凸集合の分離定理:経済学・ゲーム理論への応用∗ 梶井厚志 京都大学 経済研究所 2014 年 12 月 22 日 概要 凸集合の分離定理と,その経済学へのさまざまな応用例を議論する. 1 凸集合の分離定理 1.1 凸集合 この章では,凸集合の基本性質をまとめ,この講義で主要な数学的分析道具となる凸集合の分離 定理を学ぶ. 定義 1.1 (凸集合) 集合 C ⊆ RL が任意の x, y ∈ C, t ∈ [0, 1] に対し tx + (1 − t)y ∈ C を満たす とき,集合 C は凸集合であるという. 凸集合の基本性質をみておこう.以下の事実は容易に証明できる. 凸集合の共通部分 集合族 {Cλ ⊆ RL : Cλ は凸集合,λ ∈ Λ} について,∩λ∈Λ Cλ は凸集合.*1 課題 1.2 上記の基本性質を証明せよ. 定義 1.3 (凸包 (convex hull)) 任意の集合 X ⊆ RL について,その凸包(the convex hull of X) とは,X を含む最小の凸集合である.集合 X の凸包を co(X) と表記する. 上記の基本性質1により, co(X) = ∩ {C : C は凸かつ X ⊆ C} であることがわかる.他方で, 集合の凸包は,その集合に属する 有限個 の点による凸結合の全体に他ならない.すなわち以下が 成り立つ: ∑K 補題 1.4 集合 X ⊆ RL について, co (X) = { k=1 tk xk ∗ : xk ∈ X, tk ≥ 0 for each k = 1, ..., K 2003 年度の大阪大学経済学研究科での講義,および 2007・2012・2014 年度の京都大学経済研究科での講義にもと づく.これらの講義の受講者たち,および初版(2003 年版)作成に,リサーチ・アシスタントとして協力してくれ た日野雄介氏に感謝する. *1 Λ は無限集合でも良いことに注意.凸集合の和集合 ∪λ∈Λ Cλ は凸集合とは限らない. 1 and ∑K k=1 tk = 1}. 証明. 右辺の集合が凸であることは,容易に確認できる.よって右辺のこの集合は X を含む 凸集合であるから,「左辺 ⊂ 右辺」が成立する.逆に,もし集合 C が凸で X を含めば,C は ∑K k=1 tk xk : tk ≥ 0, for each k and ∑K k=1 tk = 1 の形をしたベクトルをすべて含まなければなら ない.よって,左辺は X を含む最小の凸集合である.¤ 定義 1.5 (閉集合と開集合) X ⊆ RL について,X の点で構成される収束点列の極限を,X の触 ¯ でと記す. 点(adherent point)という.集合 X の触点全体を,X の閉包(closure)といい,X ¯ となるとき,集合 X を閉集合であるという.X の補集合 X c が閉集合であるとき,X を X=X 開集合であるという.集合 X とその補集合の閉包の差,すなわち X\X c を X の内部(開核)とい い、X o とかく.X o の元を,X の内点という.X の触点のうち内点でないものを境界点という. o ¯ すなわち境界点全体の集合は X\X である.有界*2 な閉集合をコンパクト集合という. 例 1.6 ε > 0 として,閉球 {x : ∥x∥ ≤ ε} は閉集合であり,開球 {x : ∥x∥ < ε} は開集合である. 実際,距離の連続性から,∥xn ∥ ≤ ε が n = 1, 2, ... について成立すれば,limn xn は(存在すれば) ∥limn xn ∥ ≤ ε をみたすから,閉球のどの触点も閉球自身に属すことが分かる.同様に議論すれば, {x : ∥x∥ ≥ ε} は閉集合であることが分かるから,その補集合である開球 {x : ∥x∥ < ε} は開集合. 閉集合と開集合について,以下の性質が成り立つ. 1. F を閉集合の族とする.このとき ∩F は閉集合で,F が有限個の集合からなるときは,∪F も閉集合. 2. V を開集合の族とする.このとき ∪V は開集合で,V が有限個の集合からなるときは,∩V も開集合. ¯ を含む.したがって,X ¯ は X を含む最小の閉集合. 3. X を含む閉集合は,X の閉包 X 4. X に含まれる開集合は,X の内部 X o にも含まれる.よって,X の内部 X o は,X に含ま れる最大の開集合. 課題 1.7 上記の諸性質を証明せよ. 補題 1.4 からも類推されるように,有限集合の凸包は特に重要である. 有限集合とすれば,co (X) = { ∑K k=1 tk xk : tk ≥ 0, for each k and ∑K X = {x1 , ..., xK } を k=1 tk = 1} と書けること に注意しておこう.左辺は有界閉集合であることは明らかなので,このことから,co (X) はコン パクト集合であることがわかる. 補題 1.4 により有限集合の凸包に属する点は,その集合の点の凸結合として表現できること がわかる.ただし,その表現方法は一意ではない.例えば,R において X = {0, 1, 2} とすれば co (X) = [0, 2] であるが,1 ∈ X はさまざまな凸結合で表現できる. *2 集合 X が有界であるとは,すべての x ∈ X に対して ∥x∥ ≤ M となるようなある数 M が存在すること. 2 凸集合のベクトル和も,自然に議論できる. 定義 1.8 (集合のベクトル和 (Minkowski 和)) X1 と X2 を RL の部分集合とするとき,X1 + X2 := {x1 + x2 : x1 ∈ X1 , x2 ∈ X2 }. また,x ∈ RL , X ⊂ RL のとき,本来は {x} + X と書くべきところであるが,以降 x + X と 簡略に書くものと約束する. 集合和の基本性質 1. C ⊆ RL が凸集合であれば,任意の実数 t について,tC := {tx : x ∈ C} は凸集合. 2. C1 ,C2 ⊆ RL が凸集合であれば,C1 + C2 は凸集合. 3. C1 ,C2 ⊆ RL ,C1 は開集合であるとする.この時 C1 + C2 は開集合. 4. C1 , C2 が閉集合,かつ C1 が有界ならば(したがって C1 はコンパクト),C1 + C2 は 閉集合. 課題 1.9 上記の基本性質を証明せよ. 練習問題 1.10 閉集合のベクトル和は閉集合であるとは限らない.反例をあげよ. 1.2 分離定理 以後簡略化の為,α ≤ p · X という記号で α ≤ p · x, ∀x ∈ X を意味すると約束する.同様に, α < p·X あるいは p·X < p·Y という形の記号も用いることにする.ベクトル p ∈ RL , p ̸= 0,と { } { } 数 α に対して, x ∈ RL : p · x = α の形で表される集合を,超平面といい, x ∈ RL : p · x ≥ α { } の形で表される集合を閉半空間, x ∈ RL : p · x > α の形で表される集合を開半空間という. 以下に述べる分離定理は,凸集合の性質を活用するために,最も重要な性質である.分離定理の 幾何学的な意味は,ある凸集合とそれに含まれない 1 点があるときに,凸集合とその点を「分離」 する超平面が存在するということである. 定理 1.11 (分離定理 I) X を非空閉凸集合,x ¯∈ / X とする.この時,あるベクトル p ̸= 0 と実 数 α ∈ R が存在し,p · x ¯ < α < p · x, ∀x ∈ X が成立する. ˆ = X + {−¯ ˆ も閉凸集合, また x ∈ ˆ である.よって p · X ˆ ≥α 証明. X x} とおけば X / X より 0 ∈ /X ˆ は下に有界で X ˆ は閉 をみたす p ̸= 0,α > 0 が存在することを示せばよい.集合 {∥x∥ : x ∈ X} ˆ を達成するベクトル p ∈ X ˆ が存在する.0 ̸∈ X ˆ であるから, 集合であるから,inf {∥x∥ : x ∈ X} p ̸= 0 である. ˆ ≥ p · p が成立することを示せば,p · p = α とおいて目的とする不 この p に関して,p · X ˆ について,凸集合の性質から 等式を得るから,以下にこれを示すことにする.任意の x ∈ X ˆ が任意の t ∈ [0, 1] について成立する.よって p の定義から,こ (1 − t)p + tx = p + t (x − p) ∈ X 3 のベクトルの長さの自乗 2 2 ∥p + t (x − p) ∥2 = ∥p∥ + 2t (p · (x − p)) + t2 ∥x − p∥ , は t = 0 のときに最小化されるはず.よってこれを t で微分した 2 (p · (x − p)) + 2t ∥x − p∥ を t = 0 において評価すれば非負である.実際 t = 0 を代入して整理すると,p · x ≥ p · p を得る. 上記の分離定理基本形は,集合の位相的性質(すなわち閉集合であること)と分離可能性がかか わりを持つように見えるが,次の形にみられるように,実はそうではない. 定理 1.12 (分離定理 II) X を非空凸集合,x ¯∈ / X とする.この時,あるベクトル p¯ ̸= 0 が存在 し, p¯ · x ¯ ≤ p¯ · x, ∀x ∈ X が成立する. ˆ = X + {−¯ ˆ ≥ 0 となるベクトル p¯ ̸= 0 の存在を示せばよい. 証明. 先程と同様に X x} とおき,p¯ · X ˆ の任意の 有限 部分集合 F について,X ˆ は凸だから co(F ) ⊆ X ˆ ,特に 0 ∈ X / co(F ) である.有限 集合の凸包は閉集合であるから,定理 1.11 より,あるベクトル pF ̸= 0 が存在して pF · co(F ) ≥ 0. ここで,F は有限集合なので,pF · co(F ) ≥ 0 と,pF · x ≥ 0 がすべての x ∈ F について成立 することと同値であり,後者の条件は有限個の不等式であることに注意する.しからば,PF := ˆ の有 {p ∈ RL : ∥p∥ = 1,p · co(F ) ≥ 0} は非空閉集合である.しかも,F1 , ..., Fn がいずれも X ˆ の有限部分集合であり,構成法より PF ⊆ ∩n PF と 限部分集合であれば,F := ∪n Fk も X k=1 なるから,特に ∩nk=1 PFk L k=1 k ˆ ,F は有限集合 } はコン は非空.すなわち,集合族 P := {PF : F ⊆ X パクト集合 {q ∈ R : ∥q∥ = 1} 上の有限交差性を持つ閉集合族である.よって,∩PF ∈P PF ̸= ∅ ˆ について,P{x} ∈ P であるから, である.そこで,p¯ ∈ ∩PF ∈P PF を固定すると,任意の x ∈ X ˆ ≥ 0 を満たす. p¯ · X 練習問題 1.13 分離定理を用いて,以下の2集合の分離定理を証明せよ.(1)X と Y を X ∩Y = ∅ を満たす非空閉凸集合とする.この時,X あるいは Y がコンパクトであれば,あるベクトル p¯ ̸= 0 と α ∈ R が存在し p · Y < α < p · X が成立する.(2)X と Y を X ∩ Y = ∅ を満たす非空凸集 合とすれば,あるベクトル p¯ ̸= 0 が存在し p · Y ≤ p · X が成立する.(ヒント:集合 X − Y の性 質を考えよ) ¯ ,その内部を X o と書くことにしよう.定義よ すでに定めたように,集合 X ⊆ RL の閉包を X ¯ \ X o である. り,集合 X の境界は X { } p·x ¯ ≥ p · X が成立するとき,超平面 x ∈ RL : p · x = p · x ¯ は点 x ¯ において集合 X を支持す るということにする.分離定理により,凸集合の境界点においては,ちょうどその凸集合を支持す る超平面(「接平面」)が存在する.この結果は使い勝手がよいので,定理として述べておこう.初 めに準備として,以下を用意しておく. 補題 1.14 凸集合の閉包は凸集合である.また凸集合の内部は凸集合である. 4 証 明. ¯ で あ れ ば ,定 義 に よ り ,x1 と x2 そ れ ぞ れ に 収 束 す る X の 点 列 い ま x1 , x2 ∈ X {xn1 : n = 1, 2, ..} と {xn2 : n = 1, 2, ..} が存在する.任意の t ∈ [0, 1] に対し,txn1 + (1 − t) xn2 n ¯ は X の元だから,limn (txn 1 + (1 − t) x ) = tx1 + (1 − t) x2 は X の元である. 2 X o が空であれば,主張は正しい.そこで,いま x1 , x2 ∈ X o として,x = tx1 + (1 − t) x2 とおく.以下,x が X の内点であることを示す.適当に平行移動して,一般性を失うことなく, t > 0 で x2 = 0 とする.すなわち、x = tx1 である.x1 ∈ X o であるから,ある ε > 0 が 存在して,∥z − x1 ∥ < ε となる任意の点 z は X に含まれる.x が内点であることを示すには, ∥x′ − x∥ < tε であるような任意の x′ が,X に属することを示せば十分である.そのような x′ に ° ° 対して,x′1 := 1 x′ とおけば,∥x′1 − x1 ∥ = ° 1 x′ − x1 ° = 1 ∥x′ − tx1 ∥ = 1 ∥x′ − x∥ < ε となる t から,ε の決め方から x′1 t t ∈ X である.よって X の凸性から,tx′1 ′ t = x ∈ X を得る. 練習問題 1.15 点 x ¯ が凸集合 X の内点であるとする.このとき,任意の x ∈ X について,もし t ∈ (0, 1) であれば,点 (1 − t) x + t¯ x は X の内点であることを示せ.(注:この性質は凸集合特有 のものである.たとえば,R において,X = {−1} ∪ (0, 1) を考えよ.) ¯を 定理 1.16 X を凸集合であるとする.点 x ¯ が X の境界に属するならば,点 x ¯ において閉包 X ¯ が成 支持する超平面が存在する.すなわち,あるベクトル p¯ ̸= 0 が存在し, p¯ · x ¯ ≥ p¯ · x, ∀x ∈ X 立する. 証明. まず X o ̸= ∅ とする.x ¯ を X の境界点とすると,特に x ¯∈ / X o .補題により X o は凸集合. 仮定より X o は非空だから,定理 1.12 により,あるベクトル p¯ ̸= 0 が存在し, p¯ · x ¯ ≥ p¯ · x, ∀x ∈ X o が成立する.以下,任意の x ∈ X に対して,p¯· x ¯ ≥ p¯·x が成り立つことを示す.X は凸集合なので, 内点 y ∈ X o を一つ固定しておくと,任意の x ∈ X に対して,t ∈ (0, 1) であれば,(1 − t) x + ty は X の内点である(課題 1.15 参照).よって,上記不等式より p¯ · x ¯ ≥ p¯ · ((1 − t) x + ty) = (1 − t) p¯ · x + t¯ p · y がどの t ∈ (0, 1) についても成り立つから,t → 0 とすればよい. もし X o = ∅ であれば X は RL の L − 1 次元以下の線形部分空間を平行移動したものに含まれ る(次章にある凸集合の次元にかんする議論参照).よって,そのような線形部分空間に直行する ゼロでないベクトル p¯ をとれば, p¯ · x ¯ = p¯ · x, ∀x ∈ X となるから,連続性から主張はやはり成立 する. ¯ o であるから,一般の集合においても X ¯ の任意の境界点は,X の境界点である. 一般に X o ⊆ X 凸集合の場合は逆も成り立つ. ¯ の境界と一致する. 系 1.17 凸集合 X の境界は X ¯ の内点ではありえないことを言えば十分である,定理 1.16 より, 証明. X の境界点 x ¯ が,X ¯ が成立するような p¯ ̸= 0 が存在する.もし,p¯ · x ¯ が存 p¯ · x ¯ ≥ p¯ · x, ∀x ∈ X ¯ > p¯ · x なる x ∈ X 5 ¯ の内点ではありえない.もし, 在すれば,p¯ · (¯ x + t (¯ x − x)) は t に関して増加するので,x ¯はX ¯ であれば,X ¯ は内点を持たないので,やはり x ¯ の内点ではありえない. p¯ · x ¯ = p¯ · X ¯はX ¯ に属さない 練習問題 1.18 任意の凸集合 X に対して,もし x ∈ / X であれば,x は X の閉包 X ¯ の境界点でなければならないことを示せ.また,この性質は X が凸集合でなけれ か,あるいは X ば必ずしも成り立たないことを示す例をあげよ. ¯ の境界点と一致するという、上記の系を前提としてよいのなら 註 1.19 凸集合 X の境界点が X ば,定理 1.12 は定理 1.11 の系としてただちに示すことができる.なぜなら,もし x は X の閉包 ¯ に属さないならば,定理 1.11 を用いればよい.もし,X ¯ の境界点であれば,X ¯ に属さず x に収 X 束する点列をえらび,それぞれに定理 1.11 を適応して極限をとることができる.(例えば岡田章著 「経済学・経営学のための数学」194 ページを見よ.) しかしながら,この手法は面白くない.というのも,上記の性質は正しいのであるが,これは凸 集合に固有のものだからだ.実際,一般の集合 X に対して,「もし x ∈ / X であれば,x は X の閉 ¯ に属さないか,あるいは X ¯ の境界点でなければならない」は成立しない.(例:X =「有理 包X 数全体」,x = √ ¯ の内点になる.)実際,(上 2 であれば,x は X の境界点ではあるが X の閉包 X の練習問題にあるように)定理 1.12 を用いれば,この性質はたやすく導くことが出来るが,もち ろん証明したいことを証明内で前提とするわけにはいかない.また,分離定理を用いずに上記の性 質を証明しようとすると少々苦労する. 6 2 凸集合の端点とランダム組み合わせの表現 2.1 凸集合の次元 いま X ⊆ Rn を非空凸集合とする.点 x ∈ X を任意に取って,X0 := X − x とおけば,X0 は原点を含む凸集合である.ここで,X0 を含む Rn のすべての線形部分空間の共通部分 L を考え る.L は Rn の線形部分空間であり,その次元を凸集合 X の次元 (dimension) と呼ぶ. 練習問題 2.1 L 自身が Rn の線形部分空間であることを証明せよ.また上で定義された次元は, 点 x のとり方に依存しないことを示せ. n−m Rn の m 次元部分空間は,適当な全単射の一次変換により Rm × {0} m 特に凸集合 X の上記 L における相対位相は,この変換により X を R の,R m n−m × {0} に移される。よって, n−m × {0} に移したとき における相対位相と一致する.それゆえ,一般性を失うことなく,m 次元の凸 集合 X は Rm の(次元 m の)凸部分集合とみなせる.特に,Rm の(次元 m の)凸部分集合につ いて成り立つ位相的性質は,そのまま Rn の m 次元凸集合にかんする L における相対位相の性質 に翻訳することが出来ることに注意しておく. 練習問題 2.2 凸集合 X ⊆ Rn が内点を持たないとき,すなわち X o = ∅ であれば,X の次元は n − 1 以下であることを示せ. 集合の凸包は,その集合から有限個の点を選んでつくった凸結合全体であることはすでに見た. 凸包の次元が k であれば,定義により一次独立になるものは高々 k 個である.原点を適当に移動 すれば,一次結合は凸結合の形に書きなおせるから,凸結合のために必要な要素は高々 k + 1 とな る.より正確には、以下が成り立つ. 定理 2.3 (Carath´ eodory) 任意の集合 X について,凸集合 co (X) の次元が n であれば,co (X) の任意の元は,高々 n + 1 個の X の点の凸結合で表すことが出来る. 証明. 次元が n だから,一般性を失うことなく,X ⊆ Rn とする. いま x ∈ co (X) とすれば,x は X の元の凸結合で表せるはず.そこで,xk ∈ X, k = 1, ..., K, と,ウエイト tk ≥ 0,k = 1, ..., K, ∑K k=1 tk = 1,をもちいて x = ∑K k=1 tk xk と書けるとする. K ≤ n + 1 であれば,これが目的とする凸結合をなす.なので,K > n + 1 としよう.以下で,こ のときは高々 K − 1 個の X の元をもちいた凸結合に書き直せることを示す.この議論を繰り返せ ば定理が証明されるから,これを示せば十分である. 次元が n だから,n + 1 個以上あるベクトル yk := xk − xK ,k = 1, ..., K − 1 は 1 次従属であ ∑K−1 )k=1 λk yk と書け K−1 k=1 λk xK = 0.そこで るはず.よって,ゼロではないベクトル λ := (λ1 , ..., λK−1 ) を用いて,0 = る.つまり,{yk : k = 1, ..., K − 1} の構成法より, λK = − ∑K−1 k=1 λk とおけば, ∑K k=1 λk = 0 かつ ∑K−1 ∑K 7 k=1 k=1 λk xk − (∑ λk xk = 0 である. ∑K }k=1 λk = 0 : λk > 0 とおくこ ここで λ1 , ..., λK のうち少なくとも一つはゼロではないということに着目すれば, より,これらのうち少なくとも一つは正数である.そこで,α := min { tk λk とができる.すると,構成法から,tk − αλk ≥ 0 がすべての k について成立し,しかも,α の 決め方から,この中の一つは 0 である.また ∑K k=1 tk −α ∑K k=1 ∑K k=1 λk = 0 であるから, λk = 1 である.つまり,tk − αλk ,t = 1, ..., K ∑K k=1 (tk − αλk ) = は高々 K − 1 のベクトルか らなる凸結合のウエイトを構成する. さて, ∑K k=1 λk xk = 0 であったから, x= K ∑ t k xk k=1 = K ∑ t k xk − α k=1 = K ∑ K ∑ λk xk k=1 (tk − αλk ) xk k=1 を得るが,これは x が高々 K − 1 個の X の元の和で書けることを意味する. 補題 2.4 コンパクト集合 X ⊆ Rm の凸包は,コンパクトである. 証明. 集合 co (X) が有界なのは明らかだから,これが閉集合であることを言えばよい.いま {xn : n = 1, ...} が co (X) の収束点列だとすると,定理 2.3 より,各 xn は m + 1 個の X の元の ∑m n 凸結合で表わされるとしてよい:xn = k=0 tn k xk .X と [0, 1] はコンパクトだから,それぞれの {xnk : n = 1, 2, ...} は X に収束する部分列を持つ.凸和に現れる m は有限で一定だから,適当に n 部分列に置き換えれば,すべての k について {tn k xk : n = 1, 2, ...} は収束するとしてよい.する と,limn xn = limn ∑m n n k=0 tk xk であるから,limn xn は limn xn k ∈ X ,k = 0, 1, ..., m, の凸結合で 表わされることがわかる. 練習問題 2.5 閉集合の凸包は必ずしも閉集合でない例を挙げよ. 2.2 凸集合の端点 点 x ∈ X が,X に属する x とは異なる 2 点の凸結合であらわしえないとき,x を集合 X の端 点(extreme point)という.すなわち,x が端点であるとは,tx1 + (1 − t) x2 = x, t ∈ (0, 1) か つ x1 , x2 ∈ X であれば x1 = x2 = x を意味することと同値である.たとえば,集合 [0, 1] の端点 は 0 と 1 である. 境界点と異なり,端点は集合 X 固有の性質であり,集合 X がどの空間に埋め込まれているかに よらないことにも注意しておこう.つまり,集合 [0, 1] を R2 の部分集合 [0, 1] × {0} と同一視した とき,その端点は,元の端点に対応する (0, 0) と (1, 0) の 2 点である.他方で,[0, 1] の境界点は 0, 1 の 2 点であるが,他方で [0, 1] × {0} の R2 における境界点は,[0, 1] × {0} そのものである. 8 後に見るように,端点と分離超平面は密接にかかわっている.ここでは,tx1 + (1 − t) x2 = x, t ∈ (0, 1) の形でかけるとき,x をとおる超平面 H を考えると,x1 、x2 の両方ともその超平面に含 まれるか,あるいは x1 と x2 は H によって分離される異なる半空間に属するかのどちらかである ことに注意しておく. 平面上の円盤において,円周にあたる点はすべて円盤の端点である.2次元の simplex において は,3 角形の3つの頂点が端点にあたる.以上の例では,元の集合はその端点の凸包になっている. しかるに,円盤から円周部分を除いた集合は,凸集合であるが端点を持たない.平面全体は,閉凸 集合であるが,やはり端点は存在しない.また、3角形の2辺からのみなる図形は,端点を3つ持 つコンパクト集合であるが,その凸包は3角形だから端点の凸包とは異なる.端点の凸包であらわ すことができるというのは、コンパクト凸集合の重要な性質である. 補題 2.6 X ⊆ Rn を n 次元コンパクト凸集合とする.すると,X の境界点の凸包は X と一致 する. 証明. X の境界点全体を Z とおく.Z は閉集合であり,X は閉集合だから,Z ⊆ X である.特 に,Z はコンパクトだから,補題 2.4 により co (Z) は X に含まれる閉凸集合であることがわかる. 仮に x ¯ ∈ X \ co (Z) なる x ¯ が存在したとしよう.すれば,定理 1.11 より,x ¯ を co (Z) から厳密 に分離する半空間 H が存在する.すなわち,p ̸= 0 が存在し, p · x ¯ > p · x, ∀x ∈ Z が成立する. 内積の連続性と X のコンパクト性から,x∗ ∈ arg maxx∈X p · x が存在する.p · x∗ ≥ p · x ¯ である から,x∗ ∈ / Z である.しかるに x∗ は X の内点ではありえないから,境界に属さなければならな いので矛盾する. 定理 2.7 (Minkowski, Krein–Milman) X が Rn の k 次元コンパクト凸部分集合であれば, X は端点を持ち,しかも X の任意の点は高々 n + 1 個の端点をもちいた凸結合で表すことがで きる. 証明. 次元に関する帰納法を用いる.k = 0 であれば,X は 1 点集合であるから,主張は成立す る.そこで,m ≤ n として,k ≤ m − 1 なる k 次元のコンパクト凸集合についてこの性質が成り 立つものと仮定する.