見えるかもしれない。日本が階級支配の社会ではなく、
会社主義の社会であると主張することも、ここからは違和感のない結論である。しかし、こうした主張の与える印象
は二つの点で誤っている。第一に、株式会社から、資本の機能と所有との分離が生まれ、﹁現実に機能する資本家が
他人の資本の単なる支配人・管理人に転化し、資本所有者が単なる所有者、単なる貨幣資本家に転化﹂する歴史的傾
向を認めた場合でも、経営者は資本の管理者であって、労働過程の管理者ではない。経営権を占有し、行使するのは、
前者のような取締役︵トップ・マネジメント︶であって、後者のような中間・下級管理職ではない。対内的には、彼
らが資本家として振舞うのである。第二に、広義の資本所有者には、資本所有の代表者を含めて考えるべきであって、
このことは、あたかも土地所有において、広義の共同体的土地所有者に共同体を代表する個人を含むことと同じであ
本の機能と所有との分離についての先の例で言えば、﹁機能資本家はここでは、資本の非所有者だと想定され
、、、、、、、︵3︶
ている・甑本所静は、彼にたいし、貸し手たる貨幣資本家によって代表されている。﹂このことを法人所有の例に当
魏㌍
現代日本における階級格差とその固定化
てはめて言えば、法人企業が所有する他社の株式を当該企業の代表取締役が代表するということは、商法の上でも、
また、株式会社制度のもとでも、一般的に行なわれていることであって、このこと、つまり、所有主体とそれを代表
する主体とが分離するという事態は、なにも資本所有の立場からしても、所有一般の立場からしても、不合理なこと
ではない。法人所有の場合、所有の主体が法人であるということは、所有者が当該法人の代表者であるという事態を
排除しない。むしろ、共同体土地所有の場合に土地所有者が共同体を代表する個人でありうるように、株式の法人所
有の場合も、所有者は法人を代表する個人︵代表取締役︶でありうるのである。だから、対外的にも、彼らは資本家
として振舞うことができるのは、彼らが所有主体である当該法人を代表することによって、資本所有者として振舞う
ことができるからなのである。この意味でも、彼らは資本所有の代表者としての資本家階級であり、所有にもとづく
資 本 支配の独自の歴史 的 段 階 を 象 徴 す る 存 在 で あ る 。
いずれにせよ、法人株主の手に集中された株式は、その集中の形式がどうであれ︵一方的な所有であれ、相互持合
であれ︶、その動機がどうであれ︵資金運用からであれ、影響力の行使からであれ、相互結束の強化のためであれ︶、
法人所有の代表者としての経営者階層に膨大な︵政治的・経済的・文化的︶権力を与えるのである。こうした権力を
背景に、彼らが資本所有を守り、利潤極大化の原則に従い、市場経済の発展に尽くし、そのかぎりで﹁資本範疇の人
格化﹂として振舞うことは誰の目にも否定しようがない事実である。
︵1︶法人所有と支配の構造については、奥村宏﹃新版 法人資本主義の構造﹄、社会思想社︵現代教養文庫︶、第二編﹁法人所
有の構造﹂を参照
︵2︶ 所有主体と代表主体の分裂は資本所有に限らないのであって、土地所有を例にとってみるならつぎのこともまた明かであ
85
一橋大学研究年報 社会学研究 31
る。﹁地代の独自的形態のいかんをとわず、すべての地代類型に共通するのは、地代の取得は土地所有がみずからを実現する
経済的形態だということ、および、地代の方は土地所有、すなわち、地球の一定部分に対する一定個人の所有を前提するとい
ヤ ち ヤ も ち ヤ ヘ ヤ ヤ ち ヤ ち ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ち ち
うことである。といってもその所有者はアジアやエジプトなどでのように共同体を代表する個人であってもよく、また、この
土地所有者は奴隷制度または農奴制度のばあいのように直接的生産者の人格にたいする︸定個人の所有権のたんなる偶有性で
あってもよく、また、この土地所有は自然にたいする非生産者の純粋な私的所有ー土地にたいするたんなる所有名義iであっ
てもよく、また最後に、この土地所有は、土地にたいする一関係ーといっても、植民者や小農民土地所有者のばあいのように、
孤立化されていて社会的に未発展な労働のともでは、直接的生産者による一定地所の生産物の取得およぴ生産のうちに直接に
含まれているように見えるところの、土地にたいする一関係ーであってもよい。﹂︵同書、第三七章傍点引用者︶マルクスは、
土地の共同体所有においては所有者が共同体︵所有︶を代表する個人であることを指摘しているのである。
︵3︶ マルクス﹃資本論﹄第三巻第二三章傍点引用者
③ 個人株主における集中
株式所有が企業の手に集中し、企業経営者によってその膨大な株式所有が代表されていること、これが現代日本の
一方における状況であった。他方の極には、比重を絶えず低めながら、しかし、大衆資本主義の幻想を振りまきなが
ら、大衆投資家と呼ばれる人々が存在する。彼ら個人投資家は、大衆の名にふさわしく、﹁バブルの崩壊﹂のさいに
は損失補填を受けることもできず、しょせん貨幣財産集中の一方的犠牲者でしかないが、それでも国民全体に占める
割合からみて、ある限られた階層の人々であって、大衆投資家という呼び名が与える印象とはほど遠い。︵I−5.3
表︶
個人株主の実数が全成人人口一〇%に満たないこと、逆にいえば、これほど少数の層に株式所有が集中しているこ
86
現代日本における階級格差とその固定化
とがこの表から明らかになる。
イギリスの実態と比べてみても、これはそれほど特異な数値ではない。日本におけるバブル経済のもとでの株価騰
貴と個人投資家の急増は、イギリスでも、サッチャー政権のもとで、日本以上の規模で見られたことは事実である。
一九八四年にはブリッティシュ・テレコムが、一九八六年には信託貯蓄銀行︵TSB︶とブリティシュ・ガスが相次
いで民営化され、株式が公開されたが、それに伴って一九八四年の第3四半期から始まった株式投資ブームは、成人
人口に占める株式所有者の比率をそれまでの六%から一挙に二〇%に引き上げた。公開のたびに二〇〇万、三〇〇万、
割 合
%
1979
1983
82
1926
755
9587
87
2004
815
9720
88
2164
880
9849
89
2409
980
9974
90
2560
966
9.8
1716
8.9
9465
86
8.4
9347
679
7.9
700
2047
7.2
1986
85
7.5
一
一
84
6.3
9116
一
8824
『
571
人 口
個人株主
15歳以上
延 べ
実 数
年
これら新たに市場に参加した個人投資家はあくまで民営
化された企業の株とその売却益だけを目当てにしており、
彼らがその後も一般大衆投資家として株式市場に留まる
かどうかは、きわめて疑問である。しかも、これら新規
参入組の三分の一は専門・管理職階級であるという事実
がこの大衆投資家創出政策の階級的視野を狭く限定して
いるからである。こうした日英両国の政策的・短期的影
︵1︶
響を排除して考えると、イギリスの場合で六%︵一九八
OI一九八四年︶、日本の場合でも六∼七%︵一九八O
年代前半︶という数字︵成人人口に占める割合︶が、個
87
四五〇万と個人投資家を引きつけたこの政策は、しかし、一時的で政策的なものであって、株式市場の新たな構造変
める割合の推移 単位1万人
個人株主にっいては『株式分布状況調査』各隼度版その実
数(推計)にっいては,『証券貯蓄の調査レポート』(証券
広報センター)の一世帯当りの平均保有銘柄数と一世帯当
め,これをもって,r状況調査』の延べ個人株主数を除す
りの株主数とから,個人株主一人当り平均所有銘柄数を求
人口については『労働力調査年報』各年度版から
と得られる.
化によって引き起こされたわけではない。その証拠に、
1−5・3表 個人株主が国民全体に占
一橋大学研究年報 社会学研究 31
1−5・4表年間収入階級別,種類別貯蓄保有額 単位:万円
300−400
687 266
ll3
41
142
12
19
13
38
20
17
400−500
833 302
122
43
174
17
19
21
68
35
27
500−700
1103 355
139
71
236
32
19
30
128
33
41
700一
1794 588
203
88
334
45
29
56
301
65
63
807 227
115
52
174
10
69
83
48
19
険
金
券
式
託
蓄
30
20
13
18
51
32
立年
霊口保
便貯
5
5
入
額
金
金
一200
509
7
蓄総
4
資信
財
口Aロロロ
16
無回答
形貯
200−300
115
投
間収
4
102
51
株
信
保
託託 険険
15
24
121
の
債
貯
20
140
他
積
貯
預
1
2
4
2
2
6
4
5
3
1
0
1
16
161
659 229
そ
国
せ債
組
損
金貸 簡生
銭付 易命
郵
年
貯蓄広報中央委員会『貯蓄に関する世論調査』,1989年
人株主の八O年代を通じての基礎的部分であると考えてよいだろう。
国民の一〇%に満たないこうした株式個人所有者とは、どのような人々で
あるか。当然のことながら、彼らは高額所得者である。貯蓄広報中央委員会
の﹃貯蓄に関する世論調査﹄によれば、高収入階層ほど株式での貯蓄を好む
ことが明らかにされている。︵1−5・4表︶
また、﹃貯蓄動向調査報告﹄の資料をもとに、一九八九年を例にとってみ
ると、年収一〇〇〇万円以上の層︵全世帯の一三・五%︶が全個人保有者に
占める割合は二八・四%であること、しかし、彼らが個人保有額全体に占め
る割合は五六%に上ることが明かとなる。つまり、個人株主の内部において
も、高額所得階層による所有集中が起こっているのである。︵1−5・5表︶
さらに進んで、この個人株主の階層的特徴を問題にしよう。一九八四年度
までの﹃株式分布状況調査﹄は、個人所有者のうちに占める発行会社役員数
とその持株数を示していた。すでに推計されている個人株主の実数値︵前
掲︶とそれを比較してみると、以下のようになる。︵1−5・6表︶
個人株主のO・五%︵一九八二年︶あるいはO・四%︵一九八四年︶を占
めるにすぎない発行会社の役員が個人持株の六%弱を所有している。これだ
けでも大きな比重を経営者株主が占めていることを暗示しているが、さらに、
一般個人株主の平均持株数︵推計された実個人株主数で個人保有株式数を除
88
現代日本における階級格差とその固定化
1−5・5表 個人株主の集中度
世帯数
年間収入
布
一世帯当り
在 高
保有率
C
b
a
b/a
全保有額に
める割合
ab/1920
ab/233500
9.4
1000−1200
694
8803
33.2
265.2
900−1000
435
2929
29.3
100.0
800−900
660
1837
25.2
72.9
750−800
330
2380
29.8
79.9
700−750
502
1330
17.3
76.9
650−700
519
854
17.9
47.7
600−650
632
858
19.3
44.5
550−600
618
1535
17.1
89.8
500−550
769
1084
14.9
72.8
450−500
713
1044
16.5
63.3
400−450
763
1299
13.2
98.4
350−400
703
692
12.6
300−350
628
899
250−300
541
1151
200−250
437
242
150−200
240
269
100−150
116
32
一100
45
15
合計・平均
10000
2335
20.8
26.2
12.0
5.5
1250−1500
156.2
9.0
267.6
39.1
5.2
8.7
58.1
6109
6.6
15546
344
7.0
312
1500一
全保有者に
める割合
3.4
5.1
2.9
4.5
4.8
L9
2.3
6.4
4.1
5.5
3.6
6.0
3.2
6.1
4.2
5.2
2.1
4.6
2.4
7.9
2.6
54.9
ll3.8
2.7
3.6
0.3
9.4
19.2
0.2
2.6
12.3
L6
0.7
5.8
46.4
1.2
5.1
47.5
0.5
90.6
12.7
0.02
0.04
0,003
12L6
「貯蓄動向調査報告』,1989年度版
1−5・6表 有力株主としての経営者(全上場会社を対象)
a,bの単位,万人 持株数の単位’千株
a
b
個人株主
の平均持
株数
5.6
一
5.7
一
571
役員株主
の平均持
株数
136.5
11.7
5.9
134.5
136。1
9.7
5.9
一
0.4
一
700
『株式分布状況調査』各年度版から
89
合%
0.5
3.0
84
個人持株に占め
役員持株の割
2.9
83
2.8
82
実 数)
2.7
1981
個人株主
比 率a/b
発行会社
員株主
135.1
一橋大学研究年報 社会学研究 31
1−5・7表社内取締役の持株状況(1979年)
一般企業上位93社 公益事業会社12社
取締役一人あたり持株の
111倍
468倍
締役全体持株の対
として
0.086%(2967000)
0.63%(5316000)
重平均(c)
経営者集
0.0043%(149095)
経営者個
5.6倍
18。8倍
締役一人あたり持株の対
として
0。025%(213510)
重平均(b)
0.00077%(26706)
個人および法人・機関)(a)
0.00134%(11357)
全株主の平均持株
株主平均」倍率(b/a)
取締役合計持株比率の
株主平均」倍率(c/a)
小松章『企業の論理』1980年,三嶺書房,152−6頁から作成
したもの︶が一万株前後のとき、この役員株主の平均特殊数︵﹃状況調
査﹄に記載された役員株主数を実数として計算︶が一三万株を優に超え
ていることを見ると、一三倍以上の格差が一般個人株主と役員株主との
あいだに存在することが確かめられ、また、役員株主の圧倒的存在が強
く印象づけられる。
このことは、巨大企業の支配主体を解明しようとして、第一部上場企
業九九四社についてその株主名簿にまでさかのぼって検討した経営学者、
小松章の成果によっても確認されるところである。
彼は、一九七九年の時点で、現実企業の経営者範疇の人格化である取
締役に焦点をあて、その一社あたりの平均人数を求める。結果は、一般
企業上位九三社について、二五・七人、公益事業会社上位一二社につい
ては、二〇・一人という数値である。つまり、ほんのひとにぎりの人々
が経営者としてあぶり出されるわけである。彼らは、その出身によって、
﹁①当該企業従業員出身者、②金融機関役員出身者、③関係企業役員出
︵2︶
身者、④官僚出身者、⑤創業者一族、⑥その他︵金融機関中間管理職出
身者、子会社代表取締役による兼任、等︶﹂に大別されるが、数のうえ
では圧倒的に①が多い︵九〇%以上︶。彼ら社内経営者の個人および集
団としての持株状況は、﹃有価証券報告書総覧﹄︵一九八○年版︶をもと
90
現代日本における階級格差とその固定化
にして、以下のように明らかにされている。︵1−5・7表︶
機関株主や法人株主をも含む全株主平均持株と比較して、個人としても一八倍、集団としては四六八倍の規模で株
を所有する経営者とは、いったいなにものであるか。これは当然の疑問である。バーリ“ミーンズの﹁経営者支配﹂
論によれば、この経営者は資本所有とは無縁なところで資本機能の遂行を果たす単なる雇われ専門家であって、こう
した専門経営者が支配する企業が歴史的に増大した事実こそ、所有と支配の一致を前提にしたマルクス的古典モデル
の失効を証明する。しかし、自らの調査結果を前にした小松は、正当にも﹁専門経営者そのものにおける高い持株状
ヤ ヤ ヤ ヤ ヘ ヤ ヤ ヤ ヤ
況は何を意味するか﹂と問題を提起し、こう続ける。﹁はっきりしていることは、専門経営者が大量の株式所有と結
、 、 、 、 ︵3︶
びつく時、彼らは、もはやたんなる専門経営者ではなく、それ以上の何ものかになるということである﹂。このこと
︵4︶
は、具体的にいえば、彼が指摘するように、﹁専門経営者が集団として最大︵級︶個人大株主に成り上がる﹂ことで
あるが、階級論の立場からいえば、むしろ、経営者が、﹁資本の機能的側面﹂だけでなく、﹁資本の所有的側面﹂にお
いても、きわだった存在になっているということである。いうまでもなく、﹁資本の機能的側面﹂を労働過程の機能
的側面と混同してはならない。前者は経営者によって担われるのにたいし、後者は中間管理職によって担われる。職
︵5︶
能的にみても、両者が担う管理の質の差は歴然としている。
専門経営者の果たす資本機能が労働過程を管理する機能ではなく、あくまで資本を管理する機能であるとすれば、
それはすでに彼らがたんなる専門的職能人ではなく、活動的な資本家であることを立証する。それと同時に、彼らが
集団としても個人としても大株主であるとすれば、経営者が資本所有から無縁だと印象づける﹁所有と機能の分離﹂
というフレーズもかなり限定をつけて理解されなければならない。むしろ、この問題で重要なのは、彼らが二重の意
味の資本所有者だということである。第一の意味では、上でみたように、彼らが自社株の所有に熱心であること。彼
91
一橋大学研究年報 社会学研究 31
92
ら自身が社会的な意味で最大の株式所有階層となっているのである。第二の意味では、自社が他社の株を法人所有す
るにさいして、彼ら経営者が会社所有の代表者として振舞うことである。株式持合いの問題を議論する際しばしば指
摘される、他社にたいする支配者としての経営者の力は、所有代表者としてのこの第二の側面から派生する。しかし、
だからといって、第一の側面を忘れてよいことにはならない。どれほど形骸化したとしても、経営陣に参加した瞬間
から、自社株を持つことが暗黙のうちに経営者に強制されるのであって、これがあればこそ、意識においても、実質
においても、自社にたいする支配者としての権力が約束され保障されるのである。小松がいう﹁たんなる専門経営者
ではなく、それ以上の何ものか﹂を生み出す力の源泉なのである。
ヤ ヤ ヤ ヤ
このように見てくると、株式所有において指摘された二つの事実、つまり、法人所有への集中、そして、経営者個
人株主の圧倒的優位という二つの事実は、階層としての経営管理者の権力の二大源泉であることが分かる。第一の事
実からは、会社所有をバックにした所有代表者としての社会的権力が、第二の事実からは、株式の直接的所有者とし
ての社内権力が保障される。彼らの権力基盤がこうした所有に基づいていることを指摘することはいまや事実の上で
容易である。
小松章﹃企業の論理﹄一九八O年、三嶺書房、一五〇頁
ωoo一巴↓お5αω一P=一≦ωρ一〇〇〇〇︸P一〇〇
︵2︶
同上書、一五 七 頁
︵1︶
︵3︶
同上書、二〇 九 頁
締役﹄が経営者を指すものとして法制的に定められた公式の職位である以上、 企業としてもたんなる年功者をこの地
︵4︶
︵5︶
「『
現代日本における階級格差とその固定化
位につけているわけでは決してない。あくまでも職能的に、中間管理とは質的に一線を画した全社的管理を担うべき地位の者
るのも、当該部門における彼の意思決定が、すでに部門をこえて全社的影響力を持つからであろう。この意味で、いわゆるヒ
が、取締役を構成しているのである。実際、企業にとって重要な意味を持つ戦略的部門の長が、多くの場合、取締役に就任す
ラ取締役といえども、多かれ少なかれ全社的見地から経営的意思決定に参加しているとみることが妥当である。﹂︵同上書、一
四八頁︶
階層格差の社会的固定化
資本主義社会が構造的不平等を内包している事実にたいして、これまでいくつかの弁護論が試みられている。その
うちの最も有力なもののひとつは、社会移動−厳密にいえば移動主体の自主的志向にもとづく純粋移動1が活発
に行われていれば、それは社会の開放性を示すものであって、その場合には社会が不平等であることはもはや問題にな
らない、という議論である。社会移動の機会がより多くの社会構成員に与えられていることが社会の不平等構造を免
罪する根拠に使われているのである。議論が有するこの種のニュアンスは、上層階級の劣弱者と下層階級の優秀者と
のあいだでエリートの周流が起こり、ひとつの社会の支配層が固定化されないと主張したモスカやパレートの議論に
までさかのぼることもできるが、このような主張そのものにたいしては、ただちにマルクスのつぎの言葉が想起される。
﹁被支配階級の最もすぐれた人物を自分のなかに取り入れる能力が支配階級にあればあるほど、その支配はますます
︵1︶
強固でますます危険なのである。﹂︵﹃資本論﹄第三巻三六章︶
つまり、支配階級の担い手がどれほど個人的に入れ替わろうとも、階級支配の構造それ目体にはなんら本質的変化
93
n
一橋大学研究年報 社会学研究 31
はないのであり、階級支配の構造の全体的維持という目的のためにも、支配階級はむしろ積極的に社会移動を促進し
なければならないのである。そうだとすれば、このことは、階級とその成分とは区別されなければならず、成分のた
えざる変化、固定せざる流動状態にある階級の存在形態もまた認めなければならないことになる。また、そうでなけ
れば、マルクスが一九世紀中頃のアメリカ合衆国を指して﹁なるほど階級はすでに存在しているが、まだ固定せずに
︵2︶
つねに流動状態にあって、その成分がたえず変化し、たがいに交替している﹂︵﹃ルイ・ボナパルトのブリュメール一
八日﹄、第一章︶と述べたことの意味は理解できないことになろう。なによりも重要なことは、どれほど流動化して
いようとも、どれほどその成分が変化を続けようとも、階級は厳として存在しうるという事実であり、ある社会の階
級構造を特徴づけるこの流動化は、階級存在の否定の論拠にはなりえないという事実である。だから、社会移動の本
質を理解するうえで忘れてならないのは、社会移動によって測られるのは階級社会のこの流動的状態であって、それ
を社会の開放性と呼んだところで、社会の不平等構造が、あるいは差別と支配の社会構造が歴史的解消に向かって進
んでいることを意味しない。そうした不平等構造の担い手が個人的に変化しつつあることを示唆するだけである。
このことは、社会移動がもっぱら開放性を計測する指標として理解されているなかで、実は逆にその社会移動が社
会の閉鎖性を暗示する概念であることを照らしだす。現実の社会は一方で開放性を誇示しているとすれば、他方でそ
の閉鎖性を隠している。それは、現実が完全な機会均等からはほど遠いことを示す社会移動の調査結果そのものから
明らかなだけでなく、移動主体の属性︵能力・志向・性格等︶形成の段階からしてそもそも不平等であるという社会
移動の前提条件からも明らかである。とくに後者の問題は、一見すると自由競争が制度的に保障されているかのよう
に見える教育分野、たとえば入試選抜で、結果としての階層的不平等がなぜ形成されてくるのかを考えた場合、きわ
めて重要である。
94
現代日本における階級格差とその固定化
以上のような予備的考察を踏まえて明らかにされるべきポイントの第一としては、世代間にせよ世代内にせよ、社
会移動はどこまで機会の均等を保障しているか、もし完全な機会均等が結果において存在しないとすれば、どのよう
な分断ラインが社会移動を制限しているか、第二として、社会移動はどのように制度化されているか、その唯一のル
ートが教育︵選抜︶であり、労働市場に参入する時点で、学歴が将来の所属階層を条件づけているとすれば、学歴取
得には、出身階層によってどのような機会の不平等が存在するか、こうした諸点を明らかにすることが必要となる。
このことを現在の日本社会について明らかにしたあと、典型的な階級社会である︵と一般にみなされている︶イギリ
ス社会のデータと比較してみたい。
1 社会移動について
一般に社会移動という概念で理解される社会的流動性には、産業構造や人口構造の需給バランスによって引き起こ
される強制移動と移動主体の目主的志向性による純粋移動との一一種類があるとされ、両者を一括して事実移動という
概念が用いられる。また、移動が行なわれた世代距離に応じて、それぞれの移動は世代問移動と世代内移動とに分け
られる。ここでは、まず第一に、強制移動の実質的内容をなす産業構造と就業構造の変化を概観し、つぎに、事実移
動の記述分析の一環として、世代間移動と世代内移動とを見ることにする。
ω 強制移動と社会移 動
いうまでもなく事実移動のなかで強制移動の占める割合が大きければ大きいほど、その社会の移動は、個人の純粋
に自主的志向によるものであるよりも︵もちろん強いられた自主性という場合もあるわけだから、強制移動と純粋移
95
一橋大学研究年報 社会学研究 31
11−1・1表 事実移動と強制移動の国際比較
国 名
事実移動
数
強制移動
数
相対強制
動係数
調査対象範囲
イ ギ リ ス
0,688
0,077
0,112
England/Wales男子
1949
デンマーク
0,579
0,044
0,076
全 国 男 子
1954−55
ア メ リ カ
0,808
0,230
0,285
全 国 男 子
1962
オ ラ ン ダ
0,589
0,065
0,110
全 国 男 子
1954
スウェーデン
0,695
0,198
0,285
全 国 男 子
1954
フィンランド
0,362
0,042
0,116
全 国 男 子(?)