いま X を k = m 次元のコンパクト凸集合とし,(端点は図形をどの線形空 間に埋め込んでも実質的に変化しないので)一般性を失うことなく,Rm の部分集合とみなす.E を X の端点全体の集合とする.もし co (E) = X であれば,定理 2.3 より,X の任意の点は,高々 m + 1 個の端点の凸結合で表すことができることが分かり,証明が完了する.E ⊆ X であるから, co (E) ⊆ X は明らかなので,以下で X ⊆ co (E) を示す. X はコンパクト凸集合であるから,補題より X はその境界点の凸包に等しい.よって,X の 任意の境界点 x ¯ が,X の端点の凸結合であらわされることを示せば十分である.定理 1.16 より, x ¯ 含み,X を支持する Rm の超平面 H が存在する.すると,H ∩ X は高々 m − 1 次元のコンパ クト凸集合であるから,帰納法の仮定より,H ∩ X はその端点の凸包に等しいから,x ¯はH ∩X の端点の凸結合で表すことが出来る.実は H ∩ X の端点は,X の端点でもある.これをみるため 9 に,ある端点 x ∈ H ∩ X が,x1 ,x2 ∈ X と t ∈ (0, 1) を用いて,tx1 + (1 − t) x2 = x の形に書 けたとしてみよう.すると,x1 と x2 の両方が H に属するか,さもなければこの 2 点は H によっ て分離されるはずである.しかし,前者は x が H ∩ X の端点であることに反し,後者であれば H の構成法から,x1 ,x2 の少なくとも片方は X の点ではありえないからである.よって,x ¯をX の 端点の凸結合で表すことが出来た. 2.3 ランダム組み合わせの表現 いまそれぞれ n 人の男女から,n 個のカップルを作ることを考える.男女それぞれに1から n の番号を振れば、カップルの作り方は,すべての要素が0か1である n × n 行列で,各行と各列に 1 が1つだけあるもので表すことができる.すなわち,(i, j) 要素が1であれば,男 i と女 j がカッ プルになっているとすればよい。この性質を持つ行列を組み合わせ行列(matching matrix)と呼 ぼう。 いま、K 個の組み合わせ行列,M1 , ..., MK ,を用意しておいて,確率 p (k) で行列 k ,k = 1, ..., K , であらわされるカップルを実現するものとする。これをランダム組み合わせと呼ぶことにして, K (Mk ; p (k))k=1 と表記しよう。つまり,ランダム組み合わせとは,カップルの作り方を K 通りあら かじめ決めておいて,公開された「くじ」をつかってその中の一つ k を選ぶというプロセスに対応 する(男女を無作為に選んで見合わせるのではないことに注意). K ランダム組み合わせ (Mk ; p (k))k=1 において、(i, j) がカップルになる(事前の)確率は,(i, j) ∑ p (k) Mk が、 ∑ ちょうどこの確率をすべてのペアについて書き出したものになっている.そこで行列 k p (k) Mk 要素が1である組み合わせ行列が選ばれる確率の和に他ならない.つまり,行列 k K を,(Mk ; p (k))k=1 によって生成される,ランダム組み合わせ行列と呼ぼう. ではランダム組み合わせ行列とは,いかなる性質を持つ行列であろうか.また,あるランダム組 み合わせ行列 M があたえられたとき,その背景にあるランダム組み合わせを特定化できるのだろ うか.これらを以下で分析しよう. 一般に,非負の n × n 行列で,どの行の和も1でありどの列の和も1であるものを,双確率行列 (doubly stochastic matrix)という.明らかに,組み合わせ行列は双確率行列である.2 つの双確 率行列の凸結合は双確率行列である.よって,双確率行列全体の集合 D は Rn×n の凸部分集合で n2 ある.この集合は有限個の閉集合の共通部分だから閉集合であり,[0, 1] の部分集合であるから 有界である.したがって集合 D は Rn×n のコンパクト凸部分集合である. 組み合わせ行列に対し,双確率行列全体の集合 D には自然な位相構造や凸構造があるので,そ れだけ分析の幅がひろがる.他方で、組み合わせやランダム組み合わせには,背景に明確な決定プ ロセスがある. そこで,組み合わせ行列が,集合 D の中でいかなる位置を占めるか,考えよう.組み合わせ行 列は,D の端点の一つであることはたやすく確認できる.よってそれらの凸結合 ∑ k p (k) Mk は, もちろん双確率行列であって D に属す.つまり,任意のランダム組み合わせは,ある双確率行列 を生成することがわかる. 10 実は,逆も成り立つ.以下の結果は,Birkhoff–von Neumann 定理の特殊系である.*3 補題 2.8 集合 D の端点は,すべて組み合わせ行列である. 証明. いま D を組み合わせ行列でない双確率行列とする.正数 ε > 0 を十分小さくとれば,D の 0,1でないすべての要素は、[ε, 1 − ε] に属す.D (i1 , j1 ) ∈ (0, 1) なる任意の要素からスタートし て,双確率行列の性質から D (i1 , j2 ) ∈ (0, 1) なる列 j2 ̸= j1 が存在し,さらに D (i2 , j2 ) ∈ (0, 1) なる行 i2 ̸= i1 が存在するはず.同様に D (i2 , j2 ) からスタートして j3 と i3 を見つけ,これを繰り 返す.行と列はそれぞれ有限個しかないから,有限回のうちに,すでに選ばれた行あるいは列を選 ぶことになる.以下に見るように議論は対称なので,これが最初に行についておこるものとする. 戻った行を i0 と読み替えて添え字をずらせばよいから,一般性を損なうことなく,T 個の行が選 ばれた後に,第 i0 行に戻るものとする. すると,D (i1 , jT ) ∈ (0, 1) であり,jT は j1 , ..., jT −1 とは異なるわけだから,特に j1 ̸= jT である.そこで,新たに j1 = jT とおきなおせば,{i1 , ..., iT } はそれぞれ異なる行に対応し, {j1 , ..., jT } はそれぞれ異なる列をあらわし,D (it , jt ) ∈ (0, 1) , D (it , jt+1 ) ∈ (0, 1),t = 1, ..., T (ここで,jT +1 = j1 と約束する)が成立する. ここで行列 A と B を,上のプロセスで選ばれなかった要素については D と等しくおき,選ばれ たものに関しては A (it , jt ) = D (it , jt ) + ε, A (it , jt+1 ) = D (it , jt+1 ) − ε, B (it , jt ) = D (it , jt ) − ε, B (it , jt+1 ) = D (it , jt+1 ) + ε, で定められる行列とする.構成法から明らかに D = 1 1 2A + 2B である.また A と B いずれの行列 においても,行と列の和は D と変わらないので,これらは双確率行列である.したがって,D は 端点ではありえない. 命題 2.9 任意の双確率行列は,あるランダム組み合わせによって生成されるランダム組み合わせ 行列である. 証明. 上の補題により,定理 2.7 を集合 D にあてはめれば,任意の双確率行列は,組み合わ せ行列の凸結合としてあらわせるということが分かる.よっていま D を双確率行列とすれば, D= ∑ k K p (k) Mk となるランダム組み合わせ (Mk ; p (k))k=1 が存在する. 練習問題 2.10 双確率行列 D を表現するランダム組み合わせは,必ずしも一意ではないことを, n = 3 のときの例で示せ. *3 Hurlbert, G. “A short proof of the Birkhoff-von Neumann Theorem”, available at URL: http://mingus.la.asu.edu/˜hurlbert/papers/SPBVNT.pdf 参考 11 3 凸錐と最適化問題のための基本定理 3.1 凸錐 凸集合の中でも,凸錐は分離定理の文脈で特に有用である. 定義 3.1 集合 X ⊆ RN が,任意の x ∈ X と任意の非負数 t ≥ 0 に対し,tx ∈ X となる性質 を持つとき,集合 X は錐 (cone) であるという.集合 X ′ が錐 X とあるベクトル x ¯ によって, X′ = x ¯ + X とかけるとき,集合 X ′ は x ¯ を頂点(vertex)とする錐であるという.(したがって, 錐は原点を頂点とする錐である) { 例 3.2 R2 の部分集合 {(x1 , 0) : x1 ∈ R} ∪ (0, x2 ) : x2 ∈ RN R N } は錐であるが,凸集合ではない. 全体は,直感的な「頂点」をもたないが,閉凸錐である.錐の共通部分は錐である. 分離定理の文脈で有用なのは以下の理由による.集合 X を錐だとして,仮にある数 m とベクト ル p が存在して,m < p · X 、すなわち,m < p · x がすべての x ∈ X について成立したとしよう. すると直ちに,p · X ≥ 0 > m であることが分かる.なぜなら,0 ∈ X だから m ≥ 0 とはなりえ ず,またもしもある x ∈ X について p · x < 0 となれば,錐の性質から tx ∈ X であるから,正数 t を大きくとれば p · (tx) はいくらでも小さくなるゆえ,下界 m の存在と矛盾するからである. { 定義 3.3 空でない集合 X ⊆ RN の双対錐 (dual cone) を X ∗ := p ∈ RN : p · x ≥ 0 for all x ∈ X と定める. 例 3.4 仮に 0 ∈ X ならば,X ∗ = RN .X = RN であれば,X ∗ = {0} である. 補題 3.5 任意の非空集合 X ⊆ RN の双対錐 (dual cone) は,閉凸錐である. { } 証明. 各 x ∈ X について,Z (x) := p ∈ RN : p · x ≥ 0 とおけば,Z (x) は RN の閉半空間であ るか,あるいは RN そのものであるが,いずれにしても閉凸錐である.任意の個数の,凸集合,閉 集合,錐の共通部分はそれぞれ凸集合,閉集合,錐なのだから,X ∗ = ∩x∈X Z (x) は閉凸錐. ∗ 定理 3.6 集合 X が非空な閉凸錐であれば,X = (X ∗ ) が成り立つ. 証明. いま p ∈ X ∗ であれば,p · x′ ≥ 0 がすべての x′ ∈ X について成り立つので,特に x ∈ X ∗ であれば,どの p ∈ X ∗ にたいしても,x · p ≥ 0 である.これはすなわち x ∈ (X ∗ ) を意味する ∗ から,X ⊆ (X ∗ ) である. ∗ 逆に,もし x ¯ ∈ (X ∗ ) \ X なる元が存在したとしよう.X は非空な閉凸集合だから,分離定理 (定理 1.11)により,あるベクトル p¯ ̸= 0 に対して,p¯ · x ¯ < p¯ · X となるはずだが,X は錐だか ら,p¯ · X ≥ 0 > p¯ · x ¯ がなりたつ.ここで p¯ · X ≥ 0 は p¯ ∈ X ∗ を意味するが,他方で 0 > p¯ · x ¯は ∗ x ¯∈ / (X ∗ ) を意味するゆえ矛盾している. 12 } 3.2 二者択一定理 次の二者択一定理 the theorem of alternatives は分離定理から直ちに導かれる. 定理 3.7 M × N 行列 A に関して,以下の性質(1)または(2)のどちらかが必ず成立する: (1)xT A ≥ 0 なる非負ベクトル x ∈ RM +, (2)Ay ≤ 0 なる非負ベクトル y ∈ RN +, x ̸= 0, が存在 y ̸= 0, が存在 { } M 証明. (2)が成立しないものとする.すると RM の非空凸集合 Ay : y ∈ RN + , y ̸= 0 は −R+ と共通部分を持たない.よって分離定理(定理 1.12)により,あるベクトル x ∈ RM ,x ̸= 0,が M 存在して xT Ay ≥ −xT z が,任意の y ∈ RN に対して成立する.以下、この x + , y ̸= 0 と z ∈ R をもちいて(1)が成り立つことを示す.もしベクトル x には負の要素があれば,適当な z ∈ RM により不等式左辺はいくらでも大きくなるので矛盾する.すなわち,x ∈ RM +, x ̸= 0 である.ま ( T ) N T た, x A y ≥ 0 が任意の y ∈ R+ , y ̸= 0 に関して成り立つには,ベクトル x A に負の要素は存 在しえない.よって,xT A ≥ 0 を得る. 上記の条件中の不等式はベクトル x, y に関して1次同次であるから,ベクトル x ∈ RM +, について (1/ ∑ m x ̸= 0 xm ) x とおきかえることができることに注意しておく.すなわち定理 3.7 は,与 えられた行列のすべての列ベクトルの期待値を非負にする確率ベクトル x が存在するか,さもなけ ればすべての行ベクトルの期待値を非負にする確率ベクトル y が存在することを示している. 3.3 Farkas の補題 制約つき最適化理論で重要な役割を果たす Farkas の補題も分離定理の変形とみなせる. 定義 3.8 a1 , ..., aM を M 個の N 次元ベクトル,b を N 次元ベクトルとする.このとき,以下の 性質(1)または(2)のどちらかひとつだけが必ず成立する: (1)ある非負 M 次元ベクトル x = (x1 , ..., xM ) が存在して, ∑M m=1 xm am = b (2)ある N 次元ベクトル y が存在し,y · b < 0 を満たし,かつ y · am ≥ 0 が m = 1, ..., M につ いて成立する. 証明. (1)が成立するならば,任意のベクトル y について,y · ∑M m=1 xm am と y · b の符合は 一致するから,(2)は成立しえない.よって,(1)が成立しないならば(2)が成立することを 示せばよい.集合 } x a : x ≥ 0 は閉凸集合であり,(1)が成立しないので,b はこの m m m=1 {∑ M 集合には含まれない.よって分離定理(定理 1.11)により,ある N 次元ベクトル y で,y · b < 0 を満たし,かつ y · (∑ M m=1 ) xm am ≥ 0 が任意の x ≥ 0 について成り立つようなものが存在する. 特に,x として単位ベクトルをとれば性質(2)が成り立っていることが分かる. 練習問題 3.9 実は Farkas の補題は定理 3.6 の簡単な言いかえである.Farkas の補題を定理 3.6 13 を用いて示せ. クーン・タッカー条件は,Farkas の補題を利用して導くことが出来るので,その関連を簡単に述 べておく.問題 min b · y y subject to y · am ≥ 0 for m = 1, ..., M を考えれば,上の条件(2)は y = 0 がこの問題の解(のひとつ)ではないことを主張している. したがって,条件(2)が成立しないというのは,y = 0 がこの問題の解であることに他ならない. 条件(1)は,制約式と目的関数について「1 階の条件」が成立していることを主張している. 14 4 非協力ゲーム 4.1 ゼロ和ゲームの MiniMax 定理 ある直積集合 X × Y の上で定義された一般の関数 f (x, y) について,上限下限の定義により, ( ) ( ) inf sup f (x, y) ≥ sup inf f (x, y) x y y x が成立する.しかし,等号が成り立つとは限らない.たとえば,X = Y = (0, ∞) として, f (x, y) = y/x のような関数を考えよ.しかし,f (x, ·) と f (·, y) が任意の x と y について線形の とき,この等号が成り立つことが知られている.以下,これをゲームの文脈で示す.*4 有限個戦略のゼロ和ゲームは,M × N 行列 A と同一視できる.すなわち,プレーヤー 1 と2の混合戦略集合をそれぞれ S1 ,S2 と書き,戦略 s1 ∈ S1 と s2 ∈ S2 はそれぞれ自然 に M 次元と N 次元のベクトルと同一視する.すなわち,S1 := { s1 ∈ RM + : ∑M k=1 s1k } =1 , { } ∑N S1 := s2 ∈ RM : s = 1 である.ここで,集合 S1 ,S2 は,いずれも対応する空間の中 2k + k=1 のコンパクト凸集合になっている. T 戦略の組 (s1 , s2 ) ∈ S1 × S2 にたいするプレーヤー 1 と2の利得はそれぞれ sT 1 As2 ,−s1 As2 で 与えられる.戦略集合のコンパクト性から,戦略に関する最大化あるいは最小化問題は解を持つ. T 特に,任意の (s1 , s2 ) ∈ S1 × S2 について maxs1 ∈S1 sT 1 As2 ≥ s1 As2 であるから,任意の s1 ∈ S1 ) ( T について mins2 ∈S2 maxs1 ∈S1 sT 1 As2 ≥ mins2 ∈S2 s1 As2 ,よって ( min s2 ∈S2 max s1 ∈S1 sT1 As2 ) ( ≥ max s1 ∈S1 min s2 ∈S2 sT1 As2 ) (1) がただちに成立することに注意しておく. 戦略集合のコンパクト性から,上記の両辺に登場する最大値・最小値を達成する戦略は必ず存在 する.そこで,それらの戦略に名前をつけておこう. ( ) 定義 4.1 arg maxS1 minS2 sT 1 As2 に属する戦略をプレーヤー1のマクシミン戦略(maximin ) ( strategy),arg minS2 maxS1 sT1 As2 に属する戦略をミニマックス戦略(minimax strategy)と 呼ぶ. マクスミン戦略あるいはミニマックス戦略は一意とは限らない.たとえば A の要素がすべて等 しい場合を考えよ.これらの戦略は,あたかも自分が相手よりも先に戦略を選んでコミットしなけ ればならないとして,それに対する相手の最適反応を織り込んで最適化した戦略である.他方で, ゲームは同時手番であるから,均衡点は以下のように定義される. *4 実際には,f (x, y) が x に関して凹で,y に関して凸であるような関数については,一定の条件のもとで等号が成り 立つことを示すことが出来る. 15 かつ s∗2 ∈ arg mins2 ∈S2 s∗T 1 As2 ∗ 定義 4.2 (s∗1 , s∗2 ) が均衡点であるとは,s∗1 ∈ arg maxs1 ∈S1 sT 1 As2 ∗T ∗ ∗T ∗ が成立することをいう.すなわち,maxs1 ∈S1 sT 1 As2 ≤ s1 As2 ≤ mins2 ∈S2 s1 As2 が成立すると き,(s∗1 , s∗2 ) は均衡点である. 定義により,(s∗1 , s∗2 ) が均衡点であれば,s∗1 はマクシミン戦略である.実際,任意の s1 に対 ( ) T ∗ T T ∗ して,mins2 ∈S2 sT 1 As2 ≤ s1 As2 であるから,maxs1 ∈S1 mins2 ∈S2 s1 As2 ≤ maxs1 ∈S1 s1 As2 ( ) ∗T ∗ であるが,上記の不等式より,maxs1 ∈S1 mins2 ∈S2 sT 1 As2 ≤ mins2 ∈S2 s1 As2 ,すなわち s1 ∈ ( ) arg maxS1 minS2 sT1 As2 である.同様にして,s∗2 はミニマックス戦略である.この逆も成り立 つことを示すのが,以下の目的である. 次の結果は,ゼロ和 2 人ゲームの特殊性を良くあらわしている. ( ) ( ) T 補題 4.3 均衡点が存在すれば,mins2 ∈S2 maxs1 ∈S1 sT 1 As2 = maxs1 ∈S1 mins2 ∈S2 s1 As2 が成 立する.逆に,この等式が成立すれば,任意のマクシミン戦略とミニマックス戦略の組は均衡点で ある. 証明. (s∗1 , s∗2 ) が均衡点であるとする.プレーヤー 1 の最適化から, ∗ s∗T 1 As2 = max s1 ∈S1 sT1 As∗2 ( ≥ min max s2 ∈S2 s1 ∈S1 またプレーヤー 2 の最適化条件から ∗ s∗T 1 As2 = min s2 ∈S2 s∗T 1 As2 sT1 As2 ( ≤ max min s1 ∈S1 s2 ∈S2 を得る.他方,(1)は常に成り立つので,これらの不等式から ( min s2 ∈S2 を得る. ( max s1 ∈S1 sT1 As2 ) ( = max min s1 ∈S1 ) s2 ∈S2 sT1 As2 ) sT1 As2 ) ( , ) ∗ = s∗T 1 As2 ) T ∗ 逆に mins2 ∈S2 maxs1 ∈S1 sT 1 As2 = maxs1 ∈S1 mins2 ∈S2 s1 As2 = v が成り立つとしよう. ( ) ( ) s∗1 ∈ arg maxS1 minS2 sT1 As2 と s∗2 ∈ arg minS2 maxS1 sT1 As2 を任意に固定する.すなわち, ( ) ∗T T min s1 As2 = max min s1 As2 s2 ∈S2 s1 ∈S1 s2 ∈S2 ( ) T ∗ T max s1 As2 = min max s1 As2 s2 ∈S2 s1 ∈S1 s1 ∈S1 これらを用いれば,条件の等式は,以下のように書き換えられる. T ∗ v ∗ = min s∗T 1 As2 = max s1 As2 s2 ∈S2 s1 ∈S1 ∗ ∗T ∗ ∗T 他方で,s∗1 と s∗2 の素性にかかわらず,maxs1 ∈S1 sT 1 As2 ≥ s1 As2 ≥ mins2 ∈S2 s1 As2 は常に成 り立つから,これに上記の等式を代入して, ∗ ∗T T ∗ s∗T 1 As2 ≥ min s1 As2 = max s1 As2 , s2 ∈S2 ∗ s∗T 1 As2 ≤ max s1 ∈S1 s1 ∈S1 sT1 As∗2 16 = min s∗T 1 As2 , s2 ∈S2 を得る.すなわち,(s∗1 , s∗2 ) は均衡点である. ) ( ) ( T 結局均衡点の存在は,mins2 ∈S2 maxs1 ∈S1 sT 1 As2 = maxs1 ∈S1 mins2 ∈S2 s1 As2 が成立する かどうかに帰着するが,この関係は実はいつでも成り立つ.それが次のミニマックス定理(Minimax Theorem) であるが,これは二者択一定理(定理 3.7)から直ちに証明できる.*5 ) ( ) ( T 定理 4.4 均衡点は存在し,mins2 ∈S2 maxs1 ∈S1 sT 1 As2 = maxs1 ∈S1 mins2 ∈S2 s1 As2 が成り 立つ. ) ( ) ( T 証明. 補題により,mins2 ∈S2 maxs1 ∈S1 sT 1 As2 = maxs1 ∈S1 mins2 ∈S2 s1 As2 を示せばよいが, ) ( ( ) T 不等式(1)があるので,maxs1 ∈S1 mins2 ∈S2 sT 1 As2 ≥ mins2 ∈S2 maxs1 ∈S1 s1 As2 を示せば十 分である. 行 列 J を す べ て の 元 が 1 で あ る M × N 行 列 と す る .集 合 X := {α ∈ R : ∃x ∈ S1 , xT (A − αJ) ≥ 0} と集合 Y := {α ∈ R : ∃y ∈ S2 , (A − αJ) y ≤ 0} を比較しよう.S1 と S2 がコ ンパクトなので,これらは R の閉部分集合である.また,x ∈ S1 に対して xT (A − αJ) ≥ 0 が成 立すれば,xT J はすべての要素が1なので,α′ ≤ α ならば同じ x に対して xT (A − α′ J) ≥ 0 と なる.よって,X は左に開いた区間である.(A − αJ) y ≤ 0 についても同様にして,α ≤ α′ なら ば同じ y に対して不等式が成立するから,Y は右に開いた区間である.つまり,これらの集合は, それぞれ (−∞, αx ] と [αy , ∞) の形をした R の閉半区間である. 実数 α を一つ選んで固定し,行列 A − αJ に定理 3.7 を適応すれば,∃x ∈ S1 , xT (A − αJ) ≥ 0 が成立するか,さもなければ ∃y ∈ S2 , (A − αJ) y ≤ 0 が成立するはずである.したがって,α は X と Y のどちらかには含まれるので,X ∪ Y = R でなければならない.しなわち,αy ≤ αx が 成立する. そこで実数 α ¯ を αy ≤ α ¯ ≤ αx となるようにとろう.すなわち α ¯ ∈ X ∩ Y だから,ある戦 ¯ J) ≥ 0 および (A − αJ) ¯ s¯2 ≤ 0 となる.すると任意の 略の組 (¯ s1 , s¯2 ) が存在して,s¯T1 (A − α ¯ を得る.同様 ¯ ≥ 0,すなわち mins2 s¯T1 As2 ≥ α ¯ J) s2 = s¯T1 As2 − α s2 ∈ S2 に対して,s¯T1 (A − α に,(A − α ¯ J) s¯2 ≤ 0 から,任意の s1 ∈ S1 に対して,sT1 (A − α ¯ J) s¯2 = sT1 A¯ s2 − α ¯ ≤ 0,すなわ ちα ¯ ≥ maxs1 sT1 A¯ s2 である.したがって, ( max s1 ∈S1 min s2 ∈S2 sT1 As2 ) ≥ min s¯T1 As2 s2 ≥α ¯ ≥ max sT1 A¯ s2 s1 ( ) T ≥ min max s1 As2 s2 ∈S2 s1 ∈S1 が得られた. *5 参考 Newman, D. J., “Another proof of the minimax theorem”, Proc. Amer. Math. Soc, 1960 17 ( 以 上 に よ り ,お の お の の ゼ ロ 和 ゲ ー ム に 固 有 の 値 mins2 ∈S2 maxs1 ∈S1 sT 1 As2 ) = ) ( maxs1 ∈S1 mins2 ∈S2 sT1 As2 が 存 在 す る こ と が 分 か っ た .こ れ を ゼ ロ 和 ゲ ー ム A の ミ ニ マックス値 (Minimax value),またはより簡単にゲームの値 (Value of Game) という. [ 練習問題 4.5 ゼロ和ゲーム A = a 0 0 b ] のミニマックス値 v (A) を求めよ.戦略の組 (s1 , s2 ) がミニマックス値を達成しているとき,すなわち sT 1 As2 = v (A) であるとき,(s1 , s2 ) は均衡であ るかどうか検討せよ. 註 4.6 Minimax 解はゼロ和ゲームにおける Nash 均衡になっているので,Minimax 定理は Nash 均衡の存在から間接的に示すことが出来る.しかし,Nash 均衡の存在は不動点定理を経由するの で面白くない. ミニマックス定理は,線形代数や確率論でのさまざまな等式・不等式を導くのに応用できる. 以下に,その例をひとつ議論しよう.Ω = {1, ..., N } を有限集合とし,p1 , .., pN ∈ △ (Ω) とす る.