1951(?)
西 ドィ ツ
0,514
0,124
0,241
全 国 世 帯 主
1955
日 本
0,672
0,332
0,494
全 国 男 子
1965
イ タ リ ー
0,443
0,105
0,238
全 国 男 子(?)
不 明
フ ラ ン ス
0,481
0,112
0,230
全 国 男 子
1948
調査時点
年)
安田三郎『祉会移動の研究』,東京大学出版会,1971年,184頁,表22・1
原資料は,日本:1965年SSM調査
スェーデン:G,Carlsson,Soqal Mobility and Socis且Structure,1958
アメリカ=P.Blau&0.D.Duncan,TheAmencanOccupatlonalStructure,1976
その他:S.M,Mlller,℃omparahveSocialMoblhty,A Trend Report,”Cμπ8解Socfo’ogy,
Vol 9,No 1,1960
動とをこのように判然と区別できるのかという疑問は残る︶、
資本蓄積の一般的法則のもとでの産業構造の変化、それによ
って引き起こされた労働市場への就業労働者の吸引と反発の
単なる結果にすぎないことになる。戦後日本の社会移動がよ
り多くそうであったことは、国際比較を試みた社会学者、安
田三郎の作成したつぎの表︵一部︶からも看て取ることがで
きる。安田は一九六五年の﹁社会階層と社会移動﹂全国調査
︵SSM調査︶を各国の社会調査と比較し、いくつかの係数
によってそれを表わそうとしている。そこで用いられた事実
移動係数とは、﹁社会全体における移動の相対的大きさ﹂を
表現し、﹁出移動率、または入移動率の分母、分子をそれぞ
︵1︶
れ全階層にわたって相加えたもの﹂であり、同じく強制移動
係数とは、﹁強制移動の大きさを一つの社会︵または集団︶
︵2︶
全体に関して測定する﹂ために考案された方法である。そし
て、﹁強制移動の測定量を、それに対応する事実移動の測定
量で割る﹂ことによって、相対強制移動係数、つまり﹁強制
︵3︶
移動が事実移動の中でどの位の割合を占めるか﹂が明らかに
なる。いずれにせよ、これらの係数によって表わされた各国
96
現代日本における階級格差とその固定化
の 調 査は、以下のよう に な る 。 ︵ H − 1 ・ 1 表 ︶
この表から一見して明らかなのは、日本の事実移動係数が国際的に高い水準にあることだけでなく、相対強制移動
係数がとびぬけて高い数値を示していることである。このことは、一九六五年の時点で見られた日本社会の活発な社
会移動ケースの圧倒的多数が強制移動の結果であったことを示している。しかも、一九六五年のこの結果を、その前
0,655
0,686
0,711
0,320
0,342
0,323
0,622
0,650
0,662
0,653
0,201
0,189
0,191
0,180
事実移動率
強制移動率
過去四回のSSM調査の移動表をより細かな階層カテゴリーで再編成し、移動指数
を計算しなおした盛山等によるものである。︵H−1・2表︶
小さなピークをはさんで、ほぼ六五年の高水準を維持していることが看て取れる。
ここからは、一九五五年から六五年にかけて強制移動率が跳ね上がり、七五年の
しかも、六五年以降で比較すれば、農業を除いた場合の強制移動率の平均水準は、
農業を含む場合と比べて約四〇%もの落ち込みを示し、さらに注目すべき点として、
農業を除いた場合の事実移動率は驚くほどに一定である。これの意味するところを
理解するためには、農業を除いた場合の事実移動率と強制移動率がそれぞれほぼ一
定で、四つの数字のあいだにそれほど大きな起伏が見られないこと、農業を含む場
合とそれを除く場合とで、強制移動率の平均値が大きくかけ離れてくること、この
二つの点に注目することが必要である。いいかえれば、農業就業人口の動向が問題
の背景にある。
97
後のSSM調査の結果の中に位置づけてみると、これが一九六五年の特定時点にのみ見いだされるものではなく、む
農業を除いた場合
0,494
0,188
事実移動率
強制移動率
1955
1965
1975
1985
(盛山和夫・都築一治・佐藤嘉倫「社会階層と移動の趨勢」『1985年社
会階層と社会移動全国調査報告書 第1巻社会階層の構造と過程』,
40頁,1988年)
しろ戦後一貫した日本の社会移動の特徴であったことが明らかになる。つぎの表は
II−1・2表 事実移動と強制移動率の推移
一橋大学研究年報 社会学研究 31
1−1・3表 農家人口就業構造の変化
全就業者1こ
める割合
9.6
総農家数
専業農家
兼業農家
1950
6176(100.0)
3086(50.0)
3090(50.0)
1753(28,4)
1337(21.6)
465
55
6075(100.0)
2125(35.0)
3950(65.0)
2284(37,6)
1665(27,4)
37.4
60
6057(100.0)
2078(34.3)
3979(65.7)
2036(33。7)
1924(32.0)
65
5665(100.0)
1218(2L5)
4447(78.5)
2082(36.8)
2365(418)
334
221
70
5402(100.0)
845(156)
4557(84.4)
1814(33.6)
2743(50,8)
16.5
75
4953(100.0)
616(12.4)
4337(87.6)
1259(25.4)
3078(62.2)
11.8
80
4661(10D.0)
623(134)
4038(86.6)
1002(21.5)
3036(65,1)
H種兼業農家
1種兼業農家
実数は単位1000戸,括弧内は構成比(%)
『世界農林業センサス・農家調査報告書』各年度版
全就業者に占める農林業就業者の割合にっいては,『労働力調査報告』各年度版
農家人口就業構造の変化は﹁農業センサス﹂の各年の数字から明らかになる。
︵n−1・3表︶
このデータから明らかになるのは、戦後一貫して驚くべき規模で進められた
農業労働者の相対的過剰人口化である。農業労働者が農業から遊離されていっ
た過程は、少なくとも二つの点で確認できる。第一に、農業従事者が全就業人
口に占める割合を著しく減少させていること。これは、農村において潜在的で
あった相対的過剰人口、とくに新規に労働市場に参加する若年齢層が都市に吸
引され、非農林労働者として歴史にも類をみない規模で流動化させられていっ
たことを意味している。第二に、若年層を都市へと送りだした農村は、年を追
って専業農家の割合を減少させ、疲弊・荒廃してゆく。1種兼業農家からn種
兼業農家への圧倒的流れをみても分かるように、大多数の農家にとって、戦後
の歴史は、その生計を農業以外の就業にますます依存させ、名目的にのみ農家
であるような非農家的状況へと窮乏化していった歴史であり、こうした全面的
兼業化と脱農業化とによって、産業循環に呼応して周期的収縮を繰り返す季節
労働者やパート労働者の流動的産業予備軍を目ら形成してきたのであった。
以上概観したように、戦後の社会移動における強制移動の圧倒的影響は高度
成長をはさんだ時期の農業労働者の遊離を反映するものであり、いいかえれば、
ますます大きな農村人口部分が産業予備軍へと転化されていった事実、相対的
98
現代日本における階級格差とその固定化
過剰人口が資本の蓄積欲に合わせて生産されていった事実を別様に表現したにすぎない。結果として生み出されたの
が、過疎の農村と過密の都市であり、切り捨てられた農業と我が世の春を謳歌する工業︵それに追従する﹁サービ
︵2︶
︵1︶
同上書、︸二二頁
同上書、一二一頁
安田三郎﹃社会移動の研究﹄、 東京大学出版会、一九七一年、七三頁
ス﹂産業︶との鮮やかな対比の構図である。
︵2︶
㈹ 世代間移動と世 代 内 移 動
して見たのであるが、ついで、事実移動を別の観点から検討してみよう。これは、世代間移動と世代内移動の区別の
事実移動のなかでの強制移動の圧倒的影響を戦後資本主義の﹁高度成長﹂のもとでの相対的過剰人口創出の結果と
もとでの階層構造の流動化を問題にすることである。
問題のポイントは、二点ある。①子供は父親からどれだけ離れた職に就いたか︵世代間移動︶、これを各職業階層
出身の子弟が各職種にアクセスできる確率を通して探ること。②退職時までに職業移動できる確率はどのくらいある
か︵世代内移動︶、これを初職と現職との比較を通して探ること。
①世代間移動︵一九八五年︶
ここでは、移動の歴史推移を跡づけることが目的ではなく、現状のアウトラインを知ることにあるから、SSM調
査のうちの最新の調査︵一九八五年︶に限定することにする。データはSSM八分類にもとづく世代間移軌記である。
99
一橋大学研究年報 社会学研究 31
II−1・4表 世代間移動表(1985年,ssM全国調査,日本)
321
16.0
204
10.2
4.1
22
28 47
75
30
18
20 50
29
134
43
14
19 40
13
34
68
13
19
13
13
164
120
44
140
718
103
160
2002
35.9
23
事 務(皿)
20
販 売(IV)
17
熟 練(V)
21
半熟練(W)
15
50 84
67
194
216 366
235
427
301
11.7
2L3
15.0
5.1
8.0
100.0
6 15
49
2
1
管 理(H)
6
非熟練(皿)
販売IV
8.2
11.3
10
165
24 59
11
9.7
計
専門 1
83
8.8
226
176
47 46
14
26
構成比
農業皿
5.4
4
6
9
40
22 25
専 門(1)
10.7 18.3
109
17
10
構成比%
0
0
3
21
農業(V皿)
本
4
5
3
7
計
I
3
皿
職
現
人
非熟練皿
熟練 半熟練
管理 事務
父 職
小島秀夫「社会移動の傾向分析」「1985年社会階層と社会移動全国調査報告書
第1巻 社会階層の構造と過程』,1988年,68頁,表9
二〇〇〇のサンプルを父親の職業階層と本人の現職とで分類した
ものであり、世代間移動の基礎データである。︵H−−.4表︶
このデータをもとにして流出率、つまり、ある職業階層の出身
者がどの職業階層へ流出しているかを示す比率を計算してみると、
以下のような表ができあがる。﹁父親の階層に留まる率﹂の項目
の括弧内の数字は階層別の構成比であり、もし社会が﹁完全な移
動︵冨﹃89ヨ9臣蔓︶﹂を保障していたなら、この数値を基準
にしてそれぞれの出身階層が当該階層にまんべんなく人材を輩出
していなければならない。逆にいえば、この数値から現実の移動
率が離れていればいるほど、社会には自由な移動を妨げる障壁が
存在することになる。また、 一〇%を超える高率の移動を示して
いる流出先を、それ以外比較的低率の移動先から区別して表示す
ると、出身階層ごとにどのような移動パターンを描いているかが
分かる。︵H−1・5表︶
まず第一に、父親が専門職であった人々︵一〇九サンプル︶の
うち、その四〇サンプル︵三六・七%︶が父親と同じ職業である
専門職についた者である。本人の世代での専門職の構成比が九.
七%なのであるから、もし、完全に自由で開放された社会移動が
100
現代日本における階級格差とその固定化
II−1・5表 世代間移動表・流出率(同上)
10%を目安として比較的高率の移動先 小計
低率の移動先 小計
専 門(1)
367(9,7〉
202(→H)22.9(一ゆ田) 79.8
←・IV+V+VI+皿+四) 203
(→【V十V十V【十皿十皿) 32.4
保障されている社会であるとしたら、父親と同じ職業に留まる率は、この九・七%に
限りなく近づかなくてはならない。したがって、現状の三六・七%という数字と九・
七%とのギャップは、この階層がその子弟にその職業的地位を相続させている程度、
いいかえれば、この階層の社会的閉鎖性を意味する。この階層が成功裏にその地位を
相続させられなかった場合、子弟のあいだに社会移動が起こるが、しかし、その際で
も、移動があるラインを超えておこなわれることはまれである。それは専門からの主
要流出先が管理職と事務職とに限られていることからも明かであり、さらに、それぞ
れ二〇.二%、二二・九%という数値を父親と同じ専門職に残った三六・七%と合わ
せた八○%を、ブルーカラーを中心とするそれ以外の職業についた者、わずか二〇%
と比較してみればより明かである。
事情は管理者階層の出身者についても同様である。彼らが父親と同じ階層に留まる
ことができる確率は三倍も他より有利である。また、専門家階層へ移動することので
きた確率も他の階層と比べて最も高い︵一四・八%︶。上昇移動ができない者、同一
階層に留まることのできない者は、下降移動していかなくてはならないわけだが、そ
の場合でも、三人中二人は事務職で下降が止まるのであって︵二六・一%︶、販売職
にまで下降する者は三人中一人の割合にすぎない︵一一・九%︶。ブルーカラーにま
で下降する者はこの階層出身者全体の二〇%にすぎない。
父親が事務職であった者にとっても、その社会移動の範囲は限られている。つまり、
101
父親の階層に留まる率
父 主 職
管 理(H)
267(107)
409(→1+皿) 67.6
事 務(皿)
35.8(18.3)
14.5(→H)12,1(→1) 62,4
(→四+V+W+V皿+田) 37.5
販 売(IV)
33.2(1L7)
20.8(→皿)132(→V)128(一・U) 800
(→1+VI+V皿+皿) 203
(→1+∬+IV+VH+、U) 305
(一勢1+H+皿) 146
熟 練(V)
41.7(213)
156(→皿)134(→VI) 707 (→1+n+IV+V皿+皿) 29.2
半熟練(w)
33.3(15,0)
非熟練(V皿)
157(5,1)
432(→皿+IV+V) 76.5
696(坤皿十W十V十VI) 855
農 業(皿)
195(8.0)
512(→皿+V+VI) 707 (一夢1+H+四+V皿) 292
小島秀夫,前掲,69頁,表11から作成
一橋大学研究年報 社会学研究 31
これまでの三つの階層と同様、いわゆるホワイトカラー職︵専門・管理・事務︶の範囲内での移動が六二%を占める。
ブルーカラー職への移動は、グレイゾーンである販売職を含めた場合でも三七%にすぎない。この階層の移動。ハター
ンについて特徴的なことは、とくに、専門家階層への上昇にさいして現われる。父親が事務職であるこの階層で事実
上、上昇可能性を限界づける分断ラインが引かれてしまうのである。なぜなら、この階層までが示す専門家階層への
上昇率︵三六・七%、一四・八%、ニマ一%︶が、この階層以降一桁の数字に落ちてしまう︵七.五%、六.五%、
七・四%、七・三%、六・八%︶からである。
父親が販売職であった者にとっての移動限界ラインはこれまでの階層とは少し異なっている。これまでの三つの階
層︵専門・管理・事務︶が目己の社会移動を事務と販売とのあいだにラインを引くことによって、つまりホワイトカ
ラーをブルーカラーおよびその他から区別することによって、特徴づけていたのにたいし、この階層の場合は、一方
のラインが管理と専門とのあいだに引かれ、他のラインが熟練と半熟練とのあいだに引かれる。つまり、この階層の
移動範囲は、下は熟練、上は管理で画され、そのあいだの四階層︵管理・事務・販売.熟練︶にもっぱら限定されて
いると見ることができる。中間的なグレイ・ゾーンを成していると見ることができるのは、このためである。
熟練労働者階層の子弟は、その出身階層の影響力を最も強く受ける。そのことは、この階層が他のどの階層にまし
て、その子弟を同一階層に留まらせる率が高いことから看て取ることができる︵四一・七%︶。この圧倒的数字と比
較すれば、主要な移動先である事務︵一五・六%︶や半熟練︵一三・四%︶もさほどこの階層にとって強い吸引力を
もつものでないことが分かるであろう。事務職へ移動することで、ある者はマニュアル職から名目的なノン.マニュ
アル職に上昇移動を遂げたかもしれない。しかし、管理職に上昇できた者の比率は販売職出身者の一二.八%からほ
ぼ半減し︵六・二%︶、専門職につくことができた者の比率︵六・五%︶とともにすべての階層出身者のなかで最低
102
現代日本における階級格差とその固定化
II−1・6表 世代間移動・流入率(同上)
3.4
1.0
3.9
4.0
4.7
4.9
8.8
4.4
1.9
2.9
7.3
8.2
5.6
6.9
6.0
6.3
8.0
5.9
8.3
8.8
7.7
5.5
4.3
4.4
4.2
3.2
4.1
2.7
3.1
4.1
52.2
87.5
431
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
39.9
384
28.4
23.8
100.0
100.0
100.0
100.0
230
24.2
23.1
10.9
10.2
100.0
1.4
31.4
4.7
12.3
半熟練(W)
25.3
8.9
11.3
16.0
23
3.3
13.7
熟 練(V)
10.8
9.1
10.0
9.3
54
70
8.8
31.8
11.3
12.5
6.8
5.4
を記録している。熟練労働者階層の出身者にとって、社会移動範囲の限
界ラインは、下級事務職と管理職︵あるいは、それに直結する高級事務
職︶とのあいだに事実上置かれている。
にとっても、父親と同一の階層に留まるか︵三三・三%︶、それとも、
この事情は半熟練労働者階層にとっても同じである。この階層の子弟
下級事務職について名目的なノン・マニュアル職に移動するか、それと
もマニュアル職の内部に留まって熟練職種に移行するかのいずれかであ
る。非熟練の場合は、目己の階層の吸引力があまり強くない︵一五・
七%で全体のなかで最低である︶だけ、事務から半熟練までの各階層の
なかにまんべんなく流出している。
このようにみてくると、強制移動の影響を考慮せずに、純世代間移動
表を検討しただけでも、社会移動が出身階層によって大きく制限されて
いることが分かる。この同じデータを入移動率として計算し直せば、各
職業階層出身の子弟が各職種にアクセスできる確率が明らかになる。流
入率︵入移動率︶とは、ある特定の職業階層にどのような職業階層から
どの程度流入しているかを示すものである。︵H−1・6表︶
専門.管理職︵1∼H︶への流入率が高いのは専門職︵一五・四%︶
と管理職︵一七・六%︶であって、事務・販売・熟練がそれに続く。事
103
11.7
販 売(IV)
100.0
100.0
計
128
06
161
11.1
12.7
10.7
134
事 務(皿)
35.9
農 業(皿)
16.4
11.1
13
10.3
159
125
11.8
12.6
22.6
非熟練(w)
25
17.6
137
15.4
218
14.3
L6
00
10.2
13.4
管 理(H)
10.9
α0
20.6
専 門(1)
V∼四
農業皿
非熟練皿
半熟練w
熟練V
事務皿
販売w
1∼皿
1∼H
管理
専門1
構成比
父 主 職
現 職
の
本 人
現 職
の
本 人
小島秀夫,前掲,70頁,表12より作成
一橋大学研究年報 社会学研究 31
層別の格差指数
59/226
26.1
42
75/226
55.4
88
6.4
46/83
9.0
144
6.7
369
8.3
49
40.7
49.5
79
9.3
991/2002
11.7
65.2
235/2002
33
30.9
11/165
12.0
10/83
ll5
20.5
51/165
21/176
221
468/718
137
92
13/204
36/176
74
235
62.4
130
38.8
57.4
133
32.5
67/718
62.6
117/204
29/321
128
132
66.5
104
90
201/321
71
100
36.3
19
283
103
25.5
100
100
28.3
11.9
79.8
33.2
13〆109
格差指数
11.9
92
9/109
格差指数
%
V∼V皿/計
格差指数
%
IV/計
%
務職への流入まで︵1∼皿︶を考えてみても、半熟練と非熟練からの流入率
はきわめて低い。
これと対照的なのが、熟練・半熟練・非熟練・農業への流入︵V∼皿︶で
あって、熟練・半熟練・農業からの流入は突出している。これらの二つのグ
ループのなかにあって、販売︵W︶は同じ販売での滞留︵一一二・八%︶と熟
練からの流入︵一二・三%︶とが際だっている。
このことをより端的に示すのが以下の表である。父親の主職つまり本人の
出身階層によって、どれだけそれぞれの階層に到達するチャンスが異なって
いるかを示したものである。各出身階層ごとに、まず専門家階層︵1︶、次
いで専門家階層+管理職階層︵1+H︶、そしてホワイトカラー職階層︵1
∼皿︶、グレイゾーンである販売職階層︵N︶、そして最後にブルーカラー職
階層︵V∼W︶に到達できるチャンスが示されている。さらに、ブルーカラ
i職の典型としての熟練労働者︵V︶のケースを一〇〇としたとき、各出身
階層ごとにどれだけの格差が生じるかが指数で示されている。︵H−1.7
表︶
この表から確認されるのは、基本的にはすでに述べたことと同じである。
第一に、ホワイトカラー階層︵1∼皿︶出身者が、その父親と同じホワイト
カラー職に留まる可能性は極めて高い。とくに、専門職階層の出身者が専門
104
現代日本における階級格差とその固定化
II−1・7表出身階
87/109
14.8
324
119/179
皿
20/165
12.1
186
44/165
26.7
204
103/165
w
17/226
115
45/226
19.9
155
92/226
100
41/321
12.8
100
91/321
114
34/204
16.7
130
74/204
111
12/83
14.5
113
27/83
105
99/718
13.8
108
183/718
20.5
160
776/2002
21/321
V
15/204
w
6/83
皿
49/718
皿
9.7
職階層に留まる可能性︵五六五︶は、熟練労働者階層の出身者が専門職階層
に到達できる可能性︵一〇〇︶と比べて五倍以上の格差が開いている。第二
に、ブルーカラー階層︵V∼W︶および農民階層︵皿︶の出身者がブルーカ
ラーのいずれかの階層に留まる可能性︵八八∼一〇四︶は、ホワイトカラー
階層の出身者のいずれ︵一九∼四九︶をとってみても二倍以上も高い。とく
に、専門家階層の出身者がブルーカラー労働者になる可能性︵危険性︶が二
〇%以下であるのにたいし、どんなに可能性︵危険性︶の少ない非熟練労働
者階層︵皿︶であっても、その格差は四倍以上開いている。第三に、販売職
階層︵W︶の出身者が果たしているグレイゾーンとしての独自の役割である。
ホワイトカラー職へ到達する可能性がホワイトカラー階層内部で極めて高く、
また、プルーカラi職に留まる可能性がブルーカラ:階層内部でそれぞれ極
めて高いように、販売職階層においても、同様の高い自給性が認められる。
とくに、これは販売職階層へ到達する可能性が販売職階層出身者の場合︵三
六九︶、他の階層出身者の場合と比べ、著しく高くなっていることをみれば
わかる。
パターンが大きく類別される。一九八五年のSSM調査のサンプルの一四%
を占める専門家および管理者階層の出身者にとって、もっとも可能性の高い
105
以上、流出率と流入率、さらにまた滞留率を概観することで、社会移動の
前掲H一い4表から作成
410/2002
149
194/2002
言十
6.8
445
41.5
7.2
56.9
73/176
7.4
62/109
228
6.5
565
7.5
36.7
26/176
40/109
1
n
格差指数
1∼皿/計
%
格差指数
1∼n/計
%
1/計
父主職
一橋大学研究年報 社会学研究 31
11−1・8表 エリートの出身階層と輩出率
118
10.5
0.4
11.9
官・公務管理者層
7.3
134
5.1
地 主 層
1.3
8.1
7.9
5.5
6.7
100.0
100.0
1125
163
20.6
16
41.9
75
ブルーカラー層
自 小 作 層
9.9
62
18
2625
232
6
ホワイトカラー層
403
中小企業経営者層
69
18.4
582
L7
大企業経営・管理者層
26.3
L6
14.9
零細企業経営者層
a/b
111
227
168
207
人口構成比 b
実 数
1146
専門的職業層
輩出率
a
基準比
出身階層
麻生誠「現代日本におけるエリート形成」大阪大学人間科学部『創立10周年記念論集』,1983年,536
7頁,表6
移動先は、やはり専門職および管理職であって、このラインを超え
て移動する可能性はきわめて低い。第二のパターンは下級事務職と
販売職であって、隣接する職業階層とのあいだで移動を行なう。熟
練から非熟練にいたるブルーカラー労働者も、この階層内部での移
動可能性が高い。強制移動の結果である農民層の分解を仮に考慮し
ないでおいても、世代間での社会移動は、出身階層の制約から自由
であるとはいいがたい。
ロ
同様の結論は、麻生誠によるエリート調査からも確認できる。彼
は、昭和五〇年︵︸九七五年︶版の﹃人事興信録﹄から無作為抽出
した二〇〇〇名を対象にアンケート調査を実施し、六五%の回答を
得た。︵H−1・8表︶
それによれば、これら﹁エリート﹂の出身階層は、中小企業経営
者層が二〇・六%、零細企業経営者層が一八・四%、専門職業層が
一四・九%、地主層が一一・九%で、全体の七割以上をこれらの階
層で占めている。人口構成の四二%を占める旧小作層や二六%を占
めるブルーカラー労働者層は、それぞれ一・六%、六・七%の輩出
率しか表現しない。つまり、麻生も認めるように、﹁エリートは国
民の多数派から輩出されるのではなく、平均以上の階層1つまり、
106
および農民と、他方における資本家︵その最も活動的な階層である経営管理者︶、土地所有者さらに体制維持機能を
果たしつつ特権を享受している専門家および官僚層との間には、エリートの輩出において明確な分断線が引かれてい
る。経営者、経営管理者、官僚、専門家、という階層の特権的地位が結果的には社会的な規模で内部相続されている
ことは、この調査からも明らかである。
︵1︶ 盛山和夫・都築一治・佐藤嘉倫﹁社会階層と移動の趨勢﹂﹃一九八五年社会階層と社会移動全国調査報告書 第一巻 社
︵2︶ 麻生誠﹁現代日本におけるエリート形成﹂大阪大学人間科学部﹃創立一〇周年記念論集﹄、一九八三年
会階層の構造と過程﹄、一九八八年、三一頁
② 世代内移動︵一九八五年︶
つぎは同じく一九八五年のSSM調査のデータによる世代内移動の検討である。調査報告書には、以下のような移
︵1︶
動表が デ ー タ と し て 与 え ら れ て い る 。 ︵ H − 1 ・ 9 表 ︶
一見して明らかなように、圧倒的多数のケースでほぼ初職が現職と一致している。この場合、管理職は例外である。
日本の社内昇進制度では、初職から管理職であるような場合はまれであり、そのためケースがそもそも少ないものと
考えられる。
世代間移動の場合と同様、出移動率と入移動率とを計算すれば、つぎの二表が得られる。︵H−1.10表︶︵H−1.
)
専門職は初職で専門職に就いた者によってほぼ独占される。流出率も流入率もきわめて低い。低流出.低流入であ
11
るのは事務職も同じであるが、この職の場合、管理職に移動する可能性︵二二%︶が残っている。熟練職も低流入.
107
有利なキャリア・ソースを保持している階層から供給される﹂のであって、一方での労働者︵ホワイトカラーを含む︶
現代日本における階級格差とその固定化
一橋大学研究年報 社会学研究 31
11−1・9表 世代内移動表(1985年,SSM全国調査,日本)
本 人
初 職
専門
1
専 門(1)
0
21
7
4
販 売(IV)
熟 練(V)
11
半熟練(VI)
農 業(v皿)
0
熟練
w
9
0
’■
V
5
0
VI
熟
農業
皿
皿
0
1
0
0
2
8
0
0
計
222
10
99
241
27
17
21
36
31
132
21
20
19
33
40
341
57
20
51
28
46
174
24
12
14
20
17
40
11
12
10
29
40
17
119
240
229
393
260
479
330
110
166
2182
10.5
18.0
lL9
22.0
15.1
6
11
6
19
18
7
5
439
構成比
10.2
20.1
261
12.0
531
24.3
361
16.5
118
7.6
5.0
構成比%
215
9
13
9.9
計
販売
皿
5.4
4
2
非熟練(V皿)
事務
0.0
事 務(皿)
n
29
166
管理(H)
管理
職
現
11.0
100.0
小島秀夫「社会移動の傾向分析」『1985年社会階層と社会移動全国調査報告書第1巻 社会階層の構造と
過程』,1988年,76頁,表17
II−1・10表 世代内移動・流出率(同上)
本人 現 職
初 職
専 門 管 理
1
熟練V
計
0.0
100.0
0.0
0.5
2.5
100.0
4.8
100.0
2.3
3.1
7.7
8.0
100.0
14.4
12.1
16.7
33.9
100.0
4.2
16.9
100.0
1.9
48.2
3.4
12.7
7.1
10.7
6.6
64.2
3.6
4.2
5.0
4.6
11.9
10.0
3.9
7.8
5.1
10.2
7.5
6.2
5.5
14.1
50.6
農業四
0.0
0.0
11.9
6.2
13.8
非熟練皿
0.0
2.3
0.0
54.9
半熟練w
0.0
4.1
0.0
22.6
3.6
0.8
農 業(v皿)
3.4
非熟練(皿)
3.0
半熟練(VI)
0.8
熟 練(V)
2.7
販 売(IV)
13.1
90.0
4.8
事 務(皿)
74.8
0.0
管 理(H)
販 売w
5.9
専 門(1)
H
事務皿
100.0
49.6
100.0
小島秀夫「社会移動の傾向分析」『1985年社会階層と社会移動全国調査報告書第1巻 社会階層の構造と
過程』,1988年,77頁,表19
108
現代日本における階級格差とその固定化
n−1・11表 世代内移動・流入率(同上)