たとえば,pn を状態 n ∈ Ω からの推移確率とみなし,P := [p1 , ..., pN ] とおけば,状態分布 x ∈ △ (Ω) に,P x を次の期の状態分布として対応させる確率過程はマルコフ過程である.このと き,x = P x をみたす x ∈ △ (Ω) はこの確率過程の定常状態である.そのような定常状態の存在は ミニマックス定理を用いて示すことが出来る.この結果は後で使うので,少々一般的な形で系とし てまとめておく. 系 4.7 N 次元の非負の正方行列 A = (am,n ) について,γm := ∑ n amn とおき,Γ を対角線上が γm で与えられる N 次元対角行列とする.このとき,xT Γ = xT A をみたす確率ベクトル x が存在 する. 証明. 行列 (Γ − A) でプレーヤー 1 の利得が与えられるゼロ和 2 人ゲーム(すなわち戦略プロファ イル (x, y) に対して xT (Γ − A) y をプレーヤー1に与える)を考えよう.ミニマックス定理より このゲームは均衡点を持つから,(¯ x, y¯) をその均衡の一つとしよう.このとき x ¯T (Γ − A) = 0 で あることを示せば,x ¯ が要求された性質を持つ確率ベクトルである.以下,これを背理法で示す. そこで,x ¯T (Γ − A) = 0 でないと仮定しよう.すべての元が 1 である N 次元ベクトルを e と かけば,構成法より (Γ − A) e = 0 となる.よってベクトル x ¯T (Γ − A) の要素和は 0 であるか ら,x ¯T (Γ − A) = 0 でないならば必ず負の要素を持つ.よって均衡の定義から,プレーヤー2は 相手の利得を負にしていなければならない.つまり x ¯T (Γ − A) y¯ < 0 となるはずであるから,こ のゲームのミニマックス値は負でなければならない. しかしこれは,プレーヤー1が y¯ に対する自分の利得を非負に出来る,すなわちプレーヤーの均 衡利得は負にはなりえないために矛盾である.実際,m ¯ ∈ arg maxn (¯ yn ) として,x を戦略 m ¯ を 18 確率1でとる戦略としよう.すると,A は非負であるから, T x (Γ − A) y¯ = γm ¯m ¯y ¯ − N ∑ amn y¯n n=1 ( ≥ γm ¯m ¯n ¯y ¯ − max y (N ) ∑ n ) amn ¯ n=1 ( ) = γm ym − max y¯n γm ¯ n =0 である. 4.2 相関均衡の存在 S1 , ..., SI を I 個の有限集合とし,g : S → RI を(非ゼロ和)ゲームとする.S 上の確率分布 p が,任意のプレーヤー i と戦略の組 (si , ti ) ∈ Si × Si について ∑ p (si , s−i ) (gi (si , s−i ) − gi (ti , s−i )) ≥ 0 (2) s−i を満たすとき,確率分布 p をゲーム g の相関均衡であるという.*6 定義により,各プレーヤー i は, もし自分以外のプレーヤーが p にしたがって戦略を選んでいるならば,戦略 si を選ぶべきときに 他の戦略 ti をあえてえらぶインセンティブはない.したがって,各プレーヤーに戦略を選ばせよ うとする「社会計画者」が,p に従い各プレーヤーに戦略選択の指示をするならば,プレーヤーた ちは指示に反する行為をするインセンティブを持たないため,構想どおりの戦略組を実現すること が出来る.*7 相関均衡全体の集合は,有限個の不等式によって定められる確率ベクトルの集合なので,これは R #S のコンパクト凸集合である.したがって,相関均衡の凸結合は相関均衡であり,また任意の 相関均衡は,相関均衡全体の集合における高々 #S + 1 個の端点を用いた凸結合で表現することが 出来る. Nash 均衡により導かれる戦略分布は,相関均衡の一例である.したがって,任意のNash均 衡の凸結合は相関均衡である.端点となる相関均衡はNash均衡であるとは限らない.したがっ て,Nash均衡の凸結合では表現できない相関均衡が存在する. 例 4.8 以下の 3 人プレーヤーゲームを考える.便宜上,プレーヤーを 1 → 2 → 3 → 1 という順 番をつけておく.各プレーヤーには,R, L, S の 3 つの戦略がある.どのプレーヤーにとっても, 戦略 S をとれば,他のプレーヤーの選択にかかわらず,利得 1 を得ることが出来る.他方,R ま *6 *7 Aumann, Robert (1974) “Subjectivity and correlation in randomized strategies.” Journal of Mathematical Economics 1:67-96. 相関均衡とインセンティブ理論の関係については,Myersion の教科書がたいへん参考になる.Roger Myerson, Game Theory: Analysis of Conflict, Harvard University Press, 1991. 19 たは L をとる場合,自分の直前にいるプレーヤーが戦略 S を選ぶと利得は 0 であり,R か L を選 ぶときは,異なる戦略ならば利得は 4 で,同じならば利得は −4 である.*8 このゲームにおいて,各プレーヤーが確率1で S をえらぶのが,混合戦略を含め一意の Nash 均衡 である.他方,(R, R, R) と (L, L, L) を除いた R, L の組み合わせ 6 通りを等確率で指示する分布 は,相関均衡である. 練習問題 4.9 上の例にある,Nash 均衡の一意性を示せ.また,あげられた分布が相関均衡である ことを確認せよ. 相関均衡の存在は,Nash 均衡の存在から示すことが出来る.しかしながら,Nash 均衡の存在は 不動点定理を経由しなければならないので面白くない.実際,相関均衡の存在は、ミニマックス定 理を用いて示すことが出来る.*9 すでに見たように,ミニマックス定理は分離定理の帰結であるか ら,結局相関均衡の存在も分離定理によって示されるのである. まず,準備のために次の結果を示す. 補題 4.10 S を有限集合とし,q を S × S 上の非負値の関数とする.このとき,ある S 上の適当 ∑ な確率分布 x をとれば, ∑ s∈S t∈S x (s) q (s, t) (y (s) − y (t)) = 0 が任意の y : S → R について 成立する. 証明. 補題の主張にある左辺を書き換えると, ∑∑ x (s) q (s, t) (y (s) − y (t)) = s∈S t∈S ∑∑ x (s) q (s, t) y (s) − s∈S t∈S = ∑ x (s) ( ∑ s∈S ( である.第 1 項は,ベクトル x (k) (∑ t∈S x (s) q (s, t) y (t) s∈S t∈S q (s, t) y (s) − ( ∑ ∑ t∈S ) x (s) q (s, t) y (t) s∈S )) q (k, t) k∈S と y (k)k∈S の内積であり,第 2 項は ) x (s) q (s, k) k∈S と y (k)k∈S の内積である.つまり,補題の主張は,ベクトル ( (∑ )) (∑ ) x (k) t∈S q (k, t) k∈S とベクトル s∈S x (s) q (s, k) k∈S とが等しくなるように,0 でない ベクトル (∑ t∈S ) ∑∑ s∈S #S ベクトル x ∈ R+ を選べるというものである. こ こ で Q を (i, j) 要 素 が q (i, j) で あ る #S × #S 行 列 と お け ば ,二 つ 目 の ベ ク ) ( (∑ )) x (s) q (s, k) k∈S = xT Q と 書 け る .ま た x (k) = t∈S q (k, t) k∈S .. 0 . ∑ (· · · , x (k) , · · · ) ,で あ る か ら ,第 1 項 は ベ ク ト ル x と 対 角 線 q (k, t) t∈S .. . 0 ∑ 上の k 番目要素が γk = t q (k, t)mn で与えられる対角行列との積である.よって,系 4.7 によ トルは (∑ s∈S *8 この例は,Atsushi Kajii & Stephen Morris, 1997. ”The Robustness of Equilibria to Incomplete Information,” Econometrica, vol. 65(6), pages 1283-1310 より採った. *9 以下の証明は,S. Hart and D. Schmeidler “Existence of Correlated Equilibria”, Mathematics of Operations Research 14 (1989), 1, 18-25 による 20 り,これらを等しくする確率ベクトル x が存在する. 定理 4.11 任意の有限ゲームには相関均衡が少なくともひとつ存在する. 証明のアイディアは,以下のとおりである.まず,各プレーヤーに戦略を選ばせようとする「社 会計画者」に対し,個人的な利益を追求する「プレーヤーたちの共同体」の間のゼロ和 2 人ゲーム を考える.社会計画者は,戦略の組み合わせを選ぶ.他方で,共同体のほうは, (2)で表現されて いる不等式の1つを選ぶことができる.このゲームにおける社会計画者の利得は,共同体が選んだ 不等式の左辺であらわされる利得差であらわされる.このゲームの値が0であれば,社会計画者の 均衡戦略(したがってマクシミン戦略)は相関均衡になっていることがわかる. 証明. プレーヤー1の戦略集合を S, プレーヤー2の戦略集合を ∪i∈I {(i, si , ti ) : (si , ti ) ∈ Si × Si } とおき,戦略プロファイル ((· · · , si , · · · ) , (j, rj , tj )) に対するプレーヤー1の利得が,rj = sj な らば gi (si , s−i ) − gi (ti , s−i )、それ以外ならば0となるゼロ和2人ゲームを考える.つまり,プ レーヤー 1 は元のゲームでの戦略の組 (· · · , si , · · · ) を予定し,プレーヤー 2 は,元のゲームでの プレーヤー j1 名と(プレーヤー 1 に予定されるであろう)戦略 rj を指定して,その指定された戦 略を tj に変更させることが出来る.これが,(2)で表現されている不等式の一つと対応している ことに注意しておこう. まず,このゲームのミニマックス値が非負であれば,プレーヤー 1 のマキシミン戦略 p は相関均 衡になっていることを示す.プレーヤー 2 のミニマックス戦略 q を一つ固定すれば,ミニマックス 定理(定理 4.4)により (p, q) は均衡である.よって,p をとるプレーヤー1の利得は,q において 最小化されてゲームの値と等しくなる.他方で,プレーヤー 1 が p をとるとき,任意のプレーヤー i と戦略の組 (si , ti ) ∈ Si × Si について,プレーヤー2が純戦略 (i, si , ti ) をとれば,プレーヤー1 ∑ の利得はちょうど s−i p (si , s−i ) (gi (si , s−i ) − gi (ti , s−i )) となる.したがって,任意のプレー ∑ ヤー i と戦略の組 (si , ti ) ∈ Si × Si について, s−i p (si , s−i ) (gi (si , s−i ) − gi (ti , s−i )) はゲーム の値を下回ることはないから非負であるが,これは p が相関均衡であることを示す不等式(2)に 他ならない. 次に,上記のゲームの値が非負であることを示す.そのためには,プレーヤー2の任意の 戦略 q に対して,利得を非負にするような戦略 p が存在することを示せば十分である.戦 略 q は ∪i∈I {(i, si , ti ) : (si , ti ) ∈ Si × Si } 上 の 確 率 分 布 な の で ,各 i に つ い て ,qi で ,q が {(i, si , ti ) : (si , ti ) ∈ Si × Si } 上におく確率からなる非負のベクトルをあらわすことにする.すな わち qi は Si × Si 上で定義される非負値の関数である.任意に i をひとつ固定し,補題 4.10 にお ける有限集合 S を Si ,q を qi ,そして y (·) を gi (·, s−i ) とおき,y が任意だということが特に s−i が任意に選べることを意味することに注意すれば,補題 4.10 をにより,Si 上の確率分布 xi を適切 にとれば,すべての s−i にたいして, ∑ ∑ xi (si ) qi (si , ti ) (gi (si , s−i ) − gi (ti , s−i )) = 0 si ∈Si ti ∈Si 21 (3) とできることがわかる.それぞれの i についてそのようなベクトル xi を見つけて,p (s) := x1 (s1 ) × · · · × xI (sI ) と S 上の確率分布 p を定める.すると構成法から,プレーヤー1の利得は, ( I ) ∑ ∑ ∑ (gi (si , s−i ) − gi (ti , s−i )) qi (si , ti ) , p (s) i=1 ti ∈Si s∈S = ∑ x1 (s1 ) × · · · × xI (sI ) = = i=1 I ∑ i=1 = I ∑ ) x1 (s1 ) × · · · × xI (sI ) s∈S ( ∑ ) xi (si ) si ∈Si ∑ i=1 s−i ∈S−i ) (gi (si , s−i ) − gi (ti , s−i )) qi (si , ti ) , i=1 ti ∈Si s∈S ( I ( ∑ ∑ ( I ∑ ∑ Πj̸=i xj (sj ) ( ∑ ti ∈Si ∑ ) (gi (si , s−i ) − gi (ti , s−i )) qi (si , ti ) , Πj̸=i xj (sj ) s−i ∈S−i ∑ (gi (si , s−i ) − gi (ti , s−i )) qi (si , ti ) , ti ∈Si ∑ ∑ ) xi (si ) (gi (si , s−i ) − gi (ti , s−i )) qi (si , ti ) , si ∈Si ti ∈Si = 0, となり,戦略 p が目的とする戦略であることが示せた. 練習問題 4.12 次の行列で与えられる 2 × 2 ゲームについて,上の証明に登場するゼロ和ゲームを 具体的に記述して,そのミニマックス値を直接求めよ. T B L (1, 1) (a, −1) R (−1, a) (0, 0) ただし,a < 1 である.また,証明にあるように、あたえられた qi に対して,補題 4.10 によって 存在が保証されている xi を求めよ. 22 5 協力ゲームの Shapley 値とコア 5.1 協力ゲームの基礎 N を有限集合,N を N の非空部分集合全体とする.N の元,すなわち N の非空部分集合を提 携(coalition)と呼ぶ.記号の濫用であるが,プレーヤーの集合を {1, .., N } とも書くことにする. 定義 5.1 (協力ゲーム) 協力ゲーム v とは N 上の実数値関数,すなわち RN の元.また v (∅) = 0 と約束する.(よって R2 N −1 の元ともみなす) 協力ゲームの集合には自然な線形構造が付与されている.すなわち,v, v ′ が協力ゲームであれ ば,任意の実数 a, b について,av + bv ′ は,提携 S ∈ N に av (S) + bv ′ (S) をあたえる協力ゲーム. 例 5.2 (一般化多数決ゲーム) 協力ゲームの枠組みで,3人でおこなう多数決は,#S ≥ 2 なら ば v (S) = 1, さもなければ v (S) = 0 とするゲームで表現される.一般に N 人で行う投票で,全 体の α × 100 パーセント(ただし α ∈ (0, 1))の得票があれば決定されるという意思決定方法は, #S ≥ αN ならば v (S) = 1, さもなければ v (S) = 0 とするゲームで表現される. 定義 5.3 (全会一致ゲーム(unanimity game)) T ∈ N 上の全会一致ゲーム uT を uT (S) = 1 if T ⊆ S, uT (S) = 0 if T ̸⊆ S で定義する. すなわち,T 上の全会一致ゲームでは,提携 S 内に T のメンバーがすべてそろったとき,また そのときに限り利得1が得られる.全会一致ゲームは,協力ゲームの分析において重要な位置を占 める. 定理 5.4 全会一致ゲーム全体の集合 {uT : T ∈ N } は RN の基底である. 証明. ある実数の組 {aT : T ∈ N } について ∑ aT uT = 0 であるとしよう.このときすべて の提携 Tˆ ∈ N について,aTˆ がゼロであることをいえばよい.これを提携 Tˆ の大きさに関して順 番に示す. T ∈N ( ) も し #Tˆ = 1 で あ れ ば ,uT Tˆ = 1 と な る の は T = Tˆ の と き だ け だ か ら , )( ) Tˆ = aTˆ = 0 を 得 る .そ こ で ,k > 1 と し て ,大 き さ が k 未 満 の す T ∈N aT uT べ て の 提 携 T に つ い て aT = 0 で あ る こ と が 示 さ れ て い る と し よ う .#Tˆ = k と な (∑ る 提 携 Tˆ を 一 つ 固 定 す る .大 き さ が k 以 上 で ,し か も 提 携 Tˆ を 含 む 提 携 は ,Tˆ 自 身 ( ) 以 外 に は な い か ら ,#T ≥ #Tˆ か つ T ̸= Tˆ で あ れ ば uT Tˆ (∑ T ∈N = 0 で あ る .そ れ ゆ え )( ) ) ( ) (∑ ) ( ) (∑ Tˆ = aTˆ = 0 を得る. Tˆ + aT uT Tˆ = #T ≥k aT uT #T <k aT uT 定義 5.5 ゲーム v について,v = ∑ T ∈N βT uT をみたす一意にきまる係数の組 {βT : T ∈ N } を v のメビウス係数(M¨ obius coefficient)という. 23 メビウス係数は,以下の反転公式によって具体的に計算できる. 補題 5.6 (反転公式) ゲーム v のメビウス係数は,それぞれの T ∈ N について ∑ βT = (−1)|T |−|E| v(E) (4) E⊆T,E∈N で与えられる. 証明. #S = 1 ならば v (S) = (∑ T ∈N ) βT uT (S) = βS となることに注意すれば,#T = 1 なる 提携にたいして(4)が成立するのは明らか.#T > 1 については帰納的に証明できる.(詳しくは 練習問題とする) . 定義 5.7 ゲーム v に対し,v ′ (S) := v (N ) − v (N \S) で定義されるゲーム v ′ を v の共役ゲーム (conjugete game) という. ゲーム v に対してその共役ゲーム v ′ を対応させる写像は線形全単射であることは容易に確認で きる.ゆえに,あるゲームの集合が基底をなせば,それらの共役ゲームの集合もまた基底である. 全会一致ゲーム uT の共役ゲームを wT とかくことにする.定義により,wT (S) は 0 または 1 で,wT (S) = 1 となるのは,uT (N ) = 1 かつ vT (N \S) = 0 のとき,またそのときに限る.後者 の条件は T ∩ S ̸= ∅ と等価であるから,wT は提携 S に T のメンバーが1人でも入っていれば 1 を与えるゲームである. 5.2 限界貢献度とシャプレー値 いま,v (S) を提携 S のメンバーが協力して得られる効用と考えよう.情報として v が与えら れていたとき,各プレーヤーの生み出す実質的効用はいくらといえるだろうか.*10 これを単純に v ({i}) とするのは短絡的に過ぎる.なぜならプレーヤー間には代替性や補完性があるためである. そこで,以下の概念を用意しよう. 定義 5.8 (限界貢献度(marginal contribution)) プレーヤー i の S への限界貢献∆i v(S), を ∆i v(S) = v(S) − v(S\{i}) と定める.また,プレーヤー集合の並べ替え π : N → N について,限界貢献ベクトルξ(π; v) ∈ RN を次で定める:各 i について Ei = {π (i) , ..., π (N )} とおき, ξ(π; v) (i) = ∆π(i) v(Ei ), for i = 1, ..., N. *10 (5) 費用という考え方もできる.たとえば,各プレーヤーを,生産プロセスの各要素とする.そして,いくつかの要素が 集まったときの費用が計算できるものとして,各要素の実質的費用を見たい. 24 つまり,プレーヤー i が生み出している効用は,どの提携に参加するかに依存するのであるから, プレーヤー i が参加するか否かでどれだけ効用が変わるかを,その提携におけるプレーヤー i の貢 献とみなすわけである. 例 5.9 全会一致ゲーム uT において,提携 S に対するプレーヤー i ∈ T の限界貢献は0または1 である.1になるのは,uT (S) = 1 かつ uT (S\ {i}) = 0 のとき,またそのときに限る.すなわ ち,i ∈ T ⊆ S のときである.プレーヤー i ̸∈ T の限界貢献はどの提携においても0である. 例 5.10 例 5.2 にある一般化多数決ゲームにおいて,n を αN を超える最小の整数としよう.する と,プレーヤー i の限界貢献は1または0であり,しかも限界貢献が1になるのは,提携 S のメン バーの数がちょうど n のときに限る.したがって,任意の並べ替え π について,限界貢献ベクト ル ξ(π; v) は,ちょうど後ろから n 番目が1になる単位ベクトルである. 限界貢献の平均値はシャプレー値(Shapley Value)と呼ばれる.*11 定義 5.11 (シャプレー値(Shapley Value)) ゲーム v のシャプレー値(The Shapley value of v )は,以下の式で定まる利得ベクトル Sh(v) ∈ RN である: Shi (v) = ∑ S⊆N, i∈S (|S| − 1)!(|N | − |S|)! ∆i v(S). |N |! (6) 限界貢献の平均値をとることに対して,いくつかの正当化を試みよう.シャプレー値は,与えら れたゲームに対して,参加するプレーヤーの間の効用配分を対応させる写像であることに着目し, 一般にゲームに対して効用配分を割り振るルールの中で,シャプレー値がいかなる地位を占めるか を考える. 定義 5.12 協力ゲームに RN の元を対応させる関数を,分析の文脈に応じて,解(solution), 値 (Value), あるいは配分ルール(Allocation Rule)という.すなわち配分ルールとは,RN から RN への関数をさす. 定理 5.13 シャプレー値は,以下の 2 公理を満たす唯一の配分ルールである:(1)全会一致にお ける公平分配原則;i ∈ T ならば φi (uT ) = 1/ |T |,i ̸∈ T ならば φi (uT ) = 0;(2)線形性:任意 の 2 つのゲーム v1 と v2 とスカラー t1 ,t2 について,t1 φi (v1 ) + t2 φi (v2 ) = φi (t1 v1 + t2 v2 ) 証明. シャプレー値が公理を満たすことはすぐに確認できる.逆に,v メビウス表現をかんがえれ ば,公理を満たすものは一意に決まることがわかる. *11 Shapley 値は社会科学のさまざまな分野で広範に応用されている.公理化だけをとっても,いくつかの方法が知られ ている.たとえば、Alvin E. Roth 編,The Shapley value : essays in honor of Lloyd S. Shapley (Cambridge University Press , 1988)を見よ. 25 例 5.14 例 5.2 にある一般化多数決ゲームにおいて,プレーヤー i が限界貢献1をするのは提携 S のメンバーの数がちょうど n のときに限る.ある特定の i を含んで n 人えらぶ組み合わせの数は, (|N |−1)! |N |−1 人から n−1 人選ぶ組み合わせの数に等しいから,(|N |−1−(n−1))!(n−1)! である.式(6)より ∑ (n−1)!(|N |−n)! (|N |−1)! (n−1)!(|N |−n)! = プレーヤー i のシャプレー値は S⊆N, i∈S |N |! |N |! (|N |−1−(n−1))!(n−1)! = (|N |−1)! |N |! = 1 |N | である. シャプレー値の線形性とメビウス変換利用すれば,式(6)は次のようにも書き換えられる.い まゲーム v があたえられたとき,メビウス反転公式(4)を利用してメビウス係数を求めれば, v= ∑ T ∈N βT uT を具体的に計算できる.すると,上の定理にある2性質より, Shi (v) = Shi ( = ∑ ∑ βT uT ) T ∈N βT Shi (uT ) T ∈N = ∑∑ 1 βT |T | T ∈N i∈T となる.つまり,βT は提携 T が得る「配当」であり,参加するメンバーに等分される.そしてプ レーヤー i について,参加する各提携から自分の配当を集めたものが,プレーヤー i のシャプレー 値である. 定理 5.15 ([Shapley]) シャプレー値は,以下の 4 公理を満たす唯一の配分ルールである:(1) ∑n 効率性: i=1 φi (v) = v (N ) ;(2)貢献の必要性:v において,もしどの S ⊆ N に対しても i の 限界貢献が 0 であれば,φi (v) = 0; (3)対称性:v において,もしプレーヤー i と j が,彼らを含 まないすべての S ⊆ N について v (S ∪ {i}) = v (S ∪ {j}) をみたすならば,φi (v) = φj (v); (4) 加法性:任意の 2 つのゲーム v1 と v2 について,φi (v1 ) + φi (v2 ) = φi (v1 + v2 ) がなりたつ.*12 練習問題 5.16 定理 5.15 を証明せよ.(ヒント:シャプレー値が公理を満たすことは,それぞれの 公理について地道に確認する.逆に φ が公理(1)−(3)を満たすとき,φ (uT ) の値はどうなら なければならないか考える) 例 5.17 例 5.2 にある一般化多数決ゲームにおいて,任意の2人のプレーヤー i と j と,彼ら を含まない提携 S ⊆ N について,v (S ∪ {i}) = v (S ∪ {j}) = 1 であるか,または v (S ∪ {i}) = v (S ∪ {j}) = 0 が成り立つ.つまり,定理 5.15 にある対称性を満たす.よって各プレーヤーの シャプレー値は等しくなければならないから,それぞれ 1 |N | である. 課題 5.18 {N1 , N2 } を N の分割とし,|Nk | = nk ,k = 1, 2 と書く.