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
0.3
0.0
0.0
0.0
6.6
1.8
6.4
3.5
3.6
7.3
6.1
4.4
7.9
3.3
4.2
9.6
8.3
5.1
8.7
8.4
1.9
3.0
3.1
5.4
4.2
4.8
3.1
3.8
6.1
5.2
36.4
2.6
0.9
100.0
100.0
100.0
3.5
3.3
3.9
9.8
低流出であり、初職で熟練に就いた者の約七〇%はこの職に留まる。
半熟練と非熟練はもっとも流動化させられやすい階層であって、高
流出・高流入を示している。
ここでも移動のパターンはいくつかに類別される。専門家階層の
ように、労働市場に参加した時点で、そのポストがその後も安定し
て保障されるタイプ。事務職のように、過半数は同じ事務職に留ま
るが、社内での昇進により、管理職へ上昇移動の可能性︵二二%︶
に賭けることのできる階層。熟練労働者階層のように、圧倒的な吸
引力で初職に引きつけられている層。そして、最後に、半熟練.非
熟練労働者、そして農業従事者のように労働市場の膨張と収縮、そ
の構造的変転によって、さまざまな部門に流動化させられていく層。
幟 現代イギリスの社会移動
イギリスにおける大規模な社会移動調査は一九四九年、一九五九
年、一九七二年と行われてきた。一九四九年と五九年については今
ハユロ
回ここでは触れない。最も新しい一九七二年の調査︵オックスフォ
ード大学ニューフィールド・コレッジ・社会移動調査グループ主
ロ
宰︶のデータをもとに、現代イギリスの社会移動を概観する。
109
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
71.7
15.5
12.1
農 業(V皿)
15.4
熟 練(V)
L9
非熟練(V皿)
17.3
2L8
10.8
17.3
71.2
52.7
10.8
13.0
半熟練(VI)
10.4
6L3
LO
12.1
珊
皿
VI
V
1
50.8
15.7
販 売(IV)
43.2
事 務(皿)
0.0
管理(■)
77.2
専 門(1)
販 売 熟 練 半熟練 非熟練 農 業
w
皿
事務
皿
専 門 管 理
初 職
本 人 現 職
小島秀夫「社会移動の傾向分析」『1985年社会階層と社会移動全国調査報告書第1巻 社会階層の構造と
過程』,1988年,78頁,表20
一橋大学研究年報 社会学研究 31
11−1・12表ニューフィールド調査(1972年)での階級分類
HG分類
内 容
階級
11,13,19,24,29,36
1,2,3,4,7,
下級専門職,下級官僚,下級管理者,高級技術者,中小企業経営者
5,6,8,9,10,12,14,16
事務的職業,セールスマン,サービス業従業員
小土地所有者(農業経営者を含む),小規模自作農,独立自営業
21,25,28,34
下級技師(マニュアル職の性格を持っ),現場監督
熟練労働者
15,17,20
18,22,23,27,30
半熟練・非熟練労働者,農業労働者
26,31,32,33,35
IH皿WVW皿
高級専門職,高級官僚,高級管理者,大企業経営者,大土地所有者
」,H,Go且dthorpe、C,UeweUyn and C,Payne,Soc】a且Mobi且ity and Class Structure m Modem Brltam
Oxford,1980,pp39−42
一九七二年のこの調査は、イングランドとウェールズの二〇歳から六四歳までの
男子一〇三〇九名を対象に面接を試み、八丁八%の回収率を達成した。データを
︵3︶
整理するにあたって主宰ブループが採用した分類はホープ・ゴールドソープ職業分
類︵HG分類︶︵人口統計局の標準職業分類二二三を三六にまとめ直したもの︶を
︵4︶
さらに七階級に分類し直したものである。七つの階級の内容は、以下のようである。
︵H−1・12表︶
日本のSSM調査での分類との著しい違いは、日本の調査では存在しなかった独
立目営の第W階級が加えられていることであり、日本の調査では分離されていた半
熟練労働者と非熟練労働者が第皿階級のうちに統合されていることである。さらに
また、この分類では、農民が農業労働者と農業経営者ないし自作農とに分けられ、
第W階級と第皿階級に分属させられている。一九七二年の調査は農業を加えた場合
と除いた場合とで二つのデータを併記しているが、今世紀イギリスでの農業部門の
︵5︶
比重が著しく軽いことから、両者の差はほとんど問題にならない。したがって、本
稿でも、以下のデータは農業関係者の移動は除いたものを基礎にする。
①世代移動︵一九七二年︶
まず、世代間移動から検討する。入移動率︵流入率︶および出移動率︵流出率︶
は以下のように与えられている。︵11−1・13表、H−1・14表︶
この表の第一の特徴は、第−階級の内部構成にある。約四分の一︵二五・三%︶
110
現代日本における階級格差とその固定化
II−1・13表 世代間移動・流入率(1972年イギリス,ニューフィールド調査)
7.9
6.4
8.0
9.6
12.1
16.6
12.2
熟 練(VI)
16.4
21.7
26.1
24.0
3L1
4L8
35.2
30.0
半・非熟練(顎)
12.1
17.1
22.6
17.8
26.7
28.0
36.6
24.8
6.7
3.2
8.0
4.8
5.2
7.4
8.7
8.6
7.7
13.2
6.0
14.0
2.5
監督・技師(V)
12.5
2.4
独立自営(IV)
12.2
7.1
10.4
10.1
5.7
10.4
3.1
12.2
事 務(皿)
2.0
12.4
13.1
9.6
9.8
8.0
9.6
構 成 比 %
が同一の階級的背景から、つまり同じ第−階級から選抜されているに
しても、それ以外のすべての階級からもほぼ一〇%を超える比率で平
等に現在の第−階級の構成員が選ばれている。しかし、ここから第−
階級が選抜されるさいの開放性を主張することは早計である。構成比
との比較で見てみると、この数値は依然として﹁完全移動﹂からほど
遠い。例えば、半熟練・非熟練労働者階級の出身者は全体の構成のな
かで二四・八%も占めるが、第−階級に上り詰めることのできた者は、
そのうちの七・一%でしかない︵H−1・14表参照︶。もし完全な世代
間社会移動が保障されている社会なら、結果的にも、一四・三%とい
う本来の構成比数値に限りなく近づくはずである。現実には七・一%
でしかないわけであるから、この階級の出身者は第−階級への上昇移
動において、完全移動の基準値︵H当該世代の階級別構成比︶より二
倍も不利である。これにたいし、第−階級の場合、本来一四・三%を
占めるにすぎないのに、結果的には四五・七%を占めている。これも、
完全移動の基準から見て三倍以上有利である。第W階級と第V階級だ
111
けがほぼ構成比と同じ数値を示して、完全移動に近い移動が行なわれ
ていることを示している。
上昇移動については、以上のように、第−階級の出身者は、完全移
0xfGrd,1980,P44
100.0
21.8
22.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
12.0
12.2
14.3
100.0
100.0
計
12.5
25.3
管 理(H)
27.2
構成比
V
10.3
専 門(1)
10.8
皿
w
w
皿
1
H
階
級
の
本
人
父 階 級
J H Go!dthorpe,C Lleweliyn and C。Payne,Social Mob且lity and Class Structure in Modem Bntam1
一橋大学研究年報 社会学研究 31
11−1・14表 流出率(同前)
100.0 6。4
8.6
12.9
24.8
32.2
100.0 24.8
12.0
22.0
21.8
1
H
専 門(1)
45.7
19.1
11.6
管 理(n)
29.4
23.3
12.1
事 務(皿)
18.6
15.9
13.0
独立自営(IV)
14.0
14.4
監督・技師(V)
14.4
13.7
7.4
9.1
8.4
8.8
7.8
8.8
8.5
7.1
9.6
12.2
6.5
100.0 30。0
14.3
5.4
9.9
25.6
構 成 比 %
9.7
30.6
半・非熟練(V皿)
4.9
100.O l2,5
12.4
8.0
16.8
5.7
21.4
6.4
100.0 10.3
15.9
7.7
16.3
熟 練(VI)
100.0 7.9
6.0
100.0 8.0
15.1
10.2
構成比
6.8
16.4
2L1
15.7
13.0
10.8
計 %
w
V
w
階
IV
級
の
皿
本
人
父 階 級
J H,Goldthorpe,C,Lewellyn and C Payne,ibid,pp48
動基準からみて三倍以上の有利、第W階級および第皿階級は、同じく約二
倍以上の不利を、したがって前者は後者より約六倍の格差で上昇移動の可
能性を享受していることが明らかになった。下降移動については、どうだ
ろうか。
全体構成の四三・八%を占める本人が現在W階級および第皿階級である
者のなかで、その出身が第−階級および第■階級である者の割合は、いず
れも二ないし三%である。ところが、本来、第W階級および第皿階級の全
体構成比はそれぞれ二二・○%、二一・八%であるから、もし完全移動が
保障されていたら二二・O%および二一・八%が第−階級および第■階級
の出身者で占められていなければならない。実際には五∼一〇%であるか
ら、約二∼四倍の有利さで、これらの階級の出身者は下降移動を免れてい
ることになる。同じく、等W階級および第皿階級の出身者で、これらの階
級に留まった者の割合はそれぞれ五六・二%および五七・O%になる。両
階級出身者の構成比はそれぞれ二二・○%およぜ二・八%で合計四三・
八%あるから、両者の数値の差は結果的にこれらの階級が自己の階級を抜
け出すさいの可能性の低さを物語っている。
自己の出身階級を抜け出す、あるいは留まる可能性を見るために、同一
のデータを流出率︵出移動率︶として並べ直したものを検討する︵H−
112
現代日本における階級格差とその固定化
1.14表︶。専門家階級の出身はその四五.七%が父親と同一の階級に留まる。一九二%の管理者階級への移動者
と合わせてみれば、約六五%が専門管理者階級に留まることができる。ブルーカラi労働者になる者は全体の一六・
八%にすぎない。これにたいして、ブルーカラー労働者階級の出身者は五七%弱の者が父親と同じブルーカラー労働
者階級の中に残り、一二%がその直接上位に位置する第V階級、つまり、﹁ブルーカラー・エリート﹂に移行する。
現代イギリスの世代間移動は、第−階級および第∬階級の移動ブロックと第W階級および第皿階級の移動プロック
ニューフィールド調査)
1−H
22
48
20
Vト皿76
Vl一皿
皿一V
1−H
26
VI一、肛59
11
一
1一■ 4
皿一V
VI一皿
J.H Goldthorpe,C,Llewellyn and C Payne,ibid,pp5
−52
表わすと以下のようになる。
現階級を構成比で比較して
の定職、インタビュi時の
二一名︶の出身階級、最初
三五歳以上の男子︵五二
二年︶
②世代内移動︵一九七
で、移動経路は分断されており、第皿階級および第W階級が中間階級として独自の緩衝地帯を成していることが分か
99
100
計100
︵H−1・15表︶
第−階級および第H階級
の出身者のうち、初職から
第1・第H階級である者は
113
10
6
8
皿一V20
955名
15
一
『
7
1−H10
一
3
6
8
VI−V旺
97
100
計100
現 階 級
初 職
父階級
VI一皿35
6
13
605名
皿一V31
12
皿一V
98
100
計100
現 階 級
初 職
父階級
11
10
21
4
皿一V36
61名
27
VI−V∬
皿一V
1−H
一
一
1−n29
1−H
現 階 級
初 職
父階級
る。
II−1・15表 世代内移動(1972年,イギ1ノス
一橋大学研究年報 社会学研究 31
少ない︵二九%︶。しかし、一九七二年の時点までに、その出身者の六三%は出身階級に戻ってきている。つまり、
この階級出身者は皿ーV階級に当初配属されたうちの六〇%弱が、また、W−W階級に当初配属されたうちの四三%
弱が結局のところ出身階級に戻ってくるのである。
これにたいし、第W階級および第皿階級の出身者は、約八O%が初職から第W・皿階級である。しかも、結局その
うちの 六 三 % が 出 身 階 級 に 留 ま る 。
第皿階級および第V階級の場合は、両者のあいだの中間地帯にあたり、初職を第W.皿階級で始める者が過半数
︵五九%︶を占めるが、一九七二年までに現階級でみても、初職階級でみても、ほぼ均等に配分されている。
︵1︶ 一九四九年の調査については、Pダ9錺のるρω8巨竃oげ三なぢ卑一訂ヨ一国05一aoQΦ卿区畠塁評一﹄一﹂O躍を、一九五
九年の調査については、一ー≦o筥o彊母巳睾α甲幻窃一段噂Ω器巴ロ四〇呂帥巨聾ω09①9二巴冨ヨき戸お蜀葛﹃二を参照
︵2︶一■=・o。一。ぎ還、o■げ一。≦。=旨四&ρ評旨・一ω。巳mま。げ=ξ四&Ω毯。。5。目Φぢぎ。①旨ゆ葺巴pO旨具一。。。p
︵3︶一■=■o。一αぎ還・&国士8ρ望①ω。。凶巴o邑凶畠。δ8唇豊9。・口p・コ睾ゆ遷8。訂呂ω8一90誉耳一寒
︵4︶旨コ■oo一〇些。弓Φる一ピ一Φ壽=旨きユ∩評着。﹂σ凶色もpω。−命
この場合、階級とはΩ器のの訳である。社会階級︵ω9巨Ω霧器ω︶を社会階層︵ooo。芭聾冨σ︶と呼び変えて﹁脱イデオ
であるとはいいがたい。階層格差の実態分析を踏まえ、ゆくゆくは階級構造の本質解明へ向かおうとする本稿の立場は、この
ロギi﹂化しようとする問題意識は、日本の講壇社会学の場合に広く見られるとしても、イギリス社会学の場合には、一般的
日本に特異な問題意識を配慮したところに成り立つのであって、階級概念の市民権が社会科学のあらゆる分野で強固に打ち立
てられているイギリスの学問的伝統からみれば、むしろ奇妙にまでに﹁イデオロギー過剰﹂と映るにちがいない。
︵5︶旨軍Oo一α浮0690い一Φ壽=旨碧αρ評旨ρ一σ己もワお
114
現代日本における階級格差とその固定化
㈲ 小 括
日本とイギリスの社会移動を概観して、最も著しい両者の違いは、農業部門の解体が日本の社会移動に与えた圧倒
的影響であろう。この点を除けば、日本とイギリスの社会移動に共通するいくつかの点を指摘することは容易である。
それは、第一に、ホワイトカラーの上層部分、高級ノン・マニュアル層にかんしては階級的閉鎖性であり、ブルーカ
ラーの基幹部分、伝統マニュアル労働者階級にかんしては自己の階級を抜け出すことの困難性として特徴づけること
ができる。相対的に低い流動性は階級としての閉鎖性ないし閉塞性を意味する。第二の共通点は、中間部分、例えば
イギリスにおける独立自営層やブルーカラi・エリート層、日本における販売層や事務職層が、上層と下層との中間
で、緩衝地帯を成していることである。しかし、このこともけっして目新しい事実ではない。こうした中間階級の社
会移動を問題にするかぎり、移動する先は両極にしか存在しないのであって、その意味でこの階級にとって社会移動
とは自己の階級の両極分解以外のなにものでもない。
の流動性は保障されているのか、それがつぎの問題である。
にもかかわらず、社会移動としての階級の流動性は存在する。どのように制度化されているのか、どの程度までそ
2 学校教育
ここでも問題のポイントは三つある。①学歴水準が上昇する全般的な歴史的傾向をどのように理解すべきか。そこ
では階層格差など問題にならないようにみえるが、はたしてそうだろうか。②では、学歴の差別︵格差︶はどこでつ
くのだろうか。どのような高校、どのような大学に入学できるかという問題は社会的にどのような意味をもっている
115
一橋大学研究年報 社会学研究 31
のだろうか。③差別化された学歴を取得する機会は出身階層によってどの程度不平等に配分されているのだろうか。
問題のこうした提起にたいして、直ちに聞こえてくる反論の声は、それが﹁学歴社会の虚像﹂に或わされた議論だ
パユロ
というものであろう。しかし、たとえ﹁学歴社会﹂をどのような意味に理解しようとも、就職に際して大企業が可能
なかぎりすべての大学から均等な割合で人を迎えていないという事実︵その制度化としての指定校制度︶、学歴がひ
とつの要素として︵決定的にではないにせよ︶就職や昇進に影響するという事実は否定しがたい。議論の本質は、学
パ レ
歴をつうじての社会移動が制度化された唯一の現実的ルートとなっているという歴史的事実である。学歴が社会的上
昇移動の必要条件であって、十分条件ではないということ︵これは、しばしば﹁学歴社会ー虚構﹂論を唱える場合の
論拠となっている︶は、学歴社会という通俗的概念で含意される階層︵階級︶社会の特殊的あり方となんら矛盾する
ものではない。教育社会学者である天野郁夫がいうように、﹁︵戦後︶大学卒業者の数も企業の数もふえ、また肥大し
た企業の職員層の内部に階層分化が進化しつつある現在では大学卒の学歴は、それだけでは大企業への就職や、経営
管理者のポストにつながる上層の事務・技術職員への道を約束しない﹂ことは事実である。それだからこそ、続けて
天野が言うように、﹁大企業の上層職員のような、だれもが望ましいとする稀少性をもった﹃良好な雇用機会﹄にあ
ずかるためには、まずより高い、ということはピラミッドの頂点により近い、したがって入学時の選抜のよりきびし
ヨレ
い大学の、卒業証書を手に入れることが必須の条件になりつつある﹂。﹁学歴社会﹂と呼ぶべきはこの事実である。
もちろん現在の学校教育が選抜機能と分かちがたく結びついているからといって、両者が歴史的に同じものでない
ことは目明である。天野によれば、﹁学校教育制度が社会的選抜の全体的な過程のなかで中核的な地位を確立するの
ハさ
は、大正から昭和初期にかけての時期﹂であって、そう古いことではない。しかも、別の研究によれば、この時期に
レ
あってさえ、農民にとっての学校教育はこうした現代的性格と無縁であった。さらにさかのぼれば、社会移動のルー
116
現代日本における階級格差とその固定化
トが驚くほどその種類において多様であったことにも思い到る︵門閥、閨閥、才覚、功労、年功、戦功、等々︶。明
治期になって、教育が選抜制度として再編成された時点でも、天野のいうさまざまな﹁バイパス﹂が用意されていた
のであって、つまり﹁正系−傍系、官学−私学、大学−専門学校といったさまざまな軸がからみあって、多元的な構
造をもっていた﹂点で、﹁制度的な一元化の結果として、これも一元化・単純化され、一つの大きなピラミッドを形
︵6︶
成するようになった﹂戦後の状況とは、大きく様相を異にしていた。もちろん、社会的な規模でみた場合、戦前にお
いて一元的序列が存在していなかっただけではない。麻生による前出の調査でも、エリート輩出比率からみて旧帝大
大・東工大を含む︶が基準の一三〇倍でトップを占めているのに続き、﹁日本のブルジョアジーの大学として最
も名声の高い﹂早稲田大学と慶応大学は基準の一〇〇倍で二位を占め、ついでその他の私立大学の四〇倍、旧帝大を
除く国公立大学の三七倍、国公立専門学校の一八倍、私立専門学校の五倍と、はっきりとエリート輩出率でのヒエラ
︵7︶
ルキーが確認できる。
﹁教育機会の拡大﹂のスローガンのもとで一八歳までのほぼすべての国民がこの教育選抜の競争に動員され、﹁偏差
値﹂に応じて一元化されて秩序だてられた中等・高等教育機関へと振り分けられ、そこで得た学歴に応じて労働市場
でのそれぞれの席を用意される。これが、現在の学歴社会である。社会移動の唯一の制度化された道であることによ
って、階級︵階層︶秩序形成の制度化が一元的な姿で完成されている。もはや、いかなる国民も、自らに割り振られ
た社会的地位を、すなわち、その富や権力や威信の多寡を社会の階級︵階層︶構造に直接関連させて理解することは
ない。ふるい落とされた者たちの恨みはせいぜいのところ学歴社会に向けられるのであって、階級︵階層︶社会に向
けられるのではない。大小さまざまなテストのたびに自らの非力を思い知らされた子供たちは、秩序ヒエラルキーの
なかで自己を正確に位置づける術を教え込まれ、それによって学校とそれを取り込んだ階級︵階層︶社会の秩序を、
117
(一
一橋大学研究年報 社会学研究 31
そして、そこでの自己の相対的位置を、それぞれ所与の前提として受け入れるようになる。それが学力の名のもとに
行なわれるのである。しかし、学力の名のもとに合理化される教育現場の階層秩序が究極的には現実社会の階層性
の反映でしかないとすれば、教育現場が階層社会での自己の役割に反省の目を向けることは自然の成りゆきであ
る。﹁階層分化が顕在化するなかでの学校教育のあり方を見定めよう﹂と題する﹁主張﹂を掲げたある教育雑誌は、
︵8︶
そのなかで﹁いまや学校は、社会の階層秩序を固定化・拡大・再生産する方向に働いている﹂との現状認識を述べて
︵9︶
いる。もちろん、学校が階級構造の再生産に決定的な役割を果たしているのとの認識がどれほど新鮮に響こうとも、
すでにマルクスによる以下の一節は、現在の状況を本質的に見抜いていたのであって、この事実を忘れるべきではな
い。
﹁一方の極に労働諸条件が資本として現れ、他方の極に自分の労働力のほかには売るものがないという人間が現れる、
というだけでは充分でない。また、このような人間が目由意志で自分を売らざるをえないようにするだけでも充分で
ない。資本制的生産の進行について、教育や伝統や習慣により、この生産様式の要求を目明な自然法則として承認す
るような、労働者階級が発展する。﹂︵﹃資本論﹄第一巻二四章三節︶
︵ 1 0 ︶
管理と選抜の学校教育のなかで、すべての社会成員は、階級︵階層︶社会の関係を自明な自然法則どして受け入れ、
かつそれを承認するよう、その社会化の道のりの第一歩から調教されるのである。ある研究によれば、家庭ごとの
︵H︶
﹁しつけ﹂の違いのなかに、すでに明瞭な階層的特徴が現われている。だとすれば、家庭と学校という二つの基本的
生活場面で形成される子供たちのパーソナリティーが階級︵階層︶社会の現実にきわめて適合的に鋳造されることも
なんら不思議ではない。
こうした観点から考えると、戦後の学歴水準の上昇は、直接的にはますます多くの人々を﹁学歴社会﹂へと投げ込
118
現代日本における階級格差とその固定化
んだという意味で、また間接的には、それを通じて階級︵階層︶社会の現実を﹁学歴社会﹂という名のオブラートに
くるみ、イデオロギー的に受け入れさせてしまったという意味で、計り知れない意義を持っている。それは、未曾有
の規模で国民を単一の価値観に包み込み、競争へと駆り立て、選別の範囲と深度、効率を競い、結果として支配と管
理の体制を見えにくいものとすることに成功した。もちろん、こうしたメダルの裏を見るまでもなく、﹁教育機会の
︵12︶
拡大﹂というかけ声には重大な幻滅が隠されている。そのスローガンを額面通り信ずることができないのは、めざま
しい機会拡大の陰に格差は厳として存在しているからである。われわれの検討はそこから始まる。
︵1︶ ﹁学歴社会の虚像﹂を唱えるある論者は、事実つぎのような主張を行なっている。﹁われわれの主要なねらいは、学歴社会
が果たして実像なのかどうか、を確認することにある。⋮⋮たとえば、就職に際しても、ある者は、大企業がすべての大学か
ら、全く均等な割合で人を迎えてこそ、学歴社会でない、と思うかもしれない。われわれはそうではない。実力の有無を問わ
考える。﹂︵小池和男・渡辺行郎﹁学歴社会の虚像﹄、東洋経済新報社、一九七九年、はしがき︶この種の論弁は階級社会のい
ず、銘柄校を不当に優遇する社会を、学歴社会と考える。実力通りに処遇するのなら、それは学歴社会でなく、実力社会だと
を行なっても、﹁特定大学﹂の出身者にはきわめて有利な﹁売手市場﹂が形成されること、また、﹁実力﹂なるものにかんして
かなる現実にたいしても十分申し立てられるであろう。もちろん、これらの議論は、個々の企業が﹁バランス﹂のとれた採用
も、﹁能力があるから試験や選抜で選ばれるというよりも、試験や選抜で選ばれる者が能力があるとみなされる﹂ことを考慮
︵2︶ その意味で﹁学歴社会﹂の研究のためにはそうした社会状態の﹁歴史的な実現過程﹂をこそ問題にしなければならないと
したりしない︵竹内洋﹁新規大卒労働市場における﹁ねじれ﹄効果﹂﹁京都大学教育学部紀要﹄第35号、一九八九年︶。
直ちに、彼のように﹁時系列データによるモデル分析﹂として行なわれるべきことにはならない。﹁歴史理論﹂の構築とその
いう今田高俊の提言は正当なものである︵﹁産業化と学歴社会﹂﹃教育社会学研究﹄第三八集、一九八三年︶。しかし、それが
119
一橋大学研究年報 社会学研究 31
︵5︶
︵4︶
麻生誠﹁現代日本におけるエリート形成﹂大阪大学人間科学部﹃創立一〇周年記念論集﹄一九八三年、五四三∼五頁
天野、前掲書、二〇三頁
浜田陽太郎﹁農民の学歴取得の意味について﹂﹃一橋論叢﹄第六四巻第六号、一九七〇年一二月
同上書、一七三頁
天野郁夫﹃教育と選抜﹄、第一法規、一九八二年、二〇四頁
ため の ﹁方法意識﹂にたいする反省こそ必要だと思えるからである。
︵6︶
教育科学研究会編﹃教育﹄第五四五号、一九九二年二月、五頁。また、同様の主旨の報告として、佐田智子﹃新・身分社
︵3︶
︵7︶
︵太郎次郎社、一九八三年︶がある。大学教育については、かなり以前から階層化しつつあるとの指摘がある︵天野郁夫
︵8︶
会﹄
︵9︶
この認識は、言うまでもなく、ボールズ・ギンタス、ブルデュー等、いわゆる﹁ラディカリスト﹂のものである。この認
は ”豊かな階層”に占拠されつつある﹂﹃朝日ジャーナル﹄一九八二年一月一五日︶。
﹁大学
一九八四年、一二七∼三九頁︶、また、こうした認識を﹁単純素朴な﹃反映論﹄﹂だと反発した例として、潮木守一﹁学歴
育
社
会
学
者
の
側
か
ら
紹
介
し
た
も
の
と
し
て
、
橋本健二﹁﹁マルクス主義教育社会学﹄の展望﹂︵﹃教育社会学研究﹄第三九
識を教
一九八二年に大阪府の公立高等学校普通科の生徒八五五名を対象に行われたこの調査によれば、﹁高い﹂階層ほど﹁礼儀﹂
ζの藁自ロ鴨甲≦R冨扇α■鐸ω知9︵邦訳﹃全集﹄第二三巻、九六三頁︶
そ
の
理
論
的
検
討
ー
﹂
︵﹃教育社会学研究﹄第三八集、一九八三年一二頁︶がある。
社会ー
集、
︵10︶
︵n︶
・ ﹁服装
髪 型 ﹂ ﹁ことばづかい﹂といった﹁外面的行動﹂での規範取得を、また、﹁らしく﹂といった特定の地位役割と結びつ
得
を
子
供
に
要
求
し
て
﹁社会秩序への同調を強く求めている﹂だけでなく、教育達成、学業達成といった﹁達
いた 行 動 規 範 の取
面
﹂ についてもことにきびしいしつけを行なっている。これにたいし、マニュアル職に代表される﹁低い﹂階層では、
成の側
な
社
会
防衛的
化 を 強 調 す る 傾 向 が あ り、子どもへの期待の度合いは相対的に弱い﹂︵片岡栄美﹁しつけと社会階層の関連性に
の ﹁家族
役 割 ﹂ や﹁公正さ﹂といった項目を重視し、﹁家族という私的﹃場﹄における役割遂行や身のまわりの行為についての
分
析
﹂
﹃
大
阪
大
学
・
人 関する
間 科 学 部 紀 要 ﹄ 第 = 二 巻 、一九八七年、四六∼七頁︶
120
現代日本における階級格差とその固定化
︵12︶ このことは、教育の階層化が義務教育以降始まるということを意味するものではない。幼児教育の﹁しつけ﹂の段階での
示している。幼児教育については、柴野昌山﹁幼児教育のイデオ・ギーと相互作用﹂︵同編﹃しつけの社会学﹄、世界思想社、
階層差からはじまり、小中学校の義務教育のなかでの﹁成績﹂における階層差まで、最近の調査は、階層格差の存在を広範に
一九八九年︶を、小中学校については、富田充保﹁階層分化と教育意識における競争・共同﹂︵﹃教育﹄第五四五号、一九九二
年二月︶を参照。
ω ﹁教育機会の拡大﹂と格差
﹁教育機会の拡大﹂論は、通常、戦後の学歴水準の上昇をきわめて肯定的に描き出すために、高校進学率や高等教育
進学率の量的増大を誇示することから出発する。われわれは、これに大学進学率の推移を加えて、議論の出発点とし
よう。︵H−2・1表︶
この表は、しかし、﹁高等教育大衆化﹂と呼ばれる現実にたいし、通常のイメージとは異なる印象を与える。たし
かに、高等学校への進学率の驚くほどの高まり︵一九五五年の五一・五%から一九九〇年の九四・四%へ︶、アメリ
カに次ぐ高等教育進学率の高さ、一九八九年には高等教育進学率で女子が男子を追い抜いた事実、こうした点だけを
強調すれば、高等教育大衆化の到来をバラ色に描くことも可能である。しかし、男女間格差がなくなったかのごとき
印象を与えるのは、高等教育が大学と短期大学の格差を考慮にいれず、両者を一緒にして進学率を計算したからであ
って、大学への進学率で同じ現実を見れば、男女の間には今日においてもなお二倍以上の格差が存在している。平均
で見ても、大学へ進学できる青年は、同世代四人に一人以下であって、女子の場合は、五人に一人にも達しない。女
子の高等教育機会の四〇%以上は短期大学への進学によって果たされているのであって︵一九九〇年の場合︶、高等
121
一橋大学研究年報 社会学研究 31
11−2・1表 高校・大学への進学率の推移
7.9
8.2
4.6
13.8
12.8
6.5
17.1
14.9
65
70.7
22.4
68
73.4
23.8
70
82.1
29.2
17.7
23.6
27.3
75
9L9
43.0
32.4
37.8
40.4
12.5
26.7
80
94.2
41.3
33.3
37.4
39.3
12.3
26.1
85
93.8
40.6
34.5
37.6
38.6
13.7
26.5
90
94.4
35.2
37.4
36.3
33.4
15.2
24.6
13.1
5.0
10.1
17.0
20.7
14.4
19.2
22.0
5.5
13.7
lL3
5.2
15.0
57.7
2.5
51.5
60
2.4
1955
10.3
計
女
男
計
女
男
学 率
進
大 学
高等 教育進 学率
高校進学率
(『学校基本調査報告書』,各年度版)
高等教育は,この場合,大学(学部)と短期大学,進学者は浪人を含み,進学率はこれを3年前
の中学卒業者で除したもの
高校進学率は通信制課程への進学者をのぞいたもの
教育機会の内容についてみれば、その男女間格差は依然としてき
わだっている。
九四・四%の高率に達した高等学校進学率も、ある調査によれ
ば、階層間格差を解消するどころか、新たな教育機会の不均等を
もたらした。﹁すなわち、いわゆる﹃一流高校﹄と﹃底辺高校﹄
とでは、各職業階層から選抜の度合が全く異なっている﹂のであ
り、﹁この傾向は、特に普通高校のなかの進学率ランクの異なる
︵1︶
高校間に顕著な現象である﹂。だから、この調査が言うように、
﹁従来階層問にみられた中学卒と高校卒といった格差が、今度は
階層間の﹃一流高校﹄卒と﹃底辺高校﹄卒という格差に移行して
きた﹂にすぎない。また、この九四%という数字を裏返して見れ
ば、五・六%若者が高等学校進学の機会から排除されているので
あって、学歴社会でこうした少数者がどのような疎外と差別を味
わっているかも想像に難くない。
︵2︶
大学大衆化の時代と言われ、学歴インフレの時代と言われても、
そこから疎外された人々の数のほうが、インフレ化した大卒の学
歴をかろうじて取得した人々よりも圧倒的に多数を占めているの
であって、この事実を忘れることはできない。
122
現代日本における階級格差とその固定化
︵1︶ 秦政春﹁高校教育の大衆化と教育機会の構造i高等学校格差との関連を中心にー﹂﹃福岡教育大学紀要﹄第二八号第四分
︵2︶ ある階層が高校進学から排除されている現実を考える場合、これを単に彼らの﹁学力不足﹂といった表面的観察で片付け
冊、一九七八年
ることができないと同様、彼らの家庭が金銭的な教育投資︵塾投資︶に耐えられない社会階層であるといった一面的な議論で
片付けることもできない。盛山和夫と野口裕二の研究︵﹁高校進学における学校外教育投資の効果﹂﹃教育社会学研究﹄第三九
集、一九八四年︶は﹁階層と学力とを結ぶものが単にお金で買えるものだけではなさそうだ﹂という知見を導きだし、﹁学校
学力を媒介にして生じている﹂という﹁﹃古典的階層格差﹄が依然として存在する可能性﹂を示唆している︵一二三∼五頁︶。
外教育投資を媒介とせず、それとは無関係に、家庭の社会経済的地位︵階層ないし階級⋮引用者︶によって直接に、あるいは
㈲ 高校の格差
文部省が一九六八年度に行なった﹁中学校卒業者の進路状況﹂にかんする実態調査は、高校進学率が世帯の年間収
入と職業とに深く関係していることを示している。それによれば、世帯の収入と職業によって高校に子弟を進学させ
られる可能性はつぎの表のように不平等である。︵H−2・2表︶︵H−2・3表︶
所得階層でいえば、﹁五〇万円を境界線として、その上と下との間にはきわめて歴然とした格差があることは、[上
記の]表を見れば明がである﹂し、職業階層でいえば、﹁﹃労務者﹄﹃漁業者﹄﹃農林業者﹄﹃無職﹄という四つの職業
層は全世帯の四六%に達するが、この全世帯の約半数にある職業層のもっている高校への進学機会は、残り半分のグ
ループよりも無視しがたいほど低い﹂ことも事実である。この調査は、高校進学率がどれほど高まろうとも、教育機
︵i︶
会の不平等が消えることはないことを示している。事実、高校タイプごとの生徒の社会的出身階層の構成を昭和二〇
123
2.2
8.9
1.4
2.0
3.8
54.7
2.0
75.6
無職・その他
4.0
自 由 業 者
7.6
53.6
19.8
50−100
81.3
44.4
100−150
93.4
22.2
150−200
95.5
250−300
96.4
300一
96.3
一50万円
構成比
高校進学率
世帯年間収入額
100.0
II−2・3表 世帯主の職業と高校進学率
世帯主の職業 高校進学率 構成比
28.5
農林 業 者
72.2
漁 業 者
59.5
労 務 者
62.5
11.4
民 間 職 員
92.5
19.2
官 公 職 員
96.5
12.4
商人・職人
個人経営者
法人経営者
84.6
10.4
93.3
97.1
100.0
(潮木守一『学歴社会の転換』,東京大学出版会
は、いましばらく選別の機関であり続ける。それは、まず第一に高等学校間の学校格差としてであり、また第二に、
学校内部における受験と就職という進路のための競争と管理の体制としてである。︵n−2・4表︶
高校生を分断する学校格差は、第一に全日制高校にたいする定時制高校の格差として存在し、第二に全日制高校内
部で﹁普商工農﹂とランク付けされて呼ばれる学校間格差として存在する。学力や偏差値といった一見すると合理的
な基準で構成され、世間的には各校の平均進学率の内容をもって了解されているこの教育世界の階層秩序は、子細に
第一の高校格差である定時制から見てみよう。
124
年代後半と昭和四〇年代で比較した
秦政春の研究によれば、﹁高校教育
の大幅な大衆化にもかかわらず、ブ
ルーカラー︵労働者︶層の高校への
進学機会は全く拡大していなかった
こと﹂、彼らが﹁進学機会を阻まれ
書のまま労働市場に送り出す現在の
五%以上の子供たちを中学卒の肩
て﹂﹁ますます﹃不利益者層﹄の地
︵2︶
位に陥ってきた﹂ことが明かである。
1978年,62頁,表1・2・5および表[・2・6)
学校制度は、この段階からしてすでに子供たちにとって選別の機関として機能した。残る九五%の子供たちにとって
11−2・2表 世間の年間収入と高校進学率
検討すると、それが教育世界を取り巻く社会的階層秩序の独目の反映でしかないことに気づかされる。
一橋大学研究年報 社会学研究 31
現代日本における階級格差とその固定化
Il−2・4表 進学率および就職率からみた高等学校間格差(1ggo年)
進学 率 就 職 率 無業 者 専修学校 生徒構成比
3.6
2.2
8.1
10.4
5.6
6.4
2.7
2.3
6.0
8.5
3.6
定時制高校の生徒の出身階層とその職業達成の推移を一九五〇年から一九八○年まで
追跡調査した片岡栄美の研究によれば、ブルーカラー労働者階層出身の生徒の構成比は
︵3︶
約八割で、このうちのほとんどが﹁下層ブルーカラー﹂と呼ばれる﹁農林漁業、技能
工・生産工程職、サービス職、単純作業﹂の階層である︵全体の六割以上をこの階層出
身者で占めて、年々上昇を続けている︶。これにたいし、ホワイトカラー階層出身は構
成比率を年々低下させ、一割以下となっている。さらに、卒業生の初職と現職の追跡調
査をもとに、この研究は、﹁維持期︵一九五三∼六五年︶以降の定時制高校は、職業達
成において出身階層の制約から解放する力を低下させ、父親の職業と同じ職種カテゴリ
!にとどまる者が増えた﹂こと、言い替えれば、﹁定時制卒業生の集団では、世代間移
動パターンが固定化した結果、低い出身階層←定時制高校←初職での低い威信地位とい
うル!トが、徐々に固定的・一般的な現象となっていった﹂ことを明らかにしている。
第二の学校間格差である全日制高校内部の格差についていうなら、ここで特徴的なの
は、普通科高校と職業科高校とのあいだに引かれた超えがたい分断ラインである。平均
でも七%に達しない職業高校の大学進学率は普通科高校の三八%と著しい格差をなして
いる。就職率の比率も七五%対二一%と同様である。こうした格差のなかの職業科高校
は、もはや戦前期のような、産業界にとっての中堅技術者の育成という理念から大きく
後退し、ある研究者の表現を借りるなら、﹁経済的にめぐまれない者、高卒時において
大学進学への学力を欠く者、あるいは大学レベルの専門教育への意欲も、興味も持てな
125
L6
14.3
定時制
73.3
14.8
8.2
工業
73.2
16.0
75.7
農業
12.8
78.5
35.2
73.3
商業
2LO
38.1
全日制 普通
(『学校基本調査報告書』,平成2年度版,236表より)
126
︵4︶
い者に対して、生きてゆくに必要な職業専門的力量をつけさせる役割を果たしている﹂にすぎない。もちろん、この
研究者のように、﹁今日の日本において、経済的にめぐまれぬ者はいうまでもなく、大学進学可能の学力、あるいは、