いま v (S) は 1 または 0 で, v (S) = 1 になるのは,「N1 ⊆ S 」であるか,あるいは「N2 ⊆ S かつ N1 ∩ S ̸= ∅」のときにかぎ るとする.このとき,各プレーヤーのシャプレー値はいくらになるか. *12 Shapley の元論文“A Value for N-Person Games”は 1953 に発行された Kuhn and Tucker 編 , Contributions to the Theory of Games に収録されている.エレガントな論文とは、このような論文のことである. 26 限界貢献を直接経由しない方法でも,シャプレー値を定義することが出来る.それを一つ紹 介しよう.*13 協力ゲーム v を一つ固定する.もう一つの協力ゲーム P について,プレーヤー i について P における S への限界貢献と v の値を結びつける関係式 v (S) = ∑ i∈S ∆i P (S) (= P (S) − P (S\ {i}))を考える.すると,この関係式を満たすような P は一意に定まる.なぜな ら関係式を書き直すと,P (S) = 1 |S| ( ) ∑ v (S) + i∈S P (S\ {i}) で,また定義により P (∅) = 0 だから,|S| = 1 に関しては自動的にもとまる.以下,提携 S の大きさについて順に議論すれば, すべての値が一意に定まることが分かる.この一意に定まる P を,協力ゲーム v のポテンシャル ( ) と呼ぼう.するとゲームのポテンシャル P に関して,∆i P (S) = Shi v|S となること確認でき る.ただし,v|S は v を S に制約し S 上のゲームとみなしたもの(すなわち,各 E ⊆ S にたいし て,v|S (E) = v (E) で定まるゲーム) .つまり,大雑把に言えば,シャプレー値とポテンシャルは, 差分和分(微分積分)の対応関係にある. 5.3 凸ゲームとコア 定義 5.19(1)協力ゲーム v が加法的であるとは,v(E ∪ F ) = v(E) + v(F ) for for all E, F ∈ N with E ∩ F = ∅ となること(2)協力ゲーム v が凸(convex)*14 であるとは,v(E) + v(F ) ≤ v(E ∪ F ) + v(E ∩ F ) for all E, F ∈ N となること ゲーム v が加法的であることと,v(E) + v(F ) = v(E ∪ F ) + v(E ∩ F ) for all E, F ∈ N が成 立することとが同値であることは,容易に確認できる.ゆえに加法的なゲームは凸ゲームである. また,定義式から,凸ゲーム v を正の定数倍したゲーム tv が凸ゲームであり,2つの凸ゲームの 和が凸ゲームであることも直ちに示される. 課題 5.20 全会一致ゲーム uT は凸ゲームであることを示せ.これが加法的であるためには,T に どのような性質が必要か調べよ. 課題 5.21 問題 5.17 と 5.18 のゲームは凸ゲームであるかどうかしらべよ. 「凸」という名称は,プレーヤー i のゲーム v における「限界貢献」が、i が参加する提携の大 きさに関して「逓増」していることから,通常の凸関数との関連からうまれている.すなわち, i ∈ S ⊆ S ′ であるとき,v (S) − v (S\ {i}) ≤ v (S ′ ) − v (S ′ \ {i}) を満たすからである.実は,こ の逆もなりたつ. 補題 5.22 協力ゲーム v に関する以下の2条件は同値である:(1)v は凸ゲーム;(2)任意の i と S ⊆ S ′ なる提携について,もし i ̸∈ S ′ であれば v (S) − v (S\ {i}) ≤ v (S ′ ) − v (S ′ \ {i}) が成 立する. *13 *14 S. Hart and A. Mas-Colell, (1989) “Potential, Value and Consistency”, Econometrica 57, 3, 589-614. あるいは優モジュラー (supermodular)ともいう.逆向きの不等号が常に成り立つ場合は,劣モジュラー(submodular)という. 27 証明. (1)⇒(2) :i ∈ S ⊆ S ′ とする.凸ゲームの定義式において,E = S ,F = T \ {i} とお けば,E ∪ F = T と E ∩ F = S\ {i} なので(2)が成り立つことがわかる. (2)⇒(1) :任意に E ∈ N を固定する.すべての F ∈ N について,凸ゲームの定義不等式が 成り立つことを,#F \E の順に示す.もし #F \E = 0 であれば,F ⊆ E であるから自明に成り立 つ.そこで,k ≥ 0 として,#F \E ≤ k となるすべての F について不等式が成り立っているもの としよう.いま #F \E = k + 1 とすれば,特に F \E ̸= ∅ であるから,i ∈ F \E を一つ固定して, F ′ = F \ {i} とおく.構成法より,E ∩ F ′ = E ∩ F と (E ∪ F ) \ {i} = E ∪ F ′ が成り立つことに 注意しておく.さて #F \E = k だから,前提により,v(E) + v(F ′ ) ≤ v(E ∪ F ′ ) + v(E ∩ F ′ ) = v(E ∪F ′ )+v(E ∩F ) である.ここで S = F, S ′ = E ∪F とおけば,i ∈ S ⊆ S ′ であるから, (2) より v (F )−v (F ′ ) = v (F )−v (F \ {i}) ≤ v (E ∪ F )−v ((E ∪ F ) \ {i}) = v (E ∪ F )−v (E ∪ F ′ ) となるから,上記の不等式と辺辺足し合わせれば v(E) + v(F ) ≤ v(E ∪ F ) + v(E ∩ F ) を得る. いくつか記号を約束しておこう. • ベクトル x ∈ RN について,x (S) = ∑ i∈S xi と約束する.このようにみなせば,x は加法 的な協力ゲーム.言い換えれば,ベクトル x は x (N ) を各プレーヤー i に xi を割り振る配 分方法をあらわす.よって,ベクトル x ∈ RN を配分(allocation)と呼ぶ. • S ∈ N について,1S を S の定義関数とする.1S も RN の元とみなすことができるから, 内積も自然に定義される.このとき,x ∈ RN との内積 x · 1S は定義により x (S) と等しい. 配分 x ∈ RN に対し,もし提携 S について x (S) < v (S) であるとすると,提携 S は自らの総 利得よりも少ない利得を受け取ることになる.その意味で,提携 S は x において損失をこうむ *15 ゲームのコア(Core) とは,全利得 v (N ) をすべてのプレーヤーに分け,いかなる提携も損失 る. を被ることがないような配分全体を指す.*16 定義 5.23 (コア(core)) 協力ゲーム v のコア C (v) は,C (v) := {x ∈ RN : x (S) ≥ v (S) for every S ∈ N , and x (N ) = v (N )} で定義される. 不等式 x (S) ≥ v (S) は,(x, −1) · (1S , v (S)) ≥ 0 とも書けることに注意しておく. 簡単な例を見ておこう. { 例 5.24 全会一致ゲームのコア: C (uT ) = x ∈ RN + : ∑ i } xi = 1 and xj = 0 if j ̸∈ T である. 定義により,コアは線形不等式で表される凸集合の共通部分であるから,C (v) は凸集合である. C (v1 ) と C (v2 ) がともに非空であれば,C (v1 ) + C (v2 ) ⊆ C (v1 + v2 ) であることは,容易に確 認できる.*17 *15 あるいは,提携 S は配分 x を拒絶(block) できるという. 定義により,コアは配分の集まる集合である.したがって,コアは空であるかあるいは非空であるかのどちらか. 「コアが存在する the core exists 」という表現はほとんど意味を成さない. *17 実は,逆向きの包含関係も成立する.これについては,のちの授業で示す. *16 28 凸ゲームにおいては,限界貢献ベクトルとコアの間に密接な関係がある. 定理 5.25 v を凸ゲームとする.このとき,プレーヤー集合の任意の並べ替え π に対応する限界貢 献ベクトル ξ(π; v) は,v のコアに属する. 証明. 一般性を失うことなく,π (i) = i がすべての i について成立するとし、対応する限界貢献 n ベクトルを (ξ (i))i=1 ∈ RN とする.すなわち ξ (i) = ∆i v(Ei ),ここで Ei = {i, ..., N } である. 任意の S ∈ N を一つとる.S = {i1 , .., iK } ,(ik < ik+1 , k = 1, .., K − 1)とかくと,構成法か ら {ik , ik+1 , ..., iK } ⊆ {ik , ik + 1, ..., N } がすべての k = 1, ..., K について成り立つ.したがって, 凸ゲームの性質(補題 5.22)と限界貢献ベクトルの定義から ξ (ik ) = v ({ik , ik + 1, ..., N }) − v ({ik + 1, ..., N }) ≥ v ({ik , ik+1 , ..., iK }) − v ({ik+1 , ..., iK }) が 各 k に つ い て 成 立 す る .こ れ ら を 辺 ご と に 足 し 合 わ せ れ ば ,ξ (S) = ∑K k=1 ξ (ik ) ≥ v ({i1 , ..., iK }) = v (S).また,上の不等号は {i1 , ..., iK } = {1, ..., N } のとき等号で成立するか ら,ξ (N ) = v (N ) も成立する. 系 5.26 凸ゲームのシャプレー値(からなるベクトル)は v のコアに属す. 証明. シャプレー値は限界貢献ベクトルの凸結合で表されていることと,コアが凸集合であること から明らか. 課題 5.27 問題 5.17 と 5.18 のゲームのコアは非空かどうかしらべよ 課題 5.28 ∑ T βT uT ,ただしすべての βT ≥ 0,の形にかけるゲームを全単調なゲーム(totally monotone game)という.全単調のゲームのコアは非空であることを示せ. 5.4 コアの非空性 定義 5.29 N 上の非負値関数 λ が ∑ λ (S) 1S = 1N をみたすとき,すなわち各プレーヤー i ∑ について,i が属する提携に付与されたウエイトの和が 1 となる( {S:i∈S} λ (S) = 1)とき,λ S∈N は平衡負荷(Balancing Weights)であるという.ゲーム v が,任意の平衡負荷ベクトル λ に対し ∑ て, S∈N λ (S) v (S) ≤ v (N ) をみたすとき,v を平衡ゲーム(Balanced Game)であるという. 容易に分かるように,v1 , v2 が平衡ゲーム ゲームであれば,任意の非負の数 t1 と t2 にたいして t1 v1 + t2 v2 も平衡ゲームである.したがって,平衡ゲーム全体の集合は,凸錘である. { } ゲーム v のコアは,2 つの凸集合 x ∈ RN : (x, −1) · (1S , v (S)) ≥ 0, ∀S と {x ∈ RN : (x, −1)· (1N , v (N )) = 0} の共通部分と一致することに注意しておく.すなわち幾何学的には,コアの元は ベクトル族 (1S , v (S))S∈N を同時に支持するようなベクトルに対応している. 29 実は,コアの非空性と平衡性は同値である.*18 定理 5.30 ([Bondareva-Shapley]) ゲーム v のコアが非空であることと,v が平衡ゲームであ ることとは同値である. 証明. ゲーム v のコアが非空であるとする.x ∈ C (v) を一つ固定すると,コア定義により, x (S) = x · 1S ≥ v (S) がすべての S ∈ N について成立し,また x (N ) = x · 1N = v (N ).これよ り,任意の平衡負荷 λ に関して, ∑ λ (S) v (S) ≤ S∈N ∑ λ (S) (x · 1S ) S∈N ( =x· ∑ ) λ (S) 1S S∈N = x · 1N = v (N ) が成立するから,v は平衡ゲームである. 逆に,v を平衡ゲームとする.凸集合 A を { A := ∑ } N +1 λ (S) (1S , v (S)) ∈ R : λ (S) ≥ 0,∀S ∈ N S∈N とおく.すなわち A は 2N − 1 個のベクトル (1S , v (S)) ∈ RN +1 で生成される凸錐(convex cone) } (1N , v (N ) + ε) ∈ RN +1 : ε > 0 は共通部分を持 ∑ たない.なぜなら,もし集合 A と B の共通元 S∈N λ (S) (1S , v (S)) = (1N , v (N ) + ε) が存 ∑ 在するならば,定義より λ は平衡負荷であり,しかも S∈N λ (S) v (S) = v (N ) + ε > v (N ) と である.集合 A と,もう一つの凸集合 B := { なるから,v が平衡ゲームであることに矛盾するからである. よって分離定理により,あるゼロでないベクトル (x, α) ∈ RN +1 が存在して,任意の N 上の非 負ウエイト λ と ε > 0 にたいして ∑ λ (S) (1S , v (S)) · (x, α) ≥ (1N , v (N ) + ε) · (x, α) , S∈N すなわち ∑ λ (S) (x (S) + αv (S)) ≥ x (N ) + α (v (N ) + ε) , S∈N が成立する. ここで,集合 A が錐であることから,左辺の最小値は 0 である.実際,λ = 0 ととれば左辺は 0 であるし,もしある λ について左辺が負になれば,その λ を定数倍することによって,左辺の値は いくらでも小さくなってしまう. *18 Shapley, L. S. (1967). “On balanced sets and cores”, Naval Research Logistics Quarterly 14: 453–460. Bondareva の論文はロシア語で 1963 年に発表された.以下の証明は,Osborne- Rubinstein “A Course in Game Theory” MIT Press, 1994 にあるものを参考にした. 30 また,α < 0 でなければならないことも次のように確認できる.もし α > 0 であれば,右辺は ε > 0 を大きくとるといくらでも大きくなってしまうから,不等式は成り立ちえない.もし α = 0 ∑ であれば, S∈N λ (S) x (S) ≥ x (N ) となるが,もしある i について xi < 0 となると、左辺はい くらでも小さくできてしまうので不等式は成り立ちえない.したがって,x は非負のベクトルであ る.他方で,この不等式において λ = 0 とおけば 0 ≥ x (N ) = ∑N i=1 xi を得るから,結局 x = 0 でなければならない.するとベクトル (x, α) がゼロベクトルになるので,これも矛盾である. そこで上の不等式の各辺を −α で割り, −1 ¯ と書くことにすれば,結局任意の N 上の非負 α x=x ウエイト λ と ε > 0 にたいして ∑ λ (S) (¯ x (S) − v (S)) ≥ 0 ≥ x ¯ (N ) − (v (N ) + ε) , S∈N となることがわかる.以下で,この x ¯ が v のコアに属することを示す.提携 S を任意にとり, λ (S) = 1, S ′ ̸= S ならば λ (S ′ ) = 0 という形のウエイト λ を考えれば,左辺より x ¯ (S)−v (S) ≥ 0 であることがわかった.特に,x ¯ (N ) − v (N ) ≥ 0 であるが,右辺より 0 ≥ x ¯ (N ) − v (N ) − ε が 任意の ε > 0 について成り立つので,x ¯ (N ) − v (N ) = 0 でなければならない.したがって,v の コアは非空である. 課題 5.31 凸ゲームではないが,コアが非空になるゲームの例をあげよ 定義 5.32 ゲーム v が対称ゲームであるとは,v (S) が |S| のみに依存して決まるゲームのこと. すなわち,関数 f : {1, ..., N } → R を用いて,v (S) = f (|S|) とかけるゲームを対称ゲームという 系 5.33 対称ゲーム v のコアが非空であることの必要十分条件は,すべての S ∈ N にたいして, v(S) |S| ≤ v(N ) |N | となること.すなわち,平均利得は全体集合において最大になることが必要十分で ある. 練習問題 5.34 上の系を証明せよ. 練習問題 5.35 α ∈ (0, 1] として,「α ≤ |S| / |N | ならば vα (S) = 1,さもなければ vα (S) = 0」 で定めれられるゲーム vα を α-majority game という.α-majority game のコアが非空になる必 要十分条件を求めよ. 31 6 Choquet 積分 Ellsberg 型のパラドックス 箱の中に同形のボールが 300 個ある.ボールの色は黒 (B), 赤 (R),白 (W ) の 3 種である.い ま今 B は 100 個ある事がわかっているが R,W に関しては,その個数が分からないとしよう. ボールを一つ取り出して,そのボールの色で当たりはずれがわかる以下のくじを考えてみよう. 1. B か R が出れば 1 万円,それ以外は 0 円. 2. B か W が出れば 1 万円,それ以外は 0 円. 3. R か W がでれば 1 万円.それ以外は 0 円. これらにかんして, 1∼2≺3 という選好は非常に自然に感じられるし,実際そのように表明する人は数多いことが知られてい る.自然に感じられる理由の一つは,3ではあたりの確率は「確実に」 23 であるのにたいし,1あ るいは2ではそのような確実さが感じられないからであろう. ところが,この「自然な」選好 (関係) をベイジアンの期待効用理論においては説明しようとす ると,B が選ばれる確率は 1 3 未満と想定されていなければならないという不自然な結論が導かれ る.実際,どのような(貨幣)効用関数 u と状態集合 Ω := {B, R, W } 上のいかなる先験分布 π をもってしても,1 ∼ 2 であれば π (R) = π (W ) (= (1 − π (B)) /2) でなければならない.他方 で 1 ≺ 3 と 2 ≺ 3 からは π({B, R}) < π({R, W }) と π({B, W }) < π({R, W }) が導かれるため, π(B) < π(W ) かつ π(B) < π(R) でなければならないからである.*19 註 6.1 Ellsberg のパラドックス (逆理) は危険回避とは関係がない.何故なら,効用関数 u は任意 であるからである. この現象は,情報が不完全であるこのような環境において,先験分布を一意に定めるべしという ベイジアンの基本要請が強すぎるためにおこると解釈できるだろう.たとえば,意思決定主体は、 R が 100 個より少ない、あるいは W が 100 個より少ないという可能性をともに想起していると *19 実は,Ellsberg のパラドックス (逆理) から得られる選好関係は期待効用で説明できないだけでなく, 期待効用の枠 をはずしても,Probabilistic Sophistication を満たす選好であるかぎりは説明できない.つまり,Ellsberg のパ ラドックスは Probabilistic Sophistication と両立しないのである.それは, Ellsberg のパラドックス (逆理) で は,状態の集合がどのようなものであれ, 結局 0 がでる確率,1 がでる確率のみが問題になっているからである. 32 して, 1 , π1 (R) = 3 1 π2 (B) = ,π2 (R) = 3 π1 (B) = 1 − ε,π1 (W ) = 3 1 + ε,π2 (W ) = 3 1 +ε 3 1 −ε 3 という 2 つの先験分布を持っているとしてみよう.Π = {π1 , π2 } とおけば,上記の例にある選好 は,貨幣のくじ L を min Eπ [L] π∈Π という形の関数で評価したもので説明できる. つまり,複数の先験分布をもち、「最悪のシナリオ」 で評価した値を効用とすれば,説明可能である. 他方で,例のような情報が不完全な環境においては,意思決定主体の先験分布に通常の確率法則 を要請するのが強すぎるという解釈も出来る.たとえば 1 1 1 ,π(R) = − ε, π(W ) = − ε 3 3 3 2 2 π (B, W ) = π (B, R) = − ε, π (W, R) = , 3 3 π (B, R, W ) = 1 π(B) = (7) なる「非加法測度」を考えるのである.そうしてみると,くじ1あるいは2が「当たる」確率は 2 3 − ε であるのに対して,くじ3の「当たり」の確率は 2 3 であるから,くじ3がより有利なくじと 判断されてしかるべしということになる。 このような「当たり」と「はずれ」の事象しかないような単純なくじでは,評価は簡単であるが, より複雑な行動を評価しようとなると,非加法的な確率による期待値のとり方をきちんと定義して やる必要がある.それが Choquet 積分と呼ばれるものである.実は,Choquet 積分を利用した 期待値は,先ほどの複数先験分布を用いた基準に還元することが出来る. 6.1 定義と基本性質 背景にある不確実性を表現する状態が,有限集合 N = {1, 2, ..., n} であらわされているものと しよう.状態集合 N 上の非加法的測度(non-additive measure)とは,2N から R への写像 v で, v (∅) = 0 を満たすものである.すなわち,数学的には,非加法的測度は N をプレーヤーの集合と みなしたところの協力ゲームに他ならない. 以下,ベクトル x ∈ Rn を集合 N 上の関数と考え,ゲーム v を N 上の非加法的な測度とみなし て,その積分 ∫ xdv の定義を試みる.関数 x : N → R,非加法的測度 v について,実数 α につい て,v (x ≥ α) で v ({i ∈ N : x (i) ≥ α}) をあらわすと約束する.次の定義は,通常の積分におけ る部分積分法を想起すれば分かりやすい. 定義 6.2 関数 x : N → R と測度 v について,x の v にかんする Choquet 積分*20 , *20 ] Choquet, G. (1955) Theory of capacities, Ann. Inst. Fourier, 5, 131-295. 33 ∫ xdv, を以 または,Lovasz 拡張とも呼ば 下の式で定義する. ∫ ∫ xdv = x ¯ x v (x ≥ α) dα + xv (N ) ここで x ¯ = maxi∈N x (i) ,x = mini∈N x (i) 一般に ∫ (8) である. ∫ xdv = − (−x) dv は成り立たないことに注意しよう(下の例 6.5 参照). 註 6.3 v (∅) = 0 であるから,(8)の積分区間の上端は +∞ としても同じである.また,x ≥ 0 ∫ ∫ +∞ v (x ≥ α) dα であるから, xdv = v (x ≥ α) dα が成り立つ.他 0 ∫0 ∫0 方,x ≤ 0 であれば, xdv = −∞ (v (x ≥ α) − v (N )) dα と書ける.実際,x ¯ ≤ 0 だから(8) であれば,xv (N ) = ∫x の積分区間の上端を 0 としても同じで,区間 (−∞, x) においては v (x ≥ α) − v (N ) = 0 だから, ∫0 ∫ −∞ (v (x ≥ α) − v (N )) dα = ∫0 x (v (x ≥ α) − v (N )) dα = ∫0 x v (x ≥ α) dα − (0 − x) v (N ) = xdv である. 例 6.4 事象の定義関数の Choquet 積分はその事象の確率に等しい: 例 6.5 全 会 一 致 ゲ ー ム に 対 応 す る Choquet 積 分: ∫ xduT = ∫ 1E dv = v (E). ∫ x¯ v (x ≥ α) dα + xv (N ) = ∫ [mini∈T x (i) − mini∈N x (i)] + mini∈N x (i) = mini∈T x (i).よ っ て , (−x) duT = ∫ ∫ mini∈T (−x (i)) = − maxi∈T x (i).こ こ か ら 特 に , xduT = − (−x) duT と な る の は , x mini∈T x (i) = maxi∈T x (i) が成立するとき,すなわち x が定数関数であるときに限ることが分 かる. 以下に見られるように,Choquet 積分と測度 v の「限界貢献ベクトル」の間には密接な関係が ある.まず協力ゲームへの定義 5.8 をそのまま流用して,状態 i の 事象 S ⊆ N への限界貢献 ∆i v(S), を ∆i v(S) = v(S) − v(S\{i}) と定め,状態の並べ替え π : N → N に対し,限界貢献ベクトルξ(π; v) ∈ RN を, ξ(π; v) (i) = ∆π(i) v(Ei ), for i = 1, ..., N. と定める.ここでも,各 i に対し Ei = {π (i) , ..., π (N )} である. 関 数 x に つ い て ,x (π (i)) ≤ x (π (i + 1)) , i = 1, ..., n − 1,と な る よ う な 並 べ 替 え π を x に 適 応 し た 並 べ 替 えと 呼 ぶ .関 数 x に 対 し ,そ れ に 対 応 す る 並 べ 替 え π を 一 つ 固 定 する.すると定義より x (π (1)) = x and x ¯ = x (π (n)) となり,Ei = {π (i) , ..., π (n)} と か け ば ,a が 区 間 [x (π (i − 1)) , x (π (i))] に あ る と き 常 に v (x ≥ α) = v (Ei ) で あ る .し れる.L. Lov´ asz: Submodular functions and convexity. Mathematical Programming –The Art. A. Bachem, M. Gr¨ otschel and B. Korte, eds., Springer-Verlag, 1983, 34 235-257. State of the たがって, ∑n i=2 ∫ x¯ x v (x ≥ α) dα = ∫ x(π(i)) i=2 x(π(i−1)) ∑n v (x ≥ α) dα = ∫ x(π(i)) i=2 x(π(i−1)) ∑n v (Ei ) dα = {x (π (i)) − x (π (i − 1))} v (Ei ) と書き直せる.