進学への意欲、興味を持たない者は、あきらかに社会的弱者になる可能性がきわめて高い﹂という一般的認識、職業
︵5︶
高校には﹁学力水準が低く、進路意識も未成熟な生徒が多く入学してくる﹂という状況認識を繰り返すことは安易に
すぎる。そうした現象がどのようにして階層・階級社会の本質から派生してくるのかを問い直す姿勢がないかぎり、
なぜ﹁経済的にめぐまれぬ者﹂が生み出さなければならないのか、なぜ﹁進学﹂擁選別機構のなかで彼らが敗者とし
て位置づけられねばならないのか、そして、なぜ職業高校が九五%に達する高校進学者を選別する第二の機関になら
なけばならなかったのか、という根本的問題に答えることはできない。そして、それこそ、﹁資本主義的生産様式へ
の労働者の馴化︵属3一ε器9︶﹂︵H・ブレイヴァマン︶の問題であり、その際に﹁教育や伝統や習慣﹂︵マルクス︶
︵5︶
が果たす役割を問い直すことなのである。
高等学校がその卒業生の進路実績を基礎に階層的格差を形成していること、具体的には、大学進学率、あるいは有
の階層格差が現われる。ハードな管理とソフトな選別を特徴とする﹁底辺校﹂では、それに反発する対抗的な、ある
う三つの基本的ルートに生徒が進路決定するまで繰り返し適用され続けるのであるが、この過程のなかから学校文化
る。生徒の下位文化を覆い、生徒の人格形成の過程を貫いて流れる選別と管理の原理は、大学、専門学校、就職とい
︵9︶
ざまに貫くなか、そのもとで生徒の生活文化︵下位文化︶が形成され、生徒一人一人のパーソナリティーが形成され
名大学進学者数をもって序列化され、いわゆる進学校、受験校、底辺校といったレッテルを貼られていること、一流
︵7︶
校から二流、三流校といった評価ピラミッドが隠然として存在していることは広く知られている。こうした高校ヒエ
︵8︶
ラルキーの内部を貫く論理はまた﹁管理﹂と﹁選別﹂である。この場合、﹁管理﹂と﹁選別﹂の論理が学校ごとさま
一橋大学研究年報 社会学研究 31
現代日本における階級格差とその固定化
いは逸脱的な下位文化が生まれ、また、規則従順型あるいは逸脱・反抗型のパーソナリティーが生み出されやすいと
︵10︶
すれば、これにたいし、﹁受験校﹂ではその逆であることがしばしば指摘される。自ら受験競争に主体的に参加する
よう仕向ければ、必要なのは最低限のささやかな管理でしかなく、それはせいぜい敷かれたレールから踏み外すこと
がないよう見守っていればよいソフトな管理である。価値観や意識の面でも、激烈な選別の体制を所与の前提として
計
89.3
100.0
13.0
87.0
100.0
第皿分位
18.4
16.8
83.2
100.0
第IV分位
23.3
26.4
73.6
100.0
第V分位
35.0
45.8
54.2
100.0
5L2
48.8
100.0
5.2
10.7
8.7
就職者
9.4
進学者
構成比
世帯年間収入
第1分位
第H分位
不 明
学格差に応じて形成されているこうした高校の文化的階層格差も、実は親の
学歴や家庭の階層文化的環境といった要因が高校選択にさいして間接的なが
ら大いに働いていることの結果であるという指摘は、これまで研究者によっ
︵12︶
てもしばしば行なわれている。
一九六八年に行なわれた文部省の高校卒業生の実態調査がある。この調査
を個票にまでさかのぼって補正した江原武一は、同じ年に行なわれた﹁中学
卒業者の進路状況に関する調査﹂︵前出︶における中学卒業者の年間世帯収
入五分位で高校卒業生のデータを再構成し、以下の表を得た。︵H−2・5
表︶
この表から読み取れる第一の点は、出身所得階層の点で、高校卒業生が、
義務教育の中学時代とは、はっきり異なる構成をとっていることである。つ
127
受け入れさせることが管理の主眼となる。そこでは、学校の価値観体系が競争社会の基本原理に従っているかぎり、
︵n︶
生徒の下位文化も学校の体制と調和的である。自主管理の幻想を与えることも、規範を内面化させ、価値観も同質化
職業科の高校卒業生の進路決定(E968年
100.0
江原武一『現代高等教育の構造』,東京大学出版会,1984年
51頁,表1・1から
した生徒集団にたいしてなら容易である。直接的には﹁学力﹂水準や大学進
II−2・5表 定時制・通信制を除く全日制普通科・
一橋大学研究年報 社会学研究 31
まり、一九六八年という時点で、中学卒業者では全体の上位二〇%を占める第V分位層が、高校卒業生では三五%も
存在し、中学校卒業生の場合では、あわせて全体の四〇%を占める第1およびH分位層が、高校卒業生ではわずか一
八%を占めるにすぎない。このことは、高校進学がどれほど所得階層間の格差によって影響されているかを示すもの
である。この表が示す第二の点は、高校生の進路決定にあたって所得階層の与える影響である。それを知るには、こ
の表の年間世帯収入階級別に就職者と進学者を比較すればよい。ここで江原もいうように、﹁進学者が全体に占める
比率は三〇・一%だが、この数値を基準にして進学者の世帯の年間収入分布をみると、第V分位のみが四五・八%で、
この数値を越えているにすぎない﹂。つまり、高所得階層の出身者が進学にあたって有利であること、低所得階層出
︵13︶
身者ほど就職する可能性が高いことが数字のうえではっきりと現われているのである。選別がその上で行なわれる階
層格差の影響をここにも見ることができる。
︵1︶ 潮本守一﹃学歴社会の転換﹄、東京大学出版会、一九七八年、六二頁、六三頁
︵3︶ 片岡栄美﹁教育機会の拡大と定時制高校の変容﹂﹃教育社会学研究﹄第三八集、一九八三年
︵2︶ 秦政春﹁高等学校格差と教育機会の構造﹂﹁教育社会学研究﹄第三二集、一九七七年、七二∼三頁
︵4︶ 大淀昇一﹁高校職業教育の現状︵その問題と課題︶﹂、日比行一・小林一也編著﹃八O年代の高校生教育﹄、ぎょうせい、
一九八一年、第二章第二節、七五頁。もちろん、職業高校のなかに、現場技術者養成の理念がいくつかの職業階層の後継者養
成を直接的動機として残っていることは否定できない︵秦政春﹁高校教育の大衆化と教育機会の構造−高等学校格差との関連
を中心にー﹂﹃福岡教育大学紀要﹄第二八号第四分冊、一九七八年、二五頁︶。職業高校のこのような伝統的雰囲気が職業高校
を取り囲む地域の﹁労働者階級文化﹂と結びついたとき、きわめて安定的な︵非逸脱的な︶生徒文化が生み出される︵竹内洋
﹁職業高校の学校内過程iX職業高校調査からー﹂﹃京都大学教育学部紀要﹄第三三号、一九八七年、二八∼九頁︶。
128
現代日本における階級格差とその固定化
︵5︶ 大淀、同論文、七六頁
︵6︶ 甲切﹃餌<①﹃ヨき讐ピ39自Oζ980マOゆ豆邑、ζo巨,ぞヵo≦①≦℃﹃窃ω﹂。翼。訂マ9︵富沢賢治訳﹃労働と独占資本﹄、
岩波書店、一九七八年、第六章︶ただし、ブレイヴァマン自身の問題意識は、この﹁馴化﹂の過程をなによりも直接的生産過
程で問題にすることであったから、公教育が果たす役割についての研究はむしろ、彼以降の研究、とくに・S・ボウルズ・
︵7︶ 秦政春﹁進学率を指標とした一。同等学校格差の分析ω﹂﹃名古屋大学教育学部紀要﹄第22巻、一九七五年
H・ギンタス﹃アメリカ資本主義と学校教育﹄︵邦訳、岩波現代選書︶などに待たなければならない。
︵8︶ このことは、盲同等学校に限らず、現在の学校教育の全体について言えることである。﹁階層の違いに応じた偏りを生じさ
階層分化と学校﹂︵﹃教育﹄第五四五号、一九九二年二月、七〇頁︶との指摘は重要である。
せる学校の性格が、現代学校の病根−競争性と抑圧性とーに深く重なっているのではないか﹂︵山崎鎮親・久富善之﹁今日の
︵10︶ 竹内洋は、彼が調査したX職茎口同校の例、﹁荒々しい反抗もなく学校への︸次適応も欠く﹂生徒文化の存在を﹁学校内過
︵9︶ 秦政春﹁現代高校生の類型と意識構造﹂﹃福岡教育大学紀要﹄第二九号第四分冊、一九七九年
程﹂としての﹁低位同質的社会化﹂という概念で説明しようとした。しかし、問題は、学校を取り巻く地域︵コミュニティ
︵U︶ 以下は、﹁受験校﹂として名目同い筑波大学附属駒場高校の教師︵井上正充︶によるある座談会での発言︵︸部︶である。
ー︶の文化︵この場合は﹁労働者階級文化﹂︶が生徒の下位文化をどのように規定しているかであると思われる。
﹁たとえ壁。同校二年生になると、生徒たちに自分の将来を考えさせるきっかけにしようというので進路講演会をやって・OB
でいろんな職業についている方がたの、それぞれ専門の話を聞いたりしますが、そういうことにたいして協力的です。⋮⋮行
契機にはなっていると思うんです。だけど大学受験が目前にぶら下がっていると、最終的にはそこに集約されていくかなとい
事などは確かに盛んで、”世界は受験だけじゃないぞ”というぼくらの試みも、そういうものを通していっとき自分を見返す
う思いがいつもあります。﹂︵﹁座談会..東京の階層分化拡大と高校教育実銭﹂﹃教育﹄第五四五号、一九九二年二月、一九∼二
︵12︶ 武内清コロ同校における学校格差文化﹂﹁教育社会学研究﹄第三六集、一九八一年、一四三頁
〇頁︶
129
一橋大学研究年報 社会学研究 31
︵13︶ 江原武一﹃現代高等教育の構造﹄、東京大学出版会、一九八四年、五二頁
⑬ 大 学 の 格 差
さて、四人に一人の割︵一九九〇年の場合︶で選別された大学生は、いまやさまざまな大学に割り振られることに
なる。労働市場の階層構造に直結する最後の選別機関であるから、勢い競争は激烈になり、その結果にたいする﹁う
らみの感情︵ルサンチマン︶﹂も強烈なはずである。だが、現実には、すでに長期間にわたる選別と序列化の体験を
経て、諦めと順応の姿勢を調教されてきた諸階層の子弟は、偏差値という一元的評価基準のもと、現実の大学ヒエラ
ルキーを目明の自然的秩序として受け入れ、そのいずれかの場所に自己の位置を見いだし、落ち着いていく。
現在の大学ヒエラルキーを定式化したいくつかの試みがある。
第一の試みは、天野郁夫によるものである。彼は大学間格差を歴史的背景のなかに位置づけた。大学−専門学校と
いう戦前の格差の軸が消失し、短期大学も大学院も重層的な軸になりえなかった戦後の状況のなかで、かわって登場
したのが﹁中央−地方﹂という軸であり、これが従来の﹁国立−私立﹂という軸と合わさり、﹁国立総合大学−国立
︵1︶
地方大学ーマンモス私立大学−小規模︵地方︶私立大学﹂という高等教育構造の再編をもたらしたと主張する。
江原武一による九分類はこれを引き継ぐ第二の試みである。彼は国立大学を三種類に分類し︵1中央大学、∬全国
大学・皿地方大学︶、これに公立大学︵W︶を加え、さらに在学者が一万人を超えた私立大学をマンモス私大と呼ぶ。
マンモス私大は、これを一九五五年以前に一万人を超えていたもの︵Vマンモス私大1︶と一九五五年から一九七〇
模私立大学、皿国・公立短期大学、皿私立短期大学︶、モデル化される。彼によれば、大学間格差はきわめて具体
年までに一万人を超えたもの︵Wマンモス私大H︶に分けられ、さらに、その他の私大と短期大学を含めて︵皿小規
︵2︶
130
現代日本における階級格差とその固定化
的・現実的である。
第三の試みは﹃会社職員録﹄などを使い中間管理職および役員の輩出率を大学ごとに求め、学歴社会虚像論を批判
した竹内洋のものである。彼は、﹁特定銘柄校﹂と﹁非銘柄校﹂の二分類を採用している。﹁特定銘柄校﹂とは、東京、
京都、一橋、東京工業、北海道、東北、名古屋、大阪、九州、神戸、大阪市立、早稲田、慶応の各大学のことであり、
﹁非特定銘柄校﹂とはそれ以外の国公立.私立大学のことである。彼の調査によれば、大企業での昇進と学歴には有
意な相関があり、それは彼が行なった調査で、特定銘柄校と非特定銘柄校とのあいだで中間管理職輩出率と役員輩出
パ ロ
率とにかんして明瞭な格差があることから確認できる。彼によれば、大学間格差は企業内での選別の構造と深く関わ
っているのである。
大学■﹂︶である。この場合、﹁全国大学﹂とは、旧帝大、東京工業、一橋、神戸、東京外語、大阪外語・早稲田・慶
第四の試みとして注目すべきは尾嶋史章による四分類︵﹁全国大学﹂、﹁その他の国公立大学﹂﹁私立大学1﹂﹁私立
応を指し、﹁私立大学1﹂とは、明治、法政、中央、立教、上智、青山学院、国際基督教、学習院、関西、同志社、
学
H
﹂
は
そ
れ
以
外
の
私
立
四
年
制
大
関 西 学 院 、 立 命 館 を 、 ﹁ 私 立 大
学 を 指 しパ
て いレ
る。とりわけ重要なのは、これが過去
四回にわたって繰り返されてきたSSM︵社会階層と社会移動︶全国調査のデータをふまえ教育機会と出身階層との
関連を問い直すなかから生まれてきたものだからである。そして、まさにこの問題こそ大学間格差の核心的な意味を
なす。そこで、この問題に検討を加えてみよう。
大学間格差と出身階層との関連を知る第一の手がかりは、江原武一の研究から与えられる。一九六八年二月から四
月にかけて文部省が全国すべて璽口同等学校卒業生を対象に行なった進路状況にかんする全国調査をさかのぼって五二 −
二五サンプルを採取した彼は、これに基づき、大学間格差が、第一に保護者の職業と、第二に世帯の年間収入とどの ー
一橋大学研究年報 社会学研究 31
11−2・6表 保護者の職業と高校生の進路格差(1968年)
100.0
0.1
0.1
0.1
0.2
0.1
0.0
0.0
0.0
8.3
0.0
0.0
9.8
0.2
0.3
1.3
0.2
20.3
0.0
無職・その他
69.7
49.6
0.0
2.3
7.6
30.6
56.1
商人・職人・個人経営者
52.3
民間職員・官公職員
34.0
法人経営者・自由業
13.3
3L5
0.2
3.2
0.2
2.6
100.0
2.1
100.0
3.0
13.9
3.8
100.0
3.9
100.0
不 明
100.0
86.2
労 務 者
100.0
100.0
79.6
13.3
農 林 漁 業
計
の他
不明
無職・
浪人
就職進学
就職
進学
(江原,『現代高等教育の構造』,東京大学出版会,1984年,283頁,表A・1から)
ような構造的関連があるかを明らかにしている。それによれば、まず第一に、保
この表からも明らかなように、管理者およびそれに近い階層の子弟は、五割弱
護者の職業と進路とに明確な相関関係がある。︵H−2.6表︶
の割合で大学に進学している。この値は一九六八年の高等学校からの平均大学進
学率二一二・一%と比べて二倍以上の格差で大学進学に有利であることを示してい
る。これに浪人を加えれば、この階層の子弟の六三・五%は大学を目指している
ことになる。彼らがいかに大学進学の条件に恵まれているかは、労務者の子弟の
七・六%しか進学していない事実、また彼らと経営管理者の子弟との開きが約
六・五倍、浪人を加えた進学条件でも、約五・六倍の開きがついている事実と比
較すれば、一目瞭然である。
どのような階層の出身であるかという問題は進路の選択にあたって大きな影響
を与えていることが分かったが、同じことは、進学先の学校についても言える。
江原は農林漁業者と労務者を合わせたマニュアル職の出身と、それ以外のノンマ
ニュアル職の出身とに子弟を分け、両者のあいだにどのような進学先のパターン
が存在するかを明らかにした。︵H−2.7表︶
高等教育機関に就学する者の圧倒的多数︵八四%︶がノンマニュアル職出身者
によって占められ、マニュアル職の出身者は短期大学と地方国立大学とを合わせ
辛うじて一三%を確保しているにすぎない。ノンマニュアル職出身者が集中して
132
現代日本における階級格差とその固定化
いるのは国立の中央大学.全国大学および公立大学、マンモス私大1であるが、これらの大学群が概して大学ヒエラ
ルキーの頂点から上位部分を形成していること、逆にマニュアル職の出身者がより多く進学する国立地方大学と短期
大学は、それぞれ国立大学全体、高等教育機関全体のなかでは低い地位に位置づけられていることは、注目に値する。
学歴ヒエラルキーの上位がノンマ一ユアル職出身者によって占められ、その下位がマニュアル職の出身者によって
占められていることは、保護者世帯の年間収入分布によっても確認で
3.5
0.6
8.7
1.9
2.1
きる。同じ江原の研究によれば、中学校卒業者の世帯の年間収入を五
12.7
29.3
12.5
28.7
100.0
差 割合で高等教育機関の就学機会を占有している。これにたいし、低所
等分したとき、最も裕福であった第V分位の世帯の子弟は、五三%の
計
の他
6.5
2.9
1.0
1.7
3.1
2.7
2.8
3.3
2.8
難 階層からの子弟は、七.二%の席を占めるだけである。さらに、大学
2.8
学 得であった第1・n分位、中学卒業生全体の四〇%を占めるこれらの
無職・
アル
6.5
88.4
87.0
8.8
中 央 大 学
全 国 大 学
レ
地 方 大 学
76.4
20.7
公 立 大 学
87.0
12.0
マンモス私立1
マンモス私立H
89.3
84.5
12.4
小規模私大
国公立短大
86.1
11.2
76.8
20.4
私 立 短 大
81.4
15.3
計
84.0
13.2
9.0
(江原,前掲書,68頁,表1・4から)
職 格差のなかで検討してみれば、低所得層が多い高等警機関は地方国
マニュア
ノンマニ
立大学︵一八・一%︶、国立公立の短期大学︵一一 一%︶であるこ
とになって、先にみた出身職業階層の結果と照応する。︵H−2・8
表︶
この点を別の調査によって確認することもできる。
一九六五年から一九八五年までの一〇年おき三回のSSM調査九二
八八サンプルを調査した尾嶋史章は、先にみたように、﹁歴史も古く
また威信も高い大学群﹂を﹁全国大学﹂と名付けたが、そこに通う学
︵5︶
133
格
大
者
II−2・7表 保護者の職芸
一橋大学研究年報 社会学研究 31
3.2
2.1
3.5
7.4
3.3
3.8
8.9
5.0
5.0
1.9
3.7
5.0
8.7
8.9
2.4
946−1955
0.6
6.6
3.4
10.3
2.1
私 立 短 大
3.7
19.4
小規模私大
国公立短大
2.2
10.4
2.3
9.3
3.5
7.7
53.0
0.0
20.6
8.4
58.1
8.0
45.4
19.1
2.6
24.1
9.7
55.4
9.2
19.6
6.2
53.3
ll.0
6.5
52.8
21.9
公 立 大学
3.0
46.0
18.6
地方 大学
10.8
7.3
14.0
3.8
4.6
100.0
33.0
18.0
0.0
37.5
936−1945
28.7
28.5
6.5
29.3
70.9
17.8
5.0
10.1
47.5
12.9
10.5
3.9
56.2
1926−1935
12.7
26.5
マンモス私立1
マンモス私立1
等教育
級ノンマニュアル
12.5
16.2
V
中 央 大 学
全 国 大 学
(父学歴)
(父職業)
コーホート
計
不明
w
H
皿
1
同」二,69頁、表1・5から)
II−2・9表 「全国大学jにおける「上級ノンマ
ニュアル層・高等教育」の占有率
956−1965
(尾嶋,前掲論文,72頁,表12)
134
生の出身階層を調べて、次のような結果
を得た。︵H−2・9表︶
ここでいう﹁上級ノンマニュアル﹂と
は専門職および管理職を指しており、
﹁高等教育﹂とは旧制大学、旧制高校.
高専、新制大学、新制高専・短大を指し
ている。大学ヒエラルキーの頂点を特定
階層の子弟が物質的にも、︵つまり、父
職業との相関という意味で︶、また文化
的にも︵父学歴の相続という意味で︶独
占していることが明かである。また、出
生時期を示すコーホートからも明らかな
ように、その傾向は年とともに強まりこ
そすれ、弱まっていくことはない。尾嶋
がいうように、﹁威信の高い大学への進
このことの一例として、日本の大学ヒエラルキーの頂点を占める東京大学の﹃学生生活実態調査﹄をつぎで見てみ
拡大してくる傾向をみることができるのである﹂。
︵6︶
学という面で捉えた進学機会には画然とした出身階層間の格差が存在しており、その格差は若い世代になるほど逆に
11−2・8表 世帯の年間収入と大学格差 単位%
現代日本における階級格差とその固定化
よう。
︵2︶具体的には、1 中央大学︵北海道、東北、東京、東京工業、東京教育、一橋、名古屋、京都、大阪、九州︶、H 全国
︵1︶天野郁夫﹃高等教育の日本的構造﹄、玉川大学出版部、︸九八六年、一六四頁
大学︵東京医歯、東京外語、東京商船、東京芸術、東京水産、電気通信、お茶の水女子、大阪外語、神戸商船、奈良女子︶、
皿 地方大学︵残る五二国立大学︶、W 公立大学、V マンモス私大1︵早稲田、日本、慶応、中央、明治、法政、関西、
立命館、同志社︶、W マンモス私大H︵専修、東洋、国学院、関西学院、青山学院、明治学院、立教、駒沢、竜谷、神奈川、
国士館、近畿、東京理科、東海、大阪工業、福岡、名城︶、皿 小規模私立大学︵それ以外の私立四年制大学︶︵江原武一﹃現
︵旦 竹内洋﹃競争の社会学﹄、世界思想社、一九八一年、八九∼一二六頁
代高等教育の構造﹄、東京大学出版会、一九八四年、八一∼二頁︶
社会移動﹄、同委員会、一九八八年、八三頁
︵4︶尾嶋史章﹁教育機会へのアクセスに関する趨勢分析﹂﹁一九八五年社会階層と社会移動全国調査報告書、第三巻、教育と
︵5︶同上書、七一頁
︵6︶同上書、七三頁
㈲東京大学の例
東京大学の﹃学生生活実態調査﹄は、年一回学部学生のほぼ一〇分の一を対象に、郵送自記式で調査し、七〇%前
後の回収率を上げている。それによって明らかになったもののうち、まず第一に、学生の出身家庭の職業を見てみよ
う。︵H−2・10表︶
135
一橋大学研究年報 社会学研究 31
11−2・10表 東京大学学生の出身階層別構成比 単位%
0.6
1.1
3.9
4.3
2.4
2.4
2.2
2.5
5.0
3.2
3.1
2.0
5.6
1.8
1.4
0.8
3.2
3.0
7.2
3.8
136
はっきりしていることは、民間企業の管理職がその比率を著しく高めて
いること、大中小企業の経営者と官民企業の管理者とを合わせた経営管理
大生をその出身校にさかのぼって調査している。︵H−2.n表︶
へと向かわせるのである。一九八八年の﹃東京大学学生実態調査﹄は、東
の開始とともに始まり、子供達を同質的な階層的環境のなかで東大へ東大
される構図は、大学の段階から突如始まるわけではない。それは受験競争
大学ヒエラルキーのトップが特定の階層から選抜された者によって独占
定のしようがない。
ある特定の階層、つまり、経営管理者階層の出身者に偏っていることは否
いのである。このように考えると、ヒエラルキーの頂点に選抜された者が
学卒業生を特徴づけた労務者というカテゴリーは、ここでは登場さえしな
ついても、これにはかなりの管理職予備軍が含まれている。義務教育の中
ことも顕著な特徴を成している。非管理職︵一九八七年で二二・二%︶に
活する不労所得階層が農林水産業に従事する者より高い比率を占めている
ギー部門を担当するとみて誇張ではないだろうし、不動産収入や金利で生
密接な同盟関係にある専門家階層であるか、あるいはこの階層のイデオロ
%︶を占めてしまう。自由業に分類されているかなりの部分はこの階層と
者階層の中核部分を考えてみると、一九八七年でなんと七割弱︵六八⊥一一
『東京大学学生生活実態調査』,各年度版
4.9
3.6
4.4
6.4
4.1
2.0
5.7
一
不動産収入・金利・年金等生活者
6.8
L2
一
その他 無回答
L4
3.3
10.0
1980
1984
1986
1987
13.8
16.7
17.8
16.2
14.0
13.2
公務・公共企業体 管 理 職 12L・
L7
農・林・水産業
自 由 業
1976
2.7
民 間 企 業 管 理 職
19.0
24.4
27.4
30.0
34.6
36.5
38.7
非管理職
14.0
14.3
15.2
13.3
13.2
18.2
14.6
17.7
15.6
14.2
13.1
13.7
10.5
1L5
商・工業・小企業 自営
.6
.1
.4
.0
非管理職
5.5
大・中企業経営者
1972
1965
各 年 度 男 子
現代日本における階級格差とその固定化
II−2・11表 東大生の出身校別の親の職業(1988年)
3.2
L4
.2
.0
の他の私立
0.9
8.6
2.6
.7
.7
専門・技術・教育・管理といった上級ノンマニュアル職を一方に、それ以外の下級
ノンマニュアル職とマニュアル職︵事務から運輸・サービスまで︶を他方に置いて、
各出身校のタイプによって、東京大学全体の構成比とどれほどの違いが出ているかを
見てみよう。特徴的なのは事例数で約半分を占める公立高校出身と残り半数を占める
国立・中高一貫型私立とでは、出身階層のパターンが逆転していることである。公立
340
89
16
11
448
90
016
62
530
東大生の出身世帯の平均年収については,『東京大学学生生活実
調査』,各年度版十分位階級ごとの年収にっいては,r家計調査
報』,各年度版
潟2.3一
4.8
2.0
高一貫型私立
高校出身者は、東大全体の出身階層編成より上級ノンマニュアルで下回り︵教育職で
79
2L8一一
.7
2.0
.9
3.2
3.9
し、国立・中高一貫型私立校出身者の場合は、
ルとマニュアルとで全体を上回る。これにたい
は若干上回る︶、それ以外の下級ノンマニュア
1163
11
.0
58.0
4.2
態年
842
88
.3
9£
LO
4.5
それと逆の傾向を示し、とくに上級ノンマニュ
アルの中核ともいえる専門家階層や管理者階層
からの出身者はとくに多い。また、マニュアル
職の代表ともいえる農林漁業や生産労働者階層
の出身という点では、東大平均値に達しない。
このようにみてくると、専門家階層や管理者階
層へ大きな偏りがみられる公立進学校出身の東
大生の出身階層構成をさらに一層そうした方向
へ歪めているのが国立︵大学附属︶や中高一貫
137
第IX階級 第X階級
00.0
.8
一1.80.5一一
民全世帯の平均年収に占める位置
00.0
.4
100.0
2.7
12.5
立 高 校
1.1
872
1987年
国民全世帯十分位階級の
東大生出身世
の平均年収
00.0
00.0
の 他
5.9
1−2・12表 東大生の出身家庭の平均年収が国
00.0
.9
2.7
36
4.5
.2
.1
1.8
国立(大学付属)
100.0
60
54
47.9
13.5
13.0
全 体
農林 生産工程 運輸・通
・保安 無職 無回答
掘作業
業
ービス
販売
事務
管理
教育
専門
術
『東京大学学生生活実態調査』,1988年版
一橋大学研究年報 社会学研究 31
11−2・13表 東大生の出身校別,親の職業別平均年収
無職 事例数
301
1 2
581
636
265
1002
408
1065
170
io9
31
43
07
76
92
79
50
74
40
50
管理
事務
販売
全 体
1107
794
1050
651
613
国立(大学付属)
1115
807
1099
634
393
立 高 校
44
68
59
18
20
高一貫型私立
215
37
130
98
51
の他の私立
367
26
034
75
000
・保安サービス
教育
一314200一一
一
550
の 他
農林 生産工程 運輸・通
業
掘作業
専門
術
『東京大学学生生活実態調査』1988年版
型私立の進学校であるといえる。
こうした職業を通じてみた特定階層による東京大学の独占の事実は、出身家庭の収
入を通じても確認することができる。
まず、学生の出身家庭の平均年収を調べて、これを﹃家計調査年報﹄と比較してみ
ると、つぎのような結果が明らかになる。︵H−2・12表︶
この表からも明らかなように、東京大学の学生の出身世帯の平均年収は、いずれの
年をとっても、国民全体の最も富裕な上位二〇%以内の水準にある。このことは、先
の出身階層の職業の場合と同様の結論を導く。すなわち国民のうちのきわめて富裕で
限られた階層から東大生は選抜されている。
そのことをさらに際だたせるのは出身校別そして職業別の親の年収︵一九八八年︶
である。一九八八年の東大生全体の平均年収は九一一万円であったが、この内訳を親
の職業別にみると、また出身校別にみると、つぎのようになる。︵H−2・13表︶
ここでも専門家階層と管理者階層が全体としての平均値を押し上げていることが分
かるが、出身家庭の年収からみて東京大学の学生を国民のきわめて裕福な層から選別
している事実は、大学入学以前の出身校の段階からすでに始まっていることがここで
確認できる。とりわけ、国立および中高一貫型私立の進学校は、東大生の平均をはる
かに上回る富裕さを背景に特定階層の子弟を東大に送り込んでいる。
東京大学という大学ヒエラルキーの頂点にたつ特定大学の例を通じて明らかになっ
138
現代日本における階級格差とその固定化
II−2・14表 イギリスにおけるフル・タイム学生数の推移 単位,千人
1970/71
23.9 8,0
128,3 57.0
102.0 113.1
254.2 178.2
1975/76
23,2 10.2
130.1 73.6
109.3 120.1
262.6 203.8
1980/81
20.7 11.3
145.1 96.2
11L9 96.4
277.7 203.9
2LO l2.6
135.8 101.1
143.5 132.2
300.4 245.9
20.6 13.3
136.5 104,7
147.3 142.8
304.4 260.9
1985/86
1987/88
大学(学部)
ポリテク・コレッジ
男 女
男 女
男 女
男 女
たように、国民のなかのきわめて富裕な層である専門家階層や管理者階層といっ
た特定階層は、その子弟たちが演じる受験競争のなかでも圧倒的な支配力を見せ
つけており、彼らの子弟にたいして受験競争への高い適応力を結果的に相続させ
ることによって、自己の階層的立場をより安定した基盤のもとに再生産している。
㈲ 現代イギリスにおける教育格差
イギリスでも、戦後、それまで教育制度に色濃く影を落としていた階級格差の
影響を是正するためのさまざまな施策が実行に移された。しかし、就学機会の確
保の点から取り組まれた高等教育機関の拡大も一九七〇年以降、目だった勢いを
見せていない。そのなかで、比較的目につくのが、ポリテクニクやコレッジヘの
就学者の増加︵一九七〇年の二一万五千人から一九八七年の二九万人へ︶であり、
大学での女子学生の増加︵一九七〇年の六万人から一九八七年の一〇万人へ︶で
ある。性別での動向をみれば、男子の場合、この間の高等教育就学者数の増加の
よって、女子の場合では、五割強が大学への進学率の上昇によって代表されてい
る。︵H−2・14表︶
大学への女性進出と、ポリテクニクやコレッジというZ9自①讐800ξ器の
拡充によって高等教育機会は広がったとはいえ、高等教育を受けることのできる
139
九割までがポリテクニクやコレッジといった大学以外の高等教育機関への就学に
Soclal Trends1990,Table319
計
大学院
Source’Educatlon Statistlcs for the Umted Kingdom、
Department of Education and Sclence
一橋大学研究年報 社会学研究 31
11−2・15表 イギリスの18−24歳人口が高等教育を受けている割合(%)
7.5
8.5
8.0
8.3
8.6
3.7
8.8
4.5
4.2
9.5
3.7
3.3
3.5
9.1
4.3
4.1
4.2
8.9
4.4
4.4
4.4
9.1
8.1
4.0
3.9
7.6
3.5
3.7
7.6
3.2
3229
3.7
3358
3.6
1987/88
6620
6586
4.0
5993
3250
3.2
2949
3373
3.1
3045
1985/86
3.3
5456
2.7
2677
2.0
2778
4.1
1975/76
1980/81
4.0
5742
4.8
2851
4.7
69
1970/71
2892
4.4
63
計
計
高等教育全体
ポリテク・コレッジ
女
男
計
女
男
計
女
女
男
男
大学(学部)
18−24歳人口(千人)
Source Of丘ce of Population Censuses and Survey;General Register Omce,Central Statistica
Offilce,Annual Abstract of StatIstlcs
人々の割合は、当該世代の一〇%に満たない。大学をとってみれば、それは四%前後
であって、きわめて限られた人々のための高等教育機関であることを立証している。
オックスフォードとケンブリッジ︵オックス・ブリッジ︶の両大学出身者を別格の超
エリートとして含みつつ、イギリスでは、大学生であることが絶対的な意味でのエリ
ートなのであって、さらに、ここで取得される学位の格付けが成されることによって、
このエリート集団は、大卒者としての資格をさらに細かく社会的に評価される。︵H−
2・15表︶
イギリスの高等教育機会が日本とは比べものにならないほど低いということは、日
本ほどに﹁学歴インフレ﹂が進行していないということを意味し、日本ほど急速かつ
政策的に高等教育を社会移動の制度化に向けて改編することが容易でなかったという
ことを意味する。むしろ、それだからこそ、高等教育を通じて行なわれる社会的選抜
の過程が、戦後期の日本のように高学歴取得への国民的熱狂によって曇らされること
がなく、高等教育達成への階級的影響をより鮮明に示すものとなっている。
高等教育に限らず、教育機会が出身階級によってどれほど不平等に配分されている
かという問題は、これまで多くの研究によって扱われてきた。過去の最も包括的な調
査として、一九六三年の高等教育特別委員会による報告︵ロビンズ・レポート︶があ
る。一九四〇1一年に生まれ些二歳の三〇〇〇人をサンプル調査した結果によれば、
大卒の学歴︵UΦαqお巴Φ<9にまで到達できる可能性を考えてみると、高級専門職の
140
現代日本における階級格差とその固定化
II−2・16表 父職と学歴達成(且963年,イギリス)
高 等教育
A(2)
フルタイム
熟練,非熟練職
4
計
25
3
4
3
8514230
練マニュァル職
16
721
務 職
12
421
1621
理・専門職
ベル
40
受け
い者
720294965
その他
33
高級専門職
ベル
イム
76332
大 卒
父 職(1)
パート
高等専
教育
0(3)
47
計
100
00
00
00
00
100
1}ここでの分類はRG階級分類(Reg[strar Generarrs classihcatlon of Social Class) (see
Classincatlon of Occupations,HMSO,1960)に基づき,「高級専門職」はRG分類の1,「管理・専門
職」はIL「事務職」はIIIノンマニュアル,「熟練マニュアル職」はIIIマニュアル,「半熟練,非熟練
職」はIVおよびVがそれぞれ充てられている.
21 イングランドとウェールズの場合はGCSE(Genera且Certi6cateofEducat耳on)のAレベル
(Advanced Levd),スコソトランドの場合はSLC(Scottlsh Certi6cate of Education)、16−8歳で
受験する.
31GCSEの0レベル(Ordinary Levei)は15−6歳で受験する.ここでは,その他Post−Schodコース
を修了した者を含む.
Committee on Higher Education,Hlgher EducatLon(The Robbihs Report),Command2154,
London,HMSO,1963,Appendix1,Part2、Table2,p,40
父親をもった子供は、半熟練・非熟練労働者の子供よ
り三〇倍以上のチャンスをもち、逆に、高等専門教育
を受けないリスクは一〇倍低い。半熟練・非熟練労働
︵1︶
者の子供は、その六五%が高等専門教育を受けること
なく社会に出ていく。これにたいし、高級専門家階級
は、その五二%がなんらかの高等教育を受けている
)
︵半熟練・非熟練労働者階級の場合は四%︶。︵11−2.
ロビンズ・レポートも指摘するように、この第一の
理由は、経済的なものである。より経済的なゆとりの
ある層のみが、その子弟を高等教育の場に送り出すこ
とができるという事情は、日本もイギリスも変わらな
いのである。その意味で、間接的とはいえ、家計支持
者とみなされる父親の影響がもっとも大きい、第二の
理由は、母親の影響であり、これは直接的である。レ
ポートでは、これを母親の結婚前の職業を通して見て
いる。︵H−2・17表︶
母親が結婚前にノンマニュアル職に就いていた場合
141
16
一橋大学研究年報 社会学研究 31
1−2・17表 結婚前の母職と学歴達成(同上)
教育を受けない者
0.6
4.8
9.8
4.3
0.6
9.3
142
のほうが、子供がフルタイムの大学生になる可能性が高いことを示し
ている︵子供が男子の場合のほうが、女子の場合より、そのことは顕
著に現われる︶。このことの背景には、母親の学歴の問題が存在する
のであって、レポートが注記するように、﹁母親の場合、結婚前の職
業よりも、その学歴のほうがおそらくよりダイレクトに影響を与える
であろう﹂。結婚前の職業を通して現われた高等教育機会への影響は、
︵1︶
むしろ、母親の学歴を間接的に反映した結果として読み直す必要があ
る。
︵1︶ Ooヨヨ一簿80ロ属眞ぎ﹃閣位⊆畠一δP=碍冨﹃国血ロ8二曾︵↓箒力07
σ冒ωヵ80耳yOoヨヨ雪ユトo一㎝♪いoロαoP属ζωρ一8ωゆ>℃需コ象×一、
勺餌ユρマωcc
もって答えている。︵11−2・18表︶
響か、という﹁氏と育ち﹂論争にたいして、レポートはつぎの調査を
たがない、というものである。生まれつきの能力かそれとも階級的影
しようと思えば、階級的偏りが人材登用にさいして存在するのはしか
き能力のある子供が集中するのであって、社会的に有能な人材を活用
主張される粗野な弁護論がある。それは、ある特定の階級に生まれつ
高等教育機会への出身階級の影響を問題提起するにさいして、必ず
Lndon,HMSO,1963,Appendlx1,Part2,Table3,p41
00
.1
100
18.5
44.3
9.3
4.8
8.3
.6
.4
.9
マ ニ ュ ア ル
14.8
計 ノン・マニュアル
0レベル
マ ニ ュ ア ル
100
22.0
46.7
7.7
00
.7
.3
.9
.9
0.5
1L8
1L3
女子 ノン・マニュアル
Aレベル
マ ニ ュ ア ル
100
14.7
4L5
11.0
高等専
高 等教育
00
.5
.1
.0
.0
9.7
4.4
18.7
男子 ノン・マニュアル
イム
大 卒 その他
計
パート
フルタイム
子供結婚前の母職(1)
「ノンマニュアル職」は「高級専門職」「管理・専門職」「事務職」の3項目を一緒にしたもの,「ノン
Comm邑ttee on Higher Education,Higher Educatlon(The Robbms Report),Command2154,
マニュァル職」は「熟練マニュアル職」と「半熟練,非熟練職」を一緒にしたもの.