したがって,(8)は ∫ xdv = x (π (1)) v (E1 ) + n ∑ {x (π (i)) − x (π (i − 1))} v (Ei ) , (9) i=2 または和をとる順序を変えて ∫ xdv = n−1 ∑ x (π (i)) (v (Ei ) − v (Ei+1 )) + x (n) v (En ) , (10) i=1 とも書き換えることが出来る. 式(10)において,(v (Ei ) − v (Ei+1 )) は,並べ方 π に対応して計算された,ゲーム v における i の限界貢献に他ならない.つまり,式(10)によれば,Choquet 積分は,ある限界貢献ベクトル を加法的な測度とみなしたときの(通常の意味の)積分と等しいことがわかる.(ここでも,v が加 法的であれば,Choquet 積分が通常の積分と等しいことが示された.)この性質を,定理の形で述 べておく. 定理 6.6 ((Choquet 積分と限界貢献ベクトル)) v を非加法的測度とする.関数 x に対して, ∫ ある限界貢献ベクトル p が存在して, xdv = p · x (= ∫ xdp)である. 証明. x に対応する並べ替えを π として,p として限界貢献ベクトル ξ (π; v) をとれば,定義(5) により,ξ (π; v) (i) = v (Ei ) − v (Ei+1 ),i = 1, ..., n,ξ (π; v) (n) = v (En ) である.これをそのま ま式(10)に代入すれば,左辺はちょうど x と p の内積になっていることが分かる. 課題 6.7 N = 2 として,関数 f (x) = |x1 − x2 | とおく.このとき,適当な v を定めればすべての x に対して f (x) = ∫ xdv となることを示せ. ∫ 課題 6.8 全会一致ゲームの共役ゲーム wT について, xdwT はどのようにあらわされるか. 以下で,Choquet 積分の基本的性質をまとめることにする.Choquet 積分は,測度(ゲーム)に 関して線形である: 定理 6.9 (Choquet 積分の線形性と 1 次同次性) 以下の性質が成り立つ: (i) ∫ ∫ xdv for any t ∈ R; ∫ ∫ (ii) xd (v + w) = xdv + xdw; ∫ ∫ (iii) txd (v) = t xdv for any t ≥ 0. ∫ xd (tv) = t } ∫ v (x ≥ α) dα + xv (N ) = t xdv. x x ∫ ∫ x¯ ∫ x¯ (ii) xd (v + w) = x {v (x ≥ α) + w (x ≥ α)} dα + x {v (N ) + w (N )} = x v (x ≥ α) dα + ∫ x¯ ∫ ∫ xv (N ) + x v (x ≥ α) + xw (N ) = xdv + xdw. 証明. (i) ∫ xd (tv) = ∫ x¯ tv (x ≥ α) dα + xtv (N ) = t 35 {∫ x ¯ (iii) t ≥ 0 であれば,x と tx に適応する並べ替えは共通なので,(10)より成り立つ. ゲームに関する線形性をもちいて,次の便利な特徴付けもできる.*21 系 6.10 測度 v のメビウス変換を v = ∫ ∑ T ∈N xdv = βT uT とかけば, ∑ T ∈N βT min x (i) i∈T が成り立つ. ∫ 証明. 定義に従って計算すれば, xduT = mini∈T x (i) である.定理 6.9 の性質 (ii) より, ∫ xdv = ∫ ∫ ∑ ∑ ∫ ∑ ∑ xd ( T βT uT ) = T xd (βT uT ) = T βT xduT = T ∈N βT mini∈T x (i) . 課題 6.11 全会一致ゲームの共役ゲーム wT をもちいた場合に対応する結果を導け 例 6.12 Choquet 積分をもちいて導入部で紹介した Ellsburg 型の選好を表現するための非加法的 ( ) 測度(7)は,メビウス変換を用いて整理すると (1 − 3ε) π+ε u{B} + 2u{R,W } であらわされる.こ こで π は B, W, R を等確率でえらぶ加法的な確率測度である.よって,確率変数 x : {B, R, W } → R の Choquet 積分を用いた期待値は,(1 − 3ε) Eπ (x) + εx (B) + 2ε min {x (R) , x (W )} となる. ∫ 一般に, xdv と − ∫ (−x) dv は一致しないので,Choquet 積分は関数に関する線形性を持たな い(例 6.5) .しかし,以下の意味での限定的な加法性をもつ.まず「限定」を表現するために定義 を一つ用意しておく. 定義 6.13 2 つ の関 数 x, y ∈ Rn につい て ,(x (i) − x (j)) (y (i) − y (j)) ≥ 0 が 任 意 の ペ ア i, j ∈ N について成立するとき,x と y は共単調(comonotonic)であるという. もし x と y が共単調であれば,この両方の関数に適応する並べ替え π が存在する.逆に,そのよ うに共通な適応する並べ替えがとれるのであれば,2 関数は共単調であることは容易に確認できる. 例 6.14 任 意 の 関 数 x の 非 負 部 分 と 非 正 部 分 を そ れ ぞ れ x+ ,x− と 書 く .す な わ ち x+ (i) = max {x (i) , 0},x− (i) = max {−x (i) , 0}.こ の と き ,x+ と −x− は 共 単 調 で あ る .実 際 ,(x+ (i) − x+ (j)) > 0 で あ れ ば ,x+ (i) > 0 だ か ら x− (i) = 0 な の で , ((−x− (i)) − (−x− (j))) ≥ 0 であるし,(x+ (i) − x+ (j)) < 0 であれば,x− (j) = 0 だから, ((−x− (i)) − (−x− (j))) ≤ 0 である. Choquet 積分は共単調な関数に関する加法性(comonotonic additivity)を持つ. *21 この表現の意思決定理論における重要性を指摘したのは,Gilboa, I., and D. Schmeidler, “Additive Representations of Non-Additive Measures and the Choquet Integral”, Annals of Operations Research, 51 (1994), 43-65 36 ∫ 補題 6.15 関数 x と y が共単調であれば, (x + y) dv = ∫ xdv + ∫ ydv 証明. 関数 x と y とのどちらとも適応する並べ替え π を一つ固定する.(共単調性から,そのよ うな並べ方は常に存在する.)すると,式(9)に現れる集合 Ei は x と y について共通なので, ∫ (x + y) dv = ∫ xdv + ∫ ydv が成り立つ. 補題 6.15 を用いれば,Choquet 積分は次のようにも書き換えられることが分かる. ∫ ∫ xdv = 0 −∞ ∫ (v (x ≥ α) − v (N )) dα + +∞ 0 v (x ≥ α) dα (11) これを見るために,関数 x を非負部分と非正部分に分解して、x = x+ − x− と書く.ここで ∫ ∫ ∫ x+ と −x− は共単調であるから,補題 6.15) より xdv = (x+ + (−x− )) dv = x+ dv + ∫ ∫ ∫ +∞ (−x− ) dv .また,x+ ≥ 0 であるから x+ dv = 0 v (x+ ≥ α) dα,−x− ≤ 0 であるから, ∫ ∫0 (−x− ) dv = −∞ (v (−x− ≥ α) − v (N )) dα である(註 6.3 をみよ).最後に,α ≥ 0 であれ ば v (x+ ≥ α) = v (x ≥ α),α ≤ 0 であれば v (−x− ≥ α) = v (x ≥ α) であることに注意すれば (11)を得る. 6.2 Choquet 積分と凸ゲーム 以下では,ゲーム v の限界貢献ベクトル全体の集合を M (v) と書く.すなわち,M (v) の各要 素は,N の適当な並べ替え π をもちいて(5)の形に書ける. 定理 6.16 v が凸ゲームであれば,任意の N 上の関数 x について ∫ xdv = min p · x = min p · x p∈C(v) p∈M (v) がなりたつ 証明. v を凸ゲームとする.関数 x を任意にえらぶ. 限界貢献ベクトルが凸ゲームのコアに属することから(定理 5.25),M (v) ⊂ C (v) が成立する ので minp∈C(v) p · x ≤ minp∈M (v) p · x である. ∫ 次に,任意の p ∈ C (v) について, xdv ≤ p · x が成り立つことを示す.コアの定義により p (S) ≥ v (S) がすべての S ⊆ N について成り立ち, しかも p (N ) = v (N ) が成立する.したがっ て,関数 x に適応する並べ替え π を一つ固定して,積分の表現 (9) をみると,特に p (Ei ) ≥ v (Ei ) がすべての i = 2, ..., n について成り立ち,p (E1 ) = v (E1 ) である.ここで i = 2, ..., n について, ∫ ∫ x (π (i)) − x (π (i − 1)) ≥ 0 であるから, xdv ≤ xdp = p · x である. ∫ 最後に,定理 6.6 から,minp∈M (v) p · x ≤ xdv が成り立つ.以上 3 つの不等式より,定理が証 明された. 次の意味での逆も成立する. 37 ¯ ⊆ RN について 定理 6.17 もしある閉凸集合 C ∫ xdv = minp∈C¯ p · x がすべての x ∈ RN につ ¯ が成り立つ. いて成立するならば,v は凸ゲームであり,かつ C (v) = C 証明. まず v が凸ゲームであることを示す.N の任意の非空部分集合 E と F について,x := 1E + 1F とおく.1E + 1F = 1E∪F + 1E∩F であり,1E∪F と 1E∩F は共単調である.よって ∫ ∫ ∫ ∫ xdv = (1E∪F + 1E∩F ) dv = 1E∪F dv + 1E∩F dv = v (E ∪ F ) + v (E ∩ F ) が補題 6.15 に ∫ ¯ について xdv = p∗ · x が成り立つはずである.ま より成り立つ.一方,仮定より,ある p∗ ∈ C ∫ ∫ た同様にして仮定より, 1E dv = minp∈C¯ p · 1E ≤ p∗ · 1E = p∗ (E) であり, 1F dv ≤ p∗ (F ) も ∫ 成立する.さて p∗ · x = p∗ (E) + p∗ (F ) であるから, v (E ∪ F ) + v (E ∩ F ) = xdv = p∗ · x = ∫ ∫ p∗ (E) + p∗ (F ) ≥ 1E dv + 1F dv = v (E) + v (F ) . すなわち v は凸ゲームであることがわ かった.. 定理 6.16 より,任意の x ∈ Rn について minp∈C(v) p · x = minp∈C¯ p · x となるはず.ここで,x ¯ と C (v) はいずれも閉凸集合であるから,分離定理より C (v) = C¯ である. は任意でしかも C 系 6.18 v を凸ゲームとする.このとき,v のコアは限界貢献ベクトルの集合の凸包と一致する. ¯ := co (M (v)) とおく.M (v) は有限集合だから,任意の x ∈ RN について minp∈C¯ p · x = 証明. C minp∈M (v) p · x である.よって定理 6.16 により,minp∈C(v) p · x = minp∈C¯ p · x がすべての x ∈ RN について成立する.集合 C¯ は閉凸集合だから定理 6.17 により C¯ = C (v) が成り立つ. Choquet 積分で,凸ゲームの特徴づけをすることが出来る. 定理 6.19 ゲーム v に関する以下の 2 条件は同値: (1)写像 x 7→ ∫ xdv は凹関数;(2)v が凸. 証明. (2)⇒(1) ;定理 6.16 と,関数 min が凹関数であることから明らか.(1)⇒(2) ;積 分の 1 次同次性と(1)により,任意の S, T ⊆ N について, となるが,ここで ∫ 1S dv = v (S), ∫ 1T dv = v (T ), ∫ ∫ 1S dv + ∫ 1T dv ≤ ∫ (1S + 1T ) dv (1S + 1T ) dv = v (S ∪ T ) + v (S ∩ T ) であ るから,v が凸ゲームであることが示された. 定理 6.16 を利用して,ゲームに対してそのコアを対応させる写像は加法的であることを示そう. 定理 6.20 ([Edmonds-Shapley]) v1 と v2 を 凸 ゲ ー ム で あ る と す る .こ の と き ,C (v1 ) + C (v2 ) = C (v1 + v2 ) . 証明. C (v1 ) + C (v2 ) ⊆ C (v1 + v2 ) はコアの定義から明らか.そこで以下に C (v1 + v2 ) ⊆ C (v1 ) + C (v2 ),となることを示す.ゲーム v1 + v2 は凸ゲームであるから,系 6.18 により, v1 + v2 の任意の限界貢献ベクトルが,v1 の限界貢献ベクトルと v2 の限界貢献ベクトルとの和に 書けることを示せば十分である.そのような和として書けることは,プレーヤーの並べ方 π を共通 にひとつ固定してしまえば,∆π(i) (v1 + v2 ) (Ei ) = ∆π(i) v1 (Ei ) + ∆π(i) v2 (Ei ) となることに注意 すれば,定義式(5)により明らかである. 38 系 6.21 ゲーム v のメビウス表現 v = { とき, C (v) = ∑ ∑ T ∈N βT uT において,すべての βT ≥ 0 とする.この } βT pT : pT ∈ △ (T ) , ∀T ∈ N T ∈N が成り立つ.*22 練習問題 6.22 上の系を証明せよ. 定理 6.20 において,ゲームの凸性は本質的である.例えば,n = 3 として v = u{1,2} − u{1,3} とすれば,このゲームのコアは空集合である.実際,v1 ({i}) = 0 であるから,コアの元は非負で ベクトルであり,v1 ({1, 2, 3}) = 0 より結局ゼロベクトル以外に候補はないが,v ({1, 2}) = 1 よ りゼロベクトルはコアの元ではありえない.対称性から,−v1 のコアも空集合である.しかるに, v + (−v) のコアは非空である.次の例が示すように,それぞれのゲームのコアが非空であっても, その和からなるゲームのコアと一致するとは限らない. 例 6.23 n = 3 とし,i = 1, 2, 3 にたいして vi = u{1,2,3} + u{i,i+1} − u{i+1,i+2} とおく.ただし, 添え字は mod 3 で読むものとする. まず各 i について C (vi ) = { } p ∈ R3+ : p (i) + p (i + 1) = 1 であることを示そう.対称性より i = 1 のときを見れば十分.v1 ({i}) = 0 なので,コアの元は非負であり,v1 ({1, 2, 3}) = 1 だか ら,それは確率ベクトルでなければならない.v1 ({1, 2}) = 1 より,p (1) + p (2) ≥ 1.これを満 たす確率ベクトルは p (1) + p (2) = 1 を満たさなければならない.逆に,p (1) + p (2) = 1 を満た す確率ベクトルは,p (2) + p (3) ≥ v1 ({2, 3}) = −1 および p (3) + p (1) ≥ v1 ({1, 3}) = 0 も満た すので,これがコアに属することがわかる. { } v := v1 +v2 +v3 とすれば,v = 3u{1,2,3} であるから,C (v) = p ∈ R3+ : p (1) + p (2) + p (3) = 3 である.特に,p∗ = (3, 0, 0) ∈ C (v) であるが,p∗ は C (v1 ) + C (v2 ) + C (v3 ) の元ではない.も し p∗ = p1 + p2 + p3 ,pi ∈ C (vi ) , i = 1, 2, 3, の形にかけたとすると,p2 (1) = 0 でなければなら ないから,これらは確率ベクトルなので,p1 (1) + p2 (2) + p3 (3) ≤ 2 となるからである 6.3 Choquet 積分の公理的構成 Choquet 積分 ∫ xdv は,関数 x に関しては線形ではないが,x に関して一次同次であり,また 共単調な関数のペアに関しては加法的に作用することをすでにみた.また,v ≥ 0 であれば,x に 関して単調(x ≥ x′ ならば ∫ xdv ≥ ∫ x′ dv )でもある. 実際,Choquet 積分はそのような性質をもつ Rn 上の唯一の写像であることを示すことが 出来る.これを示す準備として,以下の性質を確認しておく.関数 x に対して,それに適応 *22 △ で RN の単体(simplex),すなわち △ := {p ∈ RN : pi ≥ 0 {p ∈ △ : pi = 0 if i ̸∈ T } と定義する 39 for all i, ∑ i pi = 1},また △ (T ) := する並べ替え π を一つ固定する.すなわち x (π (i)) ≤ x (π (i + 1)),i = 1, ..., n − 1, であり, E1 := N ,Ei := Ei−1 \ {π (i − 1)} , i = 2, ..., n がなりたつ.そこで γ1 = x (π (1)), γk = ∑i x (π (k)) − x (π (k − 1)), for k = 2, ..., n とおけば,作り方から,x (π (i)) = k=1 γk である.す ると x= n ∑ γk 1Ek , (12) k=1 である.実際,任意の j ∈ N にたいし,π (i) = j とすれば,(12) の左辺は x (j) = x (π (i)) = ∑i γk ,一方で右辺の和の中身をみると,k ≤ i のとき 1Ek (π (i)) = 1 で,k > i のときは ∑n ∑n ∑ 1Ek (π (i)) = 0 となるから,結局右辺も k=1 γk 1Ek (j) = k=1 γk 1Ek (π (i)) = ik=1 γk であ k=1 ることがわかる. 表現 (12) において,γ1 = mini∈N x (i) である.並べ方より,k > 1 については,γk ≥ 0 となる ことに注意しておく.しかも,任意のペア i, j について Ei ⊆ Ej または Ej ⊆ Ei 成り立つ.結局, どの γi 1Ei と γj 1Ej のペアも共単調であることがわかる. 次の基本定理*23 が得られる.*24 定理 6.24 (Schmeidler) 写像 I : Rn → R が以下の性質を満たすものとする:(1)任意 の x について,t ≥ 0 ならば I (tx) = tI (x) れば,I (x) + I (y) = I (x + y) I (x) = ∫ (一次同次性);(2)もし x と y が共単調であ (comonotonic additivity).するとあるゲーム v が存在して, n xdv がすべての x ∈ R について成立する. 証明. 各 E ∈ N について,v (E) = I (1E ) とおく.以下,I (x) = ∫ xdv がすべての x ∈ Rn+ につ いて成立することを示せばよい. まず,x ≥ 0 のとき,すなわち γ1 ≥ 0 のとき,に成立することを示す.表現 (12) のように x を ∑n ∑n k=1 γk 1Ek ) = k=1 I (γk 1Ek ).一 ∑n ∑n ∑n k=1 γk v (Ek ) である.よって, k=1 I (γk 1Ek ) = k=1 γk v (Ek ) 互いに共単調な関数の和で書けば,性質(2)より I (x) = ( ∫ 方で,式(9)より, xdv = が成立することを言えばよい.前提より γ1 ≥ 0 であり,k ≥ 2 については構成法から γk ≥ 0 だか ら,性質(1)より I (γk 1Ek ) = γk v (Ek ) がすべての k について成立するので,和をとればよい. もし x ≥ 0 でないならば,x := mini x (i) < 0 であるから,x − x1N ≥ 0 となる.よっ *23 *24 Schmeidler, D., 1986, Integral representation without additivity, Proceedings of the American Mathematical Society 97, 255–261 このアプローチでは、起こりうる結果の価値がすでに数値化(金銭価値化)されているという暗黙の前提がある. 経済学や意思決定理論のコンテクストでは,この前提は少々味気ない.よって,Rn 上の与えらたれた写像からス タートするよりも,状態空間からある結果への関数全体の上で定義された二項関係から始め.結果的にそれがここで 紹介した形に帰着されることまで示すほうが趣が深い.それは Schmeidler, D., 1989, Subjective probability and expected utility without additivity, Econometrica 57, 571–587 で行われている.微妙な連続性の問題 を回避するために、この論文では背景にある状態空間が(実質的に)直線であるようなケースを扱った.それに対 して,有限空間に対応するモデルは中村豊の論文 Nakamura, Y. (1990) Subjective Expected Utility with Non-additive Probabilities on Finite State Spaces. J Econ Theory 51:346–366. これらを含め,この分野の 専門文献をサーベイしたものに,P. Kischka and C. Puppe, “Decisions under risk and uncertainty: A survey of recent developments”, Mathematical Methods of Operations Research, 36, Number 2 March, 1992. な どがある 40 ∫ (x − x1N ) dv = I (x − x1N ) である.また,x と −x1N は共単調なの ∫ で, xdv + (−x1N ) dv = (x − x1N ) dv = I (x − x1N ) = I (x) + I (−x1N ).ここで,一次 ∫ ∫ 同次性と −x ≥ 0 より I (−x1N ) = −xI (1N ) = (−x) 1N dv = (−x1N ) dv に注意すれば, ∫ I (x) = xdv を得る. て,すでに見たように ∫ ∫ 系 6.25 写像 I : Rn → R が以下の性質を満たすものとする:(1)任意の x, x′ について,x ≥ x′ ならば I (x) ≥ I (x′ ) (単調性);(2)もし x と y が共単調であれば,I (x) + I (y) = I (x + y) (comonotonic additivity).するとある非負のゲーム v が存在して,I (x) = ∫ xdv がすべての n x ∈ R について成立する. 練習問題 6.26 上の系を証明せよ(ヒント.単調性と共単調加法性から 1 次同次性が導かれること を示す.そのためには,正の整数 α について,共単調加法性から I (αx) = αI (x),これが α が正 の有理数のときにも成り立つことを示し,単調性を用いて任意の非負実数 α について成り立つこと を示す.これができれば,あとは上の証明をなぞるだけ.) 6.4 Co-minimum additive operators ゲーム v のメビウス変換を v = ∑ T ∈N ∫ ∑ βT uT とかけば, xdv = T ∈N βT mini∈T x (i) が成 り立つことをすでにみた.よって,以下のどの関数も,あるゲームの Choquet 積分として書け る*25 . • [ε-contamination] f (x) = (1 − ε) ∑ pi xi + ε minq∈△(N ) ∑ i q i xi ( )∑ ∑K • [E-capacity] E1 , ..., EK を N の 分 割 と し て ,f (x) = 1 − k=1 εk i p i xi ∑ ∑ + k εk minq∈△(Ek ) i qi xi .*26 ∑n ∑n−1 • [variation aversion/loving] f (x) = i=1 δ i xi + i=1 εi |xi+1 − xi |.*27 i いずれの場合も,ある集合(族)に含まれる集合をのぞいて,対応するメビウス係数が0である という形に要約できる.すなわち,集合族 E ⊆ N を一つ固定して,「E ∈ / E ならば βE = 0」とい う形式で表現されていることに注目しよう.そこで,以下ではこの形式の特徴づけを目指すことに する.*28 定義 6.27 関数 x と y について,すべての E ∈ E に関して arg minE x ∩ arg minE y ̸= ∅ がなり たつとき,x と y は E-cominimum であるという.E-cominimum であるような任意の x と y にか ∫ んして, (x + y) dv = *25 *26 *27 *28 ∫ xdv + ∫ ydv が成立するとき,v を E-cominimum additive という. △ (T ) で集合 T 上の確率分布全体をあらわすものとする. Eichberger, J., Kelsey, D., 1999, E-capacities and the Ellsberg paradox, Theory and Decision 46, 107–140. Gilboa, I., 1989, Expectation and variation in multi-period decisions, Econometrica 57, 1153–1169. 以下の議論は,Kajii, A., Kojima, H. and Ui, T., 2007, Cominimum additive operators, Journal of Mathematical Economics 43, 218-230. 41 課題 6.28 x と y が共単調ならば,どのような E にたいしても,E-cominimum であることを示せ. 