現代日本における階級格差とその固定化
II−2・18表 IQ値,父職と学歴達成(同上)
100
100
00
431
一1 313
00
714
0
76
64
4987
11
100−114 ノン・マニュアル
マ ニ ュ ァ ル
41
412
マ ニ ュ ア ル
17
17
115−129 ノン・マニュアル
0レベル
100
41
17
3
0
62
グラマー・スクール生徒を一一歳の時点でIQ値により三グループに分
け、その最終学歴ど比較したのが上の表である。どのlQ値グループをと
ってみても、父親がノン・マニュアル職である子供のほうがマニュアル職
である子供よりもはるかに高学歴を得る可能性が高い。IQ値一三〇以上
に恵まれた子供の場合を例にとってみると、ノン・マニュアル職出身の子
供の場合、その四〇%弱は大学までたどりつくことができるのにたいし、
マニュアル職出身の子供では、その二〇%弱が大学まで到達できるにすぎ
ない。このように、生まれつきの能力と考えられるIQ値を平等にとって
考えてみても、フルタイムでの大卒学歴までたどり着ける者の比率は、ノ
ン・マニュアル職出身者とマニュアル職出身者とで二倍以上開いている。
この比率は、平均的なIQ値のグループ一一五ー一二九においても同様で
あり、一〇〇1一一四のグループになると、格差はさらに開く。
こうした状況は、大学までの高等教育の選別機構は生まれつきの能力を
究極の基準にして働いているのであり、この基準の前ではいかなる個人も
ら遠いものであるかを物語っている。
個人の教育達成の過程のなかで、階級的背景がどのように具体的な影響
を与えているか、という問題は、これまでさまざまな研究が積み重ねられ
143
平等の機会を与えられている、といった素朴な思い込みが、いかに現実か
Ibid,Table4,p 42
00
5
0
8
マ ニ ュ ア ル
その他
大卒
Aレベル
IQ値 父職
イム
計
フルタイム
10
37
一130 ノン・マニュアル
い者
パート
高等専
教育
受け
高 等 教 育
前出の分類と同し
一橋大学研究年報 社会学研究 31
11−2・19表 出身階級別の最終学歴(25−49歳男子11985−6年,イギリス)
本 人
の 最
終
大卒
上
Aレベル
0レベル
専門家
51
14
13
10
雇用主・経営者
22
16
15
19
中間的ノン・マニュァル
27
18
16
18
下級ノン・マニュァル
17
13
16
21
12
12
熟練マニュアル(2)
7
半熟練マニュアル(3)
5
非熟練マニュアル
3
9
7
9
10
それ
外
資格なし
大学卒
父親の階級(1)
学 歴
6
計
6
100
17
100
13
100
13
20
100
18
16
35
100
16
14
46
100
13
12
55
100
11
7
1)ここでの分類は,RG SEG分類(Reglstrar Generars Soc且o−Economic Grouping ln Classi目cations
of OccupatIon1980⊂HMSO,1980])に基づいている.高度な資格を必要とする「専門家」(自営・被
雇用)は,同分類の3および4に対応し,民問および公営企業の「雇用主・経営者」は1,2,13,専
門職補助や中間オフィス管理者である「巾問的ノン・マニュアル」は5,事務・販売・サービス業の
従業員である「下級ノン・マニュアル」は6,現場監督を含む「熟練マニュアル」は8,9,12,14,
「半熟練マニュアル」は7,10,15,「非熟練マニュアル」は11にそれぞれ対応している.
2)自営業を含む
31個人向け消費サービス業の従業員を含む
The General Household Survey1986,p.122,Tabie9.12(a)
ている。しかし、教育、とりわけ高等教育の一面の課題が社
会的選抜にあるかぎり、当該社会においてもっとも支配的な
階級が結果的にこの分野をも支配することになることは、至
極当然なことである。それを示すのが以下の資料である。
まず第一に、父親の階級︵本人の出身階級︶によって教育
達成にどのような格差が生じるかが問題である。父親の階級
︵出身階級︶ごとに本人が達成した最終学歴を調べてみると、
以下のような表が得られる。︵H−2・19表︶
専門家階級出身者の五〇%は大卒の学歴を取得するのに、
半熟練・非熟練労働者の五〇%は0レベルの学歴さえ取得せ
ず、資格なし︵Zoの岳言8ぎ屋︶で社会に出ていく。先
に見た一九六三年のロビンズ・レポートの数値に比べてみる
と、専門家階級出身者による大卒学歴の独占傾向はよりいっ
そう強まったようにみえる。
出身階級によって、最終学歴への到達に歴然とした格差が
存在することが分かった。では、つぎの問題として、そのよ
うにして達成された教育︵学歴︶を踏台にして、本人はどの
ような階級に帰属することに成功したか。言い換えれば、本
144
現代日本における階級格差とその固定化
II−2・20表 最終学歴の階級別配分(25−49歳男子1985−6年,イギリス)
25
20
14
11
4十9
11
11
4十7
36
38
60十29
47
13十14
23
6
24
44
15
熟練マニュアル
100
100100
7
6
半熟練マニュァル
非熟練マニュアル
100
3十1
8
1
5
1
3
0
3
3
1
0
1十9
2
6
資格なし
16十31
5
5
Oレベノレ
28
中間的ノン・マニュアル
100
4
5
27
下級ノン・マニュアル
100
0
32
雇用主 ・経営者
100
100
計
14
14
28
20
40
5
専 門 家
Aレベル
本人の階級(1)
学 歴
最 終
それ
外
構成比 大学卒
大学
上
の
本 人
前出
TheGenera且Household Survey1986p.128,Table916(b
人の階級的立場が教育機会の独占とどのような相関関係にあるか。
︵H−2・20表︶
全サンプルの五%を占めるにすぎない専門家階級が大卒学歴の四〇
%を占有している。これにたいし、六五%を占める︵熟練・半熟練・
非熟練︶マニュアル労働者は、大卒学歴の四%を占有するにすぎない。
高等教育からはじき出され無資格のまま社会に出ていかなければなら
ない者は、専門家階級でゼロ、下級ノンしマニュアルまで加えたノ
ン.マニュアル全体でも二三%にすぎないのにたいし、マニュアル労
働者階級は七七%が資格なしで社会生活を送る。後期中等教育ともい
うべき、0レベル、Aレベルをみても、サンプル構成比に近い学歴配
分が行なわれているわけではない。Aレベル、0レベル、どちらの場
合も、下層マニュアル労働者︵半熟練・非熟練労働者︶が構成比以下
の比率で現われており、下層ノン・マニュアル︵中間的・下級ノン・
マニュアル︶が構成比以上の比率で現われている。中間的学歴の取得
が下層ノン・マニュアル階級に偏っていることは、最高学歴の取得が
上層ノン.マニュアル︵専門家階級︶に大きく偏っていることと合わ
せ、社会移動の制度化された主要ルートとしての高等教育の社会選抜 5
14
的性格を如実に物語るものである。
一橋大学研究年報 社会学研究 31
(イギリス,1981・84年)
981 1984
23.1 19.5
.7 10.6
.1 10.1
3.5 14.1
2.3 12.4
.8 7.2
.2 6.2
練ノン・マニュァル
100.0 100.0
100.0 100.0
O Ll
.1 1.3
熟 練
熟 練
練マニュアル
計
24。5 22.1
最後に、公正にして開かれた過程であるべき大学の入学選抜が、ど
のような階級的不平等を内包しているかを見てみよう。つぎの表は、 −
46
大学入学選抜にあたって出身階級別の受験者と合格者とを比べたもの
である。受験者と合格者とが、各出身階級ごとに、少しずつ違ってい
ることに注目しなければならない。たとえば、一九八四年のケースで
いえば、受験者のなかで一九・五%を占めていた専門家階級出身者は、
合格後の計算では、合格者の二二・一%を占めて、二・六%も比重を
上げている。これにたいし、熟練マニュアル労働者の子弟は一.七%、
on Admisslons)
数値を大学合格者︵受験者︶と比較してみても明らかなように、現在
の大学数育がどのような階級的基盤のうえに成り立っているか、また、
どのような階級にとって結果的に有利に働いているかは、イギリスの
括
こうした資料が示唆するとおりである。︵H−2・21表︶
︵6︶
小
100
n ReglstrarGenerarssoclalclass
合格者(4)
受験生(3)
(2)
8.9 48,2
7.8 47.3
専 門 家
間 的
21 Economic Activ且ty,Census198且
3)一(4) Social Trends16,1986,p55(onginal source Univers且ties Centrai Counc
5221236187 半熟連労働者の場合も一%比重を下げている。各階級ごとに構成比の
981 1984
成比
出 身 階 級(1)
った。この階層の側から、同じ問題を見てみることで、小括としよう。
かという問題を、主として大学の側から見てきた。浮かび上がってきたのは、経営管理者階層の圧倒的な支配力であ
これまでは、﹁高等教育の大衆化﹂というかけ声とは裏腹に特定の大学がどのような階層によって独占されている
11−2・21表 大学入試における出身階級別の受験生と合格者
現代日本における階級格差とその固定化
II−2・22表経営管理者階層の学歴
実数,括弧内は構成比
本 人
妻
東 大
227(20.3)
1
95(8.5)
18(L6)
3(D3)
旧帝大(東大を除く)・一橋大
251(224)
5
91(8,1)
36(32)
9(0,8)
早 稲 田 大 慶 応 大
120(10,7)
1
265(23.7)
66(5.9)
お茶の水・奈良女・津田塾大
5
一
その他国公立大・官公立専門学校
263(23.5)
その他私立大・私立専門学校
131(1L7)
外 国 大 学
短 期 大 学
中 等 初 等 教 育
最終学歴未定・不明・非該当
36
159(14.2)
3
33(2.9)
11(LO)
』
118(105)
33(3.0)
26(2.3)
183(16。3)
314(28.0)
2
1
700(62.5)
長 女
468(418)
44
123(1LO)
次 男
一
0
1
1
1120
計
長 男
0
52(4.6)
169
28
1120
1120
6
1
127(11,3)
21(1,9)
762(68.0)
1120
47(4.2)
544(48.6)
1120
*高校在学中(卒業2年以内を含む)
竹内洋「学歴移動の構造一ビジネス・エワートの家族にみる 」,関西大学経済・政冶研究所r価値変容の
占し、さらにその子弟がその独占を相続している構図である。
ポイントは、経営管理者階層が学歴ヒエラルキーの上層を独
これを克明に明らかにしたのが、竹内洋による﹁ビジネス・エ
リiトの家族にみる学歴移動の構造﹂調査である。彼は、﹁上
場企業を中心に、一五七二社の役員、約二八六〇〇人の経歴や
家族背景が記載されている﹂﹁一九八二年会社役員録﹄︵財界研
究所、一九八二年︶をもとに、長男︵次いで次男、そして長
女︶がおり、大正元年以降に生まれた役員、一一二〇人を無作
為抽出し、彼らの学歴分布を調査した。それによれば、本人と
妻、長男︵または、次男、長女︶それぞれの学歴構成は以下の
ようになる。︵11−2・22表︶
一見して明らかなように、高等教育就学率、とくに大学卒業
率の著しい高さである。本人の場合で八九%、長男の場合で九
三%と、経営管理者階層は国民全体の平均就学率から大きくか
け離れた高率で高等教育機会を独占している。しかも、その内
訳を見ても明らかなように、東大、旧帝大・︸橋大、早稲田・
147
慶応といった、威信ヒエラルキーの上位を占める大学に見事に
集中している。この階層の大学卒業者のなかで、これらの特定
社会学的研究』,研究双書第49冊,1982年,79頁,表4から作成
一橋大学研究年報 社会学研究 31
11−2・23表 経営管理者階層の学歴移動
130
43
16
82
71
9
221
旧帝大(東大を除く)・
24
39
93
79
8
243
22
23
144
165
31
83
32
72
11
123
382
470
51
1089
専門)・慶大・早大
中等・初等教育
91
95
計
5
6
7
5
1
その他私立大(専門)
18
その他国公立大・
を除く)・一橋大
372
東 大
橋 大
計
立大
高校
その他の国
その他の
立大・
大・早大
父 学 歴
東大
旧帝大(東
長 男 の 学 歴
竹内,同上論文,84頁,表8
大学を卒業した者の割合は、本人の場合で六割、長男の場合で四割を
超える。
竹内が明らかにしたのは、これだけではない。彼は、本人と長男の
ハユロ
学歴を比較し、経営管理者階層の世代間学歴移動を明らかにした。そ
の際、彼は﹁学歴世襲率﹂︵父の学歴を基準にして、同じ学歴の長男
がどれだけの割合を占めるか︶と﹁同学歴率﹂︵長男の学歴を基準に
して、同じ学歴の父親がどれだけの割合を占めるか︶とを各大学グル
ープごとに計算している。﹁同学歴率﹂が﹁学歴世襲率﹂より大きけ
れば、そのグループに他の学歴階層からの流入は少ないことになる。
逆に、同学歴率より学歴世襲率のほうが大きかったときは、他の学歴
階層からの流入は多いことになる。︵H−2・23表︶
竹内の調査によれば、東大、旧帝大、一橋、その他の国公立大学は
﹁学歴世襲率﹂よりも﹁同学歴率﹂のほうが高く、早稲田・慶応、そ
の他の私大は、その逆に﹁学歴世襲率﹂のほうが﹁同学歴率﹂よりも
レ
高い。このことは、大学定員が狭く限られている前者の大学グループ
では、経営管理者階層の内部においても、他の学歴グループからの流
入を阻止する力が働いていることを暗示している。学生定員が比較的
ゆるやかな私立大学では、世襲率は高いが、流入率も高い。いずれに
148
現代日本における階級格差とその固定化
せよ、結果的に、父親の学歴は、その子弟︵長男︶に学歴グループごとに相続されていることが、この調査から明ら
かになってくる。
経営管理者階層が高等教育中の最も威信の高い大学を独占し、それを結果的にその子弟に相続させている事実はこ
︵3︶
のように竹内の調査から明らかであるが、この傾向は、年を追って強まりこそすれ、弱ま
同学歴率
0,195
0,453
る徴候はない。学歴の相続がこのように果たされれば、経営管理者層の子弟にとって望ま
学歴世襲率
0,377
0,177
ることで、彼らの就職先が高級官僚としての﹁国家公務員﹂職、専門家階級としての﹁専
しい初職を手に入れることはきわめて容易である。竹内の調査は、長男の就職先を追跡す
0,429
門職﹂、上場企業エリート社員としての﹁大企業﹂、父親のコネによる﹁関連企業ないし系
︵4︶
列企業﹂といったきわめて特権的なポストに限られていることをまた明らかにしている。
0.16
0,387
0,638
. 所﹃価値変容の社会学的研究﹄研究双書第四九冊、一九八二年、八四頁、表八および八五頁、
1 ︵1︶ 竹内洋﹁学歴移動の構造ービジネス・エリートの家族にみるー﹂、関西大学経済・政治研究
「その他の国公立大・慶大・早大」層
図1
︵2︶ この表から計算しても、以下のようになる。︵H−2・24表︶
「1日帝大・一橋大」層
「その他の私立大」層
︵3︶ 彼はこのことを長男の年齢別のコーホートによって実証している︵同論文、九〇∼一頁︶。
「東大」層
︵4︶ 竹内、同上論文、九五頁
結 語
149
表
H
一橋大学研究年報 社会学研究 31
以上、現代日本社会の経済的階層格差とその社会的固定化の実態をイギリスとの対比のなかで見てきた。少なくと
も、これまでの検討を通じて、物質的生活条件の格差がどのような社会グループに利益を与え、どのような社会グル
ープに不利益を与えているか、また、社会移動と学歴取得の開かれた可能性にもかかわらず、利益を受ける社会グル
ープと不利益を被る社会グループとの格差の構図がどれほど制度的に再生産されているかが明らかになったはずであ
る。こうした実態分析の結果を踏まえ、ここでは二点だけ、あえで強調したい。
第一に、日本社会は平等社会ではない。さまざまな差別や格差、不平等と不公平が混在している。社会を分断する
格差のラインが国民のあいだにさまざまなかたちで引かれている。存在しているだけでなく、それのもとで社会の原
されるのは、まさにその証拠である。そうしたなかで、機会の平等、条件の平等、結果の平等を目指す叫びはさまざ
動力︵﹁活力﹂︶が生み出されている。格差や不平等がさんざん議論された挙げ句、最終的には﹁必要悪﹂として肯定
︵1︶
まな社会的騒音によってかき消されている。本来社会的なレベルであったはずの問題が個人的なレベルの問題にすり
替えられている。しかし、どれほど隠ぺいしようとも、格差は体制の構造から発生する。そうであるかぎり、格差か
ら不利益を被る人々の抗議の声が消えることはありえない。公正を求める叫びは、格差が激しくなればなるほど、高
く強くこだます。格差を唯一の推進力とする体制が内包する第一の矛盾がここにある。
第二に、日本社会は開かれた社会ではない。社会移動の自由が保障されているというのなら、社会はなぜ階層を固
定化しなければならないのか。私有財産制度のもとでは、資産は、たとえそれがどのような種類のものであれ、物質
的生活条件であれ、文化的生活条件であれ、独占され相続されることを前提にしている。格差が利害に結晶化すれば、
それを制度化して独占し、かつそれを相続しようとする勢力が現われることは、歴史的必然である。しかも、社会が
階層化すればするほど、それは、人材の適正配置をスローガンにかかげ、門閥・閨閥による封建支配と歴史的に戦っ
150
現代日本における階級格差とその固定化
てきたこの体制のタテマエ︵イデオロギー︶と矛盾する。一方で階層化の傾向を深層に秘め、他方で開放化の理想を
唱えなければならないこの体制の第二の矛盾がここにある。
どれほど長く人々が開放社会の錯覚に浸っていたとしても、その裏には、ただ、資本が自己の欲求に合わせて社会
を未曾有の規模で再編した戦後の﹁高度成長﹂の歴史が厳然としてあるだけであり、この激動の歯車に社会成員が無
慈悲に投げ込まれた歴史的事実があるだけであり、その激動のなかで社会的上昇移動の密やかな夢を多くの人々が見
ていた個人的事情があるだけである。自由な個人的社会移動も、歴史的にみればたんなる強制移動にすぎない。個人
的な上昇移動の夢も社会的には幻滅であり幻想である。学歴社会にどれほどの個人的夢を託そうとも、そこから生み
出される圧倒的多数は成功者であるより、なんらかの敗北者であり、挫折を味わった者たちである。学校での教育選
抜が制度化された社会選抜であるような階層社会のあり方の前では、学校社会の病理は現実社会の病理と通じており、
学校社会の階層的現実は現実社会の階層的秩序の独自の反映である。しかし、今日、自由で開かれた社会と思い込ま
された人々が、階層化された社会を﹁再発見﹂したとしても、そのこと自体、幻夢からの覚醒を意味するにすぎない。
真の啓蒙は、この階層意識をもたらした必然の論理をたどることである。
体制に内在する矛盾は、いまようやく人々の意識をとらえ始めた。開放社会という仮象が階層社会という現象に席
を譲ったのである。しかし、真の問題は、この現象としての階層社会から、その背後に潜む階級社会という本質へと
議論を下向させることである。そして、問題は、実にここから始まる。
︵1︶ あるシンポジウムで﹁教育と社会的公正﹂についての議論がなされたところ、フロアのある教育社会学者から、﹁現実に
は格差は避け難くむしろ必要で、それを完全に取り除こうとすれば全体主義に陥ってしまう、という意見が出された﹂そうで
151
し
一橋大学研究年報 社会学研究 31
ある︵﹁シンポジウム報告 教育と社会的公正﹂﹃教育社会学研究﹄第四四集、一九八九年、一八四頁︶。この事実を知ったと
き、私は、教育機会の階層格差について戦後一貫した注意を払ってきたはずの教育社会学者でさえ、こうした方法意識であっ
の根幹とつながり、格差の根本的是正が体制そのものを揺るがすとの嗅覚を持ち得たのかもしれない。私はいまそう思うよう
たのかという驚きを禁じ得なかった。だが、しかし、この問題に注意を払ってきた教育社会学者であるからこそ、格差が体制
になっている。
152