一般には,minE x + minE y ≤ minE (x + y) であるが,もし arg minE x ∩ arg minE y ̸= ∅ で あれば,minE x + minE y = minE (x + y) である.つまり,共通の最小化元をがあるような部分 集合 E においては,関数 min は加法的なのである.ゆえに,あたえられた集合族 E とゲーム v に 対し,もし v のメビウス係数 {βT : T ∈ N } について,T ̸∈ E ならば βT = 0 となる性質があれ ば,v は E-cominimum additive であることはたやすく確認できる.実際,加法性が崩れうるるの は T ̸∈ E なる集合上であるが,その係数がすべて 0 であるから. しかし,上の逆は一般には成立しない. 例 6.29 E を N のすべての 2 点集合からなる集合族とする.このとき,E-cominimum と共単調 性は一致する.したがって,任意の v が E-cominimum additive になる. それでは,逆が成立するような集合族 E の性質はなんだろうか. 定義 6.30 集合 T ⊆ N が E に関して完備(complete)であるとは,i ̸= j かつ {i, j} ⊆ T なら ば,ある E ∈ E にかんして {i, j} ⊆ E ⊆ T となること. 上の定義は,集合を「完全グラフ」とみなすとわかりやすい.*29 例 6.31 N = {1, 2, 3, 4} とし,1 点集合全体と {1, 2, } , {2, 3} , {3, 1} からなる集合族 E1 をかんが えると,集合 {1, 2, 3} は E1 に関して完備である.1 点集合全体と {1, 2, } , {2, 3} , {3, 4} からなる 集合族 E2 はにおいて,集合 {1, 2, 3, 4} は完備ではない. 定義により,E の元は E に関して完備.1 点集合は自動的に完備.また,完備な集合は E の元の 和集合である(逆は言えない). 集合族 E に関して完備になる集合全体を Υ (E) とかく. 補題 6.32 Υ (E) = Υ (Υ (E)) 練習問題 6.33 上の補題を証明せよ. Υ (E) = E となるとき集合族 E を完備集合族と呼ぶ. 例 6.34 N の分割と,N の 1 点集合全体からなる集合族は完備である. 例 6.35 N = {1, 2, 3, 4} とする.N は完備集合族.1 点集合全体と N からなる集合族は完備.1 点集合全体と {1, 2} , {2, 3} , {3, 1} からなる集合族 E1 は完備ではないが,それに {1, 2, 3} を加え たものは完備.1 点集合全体と {1, 2} , {2, 3} , {3, 4} からなる集合族 E2 は完備であるが,それに {1, 3} を加えたものは完備ではない({1, 2, 3} が完備なので) *29 ある集合 X 上の (無向) グラフ(graph)とは,X の 2 点部分集合全体の部分集合.ここからの類推で,X の部分 集合族は Hypergraph とよばれる 42 集合族 E が, 「S, T ∈ E かつ S ∩ T ̸= ∅ ならば S ∪ T ∈ E 」という性質をもつとき,E を union stable であるという. 例 6.36 N の分割は union stable.E = {i をふくむ集合全体 } は union stable 補題 6.37 E が 1 点集合をすべて含み,かつ union stable であるならば,完備である 練習問題 6.38 上の補題を証明せよ. Union Stable という条件は便利ではあるが,完備性よりは厳密に強い性質である. 練習問題 6.39 E が N の 1 点集合全体と,{i, i + 1} の形をした 2 点集合全体からなるとする.こ のとき E は union stable ではないが完備であることを証明せよ.{ {1, k} : k = 1, ..., n} に 1 点集 合全体を付け加えたものはどうか. この文脈において完備性が本質的であることは,次の補題から推測できるだろう. 補題 6.40 x と y が E-cominimum であることと,Υ (E)-cominimum であることは同値. 完備集合族については,cominimum additivity とメビウス係数の関係がきれいに対応する. 定理 6.41 ゲーム v が E-cominimum additive であるならば,そのメビウス係数 {βT } について T ̸∈ Υ (E) ならば βT = 0 が成立する.したがって,E が完備集合族であれば,v が E-cominimum ∑ additive であることと,v = T ∈E βT uT の形にかけることは同値である. 証明. T が 1 点集合ならば明らかに成立.k > 1 として,|T | < k なる集合 T について正しいとす る.すなわち,|S| < k ならば v (S) = ∑ T ⊆S かつ T ∈Υ(E) βT |T | = k として T ̸∈ Υ (E) とすると,定義よりある {i, j} ⊆ T について {i, j} ⊆ E ⊆ T とな る E ∈ E は存在しないから,{i, j} ⊆ E ′ ⊆ T となる E ′ ∈ Υ (E) も存在しない.(もしあれば, {i, j} ⊆ E ⊆ E ′ となる E ∈ E があるはず.)一般性を失うことなく,{i, j} = {1, 2} とする. T1 := T \ {1},T2 := T \ {2} とおく. ここで x = 1T1 , そして y = 1T2 とおけば,x と y は E-cominimum である.実際,E\T ̸= ∅ なる E ∈ E については E\T で x と y はともに最小化されるから,E ⊆ T なるものだけを 調べればよい.すると x と y の最小化元が異なるのは,{i, j} ⊆ E となる場合だけであるが, T ̸∈ Υ (E) であるからそのような E は存在しない.したがって,v が E-cominimum additive ∫ ∫ ∫ ∫ であることから xdv + ydv = (x + y) dv をえる.一般に, 1S dv = v (S),また一般に 1T1 + 1T2 = 1T1 ∪T2 + 1T1 ∩T2 が成り立ち,1T1 ∪T2 と 1T1 ∩T2 とが Comonotonic になることをつか えば,以上のことから v (T1 ) + v (T2 ) = v (T1 ∪ T2 ) + v (T1 ∩ T2 ) , = v (T ) + v (T \ {1, 2}) , 43 を得る. 一方で,|T1 | < k と |T2 | < k が成り立つので,v (T1 ) = ∑ S⊆T2 かつ S∈Υ(E) ∑ βT + βS ,そして v (T \ {1, 2}) = S(T かつ S∈Υ(E) ∑ ∑ S⊆T1 かつ S∈Υ(E) S⊆T \{1,2} かつ S∈Υ(E) βS ,v (T2 ) = βS である.また,v (T ) = βS である.ここで T = T1 ∪ T2 であり,また E ∈ Υ (E) かつ E ⊆ T な らば,E は 1 点集合であるか,さもなければ E ⊆ T1 あるいは E ⊆ T2 のどちらか片方が成り立つ ことになることに注意しよう.したがって,(v (T ) + v (T \ {1, 2})) と (v (T1 ) + v (T2 )) をメビウ ス係数の和で表現したときおのおのの βS が現れる場所を比較すれば, (v (T ) + v (T \ {1, 2})) − (v (T1 ) + v (T2 )) = βT をえる.したがって,βT = 0 でなければならない. さ て ,variation aversion/loving 型 の 関 数 を 少 し 書 き 換 え ,f (x) ∑n−1 i=1 = ∑n i=1 δ i xi + (εi max (xi+1 − xi , 0) + γi max (xi − xi+1 , 0)) と い う 形 を 考 え る と ,こ ん ど は ト レ ン ドにたいして異なる嗜好を持つ選好関係を表すことが出来る.つまり,効用が上昇傾向にあるとき にはその増分が ε で評価され,減少傾向にあるときにはその下降分が γ で評価されるため,この個 人は上昇トレンドと下降トレンドに対して異なる反応をする.*30 ∑ これは一般に, T ∈N βT mini∈T x (i) + γT maxi∈T x (i) の形状をする関数にも応用範囲がある ことを表している.他方でこのように min 関数と max 関数を混ぜてしまうと,それらは一次独立 ではないから一意に表現系を確定することが出来なくなる.そのため,評価するための集合族 N にあらかじめ制約を入れておく必要が生じて悩ましいが,工夫すれば上記に類似した結果を得るこ とも出来る.*31 6.5 Concave Integral すでに式(10)で見たように,Choquet 積分は,与えられた関数をその値の高いほうから低い ほうに並べ直したのち,関数の下側の領域の大きさを計算する.背景にあるゲームが加法的であれ ば,このように並べ替えをしてもしなくても,領域の大きさには変わりがないが,加法的でないと きには,並べ替え方に依存して領域の大きさは異なる.言いかえれば,Choquet 積分は特定の並べ 方を指定することによって,領域の計り方を一意に定めているのである. 見方を変えれば,異なる並べ方を考えることにより,さまざまな変種を考えることが出来る.以 下はその中でも有力な一例である.*32 *30 *31 *32 J. Shalev, 1997, “Loss aversion in a multi-period model”, Mathematical Social Sciences, 203–226. くわしくは Kajii, A., Kojima, H. and T. Ui, ”Coextrema Additive Operators”, Chapter 6 in S. K. Neogy, A. K. Das and R. B. Bapat (eds.), ”Modeling, Computation and Optimization”, Statistical Science and Interdisciplinary Research - Vol. 6, World Scientific, April 2009. Ehud Lehrer, “A new integral for capacities”, Econ Theory (2009) 39:157–176 DOI 10.1007/s00199-0070302-z 44 定義 6.42 集合関数 v に対し, { F (v) := f : f は RN + 上の一次同次な凹関数で, すべての E ∈ N に対し f (1E ) ≥ v (E) } とおく.このとき,非負の関数 x の v による concave integral を ∫ cav xdv := min f (x) f ∈F(v) と定める. concave integral は,1 次同次な凹関数の min であるから,x の関数として,RN + 上で定義された 1 次同次な凹関数である.しかし,Choquet 積分とは異なり,集合関数 v に関して線形ではない. ∫ 定理 6.19 を思い出すと,ゲーム v が凸ゲームであれば,x 7→ xdv は一次同次な凹関数で ∫ あり,しかも 1E dv = v (E) であるから,この関数は F (v) に属する.ここからただちに, ∫ cav ∫ xdv ≤ xdv であることが分かる.後で見るように,この値は実際には等しい.つまり,凸 ゲームに対しては concave integral は Choquet 積分と等しい. Choquet 積分との関連をさらに明確にするため,非負関数 x を,非負のウエイト αR をもちいて ∑ x= αR 1R R∈N のかたちに書こう.このような表現は,必ず存在する.実際,Choquet 積分では,x に適応した並 べ替え π をもちい,Ei = {π (i) , ..., π (n)} として, x = x (π (1)) 1E1 + n ∑ {x (π (i)) − x (π (i − 1))} 1Ei i=2 の形への書き直しに注目した. ここで,αE1 = x (π (1)),αEi = x (π (i))−x (π (i − 1)),i = 2, ..., n, さらにこれら以外の提携 R にたいしてすべて αR = 0 とおけば,これが x = ∑ R∈N αR 1R の形に なっていることが容易に確認できる. 定理 6.43 x を非負関数とすれば,以下の 2 式が成り立つ. ∫ cav xdv = max { ∑ R ∫ 証明. (13) x = cav αR v (R) : x = ∑ αR 1R for some αR ≥ 0, R ∈ N } (13) R∈N { } xdv = min p · x : p ∈ RN , p (S) ≥ v (S) for all S ∈ N (14) ∑ αR 1R for some αR ≥ 0, R ∈ N の形にかいたとき,f ∈ F (v) であれば, (∑ ) ∑ ∑ f が一次同次な凹関数であることから,f R∈N αR 1R ≥ R∈N αR f (1R ) ≥ R∈N αR v (R) ∫ cav ∑ が成り立つ.したがって, xdv ≥ R αR v (R) が成立する. メモ: R∈N 式 (13) の右辺は,concave closure と呼ばれるもの.(おそらく Lovasz の論文に既出) 45 7 厚生経済学の基本定理と投機的取引の不可能性 7.1 厚生経済学の基本定理 以下に述べる厚生経済学の基本定理は,市場均衡理論における最も本質的かつ基礎的な結果で ある. 定理 7.1 (厚生経済学の基本定理) 集合 Vi ⊆ RL ,i = 1, ..., I, は非空開凸集合で,0 がその閉包に 属するとする.このとき以下の 2 条件は同値である: (1)価格による分権化:ある非負ベクトル p ∈ RL + ,p ̸= 0 が存在して,p · Vi > 0 がすべての i に ついて成立する; (∑ I i=1 (2)効率性: ついて, ∑I i=1 ) ( ) Vi ∩ −RL + = ∅ (すなわち,任意のベクトルの組 xi ∈ Vi , i = 1, ..., I, に xi は少なくとも一つの正の要素を持つ) (∑ ) I p· Vi > 0 がすべての i について成立するならば,p· V > 0 である.他 i i=1 ( ) ( ) ∑ I L 方,p ≥ 0 であるから,z ∈ −RL V ∩ −R =∅ i + であれば p · z ≤ 0 となる.したがって + i=1 証明. (1) ⇒ (2) : である. ) ( (∑ ( ) ) I L L V も −R V も凸集合であるから, + i i i=1 i ∩ −R+ = ∅ であれば,分離 ( ) ∑ 定理(定理 1.12)により,ある p ̸= 0 が存在して p · ( i Vi ) ≥ p · −RL + が成立する.もし p が ( ) L 負の要素を持てば,p · −RL + はいくらでも大きくなるので不可.したがって,p ∈ R+ である. ( ) ( ) ∑ L また p · −RL + は最大値 0 をとるから,p · ( i Vi ) ≥ 0 ≥ p · −R+ でなければならない. (2) ⇒ (1) : ∑ 以下,p · Vi > 0 がすべての i について成立することを示す.仮定により 0 は Vi の閉包に属す るから,それぞれの j = 1, ..., I, について,点列 zjn ∈ Vj ,n = 1, 2, ..., で limn→∞ zjn = 0 とな るものを見つけることが出来る.いま xi ∈ Vi とすれば,xi + ( p · xi + ∑ n j̸=i zj ) ∑ n j̸=i zj ∈ ∑I i=1 Vi であるから, ≥ 0 がすべての n について成り立つ.ここで,n にかんして極限をとれば, p · xi ≥ 0 であることがわかる.つまり,xi ∈ Vi ならば p · xi ≥ 0 であることが示された.ここ でもし p · xi = 0 となるような xi ∈ Vi があれば,Vi が開集合であることから,p · x′i < 0 となる x′i ∈ Vi が見つかることになり矛盾する.よって,xi ∈ Vi ならば p · xi > 0 である. 上記の定理が,純粋交換経済における厚生経済学の基本定理に対応していることをみておこう. いま,各消費者 i は,効用関数 ui で規定され,消費 x ¯i をおこなうものとする.消費は実現可能, つまり経済全体の総資源を e であらわせば, ∑I i=1 x ¯i = e をみたすものとする. そこで集合 Vi を Vi = {x − x ¯i : ui (x) > u (¯ xi )} とおく.すると,p · Vi > 0 が成り立つこと と,ui (x) > u (¯ xi ) であればかならず p · (x − x ¯i ) > 0 となることとは同値である.よって,定 理の条件(1)は,各 x ¯i が予算 p · x ¯i のもとで効用を最大にしていることを意味する.他方で, zi − x ¯i ∈ Vi がすべての i についてなりたてば,すべての消費者は,消費 zi を x ¯i より好み, ∑ ∑ I ¯i ) = i zi − e は,(zi )i=1 を実現するために不足する財の量をあらわす.したがって, i (zi − x 46 条件(2)は,すべての消費者の厚生を同時に高めようとすると,少なくともひとつの財が不足す ること,すなわち配分 x ¯ = (· · · , x ¯i , · · · ) がパレート弱効率的であることに対応する. 課題 7.2 背景にある生産活動を記述するために,経済における総生産可能性を集合 Y であらわす ことにしよう.ここで,総生産集合をあらわす Y ∈ RL は原点を頂点とする閉凸錐であるとする. 定理 7.1 をこの場合に拡張せよ(定理 7.1 の設定は,Y = −RL + となる特殊形とみる) 註 7.3 定理 7.1 において,(1) ⇒ (2) を厚生経済学の第 1 基本定理,(2) ⇒ (1) を厚生経済学の第 2 基本定理という.証明からわかるように,凸性が本質的な役割を果たすのは厚生経済学の第 2 基 本定理においてである. ただし,このように解釈したとき,それぞれの Vi が RL の開集合であるという前提は,効用関 数の連続性より強い要請であることに注意しておこう.効用関数が連続であれば,この集合は効用 関数の定義域の(相対位相で)開部分集合であるが,RL の開集合とは限らないからである(たと えば消費ベクトルが消費集合の境界にある場合を考えよ) .つまり,それぞれの Vi が開集合である という前提は,消費ベクトルが消費集合の内点であること,すなわち各消費者がすべての財を消費 していることを暗黙に仮定するという意味合いがある.しかし,財のいくつかが生産の途中だけで 発生する中間財であるような場合を考えると,この前提は妥当とはいえないだろう. しかしながら,上の証明において,Vi が RL の開集合であるという条件は,「xi ∈ Vi ならば p · xi ≥ 0」から「「xi ∈ Vi ならば p · xi > 0」を導くところだけに用いられていることがわかる. したがって,分権化の条件において妥協し, 「xi ∈ Vi ならば p · xi ≥ 0」で満足すれば,開集合であ るという条件は取り去ることが出来る.あるいは,p · xi = 0 となる xi ∈ Vi があったとして,価 格の非負性から xi において少なくとも1つの財の消費量は正であることがわかるから,ここでも しその財の価格が正であれば,その財の消費を減らすことで矛盾を導くことが出来る.つまり,少 し生産に構造をいれることを許し,価格が正になることを保障すれば,やはり開集合であるという 条件は取り去ることが出来る. 上記の議論を踏まえて,結果を整理しなおしておこう. 定理 7.4 (厚生経済学の第1基本定理) 集合 Vi ⊆ RL ,i = 1, ..., I, と集合 Y ⊆ RL について,以 下の条件(1)は条件(2)を意味する: (1)価格による分権化:ある非負ベクトル p ∈ RL + が存在して,p · Vi > 0 がすべての i について 成立し,p · Y ≤ 0 が成り立つ; (2)効率性: (∑ I i=1 ) Vi ∩ Y = ∅ 証明. p · Vi > 0 がすべての i について成立すれば,p · あるから, ∑I i=1 (∑ I i=1 ) Vi > 0 である.他方,p · Y ≤ 0 で Vi の元は Y に属し得ない. 定理 7.5 (厚生経済学の第2基本定理(1)) 集合 Vi ⊆ RL ,i = 1, ..., I, は非空凸集合かつ原点 0 がその閉包に含まれるとする.集合 Y ⊆ RL は原点を頂点とする凸錐で −RL + ⊆ Y であるとする. 47 このとき以下の条件(2)は条件(1)を意味する: (1)価格による弱分権化:ある非負ベクトル p ∈ RL + ,p · Vi ≥ 0 がすべての i について成立し, p · Y ≤ 0 が成り立つ; ) (∑ I V (2)効率性: i=1 i ∩ Y = ∅ ) (∑ I V ∩ Y = ∅ であれば,分離定理(定理 1.12)に V も Y も凸集合であるから, i i i=1 i ∑ より,ある p ̸= 0 が存在して p · ( i Vi ) ≥ p · Y が成立する.仮定により Y は原点を頂点とする ∑ 凸錐で −RL + を含むから,p · ( i Vi ) ≥ 0 ≥ p · Y でなければならない. 証明. ∑ 以下,p · Vi ≥ 0 がすべての i について成立することを示す.仮定により 0 は Vi の閉包に属す るから,それぞれの j = 1, ..., I, について,点列 zjn ∈ Vj ,n = 1, 2, ..., で limn→∞ zjn = 0 とな るものを見つけることが出来る.いま xi ∈ Vi とすれば,xi + ( p · xi + ∑ n j̸=i zj ) ∑ n j̸=i zj ∈ ∑I i=1 Vi であるから, ≥ 0 がすべての n について成り立つ.ここで,n にかんして極限をとれば, p · xi ≥ 0 であることがわかる.つまり,xi ∈ Vi ならば p · xi ≥ 0 であることが示された. 定理 7.6 (厚生経済学の第2基本定理(2)) 集合 Vi ⊆ RL ,i = 1, ..., I, は非空凸集合かつその閉 包に 0 を含むとする.また x ∈ Vi ならば,ある 0 でない非負ベクトル ξ > 0 に対して,x − ξ ∈ Vi であるとする.集合 Y ⊆ RL は原点を頂点とする凸錐で −RL + \ {0} ⊆ intY (つまり,任意の0で ない非正ベクトルは,Y の内点)であるとする.このとき以下の条件(2)は条件(1)を意味す る: (1)価格による分権化:ある非負ベクトル p ∈ RL + ,p · Vi ≥ 0 がすべての i について成立し, p · Y ≤ 0 が成り立つ; ) (∑ I (2)効率性: i=1 Vi ∩ Y = ∅ ) (∑ I V ∩ Y = ∅ であれば,分離定理(定理 1.12)に V も Y も凸集合であるから, i i i=1 i ∑ より,ある p ̸= 0 が存在して p · ( i Vi ) ≥ p · Y が成立する.仮定により Y は原点を頂点とする ∑ 凸錐で −RL + を含むから,p · ( i Vi ) ≥ 0 ≥ p · Y でなければならない. 証明. ∑ ここで,p >> 0 でなければならないことに注意しておく.集合 Y の内核に −RL + \ {0} が含まれ ることから,もし p に 0 になる要素があれば,p で正になる要素がすべて厳密に正で,0 になる要 素は −1 であるベクトル θ ∈ Y が存在することになるが,p · θ > 0 となるのでこれは起こりえな い.よって,p の要素に 0 は無い. 以下,p · Vi ≥ 0 がすべての i について成立することを示す.Vi は非空であるから,適当な要素 vi ∈ Vi を固定し,仮定により 0 は Vi の閉包に属するから,それぞれの j = 1, ..., I, について,点 列 zjn ∈ Vj ,n = 1, 2, ..., で limn→∞ zjn = 0 となるものを見つけることが出来る.いま xi ∈ Vi と すれば,xi + ∑ n j̸=i zj ∈ ∑I i=1 ) ( ∑ Vi であるから,p · xi + j̸=i zjn ≥ 0 がすべての n について成 り立つ.ここで,n にかんして極限をとれば,p · xi ≥ 0 であることがわかる.つまり,xi ∈ Vi な らば p · xi ≥ 0 であることが示された. 最後に,p · Vi > 0 がすべての i について成立することを示す.仮に xi ∈ Vi かつ p · xi = 0 で あるとしよう.Vi の仮定より,ある 0 でない非負ベクトル ξ > 0 に対して,x − ξ ∈ Vi である. 48 p >> 0 であったから,p · ξ > 0 であるが,すると p · (x − ξ) < 0 となるので矛盾する. 7.2 主観的確率の一致と取引可能性 理想化された財が1つだけ存在する経済において,I 人の経済主体がなんらかの不確実性に直面 しているとしよう.不確実性は有限の状態空間 Ω = {1, ..., n} で表現されている.△ (Ω) で Ω 上 の確率測度全体をあらわすことにし,それぞれの確率測度は,自然に Rn の元と同一視する. 各経済主体 i について,状態 ω における追加的消費(純取引)を xi (ω) であらわすことにする. いま,状態が判明する前,すなわち事前の段階で,各状態においてどれだけの取引を行うのかを契 約できるとしよう.すると,すべての状態 ω において n I ル x = (· · · , xi , · · · ) ∈ (R ) ∑I i=1 xi (ω) ≤ 0 が成立するならば,ベクト *33 は実行可能な取引をあらわす. 経済主体 i は,状態の生起確率についていくつかのシナリオをもっていて,それは非空閉凸集 合 Pi ⊆ △ (Ω) であらわされるものとする.彼の選好は「Ellsberg 的」であり,minp∈Pi p · xi を もって,純取引 xi ∈ Rn を評価するものとしよう.もしも取引ベクトル x = (· · · , xi , · · · ) が, minp∈Pi p · xi > 0 をすべての i についてみたすのであれば,すべての消費主体はこのベクトルが あらわす契約に合意できるだろう. I 定義 7.7 純取引ベクトル x = (· · · , xi , · · · ) ∈ (Rn ) について,すべての状態 ω ∈ Ω におい て ∑I i=1 xi (ω) ≤ 0 がなりたつとき,x は実行可能であるという.実行可能な純取引ベクトル x において,すべての経済主体 i について minp∈Pi p · xi > 0 が成立するとき,(先験分布の集合 {Pi : i ∈ I} に関して)x は事前に合意可能であるという. 取引の事前合意可能性は,初期状態を(与えられた Ellsburg 的な評価基準により)パレートの 意味で改善できるということに他ならない.つまり,事前に合意可能な純取引ベクトルが存在しな いことと,初期状態がパレート効率的であることは同義である. 次のように解釈もできる.仮に,各主体は自分の先験分布だけではなく,他人の先験分布も知っ ているとしよう.いうなれば,各主体がいかなる先験分布をもつのかが,完全な公開情報になって いるのである.もし純取引ベクトルが事前に合意可能であるとは,その公開情報に基づき,全員 が,その取引がお互いに利益になるということを,確信できるということである. 次の特徴づけは,厚生経済学の基本定理から直ちに導かれる.*34 *33 ある経済主体が状態 ω はありえないと考えているとしたら,彼はその状態における制約式を無視してもかまわない と主張するかもしれない.したがって,この定義の背景にある暗黙の前提は,どの状態 ω についても,少なくとも 1 人の経済主体がそれが起こりえると信じているということである. *34 この種の問題をはじめに分析したのは,Dow, J., Werlang, S. R. C. (1992) ”Uncertainty Aversion, Risk Aversion, and the Optimal Choice of Portfolio,” Econometrica, 60(1), 197-204 や Billot, A., A. Chateauneuf, I. Gilboa, and J.M. Tallon, (2000) ”Sharing Beliefs: between Agreeing and Disagreeing”, Econometrica, 68 , 685-694. である.その後,これらの一般化はさまざまに行われたが,奇妙ななことに厚生経済学の基本定理 とのあきらかな関連は,ほとんど強調されていない. 49 命題 7.8 以下の 2 条件は同値である.(1)∩Ii=1 Pi ̸= ∅; (2)事前に合意可能な純取引ベクトル は存在しない. 証明. 各 i について,集合 Vi := {xi ∈ Rn : minp∈Pi p · xi > 0} とおく.Vi は凸集合である.ま た,Pi が閉集合(したがってコンパクト)であるから,Vi は開集合であり,0 は Vi の境界点で ある. さて,q ∈ Rn について,q · Vi > 0 ⇔ q ∈ Pi である.実際,q ∈ Pi ⇒ q · Vi > 0 は構成法 より明らか,またもし q ∈ / Pi ならば q ∈ / co (Pi ∪ {0}) であるから,分離定理(定理 1.11)より q · xi < 0 < Pi · xi となる xi ∈ Rn が存在する.すると xi ∈ Vi であるから,q · Vi > 0 とはなりえ ない.したがって,厚生経済学の基本定理 7.1 の条件(1)は,∩Ii=1 Pi ̸= ∅ と同値である. また,このように Vi を定めれば,定理 7.1 の条件(2)は,事前に合意可能な純取引が存在しな いことを言い換えたものである.したがって,定理 7.1 によりこの命題の主張が示された. この結果は,共通の状態に関する主観確率先験分布を持つこと,すなわちこの意味で状態に関す る共通の認識を持つことが,効率性と等価であることを意味すると解釈できる.たとえば,各経済 主体が凸ゲームで表される非加法的な確率をもっているばあいには,それらのコアが共通部分をも つことが,効率性の特徴づけになるのである.ただし,効率性の特徴づけだけでいえば,主観的確 率が非加法的な測度で表されるかどうかというのは問題ではないが,もし凸ゲームで主観的確率が 表されるのであれば,より弱い効率性の条件で状態に関する共通の認識を持つことを特徴付けるこ とが出来る.*35 各主体 i が minp∈Pi ∑ ω∈Ω p (ω) ui (xi (ω)) をもって,純取引 xi ∈ Rn を評価するものとしよ う.ここで,ui は 0 において微分可能な増加凹関数とする.このとき,命題 7.8 はどのように書き 換えられるか,簡単に議論しておく. まず,u が増加連続な凹関数だとして,関数 U (x) := minp∈P べておこう.p >> 0 であれば, ∑ ∑ ω∈Ω p (ω) u (x (ω)) の性質を調 p (ω) u (x (ω)) は x に関して増加関数であるから,集合 P ∑ が厳密に正のベクトルからなるならば,U は増加関数である.また ω∈Ω p (ω) u (x (ω)) は,連続 ω∈Ω 凹関数 p (ω) u (·) の和であるから凹関数で,連続凹関数族の最小値をとったものはやはり連続な凹 関数であるから,U は連続な凹関数である. したがって,固定された x ¯ ∈ Rn にたいし,集合 {x ∈ Rn : U (x) > U (¯ x)} は凸開集合であ る.見通しをよくするため,仮に P が1点集合で,u がそれぞれの x ¯ (ω) において微分可能で ∂U (¯ x) ある場合を考えてみよう.このときは U も微分可能で, ∂x(ω) = p (ω) u′ (¯ x (ω)) であるから, q (ω) := p (ω) u′ (¯ x (ω)) とおけば,凹関数の基本性質から任意のベクトル z に対し q · (z − x ¯) ≥ U (z) − U (¯ x) (15) であるから,特に U (z) − U (¯ x) > 0 ⇒ q · (z − x ¯) > 0 *35 くわしくは Kajii, A. and T. Ui, (2006), ”Agreeable Bets with Multiple Priors”, Journal of Economic Theory 128, 299-305. 50 が成り立つ. 関係式(15)の性質を満たすベクトル q は,関数 U の x ¯ における優微分ベクトル(super differential)と呼ばれる.つまり,上記の議論はベクトル (p (ω) u′ (¯ x (ω)))ω∈Ω が x ¯ における優微 分であることを確認しているのである.一般に,凹関数は定義域の任意の点において優微分ベクト ルを持つ. より一般的には,次の性質が成り立つ*36 . 補題 7.9 凹 関 数 u は x ¯ (ω),ω ∈ Ω,に お い て 微 分 可 能 で あ る と し ,P ⊆ △ (Ω) ∑ を 非 空 閉 凸 集 合 と し ,関 数 U を U (x) := minp∈P ω∈Ω p (ω) u (x (ω)) と 定 め る . { } Q := (p (ω) u′ (¯ x (ω)))ω∈Ω : p ∈ P と お く .こ の と き ベ ク ト ル q ∈ Rn に か ん す る 次 の 2 条件は同値である: (1)U の定義域にある任意の z にたいして,U (z) − U (¯ x) > 0 ⇒ q · (z − x ¯) > 0 が成り立つ. (2)ある λ > 0 が存在して,λq ∈ Q がなりたつ. 7.3 投機的取引の不可能性 (No Trade Theorem) 前節の結果は,先験確率で表される各個人の思惑が異なるとき,またそのときに限り取引が行わ れるというものであった.この節では,個人間で先験確率が異なる理由は何かまですこし掘り下げ て,「投機的取引」の意義を考える.*37 個人間で先験確率が異なる理由は,まず第一に状態に関する彼らの基本的認識や予想がそもそも 異なっていることに起因するであろう.第二に,取引が行われる前にえられる何らかの追加的情報 により,その情報を織り込むことで確率評価が変化することが考えられる. 前者の効果を,与えられた事前分布 p∗i ∈ △ (Ω) でとらえることにしよう.命題 7.8 ですでに見 たように,事前の効率性とこれらの事前分布が一致することは同値である.いいかえれば,お互い に利益のあることを確信できるような取引が存在することと,誰かの事前分布が一致しないことに 等しい. 後者の効果を見るために,各個人 i は状態空間 Ω に関して何らかの追加的な個人情報をもって取 引するものとしよう.個人 i の情報は,情報シグナル (Si , σi ) であらわされるものとする.ここで Si は有限集合で,σi : Ω → ∆(Si ) なる関数であり,σ(si |ω) を真の状態が ω ∈ Ω であるとき,個 ∑ 人的に si ∈ Si を知る確率であると解釈する.定義により,σ(si |ω) は非負で, si ∈Si σ(si |ω) = 1 が各 ω ∈ Ω について成り立つ. *36 実は,凹関数であれば,優微分が常に存在するから,以下において微分可能性は本質的ではない. *37 「投機的取引」が何を意味すべきであるのかは,存外明らかではない.この問題を最初に定式化したのは Milgrom, P. and N. Stokey (1982), “Information, Trade, and Common Knowledge,” Journal of Economic Theory, 26, pp. 17–27 である.彼らは,Aumann, Robert J. (1976). ”Agreeing to Disagree”. The Annals of Statistics 4 (6): 1236–1239 が定式化した Common Knowledge のアイディアを利用して投機的取引の意味を定義した. しかし,彼らの意味付けはあまり明快とはいえない.効率性を手がかりに,問題をきれいに整理したのは Morris, S. (1994), “Trade with Heterogeneous Prior Beliefs and Asymmetric Information,” Econometrica, v. 62, pp. 1327-47 であり,以下の分析も Morris の設定に準じている. 51 ベイズ公式により,情報シグナル si ∈ Si を受けたとった後の条件付確率分布 pi (·|si ) ∈ ∆(Ω) は σi (si |ω)p∗i (ω) ∗ ω∈Ω σ(si |ω)pi (ω) pi (ω|si ) = ∑ ∀ω ∈ Ω,∀si ∈ Si (16) で与えられる. 各主体が個人的に得た情報組 s¯ = (· · · , s¯i , · · · ) ∈ · · · × Si × · · · を所与とすれば,そのとき追加 的取引が行われるかどうかは,(16)で与えられる確率分布を前節の分析における事前確率である かのごとくあつかえばよい.もし合意できる取引があれば,構成法より,各主体はこの取引によっ て自分には利益があると確信している. しかしながら,個人 i は,他の個人 j が,同じ取引から利益を得るかどうかの確信はない.なぜ なら,シグナルは個人情報であるから,s¯i を知っても,個人 j がいかなる情報を得ているかは分か らないからである.この文脈において,各主体が自分の分布だけではなく,他人の分布も「知って いる」と前提できないのだ. では,すべての個人が,全員がこの取引からの利益があると,完全に確信を持つのはどのような 状況だろうか.いいかえれば,お互いにメリットのある取引であると全員が完全に合意できるのは いかなる状況においてであろうか. このためには,単にあたえられた s¯ において取引が合意可能であっても十分でない.全員が合意 できるためには,すくなくとも各個人 i は,si = s¯i となるようなすべてのシグナルの組み合わせ s について,自分以外のすべての個人が,利益を得ていることを確信する必要がある.ところが,彼 は他人が得ている s−i がどのようなものか知らないから,利益があることを確信するためには,結 局これがすべての s−i について成り立つのと等しい. これがすべての個人の立場でなりたつということは,結局以下の条件を満たすことを要請するこ とに他ならない. I 定義 7.10 実行可能な純取引ベクトル x = (· · · , xi , · · · ) ∈ (Rn ) が全員に利益をもたらすことが 全員に確信される(あるいは,取引が全員に利益をもたらすことが共有知識(common knowledge) である)とは, ∑ ω∈Ω xi (ω)pi (ω|si ) > 0 がすべての i ∈ {1, · · · , I} と si ∈ Si について成立する ことをいう. 解釈はともあれ,これはある種の効率性の概念である.それを見るために,各個人 i について, P¯i := co {pi (·|si ) : si ∈ Si } (17) ∑ とおく.構成法より,P¯i は Rn の非空閉凸集合である.また,個人 i について, ω∈Ω xi (ω)pi (ω|si ) > 0 がすべての si ∈ Si について成立すること,p · xi > 0 がすべての p ∈ P¯i について成立すること は同値であることにも注意しておく.したがって, { } Vi := x ∈ Rn : p · xi > 0 for all p ∈ P¯i と定義しておけば,以下の結果が得られる. 52 (18) 補題 7.11 実行可能な純取引ベクトル x にかんする以下の2条件は同値である: クトル x が全員に利益をもたらすことが全員に確信される; (2)純取引ベクトル x は先験分 } 布の集合 P¯i : i ∈ I に関して事前に合意可能. { 証明. 純取引ベクトル x について,どの i にとっても, (1) 純取引ベ ∑ ω∈Ω xi (ω)pi (ω|si ) > 0 がすべての ¯ si ∈ Si について成立することと,p · xi > 0 がすべての p ∈ Pi について成立することが同値である ことを示せばよい.各 pi (·|si ) は P¯i に含まれるから,後者が成り立てば前者も成り立つことは明 らか.他方,P¯i は有限個のベクトル pi (·|si ) ∈ ∆(Ω),si ∈ Si ,の凸包だから,arg minp∈P¯i p · xi はこれらのベクトルを少なくとも一つ含む.したがって, ∑ ω∈Ω xi (ω)pi (ω|si ) > 0 がすべての si ∈ Si について成り立てば,minp∈P¯i p · xi > 0 である. 次の結果のうち,は,しばしば Impossibility of speculative trade あるいは No trade theorem と呼ばれるが,上の補題に注意すれば,これは命題 7.8 から直ちに導かれる.命題 7.8 は厚生経済 学の基本定理の系であったから,結局 No trade theorem は厚生経済学の基本定理の系であるとい える.*38 定理 7.12 以下の4条件は同値である:(1) な実行可能取引が存在しない; 引は存在しない; 全員に利益をもたらすことが全員に確信されるよう } { (2) 先験分布の集合 P¯i : i ∈ I にかんして事前に合意可能な取 (3)ある先験分布 pˆ ∈ ∆(Ω) が存在して,各個人 i について適当な確率分布 θi ∈ ∆(Si ) をさだめれば,pˆ = ∑ si ∈Si pi (·|si )θi (si ) とできる;(4) ある先験分布 pˆ ∈ ∆(Ω) が 存在して,すべての個人 i について,ベイズ公式(16)において p∗i を pˆ におきかえて計算した事 後分布はすべての si ∈ Si において pi (·|si ) と一致する. 証明. (1)と(2)が同値であることは,上の補題から明らか.(3)と(4)はベイズの定理 から同値である.(証明は練習問題とする).(3)は,∩Ii=1 P¯i ̸= ∅ を言い換えたに過ぎない.した がって命題 7.8 により,(3)と(2)は同値条件である. 課題 7.13 各主体 i が期待効用を最大化するベイジアンで,財に対する効用が微分可能な増加関数 ui であらわされるものとしよう.このとき,定理 7.12 はどのように書き換えられるか. *38 No Trade Theorem はさまざまな設定で証明されているが,厚生経済学の基本定理の応用であることはほとんど 認識されておらず,前述の Morris 論文も例外ではない.ここで紹介した議論は,Kajii, A. and T. Ui, “Interim Efficient Allocations under Uncertainty” Journal of Economic Theory 144 no. 1, (January 2009) 337-353. 53 8 非加法的確率と情報 この章では,全単調なゲーム,v = ∑ T βT uT , βT ≥ 0 with ∑ T ∈N βT = 1 を考え,これを非 加法的な確率とみなして、情報に関する確率アップデートの問題を考える.*39 βT を(あいまいな)事象 T ∈ N がおこる主観的確率とみなす.すなわち,通常の加法的確率の 世界とは,事象 T は単にそれが含む状態の和であり,事象自体には内在的な意味はないもの. 例 8.1 N = {1, 2, 3} , v = (1 − ε) p + εu{2,3} とすれば,これは状態 2 と 3 の区別に「あいまい さ」があるEllsberg的な環境.このとき,事象 {2, 3} に与えられたウエイト ε は(状態 2 と 3 とは切り離して)事象 E 自体がえられる確率と解釈する. T が与えられたものとして,それと整合的な確率分布は q ∈ △ (T ).おのおのの T ∈ N につ いて,整合的な qT ∈ △ (T ) が選ばれるとすれば,それを事前に評価すると,i ∈ N が起こる 確率は ∑ C (v) = βT qT (i) となる.一方,v のコアは,C (uT ) = △ (T ) とコアの加法性を用いれば, ∑ T βT △ (T ) と書けるから,以上の方法で得られる確率ベクトル T βT qT 全体は v の T ∑ コアと一致することがわかる. このような状況で,ある事象 E が起こったという情報が得られたとする.v (E) > 0 を前提と する. 8.1 素朴なアップデート • BE := {S ∈ N : S ⊂ E}. • メビウス変換の定義により v (E) = ∑ S∈BE βS • 各事象 S ∈ BE に,その(通常の意味の)条件付き確率 βS /v(E) を割り当てるとする すなわち E という条件が付いたのちの確率分布全体は: ∑ S∈BE これは B vE := βS C (uS ) . v(E) ∑ S∈BE *39 βS uS . v(E) (19) 意思決定理論の文脈では,v (N ) = 1 となる非負のゲームをキャパシティ(capacity)とよぶ.さらに全単調なもの を belief function と呼ぶことがある. 54 で定義された非加法的確率のコアに他ならない.定義により B vE (A) = 1 v (E) 1 = v (E) = ∑ βS {S:S⊂E,S⊂A} ∑ βS {S:S⊂E∩A} v (E ∩ A) . v (E) (20) 8.2 証拠主義:疑わしきは棄却せず • NE := {S ∈ N : S ∩ E ̸= ∅}, すなわち NE は E と矛盾しない事象を集めたもの. ∑ • 共役ゲーム v ′ は定義により v ′ (E) = S∈NE βS , をあたえる • 以下では v ′ (E) > 0 を仮定する • β (T |E) := βT v ′ (E) を各 T ∈ NE に割り当てるとする. 案 1(慎重なアップデート): C T と整合的などの qT もつかう.この場合に得られる vE は ∑ C vE = β (T |E) uT , (21) T ∈NE で,対応するコアは ∑ ( C) C vE β (S|E) C (uS ) . = (22) S∈NE すなわち,事象 A の「事後」確率は C vE (A) = 1 ′ v (E) ∑ βS . {S:S∩E̸=∅,S⊂A} 註 8.2 このルールにおいて正の確率で「おこる」1 点集合全体は ∪ {T ∈ NE : βT > 0} となるが, これは E よりも大きくなる可能性がある.これは「疑わしいものは棄却せず」の方針からの帰結 の一つである C 練習問題 8.3 v が加法的である場合,vE は通常のベイズ的なアップデートと一致するかどうか調 べよ 案 2(Dempster - Shafer の evidence 理論*40 ): 情報 E と事象 T とに整合的でない確率分 布を削除する.すなわち各 T ∈ NE について C (uT ∩E ) の要素を割り当てる.この結果得られる *40 Dempster, A. P. (1967). “Upper and Lower Probabilities Induced by a Multi-valued Mapping,” Annals of Mathematical Statistics 38, 325–339. Dempster, A. P. (1968). “A Generalization of Bayesian Inference,” Journal of Royal Statistical Society, Series B 38, 205–247. Shafer, G. (1976). A Mathematical Theory of Evidence. Princeton, NJ: Princeton Univ. Press. 55 のは: ∑ DS vE = β (T |E) uT ∩E , (23) T ∈NE コアの形では ∑ ( DS ) C vE = β (T |E) C (uT ∩E ) (24) T ∈NE { = ∑ T ∈NE 1 βT qT : qT (T ∩ E) = 1 for every T v ′ (E) } , 事象 A の「事後」確率は DS vE (A) = v′ 1 (E) ∑ βT {T :T ∈NE ,T ∩E⊂A} ∑ 1 ∑ βT = ′ βT − v (E) T ∈NE {T :T ∩E̸=∅,Ac ∩(T ∩E)̸=∅} ∑ 1 ∑ = ′ βT − βT , v (E) c T ∈NE {T :A ∩(E∩T )̸=∅} (最後の等式は,Ac ∩ (T ∩ E) ̸= ∅ であれば T ∩ E ̸= ∅ であることから成り立つ).共役ゲーム v ′ の定義から ∑ T ∈NE βT = v ′ (E) と ∑ {T :Ac ∩(E∩T )̸=∅} βT = v ′ (E ∩ Ac ) が成立するので,上 の表現はイアkの形に書き直すこともできる: DS vE (A) = 1 − v ′ ((N \A) ∩ E)) v (A ∪ (N \E)) − v ((N \E)) = . ′ v (E) v ′ (E) 通常,式 (25) を Dempster-Shafer updating rule 例 8.4 DS (25) と呼ぶ. updating を全員一致ゲームに施すと: v = uT . The assumption v ′ (E) > 0 means DS that E ∩T ̸= ∅. Hence β (S|E) = 1 if S = T , otherwise β (S|E) = 0. So we have vE = uT ∩E . DS 練習問題 8.5 v が加法的である場合,vE は通常のベイズ的なアップデートと一致するかどうか 調べよ DS updating は統計的推定理論での最尤法(maximum likelihood estimation)と関連してい る.これをみるために P¯ := {p ∈ △(N ) : p = ∑ βT qT , qT ∈ △ (T ∩ E) if T ∩ E ̸= ∅, qT ∈ △ (T ) if not}. (26) T ∈N とおく. ¯ と p ∈ arg max{p (E) : p ∈ C (v)} は同値.すなわち,集合 P¯ は C (v) の元のう 補題 8.6 p ∈ P ち,事象 E の尤度を最大にするもの全体である. 56 証明. コアの加法性により,p ∈ C (v) でれば p = ∑ T ∈N βT qT for some qT ∈ △ (T ) の形にか ¯ ⊂C (v) であり, しかも T ̸∈ NE であれば qT (E) = 0 で け,またその逆も成立する.よって,P あることより,p ∈ C (v) ならば p (E) ≤ p= ∑ T ∑ ∑ T ∈NE βT であることがわかる.構成法から,任意の ¯ にたいし,qT (E) = 1 for any T ∈ NE でなければならないから,p (E) = βT qT ∈ P, ∑ βT qT (E) = T ∈NE βT となる. T ∈N ( ) DS DS ¯ が 定理 8.7 DS rule によってえられたキャパシティ vE について,C vE = {p (·|E): p ∈ P} なりたつ.この意味で,D S rule と最尤法は一致する.*41 証明. 任意に p = ∑ ∑ T ∈N βT qT ∈ P¯ を選び,q (·) = p (·|E) とおく.構成法から p (E) = βT = v ′ (E), となるから,qT (E ∩ T ) = 0 for every T ∈ / NE ( DS ) ∑ 1 q (·) = v′ (E) T ∈NE βT qT (·) を得る.したがって,q ∈ C vE . ( DS ) 逆に,任意に q ∈ C vE , を選んだとすると,作り方から q = T ∈NE であることに注意して, 1 v ′ (E) ∑ T ∈NE βT qT with qT ∈ △ (T ) と書けるはず.そこで.T ∈ / NE なる T については qT ∈ △ (T ) を任意に選んで固定 ∑ ¯ であり,また pˆ (·|E) = q (·) が成立する し,pˆ := T ∈N βT qT とおく.構成法より pˆ ∈ P 以上の分析では全単調なゲームを前提にしたが,解釈を気にしなければ凸ゲームに拡張すること も可能である.実は,DSルールと最尤法が一致するならば,ゲームは凸でなければならないこと を示すこともできる.*42 練習問題 8.8 ε−contamination モデル(v = (1 − ε) + εuN )において,この章で議論された 3 つ のルールを比較し,解釈せよ.また,DSルールと最尤法が上の意味で一致することを確認せよ. 9 Multiple priors (maximin 意思決定) の公理的基礎 Rn 上で定義された二項関係 ≼ を考える.点 x = (· · · , xi , · · · ) ∈ Rn を,「期待効用ベクトル」 と解釈する.すなわち,xi は状態 i が起こった時にえられる期待効用である.*43 この二項関係に ついて,x ≼ y がなりたち,かつ y ≼ x は成り立たないとき x ≺ y と定義する.以下,自明なケー *41 *42 *43 経済学に紹介されたのは,Gilboa, I., Schmeidler, D., 1993. Updating ambiguous beliefs, J. Econ. Theory 59, 33–49. Kajii, A. and T. Ui, (2005) ”Equivalence of the Dempster-Shafer rule and the maximum likelihood rule implies convexity,” Economics Bulletin, 4, 1-6. この形式のモデル化は F.J. Anscombe and R.J. Aumann (1963) “A Definition of Subjective Probability”, Annals of Mathematical Statistics, Vol. 34, p.199-205. が原点.より抽象的なフレームワークで,期待効用理 論を意思決定の立場から基礎づけた文献は,何といっても L.J. Savage (1954) The Foundations of Statistics である.Savage の本は,期待効用理論における Savage の定理の出展であり,それ自体で意義があるが,定理その ものの証明だけではなく,定理の構成にかかわる議論が素晴らしい. 57 スを排除するため,{y : x ≺ y} はどの x についても非空であるとする.*44 △◦ (N ) で,すべての i ∈ N に正の確率を与える N 上の確率ベクトル全体とする. 公理 1 ≼ は反射的(x ≼ x)で推移率 (x ≼ y, かつ y ≼ z ならば x ≼ z) をみたす 公理 2 [Independence] 任意の x, y, z と t ∈ (0, 1) について,x ≺ y であれば tx + (1 − t) z ≺ ty + (1 − t) z であり,また逆も成り立つ. tx + (1 − t) z は,各状態 i が判明したのちに,確率 t で xi ,確率 1 − t で zi をえる「事後の」期 待値とみなすことがもできるし,状態が判明する前に,t で効用ベクトル x 確率 1 − t で効用ベク トル z をえられる事前のくじとみなすこともできる.もし事前くじとみなすならば,tx + (1 − t) z と ty + (1 − t) z の差は,確率 1 − t で起こる z をえるという共通の事象にある.公理2は,この 共通の出来事は順序関係に影響を与えないという主張である. 公理 2 の要請は,見た目よりもはるかに強い.公理2が満たされていれば,x ≺ y が成立するこ とと,任意の t ∈ (0, 1] について tx ≺ ty が成り立つことは同値である.実際,x ≺ y は後者にお ける t = 1 の場合であるし,逆に x ≺ y が成立するならば,公理2で z = 0 とおけばよい. 公理 3[連続性] 任意の x について集合 {y : x ≺ y} は開集合で {y : x ≼ y} は閉集合. 公理 4 [単調性] x ≤ y ならば x ≼ y もし ≼ が期待効用関数 U (x) = ∑ i πi xi で与えられていれば(π ∈ △◦ (N )),上の公理はいず れも満たされることは容易に確認できる. 定理 9.1 (Bewley 型 Knightian Uncertainty モデル) 以下の 2 条件は同値: (1)公理1,2, 3, 4 が成り立つ; (2)ある非空閉凸集合 P ⊆ △◦ (N ) が存在して,x ≺ y ⇔ minp∈P p·(y − x) > 0. 証明. (2)が(1)を意味することはたやすく確認できる.逆に(1)が成り立つとする.公理 2より,x ≺ y と 1 2x ≺ 12 y となることが同値であることに注意しておく.K ∗ := {z : 0 ≺ z} とお く.まず,任意の x について,x ≺ y ⇔ y − x ∈ K ∗ であることを示す.条件 x ≺ y と 12 x ≺ は同値だが,後者は 0 = 12 x + また, 21 (y − x) = 1 2 1 2 (−x) ≺ 12 y + 1 2 (−x) = 1 2 1 2y (y − x) , がなりたつことと同値である. (y − x) + 12 0 であるから,再び公理2より,この条件は 0 ≺ (y − x) と同値 である. また公理 2 より K ∗ は凸錐であり,公理 1 より 0 はこれに含まれないことを示すことができる. そこで,Q := {q : q · z > 0 がすべての z ∈ K ∗ について成立 } とおけば,分離定理よりこの集合 は非空で,凸集合であることが確認できる.また公理3よりこの集合は閉集合であり,公理4より Q の元はすべて厳密に正である.よって,P := {q/ ||q|| : q ∈ Q} とおけば,(2)が成り立つ. 練習問題 9.2 上の証明中で,K ∗ は凸錐であることを証明せよ. *44 この章の分析は,Gilboa, I., Schmeidler, D., 1989. Maxmin expected utility with a non-unique prior. J. Math. Econ. 18, 141–153. に,Bewley, T. F., 1986. Knightian decision theory: Part I. Discussion Paper, Cowles Foundation. を加味したもの. 58 上記のモデルでは,二項関係は効用関数で表現できるとは限らない.なぜなら,もし表現できる とすれば公理1よりも強い下の公理が満足されなければならないからである. 公理1’ 二項関係 ≼ は反射的で推移率をみたし,かつ完備(任意の x, y について,x ≼ y ある いは y ≼ x の少なくとも一方は成り立つ)である. しかし,単に公理1を公理1’ に強めると,期待効用理論に帰着する. 練習問題 9.3 定理 9.1 で,公理1を公理1’ に置き換えると,≼ は「期待効用関数」で表現できる ことを示せ.*45 そこで公理1を公理1’ に強めると同時に,2を弱めることを考える. 公理 2’ [Certainty Independence] 任意の x, y ∈ Rn ,t ∈ (0, 1),と定数 c について,x ≺ y であ れば,tx + (1 − t) c1N ≺ ty + (1 − t) c1N であり,また逆も成り立つ. すなわち,「独立」な判断はすべての z とできるわけではなく,定数関数 c1N との結合を考えた 時に成り立つという主張である.Ellsberg 型の選好は公理1’ を前提にすると,公理2を満たさな いが,公理2’ とは矛盾しないことが確認できる. 凸性を保証するために,次の追加的公理をおく. 公理 5 [不確実性回避] 任意の x, y について,x ∼ y ならば,任意の t ∈ (0, 1) について, x ≼ tx + (1 − t) y 定理 9.4 (Gilboa-Schmeidler 型 Multiple Priors モデル) 以下の 2 条件は同値:(1)公理 1’,2’,3,4, 5が成り立つ; (2)ある非空閉凸集合 P ⊆ △ (N ) が存在して,x ≼ y ⇔ minp∈P p·y ≥ minp∈P p · x. アイディア概略. (2)が(1)を意味することはたやすく確認できる.逆に(1)が成り立つと き,V ∗ := {z : 0 ≼ z} とおく.公理2’,公理3,公理5により V ∗ は閉凸錐で.公理 1 より 0 は これに含まれない.Q := {q : q · z ≥ 0 がすべての z ∈ V ∗ について成立 } とおけば,分離定理よ りこの集合は非空で,凸集合であることが確認できる.また公理3よりこの集合 Q は閉集合であ り,公理4より Q の元は厳密に正である.よって,P := {q/ ||q|| : q ∈ Q} とおけば,P ⊆ △ (N ) である.以下,(2)が成り立つことを示す. x ≼ y とする.連続性と単調性より,ある定数 c が一意に存在して x ∼ c1N .公理2’ よ り 0 ∼ x − c1N が成立することを示すことができる.公理 1 より c1N ≼ y なので,公理2’ を同様に用いて 0 ≼ y − c1N ,よって y − c1N ∈ V ∗ となる.よって P の構成法より,0 = minp∈P p · (x − c1N ) = minp∈P p · x − c,0 < minp∈P p · (y − c1N ) = minp∈P p · y − c,これら をまとめて minp∈P p · y ≥ minp∈P p · x を得る. *45 いわゆる Anscombe - Aumann の定理.F.J. Anscombe and R. Aumann, (1963), “A Definition of Subjective Probability”, Annals of Mathematical Statistics 59 逆に,minp∈P p · y ≥ minp∈P p · x が成立すれば,x ∼ c1N となる c を用いて上と逆に議論すれ ば y − c1N ∈ V ∗ となるから,x ∼ c1N ≺ y を得る. 練習問題 9.5 上の証明中で,特に証明なしに用いられている V ∗ の性質が公理から導かれること を厳密に示しつつ,証明を完成せよ. 10 情報の価値:Blackwell の定理 有限集合 Ω = {1, ..., N } を不確実性を表す状態の集合とする.ここでは,通常の加法的な確率に したがって意思決定をする主体のみを考える先験分布(prior distribution)π ∈ △ (Ω) を一つ固定 し,π >> 0 を仮定する(すなわち,確率0になるような状態は初めから除外しておく)*46 . 定義 10.1 ベイズ環境 (A, u) とは,行動の(有限)集合 A と効用関数 u : A × Ω → R の組 意思決定主体が使うことのできる情報(実験)を以下のように定式化する 定義 10.2 情報構造 (S, σ) とは,シグナルの値の(有限)集合 S とシグナル σ : Ω → △ (S) の組. ここで σ (s|ω) は真の状態が ω のとき,シグナルとして s を観測する確率である. 例 10.3 A = Ω = {1, 2, 3},π = (1 1 1 3, 3, 3 ) ,u (a, i) = 1 if a = i, u (a, i) = 0, otherwise. つまり, 状態はどれも同様に確からしく,状態が i のときは a という行動で対応するのが最適.S = {s1 , s2 } で σ (·|1) = (1, 0),σ (·|2) = (α, 1 − α) , σ (·|3) = (1 1 2, 2 ) とすれば,たとえば s2 を観測したとき には状態は 1 ではありえないことがわかるから,おそらくは1を選択しないことが賢明である.s1 と s2 の事前確率は,それぞれ 1 3 +α× 1 3 + 1 2 × 1 3 = 31 α + s1 と s2 を観測したときの Ω の事後確率分布はそれぞれ 1 1 2 と (1 − α) × 3 ( ) 1/3 1, α, 12 と 1 1 3 α+ 2 + 21 × 13 = 12 − 13 α で, ) 1/3 ( 0, 1 − α, 12 で, 1 −1α 2 3 これらは △ (Ω) の元.構成法より,これらを対応する事前確率でウエイト付けしたものは,先験分 布 π に等しい. 情報構造 (S, σ) があたえられた意思決定主体は,s ∈ S を観測した後に,自分の好きな行動 a ∈ A を選ぶことができるものとする.その選び方を記述するものを,意思決定関数と呼ぼう. 定義 10.4 意思決定関数 (decision function, policy) とは,d : S → A なる関数. 事前の段階で評価したとき,(ω, s) が起こる確率は σ (s|ω) π (ω) であるから,この手続きを用い て先験分布 π と σ により,S × Ω 上の同時分布が一意に定まる.π は固定されているので,σ (s) *46 加法的な確率の世界では一般性を失わないが,非加法的な世界であると,状態が確率 0 であっても,それを含むある 事象に意味があるケースがあるから,この仮定は吟味が必要. 60 で s の周辺確率を表しても誤解は生じなかろう.よって,以降では σ (s) := ∑ σ(s|ω)π(ω) ω∈Ω と約束する.そして,情報構造 (S, σ) を考えるときには,常に σ (s) ≥ 0 がすべての s ∈ S につい て成り立つものとする(すなわち,観測されえないシグナルの値は初めから集合 S より除外する) . また,s ∈ S を観測したという条件の下での Ω の事後確率を σ (·|s) と書くことにすれば,ベイ ズ法則より, σ (ω|s) = σ(s|ω)π(ω) σ(s|ω)π(ω) =∑ . σ(s) ω∈Ω σ(s|ω)π(ω) (27) ここで,事前確率 π は,事後確率 σ (·|s) を周辺確率 σ (s),s ∈ S ,でウエイト付けした凸結合に なっていることに注意しておこう.実際,それぞれの ω ∈ Ω にたいして ∑ σ (s) σ (ω|s) = s∈S ∑ σ (s) s∈S = ∑ σ(s|ω)π(ω) σ(s) σ(s|ω)π(ω) s∈S = π (ω) である. さて,意思決定関数 d にしたがい行動を選ぶ(すなわち,s ∈ S を観測したときには d (s) ∈ A をえらぶ)ものとすれば,(ω, s) が生起したときの効用値は u(d(s), ω) である.よって,期待効用 は ∑ ω∈Ω ∑ s∈S u(d(s), ω)σ(s|ω)π(ω).したがって,事前の意味での最適化問題とは max {d:S→A} ∑∑ u(d(s), ω)σ(s|ω)π(ω) ω∈Ω s∈S である.情報構造 (S, σ) のベイズ環境 (A, u) における価値 V ((S, σ) : (A, u)) をこの最大値で定義 する.すなわち, V ((S, σ) : (A, u)) := ∑∑ max {d:S→A} u(d(s), ω)σ(s|ω)π(ω) (28) ω∈Ω s∈S ∑ よって,s を見た後で,行動 a ∈ A を採用することで得られる期待効用は, ω∈Ω u(a, ω)σ (ω|s) で与えられる.動学最適化の原理から,上の問題はすべてのシグナル値に対応して,事後確率のも とでの最適化を行うことと同値なはずである.すなわち, V ((S, σ) : (A, u)) = ∑ s∈S [max a∈A が成立する. 課題 10.5 上の等式が成立することを証明せよ. 61 ∑ ω∈Ω u(a, ω)σ (ω|s)]σ(s) (29) さらに以下の書き換えが便利である.任意の q ∈ ∆(Ω) に対し, ∑ V ∗ (q : (A, u)) := max a∈A u(a, ω)q (ω) ω∈Ω とおく.V ∗ は a が添え字になった線形関数族の最大値だから,q に関する凸関数になっているこ とに注意しておく.構成法から,(29)を書き換えて V ((S, σ) : (A, u)) = ∑ V ∗ (σ (·|s) : (A, u)) σ(s), (30) s を得る.V ∗ が ∆(Ω) 上での凸関数であることと,事前分布が事後分布の凸結合になっているとい う事実から,ただちに V ∗ (σ (·|s) : (A, u)) ≥ V ∗ (π : (A, u)) であることがわかる. さて,われわれの問題意識は 2 つの情報シグナル (S, σ) と (S ′ , σ ′ ) がどれだけ役に立つか比較す ることである.これに関して,統計学でよく登場する概念に十分統計量がある. 定義 10.6 (S, σ) が (S ′ , σ ′ ) の 十 分 統 計 量 で あ る と は ,β(s′ |s) ≥ 0,s′ ∈ S ′ ,s ∈ S , ∑ ′ s′ ∈S ′ β(s |s) ′ ′ = 1 なる S ′ × S 上の実数値関数 β が存在し,σ ′ (s′ |ω) = ∑ s∈S β(s′ |s)σ(s|ω) が ∀s ∈ S , ω ∈ Ω について成立すること. ここでの十分性の意味を解釈しておく.β(s′ |s) を,s を観測したとき s′ が起こる条件付き確率 とみなせば,上の式は (S ′ , σ ′ ) は (S, σ) に余分なテスト β(·|s) を付け加えた形になっているため, 情報としては (S, σ) をみておけば十分なはずである. 上記の十分性は,事後確率ベクトルの間の関係として書きなおすことができる. 補題 10.7 情報構造 (S, σ) と (S ′ , σ ′ ) について,以下の 2 条件は同値である: (1)(S, σ) は ∑ (S ′ , σ ′ ) の十分統計量;(2)ある µ(s|s′ ) ≥ 0 ∀s ∈ S, s′ ∈ S ′ , s∈S µ(s|s′ ) = 1 が存在して, ∑ すべての s′ ∈ S ′ と ω ∈ Ω について σ ′ (ω|s′ ) = s∈S σ(ω|s)µ(s|s′ ). 条件(2)の幾何学的意味は,(S ′ , σ ′ ) で生成されるおのおのの事後分布が,(S, σ) で生成され る事後確率ベクトルの凸包に入っているということである. 証 明. ∑ s′ ∈S ′ (S, σ) を (S ′ , σ ′ ) の 十 分 統 計 量 ,す な わ ち ,あ る β(s′ |s) ≥ 0 ∀s′ ∈ S ′ ,s ∈ S , β(s′ |s) = 1 なる β をもちいて, σ ′ (s′ |ω) = ∑ β(s′ |s)σ(s|ω) s∈S とかけるものとする.両辺に π (ω) を乗じて ω に関して合計すれば, σ ′ (s′ ) = ∑ β(s′ |s)σ(s) s∈S となっていることに注意しておく.(この関係式が,(2)の b に対応している) 62 さて,µ を,β と σ によって S × S ′ 上に生成される同次分布とする.すなわち, µ (s, s′ ) := β(s′ |s)σ(s) である.ここから計算される,s′ ∈ S ′ を条件としたときの S 上の条件付き確率は, β(s′ |s)σ(s) β(s′ |s)σ(s) = ′ σ ′ (s′ ) s∈S β(s |s)σ(s) µ(s|s′ ) := ∑ で与えられる.すると,すべての s′ ∈ S ′ について, ∑ ′ σ (ω|s) µ (s|s ) = s∈S ∑ ( σ (s|ω) π (ω) ) ( β (s′ |s) σ (s) ) = ∑ β (s′ |s) σ (s|ω) π (ω) σ ′ (s′ ) s∈S = σ ′ (s′ ) σ (s) s∈S π (ω) ∑ β (s′ |s) σ (s|ω) σ ′ (s′ ) s∈S π (ω) = ′ ′ σ ′ (s′ |ω) σ (s ) = σ ′ (ω|s′ ) が成立するので,(a)が成り立つことがわかる.また (b) については,各 s ∈ S について ∑ ∑ β(s′ |s)σ(s) µ (s|s′ ) σ ′ (s′ ) = σ ′ (s′ ) s′ s′ = ∑ σ ′ (s′ ) β(s′ |s)σ(s) s′ = σ (s) ∑ β(s′ |s) s′ = σ (s) 逆に,(2)をみたすような µ が存在したとしよう.今度は,µ と σ ′ から生成される S × S ′ 上 の同次分布から求まる条件付確率を β とおく.すなわち β (s′ |s) = µ (s|s′ ) σ ′ (s′ ) σ (s) とおく.定義より σ (s|ω) π (ω) = σ (ω|s) σ (s) と σ ′ (s′ |ω) π (ω) = σ (ω|s′ ) σ (s′ ) であるから, 結局 ∑ s β (s′ |s) σ (s|ω) = ∑ µ (s|s′ ) σ ′ (s′ ) σ (ω|s) σ (s) σ (s) π (ω) ∑ σ (s ) = σ (ω|s) µ (s|s′ ) π (ω) s s ′ ′ σ ′ (s′ ) ′ σ (ω|s′ ) π (ω) = σ ′ (s′ |ω) , = 63 が任意の ω と s′ について成立することがわかる.よって,(S, σ) は (S ′ , σ ′ ) の十分統計量である. 註 10.8 上の条件(2)は,情報構造 (S, σ) と (S ′ , σ ′ ) を,事後確率ベクトルをランダムに生成す る「くじ(lottery)」とみなしたとき,前者が後者の Mean-preserving spread になっているとい う主張であることに注意しておく. 例 10.9 Ω = {1, 2},S = {s1 , s2 , s3 },S ′ = {s′1 , s′2 } とする.ここで P (·|s1 ) = (1, 0),P (·|s2 ) = (0, 1) となるような (S, σ) と (S ′ , σ ′ ) の比較をかんがえると,co {P (·|s1 ) , P (·|s2 )} = △ (Ω) であ るから,P (·|s3 ) がどのような確率ベクトルであっても,上の条件(2)(a) は µ (s3 |s′k ) = 0 を満 たすような µ で満たされるから,一般には条件(2)(a) だけでは,(S, σ) と (S ′ , σ ′ ) のあいだの 関係を尽くすことはできない.つまり,条件(2)(b) が加わることによって,µ と σ ′ で生成され る分布との整合性が保障されるのである. 課題 10.10 有限集合 S と S で添え字をつけられた確率ベクトル P (·|s) ∈ △ (Ω) の組を事後確率 ( ) ( ) ( ) 情報 S, P (·|s)s∈S と呼ぶ.いま2つの事後確率情報 S, P (·|s)s∈S と S ′ , P ′ (·|s)s∈S につい ( ) ( て,補題 10.7 の条件(2)(a) が成立するとしよう.このとき, S, P (·|s)s∈S と S ′ , P ′ (·|s)s∈S ) はそれぞれ (S, σ) と (S ′ , σ) から生成され,しかも (S, σ) は (S ′ , σ) の十分統計量であるような情 報構造 (S, σ) と (S ′ , σ) が存在することを示せ. 次の定理は,意思決定問題における情報の価値についての基本定理である.*47 定理 10.11 (Blackwell の定理) 以下の 2 条件は同値である. 1. (S, σ) は (S ′ , σ ′ ) の十分統計量. 2. どのようなベイズ環境 (A, u) においても,V ((S, σ) : (A, u)) ≥ V ((S ′ , σ ′ ) : (A, u)) が成立 する. 証明. 1⇒ 2: 補題 10.7 の(2)と,V ∗ が凸関数であること,さらに註 10.8 を組み合わせれば, これが成り立つことがわかる.(詳しくは直接計算せよ).*48 *47 *48 オリジナルは Blackwell, D., (1951) “Comparison of experiments”. In Proceedings of the Second Berkeley Symposium on Mathematical Statistics and Probability. University of California Press, 93–102. また, Blackwell D., and M.A. Girshick の本 “Theory of Games and Statistical Decision” 1954 は統計と意思 決定理論(とゲーム理論)の基礎にかかわる古典的な文献であるが,その 12 章に Blackwell の論文の結果がより 包括的に述べられている.ただし,Blackwell の定理そのものの証明という観点からすると,多少回り道がある. 実際,その後簡略化された証明がいくつか発表されている.たとえば、Cremer, J., (1982) “A simple proof of Blackwell’s ‘Comparison of Experiments’ theorem”, Journal of Economic Theory 27, 439–443. 以下の 証明は Bielinska-Kwapisz, A. (2003) “Sufficiency in Blackwell’s theorem”, Mathematical Social Sciences 46, 21–25. を少々改良したもの ここで本質的なのは V ∗ が確率ベクトル q に関して凸関数になっているということ.期待効用のフレームワークで は,この条件は自動的であるが,期待効用を仮定しなくてもこの種の条件が満たされれば,Blackwell lの定理にお ける(1)から(2)を導くことができることは容易に想像される.詳しくは,Grant, S., Kajii, A. and B. Polak, (1988), “Intrinsic Preference for information,” Journal of Economic Theory, 83, 233-259. 64 2⇒ 1: (S, σ) は (S ′ , σ ′ ) の十分統計量ではないものとして,(S, σ) よりも (S ′ , σ ′ ) の価値が高く なるようなベイズ環境 (A, u) をひとつ構成すればよい.補題 10.7 の条件(2)より,(S, σ) は (S ′ , σ ′ ) の十分統計量でないならば,ある s¯′ ∈ S ′ における事後確率ベクトル σ ′ (·|¯ s′ ),co{σ(·|s) : s ∈ S} に属さない.よって,分離定理よりベクトル u ¯ ∈ RΩ が存在して ∑ u ¯(ω)σ ′ (ω|¯ s′ ) > ω∈Ω が全ての s ∈ S について成立する. 定数を加えて, ∑ ∑ u ¯(ω)σ(ω|s) ω∈Ω ∑ σ ′ (ω|¯ s′ ) = ω∈Ω u ¯(ω)σ ′ (ω|¯ s′ ) > 0 ≥ ω∈Ω ∑ ∑ ω∈Ω σ(ω|s) = 1 だから,必要ならば u ¯に u ¯(ω)σ(ω|s) ∀s ∈ S (31) ω∈Ω が成立するように u ¯ を選ぶことができる. 今,A = {0, 1} とし u : A × Ω → R を u(0, ω) = 0 ∀ω ∈ Ω,u(1, ω) = u ¯(ω) ∀ω ∈ Ω とする ベイズ環境 (A, u) を考えよう.すると, (31)から (S, σ) のもとでは常に a = 0 を選ぶのが最適で あるから V ((S, σ) : (A, u)) ≤ 0 である.一方で,d(¯ s′ ) = 1 ,d(s′ ) = 0, s′ ̸= s¯′ なる行動計画を考 えれば, V ((S ′ , σ ′ ) : (A, u)) ≥ σ ′ (¯ s′ ) · ∑ ω∈Ω u ¯(ω)σ ′ (ω|¯ s′ ) + (1 − σ ′ (¯ s′ ))) × 0 > 0 となるから, (S ′ , σ ′ ) の価値の方が高くなる. 65 参考文献 [1] Kenneth J. Arrow and F. H. Hahn. General Competitive Analysis. 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